2008/5/27 0:34
パラオ ダイビング
ペリリューでは春の新月前だったので毎日イレズミフエダイ狙いでした
結局島を一周することもなく、どんな島かも把握しないまま3日間を過ごした訳でした。だけどちょっとホテルの先に足を延ばすと地元の子供達が遊んでいました。

ペリリューの人たちは道ですれ違うとみんな知らなくても手を振って挨拶してくれます。
ほんとに気持ちの暖かい人たちばかりでした。
でも第二次世界大時はすさまじい激戦地だったらしく、食事を取る集会所のようなところには旧日本軍の写真が飾られていました。
現に泊まったホテルの大女将のようなおばあさんは北海道の出身で、戦争が終わったと同時くらいにお兄さんとお姉さんを捜しに来てそのまま居着いてしまわれたとか。
ケーブルテレビでNHKは写るにしても日本語を全く話さなくなったと聞くと、戦争が遠い日の出来事だったと感じられますが、いろんな苦労があったのかと想像すると最近涙もろくなったのも手伝いとっても切なく感じてしまうのでした。
ペリリューでの短い滞在期間を終え、コロールに戻る日は、WEB LUE でおなじみの越智さんFamilyと一緒だったので、桟橋を出る頃にはすごい人のお見送りでした。
スピードボートに揺られてようやくコロールに着くと、お楽しみパラオパシフィックリゾート(PPR)にチェックイン
やっぱりリゾートホテルは気持ちがいいのです。
プールサイド
プールサイドでフローズンマルガリータ
夕闇の新郎新婦
PPRのサンセット

残り2日をダイビングで楽しみ、最終日は夜の11時くらいにチェックアウト〜pick upなので
一日リゾートライフを満喫して帰途についたのでした。
もっと魚の写真も載せたかったのだけど、今回はやはりイレズミフエダイが主役なので
他はお蔵入りです。
結局島を一周することもなく、どんな島かも把握しないまま3日間を過ごした訳でした。だけどちょっとホテルの先に足を延ばすと地元の子供達が遊んでいました。
ペリリューの人たちは道ですれ違うとみんな知らなくても手を振って挨拶してくれます。
ほんとに気持ちの暖かい人たちばかりでした。
でも第二次世界大時はすさまじい激戦地だったらしく、食事を取る集会所のようなところには旧日本軍の写真が飾られていました。
現に泊まったホテルの大女将のようなおばあさんは北海道の出身で、戦争が終わったと同時くらいにお兄さんとお姉さんを捜しに来てそのまま居着いてしまわれたとか。
ケーブルテレビでNHKは写るにしても日本語を全く話さなくなったと聞くと、戦争が遠い日の出来事だったと感じられますが、いろんな苦労があったのかと想像すると最近涙もろくなったのも手伝いとっても切なく感じてしまうのでした。
ペリリューでの短い滞在期間を終え、コロールに戻る日は、WEB LUE でおなじみの越智さんFamilyと一緒だったので、桟橋を出る頃にはすごい人のお見送りでした。
スピードボートに揺られてようやくコロールに着くと、お楽しみパラオパシフィックリゾート(PPR)にチェックイン

やっぱりリゾートホテルは気持ちがいいのです。
残り2日をダイビングで楽しみ、最終日は夜の11時くらいにチェックアウト〜pick upなので
一日リゾートライフを満喫して帰途についたのでした。
もっと魚の写真も載せたかったのだけど、今回はやはりイレズミフエダイが主役なので
他はお蔵入りです。
