2005/5/8 23:07
昨日は何の日? 青熊ラジオ
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昨日の5月8日の日曜日は、もちろん母の日だった。
じつのところ子どもができて、再び「母の日」というのを再認識しているような気がする。
子どもにとっての母親という存在の重さは、比べるのもナンセンスだけれどある意味で父を越えていると思う。うちは共稼ぎで、しかも家がどちらも仕事場なので、よその家よりは自然、父としての青熊も子育てにかかわる頻度は高いだろう。それでもうちの奥さんが風邪をひいたりしてちょっと寝込んだりすると、「ああ、まいったなあ」とあわて、子どもに「パパは片づけが苦手だから、澪がてつだってあげるね」と言われつつ、やけにくたびれ果てている自分を発見する。そのときなにがという具体的なものではないが、母親である奥さんに対する子どもたちの依存度の高さみたいなものを実感しているのである。まあ、父親は母親にはなれないし、なることもないのだと思えば救われるけれど。
ところで、この5月8日は、ドイツでも母の日だが同時に敗戦の日である。敗戦60年目の今年、新聞には一面焼け野原となったベルリンの町が載せられた。無残としかいいようのない思わず絶句する光景である。住んでいるベルリンが、この瓦礫の中からよくここまで復興したと感じるとともに、戦争というものの罪をあらためて感じた。
子どもたちにはこういう体験は絶対にしてほしくないと思うし、そのためにはできる限りの努力はしたいとも思う。それが親というか、人間の責任でもあるだろう。
中国で反日暴動が起きたのは記憶に新しい。多くの日本人にとって、どうして中国が日本をそんなにも嫌うのかよくわからなくて戸惑っているというのが正直なところではないかと思う。これは日本における対中国と、中国における対日本の感覚にあきらかな温度差があるせいだけれど、ひとつには日本人の国民性にもよるだろう。良くいえば「お人よし」、悪くいえは「甘い」のである。もう一つは太平洋戦争に対する歴史観の違いではないか。世界の認識では、日本はドイツとともに戦争の加害者である。しかし、ナチスの対ユダヤ撲滅政策という決定的な犯罪を背負ってしまっているドイツと比較して、日本人の相対的な罪の意識はかるいと言わざるを得ない。アジア侵略がそのほんのわずか前の欧米の植民地政策との類似性もあり、戦後の民主化教育の中で、戦争は軍部の間違った独走というイメージを強調してきたために、どちらかというと戦後の日本人も戦争の被害者であるという意識さえ持っているのではないかと思う。そのことがドイツのイスラエル政策や他のヨーロッパ諸国への涙ぐましいまでの配慮と比べて、日本の外交のにぶさ、厚顔さ(事実ではないにしてもそう感じられる)につながるのである。国内での教育にしても、反ナチが徹底しているドイツに比して、日本はあいまいである。そこに空襲あるいは原爆の被害を重ねるために、総合的な反戦を掲げていても、反省というカタチにはなりにくい。「戦争」はもちろん双方向に原因があり、短絡的にどちらか一方に罪を押し付けるのはおかしいとは思う。しかし、だからといって侵略という罪が消えるわけではないのだ。
政治家の靖国参拝問題にしても、日本人の宗教観みたいなものと国際感覚は切り離して考えるべきだろう。単純に、ナチス幹部の墓に政治家として詣でるものはドイツにはいまい。そういうことをしたら政治家として糾弾されるし、国際世論も許さないだろう。追悼するということは、その人の死を惜しみ悲しむということである。戦争の責任者を惜しむということは、戦争を反省していないということになる。日本の戦犯もまた政治システムの犠牲者であるという認識をもししているのであれば、そういう論拠をきちんと相手に理解できるようあらためて提示していくべきなのだ。罪を受けて死んだら、それで浄化されるという考えを政治に組み入れてよいものだろうか。これはあくまで政治、外交の問題なのである。
青熊は個人として中国は好きだし、その歴史にはロマンも覚える。だからこそ今回の暴動は個人的にはショックだったし、本音を言えば同時に腹も立った。大使館が襲われ、個人も攻撃されるということは同じ外国に住む身としても恐ろしいし、あってはならないことだと思う。国交とは何か・・・。われわれのパスポートにはその国に対して保護扶助を要請すると明記してある。それが蹂躙されるのであれば、国交など成立しない。そのことを考えつつ、世界における日本人としての「私」というものをもう一度考えてみたいと思っている。
