2008/7/20  18:42

奄美から・・・マングローブ追加  ◆交友抄

クリックすると元のサイズで表示します
(マングローブの花)

奄美へ行っている保土ヶ谷の日本画家S君から・・
3日間・・立て続けに・・・
日仏交流展や奄美の模様など写メール添付で送ってきた。

ブログに載せてもいいとのことなので何枚か・・・!
クリックすると元のサイズで表示します
展示の合間なのか・・・奄美の海は奇麗だ。
旅行中、S君のムサビの同級生が今度の人間国宝に選ばれたらしく・・・
さっそく新聞の記事を何枚か写メールで送ってあげた。
クリックすると元のサイズで表示します
海がめの産卵地、大浜の夕景
クリックすると元のサイズで表示します
金作原の原生林。
クリックすると元のサイズで表示します
シンポジュームの合間に・・
話しに飽きたのかメールがやって来る・・・

左はしが美術館館長の宮崎グリーンさん、右端が元NHKの磯村何とかさん、真ん中あたりが日仏作家連。S君は出品者だが観客席に。

人様の旅の様子をブログで使わせてもらった・・
奄美・・・行きたいな〜

2007/5/22  18:28

初夏の訃報  ◆交友抄

こういう・・本が出ていた。
クリックすると元のサイズで表示します
高田さんが旅先の釧路で亡くなって2年・・。まだ56歳だった・・。
本を見て・・早いね!て・・家内も。
生きているときから世間では伝説的だったのだが・・・

アトリエにワンちゃんを連れて「みかみ・・さ〜ん!います?」って・・
来ては・・いつも冷酒を飲んだ。つまみを出しても手を出さなかった。
さんざん喋ったあと・・いつもゴロリと寝てしまって・・

酔っ払って帰っていった彼は・・僕にとってはフォークのタカダワタルでなかった・・・
唄の話も音楽の話もしなかった。ぼくもあえて絵の話はしなかった。
・・ただ高田さんは熊谷守一の絵が好きで・・時々そんな話はしていた。
クリックすると元のサイズで表示します
20日・・現代美術の友人からメールで、旧知の画商さんの訃報が入った。
見取る人もない・・突然の死だった。亡くなって2日後、発見された。

昨日、講座に行く前に久しぶりにその画廊に立ち寄った。
知り合いの画家も2,3居てごく自然に思い出話になった。
彼は・・57歳だった。

画廊ではグループ展の初日で絵と絵の間に・・・
こじんまりした遺影が飾ってあって・・・
わずかに小さな花が供えてあった。

歌舞伎座裏で開業してから、4丁目時代が一番長く、京橋、日本橋と移った・・

4丁目時代、ぼくを個展やグループ展に誘ってくれたのだが・・
それで現代美術の個性的な作家を知る機会を得た。

合掌・・。


2007/4/20  21:50

鎌倉訪問記!  ◆交友抄

クリックすると元のサイズで表示します
・・・知り合いの画商さんと・・立軌会の・・
鎌倉在住の五百住乙人(いおずみ・きのと)先生宅を・・・訪問。

・・お昼は食べてこないで!とのことだった・・。

・・画商氏の高級ベンツに乗っていざ、鎌倉へ!

奥さん手作りの香りの良い木の芽和えや若筍煮、蕗の山椒煮・・ゴマ豆腐、ローストビーフ、地物のニギリ・・を頂き・・
そのあいだ・・・奥さんも交え4人で世間話に話しが弾み・・

画商氏が被害を受けた泥棒の話やら・・・先生の骨董コレクション・・画家にまつわる話し・・とに角・・絵の話しもさることながら・・・話題は多岐にわたった・・
クリックすると元のサイズで表示します
・・そんなこんだで・・まだまだ出てくる料理の他に・・
羊羹・・コーヒーでさすがにお腹がパンパンに・・まさに満腹!になった。

お宝鑑定団の話しから・・ついでに・・・三上さんこれ見てよ!って言われたので先生所蔵の・・
若描きの望月春江、吉岡堅二の作品鑑定??・・・と言うより作品拝見!

