2008/7/26 3:20
アポ無し。 分類なし
アポなしで来る人大嫌い!
アポなし訪問が嫌いな一番の理由は……散らかってること…。まっ、その理由も情け無いが。
その人自身は嫌いじゃないケドアポなしで来られることが大嫌い!電話して来いよって思う。だけど、いつもそれで超身近身内と喧嘩になる。自分の心自体は自分でしっかり握ってるけど、いや、自分でしっかり握ってるからこそ、かな、外の世界にオープンなその人。
「電話して来いよ」と発狂する私の横でその人が主張するポイントは「そんなのその人の勝手。突然来られて迷惑なら『今は都合が悪いです』って言えばいいじゃん。それでアポなしで来た人が困るならそれはその人の問題でその人が考えればいいこと」と言う。超身近身内がアポ無し訪問をすることは殆どない。会えなければしょうがないし、相手にも都合があるだろうから。
アポ無しで来られることを私が嫌う理由は、
その1:ちらかってる。
その2:自分のスペースに誰かがいきなり(中に入ってはこなくても)ドアをあけてやってくる感じ。
その3:自分にも都合があるのにそれが無視されてる感じ。
その4:いやでも断れない。
こう考えてくると、超身近身内の考え方の方がいいなと思う。自分が受け入れられるなら受け入れるし、受け入れられないなら断る、という方がよっぽどスッキリしてる気がする。「断る」ってことを、人は嫌うんだな。「断られる」ってことを人は恐れてるような気がしてたけど、それだけじゃなく、「断る」ってことも人は恐れてるような気がする。
アポなし訪問が嫌いな一番の理由は……散らかってること…。まっ、その理由も情け無いが。
その人自身は嫌いじゃないケドアポなしで来られることが大嫌い!電話して来いよって思う。だけど、いつもそれで超身近身内と喧嘩になる。自分の心自体は自分でしっかり握ってるけど、いや、自分でしっかり握ってるからこそ、かな、外の世界にオープンなその人。
「電話して来いよ」と発狂する私の横でその人が主張するポイントは「そんなのその人の勝手。突然来られて迷惑なら『今は都合が悪いです』って言えばいいじゃん。それでアポなしで来た人が困るならそれはその人の問題でその人が考えればいいこと」と言う。超身近身内がアポ無し訪問をすることは殆どない。会えなければしょうがないし、相手にも都合があるだろうから。
アポ無しで来られることを私が嫌う理由は、
その1:ちらかってる。
その2:自分のスペースに誰かがいきなり(中に入ってはこなくても)ドアをあけてやってくる感じ。
その3:自分にも都合があるのにそれが無視されてる感じ。
その4:いやでも断れない。
こう考えてくると、超身近身内の考え方の方がいいなと思う。自分が受け入れられるなら受け入れるし、受け入れられないなら断る、という方がよっぽどスッキリしてる気がする。「断る」ってことを、人は嫌うんだな。「断られる」ってことを人は恐れてるような気がしてたけど、それだけじゃなく、「断る」ってことも人は恐れてるような気がする。
2008/7/24 14:12
氷河湖。 分類なし
おもしろいテレビ(番組)を見た。その壮大さにドキドキしてくるようなGlacial Lake Missoula(氷河湖ミズーラ)。
「ワシントン州の16,000スクエアマイルズ(16,000平方キロメートルの1.6倍)(ナイアガラの滝の20倍)もの広大な峡谷のような地形はどのように形作られたのか。その地域にはないはずの、だけれどそこここにある100トンもある巨大な御影石はどこから来たのか。地面の巨大な穴たちはどうやって出来たのか。」
グランドキャニオンなどは風や水の浸食で峡谷ができてったわけだが、「川の浸食」とするにはどうしてもその地形には矛盾点があり地質学者の間でも謎のままだった。形成期間は「何千年もの時をかけて」とされていたが、そこに「大洪水によって一夜にして形作られた(その洪水の水はどこから来たかは不明)」と主張した地質学者がいて、当然誰にも相手にされなかった。1920年頃のこと。まるで聖書の中の大洪水のように途方もない無鉄砲な説だとされて。だが、なんと後年彼の説が正しかったと証明されたのだ。
そうだよね、そんな馬鹿でかいもんが一夜で作られたなんて思えないよね。しかし、実際には一夜どころか数時間で作られちゃったみたいなのだ。
そもそも氷河ってのは、the Ice Age=氷河時代に雪が降りつもり夏でも完全には溶けず、その上に雪がまた積もり、その積もった圧力で雪が圧縮(っていうのかな、フワフワじゃなく固まって)されて氷河を形作り、それが川のように山を滑り落ち、平原に達するってもんらしい。あっ、だから氷の河なんだ。
氷河湖ミズーラのお話は1万5千年ぐらい前に始まる。まず、氷河がカナダからアイダホ&モンタナ辺りまで動いてきた。そこはワシントン州の不可思議な地形から250マイル東の辺り。そこで止まった氷河は川の水を堰きとめ、つまりice dam(氷のダム)となる。流れ込む水はどんどんたまり、氷河湖ミズーラが誕生したというわけだ。Ice damの高さはハーフマイル(800メートル)、厚さは少なくとも1キロ、幅は23マイル(37キロ弱)にものぼるってのも吃驚。ミズーラの水量はエリー湖とオンタリオ湖を足したよりも多いほど。
そしてワシントン州の渓谷のような不可思議な地形はこのミズーラ湖の洪水の結果。巨大な水を包含する湖のice damが決壊、おそらくは地球史上最大の巨大な爆発のような勢いで水が溢れ出し、たった数時間で250マイル(400キロ)東のワシントン州にまで達して太平洋に流れ込んだ、そのとてつもない水の力がこのワシントン州の不可思議な地形を形作ったそうだ。
へぇぇぇ。
この説を出したのは「一夜で作られた」と主張した人ではなく、その会議上では沈黙を続けてた人。「いったいその洪水の水はどこから来たんだ」って議論のときに発言はしなかったけれど、隣にいた同僚に「その水がどこから来たかはわかる」と言ってたらしい。その人はその地形の底、平原部分の地面各所に散見される一定方向へのうねりのようなこぶに目を留めた。大きいものは15メートルほどの高さがある巨大なこぶはアイスダム決壊により流れたとてつもない量の水の動きの結果だと。
アイスダムは屈強ではあったがいつまでも水をホールドできずに決壊したわけだ。その理由が"super cooled water"とやらに関係してる。
普通水は摂氏0度で凍って氷となる。でもこれは通常の圧力下でのことらしい。とてつもない圧力がかかっていると水の分子は自由に動けない、自由に動けないと凍れない、だから氷点下でも凍っていない、それが"super cooled water"(だそう)。ミズーラ湖底のとてつもなく圧力がかかった"super cooled water"はアイスダムという氷の中の小さな小さな微小な裂け目(クラック)に流れ込む、その流れは氷と水の間に摩擦を生み、摩擦が熱を生み、氷を少しずつ溶かしていく。徐々に徐々に。そして突然のアイスダム決壊。とてつもない量のとてつもない勢いの洪水。アイスダムの決壊による洪水は数回あったということが今はわかってるそうだ。
"Super cooled water"もなんだか不思議な世界だが、その巨大なアイスダムを想像すると、なんだか怖い。恐れ多いような怖さ。その世界には人間はおらず(多分)、つまりは宗教も神も存在しない。私は神を信じてないけど。そういう「意識というものが全く無い世界」というものが、なんだかとても怖いのだ。ドキドキするのだ。今現在の海の深さなんてものを想像しても怖いけど。その海の底は、やっぱり人間の意識が存在しない世界だもんね。
「ワシントン州の16,000スクエアマイルズ(16,000平方キロメートルの1.6倍)(ナイアガラの滝の20倍)もの広大な峡谷のような地形はどのように形作られたのか。その地域にはないはずの、だけれどそこここにある100トンもある巨大な御影石はどこから来たのか。地面の巨大な穴たちはどうやって出来たのか。」
グランドキャニオンなどは風や水の浸食で峡谷ができてったわけだが、「川の浸食」とするにはどうしてもその地形には矛盾点があり地質学者の間でも謎のままだった。形成期間は「何千年もの時をかけて」とされていたが、そこに「大洪水によって一夜にして形作られた(その洪水の水はどこから来たかは不明)」と主張した地質学者がいて、当然誰にも相手にされなかった。1920年頃のこと。まるで聖書の中の大洪水のように途方もない無鉄砲な説だとされて。だが、なんと後年彼の説が正しかったと証明されたのだ。
そうだよね、そんな馬鹿でかいもんが一夜で作られたなんて思えないよね。しかし、実際には一夜どころか数時間で作られちゃったみたいなのだ。
