2005/8/31  21:47

こんな親も、いいんじゃな〜い?  子育てネタ

明日からいよいよ9月。
子供達は新学期が始まります。

高1の長女は、それに先駆けて、本日はすでに「夏休み明けテスト」でした。

遊び呆けた長女が、昨夜私に言いました。

「ママ〜、明日学校休んでもいい?」

そこで私が、

「あはは、いいわけないじゃ〜ん。テストなんて0点でもいいから、とにかく行くだけ行っておいで〜」

というわけで、話は即決。

夏休み明けのテストが、たとえどん底の結果になろうとも、人生にさほど影響は無いのです。そんなことは自分の子供時代の経験上よくわかっていますから、子供に余計な負担を感じさせる必要なんてまるでありません。

私の両親は成績至上主義でしたので、成績や順位が落ちたときにはこっぴどく叱られました。そんな時、殴られることは当たり前でしたので、うまく試験勉強が進まないまま試験に臨む羽目に陥ったときなどは、最悪の気分でした。もうとにかく死にたくなってしまうのです。
試験にうなされる悪夢もたくさん見ました。

こんなときは天変地異(台風・地震・大洪水etc.)頼みなのですが、現実的に、そううまくは行きませんし、テストが中止になるくらいの天変地異が起こったら、きっとそちらの方がよっぽど大変でしょう・・。

どうも私は甘い親のようです。
しかし、あまり意味の無いことに躍起になるのはバカバカしいと思っています。もしかしたら価値観が他の親とはかなり違うのかもしれません。

世の中には、点数よりももっと大切なことがたくさんあるんだと、子供達に気が付いて欲しいから、たかがテストごときで、休みたいとか死にたいなんてこと、子供が思わなくていい親でいたいと思っています。



2005/8/30  21:34


いよいよ本日(30日)、第四十四回衆院選が公示されました。

今朝の新聞を何気なく開けて、いきなり目に飛び込んできたのは、民主党全面広告の中から、まっすぐ私を見つめてくる岡田克也代表でした。

「こ、これはすごい・・」

何がすごいって・・・この自信に満ち溢れた表情が・・・
なんたって真正面、真っ向対決を挑んでいるのですから、やはりこうでなくちゃね。

なんてことを考えつつ、また別のことも考えました。

「しかしこういうのは、よっぽど顔に自信がないと・・・」

いくら撮影用にメイクを施されるといっても、やはり元が良くないとなぁ・・・

などと、不謹慎なことを考えつつさらに新聞をめくると、今度は自民党の全面広告が現れました。

小泉総裁は、真正面ではなく、目線はやや斜め上部・・・つまり・・未来を見つめる・・の図です。

なるほど・・岡田代表の真正面からの視線を、うまくかわしましたね。
こうやって、誰(民)とも目を合わせずに、未来だけを夢見て逃げ切るつもりでしょうかな?

民主党の広告の中にこんな文章があります。

「日本はこのままで本当に大丈夫なのでしょうか?ここ最近の劇場的な政治というものが、日本に何をもたらしたのでしょうか?政治はショーではありません。結果を見すえた決断力、実行力なのです。」

このように、「政治はショーではありません。」の部分が赤字下線付きです。

そうですね、政治はショーではありません。

しかし実際は、かなりショーアップされ、そのお陰で今回多くの人々の関心を呼び寄せていることも確かです。

日本刷新、政権交代へ!民主党

郵政民営化に再挑戦!自民党


郵政民営化は、あらゆる改革につながる本丸だ。

・・・か・・・・

どうも、小泉総裁によれば、郵政民営化が実現すれば、少子化にあっても年金・医療など社会保障、景気回復、地方経済の活性化などなど、すべてが好転するらしい・・・

ふむふむ・・・

くれぐれも、言葉のあやや、ルックスで判断しないように、もうしばらくこのショーを楽しく拝見すると致しますか・・・



2005/8/29  22:10

こんな就職あったとさ  記事・ニュースから思うこと

昨今のニート人口増加現象に、文部科学省がいよいよ対策を講じることになったようだ。
早い話が、大学のカリキュラムなどに、キャリア教育を盛り込もうというもの。来年度概算予算に7億4千万を見込んでいるとのこと、今後は就職対策の質と量が、大学選びのポイントの一つになってくるのかもしれない。

しかし、ここ数年続いた就職難は、団塊世代の退職時期到来に備えて、徐々に緩和傾向にあるとも感じられる。

好き嫌いさえしなければ、世の中に仕事なんていくらでもあるとも言えるのだが、やはり自分が納得できる職業に付きたいと思うのは、当然のことであろう。

それにしても、そのカリキュラムの内容は、まさに至れり尽くせりで、もしかしたら、「過保護」ともとれそうだ。

(1)キャリア教育のカリキュラム開発
(2)企業や自治体の協力を得て、職業についての講義やインターンシップで単位が取れるような仕組みづくり
(3)大学で学ぶ専門科目が仕事や人生とどう結び付いているかを考える機会の創設・・・などなど。

