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    <title>こころの時間</title>
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    <description>変えられないものを受け入れる落ち着きと
変えられるものを変える勇気を
そして　この２つを見わける力を・・・</description>
    <dc:language>ja</dc:language>
    <dc:creator>Ｋ．カルナ</dc:creator>
    <dc:date>2008-07-10T13:15:47+09:00</dc:date>
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    <title>自己中心性とアニミズム＠おとな</title>
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生活年齢が成人に達していても残念ながら自己中心性があり、
これは子どもの自己中心性の残りとも言われています。

主観(自分)と客観(外界)が未分化であれば、
主観と客観を統合させることができません。

つまり、実際に起こった出来事(外界)を自分の視点と
混同させて考えるアニミズム的な世界観を形成します。

幼児期特徴的な世界観は、アニミズムを言われ、
すべてのもにが生きていて心をもっているとみなすような
客観を主観化する「認知」です。


あたりまえのことですが「主観」は客観ではありません。

インターネット、ゲ...</description>
    <dc:date>2008-07-10T12:03:07+09:00</dc:date>
    <dc:subject></dc:subject>
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    <title>自己中心性とアニミズム</title>
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    <description>
自己中心性とは、ピアジェが幼児期の思考の特徴として挙げたものです。

その特徴は、自分のもつ視点を変えて考えたり、
相手の立場にたって考えられないということが
挙げられます。

自他の視点、主観(自分)と客観(外界)も未分化であるため
他者の視点から外界を認知することが困難なので
どうしても自分の視点が中心となってしまいます。

たとえば、観光ガイドをする方がゲストに向って
「右手をご覧ください」と左手をつかって左を差します。
つまり自分の左右ではなく、相手の左右に意識を向けている行動です。

同じように思考...</description>
    <dc:date>2008-07-10T12:02:17+09:00</dc:date>
    <dc:subject>Communication &amp;amp; Psychology</dc:subject>
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    <title>願望充足</title>
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    <description>
願望充足とは望みや願いなどが叶う状況を空想して
心理的緊張を解消しようとする働きのことを示す
精神分析の用語です。
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    <dc:date>2008-06-26T16:06:10+09:00</dc:date>
    <dc:subject>Communication &amp;amp; Psychology</dc:subject>
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    <title>脳を鍛える</title>
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    <description>
脳を鍛える、脳トレと聞くと計算ドリルや漢字、歴史など
学校で行われる科目の勉強、塗り絵、折り紙といった
幼児教育で取り入れられている方法をイメージします。

脳を鍛える・脳トレは、日ごろ使わない部分を刺激し、
活性化させることによって脳機能を維持・促進したり、
機能低下を防止できると考えられています。

では、計算や漢字などはどういう面が脳にとって有益なのでしょうか。
折り紙や塗り絵などはどういう面が脳にとって有益なのでしょうか。

そして、脳とは、どういう働きをするものでしょうか。
改まって整理すると...</description>
    <dc:date>2008-06-26T16:02:05+09:00</dc:date>
    <dc:subject>Communication &amp;amp; Psychology</dc:subject>
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  <item rdf:about="http://diary.jp.aol.com/7jb3j9kgmsn/576.html">
    <title>かい離性障がい</title>
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    <description>
かい離とは、過去の記憶が無意識下に追いやられたり、
身体的な調整が、一部的に or 完全に不調和になるなど
の状態と言われています。

これらの状態は、過去の記憶が不明瞭になったり、
今何を話していたか、話している最中に忘れてしまうことなどもあります。

かい離性障がいは、社会生活の厳しい状況になると
現実や置かれている状態を把握し、考えることがなくなったり、
できにくくなりますが、個人的な趣味やリクリエーションなどでは
そうした不具合が起こりにくいと考えられています。
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    <dc:date>2008-06-26T15:13:53+09:00</dc:date>
    <dc:subject>Communication &amp;amp; Psychology</dc:subject>
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    <title>つくりはなし</title>
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単なる思い付きや空想的な話が実際にあった
出来事であるように話されることです。

ボンフェファーはこれらを空想作話と当惑作話の２つに分類しました。

空想作話は、体験していないことをあたかも体験したように、
または体験したことを誤って追想するなど空想傾向が強いものです。

当惑作話は、記憶が曖昧になると、その曖昧さを当惑し、内容などを補うため、
また、回答できない問題に出くわした際、誘発的に語られます。

これらは、健忘症や認知症などにもみれます。
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    <dc:date>2008-06-26T14:50:47+09:00</dc:date>
    <dc:subject>Communication &amp;amp; Psychology</dc:subject>
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    <title>自由-2</title>
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    <description>
前回の続きです。

強制収容所でも奪えなかった人間の真の自由とは
どのような自由だったのでしょうか。


あらゆる生物には環境が与えられています。
雨・太陽などの気象条件、周囲にいる仲間、
そして別な生物、音、匂い、食糧など、
自己を取り巻く全てのもの・こと。

しかし、人間には環境だけではなく、
思考や情緒などが与えられています。

彼は著書の中で次のように言っています。

ナチスはあらゆる自由を奪ったけれど、
人間の自由を奪えなかった。
自由とは諸条件に対する自由ではなく、
諸条件に対して自分の在り方を決...</description>
    <dc:date>2008-06-19T15:22:19+09:00</dc:date>
    <dc:subject>Communication &amp;amp; Psychology</dc:subject>
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  <item rdf:about="http://diary.jp.aol.com/7jb3j9kgmsn/573.html">
    <title>自由</title>
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    <description>
自己以外のの制限や束縛などがなく自己の意志や感情のままに行動し
思考しうる状態、と言われ、さらに「勝手気まま」ではないとされています。

自由には個人の責任と義務が伴い、人間には絶対的な自由はなく、
集団や社会秩序を保つものと考えられています。

V.E.フランクルはアウスビッシュの強制収容所で囚われの身となり、
寝る自由、食べる自由など人間の基本的欲求の部分に至るまで束縛されました。

しかし、フランクルは
「強制収容所ではあらゆる自由を奪われたけれど、
奪われなかった自由がある」とおっしゃっています。
...</description>
    <dc:date>2008-06-19T15:05:02+09:00</dc:date>
    <dc:subject>Communication &amp;amp; Psychology</dc:subject>
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    <title>情意教育</title>
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ピアジェは情意機能について次のように云いました。

情意機能は行動を引き起こし、方向付けるエネルギーであり。
主体と対象の関わりを構造化していく知的機能を支え、
人間関係にうまく適応していくための役割である。

つまり情意機能はパーソナリティ形成に
極めて重要な機能である「感情」と「意志」の機能です。
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    <dc:date>2008-06-19T14:34:50+09:00</dc:date>
    <dc:subject>Communication &amp;amp; Psychology</dc:subject>
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    <title>事実と解釈の相違</title>
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状況や他者理解の歪みは、事実と解釈の区別が
曖昧であることが挙げられています。

たとえば「笑った」と「喜んでいた」、
「黙った」と「落ち込んだ」は異なり、
いずれも前者は事実で、後者は解釈です。

解釈は主観によるもの、つまりは個人の
スケールによるものと言えます。

事実と解釈の区別を理解することによって、
状況や他者のありのままを受容しやすく、
心理的葛藤の軽減をはかれるといえます。
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    <dc:date>2008-06-14T04:02:08+09:00</dc:date>
    <dc:subject>Communication &amp;amp; Psychology</dc:subject>
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