寧夏って?  寧夏
「仕事で寧夏へ行くんですよ」
「寧夏って?」

よく聞かれます。

寧夏をご存知の方は少ないですよね。
仕事で関るまで、私も知りませんでした。

日本語では「ネイカ」、中国語では「ニンシャー」と読みます。

中国の「○○省」って聞くと思います。
黒龍江省、吉林省とかですね。
中国には省のほかに、同じ行政レベルの単位である自治区が5つあります。
少数民族が多い地区は自治区となるようです。

内蒙古自治区は有名ですね。
寧夏はその1つで、正式には寧夏回族自治区といいます。

人口も面積も、あの巨大な中国のなかでは下から数えた方が早い小さな自治区です。
中国で最も人口が多い河南省は、なんと9,700万人!
寧夏は590万人です。

名前のとおり、回族=イスラム教の方がたくさんいます。
元の時代に西域から入ってきた人々がルーツなのだそうですが、数百年を経て、見た目は漢民族とあまり変わりません。
(でも、青い眼をした村人を時々見かけて驚きます!)

中国では回教を「清真」と表現することがあります。
看板に「清真」と書いてあるレストランでは豚肉がでてきません。

言葉のとおり、皆さん真面目で気持ちもまっすぐです。


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この地図をみると「ど真ん中」にも見えますね(笑)

皆さんも、そんな寧夏にどんどん「愛好」(アイハオ)してください!




2008/9/5  7:54

不動産と牛  分類なし
ある記事で中国では不動産業者が養豚を行うのがブームだと目にしました。
養牛もそんな傾向にあります。

元々は儲かったお金を使った分散投資の意味が強かったものの、最近は不動産価格への見通しが立たないことから農業に注目が集まっているようです。
政府はバブル気味の不動産市場を鎮静化するために市場を冷やすような政策をうっています。
しかし、格差社会が問題となっている中国で農業を冷やすような政策は取りにくいだろうという彼らの「先読み」があるとか。

すごいですね・・
日本ではまさか不動産業者が養豚をしようなんて思いません。

中国のこういった背景には、不動産業者も元々は農村の出身であったり、日本と違って農業への企業参入に規制がないことも大きな理由といえます。
もちろん、社長が畜舎でエサを食べさせるわけではありません。
すでにある地元の農業会社を買収したり、誰かに任せたりしています。
スポンサーと実際の経営者の関係なのですが、利益の分配をめぐってケンカが起きるのは最初から明白で、実際にやる時はしんどいなあ、とも思います。
でも、その手のケンカへのプレッシャーに強いのも中国人の長所でしょう。

昨日読んだジム・ロジャーズ(世界的な投資家)の中国論にも、「食の世界は人々の欲望と直接的な関係にあるだけに発展のスピードが早い」とありました。

中国ではまさにそういった現象が起こりつつあります。

でも、景気は必ず循環します。
オリンピック景気が終わり調整期に入ったときに、どれくらい頑張れるのか。
新規参入した会社の真価が問われると思います。



2008/9/3  7:06

補助金の是非  寧夏
今、次のプロジェクトの内容を考えています。
そのときに最も悩ましいのが、このブログでも何度か触れた補助金の問題です。
中国の農村において、政府が行う支援の中心は何といっても物とお金をあげることです。
我々がプロジェクトを形成するときにも、農家の意識も、政府の意識もやはり旧来の方法を離れることができません。
政府の人の中には分かってくれる人もいますが、現実的な問題として考えると、農家はお金や物をもらわないと動かないようになっています。

将来を考えれば、この考え方からの脱却こそに貧困からの脱却のカギもあるのではないでしょうか。

国際協力の世界で活躍してきた方にこのことを尋ねてみました。
日本の国際協力はプロジェクトが終了した後のことを考えます。
しかし、大部分の途上国ではプロジェクトの期間中にどれだけのお金を得ることができるかが全てで、1つの事業は一刻も早く終わらせて次の支援者を探そうとする・・・。
寂しいけれど、これが現実だよと言われました。

まあ、そうは言っても気持ちを強く持ってプロジェクトの将来的な「実り」を求めていくために、この補助金頼みの考えから脱却するために重要なこと!として教えてもらったのは次の点です。
面白い視点なのでご披露します。

