2008/9/11 20:27
捗らない仕事 作品
すっかり日が短くなってきた。
というと、日本在住の人々には怒らせそうだが、20時になると、照明が必要になる。
先月は21時までは自然光で仕事が出来たことを思うと、この先何時までいけるのか、不安になる。
昼間は飲食店で仕事をしているため、家で創作に時間が掛けられるのは、朝の出勤前と帰宅後、日が沈むまでとなる。
照明の明かりでは色が全くわからなくなり、仕事にならないため、それまでが制限時間となり、当然冬は、持ち時間が少なくなる。
夏の間、職場も夏季休暇で、これを利用して一気に作品を完成に近づけるつもりであったのが、ほどいてばかりでたいして前進していないのだ。
つまり時間をかけても結局進まなかったわけだが、だからと言って、完成させるには、矢張り作業にかかりたいのだ。
今日は天気が良くなかったので、さらに1時間早く、19時には中断した。
しかも今週は店がいつもに増して忙しく、疲れもあって、集中力も散漫。
仕方が無いので、頭を切り替えて、別の作業をすることにした。
普段後回しにしていることこそ、こういうときに片付けるべきなのだ。
日が暮れてから、夕食の仕度までの時間。
今は手元にミシンが無いので、手縫い。
わが同居人の、財布代わりの巾着が、あまりに傷んでいたので、新調してみる。
こんなものを、誕生日プレゼントと突き出されて、喜ぶ彼が愛おしい。
かつてワンピースを縫った後の、端切れであることは内緒。

というと、日本在住の人々には怒らせそうだが、20時になると、照明が必要になる。
先月は21時までは自然光で仕事が出来たことを思うと、この先何時までいけるのか、不安になる。
昼間は飲食店で仕事をしているため、家で創作に時間が掛けられるのは、朝の出勤前と帰宅後、日が沈むまでとなる。
照明の明かりでは色が全くわからなくなり、仕事にならないため、それまでが制限時間となり、当然冬は、持ち時間が少なくなる。
夏の間、職場も夏季休暇で、これを利用して一気に作品を完成に近づけるつもりであったのが、ほどいてばかりでたいして前進していないのだ。
つまり時間をかけても結局進まなかったわけだが、だからと言って、完成させるには、矢張り作業にかかりたいのだ。
今日は天気が良くなかったので、さらに1時間早く、19時には中断した。
しかも今週は店がいつもに増して忙しく、疲れもあって、集中力も散漫。
仕方が無いので、頭を切り替えて、別の作業をすることにした。
普段後回しにしていることこそ、こういうときに片付けるべきなのだ。
日が暮れてから、夕食の仕度までの時間。
今は手元にミシンが無いので、手縫い。
わが同居人の、財布代わりの巾着が、あまりに傷んでいたので、新調してみる。
こんなものを、誕生日プレゼントと突き出されて、喜ぶ彼が愛おしい。
かつてワンピースを縫った後の、端切れであることは内緒。
2008/6/22 1:10
年度末 作品
フランスの年度末は、6月。つまり今月。
2007年の始まりから織り始めたあやめが、ようやく織り終わる。
今年度は出来るだけ多く通った甲斐があり、目標の年度末完成にこぎつけた。
これはかなり変えてはいるものの、もともと中世に織られたタピスリーを下絵にしており、織の技術を学ぶために選んだもの。実際の下絵の原寸に合わせたら、タテ85センチ、ヨコ90センチほどの大きなものになってしまい、完成までに1年半もかかってしまった。
多くを学んだけれど、完成度としてはいまいち。せめて、本物のあやめを少しデッサンしてから織り始めるんだったなあ、と言うのは本物のあやめを後に見ての感想。
反省点は、もっとコンセプトをはっきりさせてから織り始めようぜ、というところでしょうか。