そもそも氷河ってのは、the Ice Age=氷河時代に雪が降りつもり夏でも完全には溶けず、その上に雪がまた積もり、その積もった圧力で雪が圧縮(っていうのかな、フワフワじゃなく固まって)されて氷河を形作り、それが川のように山を滑り落ち、平原に達するってもんらしい。あっ、だから氷の河なんだ。
氷河湖ミズーラのお話は1万5千年ぐらい前に始まる。まず、氷河がカナダからアイダホ&モンタナ辺りまで動いてきた。そこはワシントン州の不可思議な地形から250マイル東の辺り。そこで止まった氷河は川の水を堰きとめ、つまりice dam(氷のダム)となる。流れ込む水はどんどんたまり、氷河湖ミズーラが誕生したというわけだ。Ice damの高さはハーフマイル(800メートル)、厚さは少なくとも1キロ、幅は23マイル(37キロ弱)にものぼるってのも吃驚。ミズーラの水量はエリー湖とオンタリオ湖を足したよりも多いほど。
そしてワシントン州の渓谷のような不可思議な地形はこのミズーラ湖の洪水の結果。巨大な水を包含する湖のice damが決壊、おそらくは地球史上最大の巨大な爆発のような勢いで水が溢れ出し、たった数時間で250マイル(400キロ)東のワシントン州にまで達して太平洋に流れ込んだ、そのとてつもない水の力がこのワシントン州の不可思議な地形を形作ったそうだ。
へぇぇぇ。
この説を出したのは「一夜で作られた」と主張した人ではなく、その会議上では沈黙を続けてた人。「いったいその洪水の水はどこから来たんだ」って議論のときに発言はしなかったけれど、隣にいた同僚に「その水がどこから来たかはわかる」と言ってたらしい。その人はその地形の底、平原部分の地面各所に散見される一定方向へのうねりのようなこぶに目を留めた。大きいものは15メートルほどの高さがある巨大なこぶはアイスダム決壊により流れたとてつもない量の水の動きの結果だと。
アイスダムは屈強ではあったがいつまでも水をホールドできずに決壊したわけだ。その理由が"super cooled water"とやらに関係してる。
普通水は摂氏0度で凍って氷となる。でもこれは通常の圧力下でのことらしい。とてつもない圧力がかかっていると水の分子は自由に動けない、自由に動けないと凍れない、だから氷点下でも凍っていない、それが"super cooled water"(だそう)。ミズーラ湖底のとてつもなく圧力がかかった"super cooled water"はアイスダムという氷の中の小さな小さな微小な裂け目(クラック)に流れ込む、その流れは氷と水の間に摩擦を生み、摩擦が熱を生み、氷を少しずつ溶かしていく。徐々に徐々に。そして突然のアイスダム決壊。とてつもない量のとてつもない勢いの洪水。アイスダムの決壊による洪水は数回あったということが今はわかってるそうだ。
"Super cooled water"もなんだか不思議な世界だが、その巨大なアイスダムを想像すると、なんだか怖い。恐れ多いような怖さ。その世界には人間はおらず(多分)、つまりは宗教も神も存在しない。私は神を信じてないけど。そういう「意識というものが全く無い世界」というものが、なんだかとても怖いのだ。ドキドキするのだ。今現在の海の深さなんてものを想像しても怖いけど。その海の底は、やっぱり人間の意識が存在しない世界だもんね。
2008/7/23 13:20
傷つく権利。 言葉
梨木香歩さんのエッセイ「春になったら苺を摘みに」を読んだ。今は「ぐるりのこと」。
「裏庭」は好きだったけれど「西の魔女が死んだ」は今ひとつだった。前評判の高さ故の落差だったのか、一気呵成に読み終えた「裏庭」の世界を期待していたからか。あまりにも多くの人が口をそろえて「『西の魔女が死んだ』っていいよ」と言うもので、内心「へぇ、そうかね、そんなもんかね」気分だったりもした。
だけれどたまたま手に入って読み始めたエッセイ2冊とお話1冊。エッセイ1冊を読み終えて抱いたイメージは銀色夏生さんをもっと厳しくしたような印象。自分の生き方や、自分の作品に対して(でも私は銀色さんファン)。
エッセイだけれどそこに描かれた世界は、繰り返すけれど現実的なことが書き連ねられたエッセイだけれどそこに見えてくる世界は、「どこかの世界」の風景。童話の中の世界ではなく、だって現実の世界の描写なのだから、だけれど梨木さんのエッセイからは子どもの頃から読んで積み重ねてきた大好きな「お話の世界」の風が吹いてきた。繰り返し書いちゃうケド決してお話もどきのエッセイではなく、厳しさを感じさせもする、あくまでも現実世界のことについてのみ書かれたエッセイだったのだけれど。
さすが童話作家と思った描写は、飛行機の搭乗ゲートから飛行機自体までの蛇腹を「竜のおなかみたいな」と書いていたこと(正確な引用ではありません)。そんなこと思ったこともないけれど、そう言われてみれば「あぁっ」。(繰り返しますが、梨木さんがそういう童話語彙を多用どころか用いているわけではなく、その「竜のおなか」はあくまでも比喩として使われていたダケです。)
本の一番最後の解説も読んだ。エッセイにも解説がいるのか…なんて思いながら。確かに解説は「知識を得る」って意味では便利なこともあるんだけれど。だけど、そんな生意気なことを思いながら驚いた。
解説には、梨木さんが「どこまでも巻き込まれていこう、と意志する権利」と書いたことを受けて、(この言葉は)「英国の歴史小説家、ローズマリ・サトクリフが自伝『思い出の青い丘』に記した『傷つく権利』に匹敵するいいことばだ」って書いてあったのだ。えっえっっえっ〜〜〜〜〜!!!
その驚きは、私も「傷つく権利」って言葉つかってたから。「考える筋肉」と同様、自分で考え出した言葉だと思って。いつ頃からその言葉を使い出したかは覚えてないし、誤解されそうな言葉だとも思えてあまり使わないのだけれど。「子どもにだって傷つく権利がある」と最初は思い始めたのだった。やっぱり誤解されそうな言葉だよね。
しかし、そうなると、(読めるものなら)その「思い出の青い丘」は読まねば。
続くが、しかし、そうなると、私が自分で考え出したと思っていたこの「傷つく権利」という言葉は、いつかの昔に何かで読み覚えた言葉なのだろうか?20代から30代にかけての私を、確かにこの言葉は励まし、私の気持ちを強くしてくれたのだけれど。あのとき築いたと磐石と思えた人生観は今脆弱になってしまっているが、その盤石部分に確かにこの言葉があったのだ。
そりゃ、私だって傷つくのはイヤだけど。イヤどころかなるべくならそこから逃げようと思ってるケド(逃げるだぜ、逃げる、情けない)。だけど、「私には傷つく権利がある」って思うと、そう思った分だけ、強くなれる気がした。いや、強くなってる気がした。笑うのも泣くのも、逃げるのも立ち向かうのも、傷つくのも、私の自由、と、思うと。
ところで、梨木さんのエッセイを読んだら、もっと梨木さんの本を読みたくなった。だから「からくりからくさ」を読むのが楽しみ。
「裏庭」は好きだったけれど「西の魔女が死んだ」は今ひとつだった。前評判の高さ故の落差だったのか、一気呵成に読み終えた「裏庭」の世界を期待していたからか。あまりにも多くの人が口をそろえて「『西の魔女が死んだ』っていいよ」と言うもので、内心「へぇ、そうかね、そんなもんかね」気分だったりもした。
だけれどたまたま手に入って読み始めたエッセイ2冊とお話1冊。エッセイ1冊を読み終えて抱いたイメージは銀色夏生さんをもっと厳しくしたような印象。自分の生き方や、自分の作品に対して(でも私は銀色さんファン)。
エッセイだけれどそこに描かれた世界は、繰り返すけれど現実的なことが書き連ねられたエッセイだけれどそこに見えてくる世界は、「どこかの世界」の風景。童話の中の世界ではなく、だって現実の世界の描写なのだから、だけれど梨木さんのエッセイからは子どもの頃から読んで積み重ねてきた大好きな「お話の世界」の風が吹いてきた。繰り返し書いちゃうケド決してお話もどきのエッセイではなく、厳しさを感じさせもする、あくまでも現実世界のことについてのみ書かれたエッセイだったのだけれど。
さすが童話作家と思った描写は、飛行機の搭乗ゲートから飛行機自体までの蛇腹を「竜のおなかみたいな」と書いていたこと(正確な引用ではありません)。そんなこと思ったこともないけれど、そう言われてみれば「あぁっ」。(繰り返しますが、梨木さんがそういう童話語彙を多用どころか用いているわけではなく、その「竜のおなか」はあくまでも比喩として使われていたダケです。)
本の一番最後の解説も読んだ。エッセイにも解説がいるのか…なんて思いながら。確かに解説は「知識を得る」って意味では便利なこともあるんだけれど。だけど、そんな生意気なことを思いながら驚いた。
解説には、梨木さんが「どこまでも巻き込まれていこう、と意志する権利」と書いたことを受けて、(この言葉は)「英国の歴史小説家、ローズマリ・サトクリフが自伝『思い出の青い丘』に記した『傷つく権利』に匹敵するいいことばだ」って書いてあったのだ。えっえっっえっ〜〜〜〜〜!!!
