2007/5/31  20:44

定期点検  日常

出来ないことに取り組む時、みんなはどうしているのだろうか?
人には色々なタイプがあるし、テンポも違うから、これがベストだというやり方はないと思う。
私はとにかく一歩づつでないとできない。
遅いと言われようと、なんと言われようとも一歩づつだ。
そんな中にあって今日は、自分に対して無性に腹が立った。

意味が分からないのだが、なんだか情けなさがこみ上げてきた。
最初は何でこんなことでイラつくのか?と思った。
しかし最後には、出来ないなら努力を積み重ねれば良いのだが、それをしていない自分に腹が立っているのだと分かった。
責任は自分にある、それなのに他に責任転嫁しているところもあった。
でも誰のせいでもない。
私の問題だ。
人が5を積み重ねて出来るようになることなら、私は10やらないと出来ないだろう。
それならそうすれば良いだけだ。
でもやってなかった。

たくさんの言い訳を作って順番に取り出していた。
いくつもの心にかかることや、スケジュールに追われて、それを全部言い訳にしていたと思う。
しかし自分が本来やるべきことが何かを考えるなら、本筋に専念すべきだ。
それを出来なくしているのは、まさに私の選択の問題なのだ。
そのことを思った時、肩から力がぬけた。

日曜日、教会の祈り会の最後に友達と祈った。
そんなことを祈るつもりではなかったのにと思うようなことが、私の口から出ていた。
そしてぼろぼろ泣いていた。
そのことを思い出して、今日私の上にあることを重ね合わせると、神様は私に行くべき道を示してくださっているのだと思えた。

目の前にある色々なことに目を向けすぎて、自分の本筋を見失っていたのだ。
自分では気づかないうちに軌道から外れていることを、神様が教えてくださったなと思う。
毎日何気なく暮らしていても、そこにはたくさんのメッセージがある。
それを読み取ることなく通り過ぎていくことが多いと思うが、どうしても肝心なことには向き合わなければならない。
そこには痛みもあるが、大事な大事な痛みなのだ。
車は、定期点検をしっかりやってオイル交換などをちゃんとしておかなければいつか走れなくなる。
ところが人間は自分への点検を怠りがちのように思う。
自分のことは自分が一番知っている!などというのである。
本当は一番分かっていないのが自分だと思う。

神様はこの数日をかけて、私に点検を促してくださった。

2007/5/30  20:12

行きそびれたのが・・・  日常

6月に友達がスイスに行く。
私を誘ってくれて・・・すごく行きたかったけど・・・諦めた。
6月にコンサートがあるのに、10日間も空けられない。
練習休んだら、たぶんお叱りを受けると思う。
でも、でも、メンバー達はそれぞれにこの5月にも海外旅行を楽しんでいる。
何故に・・・私だけどこにも行けないのか??????

何気に帰り道ぶつぶつもらしてしまった。
すると海外慣れしたメンバーが、「6月のスイスは最高よ!!」という。
く〜〜〜〜〜〜そうだろうとも!そうでしょうとも!全くその通りでしょうよ!
行きたかった。すごく行きたかった。
自慢じゃないが、ヨーロッパは一度も行ったことがない。
怪しいアメリカと怪しいアジア圏しか行ってない。
怪しいオーストラリアと。(こちらはあんまり怪しくなかったな)
ヨーロッパへ足を踏み入れる最初がスイスなら、きっと素晴らしく気持ちよい旅になったことだろう。

こんなことなら無理にでも、たとえ叱られようとも、行くんだった。(涙)
後悔先にたたずとは、よくいったものだ。

でも今更こんなこと思ってもしょうがない。
そこでふと思い出した人がいる。
こちらもベルのお仲間で、ものすごい自由人。
ちょっとそこまでと言いながら海外だろうが、どこだろうが行ってしまう人。
日本国内ならどこへでも日帰りで行くくらいのパワーのある人。
一人旅のエキスパート。
アメリカはNYに一人で行って、ふらっとカジノに入り、ふらっと勝ってくる人。
裏を返せば、全く落ち着かない人。(笑)

