2007/4/15 21:33
粟国島紀行その11〜ナビィの恋ロケ地 旅行
二ヶ月間が開いてしまった。お詫び申し上げる。
そして、何事もなかったかのように、更新を始める。
町の中心部へ戻る途中、念願の映画「ナビィの恋」ロケ地へ向かった。
まずは、ナビィの家。

言われなければ気付かないほど、素っ気無い姿。この辺りには同じような家が沢山あるので、指摘されなければ気付かないであろう。

現在は空き家なので、ちょっとお邪魔。そうそう、こんなタンクあったなあ(笑)。

雰囲気を残す縁側。
お次は大濱商店である。
ちなみに、映画では商店になっていたが、本当は・・・、

「大濱倶楽部」という集会所なのであった。島にはいくつかこういった場所がある。これをセットとして利用したのであった。
ここで一旦、ロケ地を離れ、島の有名な「産業」を見学する。
(つづく)
そして、何事もなかったかのように、更新を始める。
町の中心部へ戻る途中、念願の映画「ナビィの恋」ロケ地へ向かった。
まずは、ナビィの家。
言われなければ気付かないほど、素っ気無い姿。この辺りには同じような家が沢山あるので、指摘されなければ気付かないであろう。
現在は空き家なので、ちょっとお邪魔。そうそう、こんなタンクあったなあ(笑)。
雰囲気を残す縁側。
お次は大濱商店である。
ちなみに、映画では商店になっていたが、本当は・・・、
「大濱倶楽部」という集会所なのであった。島にはいくつかこういった場所がある。これをセットとして利用したのであった。
ここで一旦、ロケ地を離れ、島の有名な「産業」を見学する。
(つづく)
2007/2/12 22:04
粟国島紀行その10〜洞寺(テラ)の中は 旅行
中は鍾乳洞なのだが、それ程だだっ広い、というわけでもない。通路は計300メートル程度であろう。
筆者が入っていくと、自動的に照明が点く。



と、いう感じで、なかなかカラフル。

程なく通路は元来た昇りの階段へ向かう。
中は涼しめの程よい気温。夏もあまり変わらないという。湿気さえ除けばわりと住みやすいのかもしれない。
洞寺を後にした我々は、再び集落を目指して南東へ走った。
(続く)
筆者が入っていくと、自動的に照明が点く。
と、いう感じで、なかなかカラフル。
程なく通路は元来た昇りの階段へ向かう。
中は涼しめの程よい気温。夏もあまり変わらないという。湿気さえ除けばわりと住みやすいのかもしれない。
洞寺を後にした我々は、再び集落を目指して南東へ走った。
(続く)
2007/2/11 21:53
粟国島紀行その9〜洞寺(テラ)に入る 旅行
西の景勝地「マハナ」を後にした車は、北へ向かう。
5分ほどで「洞寺(テラ)」に着いた。
200年ほど前、那覇で仲間との賭けに負けた僧侶が、住みついた鍾乳洞とのこと。島の人からは聖地と崇められ、周囲の雑木林は伐採禁止、となっている。

これが寺の山門?。潜り抜け階段を降り、鬱蒼とした樹木に覆われた通路を歩く。

入り口は草に埋もれていた。金属の手すりが付く階段を恐る恐る降りていくと・・・
(続く)
5分ほどで「洞寺(テラ)」に着いた。
200年ほど前、那覇で仲間との賭けに負けた僧侶が、住みついた鍾乳洞とのこと。島の人からは聖地と崇められ、周囲の雑木林は伐採禁止、となっている。
これが寺の山門?。潜り抜け階段を降り、鬱蒼とした樹木に覆われた通路を歩く。
入り口は草に埋もれていた。金属の手すりが付く階段を恐る恐る降りていくと・・・
(続く)
2007/2/10 16:21
粟国島紀行その8〜島の西へ向かう 旅行
筆者を乗せた軽のワンボックスは、島の西を目指す。
自転車で苦労して登った、集落を貫く坂道を軽快に走り抜け、草原へ出た。と言っても、速度は常に時速30キロ以下なのだが。