その驚きは、私も「傷つく権利」って言葉つかってたから。「考える筋肉」と同様、自分で考え出した言葉だと思って。いつ頃からその言葉を使い出したかは覚えてないし、誤解されそうな言葉だとも思えてあまり使わないのだけれど。「子どもにだって傷つく権利がある」と最初は思い始めたのだった。やっぱり誤解されそうな言葉だよね。
しかし、そうなると、(読めるものなら)その「思い出の青い丘」は読まねば。
続くが、しかし、そうなると、私が自分で考え出したと思っていたこの「傷つく権利」という言葉は、いつかの昔に何かで読み覚えた言葉なのだろうか?20代から30代にかけての私を、確かにこの言葉は励まし、私の気持ちを強くしてくれたのだけれど。あのとき築いたと磐石と思えた人生観は今脆弱になってしまっているが、その盤石部分に確かにこの言葉があったのだ。
そりゃ、私だって傷つくのはイヤだけど。イヤどころかなるべくならそこから逃げようと思ってるケド(逃げるだぜ、逃げる、情けない)。だけど、「私には傷つく権利がある」って思うと、そう思った分だけ、強くなれる気がした。いや、強くなってる気がした。笑うのも泣くのも、逃げるのも立ち向かうのも、傷つくのも、私の自由、と、思うと。
ところで、梨木さんのエッセイを読んだら、もっと梨木さんの本を読みたくなった。だから「からくりからくさ」を読むのが楽しみ。
2008/7/15 18:33
う〜む。謎。 分類なし
週末は軽く外で走ろうと思っていたのにテレビに見入ってしまった。
それはよくある勝ち残り番組で、対象が犬という"The Greatest American Dog"。犬好きではないが、よく言われる「飼い犬は飼い主に似る」って辺りに興味があって見入ってしまったのだ。
12人の飼い主と12匹(?頭?)の飼い犬の中から一匹(?頭?)の犬が選ばれてく、という番組。応援したいのはブルドッグと、白い毛の一部がピンクに染められてる小型犬。最初はそのピンクにとまどったが、二人(飼い犬と飼い主)が仲がよさそうで。愛情たっぷり躾もばっちりで、犬と飼い主との間に何かが通っているのがうかがわれる。って、アンタ何者?
「飼い主と飼い犬が似てる」という例でピッタリ来た一組がいて、それは20半ばの女性とその小型犬。情緒が不安定な感じを醸し出す飼い主…だけど犬にとっては大切な主人で、だけどその不安定な気持ちが犬にうつって…というような。って、アンタ何者?
外で走らなかったので、家の中でストレッチだの腹筋だのをしようと思ったら、始まってしまった48 hours mistery(実際に起きた、疑惑を呼び起こす殺人事件のドキュメンタリー)。1時間だと思ったら2時間だった!これまた見入ってしまった。
事件は…。
自宅ガレージでまだ車の中にいるまま、銃で撃たれて亡くなった妻・息子・娘。犯人として逮捕された夫の主張は「犯行時刻には自宅近くのコート(室内)でバスケットの試合に参加していた」。ずっと試合に出ていたわけではないが、彼は確かにその場にいたと証言をする人11人(内1人は確かではないと後に証言を変えた)。しかし「15分程度ならうまく抜け出して殺人を犯してまた戻ってくることは可能」というのが警察&検察の筋道。
夫は否認。しかし裁判では結婚生活の破綻をつかれる。「不倫はばれたがそれを乗り越え二人でやり直そうとしていた」という夫の主張をくつがえすのは一人や二人じゃない女性との不倫関係。「妻が離婚を求めようとする前に殺害」というのが検察の訴え。陪審員は彼を「有罪」とする。
その後、上告。3人が殺害された車に残っていた掌紋、誰のものかわからないトレーナーに誰のものともわからぬDNA。なんと警察はこれらを照合もせずじまいだったのだ。照合してみると、強盗などの重罪を何度も犯し、その事件の少し前に出所したばかりの男性のDNA、掌紋と一致。トレーナーにマジックで書かれていた"BACKBONE(背骨)"はその男性のあだ名だった。
ということで、その男性が裁判にかけられ、有罪となる。彼が有罪になった途端、夫は自由の身となる。父親のもとで喜ぶ夫。だけれどそれはたった30分程度のこと。あっという間に夫は刑務所に逆戻り。検察の今度の筋道は委託殺人。
そして夫の上告審。陪審員に提示できないことが二つ。一つは複数の女性との不倫関係、もう一つは既にBACKBONEが有罪になったこと。ここでもまたもや夫は「有罪」。有罪のポイントは夫のシャツについていたごく少量の血痕。検察側専門家は「銃を撃ったときの被害者の血痕の飛び散り」と主張。被害者側専門家は「夫の主張通り、(帰宅後に犯行に驚き)娘の上から息子を助けようとしたときについた血痕(娘の髪についていた血痕が付着)」と主張。検察側の専門家の意見を陪審員が信じた結果の有罪だった。
ということで、彼はまだ刑務所に入ったまま、最高裁(かな?)への上告を準備中。
ということで、刑務所に入ったままの人へのインタビューが重要部分を占めるドキュメンタリー。
実際にまだ裁判での決着がついていない(上告しているため)事件も多くとりあげる、48・アワーズ・ミステリー。その人が犯人なのかどうか、この世でその本人しかわからないようなケースも多々。だから、思わず見入ってしまうことも多々。
となると。
話はだいぶ古くなり、今はもう知らない人の方が多いと思うけれど、帝銀事件を思い出してしまう。昭和20年頃。当時あった帝国銀行に保健所(多分)から来たと名乗る男性が現れる。名刺を渡し、支店長以下行員に(多分)青酸カリ(の溶液?)を飲ませるんだけれど、その説明が「近くで疫病(多分)が発生、今からお渡しする薬を飲んで伝染を防ぐ(というようなこと)」。手馴れた手つきで、第一の液体、第二の液体を支店長以下行員に渡して自ら見本を示しつつ(多分)、全員に飲ませるという手口(お金もうまく盗めたかどうか、覚えてない)。
全員が亡くなったわけではなかったと思う(目撃者がいたはずなので)。犯人逮捕のきっかけは多分名刺だったかも。肝心なその理由を忘れちゃったけど。確か、犯人はその前に予行練習のように他の銀行でも同じ事をしてたんだよね。
犯人としてつかまったのは平沢貞通(さだみち)という画家。彼は無実を主張し続けたが有罪となる。無実を信じる弁護団の中の一人が彼と養子縁組をしているはず。結局、上告をし続けたまま、歴代の法務大臣の誰もが判を押さず、93歳だかで刑務所の中でその一生を終えた。
となると。
下山事件も思い出すな。時は第二次大戦後の占領下。職員の大量解雇を控えていた国鉄(現JR)の下山総裁が運転手つきの車で三越(多分)まで行って、運転手には「待っていてくれ」と言うも、戻ってこない。その後の総裁の動きは不明のまま、常磐線の三河島駅近くで轢死体となって発見される。一応公式記録では自殺となっている(はず)。
私が読んだ本は「他殺」説だったので、おそらくは公平ではなくそっち方向へ読者を流す内容だったのだろうけれど、覚えているのは検視を東大と慶応大学(多分)が行っていること。東大の検視結果は轢断は死亡前だった、つまり「自殺」、慶応の検死結果は轢断は死亡後だった、つまり「他殺」で、結局、東大鑑定のみが採用されたという内容だった。「東大での鑑定での責任者、古畑種元は後で冤罪と判明した事件の鑑定にも参加し、検察よりの鑑定を出すということで知られている!」というふうに、著者はその結果を責めたててもいた記憶がある。
あるのだが。今、ふと気になってウィキぺディアを見てみたら。なんと。
死後轢断を主張したのが古畑さんで、生前轢断を主張したのが慶応の教授のほうだった。なんという勘違い…なのか…その著者の…強引な力技の…虚偽主張…だったのか。う〜む。どっちだ。でも、確かにその著者は古畑さんの主張の怪しさを訴えてたんだけどなぁ。
う〜む。事件どころかその辺りも私的謎。
(ウィキぺディアによると、下山事件は今でも他殺か自殺は不明だそうです。)
それはよくある勝ち残り番組で、対象が犬という"The Greatest American Dog"。犬好きではないが、よく言われる「飼い犬は飼い主に似る」って辺りに興味があって見入ってしまったのだ。
12人の飼い主と12匹(?頭?)の飼い犬の中から一匹(?頭?)の犬が選ばれてく、という番組。応援したいのはブルドッグと、白い毛の一部がピンクに染められてる小型犬。最初はそのピンクにとまどったが、二人(飼い犬と飼い主)が仲がよさそうで。愛情たっぷり躾もばっちりで、犬と飼い主との間に何かが通っているのがうかがわれる。って、アンタ何者?
