2008/3/5  17:21

葛藤の末  心と体

最近、ご縁があって、在仏日本人の方と多く知り合いました。
生活の中で行き詰まったことがあり、自分ひとりでは解決が難しかったので、沢山の人の意見を聞いてみようと思ったからです。

そうは言っても、この中の誰か一人、若しくは数人が、私の探している答えを教えてくれる訳ではありません。ただ、一人の人間の思想なんて小さなものなので、外の意見を聞くことで、新しい発見を期待したのです。

以前は、自分以外の他人は全ての答えを知っていて、私が別の人と意見が違う場合、間違っているのは私で、だから私はそのような場合、速やかに意見を変えなければならないと思っていました。大きくなるにつれ、勿論そんなことはなく、ただ、価値観は皆違うもので、この世には白と黒だけが存在するのではないということを学びました。
沢山の意見の中で、私の思想に合うもの、納得のいくものを参考にし、私という一個人が存在すればいい。だから、私とまるで同じ考え方の人を見つけるとか、理想の人を一人見つけて、まるきりその人になるとか、そんなことはしなくていいのです。

家と仕事の往復の中で、狭い世界の中で暮らしていると、そのことを忘れそうになります。また新しい人たちと出会って、いい刺激になりました。

でも今回のことで、自分が人を変えていこうなんていう考えは、思い上がりだと気づきました。私の価値観は、私のものであり、他人を私の価値観に当てはめるなんて、出来ないのです。私は、ただ他人を見守るしかなく、私が嫌いなその人の個性を否定する権利なんて、ありません。

そうは言っても、世の中は不変ではありません。常に動いています。我が家の同居人と私だって、初めて出会った頃とは意見が変わってきました。今、どうしても我慢できないあのことだって、受け容れられる日が来るんです。

挑まず、戦わず、健やかな毎日でいられますよう。



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