こうしてみてみると、今から二十数年前、私達の時代は、就職に対して大学側からろくな対策もなかった。それだけ就職することは簡単だったのか?とふと思い起こした。

特に私のような就職パターンは、考えようによっては究極の過保護と言えるかもしれない。

ちょうど卒業論文に精を出していた頃、父親から一通の手紙が届いた。中に入っていたのは三枚の履歴書用紙。これらを書いて、それぞれに写真を貼って、すぐに送り返せと書いてあった。

とりあえず至急空欄を埋めて送り返したら、数日後また父親から手紙が届いた。中に入っていたのはスケジュール表。3社それぞれの筆記試験と面接試験の日時が書いてある。そして、その日には必ず帰りなさいと、ほぼ命令調で書き加えてあった。

有無を言わさぬその手紙は、私の希望を全く無視したものだった。

しかし、後が怖いので、とりあえず約束通りの日に帰省すると、その次の朝には父親が試験会場の会社まで車で送ってくれた。

至れり尽くせりだ。私は何一つやっていない。

試験会場にはかなり大勢が集まっていた。
みんなそろばんを持参している

「え?そろばんのテストもあるの?全然聞いてなかったぞ・・。」

すべて父親のセッティング、自分では何の確認もしていないのだから仕方が無い・・・

もっとも、そろばんはやったことがなかったのでたとえ持って行ったとしても、無用の長物というものだ。

掛け算割り算、十何桁もある足し算引き算の混合・・・
できるわけが無いので答案用紙に、
「そろばんなんてもう古い!これからは電卓の時代だ!」
とだけ書いて、あとは白紙で提出。
それ以外の筆記試験は、かなりできたとは思うが、これでは危うい・・。

面接では面接官に、「大学の成績表は見方がよくわからんなぁ・・、このあなたの成績、これは、良いの?悪いの?」と聞かれて、

「これはもう、最高ですよ〜」

と適当に答えておいた。

何しろ自分が行きたい会社ではない。父親が私に行かせたい会社というだけで、私自身の会社に対する執着心なんてまるで無い。

そんなこんなで、数回帰省して父親から課せられたノルマは一応すべて果たした。

本当に自分がやりたいことは音楽関係だったが、それを言い出すと頭ごなしに叱られた。「お前は、親の言うことさえ聞いていれば間違いないんだ!」と、聞く耳を持ってはくれなかった。

ちゃらんぽらんに受けたのに、合格してしまった。

こうして父親の思惑通り、卒業後は自宅に戻り、すっかり箱入り娘として閉じ込められてしまった。

こんなつまらない就職経過、どうなんだろう?

でもとりあえず、そんな経緯で決まった会社で、現在の伴侶が見つかったのだから、良かったのか悪かったのか・・他の人生やり直して比較することはできないので判断は難しいのだけれど・・・


2005/8/28  18:30

丸く収まった駒大苫小牧問題  記事・ニュースから思うこと

大方の世論通りに落ち着いたようで、とりあえず安堵致しました。
が、優勝から一転の不祥事発覚に、頑張った野球部員達を初め、多くの方々が苦悩した日々だったことでしょう。話の発端の保護者も、ここまで事が重大になるとは予想なさってなかったのではないでしょうか。

結局あちらもこちらも丸く納まったようではありますが、今後の高校野球のあり方を多くの方々が考え直すよいきっかけとなった一点は、大きな意味があったように思います。

相次ぐ不祥事に日本高野連は、27日付で「暴力のない高校野球を目指して」との異例の声明文を全国の加盟校に出したとのことですが、こういった問題は、高校野球に限ったことではないと思うのですが・・・。

かような問題が発覚して世論の嵐が巻き起こるのは、高校野球を異常なまでに美化させてきた長年の歴史がさせているのであって、その点にも何か問題があるように感じられます。

とりあえず今後は、指導者としての大きな意識改革が必要なようです。

指導者ということで、長女が中学校時代のバスケット部の指導者のことを思い出しました。

大会に出れば必ず3位以内に入るというような強いチームでしたが、指導者の最大の指導ポイントは、
「勉強と部活の両立」でした。

というわけで、ユニフォームの番号は定期テストの成績順。
長女は当然のことながら、いつも12〜16番あたりのユニフォームばかりでした。(全部で約16人)
バスケットのレギュラーは5人ですから、当然試合に出ることはできません。いつもベンチにいるおかげで、スコアーブックの付け方だけは、誰にも負けなかったようですが・・・

