2008/3/2 10:17
もう一つの日本文化(浦川さん直伝のアイヌ料理) 文化・芸術
2月23日、浦川さんのところに頼みごとに行ってきた。
昨年夏に譲っていただいたマキリ(函館市立博物館にあるシタエホリのマキリのレプリカ、昨年6月9日のブログで紹介:写真参照)であるが、その時点からどうも刃が気にいっていなかった。


柄と鞘の存在感に対し軽すぎるというか、安っぽいというか(浦川さん、ごめんなさい)、好きでない。とずっと思っていたところに、日本刀の残欠から作られた刃(15cm未満の合法品)が入手できたので、付け替えの依頼に行ってきた、ということである。
以前からご紹介しているように、浦川さんのマキリづくりは、刃や柄を再利用できることを前提に行われている。
刃の取替え(本来は、刃の磨耗等による取替え)は、当然できる。
取替え作業は、次のように行うとのこと。
柄に刃を取り付ける(固定する)にあたっては、松脂を使用している。
(刃の根元部分を収める柄の穴を松脂で埋めて、刃の根元を加熱した上で差込む。溢れた松脂は冷え固まった後、削り取る。)
今回、外すにあたっては、刃を万力等で固定して、柄を木槌で注意深くたたく。
すると、松脂は割れて、刃を取り外せる。
*合成接着剤を使用していると、こうはいかない。柄を壊すことになる。
昨年9月11日及び10月11日のブログにも書いたが、浦川さんが、アイヌ文化振興・研究推進機構の「アイヌ生活文化再現マニュアル(マキリ・タシロの製作方法)」について、批判的なのは、アイヌの伝統的制作方法を無視しているからだ。
「急ぎませんから」ということで、預けてきた。
後日、生まれ変わったマキリをご披露することにしたい。
今回、刃の付け替えを依頼したマキリは、いわば「シタエホリ(シタエーパレ)写し」である。
浦川さんもマキリ制作は、ここ2〜3年は年10本程度、それ以前は年3〜4本程度であるが、昨年春以降の制作の半数以上は「シタエーパレ写し」である。
なぜ、そうなったか?
浦川さんは、一昨年の末、「シタエーパレ作のマキリ」を持っているという人から、そのマキリを自慢げに見せられたとのこと。
しかしながら、浦川さんが見るには、シタエーパレ作というには、あまりに彫りが稚拙で、とても本物とは思えなかったとのこと。
そのとき、こうも考えたとのこと。
「こんなのが、シタエーパレ作だというなら、俺の方がずっと上手に彫れるぞ!!」
それで、昨年春以降は、ずっと「シタエーパレ」に挑戦とのこと。
今回も、訪問当日の2日前に獲ったというエゾシカ肉をいただいた。
あばら肉1枚と後ろ足1本(ももとすね)、7kgちょっとだ。
いただいて1週間、我が家(マンション)のベランダに置いて熟成させた。(ここ1週間、札幌の日中の最高気温は、最高でも5℃、マイナスの日が多かった。)
昨日、「ももとすね」肉は、とりあえず塩漬けし、用途は1週間後に決めることとした。
あばら肉については、浦川さんの工房で何度かごちそうになっている「オハウ(具沢山のスープ)」を作った。
前回作ったときに比べ、とてもおいしくできた。
浦川さん直伝の作り方を紹介する。

<材料>
・エゾシカ肉(あばら肉がおいしい。浦川さんは骨付きのまま。私は骨を外して使った。)
・昆布
・ダイコン
・ニンジン(浦川さんは入れていない。私は彩りの点からも入れる。)
・塩、しょうゆ、一味(七味)唐辛子
<作り方>
1.エゾシカ肉は、食べる大きさ(一口大)に切る。
*アイヌ料理のエゾシカ肉は、副食ではなく主食である。肉を腹いっぱい食べる、といったイメージでの「食べる大きさ」を決める。
2.大きな鍋に湯を沸かして、火を止め、切ってあるエゾシカ肉を入れ、10分ほどそのままにする。
*この作業は、エゾシカ肉のアク出しである。これ以降は、アク出し不要。