「飼い主と飼い犬が似てる」という例でピッタリ来た一組がいて、それは20半ばの女性とその小型犬。情緒が不安定な感じを醸し出す飼い主…だけど犬にとっては大切な主人で、だけどその不安定な気持ちが犬にうつって…というような。って、アンタ何者?
外で走らなかったので、家の中でストレッチだの腹筋だのをしようと思ったら、始まってしまった48 hours mistery(実際に起きた、疑惑を呼び起こす殺人事件のドキュメンタリー)。1時間だと思ったら2時間だった!これまた見入ってしまった。
事件は…。
自宅ガレージでまだ車の中にいるまま、銃で撃たれて亡くなった妻・息子・娘。犯人として逮捕された夫の主張は「犯行時刻には自宅近くのコート(室内)でバスケットの試合に参加していた」。ずっと試合に出ていたわけではないが、彼は確かにその場にいたと証言をする人11人(内1人は確かではないと後に証言を変えた)。しかし「15分程度ならうまく抜け出して殺人を犯してまた戻ってくることは可能」というのが警察&検察の筋道。
夫は否認。しかし裁判では結婚生活の破綻をつかれる。「不倫はばれたがそれを乗り越え二人でやり直そうとしていた」という夫の主張をくつがえすのは一人や二人じゃない女性との不倫関係。「妻が離婚を求めようとする前に殺害」というのが検察の訴え。陪審員は彼を「有罪」とする。
その後、上告。3人が殺害された車に残っていた掌紋、誰のものかわからないトレーナーに誰のものともわからぬDNA。なんと警察はこれらを照合もせずじまいだったのだ。照合してみると、強盗などの重罪を何度も犯し、その事件の少し前に出所したばかりの男性のDNA、掌紋と一致。トレーナーにマジックで書かれていた"BACKBONE(背骨)"はその男性のあだ名だった。
ということで、その男性が裁判にかけられ、有罪となる。彼が有罪になった途端、夫は自由の身となる。父親のもとで喜ぶ夫。だけれどそれはたった30分程度のこと。あっという間に夫は刑務所に逆戻り。検察の今度の筋道は委託殺人。
そして夫の上告審。陪審員に提示できないことが二つ。一つは複数の女性との不倫関係、もう一つは既にBACKBONEが有罪になったこと。ここでもまたもや夫は「有罪」。有罪のポイントは夫のシャツについていたごく少量の血痕。検察側専門家は「銃を撃ったときの被害者の血痕の飛び散り」と主張。被害者側専門家は「夫の主張通り、(帰宅後に犯行に驚き)娘の上から息子を助けようとしたときについた血痕(娘の髪についていた血痕が付着)」と主張。検察側の専門家の意見を陪審員が信じた結果の有罪だった。
ということで、彼はまだ刑務所に入ったまま、最高裁(かな?)への上告を準備中。
ということで、刑務所に入ったままの人へのインタビューが重要部分を占めるドキュメンタリー。
実際にまだ裁判での決着がついていない(上告しているため)事件も多くとりあげる、48・アワーズ・ミステリー。その人が犯人なのかどうか、この世でその本人しかわからないようなケースも多々。だから、思わず見入ってしまうことも多々。
となると。
話はだいぶ古くなり、今はもう知らない人の方が多いと思うけれど、帝銀事件を思い出してしまう。昭和20年頃。当時あった帝国銀行に保健所(多分)から来たと名乗る男性が現れる。名刺を渡し、支店長以下行員に(多分)青酸カリ(の溶液?)を飲ませるんだけれど、その説明が「近くで疫病(多分)が発生、今からお渡しする薬を飲んで伝染を防ぐ(というようなこと)」。手馴れた手つきで、第一の液体、第二の液体を支店長以下行員に渡して自ら見本を示しつつ(多分)、全員に飲ませるという手口(お金もうまく盗めたかどうか、覚えてない)。
全員が亡くなったわけではなかったと思う(目撃者がいたはずなので)。犯人逮捕のきっかけは多分名刺だったかも。肝心なその理由を忘れちゃったけど。確か、犯人はその前に予行練習のように他の銀行でも同じ事をしてたんだよね。
犯人としてつかまったのは平沢貞通(さだみち)という画家。彼は無実を主張し続けたが有罪となる。無実を信じる弁護団の中の一人が彼と養子縁組をしているはず。結局、上告をし続けたまま、歴代の法務大臣の誰もが判を押さず、93歳だかで刑務所の中でその一生を終えた。
となると。
下山事件も思い出すな。時は第二次大戦後の占領下。職員の大量解雇を控えていた国鉄(現JR)の下山総裁が運転手つきの車で三越(多分)まで行って、運転手には「待っていてくれ」と言うも、戻ってこない。その後の総裁の動きは不明のまま、常磐線の三河島駅近くで轢死体となって発見される。一応公式記録では自殺となっている(はず)。
私が読んだ本は「他殺」説だったので、おそらくは公平ではなくそっち方向へ読者を流す内容だったのだろうけれど、覚えているのは検視を東大と慶応大学(多分)が行っていること。東大の検視結果は轢断は死亡前だった、つまり「自殺」、慶応の検死結果は轢断は死亡後だった、つまり「他殺」で、結局、東大鑑定のみが採用されたという内容だった。「東大での鑑定での責任者、古畑種元は後で冤罪と判明した事件の鑑定にも参加し、検察よりの鑑定を出すということで知られている!」というふうに、著者はその結果を責めたててもいた記憶がある。
あるのだが。今、ふと気になってウィキぺディアを見てみたら。なんと。
死後轢断を主張したのが古畑さんで、生前轢断を主張したのが慶応の教授のほうだった。なんという勘違い…なのか…その著者の…強引な力技の…虚偽主張…だったのか。う〜む。どっちだ。でも、確かにその著者は古畑さんの主張の怪しさを訴えてたんだけどなぁ。
う〜む。事件どころかその辺りも私的謎。
(ウィキぺディアによると、下山事件は今でも他殺か自殺は不明だそうです。)
2008/7/12 18:45
"Get"の対象 英語
それが「母の日」に行われるのではないことは確かなんだけれど、「母親が娘を職場に連れてく日」ってのがある。多分、アメリカのどこの町でも。もしくは「娘が母親の職場に(見学に)行く日」。
「その日を何ていうか知ってる?」って誰かに聞かれたら"Bring your daughters to work DAY"って私は答えると思う。実際には"Take our daughters to work DAY"だ。"Bring"版(B版)は「(あなたの)娘を職場に連れて『来る』日」で、"Take版"(T版)は「(私の)娘を職場に連れて『行く』日」だ。主体も違うし、起点終点の重要度も違うよね。
B版では主体は職場側にある。その場所に連れて来なさいってことで連れて"来る"わけだから、その目的地である終点の職場視点だ。T版では主体は母側にある。ある場所(家だろうけど)から、ある場所に(一緒に)連れて"行く"わけだから、行くっていう行為の起点もからまず始まってる。ってことを思うに、"bring"を用いた私の発想は他力本願的だよね。職場がセットアップしてくれて「連れてきなさい」って感じだもんね。"Take"なら行動の主体は自分だけれど。
同じような主体の立ち位置例で筆頭に挙がるのは"go"と"come"の「行く」と「来る」だ。
「彼の誕生日パーティに行く?」って聞くときは、普通は"Will you go to his birthday party?"だろう。だけど、それを聞く人がそのパーティの主催者だった場合は"Will you come to his birthday party?"って聞くはずだ。質問者は「そこに行く(参加する)」立場なのか、「そこにいる」(主催者の)立場で「来る?」って聞いてるのかという立ち位置の違い。と長々書いたが、日本語でも「誕生パーティ来る?」と「誕生パーティ行く?」は違うから、そこはオンナジわけだ。
さて、そんな私が間違えたのは。
「それをトーストしてもらえますか?」ってお願いするときは"Could I get it toasted?"となるらしい。私だったら"Could you get it toasted?"って言ってたな。
"Get"はその後ろに動詞の過去分詞という形(toasted)を持ってきて「〜してもらう、〜させる、〜される」って意味となる。"Get your hair cut."(ここでのcutは名詞じゃなく動詞で、現在形−過去形−過去分詞全てがcut-cut-cut)は「髪の毛切ってもらなさい」だから、"I need to get my hair cut."なら「髪の毛切らなきゃ(=切ってもらわなきゃ)」だ。だから、"I need to cut my hair."なら美容院に行かず自分で切るって意味となる。