風力発電の風車が見える。
ナビィの恋の牧場も近いのだが、特に牛などが放牧される姿は、見られなかった。
島の西端は断崖絶壁。小さな公園になっており、展望台がある。

登って、港の方角を撮影。

ここは島の最高地点(海抜96メートル)に近い。元来た道の方を見ると、島の反対側(北東?)の海も、ちらりと見えた。
(続く)
自転車で苦労して登った、集落を貫く坂道を軽快に走り抜け、草原へ出た。と言っても、速度は常に時速30キロ以下なのだが。
風力発電の風車が見える。
ナビィの恋の牧場も近いのだが、特に牛などが放牧される姿は、見られなかった。
島の西端は断崖絶壁。小さな公園になっており、展望台がある。
登って、港の方角を撮影。
ここは島の最高地点(海抜96メートル)に近い。元来た道の方を見ると、島の反対側(北東?)の海も、ちらりと見えた。
(続く)
2007/2/10 15:45
粟国島紀行その7〜最初の昼食を食べる 旅行
程なく、昼食の時間になった。
民宿1階の食堂へ行くと、既に仕事できている人たちが、食べ始めていた。
以前も書いたが、昼食は宿泊費込み(一泊三食付)である。
出されたのは、

沖縄そばであった。これが意外に(失礼)旨かった。白飯も付けてくれるが、遠慮した。
部屋でしばし休憩。2時ころから観光案内はスタートした。
(続く)
民宿1階の食堂へ行くと、既に仕事できている人たちが、食べ始めていた。
以前も書いたが、昼食は宿泊費込み(一泊三食付)である。
出されたのは、
沖縄そばであった。これが意外に(失礼)旨かった。白飯も付けてくれるが、遠慮した。
部屋でしばし休憩。2時ころから観光案内はスタートした。
(続く)
2007/2/5 21:45
粟国島紀行その6〜ナビィの恋を探す 旅行
「ナビィの恋」という映画をご存知か?
1999年に公開され、舞台は粟国島。島に住むナビィおばあ(平良とみ)と交わした、60年前の約束を果たしに帰ってきた老人を巡って、孫娘、島の人々、島へやってきた若者も交えて大騒動になり・・・というお話。
ナビィおばあの夫を演じた登川誠仁氏は、「沖縄のジミヘン」とも言われた琉球民謡、三線の名手。繰り出される琉球民謡の楽しさと切なさは、その天然キャラクター(笑)と共に、映画の楽しみどころの一つだ。
この映画を見た人は、必ずいつかは粟国島へ行きたい、という願望を持つようになる。
筆者もその一人であった。過去形なのは、訪問が実現したからである。
島へ来て、自転車で集落を回ったのも、映画のロケ地となった古民家や商店を探す事が、主な目的であった。
しかし、見つからない(汗。どの古民家を見ても、それらしく見えてしまうのであった(笑)。事前準備不足、と言えよう。
午後から民宿のスタッフが観光案内してくれるので、その時わかるであろう、と思い、取りあえず捜索は諦める事にした。
民宿へ戻る途中、集落を抜けると畑が広がっていた。

