2008/5/28  6:56

もう一つの日本文化(浦川さんの生活)  文化・芸術

 先日の日曜日(5月25日)、久しぶりに浦川さんの工房(作業場)にお伺いした。
 約束の時間に少々早く着いたが、浦川さんが不在のため、工房の周りを散歩した。
 裏手は山の裾野であり浦川さんのものと思われる自家用の畑があるほか、工房の近い場所にトイレのようなものがある。
 トイレにしては奇妙な感じだったので、扉を開けてみると、そこは燻製を作るための小屋(燻煙室)だった。

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 一周したところで、浦川さんが来た。工房に入れていただいて、マキリの新作などを見せていただいた。

 新作はあまりなかった。
 聞くと、今(05.22〜28)、大阪の近鉄百貨店(阿倍野店)で「大北海道展」をやっており、甥(浦川修さん)が売りに行っているとのこと。
 そのための商品(作品)を仕上げるので精一杯だったとのこと。

http://www.d-kintetsu.co.jp/store/abeno/promo/hokkaido/p6.html

 それでもマキリを4点ほど見せていただいた。
 写真を撮るのを忘れたが、うち1点は、昨年9月11日のブログで紹介した『・・・様似町郷土館のマキリは鞘のみであるので、「いつか柄を作って寄贈しようかとも思う」と言っていた。・・・』の[寄贈する柄と刃]が完成していた。

 後日、浦川さんが、様似町郷土館に寄贈後、鞘とともにご紹介する。

 大阪・近鉄百貨店の「大北海道展」の話をしているうちに、「大阪の水(水道水)は質が悪く、浦河の人間が行くと[水あたり][腹痛]を起こすので、薬を持たせている。」との話になり、その薬を見せてくれた。
 2点とも自家製で、白いものは[軽い腹痛]、黒いものは[重い腹痛]に用いるという。

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 製造法を聞くと、白いものは、トウレプ(オオウバユリ)のデンプンであり、黒いものは、シケレペニ(キハダ)の内皮を煮詰めて、飴状にし(冷やして)固めたものだという。
白いもの(トウレプのデンプン)は、小豆〜大豆くらい、黒いもの(シケレペニの内皮を煮詰たもの)は5〜10ミリ四方程度を水とともに飲むという。

 [黒いもの]を飲んでみろ」というので試して見ると苦い。
 私は、「我家の腹痛薬、奈良の高野山で作られている[大師陀羅尼錠]に感じが似ている。」と感想を言った。

 *家に帰ってきてから、[大師陀羅尼錠]の成分を見ると、ほとんど同じではないか。
 改めて、アイヌの知恵の深さを感じた。

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  成分:5錠中 オウバク3.0g、リュウタン0.4グラム、アオキ0.1グラム
   より抽出した乾燥エキス0.85グラム (オウバク(黄柏)は、キハダの漢方名)

 浦川さんに、「このような薬は、アイヌの各家庭で作ったものか?それとも村(コタン)の誰かが専門に作っていたものか?」と尋ねると、「基本的には各家庭で作った。たまたま自分の家の薬が切れていると、隣の家にもらいに行くこともある。」との答えだった。

 アイヌの日常生活は、ほとんどが自給自足だったとのこと。
 浦川さん自身は、今もそれに近い生活をしており、具体的には、こう語った。

 「米は別として、裏の畑で野菜はかなり自給できる。冬場の野菜は、例えば、裏庭にあるコルニ(フキ)を茹でて干しておいたものなども使える。山の山菜・キノコの類は、何がどこにあるか、大体知っている。」
 このような話をしながら、直径1mを超える舞茸を採った時のこと等を話してくれた。

 *実際、私は、昨年の今頃だっただろうか?浦川さんを訪問して、大量の「タモギタケ」をいただいた。
 そのときも、山の天候の変化に対し、「このようなときは、○○○○(山の場所)で、○○○○(キノコの種類)が出ているはず」という予測ができるという話をお聞きした。