そう、それで。
何かをお願いするときの丁寧な言葉に"Could you...?"がある。「〜して頂けますか?」って感じかな。"Coud you get me a glass of water?"なら「お水を一杯頂けますか?」だし、"Could you tell me why?"なら「何故でしょう?」(何故だか言って頂けますか?)だ。だから、"Could you get it toasted?"って私は言っちゃいそうなのだ。「それをトーストしてもらえますか?」ってつもりで。だけど違うよね。
ココからは想像なので、間違ってるかもだけど。
"Get"そのものが「(自分が)得る」って言葉だ、そもそも。"Could you get me a glass of water?"は、「『お水』を『私に』『あなたが』持ってきてくれますか」?だ。"Get"の対象は「一杯の水」。"Could I get my hair cut?"は「『私の髪をあなたが切る』ということを私は(あなたに)してもらえますか?」だ。"Get"の対象は「私の髪を(あなたに)切ってもらうこと」。
"Could I get my hair cut?"ならわかるけど、"Could you get my hair cut?"じゃ変だよね。「私の髪の毛を切るようアレンジしてもらえますか」みたいな感じのややっこしい意味になっちゃう。もし"Could you"と使うなら"Could you give me a haircut."(髪を切ってもらえますか?=あなたは「私の髪を切る」ということを私に与えることができますか?」だと思う。多分。
と、書きながら"Could you get it toasted?"って言っちゃいそうだけど。「あなたはそれをトーストしてもらいたいですか?」になっちゃうんだかんね、と、自分に言い聞かせねば。
そういえば、「痛い立ち位置」っていう歌をポルノグラフィティが歌ってるそうで、聞いてみたいっす。
そういえば、「母親が娘を職場に連れて来る日」は、郵便局窓口でお母さんの横に娘さんが立ってたりして、顔がそっくりだったりして、微笑ましいっす。
「その日を何ていうか知ってる?」って誰かに聞かれたら"Bring your daughters to work DAY"って私は答えると思う。実際には"Take our daughters to work DAY"だ。"Bring"版(B版)は「(あなたの)娘を職場に連れて『来る』日」で、"Take版"(T版)は「(私の)娘を職場に連れて『行く』日」だ。主体も違うし、起点終点の重要度も違うよね。
B版では主体は職場側にある。その場所に連れて来なさいってことで連れて"来る"わけだから、その目的地である終点の職場視点だ。T版では主体は母側にある。ある場所(家だろうけど)から、ある場所に(一緒に)連れて"行く"わけだから、行くっていう行為の起点もからまず始まってる。ってことを思うに、"bring"を用いた私の発想は他力本願的だよね。職場がセットアップしてくれて「連れてきなさい」って感じだもんね。"Take"なら行動の主体は自分だけれど。
同じような主体の立ち位置例で筆頭に挙がるのは"go"と"come"の「行く」と「来る」だ。
「彼の誕生日パーティに行く?」って聞くときは、普通は"Will you go to his birthday party?"だろう。だけど、それを聞く人がそのパーティの主催者だった場合は"Will you come to his birthday party?"って聞くはずだ。質問者は「そこに行く(参加する)」立場なのか、「そこにいる」(主催者の)立場で「来る?」って聞いてるのかという立ち位置の違い。と長々書いたが、日本語でも「誕生パーティ来る?」と「誕生パーティ行く?」は違うから、そこはオンナジわけだ。
さて、そんな私が間違えたのは。
「それをトーストしてもらえますか?」ってお願いするときは"Could I get it toasted?"となるらしい。私だったら"Could you get it toasted?"って言ってたな。
"Get"はその後ろに動詞の過去分詞という形(toasted)を持ってきて「〜してもらう、〜させる、〜される」って意味となる。"Get your hair cut."(ここでのcutは名詞じゃなく動詞で、現在形−過去形−過去分詞全てがcut-cut-cut)は「髪の毛切ってもらなさい」だから、"I need to get my hair cut."なら「髪の毛切らなきゃ(=切ってもらわなきゃ)」だ。だから、"I need to cut my hair."なら美容院に行かず自分で切るって意味となる。
そう、それで。
何かをお願いするときの丁寧な言葉に"Could you...?"がある。「〜して頂けますか?」って感じかな。"Coud you get me a glass of water?"なら「お水を一杯頂けますか?」だし、"Could you tell me why?"なら「何故でしょう?」(何故だか言って頂けますか?)だ。だから、"Could you get it toasted?"って私は言っちゃいそうなのだ。「それをトーストしてもらえますか?」ってつもりで。だけど違うよね。
ココからは想像なので、間違ってるかもだけど。
"Get"そのものが「(自分が)得る」って言葉だ、そもそも。"Could you get me a glass of water?"は、「『お水』を『私に』『あなたが』持ってきてくれますか」?だ。"Get"の対象は「一杯の水」。"Could I get my hair cut?"は「『私の髪をあなたが切る』ということを私は(あなたに)してもらえますか?」だ。"Get"の対象は「私の髪を(あなたに)切ってもらうこと」。
"Could I get my hair cut?"ならわかるけど、"Could you get my hair cut?"じゃ変だよね。「私の髪の毛を切るようアレンジしてもらえますか」みたいな感じのややっこしい意味になっちゃう。もし"Could you"と使うなら"Could you give me a haircut."(髪を切ってもらえますか?=あなたは「私の髪を切る」ということを私に与えることができますか?」だと思う。多分。
と、書きながら"Could you get it toasted?"って言っちゃいそうだけど。「あなたはそれをトーストしてもらいたいですか?」になっちゃうんだかんね、と、自分に言い聞かせねば。
そういえば、「痛い立ち位置」っていう歌をポルノグラフィティが歌ってるそうで、聞いてみたいっす。
そういえば、「母親が娘を職場に連れて来る日」は、郵便局窓口でお母さんの横に娘さんが立ってたりして、顔がそっくりだったりして、微笑ましいっす。
2008/7/11 12:44
時の紐。 歌
インターネットでひさびさに見かけた"イルカ"。海にいるイルカじゃなく、シンガーのイルカ。ファンだったわけではないけれど好きな歌が幾つかあった。
むか〜し好きで、今思うと「???」という歌は「サラダの国から来た娘」という歌。「季節の変わり目さえ気づかないほど ぼんやりしているあなたへ」で始まるんだよね。「遠い国からあなたのところにお嫁に来ました」っていうような歌詞もあったっけ。「遠い国から来たのにあなはたお留守」ってとこもある。何故?勝手に来ちゃったのか?そして、最後が「サ・サ・サ サ〜ラダ〜 サラダの国から来た娘」って。何故にサラダ?……だけど……。かわいい歌だったんだよねぇ。
「なごり雪」は、当時は全然好きじゃなくって、今でも歌詞はピンと来ないのに、この数年なんだかとても好きな歌になっている。だけど吃驚なのが「汽車を待つ君の横で僕は時計を気にしてる」っていう汽車。き、き、汽車って。今は汽車なんて言わないよね。当時も日常では言わなかった気がするんだけど…。
「海岸通り」も結構好きだった。横浜に海岸通っていう名前の通りがあって、「海岸通」っていう喫茶店があったんだよね。おしゃれでもないごくごく普通の当時の喫茶店。その海岸通沿いで私は結婚生活を始めるのかとばかり思っていたが、人生わかりませんね。「雨の物語」っていう歌もあったよね。