2007年の始まりから織り始めたあやめが、ようやく織り終わる。
今年度は出来るだけ多く通った甲斐があり、目標の年度末完成にこぎつけた。
これはかなり変えてはいるものの、もともと中世に織られたタピスリーを下絵にしており、織の技術を学ぶために選んだもの。実際の下絵の原寸に合わせたら、タテ85センチ、ヨコ90センチほどの大きなものになってしまい、完成までに1年半もかかってしまった。
多くを学んだけれど、完成度としてはいまいち。せめて、本物のあやめを少しデッサンしてから織り始めるんだったなあ、と言うのは本物のあやめを後に見ての感想。
反省点は、もっとコンセプトをはっきりさせてから織り始めようぜ、というところでしょうか。
2008/3/29 22:58
挑戦状 作品
誰からかと言えば、あの憎き繊維を喰う虫、である。
フランス語ではmiteという。
実物を見たわけではないので、日本でよく遭遇したヒメマルカツオブシムシなのかどうかははっきりしないが、数日前にはなかった穴が開いているのだから、何某かに喰われたことは間違いない。

彼らだって生きているのだから、食べる必要はあるのだけれど、ちょっと一口くださいと言えば、適当なのを見繕うものを、勝手に物色されるのだから困る。
特に彼らは美食家で、質のよい繊維を好むのだ。
今回のターゲットはカシミヤだった。
このコートは、私が数年前に編んだもので、先日肩掛け鞄の所為で擦り切れたところを直したばかりだし、穴をふさぐことはそれほど難しくはない。問題なのは、やつが今回穴を開けたのが、袖と肩との境目で、引き返し編みという、特殊な技法の部分だったことだ。そうでなければ、発覚した時点ですぐに直していたのだ。
しかし場所が悪かったことと、何しろ擦り切れるくらい長く着ていたことから、そろそろほどいて編みなおそうと思っていた。私は編んだセーターを何度もほどいては別のデザインに変える。つい最近も、去年完成させたカーディガンの、袖丈など気に入らなかったので、毛糸だまにしてしまった。
とはいえ何しろ他のセーターも順番待ちなのと、編み物だけに集中する時間がないので、今年は修復して乗り切ることに決めた。改めて編地を見て、絶妙な位置がほつれている事に感嘆する。これは本当に彼らから挑戦状を叩きつけられた気分である。
最初は刺繍針で、穴の部分を埋めようとした。平編みの部分でなら非常に簡単な作業。ところが、ちょうど引き返し編みのところが抜けていて、ここを再現しないと段数が合わず、上手くつながらない。これは無理かと思ったが、あのほんの小さな虫のお腹を満たしたためにコートを諦めるのなんて、あまりにも代償が大きすぎる。
逆に言えば、ここは袖と肩の境目、つまり袖を少しだけほどいて引き返し編みをし、肩と繋げれば良いのではないか。これが成功。しかも、袖だけをほどくだけでよく、肩の側は一切喰われていない。なんとやつらそこまでお見通しか。本当にそう思うほど絶妙な位置を喰っているのだ。
さすがに数年着ていたので、色が少々変わってはいたけれど、幸い共糸で無事穴は塞がれた。それにしたって夏場はともかく、寒い冬の、まさにセーターを毎日着ているこの時期に、こんな喰われ方するなんて思っても見なかった。今回、自分が編んだ、共糸も残っているものが狙われたのは、不幸中の幸いかも知れない。