お邪魔しました!と・・失礼する時・・・
吹き抜けのあるアトリエに招じ入れてくれて・・
描き掛けの作品が並ぶところを・・・見せてくれた。

アトリエ・・仕事中の作品を見せない作家が多いのだが・・・
そういうことを気にしない先生は描きかけの絵の説明までしてくれた・・・


作品は撮りませんからと言って許可を得てこれらの写真を撮った。
作品・・撮ってもいいよ!って言ってくれたが・・・
いくら何でも・・それでは申し訳ない!
クリックすると元のサイズで表示します
アトリエを見せてくれただけで充分僕は幸せだ!

今日はほんと・・幸せな1日であった・・。
帰路、画商氏と・・今日は楽しかったネ!・・・で横浜で解散。

・・・それから市民ギャラリーで日韓美術展。
会場でたまたま立軌会のメンバーY氏としばし雑談。
韓国側が作ったという豪華な図録を貰った。

2007/1/13  18:56

下北沢お久しぶり・・  ◆交友抄

クリックすると元のサイズで表示します
昨日はアトリエでの研究会を終えて下北沢へ・・・

・・その3,4日前に古くからの友人から電話・・
「20数年ぶりの舞台・・・見てね!」
・・30歳ちょいの頃・・・役者、洋画家、モデル、電撃ルポライター、人形劇の人形遣い、文章修行中の若手、美しい女優の卵そして、僕・・たまに、フォークの高田渡さんも混じる。見知らぬ人も入ったり出たり。・・・

こういう連中でいつもつるんで酒を飲んではワアワア言って徹夜したり、お花見だといっては酒盛り、芝居を見ては激論し、展覧会を見ても激評が飛び交い、誰がどうしたと言っては酒盛りしたり・・・で彼もその仲間の一人。
とうに役者をやめて正業についていたと思っていたら・・

もう一度役者修行をやりはじめ・・
改めて、麹町の日テレ学院で勉強し直して・・また、この世界に舞い戻ってきた。
テレビにもちょこちょこ出てるらしい!

三日やったらやめられない!・・・という世界だから!
で下北沢駅からすぐの劇場へ見に行った・・

主役の頑固な畳職人を演じていて・・昔の彼の口跡がよみがえってきた。

・・・20年以上の時間が止まってしまった。
・・・・
・・帰りの井の頭線で・・・ワアワア言っていた若い頃の・・・
友人たちの顔を・・・一人ひとり思い出していた。




2006/11/28  18:35

銀座松坂屋・・女子美杉並キャンパス。  ◆交友抄

クリックすると元のサイズで表示します
松坂屋の奥村土牛門下の興人会へ・・
ハマ展の用事に追われて・・見るのが最終日になってしまった。
絵と絵の間隔が、いつもより空いているように見えて作品数が少なく感じた。

・・・気のせいかも知れない・・。

Mさんの雪景色は何か全体に足りないものがあるようで気になった。Sさんの門らしい白いテーマは骨格がしっかりしている。Iさんの岸壁のドック?の風景も地味だが良かった。
クリックすると元のサイズで表示します
丸の内線、東高円寺から歩いて10分弱。
駅から住宅街を迷いつつ、女子美の杉並キャンパスへ・・・

この写真の正面が日本画で右側に折れ曲がって・・・大作がいっぱい展示されていた。

日本画の松本俊喬氏ともう一人・・版画の田村文雄、両教授の退職教員記念展。
ムサビは70歳定年なのにここはもっと若いんだ!
松本さんとは創画会時代、初めて東京研究会が始まった時からお世話になった。

創画会東京研究会は当初、おっかなそうなコワモテの大山鎮さんが委員長ですぐに松本さんに代わった。
裸婦によるデッサンや技術研究会があったり、会期中かその後に、出品画の講評があって上野泰郎、池田幹雄、橋本龍美や当時若手会員の滝沢具幸、戸田康一他の会員がよく来ていて批評してくれた。

当時出品者では内田あぐり、飯野静江、川端一郎、平岡栄二、藤田志朗、柳沢正人,伊藤秀利、梅田利信などが入れ替わり来ていたように思う。

・・創画の研究会は20代30代40代が多くみな職業を持ちながら・・時間をやりくりして集まっていた。
前日夜遅くまで仕事をしてデッサン会には疲れた体で行ったけれど、こっちも若かった。みんな黙々とデッサンして真剣だった。


・・・女子美の会場の・・・松本さんの作品を見てると・・・
創画で見た時代の懐かしい絵や・・・最近の何かストンツ!と吹っ切れたような・・
裸婦の群像を描いた頃とは趣きが違う、大きな作風に変わった気がする。

「創画会・・辞めた・・よ!」って何年か前の僕の個展に来て・・そう・・言って・・・
とても・・すっきりした顔だったなア!・・その時。それからだって随分時間がたった。

久しぶりに・・時間を掛けてゆっくり見ることが出来た。
・・・静かに見られた!