少しは彼女を見習おうと思った。
スケジュールが〜とか、時間がない〜とか言ってないで、ぱっと時間を見つけてぱぱっと電車でも飛行機でも乗って、サクッと旅してくれば良いではないか。
私も以前は身軽さが売りだったのに(どこに向けての売りかは聞かないで)、近頃すっかり億劫になっていた。
いけない!いけない!
何のために日夜筋トレに励んでいるんだ。
それくらいのエネルギーが無くてどうすんだ!と、自分に喝を入れてみた。

そう思いながら、帰りにタラコパスタを食べていた。
なんだか、エネルギー・・・乏しいな〜。まっ、いいか〜。
                  

2007/5/29  19:58

コチコチ♪  日常

あらゆる物の進み具合というのは、目まぐるしいくらいに早い。
そのスピードは、どんどん加速していると思う。
あっという間に変化し、あっという間に新しくなっていく。
何もかも・・・今までになかったような速さで。

ある人にプレゼントしようと買いに行った小さな機械。
ついこの間まで、とても単純な物だった。
久しぶりにそれを見ると、へ〜もうこうなっているんだ〜ちょっと前までもっと単純だったのに〜、と驚く。
その小さな物とは・・・! メトロノーム。
今でも振り子がコチコチなる三角形の物も売っている。
これが一番単純で誰でも使えて分かり易い。
しかしこれは持ち歩けないので、デジタルの物を捜した。
何種類もあって、メーカーごとに特徴もあるようだ。
全部の箱を開けて確かめてみることが出来ないので、お店の人にあれこれ聞いて決めた。

あげたい人が割りと機械音痴なので、出来るだけ単純で、でもそれなり新しい物と思った。
私がいつも使っているのは、もうだいぶ前に買ったデジタルで、いたってシンプル。
まだ充分使えるので、当分仲良くしていこうと思う。
デジタルが主流になっているせいか、△のコチコチメトロノームを見ると、その姿が妙に可愛く見えてしまう。

様々な物が加速度的に変化していく中で、昔の物への憧れが増していくのは当然なのかもしれない。
新幹線もどんどん早くなる。
電車もバスも飛行機も、早く安くと叫ばれていけば行くほど、「昔の出張は泊まれたよな〜今は日帰りだよな〜」と嘆くおやじサラリーマンの声が聞こえる。(笑)

メトロノームを見て、おやじ達の悲哀を感じてもしょうがないな。ハハハ
△のコチコチ音を聞いていると、小さな手で一所懸命に頑張ったピアノの発表会を思い出した。
                

2007/5/28  17:24

金魚  日常

教会に3匹の金魚がいる。
名前は、金ちゃん・銀ちゃん・黒ちゃん クリックすると元のサイズで表示します
先日召天された牧師夫人のお部屋にいた金魚たちだ。
今まで部屋の中だけに置かれていた水槽を、昨日は教会のホールに置いていた。
金魚たちにとっては景色が違うのだろうし、たくさんの人が覗くのでびっくりしていたようだ。
きょろきょろと忙しそうだった。

金魚というのは一年中いるので特別に夏のものということはないのだが・・・
水に泳ぐ姿が涼しげなのか、夏のイメージがある。
扇子や手ぬぐいなどにも、金魚の柄は多い。
私が持っているのは、ペットボトルのケースが金魚だ。
こんなのを見つけた。 クリックすると元のサイズで表示します 金魚の包装がされた飴。
ところが、なぜか「コーラ味」(笑)
ま〜うければなんでも良いということかな。面白い。☆

エアコンのコマーシャルを見ていると、こんなに毎年モデルチェンジをしてたくさん作ってどうして売れるのだろう?と不思議だ。
一度買えば何年も持つ物。
私などは10年くらい平気で使っているが、実際には売り上げは好調だとか。