フランス語ではmiteという。
実物を見たわけではないので、日本でよく遭遇したヒメマルカツオブシムシなのかどうかははっきりしないが、数日前にはなかった穴が開いているのだから、何某かに喰われたことは間違いない。
彼らだって生きているのだから、食べる必要はあるのだけれど、ちょっと一口くださいと言えば、適当なのを見繕うものを、勝手に物色されるのだから困る。
特に彼らは美食家で、質のよい繊維を好むのだ。
今回のターゲットはカシミヤだった。
このコートは、私が数年前に編んだもので、先日肩掛け鞄の所為で擦り切れたところを直したばかりだし、穴をふさぐことはそれほど難しくはない。問題なのは、やつが今回穴を開けたのが、袖と肩との境目で、引き返し編みという、特殊な技法の部分だったことだ。そうでなければ、発覚した時点ですぐに直していたのだ。
しかし場所が悪かったことと、何しろ擦り切れるくらい長く着ていたことから、そろそろほどいて編みなおそうと思っていた。私は編んだセーターを何度もほどいては別のデザインに変える。つい最近も、去年完成させたカーディガンの、袖丈など気に入らなかったので、毛糸だまにしてしまった。
とはいえ何しろ他のセーターも順番待ちなのと、編み物だけに集中する時間がないので、今年は修復して乗り切ることに決めた。改めて編地を見て、絶妙な位置がほつれている事に感嘆する。これは本当に彼らから挑戦状を叩きつけられた気分である。
最初は刺繍針で、穴の部分を埋めようとした。平編みの部分でなら非常に簡単な作業。ところが、ちょうど引き返し編みのところが抜けていて、ここを再現しないと段数が合わず、上手くつながらない。これは無理かと思ったが、あのほんの小さな虫のお腹を満たしたためにコートを諦めるのなんて、あまりにも代償が大きすぎる。
逆に言えば、ここは袖と肩の境目、つまり袖を少しだけほどいて引き返し編みをし、肩と繋げれば良いのではないか。これが成功。しかも、袖だけをほどくだけでよく、肩の側は一切喰われていない。なんとやつらそこまでお見通しか。本当にそう思うほど絶妙な位置を喰っているのだ。
さすがに数年着ていたので、色が少々変わってはいたけれど、幸い共糸で無事穴は塞がれた。それにしたって夏場はともかく、寒い冬の、まさにセーターを毎日着ているこの時期に、こんな喰われ方するなんて思っても見なかった。今回、自分が編んだ、共糸も残っているものが狙われたのは、不幸中の幸いかも知れない。
2008/2/14 18:43
すべてこのために 作品
年末以来、すべてを後回しにして取り掛かっていたものが、ようやく完成しました。
この日記の更新、人との連絡、アトリエでの製作、仕事の出勤回数、家事、あらゆることを怠慢して何をしていたかといえば、これなのです。
で、それほどまでに何もかもを犠牲にして、何故これをしなければいけなかったのか、というと。
期日に間に合わせたかっただけなんです。
これは、ある展覧会のための作品だから。
しかし、上まで織り上げた時点でちょっと息切れしてしまい、現在休養中。
裏をきれいにして、枠から外して、展示できる形にして、発送するまで、まだ作業は残っている。
初心者レベルの私にとって、急いで作品を完成させるのは、少々つらい状況ではあったのですが(ただの怠け者かもとも疑いつつ)、これもひとつの経験値であり、ここから学んだことも多く、既に次回作なんか練り始めています。

この日記の更新、人との連絡、アトリエでの製作、仕事の出勤回数、家事、あらゆることを怠慢して何をしていたかといえば、これなのです。
で、それほどまでに何もかもを犠牲にして、何故これをしなければいけなかったのか、というと。
期日に間に合わせたかっただけなんです。
これは、ある展覧会のための作品だから。
しかし、上まで織り上げた時点でちょっと息切れしてしまい、現在休養中。
裏をきれいにして、枠から外して、展示できる形にして、発送するまで、まだ作業は残っている。
初心者レベルの私にとって、急いで作品を完成させるのは、少々つらい状況ではあったのですが(ただの怠け者かもとも疑いつつ)、これもひとつの経験値であり、ここから学んだことも多く、既に次回作なんか練り始めています。
2007/12/29 11:03
ようやく完成 作品
2006年の5月から、ずーっと私の自宅の織り機にかかっていた豚さんを、ようやく外してあげることができた。
今年の10月に入ってから、空いた時間を全てこのために費やしてきた。
しかしそう上手くいくものではなく、何度もやり直しを繰り返し、予定を大幅にずれ込んで、それでも完成の日はやってきた。大体、ほぼ初心者の自分が、こんなモチーフを選んだ時点で無茶なのだが、始めるまではそのことにすら気付かずにいた。
だから製作のペースと完成見込み時期なんて、何の脈絡もない。ただ「ここら辺の時期に終わってないと困る」とか言う都合によるものだったので、後は気力の問題である。
それというのも、この織り機で、もう一枚別の作品を織りたいからであって、そのために、豚さんにこの場所を占領されるわけにはいかなかったのだ。
しかし、家にいると、「暇な時間を利用して」という趣味的な意気込みでは、こういうものを完成させるというのは、不可能に近いことを学んだ。
本当に持て余すほど暇ならば、そうとは限らないかも知れないが、日々の生活の、優先順位の最後にしてしまっていては、いつまでだって後回しに出来てしまう存在なのだ。
少なくとも私の場合。
編み物を仕事として請け負っている間は、締め切りなんて気にせずに、ゆったり編みたいなあなどと思っているが、実際「どうしてもこの日に編み上げたい」という日が来ない限り、いつまでも編みかけのまましまわれているセーターが何着もある。あれも完成させないと、もう、何を編もうとしていたかもわからなくなって、結局最初から編みなおすことになってしまう。