ポツンと、煙の上がる煙突が見える。後でわかったのだが、サトウキビ工場の煙であった。今は収穫期なのである。

宿へ着いたが、まだ昼食まで時間があったので、すぐ前で飼われている可愛い親子のヤギと遊んだ(笑)。
(続く)
1999年に公開され、舞台は粟国島。島に住むナビィおばあ(平良とみ)と交わした、60年前の約束を果たしに帰ってきた老人を巡って、孫娘、島の人々、島へやってきた若者も交えて大騒動になり・・・というお話。
ナビィおばあの夫を演じた登川誠仁氏は、「沖縄のジミヘン」とも言われた琉球民謡、三線の名手。繰り出される琉球民謡の楽しさと切なさは、その天然キャラクター(笑)と共に、映画の楽しみどころの一つだ。
この映画を見た人は、必ずいつかは粟国島へ行きたい、という願望を持つようになる。
筆者もその一人であった。過去形なのは、訪問が実現したからである。
島へ来て、自転車で集落を回ったのも、映画のロケ地となった古民家や商店を探す事が、主な目的であった。
しかし、見つからない(汗。どの古民家を見ても、それらしく見えてしまうのであった(笑)。事前準備不足、と言えよう。
午後から民宿のスタッフが観光案内してくれるので、その時わかるであろう、と思い、取りあえず捜索は諦める事にした。
民宿へ戻る途中、集落を抜けると畑が広がっていた。
ポツンと、煙の上がる煙突が見える。後でわかったのだが、サトウキビ工場の煙であった。今は収穫期なのである。
宿へ着いたが、まだ昼食まで時間があったので、すぐ前で飼われている可愛い親子のヤギと遊んだ(笑)。
(続く)
2007/1/31 12:20
粟国島紀行その5〜島を一巡りする 旅行
翌朝、眠い目をこすりながら朝食を摂る。ボーっとしていたので、カメラを忘れ(汗写真は無いが、ご飯と味噌汁、油味噌に、おかずはありきたり(笑)のポークと玉子焼きであった。
天候は回復して薄曇。時折陽が差す事もあった。
午後からは宿が無料で行っている、車での観光案内があるので、簡単に集落を回ってみた。
錆びてはいるが、キーキー言わず(笑)ブレーキの効きも良い自転車を無料で借りた。メンテナンスは悪くない。勿論無料である。
だが、快調に漕ぎ出す・・・というわけにはいかなかった。宿から集落に向けては登りの坂道なので、程なく自転車から降りて歩く羽目になった。港の辺りが一番低く、集落から島の反対側の断崖にかけて、標高が高くなっており、島の道のアップダウンは割りと激しい。

島の郵便局の辺りで、一旦道は平坦になる。振り返ると遥か彼方に海が見えた。

鬱蒼としたフクギと石垣に囲まれた家々

中には空き家とも思われる、古民家風の家も幾つか見られた。
(続く)
天候は回復して薄曇。時折陽が差す事もあった。
午後からは宿が無料で行っている、車での観光案内があるので、簡単に集落を回ってみた。
錆びてはいるが、キーキー言わず(笑)ブレーキの効きも良い自転車を無料で借りた。メンテナンスは悪くない。勿論無料である。
だが、快調に漕ぎ出す・・・というわけにはいかなかった。宿から集落に向けては登りの坂道なので、程なく自転車から降りて歩く羽目になった。港の辺りが一番低く、集落から島の反対側の断崖にかけて、標高が高くなっており、島の道のアップダウンは割りと激しい。
島の郵便局の辺りで、一旦道は平坦になる。振り返ると遥か彼方に海が見えた。
鬱蒼としたフクギと石垣に囲まれた家々
中には空き家とも思われる、古民家風の家も幾つか見られた。
(続く)
2007/1/31 12:11
粟国島紀行その4〜夕食 旅行
5時間横になってやっと生気を取り戻した。既に宿の夕食の時間が近づいている。
粟国島の宿は、一泊三食付(昼もあり)が多い。これは島に食堂が少ない為だ。今はさすがに幾つか出来ているようだが、それでも2〜3軒しかない。
まあ、三食付で5000円なので安上がりなのは確か。その代わり、ヨソの民宿や食堂の味が気になる所ではある。
夕食の時間は午後6時半から9時、朝食は朝7時半から9時、昼食は昼12時から1時半と決まっている。
今回この宿には二泊するのだが、初日の夕食はこんな感じだ。

サバの味噌煮、マグロの刺身、ゴーヤーチャンプルー、アサリの味噌汁である。ご飯はお代わり自由だ。これにオリオンビールの生500円也をプラスして食べた。
量的には毎日食べるのにちょうどいい感じ。魚中心なのも好感が持てる。お味は・・・中の上と申し上げておこう(笑)。
その日、観光客は私だけ(かな?)。あとは仕事できている人が殆どなので、「ゆんたく」のような語らいは無かった。早々に部屋へ戻る。
テレビの局数は沖縄本島と同じ。窓の外では夕方の利用が増える時間帯の為か、発電所が大きめのうなり声を上げていた。
ちょっと抜け出して、個人商店へ買い物に出た。