昨日の5月8日の日曜日は、もちろん母の日だった。
じつのところ子どもができて、再び「母の日」というのを再認識しているような気がする。
子どもにとっての母親という存在の重さは、比べるのもナンセンスだけれどある意味で父を越えていると思う。うちは共稼ぎで、しかも家がどちらも仕事場なので、よその家よりは自然、父としての青熊も子育てにかかわる頻度は高いだろう。それでもうちの奥さんが風邪をひいたりしてちょっと寝込んだりすると、「ああ、まいったなあ」とあわて、子どもに「パパは片づけが苦手だから、澪がてつだってあげるね」と言われつつ、やけにくたびれ果てている自分を発見する。そのときなにがという具体的なものではないが、母親である奥さんに対する子どもたちの依存度の高さみたいなものを実感しているのである。まあ、父親は母親にはなれないし、なることもないのだと思えば救われるけれど。
ところで、この5月8日は、ドイツでも母の日だが同時に敗戦の日である。敗戦60年目の今年、新聞には一面焼け野原となったベルリンの町が載せられた。無残としかいいようのない思わず絶句する光景である。住んでいるベルリンが、この瓦礫の中からよくここまで復興したと感じるとともに、戦争というものの罪をあらためて感じた。
子どもたちにはこういう体験は絶対にしてほしくないと思うし、そのためにはできる限りの努力はしたいとも思う。それが親というか、人間の責任でもあるだろう。
中国で反日暴動が起きたのは記憶に新しい。多くの日本人にとって、どうして中国が日本をそんなにも嫌うのかよくわからなくて戸惑っているというのが正直なところではないかと思う。これは日本における対中国と、中国における対日本の感覚にあきらかな温度差があるせいだけれど、ひとつには日本人の国民性にもよるだろう。良くいえば「お人よし」、悪くいえは「甘い」のである。もう一つは太平洋戦争に対する歴史観の違いではないか。世界の認識では、日本はドイツとともに戦争の加害者である。しかし、ナチスの対ユダヤ撲滅政策という決定的な犯罪を背負ってしまっているドイツと比較して、日本人の相対的な罪の意識はかるいと言わざるを得ない。アジア侵略がそのほんのわずか前の欧米の植民地政策との類似性もあり、戦後の民主化教育の中で、戦争は軍部の間違った独走というイメージを強調してきたために、どちらかというと戦後の日本人も戦争の被害者であるという意識さえ持っているのではないかと思う。そのことがドイツのイスラエル政策や他のヨーロッパ諸国への涙ぐましいまでの配慮と比べて、日本の外交のにぶさ、厚顔さ(事実ではないにしてもそう感じられる)につながるのである。国内での教育にしても、反ナチが徹底しているドイツに比して、日本はあいまいである。そこに空襲あるいは原爆の被害を重ねるために、総合的な反戦を掲げていても、反省というカタチにはなりにくい。「戦争」はもちろん双方向に原因があり、短絡的にどちらか一方に罪を押し付けるのはおかしいとは思う。しかし、だからといって侵略という罪が消えるわけではないのだ。
政治家の靖国参拝問題にしても、日本人の宗教観みたいなものと国際感覚は切り離して考えるべきだろう。単純に、ナチス幹部の墓に政治家として詣でるものはドイツにはいまい。そういうことをしたら政治家として糾弾されるし、国際世論も許さないだろう。追悼するということは、その人の死を惜しみ悲しむということである。戦争の責任者を惜しむということは、戦争を反省していないということになる。日本の戦犯もまた政治システムの犠牲者であるという認識をもししているのであれば、そういう論拠をきちんと相手に理解できるようあらためて提示していくべきなのだ。罪を受けて死んだら、それで浄化されるという考えを政治に組み入れてよいものだろうか。これはあくまで政治、外交の問題なのである。
青熊は個人として中国は好きだし、その歴史にはロマンも覚える。だからこそ今回の暴動は個人的にはショックだったし、本音を言えば同時に腹も立った。大使館が襲われ、個人も攻撃されるということは同じ外国に住む身としても恐ろしいし、あってはならないことだと思う。国交とは何か・・・。われわれのパスポートにはその国に対して保護扶助を要請すると明記してある。それが蹂躙されるのであれば、国交など成立しない。そのことを考えつつ、世界における日本人としての「私」というものをもう一度考えてみたいと思っている。