1 成功者を作る
農業の場合、同じ地域に成功者を生み出すことが、何といっても地元の農家の心に火をつけます。そのために、最初の段階で少々の補助金を使って誘導するのはやむを得ません。最初の成功者が生まれれば、後は補助金なんてもらえなくても、とにかく、できることからマネしてみようという人が出てきます。そうなれば、プロジェクトが終了しても効果が地元に確実に根付くことになります。

2 女性に着目する
これも成功者を作るための手段ですが、最初に成功しそうな人や村を探さないといけません。その際のポイントです。村を訪ねると幹部が出てきます。リーダーである彼らは弁が立つ人が多いのですが、弁が立つことと仕事ができることは農村では一致しません。それならば、どうやって仕事ぶりを見極めるかというと、少し農村をまわって女性と話してみるべきだと。女性がしっかりしている地域は、プロジェクト成功の可能性が高くなります。

たしかに、どこの国に行っても一生懸命働くのは圧倒的に女性なのです。
それでいて、何か決めたり相談するとなると男性が出てきます。
(日本も同じですけどね・・・)


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2008/9/1  7:21

叔父の助言2  東京にて
先日の叔父の話の中で面白い助言をもらいました。
中国での仕事を文章で記録に留めておいたらどうか?というものです。
何かを書いて記録にとどめることが「軸」となることを話してくれました。それは、職場にとってもそうだし、私個人にとっても同じことだと。仕事の基本は人間関係にありますが、成果を文章に残すことがコミュニケーションの大きな力となることを知った方がよいという助言です。

寧夏の仕事は始ったばかりですが、うちの財団は中国政府の農業部門と約20年間にわたる付き合いがあります。地域にしても10を超える省と自治区でプロジェクトを展開してきました。そのなかには農業技術教育もあるし農業研究の助成のようなものもあるし、ひとくちに農業といっても多岐の分野にわたっています。
物書きの経験を踏まえてコツは教えてやるから、そういったものを記録にまとめてみてはどうかという助言でした。

実は前から考えていたことではありました。しかし、いざ実際にやろうと思うと膨大な時間と費用が必要になります。それに時間と費用以外にも問題があるのです。
それについて叔父の意見を求めてみました。

1 本当の姿を捉えることができるか自信がない

私自身、各プロジェクトには一通り行ったことがあります。しかし、そこで待っているのは大歓迎の宴会と結果に対する賛辞の嵐です。それで本当の姿を理解できるのか?自信がないわけです。それについての伯父の意見は明解でした。「本当の真実なんて、どこまでいっても分からない。ならば、自分としてこう思ったということを書くしかない。単なる事実の羅列ならば年表で十分だ。それ以外の部分は、書く人が事実をどう見たのかという問題になってくる。記録とはそういうものだ。コップは真上から見れば円だし、真横から見れば四角になる。どちらかが間違っているわけではない。自分の立場から見えたものを書いていけばいい。」

2 もう少し待ってから書いた方がいい

実は寧夏以外のプロジェクトは色々あって連絡が十分ではない状態になっています。もう少しそちらの整理をしてから書くべきだとも思います。しかし、好機を待つことに叔父は反対しました。「今だって書けるなら、すぐにやればいい。書く時期によって内容も変わってくるだろうけれども、その時点の記録と割り切ればいいだけのこと。自伝を書こうと思うときに同じ問題があるけれども、本当の人生の記録は死んだ後にしか書けない。どこかで割り切って書けばいい。」

結構、大変な作業になりますが、プロジェクトの記録を通じて、この20年間の中国農村の変化を追ってみるのも面白いかもしれません。
同時に、そのなかで今後20年間の日本と中国の農業について考えることができれば言うことなしです。

2008/8/29  16:58

アフガンの事件におもう  分類なし
アフガニスタンで日本人のNGOスタッフが殺されました。
平和のために命をかけて仕事をしていた人が、何とも非業な最期を遂げたことを悲しく思います。
今日、JICAのベテランのスタッフの方と話す機会があって、彼がそのことに触れていました。

「今回の事件を受けて所属NGOは今後の活動をどうしていくのか?国際協力の目的とは何だろうという問題になる。国際協力の究極の目的は、お互いが銃をもたない関係になることのはずだ。彼の場合、まさに銃を向け合う国のなかで倒れてしまった。でも、これでやめてしまったら道半ばでやめてしまうことになると思う。僕があのNGOの代表であれば、機会をみて意地でもあそこで活動をやるよ。」

