2008/2/19  21:51

もう一つの日本文化(浦川さんとの夕食会)   文化・芸術

 さきの3連休(2月9〜11日)、札幌の「かでる2・7」というビルで、「北海道アイヌ伝統工芸展」(主催・北海道ウタリ協会)が開かれた。
 浦川さんが出展(実演・即売)すると聞いていたので、初日午前中に行った。
 一般の展示がメインであるが、実演・即売コーナーとして、木彫りでは浦川太八さんと貝澤幸司さん(貝澤徹さんの弟)が出展していた。
 マキリの展示は、浦川さんが3本、幸司さんが2本、徹さんが1本、一般出展者が1本という状況だった。(即売可)

 今回の展示は、どれもすばらしい。1本だけ買おうと考えていたので、迷った。
 迷って、当日決められず、一晩考えて、翌日、浦川さんのを買った。(貝澤幸司さんのマキリの方がすばらしかったような気もする。)
(浦川さん制作のマキリ)
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*根付は「深海松」。深海松は黒珊瑚とも云われ、北洋海域で稀に採取されることがある貴重な珊瑚、深海700〜1000mという深海に生息しているといわれている。

 さて、今回の展示会では、前々から考えていたことがあって実行した。
 それは、私はここ2年ほど何度か浦川さんの作業場を訪問した際、ユックオハウ(鹿肉のスープ)やらトゥレプ(オオウバユリ)のシト(団子)をご馳走になったり、鹿肉、熊肉の加工品(自家製の缶詰、サラミ等)、昨年暮れには鹿撃ち同行と鹿肉20kgをいただいくなど、お世話になりっぱなしであったので、心ばかりのお礼ではあるが当宅で夕食を食べていただこうと考え、浦川さんと幸司さんのお二人をご招待した。

 夕食の内容はさておき、話題は、当宅で使用しているアイヌ調度品、鹿猟や熊猟、キノコ(舞茸、松茸ほか)採りなど、いろいろと盛り上がった。
 ちょっと前に入手した「耳つき盆」(写真参照)などについても、技術的な話をお聞きして、大変参考となった。
*この「耳つき盆」の納品書日付は大正13年、店の住所は現在のパルコ新館のあたり。
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 今回の浦川さんのお話で興味深かったのは、明治の頃の話だろうか。日高の川で砂金が採れていた頃の和人の砂金堀りとアイヌの助け合い・連携の話。
 暗黙の了解として、川とその川の流域の権利は、その川沿いのコタンのアイヌのものとされていた。和人の砂金堀りは、川の上流に小屋を建て、夏場は砂金を採っているが、寒くなると本州に引き上げる。冬場、アイヌは鹿猟等でその小屋を使う。

 その際、夏場、和人の砂金堀りは、ヤマベなどを釣って、腹を割いて燻製にし、アイヌに残していったそうだ。冬場のアイヌは、そのヤマベを食べる。
 そして、冬場のアイヌは、お礼に鹿肉などを残していく。そういった関係が昔は暗黙としてあったそうだ。

 ちなみに鹿肉の残し方は、骨付きの鹿肉を、厚い湯にくぐらせる。そうすると肉の表面だけは加熱した状態になり、それを囲炉裏の上の棚に置いたりや壁の柱にぶら下げておくと、長期保存がきいたそうだ。
 話を聞きながら、このブログに時々コメントをくれる大口のまさんがこの場にいたら喜ぶだろうなと考えていた。

 話はいろいろな話題に飛んでいたが、マキリの制作方法などについても、浦川さんは幸司さんに伝授していた。有意義な食事会だったと思う。




2008/2/28  23:18


arimaさんこんばんは。

御記事は更新されたその日に拝読していましたが、なかなかコメントできずにいました。鹿肉の燻製・保存方法とても参考になります。現在はまだまだ狩りの駆け出しで、その冬ぢゅうに肉を食べ終わってしまうほどしか得ていませんが、浦川さんの語る保存方法、是非近い未来に実行しようと思います。
おかマタギともども、もっといろいろな智恵についていつか実際にお話しうかがいたいと切望します。

それにしても、この記事の内容のアイヌと和人の関係はすてきですね。同じ大地に生きるものとして、伝統習慣は違えどもお互いにもちつもたれつ生きていく、生命本来の素朴な姿に感動します。

それぞれの祖先と伝統に誇りをもって、相手のそれをもまた誇りをもって生きていけるシサムとなれるよう、山々から学んでゆこうと思っています。

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