3.煮込む鍋に水と昆布を入れ、沸騰したら、ダイコン(適宜:厚み2〜3cm、1/2または1/4)、ニンジン(適宜)、「2」から取り出したエゾシカ肉を入れ、塩で味付けする。
*基本的には、これでおしまいである。しょうゆは、汁に色を付けるといった感じで使うだけ。食べるときに一味(七味)唐辛子を入れるとおいしい。
4.煮込む。(浦川さんは、薪ストーブにかけたまま。私は20分ほど煮込む、具がやわらかくなっておいしい。)
前回は「もも肉」で作ったが、やはり「あばら肉」の方がずっとおいしい。
前述したが、アイヌ料理のエゾシカ肉は主食なので、ご飯を食べずに肉を食べるが、私は和人なので、これをおかずにご飯を食べた方がおいしいと感じる。
アイヌにとって、「肉が主食」なのは、いろいろな文献に記述されているが、浦川さんの話や浦川さんの実際の生活から、それが確認できる。
本当に文化(生活における価値観)とは、多様なものだと思う。
(現在においては、「肉が主食」でないアイヌ〜例えば、貝澤徹さん〜の方が絶対的多数派であることも事実だが・・・)
なお、前述したシタエーパレは、まちがいなく肉食である。
江戸時代末期、蝦夷地を盛んに探索した松浦武四郎の著述「近世蝦夷人物誌(1858)」に記されている。
『彫工シタエホリ・・・(択捉島)ナイホといへる処に一人の土人あり、頗る勇あり。卿か会所の令を用いずして、我が親迄は肉食皮服の徒なるに我何ぞ敢えて綿衣穀食を欲せん。肉を喰いて皮を着るべきなりとて、一粒の米を喰はずして唯常に一柄の小刀を以って彫物をなし・・・』
先日の夕食の際、次のような話があった。
冬場、アイヌは3〜4日、山小屋を拠点に鹿猟等を行うことがある。
その際の食事として、ある鍋にサヨ(おかゆ)を炊いておく。山小屋は寒い(日中は人がいない)ので、悪くならない。
そして、毎食それを食べるのだが、1食分はご飯茶碗に半分程度。主食は獲ってきた獣肉である。サヨは、デザートというか、口直し程度に食べるのみである。
浦川さんも、オハウを食べるときは、米の飯を食べない。
昨年夏に譲っていただいたマキリ(函館市立博物館にあるシタエホリのマキリのレプリカ、昨年6月9日のブログで紹介:写真参照)であるが、その時点からどうも刃が気にいっていなかった。
柄と鞘の存在感に対し軽すぎるというか、安っぽいというか(浦川さん、ごめんなさい)、好きでない。とずっと思っていたところに、日本刀の残欠から作られた刃(15cm未満の合法品)が入手できたので、付け替えの依頼に行ってきた、ということである。
以前からご紹介しているように、浦川さんのマキリづくりは、刃や柄を再利用できることを前提に行われている。
刃の取替え(本来は、刃の磨耗等による取替え)は、当然できる。
取替え作業は、次のように行うとのこと。
柄に刃を取り付ける(固定する)にあたっては、松脂を使用している。
(刃の根元部分を収める柄の穴を松脂で埋めて、刃の根元を加熱した上で差込む。溢れた松脂は冷え固まった後、削り取る。)
今回、外すにあたっては、刃を万力等で固定して、柄を木槌で注意深くたたく。
すると、松脂は割れて、刃を取り外せる。
*合成接着剤を使用していると、こうはいかない。柄を壊すことになる。
昨年9月11日及び10月11日のブログにも書いたが、浦川さんが、アイヌ文化振興・研究推進機構の「アイヌ生活文化再現マニュアル(マキリ・タシロの製作方法)」について、批判的なのは、アイヌの伝統的制作方法を無視しているからだ。
「急ぎませんから」ということで、預けてきた。
後日、生まれ変わったマキリをご披露することにしたい。
今回、刃の付け替えを依頼したマキリは、いわば「シタエホリ(シタエーパレ)写し」である。
浦川さんもマキリ制作は、ここ2〜3年は年10本程度、それ以前は年3〜4本程度であるが、昨年春以降の制作の半数以上は「シタエーパレ写し」である。
なぜ、そうなったか?