まさにそのとおりだと思う。

僕の中国の仕事も同じ気持でやるべきでしょう。

今の日本と中国は銃を向け合う国の関係ではなくなりました。
でも、日本と中国が親しみをもって付き合う関係の国になったかといえば、お互いに相手のことを誹謗中傷しているばかりです。
偏った雑誌などでは「戦争をしてでも・・!」という論調がまかり通っています。

財団の理事からも「中国は豊かになってODAの対象から外れたのだから、うちの財団もそろそろ潮時では・・」という意見があがります。

しかし、国がやめた今だからこそ、我々のような民間の団体が果たすべき役割があります。公益事業ばかりでなくビジネスが果たす仕事もあります。
二つの国が親しみをもって理解できる関係になれるように、千年かかってもやっていく仕事があると思いました。

やめたら終わりです。

アフガニスタンで自分の信念のもとで仕事をされた彼の勇気を忘れません。

2008/8/29  7:24

シンガポール料理とビールにて  東京にて
昨日は友人たちと銀座のマロニエゲートの中にあるシンガポール料理を食べに行きました。
今、ひそかにシンガポール料理が流行っているようです。
東京のシンガポールレストランも増えました。
最初に予約を試みた品川のお店は2週間前に予約が埋まっていたし、昨日のお店も8時を過ぎた頃には満席でした。
お客さんの9割以上が女性というのは場所柄なのでしょうか?

日本シンガポール協会の会員であるにもかかわらずシンガポールについての知識はほとんどありません。
でも、料理ひとつをとってもシンガポールのお国柄が伝わってくるものです。
中国と東南アジアが絶妙にミックスされています。
野菜と魚介が中心でヘルシーなメニューは、いずれもスパイシー。
ビールがすすみます。
他のお店のHPをみても、どうも「チリクラブ」という蟹の料理が有名のようで昨日もみんなでチャレンジしました。
蟹って、大きくても食べるところが少ないんですね。
でも、チリ味の蟹ソースは海鮮風味たっぷりで、これを蒸パンや麺と絡ませて食べるとリッチなかんじです。

昨日は高校時代からの友人からサプライズな報告がありました。
胸がスカッとする痛快な話でした。
おめでとう。がんばって!

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2008/8/28  7:14

虚往実帰  東京にて
虚往実帰という言葉をご存じでしょうか?
出典は荘子です。
「虚にして往き実にして帰る」と読みます。

これは大学時代に伯父から教わった言葉です。
そのときは「何も考えずに謙虚に行けば、実りを得て帰ることがきる」という解説をしてくれました。
調べてみると色々な解釈があります。
かなり様々な意味に使われます。
「空っぽの気持ちで行って無形の感化を受けること」(?)という解釈や「知識のないものが行って勉強して帰ってくること」というものまであります。
私にとっては叔父のキャラクターも含めて、彼が解説してくれた内容で理解をしています。

その叔父と昨日飲みました。
「転職して何年になる?」「どうだ?」と聞かれ、
「本当によかったと思います。先のことは分からないけれども、全く後悔していません。」
と答えました。

本心なのですが、安心してくれるだろうと思いました。ところが、思いがけない返事がありました。
「そんな悲しいことを言うな。情けなくなる。前の仕事の何が嫌だったのか。何がそんなに不満だったのか?」

叔父の考え方を知っているだけに返す言葉がありませんでした。

叔父は目的を持って仕事をすることを良しとしません。
世の中、何が起こるか分からないし、誰と出会うかでどうなるかも変わっていくのだと言います。
だから、とにかく目の前にあることを一生懸命やるしかないのだと。

その裏には、あまり目標という言葉におぼれて先のことばかり考えると、最も大事な「今」を見失うという意味もあります。

叔父は元々新聞記者だったのですが、いろいろな紆余曲折のなかで大学教授をしたり航空コンサルタントのような仕事をして活躍しています。
決して楽しい仕事ではありませんが、成田空港の用地問題では大きな仕事をしてきました。
何も今の自分を目指してやってきたわけではないけれども、コツコツやってきた今がそんなに悪いわけではないという思いが強いそうです。

今から20年前に聞いた虚往実帰という言葉を思い出しました。

でも、この言葉が面白いと思うのは、虚無的な気持ちを前提にしていても最終的な「実り」について触れていることです。
老荘思想に詳しいわけではありませんが、本当に虚無に徹するならば後にも先にも「実り」なんて関係ないはずです。