確かにエアコンのきいた涼しい部屋で過ごすのは有り難い気もするが、「涼をとる」という言葉もあるので、電気に頼らずに涼しさを工夫するという気持ちも持っていたいものだ。
今日も元気に、金ちゃん・銀ちゃん・黒ちゃんは泳いでいた。
涼しげにゆらゆらと。
水槽に近づくと、何かくれるのか?という顔で近づいてくる。(思い込みだろうが)
指をガラスにつけると、口をぱくぱくする。(笑)

水という透明な世界にゆらりゆらりと生きる彼ら。
空気という透明な世界にあくせく生きる我ら。
同じような透明な世界に生きていても、人間は不透明過ぎる。(苦笑)
心にも涼をとってクールダウンさせ、そしてホットに生きていこうかな・・・などと思ってみた。

2007/5/27  21:49

疲れには・・・  心と体

先週は色々重なってとってもくたびれた。
礼拝で顔を合わせた面々も、なんだかちょっと疲れたね〜と言っていた。
疲労がたまると眠りが浅くなったり、眠れなくなったりということがある。
昨晩は、私にしては珍しくしばらく眠れなかった。
布団の中でうずくまっていても、かえって目が冴えてきてしまうので、近いうちに打たなければならない原稿の資料集めをすることにした。
少しやれば眠くなるかな?と思っていたが、結局資料の整理を終えてしまった。

しかしそれで達成感が得られたのか、その後はぐっすりと眠れた。
やはり眠れない〜とぐずぐずしているよりも、何かをぱっとやった方がすっきりする。
人は色々な形で満足感を得ることができ、それを心身の安定につなげるのだ。
一仕事終えた満足感が、眠りに繋がったようだ。

でもお陰で今朝は眠かった。
礼拝のメッセージを聞きながら、ギーコギーコと船を漕いでしまった。(ほんの少し)
今日は「ペンテコステ」(聖霊降臨節)というキリスト教では大切な記念の日なのだ。
それにちなんだメッセージだったので、殆どしっかり聞いた・・・つもり。(^^;)
最後の方が少し、飛んだが・・・
私達は、何か失敗したり、怖かったりすると、その場所からどんどん退こうとするが、神様の力というのは、その弱いところに働くのだとメッセージされた。
その恥の場所、恐怖の場所、悲しみの場所に留まって祈っていく時、神様の力は大きく働くことを思う。
礼拝の後、祈り会になるのだが、静かに祈り、友達と一緒に祈って感謝した。

帰りに身体の疲れには良いかな?と思い、食べた→クリックすると元のサイズで表示します うなぎ☆
ひゃ〜☆ 美味かった!!

2007/5/26  19:41

何が流行?  日常

世間では色々なものが流行し、様々な話題があるが、今はなんといっても「はしか」だな。
大学関係者の相方は、この「はしか騒動」で土日も出勤だ。
東京だけでいくつの大学が休校になっているのか・・・。
気の毒なことだと思う。

昔から子供というのは結構ばい菌マンなので、色々な病気にかかった。
小学校に上がる前後で、はしか・おたふく風邪は殆どの子供がなった。
時代が進むにつれ、衛生面が厳しくなり、何でも殺菌!除菌!といわれるようになる。
商品も「除菌コート済み」というようなシールが貼ってないと売れなくなった。
確かに汚いよりも綺麗な方が嬉しいものだ。
しかし過剰に除菌しすぎると、人間はどんどん弱くなくとある医学博士が言っていた。

女性にも、近頃は「乾燥肌」の人が多くなったそうだが、その原因は洗顔料などがどんどん除菌方向にあることだそうだ。
つまり人間の皮膚表面には、皮脂を食べてくれる細菌もいるなど、潤いのために必要な働きをしてくれる細菌がいるのだが、そういうものまで全部洗い流してしまうために、自分で自分のプロテクターを排除してしまっているということだそうだ。
なんだか本末転倒だな。(^^;)