写真左手の灯りの点る店が、徒歩5分(と言っても坂の上だが)の所にある粟国商店。朝の7時半頃から午後11時過ぎくらいまで営業していて頼もしい。奥の遠くに見える紫色の灯りは、翌日気づいたのだが、カラオケスナックであった(笑)。
気温16度程度の肌寒い中、ビールを買って宿へ戻る。部屋もちょっと冷えるので布団を被ってしのいだ。午後10時ごろ、発電所が突如出力を下げ、辺りはほぼ静かになった。
到着後昼寝をしてしまったので、目が冴えて眠れない。auの携帯は繋がるので(ウィルコムは不可)、軽く持参のノートパソコンでチャットをした後、眠りについた。
(続く)
粟国島の宿は、一泊三食付(昼もあり)が多い。これは島に食堂が少ない為だ。今はさすがに幾つか出来ているようだが、それでも2〜3軒しかない。
まあ、三食付で5000円なので安上がりなのは確か。その代わり、ヨソの民宿や食堂の味が気になる所ではある。
夕食の時間は午後6時半から9時、朝食は朝7時半から9時、昼食は昼12時から1時半と決まっている。
今回この宿には二泊するのだが、初日の夕食はこんな感じだ。
サバの味噌煮、マグロの刺身、ゴーヤーチャンプルー、アサリの味噌汁である。ご飯はお代わり自由だ。これにオリオンビールの生500円也をプラスして食べた。
量的には毎日食べるのにちょうどいい感じ。魚中心なのも好感が持てる。お味は・・・中の上と申し上げておこう(笑)。
その日、観光客は私だけ(かな?)。あとは仕事できている人が殆どなので、「ゆんたく」のような語らいは無かった。早々に部屋へ戻る。
テレビの局数は沖縄本島と同じ。窓の外では夕方の利用が増える時間帯の為か、発電所が大きめのうなり声を上げていた。
ちょっと抜け出して、個人商店へ買い物に出た。
写真左手の灯りの点る店が、徒歩5分(と言っても坂の上だが)の所にある粟国商店。朝の7時半頃から午後11時過ぎくらいまで営業していて頼もしい。奥の遠くに見える紫色の灯りは、翌日気づいたのだが、カラオケスナックであった(笑)。
気温16度程度の肌寒い中、ビールを買って宿へ戻る。部屋もちょっと冷えるので布団を被ってしのいだ。午後10時ごろ、発電所が突如出力を下げ、辺りはほぼ静かになった。
到着後昼寝をしてしまったので、目が冴えて眠れない。auの携帯は繋がるので(ウィルコムは不可)、軽く持参のノートパソコンでチャットをした後、眠りについた。
(続く)
2007/1/28 14:43
粟国島紀行その3〜島に着く 旅行
正に、阿鼻叫喚であった。前回の記事の最後の写真を撮った後、筆者の記憶は定かではない。気がつけばトイレで便器を抱えたまま、2時間半(しかも、遅延したのだ(泣)の船路を過ごした。
海は大時化だった。船は大波が来るとエンジン出力を落とし、木の葉のように身を任せる。これが、2時間半繰り返された。
ようやく船が島に近づき、揺れが収まったので船室へ戻ると、そこも無残。あちこちに洗面器が転がっていた(汗。お食事前、或いは最中の方もいらっしゃるかと思われるので、これ以上の描写は避ける。
地元の人でも「これだけの揺れは初めて」だったらしい。
港には泊まる民宿の人が、軽のワンボックスで迎えに来てくれていた。真っ青な顔をした筆者を乗せ、宿へ向かうが、会話は殆ど記憶に無い。
2-3分で(近い!)到着。昼食はどうする?という話もあったが「とりあえず寝かせてください!」ということで、部屋に通してもらった。
この辺りからようやく、写真を撮る余裕が出始めたので(笑)、掲載していく。

民宿丸三(民宿あぐに、でもいいらしい(笑))は、食堂を併設した、集落の中にある宿。目の前には小中学校のグランドと、沖縄電力の小さな火力発電所がある。多少機械の音はするが、夜になると出力を下げるので、うるさくはない。