そう思うと、叔父の言っていることは「何も考えずに一生懸命やれ」ということではなく、「一生懸命やることについて何も考えるな」という意味なのかもしれません。

2008/8/21  7:25

劉翔の棄権におもう  分類なし
110mハードルの選手で中国では国民的な英雄である劉翔選手が予選でケガのため棄権しました。
前回のアテネの金メダリストで、中国ではコカコーラの宣伝をするなど大変な人気です。
今回のオリンピックで中国はたくさんの金メダルをとっていますが、彼の金メダルは別の意味を有するくらい国民の期待を一身に背負っていました。
彼の棄権に対して中国内では大変なブーイングが起こっているようですが、昨日のニュースでは背景に中国内の格差問題があることを指摘していました。
劉翔はスポンサー契約などにより年収20億円以上を稼いでいるとかで、そのことへの妬みが爆発しているというのです。

ニュースのキャスターは中国のスポーツが商業かされすぎていて「どこまでがスポーツで、どこまでが商売なのか分からない」とも批判していました。

昨日、ちょうど同じような内容の記事を目にしました。
中国のODAへの疑問として有名な大学の先生が指摘していたのですが、「中国のアフリカ支援は、どこまでが国際協力で、どこまでが国家間のパワーバランスを目的とする政治で、どこまでが民間資本によるビジネスなのか分からない」という内容です。

今の中国はあらゆることが経済原理によって動いています。
日本人からみると少々首をかしげたくなることも多いのは事実です。

「利益を出すものが偉い。」
「強いものが偉い。」
こういった風潮のまん延は人間として慎むべきです。

しかし、経済の本質は自由な競争にあることを忘れて、あまりにそれを否定すると人間は動けなくなります。
文化革命の掲げた教義によって中国13億人が萎縮した結果、経済が著しく停滞した歴史をみても明らかです。

中国では混沌とした現実の中から新しいものが次々と生まれています。
スポーツ選手の存在が、広告やスポーツ用品などの新しいビジネスを生み出していることもその1つです。
ODAも、お金だけではなく人や技術を途上国にもっていてメカニズムに乗せようと思えばビジネス的な発想は避けられません。

逆にキレイごとや規制ばかりに縛られて動けない日本の現状を振り返る時、もっと日本人も強かになるべきに思えます。

2008/8/18  7:25

恋路ヶ浜  分類なし
実家のある渥美半島の先端に恋路ヶ浜という砂浜があります。
見慣れている景色ですが、帰省すると必ず一度は行きたくなる場所です。

その昔、許されない恋のために都を追われた2人が住みついたことからついた名前だそうです。
また、有名な「椰子の実」の歌のモデルになった場所でもあります。
この砂浜に本当に椰子の実がたどり着くのか?
昔から、その真偽については地元でも色々な話がありましたが、数年前に実験が行われた結果、石垣島から流した椰子の実が太平洋の黒潮にのって無事に漂着したそうです。
伊勢をのぞむ伊良湖水道には三島由紀夫の「潮騒」の舞台となった神島も浮かんでいます。

波の音を聞きながら、ゆっくりと太平洋を眺めているだけで日頃の疲れも癒されます。
東京近郊の海辺とは違って気の利いた店もありませんが、豊橋駅からクルマで約1時間。
日帰り旅行にお薦めの場所です。

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2008/8/17  16:24

メダカブーム  分類なし
地元ではメダカがブームなのだとか。
インターネットで調べてみると全国的にもブームになっているようです。
(こちらは数年前からですが・・)
団塊の世代が昔を懐かしんで飼っているという分析もあります。
でも、何とも長閑でいいものです。
金魚ほど水やエサの心配をしなくてもいいし、ほっておくと自然に稚魚が増えていきます。

我が田舎では少し前に野鳥が流行りました。
その前は愛玩犬。
その前は金魚・・・
定期的に何かの流行がやってきます。
今回はメダカ。

うちの伯父さんは流行に敏感な方ですので流行りものには必ず参加します。
いろいろ見てきましたが、メダカが一番いいですね。

夕方にメダカが入った軒先の鉢の前で、祖母がエサをあげていました。
そんな光景がしっくりくるのがメダカです。

我が家にも伯父がわけてくれた緋メダカがいます。
小さなメダカですが大事にすると数年生きるとか。
父母も張り切って大事にしています。

メダカが泳いでいる様子を実家でのんびりと眺めるのが新しい楽しみになりました。

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