浦川さんは、一昨年の末、「シタエーパレ作のマキリ」を持っているという人から、そのマキリを自慢げに見せられたとのこと。
しかしながら、浦川さんが見るには、シタエーパレ作というには、あまりに彫りが稚拙で、とても本物とは思えなかったとのこと。
そのとき、こうも考えたとのこと。
「こんなのが、シタエーパレ作だというなら、俺の方がずっと上手に彫れるぞ!!」
それで、昨年春以降は、ずっと「シタエーパレ」に挑戦とのこと。
今回も、訪問当日の2日前に獲ったというエゾシカ肉をいただいた。
あばら肉1枚と後ろ足1本(ももとすね)、7kgちょっとだ。
いただいて1週間、我が家(マンション)のベランダに置いて熟成させた。(ここ1週間、札幌の日中の最高気温は、最高でも5℃、マイナスの日が多かった。)
昨日、「ももとすね」肉は、とりあえず塩漬けし、用途は1週間後に決めることとした。
あばら肉については、浦川さんの工房で何度かごちそうになっている「オハウ(具沢山のスープ)」を作った。
前回作ったときに比べ、とてもおいしくできた。
浦川さん直伝の作り方を紹介する。
<材料>
・エゾシカ肉(あばら肉がおいしい。浦川さんは骨付きのまま。私は骨を外して使った。)
・昆布
・ダイコン
・ニンジン(浦川さんは入れていない。私は彩りの点からも入れる。)
・塩、しょうゆ、一味(七味)唐辛子
<作り方>
1.エゾシカ肉は、食べる大きさ(一口大)に切る。
*アイヌ料理のエゾシカ肉は、副食ではなく主食である。肉を腹いっぱい食べる、といったイメージでの「食べる大きさ」を決める。
2.大きな鍋に湯を沸かして、火を止め、切ってあるエゾシカ肉を入れ、10分ほどそのままにする。
*この作業は、エゾシカ肉のアク出しである。これ以降は、アク出し不要。
3.煮込む鍋に水と昆布を入れ、沸騰したら、ダイコン(適宜:厚み2〜3cm、1/2または1/4)、ニンジン(適宜)、「2」から取り出したエゾシカ肉を入れ、塩で味付けする。
*基本的には、これでおしまいである。しょうゆは、汁に色を付けるといった感じで使うだけ。食べるときに一味(七味)唐辛子を入れるとおいしい。
4.煮込む。(浦川さんは、薪ストーブにかけたまま。私は20分ほど煮込む、具がやわらかくなっておいしい。)
前回は「もも肉」で作ったが、やはり「あばら肉」の方がずっとおいしい。
前述したが、アイヌ料理のエゾシカ肉は主食なので、ご飯を食べずに肉を食べるが、私は和人なので、これをおかずにご飯を食べた方がおいしいと感じる。
アイヌにとって、「肉が主食」なのは、いろいろな文献に記述されているが、浦川さんの話や浦川さんの実際の生活から、それが確認できる。
本当に文化(生活における価値観)とは、多様なものだと思う。
(現在においては、「肉が主食」でないアイヌ〜例えば、貝澤徹さん〜の方が絶対的多数派であることも事実だが・・・)
なお、前述したシタエーパレは、まちがいなく肉食である。
江戸時代末期、蝦夷地を盛んに探索した松浦武四郎の著述「近世蝦夷人物誌(1858)」に記されている。
『彫工シタエホリ・・・(択捉島)ナイホといへる処に一人の土人あり、頗る勇あり。卿か会所の令を用いずして、我が親迄は肉食皮服の徒なるに我何ぞ敢えて綿衣穀食を欲せん。肉を喰いて皮を着るべきなりとて、一粒の米を喰はずして唯常に一柄の小刀を以って彫物をなし・・・』
先日の夕食の際、次のような話があった。
冬場、アイヌは3〜4日、山小屋を拠点に鹿猟等を行うことがある。
その際の食事として、ある鍋にサヨ(おかゆ)を炊いておく。山小屋は寒い(日中は人がいない)ので、悪くならない。
そして、毎食それを食べるのだが、1食分はご飯茶碗に半分程度。主食は獲ってきた獣肉である。サヨは、デザートというか、口直し程度に食べるのみである。
浦川さんも、オハウを食べるときは、米の飯を食べない。