2006/3/27  8:25

高田さん・・はや・・1年・・  ◆交友抄

クリックすると元のサイズで表示します
この雑誌がテーブルの上に・・・
「高田さんのか・・!」って息子に聞いたら・・
「ん・・!」って。息子が買ってきたんだ。

高田渡さんが死んでからもう・・1年・・か!あっという間だな・・1年って。
・・・去年の4月、出先に家内から携帯にメール
・・高田さんが北海道でなくなった・・今NHKで報道してる・・!
そういう連絡が入った・・。

さっそく、高田さんの奥さんに電話したり、昔から高田さんと付き合いのある名古屋の友人と連絡したり・・
・・・あれから1年たったんだな・・。
「早いね・・!」って家内や息子も娘も。

娘が・・「結婚したばかりの頃、パルコのあたりで高田さんとばったり会ったんだよ!・・その時、P君を紹介したんだよ!」って・・。

・・・昔からの付き合いだから、子供も小さいときから高田さんのことは知ってる。
息子も時々、中道商店街で見かけたらしい。

・・自分の音楽の話も僕の絵の話もお互いほとんどしたことはなかった。
僕のアトリエにふらっと来ると冷酒を飲んで酔っ払って・・すっかり寝てしまって・・・僕が車に乗せて、家内が乗ってきた自転車を運転して・・家に送り返す・・

こっちは昼間飲まないから高田さんだけ一人で飲んだ。
いつも、描きかけの制作を中断・・そんなことが、よくあった。
・・それでも何回か展覧会にはふらっと来てくれた。

・・・・・・・・・・・
桜が咲いた・・1年・・たった。

2006/2/2  7:51

チタンと骨壷  ◆交友抄

クリックすると元のサイズで表示します
昨日の晩・・日本橋高島屋「小山敬三賞」歴代の作家を集めての展覧会のレセプション。
立軌会の五百住乙人(いおずみ きのと)先生から案内が来たので行って来た。

平成9年受賞が五百住先生で翌年がハマ展の今関一馬氏、この方とは面識がなかったが昨日紹介する人が居て一言二言。11年が日展の大津鎮雄先生で毎年、地元吉祥寺の展覧会でご一緒する。

会場で一水会のM氏と会ったので大津先生の最近の体調など近況を聞いた・・。

五百住先生はそばでニコニコしてた。

「腕の骨折ったんですって!」って聞いたら・・
左手をあごまで上げて「やっと・・最近ここまで上がるようになって・・」って。
左二の腕に15センチくらいのチタンが入ってボルトで止めてあるるらしい。

10月にアトリエの食堂で転んだらしい。
暮れに画廊楽のOさんが鎌倉のアトリエに行った時のことを僕に話してくれて・・。

「凄いんですよ・・五百住先生は・・」
何がさ!って聞き返したら、

「自分の骨が折れたのを克明にスケッチして見せてくれたんだけど・・それが見事なデッサンで・・!いやあ〜迫力あったなぁ〜!!凄いんだから!」って感嘆しきり。
そんなことを思い出した。

先生が「ところで・・医者に僕も変なことを聞いてしまって・・ね・・・」って。
???
「お骨にした時・・ネ」
???

「・・溶けるのかね?って聞いたの・・医者に・・」
・・??

「死んでから・・イヤ・・僕がね死んでからネ
・・焼き場で焼くよね・・・それで・・お骨にした時、この腕に入ってる・・チタン溶けるかと思って??どうだろうって・・聞いたのよ」

「・・・そしたら医者・・がね・・馬鹿言うな!溶ける訳ないだろ!って」

そりゃそうだ・・
そのまんま残っちゃうさ!

一瞬、その意味がわからなかった。
「・・それって何のことです??」

そしたら、「骨壷に入らないかと思って・・ネ!」って。
???

「チタンが入らないかも知れないと思って・・骨つぼに!」
溶けてしまえばそのまま入るかも知れないし、長いと入らないかもしれない・・そう思ったみたい。

骨壷に長いチタンが入るのか入らないか・・素直に心配してたんだ。
・・・へえ・・!

