2008/9/1 13:17
雑読:『対話篇』金城一紀 雑読ログ
久しぶりに読書。
・『対話篇』金城一紀(新潮文庫)
金城一紀は、窪塚洋介主演で映画化された『GO』の原作者。
行定勲監督の『GO』は見ていたが、原作にまでは手が届かず、
金城一紀の著書は、いづれも未読だった。
この『対話篇』も、本書の中編3作の内、2作品が既に映画化されている。
※DVDにもなっているのですが、映像の方は未見。
僕は、実は“活字中毒”である。(笑)
京都の実家から職場に通っていた頃は、
通勤の行き帰りの時間で、文庫本なら一週間で読み終えた。
大体、一カ月で5〜6冊を読んでいたと思う。
なので、実家の部屋には本が山積みになっていて、
とてもじゃないがいまの自宅に持ってこれる筈もなく、
遠く離れた物置に預けてる感じである。
ジャンルも、小説からエッセイ・コラム、ノンフィクション・ドキュメント、
漫画から雑誌に至るまで、とりあえず“自分の現実と異なる世界”に
一時的だがシフトする手段であれば、目に付くページを繰った。
雑読。
一頃はそれが映画館だったのだが、
まとまった時間が取れる生活じゃなくなると、その“リセット”の方法は、
読書に向かった。
それが、ここ2〜3年、ほとんど本を読まなくなっていた。
特に小説・文学の類にまったく触れなくなった。
仕事とプライベート共に多忙になり、
併せて始まったドキュメンタリー制作もあって、
生活の隙間はすべて“実務”になった。
きれいに整えられた言葉も、比喩や隠喩を含んだ文章も、
ワザとはぐらかし回りくどい文学的表現も、
結局、どれもこれも“雛形”があって、それを巧く扱ったことの誇示に過ぎず、
「人見知り」の僕の性格は、遠巻きに天の邪鬼になっていた。
それが、急にチューニングが合いだした。
ふと手にした『対話篇』は、二日ほどで読み終えた。
急に雑多に情報を欲している身体が動き出す。
−−−−−−−−−−
でも、実はちょっと体調が悪い。軽い「熱射病」のようだ。
体験入学の屋上ロケで張り切り過ぎた(+_+)
食欲も少し落ちてて、
カミさんが作ってくれた“クルファスリイェ(トルコの豆料理)”も
好物なのに、あまり食べれず。
だから休養すればよいのだけど、あっという間に今週末から新学期。
やれやれ。。。
・『対話篇』金城一紀(新潮文庫)
金城一紀は、窪塚洋介主演で映画化された『GO』の原作者。
行定勲監督の『GO』は見ていたが、原作にまでは手が届かず、
金城一紀の著書は、いづれも未読だった。
この『対話篇』も、本書の中編3作の内、2作品が既に映画化されている。
※DVDにもなっているのですが、映像の方は未見。
僕は、実は“活字中毒”である。(笑)
京都の実家から職場に通っていた頃は、
通勤の行き帰りの時間で、文庫本なら一週間で読み終えた。
大体、一カ月で5〜6冊を読んでいたと思う。
なので、実家の部屋には本が山積みになっていて、
とてもじゃないがいまの自宅に持ってこれる筈もなく、
遠く離れた物置に預けてる感じである。
ジャンルも、小説からエッセイ・コラム、ノンフィクション・ドキュメント、
漫画から雑誌に至るまで、とりあえず“自分の現実と異なる世界”に
一時的だがシフトする手段であれば、目に付くページを繰った。
雑読。
一頃はそれが映画館だったのだが、
まとまった時間が取れる生活じゃなくなると、その“リセット”の方法は、
読書に向かった。
それが、ここ2〜3年、ほとんど本を読まなくなっていた。
特に小説・文学の類にまったく触れなくなった。
仕事とプライベート共に多忙になり、
併せて始まったドキュメンタリー制作もあって、
生活の隙間はすべて“実務”になった。
きれいに整えられた言葉も、比喩や隠喩を含んだ文章も、
ワザとはぐらかし回りくどい文学的表現も、
結局、どれもこれも“雛形”があって、それを巧く扱ったことの誇示に過ぎず、
「人見知り」の僕の性格は、遠巻きに天の邪鬼になっていた。
それが、急にチューニングが合いだした。
ふと手にした『対話篇』は、二日ほどで読み終えた。
急に雑多に情報を欲している身体が動き出す。
−−−−−−−−−−
でも、実はちょっと体調が悪い。軽い「熱射病」のようだ。
体験入学の屋上ロケで張り切り過ぎた(+_+)
食欲も少し落ちてて、
カミさんが作ってくれた“クルファスリイェ(トルコの豆料理)”も
好物なのに、あまり食べれず。
だから休養すればよいのだけど、あっという間に今週末から新学期。
やれやれ。。。