当時聞いて泣いちゃったのは(実際には泣かないけど)"Follow Me"っていう歌。「本当は明るい人が好きなのね 電話の音ばかり気にしているわ」で始まる歌。「もう1回 "Follow me"って言って あなたについていくから」みたいな歌なんだ。そうだ、大学祭にイルカが来たんだ。確か。
ホントに泣いちゃったのは「夜明けのGood bye」。この歌はすごく好き。今でも(思い出すことはもう殆どないけど)好き。「このまま知らないふりをして 夜が明けてしまう前に 一人歩いてゆく 涙 見せずに あなたの寝顔にGood bye」っていう歌。ぐぐ。あのときの風景が思い浮かぶぜ。「早く 心がゆれぬうちに あなたの腕からすり抜けてみせる 自信ありげなあなたの頬に お別れの口づけ Good bye」ってとこを何度想像したことか。私はとうとうあのとき歩き出せなかったケド。
イルカは幸せな結婚をした、って当時思ってた。そのまま、考えたこともないいつかの将来に至るまで穏やかなほんわかした夫婦でい続けるような、そんな結婚。イルカをプロデュースしてたそのご主人が亡くなったのは去年だったか。パーキンソン氏病を患っていたそうだ。その間をまったく知らないだけに、30年前だかの「結婚した」という話をラジオでイルカがしゃべっていたのを聞いた頃から、ご主人が亡くなったというインターネット上での情報までがギュンと一瞬で飛び去っていったようで、なんだか少しボーっとした。
たとえば美空ひばりさんとか。子どもの頃に既に有名だった人たちがいて。仮にそういう存在を「大人」と呼ぶとして。たとえば、イルカにしたってサザンにしたって、ユーミンにしたって、私たちの世代は彼ら彼女らが始めの一歩を踏み出した頃、何かを確立する前から見てたわけだ。なんか当たり前のことかもだけど、今、10代20代の人たちにとっては、好き嫌いはともかく、そんな彼らがあのときワタシタチが見てた「大人」なんだな、なんて思うと、不思議なような切ないような気持ちになる。
「今」だけじゃない、「今まで」とか、「これから」とか、ちょっと考えちゃったりする。「時の紐」を感じちゃう。
むか〜し好きで、今思うと「???」という歌は「サラダの国から来た娘」という歌。「季節の変わり目さえ気づかないほど ぼんやりしているあなたへ」で始まるんだよね。「遠い国からあなたのところにお嫁に来ました」っていうような歌詞もあったっけ。「遠い国から来たのにあなはたお留守」ってとこもある。何故?勝手に来ちゃったのか?そして、最後が「サ・サ・サ サ〜ラダ〜 サラダの国から来た娘」って。何故にサラダ?……だけど……。かわいい歌だったんだよねぇ。
「なごり雪」は、当時は全然好きじゃなくって、今でも歌詞はピンと来ないのに、この数年なんだかとても好きな歌になっている。だけど吃驚なのが「汽車を待つ君の横で僕は時計を気にしてる」っていう汽車。き、き、汽車って。今は汽車なんて言わないよね。当時も日常では言わなかった気がするんだけど…。
「海岸通り」も結構好きだった。横浜に海岸通っていう名前の通りがあって、「海岸通」っていう喫茶店があったんだよね。おしゃれでもないごくごく普通の当時の喫茶店。その海岸通沿いで私は結婚生活を始めるのかとばかり思っていたが、人生わかりませんね。「雨の物語」っていう歌もあったよね。
当時聞いて泣いちゃったのは(実際には泣かないけど)"Follow Me"っていう歌。「本当は明るい人が好きなのね 電話の音ばかり気にしているわ」で始まる歌。「もう1回 "Follow me"って言って あなたについていくから」みたいな歌なんだ。そうだ、大学祭にイルカが来たんだ。確か。
ホントに泣いちゃったのは「夜明けのGood bye」。この歌はすごく好き。今でも(思い出すことはもう殆どないけど)好き。「このまま知らないふりをして 夜が明けてしまう前に 一人歩いてゆく 涙 見せずに あなたの寝顔にGood bye」っていう歌。ぐぐ。あのときの風景が思い浮かぶぜ。「早く 心がゆれぬうちに あなたの腕からすり抜けてみせる 自信ありげなあなたの頬に お別れの口づけ Good bye」ってとこを何度想像したことか。私はとうとうあのとき歩き出せなかったケド。
イルカは幸せな結婚をした、って当時思ってた。そのまま、考えたこともないいつかの将来に至るまで穏やかなほんわかした夫婦でい続けるような、そんな結婚。イルカをプロデュースしてたそのご主人が亡くなったのは去年だったか。パーキンソン氏病を患っていたそうだ。その間をまったく知らないだけに、30年前だかの「結婚した」という話をラジオでイルカがしゃべっていたのを聞いた頃から、ご主人が亡くなったというインターネット上での情報までがギュンと一瞬で飛び去っていったようで、なんだか少しボーっとした。
たとえば美空ひばりさんとか。子どもの頃に既に有名だった人たちがいて。仮にそういう存在を「大人」と呼ぶとして。たとえば、イルカにしたってサザンにしたって、ユーミンにしたって、私たちの世代は彼ら彼女らが始めの一歩を踏み出した頃、何かを確立する前から見てたわけだ。なんか当たり前のことかもだけど、今、10代20代の人たちにとっては、好き嫌いはともかく、そんな彼らがあのときワタシタチが見てた「大人」なんだな、なんて思うと、不思議なような切ないような気持ちになる。
「今」だけじゃない、「今まで」とか、「これから」とか、ちょっと考えちゃったりする。「時の紐」を感じちゃう。
2008/7/10 16:52
今日の失敗。 分類なし
日本にいるAさんに電話をした。ちょっと緊張する電話。Bさんが出た。その場にいる、こちらの身内となるAさんへの取次ぎをBさんに頼もうとして、あぁ、なんとしたことか、「A、おりますでしょうか?」とでも言うつもりが、出てきた言葉は「A、いらっしゃいますでしょうか?」
そういえば、働き始めたばかりの頃(日本で)、外出中だった営業の佐々木さん(仮名)あてにかかってきた電話をとり、用件を聞き、「そうだ、ここで『佐々木と同じ課の山口(私、仮名)が承りました』とでも言わねば!」と思ったのはいいが、出てきた言葉は「わたくし佐々木と同じ課の佐々木と申します」だった。「ほぉ、偶然同じ名前なんですか」と言われた途端、間違いに気づいた(その前に気づくべき)。違う!私は佐々木じゃない!!!慌てて名乗り直したが、アホな若かった私(若かったのは過去形となったが、アホは現在形のまま)。
そうだ、アメリカですっごく緊張したお話をテリー(本名)としてたとき(英語でも内容でも)、そこに顔を出してくれた大好きなブルース(本名)が"Hi, HitomiY."と声をかけてくれて、あまりの緊張と顔を出してくれたブルースへのうれしさで舞い上がった私は、ブルースに"Hi, HitomiY."と返してしまったこともあった。そりゃ、あんただ。
話は変わるが、今日は発作ショッピング・デイ。
もう。今週は節約って決めてたのにぃ。スカート一枚、Tシャツ一枚、サンダル一足、Gパン1…、あれ、Gパンって何て数えたっけ、あっ、本?、じゃぁGパン一本。
そういえば、「あんた大丈夫?」って自分に聞いちゃったのは、日本食スーパーで「お箸一つつけてください」ってお願いしてしまったとき。あのさ、一膳じゃないの?
そういえば、働き始めたばかりの頃(日本で)、外出中だった営業の佐々木さん(仮名)あてにかかってきた電話をとり、用件を聞き、「そうだ、ここで『佐々木と同じ課の山口(私、仮名)が承りました』とでも言わねば!」と思ったのはいいが、出てきた言葉は「わたくし佐々木と同じ課の佐々木と申します」だった。「ほぉ、偶然同じ名前なんですか」と言われた途端、間違いに気づいた(その前に気づくべき)。違う!私は佐々木じゃない!!!慌てて名乗り直したが、アホな若かった私(若かったのは過去形となったが、アホは現在形のまま)。
そうだ、アメリカですっごく緊張したお話をテリー(本名)としてたとき(英語でも内容でも)、そこに顔を出してくれた大好きなブルース(本名)が"Hi, HitomiY."と声をかけてくれて、あまりの緊張と顔を出してくれたブルースへのうれしさで舞い上がった私は、ブルースに"Hi, HitomiY."と返してしまったこともあった。そりゃ、あんただ。
話は変わるが、今日は発作ショッピング・デイ。
もう。今週は節約って決めてたのにぃ。スカート一枚、Tシャツ一枚、サンダル一足、Gパン1…、あれ、Gパンって何て数えたっけ、あっ、本?、じゃぁGパン一本。
そういえば、「あんた大丈夫?」って自分に聞いちゃったのは、日本食スーパーで「お箸一つつけてください」ってお願いしてしまったとき。あのさ、一膳じゃないの?