・・・エライもんだナア・・その発想!
よくそういう事考えるもんだ!

チタン・・あの世へ持っていく気だ。

・・・考えるベクトルが・・違うんかネ〜!。
・・チタンなんか置いてきゃいいじゃない・・ね!・・この世に。

おかしいこと考えるんだな・・先生は!

でも・・なんだか・・おかしくなって二人で・・顔を見合わせ笑っちゃった!
いい人なんだなぁ・・この先生は・・。

何か・・会場で、さよならを言うのが残念だった。

また・・お会いしましょうね!



※2月1日の「受講生の作品2」に1点作品を追加しました。

2005/4/24  6:44

4人の作家  ◆交友抄

クリックすると元のサイズで表示します
MIMOZA展、昨日がパーテイ。
夕方病院を出て・・3時半過ぎ、国立のコートギャラリーへ。
パーテイは4時から5時まで・・。パーテイのさなか・・作家4人顔合わせ。

搬入の時は慌しくろくろく話しもしなかったが・・この際それぞれの作家とほんの少しだが、おしゃべり。5時近くになってからお客さんが増えだした。まだ・・・陽が高いからお酒を飲むのには気が引けたんだろうか?・・集まりが遅かったようだ。

右から原田武真(洋画)、伊庭野 肇(抽象)、岩切裕子(版画)、三上俊樹(日本画)である。
伊庭野さんはフランスでの発表が多いそうだ。岩切さんは多摩美で講師・・搬入の時学生が手伝いに来てたっけ。最近は綺麗な女性の絵描きが目立つ・・!武真さんは行動美術の主要メンバーで女性像が素晴らしい。

ビールはほんの少し口をつけただけ、食欲がなくご馳走もあまり頂かなかった。
・・5時前に失礼して病院へ。


2005/4/17  7:04

高田渡さんが死んじゃった!  ◆交友抄

クリックすると元のサイズで表示します
昨夜、ハマ展総会ごの2次会・・携帯に家内からメール。
高田渡さんが亡くなった・・・釧路の病院で夜中の1時22分。・・・16日朝日の夕刊、NHKニュースで死亡記事を流してる・・。詳しい内容はわからない。

夜、名古屋のMさんから高田さんの件について僕の留守中に電話がある・・明朝名古屋から電話するとの伝言・・。
今朝・・・大阪でツアー中のこどもから高田さんのニュースを見たというメールが家内の携帯に届いた。
・・・・!・・・・!・・・死んだのか!・・・
・・・・・!

・・・言葉がない・・・!
・・・僕と同じ年なんだ・・・彼は!

リンク「タカダワタル」に死亡記事が出ている。
2004・5月6日のカテゴリー「画家+すてきなひとたち」・・’’高田さんは元気!げんき!’’・・よかったらまた・・・見てください。

この写真は昨年5月吉祥寺の街中でばったり彼に会って長いこと話し込んだときに、ついでに撮ったもの・・・

その後19日に高田さんの家に電話。奥さんとしばし話しする。たんたんとして普段の奥さんと変わらない。最後に「いろいろお世話になりました・・・」って奥さん・・・。
・・・「こちらこそ・・・」。合掌。

2004/5/13  20:44

須賀川牡丹園にて・・院展作家発見!!  ◆交友抄

クリックすると元のサイズで表示します
取材に行ってたら偶然・・院展の松本 勝氏に会う。偶然に・・・・とは言え毎年会うんだけど・・。
しばし、ご挨拶がてら・・取材中お邪魔して世間話に花咲かせました。
しまいにはとうとう話に夢中になっちゃって松本氏もまったく取材一時中断。
・・・・完全に取材の邪魔しちゃいました。誠に貴重な取材の時間を申し訳ありませんでした。陳謝いたします・・・。
写真をホームページ使っていいですかと聞いたところ即座にOKにつき、使わせていただきました。
撮りますよ・・・・ていったら、「写生中のがいいだろう!」ってポーズまで取ってくれて、サービスしてくれました。感謝!!今日はまた・・雨で写生中断中・・・・コーヒーなどご馳走になって、またまた・・話し込んじゃって残りの取材時間を減らしてしまいました。たびたび何とも・・・。

RSS1.0