子供は泥んこで遊んだりするのが本当は大好きだ。
でも今の子供は、みんな綺麗だ。
洋服を汚している子をあまり見かけない。
きっとお母さん達が大変になるからなんだろうが・・・
お母さん達も一緒に泥んこで遊べると、楽しいのになと思う。

「過ぎたるは、及ばざるが如し」という言葉がある。
何でもやり過ぎは良くない。
どんなに良いことでもやり過ぎたら害になる。
ほどほどが良いと思う。

人間は、ゴミの中では死なないし、少しくらい汚くても、身体にはちゃんと抵抗する力や再生する力が備わっている。
これも神様がくださった大切な機能だ。
あれもダメ、これもダメではなくて、本当にダメなものだけを避ければ良いのではないのかな?

2007/5/25  18:21

流浪  日常

音楽でも演劇でも、何でも練習場所を探すというのは大変なこと。
どこにでもありそうでないものだ。
お金さえ出せばいくらでもあるが、なかなかこちらの懐具合と場所が折り合わないことが多い。
私の所属するフェリシア(ベル)は、今まで先生のやっていたスタジオで優雅に練習していた。
しかし先生がこの度スタジオをやめることになったので、これからは流浪の民となる。
毎週の練習場所を確保するのが大変だ。

区などの公共施設を借りれば安い。
しかし借りるためにはひと月前から申し込んで、希望が多ければ抽選、はずれれば場所がないということになる。
民間のスタジオも使わざる得ないが、やはり高い。
チーム存続の為には、そんなことは言っていられないので、どうにかやっていくしかない。
他の楽器と違って、演奏のためには軽トラ1台分くらいの荷物が必要なので、簡単にどこでも良いというわけにはいかない。
楽器も全部置いて、ある程度の広さがあり毎月安く借りれる場所があると一番良いが、東京では難しいことだ。

そんなこんなの思いを胸に、今日先生のスタジオでの最後の練習となった。
楽しい思い出は多く、一抹の寂しさを感じていた。
荷物の整理をしている先生の後姿が、私には少し寂しそうに見えた。
男性なので、すでにさっぱりしているのだろうが。
帰り道、今後の色々なことを考えながら歩いていた。 クリックすると元のサイズで表示します
ふと横を向くと、紫陽花の姿が優しかった。
雨に濡れてしっとりと落ち着いている。

色々あっても、雨が降って花が落ち着くように、どんな状況であってもそれらによって人は錬られ成長し落ち着いていくものだと思う。
来週からのことを考えると少ししんどいが、きっと私達は「これもまた楽しいね!」と笑い合っていくことだろう。

2007/5/24  9:00

愛に生きる  日常

昨夜と今日、初代牧師夫人の前夜式・告別式があり、多くの方々が故人を偲んでいる。
愛されていた方だったが、皆さんの話を聞きながら、どんなにこの方が多くの人を愛してきたかがよく分かった。
娘さんが4人いるのだが、どの方も実子ではない。
色々な事情の下で、牧師夫妻が引き取られた子供達だった。
食べられない人には、自分の分を削ってでも惜しみなく食べさせた。
行くところが無い人を受け入れた。
旅人をもてなし、労する者を励ました。
プライバシーなどあるのか?ないのか?分からないような生活だったが、いつも喜んでいた。

愛される人というのは、まず自分が愛していく人だ。
欲しがるよりも、与えていく人だ。
何百人もの会葬者は、小さな子供から同年のお年寄りまで、そして海外から駆けつけた人もいる。
年齢も性別も国籍も関係なく。

彼女のことを、みんなが「お母様」と呼んだ。
そう呼ばれるのが一番ぴったりの人だった。

今世界中が愛に飢え渇き呻いている。
どんなに物質が豊かになっても、どんなにお金があっても、愛がないなら人は生きていけない。
愛の欠落によって、多くの犯罪が生まれ、多くの人の心を狂わせている。
実の子供さえ容赦なく殺す親がいる。
その親もまた愛を知らない。