今年の10月に入ってから、空いた時間を全てこのために費やしてきた。
しかしそう上手くいくものではなく、何度もやり直しを繰り返し、予定を大幅にずれ込んで、それでも完成の日はやってきた。大体、ほぼ初心者の自分が、こんなモチーフを選んだ時点で無茶なのだが、始めるまではそのことにすら気付かずにいた。
だから製作のペースと完成見込み時期なんて、何の脈絡もない。ただ「ここら辺の時期に終わってないと困る」とか言う都合によるものだったので、後は気力の問題である。
それというのも、この織り機で、もう一枚別の作品を織りたいからであって、そのために、豚さんにこの場所を占領されるわけにはいかなかったのだ。
しかし、家にいると、「暇な時間を利用して」という趣味的な意気込みでは、こういうものを完成させるというのは、不可能に近いことを学んだ。
本当に持て余すほど暇ならば、そうとは限らないかも知れないが、日々の生活の、優先順位の最後にしてしまっていては、いつまでだって後回しに出来てしまう存在なのだ。
少なくとも私の場合。
編み物を仕事として請け負っている間は、締め切りなんて気にせずに、ゆったり編みたいなあなどと思っているが、実際「どうしてもこの日に編み上げたい」という日が来ない限り、いつまでも編みかけのまましまわれているセーターが何着もある。あれも完成させないと、もう、何を編もうとしていたかもわからなくなって、結局最初から編みなおすことになってしまう。
2007/9/17 14:53
試し織り 作品
まだまだ夏休みです。
こまごまとした雑用はまだ残っているのですが、先日出会った織り職人のあの方に、刺繍枠を使って、縦糸の張り方を教えていただきました。
次の用事がこの枠を使った仕事であると気づき、外そうと思いましたが、それほど大きくないのでいっそ織り切ってしまおうと思い立ち、同じパターンを色違いで織って見ました。

更にこの2種類の配色を使い、混ぜ方を変えて織って見る。

ひとつは適当に、気の向くままに(写真下)、ひとつはゴブランの技法を使って(写真上)。
外見でも、混ざり方は違うのですが、大きな違いは裏面にあります。


ゴブランの技法を使った方は、裏に渡る糸が少ないのが特徴。
しかも早く織れます。
こうした技法が長い年月を掛けて編み出され、受け継がれてきたのには、きちんと訳があるのです。
こまごまとした雑用はまだ残っているのですが、先日出会った織り職人のあの方に、刺繍枠を使って、縦糸の張り方を教えていただきました。
次の用事がこの枠を使った仕事であると気づき、外そうと思いましたが、それほど大きくないのでいっそ織り切ってしまおうと思い立ち、同じパターンを色違いで織って見ました。
更にこの2種類の配色を使い、混ぜ方を変えて織って見る。
ひとつは適当に、気の向くままに(写真下)、ひとつはゴブランの技法を使って(写真上)。
外見でも、混ざり方は違うのですが、大きな違いは裏面にあります。
ゴブランの技法を使った方は、裏に渡る糸が少ないのが特徴。
しかも早く織れます。
こうした技法が長い年月を掛けて編み出され、受け継がれてきたのには、きちんと訳があるのです。