 また、浦河は、「浜」(海沿いの町)でもある。
 工房の中の、冬場、鹿肉等が干してある場所に、少量ではあるがコンブが干してある。
 そこを指差しながら、「時化(しけ)の翌日の朝などは、浜に出て、昆布や貝などを拾ってくる。この前のときは、コンブのほかに、大きなホッキ貝が10個ほど採れた。」と話してくれた。

 また、他文化の知恵も取り入れている。
 神戸に、吹田バーバラというドイツ人女性(人類学者、地元ではドイツ語教師なども)が住んでいて、浦川さんと交流をしている。
 例えば、エゾシカ肉やフキ、他のハーブ類(山菜)などの利用について情報交換を行っており、いいものは取り入れているとのこと。

 浦川さんの話は、聞けば聞くほど、アイヌ文化の奥が深いことを感じさせる。
 それと、アイヌ文化の多様性も感じさせる。
 つまり、アイヌ文化は一つの価値観で統一されているものではない、ということだ。

 昨年8月8日のブログで、二風谷の萱野茂氏が、浦川さんの母親「浦川タレ」さんに、アイヌ神謡等口承の取材をしたとき、萱野氏はタレさんのアイヌ語が理解できなかったことを書いた。
 同様に、タレさんも新冠以西に行くときは「通訳」を連れて行ったそうだ。

 昨年8月8日のブログで紹介したとおり、シベチャリ川(静内川)を境に、メナシウンクル(東の人:例えば浦川さん)と、シュムウンクル(西の人:例えば萱野さん)とでは、言葉が全部通じるわけではなかった。
 そして、生活や食べ物などについても、異なった価値観(文化)を持っていたということだ。

 今回、浦川さんから新しい話を聞いた。
 シベチャリ川(静内川)を上流の方に方に15kmほど行ったところ(静内町農屋(のや))に昔コタンがあった。
 そこでは、メナシウンクルとシュムウンクルが混住していたそうだ。

 家を見ると、区分は簡単だった。シュムウンクルの家の屋根の上には、「タクサ(草を束ねてお祓いに使うもの)」が立ててあったという。
 お互い、話す言葉は異なっていたが、聞き取りでは、意味の理解はできていたとのこと。
 そして、お互いの文化は干渉しないが、尊重しあって暮らしていたとのことだった。

 話は変わる。
 浦川さんが、「来月は東京に行かなければならない。」というので内容を聞いたら、東京のアイヌ文化交流センターで講演をするとのこと。
 参考まで、ご紹介する。

 □アイヌ文化公開講座“キロロアン”『木彫を語る・優秀工芸師浦川太八』
 【講師】浦川太八氏(北海道ウタリ協会優秀工芸師)
     今回は木彫の実演(うろこ彫り)もするとのこと
 【日時】平成20年6月20日(金)19:00〜20:30
 【場所】アイヌ文化交流センター(東京都中央区八重洲2-4-13、アーバンスクエア八重洲3F)
http://www.frpac.or.jp/rst/opn/20kai06.html

 また、話は変わるが、私は浦川さんからお聞きした話で、誰かに知っておいてほしいと思うものをこのブログで情報提供しているが、私の知識不足や聞き間違いから、誤って記述してしまうこともある。
 そういうことが判明した場合は、適宜訂正していくこととしたい。

 今回の浦川さん訪問で、訂正するものがある。
 昨年9月29日のブログで、浦川さんの生まれ育った地域「荻伏(おぎふし)村」〜現在は、浦河町荻伏町地区のアイヌの苗字の付け方について書いた。
 そのうち、「遠山」性について、『日高山脈(遠い山)が良く見える場所に住んでいた集団』に訂正する。
 *昨年9月29日のブログについても、訂正した。


(参考)
 トウレプ(オオウバユリ)のデンプンづくり
 http://www.frpac.or.jp/kodomo/flash/bunka/tabemono2/tabemono_01_ooubayuri1.html

 シケレペ(シケレペニ(キハダ)の実)を使った料理
 http://www.frpac.or.jp/kodomo/flash/bunka/tabemono/tabemono_04_kihada.html



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