通された部屋は7.5畳+板間。1人で使うには広め。綺麗に掃除されており、無料のテレビとクーラーがある。

離島の民宿では珍しく、部屋毎にシャワーとトイレが付いていた。写真の矢印の方向に、むき出しの洋式便器がある。どちらもきちんと清掃されていた。
窓の外には放し飼いのヤギ(笑)、その先の草原の向こうにはちらりと海が見えた。
今日は風が強く小雨。観光もままならないので、まだ船酔いのダメージから立ち直れない筆者は、そのまま布団を敷いて、夕食までの5時間を寝て過ごした。
(続く)
海は大時化だった。船は大波が来るとエンジン出力を落とし、木の葉のように身を任せる。これが、2時間半繰り返された。
ようやく船が島に近づき、揺れが収まったので船室へ戻ると、そこも無残。あちこちに洗面器が転がっていた(汗。お食事前、或いは最中の方もいらっしゃるかと思われるので、これ以上の描写は避ける。
地元の人でも「これだけの揺れは初めて」だったらしい。
港には泊まる民宿の人が、軽のワンボックスで迎えに来てくれていた。真っ青な顔をした筆者を乗せ、宿へ向かうが、会話は殆ど記憶に無い。
2-3分で(近い!)到着。昼食はどうする?という話もあったが「とりあえず寝かせてください!」ということで、部屋に通してもらった。
この辺りからようやく、写真を撮る余裕が出始めたので(笑)、掲載していく。
民宿丸三(民宿あぐに、でもいいらしい(笑))は、食堂を併設した、集落の中にある宿。目の前には小中学校のグランドと、沖縄電力の小さな火力発電所がある。多少機械の音はするが、夜になると出力を下げるので、うるさくはない。
通された部屋は7.5畳+板間。1人で使うには広め。綺麗に掃除されており、無料のテレビとクーラーがある。
離島の民宿では珍しく、部屋毎にシャワーとトイレが付いていた。写真の矢印の方向に、むき出しの洋式便器がある。どちらもきちんと清掃されていた。
窓の外には放し飼いのヤギ(笑)、その先の草原の向こうにはちらりと海が見えた。
今日は風が強く小雨。観光もままならないので、まだ船酔いのダメージから立ち直れない筆者は、そのまま布団を敷いて、夕食までの5時間を寝て過ごした。
(続く)
2007/1/28 14:22
粟国島紀行その2〜プレッシャー 旅行
「フェリーあぐに」は新しいだけあって、船内も綺麗であった。

椅子席もあるが、

殆どの人は、こちらのじゅうたんを引いた和室(?)を使っていた。
だが・・・座敷に座った筆者の目に飛び込んできたものは・・・

枕や毛布と共に並ぶ、洗面器の群れであった。

ご丁寧にも、ビニール袋がセッティングしてあり、その中にはトイレットペーパーが(笑)。
以前も何度か申し上げたが、筆者は琵琶湖の船でも酔うほど、船酔いが激しい。
いっぺんで憂鬱な気分になった。
この先の2時間が思いやられるなあ、と考えつつごろりと寝そべると、

天井にまでこんな張り紙がああああっ!。プレッシャーをかけないで欲しいものである(笑)。

既に、船酔いのイメージトレーニング万全(?)の筆者を乗せて、フェリーは動き出す。あっというまに泊大橋をくぐり、外海へ出た。
(続く)
椅子席もあるが、
殆どの人は、こちらのじゅうたんを引いた和室(?)を使っていた。
だが・・・座敷に座った筆者の目に飛び込んできたものは・・・
枕や毛布と共に並ぶ、洗面器の群れであった。
ご丁寧にも、ビニール袋がセッティングしてあり、その中にはトイレットペーパーが(笑)。
以前も何度か申し上げたが、筆者は琵琶湖の船でも酔うほど、船酔いが激しい。
いっぺんで憂鬱な気分になった。
この先の2時間が思いやられるなあ、と考えつつごろりと寝そべると、
天井にまでこんな張り紙がああああっ!。プレッシャーをかけないで欲しいものである(笑)。
既に、船酔いのイメージトレーニング万全(?)の筆者を乗せて、フェリーは動き出す。あっというまに泊大橋をくぐり、外海へ出た。
(続く)