2008/7/9 7:57
でもMadonnaはマドナじゃなくてマドンナか。 英語
昨日、Joannaは「ジョアンナ」じゃなくて「ジョアナ」(アンナのンとナがくっついた感じ)だと思うって書いたけど。
昨日の夜、ET(Entertainmentというゴシップ番組)を見てたら、ちょうどマドンナの話題だった。マドンナはマドンナじゃん、Joannaもじゃぁジョアンナ?
マドンナの話題は、ニューヨーク・ヤンキースの選手(アレックス)と噂になってるだの何だの、マドンナとガイ・リッチが離婚するだのしないだの。そのアレックスは離婚しちゃったんだって。マドンナが原因じゃないかって言われてるんだって。ふぅん。アレックスはマドンナに心酔してて、洗脳されててマドンナの言うことしか聞かないって。ふぅん。マドンナは「私とアレックスは恋愛関係にはありません」っていうコメントを雑誌に発表したんだって。ふぅん。
それが個人の好みってやつなんだけど、マドンナって結構好き。あのたくましい身体は女性として魅力的だと思うか?って聞かれたら「はい」とは答えられないが、エンターテイナーとして身体をきたえる姿勢を肯定してる。
そういえばマドンナもアフリカの孤児を養子にしているので、ときどきアンジェリーナ・ジョリーと一緒に評されることがある。最近のインタビューでその話題となったとき、私の勝手な印象ではマドンナ自身はアンジェリーナと一緒に扱われることを好んでないように見えた。「そもそも考え方が違うのよ、一緒にしないでね」って路線で。
話は変わるが。
今日、オフィスに来るときに車の中で私は怒りで発狂した。そこは片道3車線。ソイツは左車線で、私は真ん中の車線にいた。青信号になって走り出す三車線の車。が、なぜかソイツが右の車線(私のいる車線)に寄ってきている気が…。まっ、そういう癖のヤツはいる。確かにいるが、いることはいるが、ソイツは更にどんどん寄ってきて…いる…ような…。「えっ!?ヤバイかも」とブレーキを軽く踏んだんで、ぶつけられずに済んだじゃないかっ!!!!!ソイツは私の動きとはまったく関係なく、右(私がいた車線)になだらかに車線変更してきてたのだ!!!!バカヤロー!!!!!多分、ほんの5秒とかの間の出来事。
怒りまくった私はそのまま加速、ソイツの前にグインと車線変更をしてミラーを見たら、携帯で話に熱中してる!携帯で話に熱中してて、信号が青になって、話に気をとられたまま、車高の高い車に乗ってたソイツは右を確認するとかしないとかの意識もなく、右車線に来ちゃったんですよ!お巡りさん!!!!!"Get HER!!!!!"
そういえば、乗り合いタクシーであるブルーシャトルというバンで空港に行ったとき。もう大分前だけど。とても乱暴な運転をする車が前にいきなり入ってきた。それを見ていた一緒に乗り合わせた女性が"Get him."と言った。心の中で「"Get him."かぁ。私なら"Catch him."って言っちゃってたなぁ。」って思ってた。そっか、"Get him."のがなんかすんなりくるよね、確かに。
昨日の夜、ET(Entertainmentというゴシップ番組)を見てたら、ちょうどマドンナの話題だった。マドンナはマドンナじゃん、Joannaもじゃぁジョアンナ?
マドンナの話題は、ニューヨーク・ヤンキースの選手(アレックス)と噂になってるだの何だの、マドンナとガイ・リッチが離婚するだのしないだの。そのアレックスは離婚しちゃったんだって。マドンナが原因じゃないかって言われてるんだって。ふぅん。アレックスはマドンナに心酔してて、洗脳されててマドンナの言うことしか聞かないって。ふぅん。マドンナは「私とアレックスは恋愛関係にはありません」っていうコメントを雑誌に発表したんだって。ふぅん。
それが個人の好みってやつなんだけど、マドンナって結構好き。あのたくましい身体は女性として魅力的だと思うか?って聞かれたら「はい」とは答えられないが、エンターテイナーとして身体をきたえる姿勢を肯定してる。
そういえばマドンナもアフリカの孤児を養子にしているので、ときどきアンジェリーナ・ジョリーと一緒に評されることがある。最近のインタビューでその話題となったとき、私の勝手な印象ではマドンナ自身はアンジェリーナと一緒に扱われることを好んでないように見えた。「そもそも考え方が違うのよ、一緒にしないでね」って路線で。
話は変わるが。
今日、オフィスに来るときに車の中で私は怒りで発狂した。そこは片道3車線。ソイツは左車線で、私は真ん中の車線にいた。青信号になって走り出す三車線の車。が、なぜかソイツが右の車線(私のいる車線)に寄ってきている気が…。まっ、そういう癖のヤツはいる。確かにいるが、いることはいるが、ソイツは更にどんどん寄ってきて…いる…ような…。「えっ!?ヤバイかも」とブレーキを軽く踏んだんで、ぶつけられずに済んだじゃないかっ!!!!!ソイツは私の動きとはまったく関係なく、右(私がいた車線)になだらかに車線変更してきてたのだ!!!!バカヤロー!!!!!多分、ほんの5秒とかの間の出来事。
怒りまくった私はそのまま加速、ソイツの前にグインと車線変更をしてミラーを見たら、携帯で話に熱中してる!携帯で話に熱中してて、信号が青になって、話に気をとられたまま、車高の高い車に乗ってたソイツは右を確認するとかしないとかの意識もなく、右車線に来ちゃったんですよ!お巡りさん!!!!!"Get HER!!!!!"
そういえば、乗り合いタクシーであるブルーシャトルというバンで空港に行ったとき。もう大分前だけど。とても乱暴な運転をする車が前にいきなり入ってきた。それを見ていた一緒に乗り合わせた女性が"Get him."と言った。心の中で「"Get him."かぁ。私なら"Catch him."って言っちゃってたなぁ。」って思ってた。そっか、"Get him."のがなんかすんなりくるよね、確かに。
2008/7/8 10:09
Joannaは「ジョアンナ」じゃなく「ジョアナ」だと思うんだけど。 本
おもちろく読み終わった"Dead Wrong"。
作者J. A. Janceは2つのシリーズを書いてる。1つはシアトルが舞台、刑事ビューモント(警部かも、後に引退するが、事件に巻き込まれ続けはする)が主人公。もう一つはアリゾナの田舎が舞台、女性シェリフ(郡警察の一番トップ)であるジョアナが主人公。今回読んだのはジョアナのシリーズ最新版(多分)。
今、Beaumontの日本語読みはビューモント?ボウモント?と思ってインターネットを検索したら、誰かがブログでジョアナ・シリーズの中の一作の感想を書いていた。読み終わる前の記載では「いろいろな事件が主人公の周りで起こるがそれがどう本筋に関係するのかわからない」とあって、読み終わった後は「結局そういう事件は本筋とは関係なかった」って書いてあった。その人の読後感では「プロの作家が書いたという印象(=まとまっている)、筋は比較的単純、ビジュアル的」って書いてある。私の感想とは全然違うぞ。
普段、友達と読んだ本の話をすることは殆どないので、同じ本を読んだ人の感想って面白い&興味深い。ジョアナ・シリーズは全部読んだので(それどころか読んでないと思ってもう1冊も買っちゃったりしましたよ)その人が書いてたその一冊とか、シリーズ第一作から続けて全部とか、また読んでみようと思ったりした。だけど、ジョアナ・シリーズは彼女の夫の死で始まるんだよね、シリーズ第一作が。そこがちょっとツライ。夫を亡くした病院の中庭だかでジョアナはそこに偶々いた誰かに"Live one day at a time."って声をかけられるんだよね、確か。「今日一日を生きる」って感じかな、「今日一日分を今日一日すごす」「一日ずつ過ごす」、どれも訳が変だけど、そんなふうな印象の言葉。でも、ジョアナの悲しみと絶望が伝わってくる第一作目を読み直すのはなぁ。
お話の中にはジョアナの周りの日常のあれこれが描かれているんだけれど、その一つ一つがジョアナという存在を生きたものとするために役立ってる気が私はする。
ジョアナ・シリーズは女性作家の作品だとわかるが、同じジャンス作品でも男性が主人公であるビューモント・シリーズでは、うっかり作者は男性だと思いそうなものもある。でも、ビューモントがアンと知り合ったあの一冊は、こりゃ女性が書いた作品だなとわかる(と思う)。
一気呵成でいったはいいが、小さな心配が芽生えた今作。そういえば前作でもそうだった。
多分、想像だがジャンスさんは「銃支持派」だと思うノダ。作品中でそうと思われる記述があるから。具体的にそうと謳っているのではなく、話の中のエピソードで「個人が銃を持っていて助かった、よかった」という流れを作るのだ。しつこくはなく、1話に1エピソードぐらいと軽く、でも、印象に残る設定を作り上げてる。前作でも確かに1回、今作でも確かに1回、その小さなエピソードが含まれていた。
