2008/8/6  0:00

プロフェッショナル 宮崎駿のすべて<1>  分類なし

昨夜放映の番組、録画セットしたテープがまだ時間の余裕あると思っていたら、最初の30分程で終ってしまっていて、後半オンタイムでTV点けてはいたけれど、状況に気付かず、後で録画を見るつもりで他の事をしていたので、ほとんど意識なく。迂闊さにややショックで残念。

NHKに問い合わせてみてもやはり当面再放送の予定はないそうで、再放送あるとは限らず時期も不規則な番組のようだけれど、以前武部聡の時等も、意外に余り時間たたずにあったし、それを期待して、とりあえず見た分を書いて、運良く再放送あれば、全部見て追記しようかと。

やはり前回の特集の時のように、2年位前アトリエで、宮崎監督がストーリーから入るのではなく、描きたいシーンのイメージボード作業でポニョの絵を描く様子、人面魚、と呼んでいたけれど、

半径3mで仕事という流儀で身近な所から、「・・トトロ」が近所のバス停が出発点だったように、ポニョも、直接のモデル、という訳ではなさそうだけれど、スタッフの1才半の娘さんが、哺乳瓶を親が飲ましてあげないと怒る、という子供らしくない気の強さがあり、少し映った写真でも、そういう雰囲気が。同監督が「まさにポニョだ」と笑いながら話を聞いて描いていたけれど、キャラクターに影響、と。

また、津波後、ポニョと宗介が舟で親子連れと出合うシーン等、やや抽象的な気がしたのだったけれど、ポニョが赤ちゃんにサンドイッチをあげたのは、同監督が、わがままでハチャメチャ的な彼女が、このままでは人間の世界でやっていけないのではないか、と懸念、思いやりやいたわりを持つ子供だという事が(もくろみ違いかもしれないけれど)感じられるように、とあえて創ったシーンだった、というのが、そうだったのかと。

それは、作中のキャラクターはリアルに生きている感で、「・・トトロ」のサツキやメイにしても今頃成人して、等と語っていたけれど、ストーリー的な計算、というより登場人物への孫を見るような愛情からのようで、改めてその発想ルーツの一端を見たようでも。

そこから絵コンテを経て、アニメーターによって絵が描かれて、形になっていく作業、絵コンテも、ある程度描くと中断、連載マンガのように、つづく、となっていて、スタッフ共先の流れがどうなっていくか判らない自由な余白、という過程。その場の感情が出るように、と自分で絵を手直ししたり、ベテランアニメーターに対して、宗介や、一瞬背景にあるだけの鳥についても、妥協しない厳しい姿勢。

絵自体は、350人のスタッフでも5秒分に一週間かかる、という地道な作業、一番手がかかった、という、夥しい数のクラゲが海底から昇っていく12秒のシーンに、1600枚程の絵、という数字だけでも手の掛かり具合、の膨大さ。今回あえて手描きにしたのは?の問いに、街中の下駄屋が潰れても、1,2店は残るように、周り中CGだらけだから、手描きが生きる道も、等とコメント。

同監督の幼少期紹介の部分で、録画が切れてしまったけれど、身体が弱く20才まで生きられないだろうと言われ、コンプレックスが大きく、お母さんの病気、というのも心に影を落としたようで、番組後半、ぼんやり覚えあるのは、これまでの作品にもその母の姿が投影されていて、「・・ポニョ」ではトキという施設のお婆さんがそうだった、と。それとアニメ界に入ったきっかけになった「白蛇伝」の映像等も。

最後の長編、という事で思いは?との問いに、健康管理には気を配り、タワシで全身マッサージ、ストレッチ、雑木林のゴミ拾い、駅までコーヒーを飲みに等毎朝、と健康管理には気を配ってはいるけれど、意志に関わらず体力的な部分から最後にならざるを得ない、旨ラフに語っており、やはりアニメというジャンルでの消耗部分もあるにしても、出来ればもっと宮崎アニメは見たい、とは「・・ポニョ」、また今回特集一部だったけれど見て、思った。(http://www.nhk.or.jp/professional/崖の上のポニョプロフェッショナル 宮崎駿スペシャル

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