本当の愛は、与え、癒すものだ。
お母様は、神様の愛に生きた人だった。
マザー・テレサも、まさにそうだった。
惜しみに無く与え、支え、励ます。
口でいうほど簡単ではないことを、誰もが知っている。
だからこそ求めていきたいと思うし、実践できる者にされたいと思う。
               
今日も一日暑くなりそうだ。
私もこの天気のように、晴れ渡った気持ちで、この日を送りたい。
どうか皆様の上に、神様の大いなる祝福がありますように。

2007/5/22  18:30

そろそろ紫陽花  日常

一日空いたので、相方を送り出した後またベットにもぐりこんだ。
1時間半ほど眠っていたようだが、すごく変な夢を見た。
夢の中で苦しくなってもがいているような感じだ。
これは夢なんだ!早く目を開けたらいいんだ!と思っていた。
目が覚めたらすごくくたびれていた。
せっかく眠ったのに、かえって疲れてしまった。(苦笑)

色々と気疲れもあったようで、自覚がなくても結構まいっていたのだろう。
午後から近くのショッピングモールまで出かけてみた。
久々に何も目的無くぶらぶら歩くということができた。
そして珈琲を一杯飲んで帰ってきた。

ご近所の庭を見ると、もう紫陽花が花をつけ始めている。
もうそんな時期なんだなと思う。
咲き始めの花は本当に可愛い。
天気は晴れなのが嬉しいが、紫陽花の為には適度に雨が降ってほしいものだ。

今月もあと十日ほどだな。
段々梅雨の時期に近づいている。
紫陽花が盛りの頃に、鎌倉まで行ってみたい。
傘を差しながらの紫陽花見物は、随分風流なものだろう。
「風流」というのは、日本的な癒し系だろうな。フフフ

聖書の中に、「栄華をきわめたソロモンでさえ、このような花の一つほどにも着飾ってはいませんでした。」(マタイ6:29)と言われている。
ソロモンというのはイスラエルの王様だった人で、その栄華はものすごかった。
身につける物も金・銀・あらゆる宝石も散りばめれられていただろう。
しかし、そのソロモンでさえも、花の美しさにはかなわないのだ。
神様の造られるものは、どんなに人が頑張っても決してその美しさにはかなわない。
雨にぬれる紫陽花の美しさにかなう人など、どこにもいない。

そう思えば、自分がどうやったら良く見えるかとあくせくすることもないだろう。
花が花のままで美しいように、私は私の有り様で自然にいるのが良いと思う。

2007/5/21  20:49

雄々しくあれ  心と体

今日私の敬愛するステキな婦人が、とても静かに地上をあとにされた。
所属教会の初代牧師の奥様で95歳という年齢だったが、いつもしゃんとして上品な方だった。

この方から学んだことは多い。
明治生まれの女性らしく、いつもきちんとした人だった。
小さな身体だったが、存在感のある人。
女性であるということを話す時に、「日本の手弱女(たおやめ)」と言われた。
手弱女とは、弱弱しいという意味ではなく、「しとやかで、しなやかな女性」の意味である。
こういう表現を教えてくださった人。
私はこの「手弱女」からはほど遠い人間なのだが、「Mieちゃんは、日本の手弱女ですよ」と優しく言ってくださったのを、ついこの間のように思い出す。

東京に暮らして、関東大震災も第2次世界大戦も経験された。
様々な病気や怪我にも見舞われた。
戦時中薬もなくて、怪我した足を麻酔なしで切開治療を受けた話も聞いた。
辛いことも多かったのに、「神様と共にあって私は幸せ」といつも言っていた。
まさに生涯現役を全うされた婦人だった。

その姿は、日本の手弱女であり、雄々しき勇姿でもある。
強さや力を見せるようなものではなく、静かでおっとりと構え、それでいてその芯には確固たる強さを秘めたしなやかさ。
とても真似できるものではない。

男性であれ、女性であれ、本当の強さとは何かを考えることは大事だ。
常に自分の人生にしっかりと向き合って生きることが、そのスタートなのだと思う。
しなやかに雄々しくあれ!! まさに憧れだ。

RSS1.0