う〜む。これを感じ続けてしまうと、折角話は面白くても新作を手にとれなくなってしまうかも。面白いのはわかってても新たに買う気がなくなってしまうかも。とりあえず、自作をお待ち致します。
そうそう、Joannaは「ジョアンナ」じゃなく「ジョアナ」だと思うんだけど。アンナ部分、「ン」と「ナ」がくっついているような発音で。
作者J. A. Janceは2つのシリーズを書いてる。1つはシアトルが舞台、刑事ビューモント(警部かも、後に引退するが、事件に巻き込まれ続けはする)が主人公。もう一つはアリゾナの田舎が舞台、女性シェリフ(郡警察の一番トップ)であるジョアナが主人公。今回読んだのはジョアナのシリーズ最新版(多分)。
今、Beaumontの日本語読みはビューモント?ボウモント?と思ってインターネットを検索したら、誰かがブログでジョアナ・シリーズの中の一作の感想を書いていた。読み終わる前の記載では「いろいろな事件が主人公の周りで起こるがそれがどう本筋に関係するのかわからない」とあって、読み終わった後は「結局そういう事件は本筋とは関係なかった」って書いてあった。その人の読後感では「プロの作家が書いたという印象(=まとまっている)、筋は比較的単純、ビジュアル的」って書いてある。私の感想とは全然違うぞ。
普段、友達と読んだ本の話をすることは殆どないので、同じ本を読んだ人の感想って面白い&興味深い。ジョアナ・シリーズは全部読んだので(それどころか読んでないと思ってもう1冊も買っちゃったりしましたよ)その人が書いてたその一冊とか、シリーズ第一作から続けて全部とか、また読んでみようと思ったりした。だけど、ジョアナ・シリーズは彼女の夫の死で始まるんだよね、シリーズ第一作が。そこがちょっとツライ。夫を亡くした病院の中庭だかでジョアナはそこに偶々いた誰かに"Live one day at a time."って声をかけられるんだよね、確か。「今日一日を生きる」って感じかな、「今日一日分を今日一日すごす」「一日ずつ過ごす」、どれも訳が変だけど、そんなふうな印象の言葉。でも、ジョアナの悲しみと絶望が伝わってくる第一作目を読み直すのはなぁ。
お話の中にはジョアナの周りの日常のあれこれが描かれているんだけれど、その一つ一つがジョアナという存在を生きたものとするために役立ってる気が私はする。
ジョアナ・シリーズは女性作家の作品だとわかるが、同じジャンス作品でも男性が主人公であるビューモント・シリーズでは、うっかり作者は男性だと思いそうなものもある。でも、ビューモントがアンと知り合ったあの一冊は、こりゃ女性が書いた作品だなとわかる(と思う)。
一気呵成でいったはいいが、小さな心配が芽生えた今作。そういえば前作でもそうだった。
多分、想像だがジャンスさんは「銃支持派」だと思うノダ。作品中でそうと思われる記述があるから。具体的にそうと謳っているのではなく、話の中のエピソードで「個人が銃を持っていて助かった、よかった」という流れを作るのだ。しつこくはなく、1話に1エピソードぐらいと軽く、でも、印象に残る設定を作り上げてる。前作でも確かに1回、今作でも確かに1回、その小さなエピソードが含まれていた。
う〜む。これを感じ続けてしまうと、折角話は面白くても新作を手にとれなくなってしまうかも。面白いのはわかってても新たに買う気がなくなってしまうかも。とりあえず、自作をお待ち致します。
そうそう、Joannaは「ジョアンナ」じゃなく「ジョアナ」だと思うんだけど。アンナ部分、「ン」と「ナ」がくっついているような発音で。
2008/7/7 15:55
また間違った! 英語
J.A. Janceの"Dead Wrong(まったくの誤り)"を読んでいる。
オモチロイっ!
前回の、読んでないと思って買ったがとっくに読んでたよ、の"Long Time Gone"が残念だったこともあり、今回の"Dead Wrong"はこのシリーズ久し振りとなったってこともあり、その世界が懐かしくもあり面白さを倍増させてる。
一気呵成に最後までつき進もうかという昨日のこと。
先週だか先々週だか、ブログに邦題「恋愛適齢期」、原題"Something's gotta give"のことを書いた。"Something's gotta give"って何て訳すのかな、「人は人に何かを与えなくてはならない」って感じかなって書いたんだよね。"Give"の「与える」はギブ&テイクっていうよりも、「人っていうのは誰かしらと関わって、誰かしらに何かしらは与える存在なんだ」っていうような意味合いだと解釈した。「何かしらは」の「は」が変かもだけど、「を」にして「何かしらを」ってするとハッキリした何か(を与える)となってしまうっていう気がしたので。
そう、それで。
昨日"Dead Wrong"を読んでたらイキナリ出てきた"Something has to give."。しかも、二つの可能性があるうち「一つはあきらめなきゃだめだよね」的文脈。隣にいた超身近身内(日本人)に「この一文だけパッと見てどういう意味だと解釈する?」って聞いたら、一言目が「ギブ・アンド・テイク」。二言目が「あきらめるって方だな」。おぉ。あんた、あたしより英語ができるじゃん。
というわけで、前回いつ書いたかなって今検索してみたら、「わかったつもりの英語でも勘違いってのも多くてね」的内容だった(自分で書いたことも忘れてる)。おぉ。
そういえば、"Dead Wrong"っていうタイトル。"Dead"って言えばまず「死んだ、死んでる、枯れた、枯れてる」っていう意味の形容詞だ。"The"がついて"the dead"なら死者だ。もう一つ、「まったく、すっかり」っていう意味の副詞もある。副詞だから形容詞とか動詞を形容するわけだ。だから、"wrong(まちがった、まちがっている)"っていう形容詞の意味を強めて「完全な誤り」って感じだよね。でも、その日本語からは"dead"の語感は出てこないよね。もう一つ"dead"を使って思い浮かぶのは"I'm dead serious.(真面目だよ、真面目です、冗談なんかじゃないよ、真面目に言ってるんだよ)"だな。
オモチロイっ!
前回の、読んでないと思って買ったがとっくに読んでたよ、の"Long Time Gone"が残念だったこともあり、今回の"Dead Wrong"はこのシリーズ久し振りとなったってこともあり、その世界が懐かしくもあり面白さを倍増させてる。
一気呵成に最後までつき進もうかという昨日のこと。
先週だか先々週だか、ブログに邦題「恋愛適齢期」、原題"Something's gotta give"のことを書いた。"Something's gotta give"って何て訳すのかな、「人は人に何かを与えなくてはならない」って感じかなって書いたんだよね。"Give"の「与える」はギブ&テイクっていうよりも、「人っていうのは誰かしらと関わって、誰かしらに何かしらは与える存在なんだ」っていうような意味合いだと解釈した。「何かしらは」の「は」が変かもだけど、「を」にして「何かしらを」ってするとハッキリした何か(を与える)となってしまうっていう気がしたので。
そう、それで。
昨日"Dead Wrong"を読んでたらイキナリ出てきた"Something has to give."。しかも、二つの可能性があるうち「一つはあきらめなきゃだめだよね」的文脈。隣にいた超身近身内(日本人)に「この一文だけパッと見てどういう意味だと解釈する?」って聞いたら、一言目が「ギブ・アンド・テイク」。二言目が「あきらめるって方だな」。おぉ。あんた、あたしより英語ができるじゃん。
というわけで、前回いつ書いたかなって今検索してみたら、「わかったつもりの英語でも勘違いってのも多くてね」的内容だった(自分で書いたことも忘れてる)。おぉ。
そういえば、"Dead Wrong"っていうタイトル。"Dead"って言えばまず「死んだ、死んでる、枯れた、枯れてる」っていう意味の形容詞だ。"The"がついて"the dead"なら死者だ。もう一つ、「まったく、すっかり」っていう意味の副詞もある。副詞だから形容詞とか動詞を形容するわけだ。だから、"wrong(まちがった、まちがっている)"っていう形容詞の意味を強めて「完全な誤り」って感じだよね。でも、その日本語からは"dead"の語感は出てこないよね。もう一つ"dead"を使って思い浮かぶのは"I'm dead serious.(真面目だよ、真面目です、冗談なんかじゃないよ、真面目に言ってるんだよ)"だな。