これをどう考えるのか・・・保護者によって大きく分かれていたようです。
私はなかなか結構なことだと思っていましたが、やはり、成績順で試合に出れるというのはおかしい!と抗議なさる保護者の方もいらっしゃいました。

この指導法のお陰でバスケット部は、勉強とスポーツの両立ができる子供が集まる部として注目されていたようです。確かに長女は、試合(練習試合は多少は出させて頂いたような・・)には全く出させて頂くことは無かったのですが、勉強も部活も頑張る部員仲間に、大変良い刺激を受けていたようです。

指導者の指導方針は、先生と生徒との信頼関係があって初めて成功するものなのでしょう。
そこに保護者が入り込むと、ややこしくなる場合もあります。

今回の高校野球に限らず、やはり一番大切なのは、指導者側と指導を受ける側との信頼関係の存在に尽きるように思います。


2005/8/27  15:04

選挙事務所の秘密・・??  仕事ネタ

選挙といえば登場するのが選挙カー。
そして、その花形は、なんといってもウグイス嬢でありましょう。

以前勤務していた会社の社長が出馬したとき、期間中ずっと選挙事務所に派遣され通っていましたが、初めて間近にお会いするウグイス嬢は・・・あれ??意外とお年を召した・・・という印象で・・
・・いえ、もっとも当時の私はまだ二十歳そこそこでしたから・・・今お会いしたなら全く別の感想を持つことでしょう・・

しかし、華やかだったのは確かで、選挙事務所に戻ってきた彼女達は、ダークな服装の男性陣(おじ様方)の中で、ひときわ輝いて見えました。

私はそこで一体何をしていたのかと申しますと、もっぱらお茶出しなどの接待係。そして空いた時間に電話を掛けまくる・・・と、こういったなんとも鬱積した選挙期間中を過ごさせて頂いておりました。

そのときは、自民党と共産党の一騎打ちということで、自民党王国の我が県にとって楽勝の選挙でしたので、電話の内容は、「ぜひ投票に行きましょう」というお勧めが主でした。

しかし何しろ顔が見えないお相手、お忙しいときにはかなりご迷惑だろうなぁと、随分気を使いました。
電話攻勢なんて、はっきり言って実は逆効果でしょう・・。

電話の反応によって、ウケがいいときは◎、普通のときは○や△、こりゃあかん!といったときは×なんて名簿につけるのです。こういうので、投票率の予測なんかしたりしていたようです。

私はそんなこんなで影の薄い仕事でしたが、ウグイス嬢はやはりプロでして、根性あります。

しかも、このようなマニュアルがあるのですね

・しゃべりながら、必ず頭を下げること。

・決して選挙カーの窓を閉めぬこと。(たとえ土砂降りでも)

・相手の候補者の選挙カーが見えたら、必ず先にエールを送ること(相手に先にエールを送られるより、先にやると、自分の側に余裕があるように思われるから)

・最終日には必ず声をからす事こと。(自分の声より数オクターブ上げて出すとかれる)


これで一日の報酬は、現在約一万五千円ぐらいなのだそうで・・・

選挙以外の時期も、体力・声力鍛えていらしゃるのでしょうね・・・
候補者よりもよっぽどたくましくて魅力的だったりなんかして・・・


2005/8/26  21:44

永遠の夫婦愛下さい  言葉に想いを込めて

急に思い立って考えてみました。

理想の夫婦とはどのようなものなのでしょう。

我が家も早、結婚まる23年が過ぎ去りましたが、これから一体どうなるのでしょう??
・・・と、一応考えたりはしますが、考えたところで将来のことなど誰にもわかりません。

と、いうことで現実は全く無視して、理想の夫婦像を考えてみました。

まず、やはり結婚は、

「この人とずっと一緒にいたい!!」
「この人のためなら、なんでもしてあげたい!!」


という感情が強くなったときに実施するのがベストでありましょう。

夜、眠る時間さえ惜しいくらいに、一緒にいたい・・・

そして子供が生まれ、家族愛が生まれ、その中に、確かな夫婦愛もまた、大きく成長しつつ存在する・・・

子供の成長を、共に優しく穏やかな心で見守りつつ、子供が二人の懐を飛び立った後、そこにあるのはやはり、変わらず存在する思いやりのある優しく穏やかな夫婦愛・・

共に重ねた年齢は、確かな愛の証・・・

・・って、いうのがいいなぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

そういうご夫婦がもし実存するのなら、ぜひお会いして、その極意をご教授願えませんか〜〜〜〜〜〜〜〜〜

しばしば夫婦に関することは、とても軽いフリして、実は相当重い話題だったりもするのであります。


2005/8/25  23:52

選挙が面白い・・かも??  記事・ニュースから思うこと

昨日(24日)の時点で、新党日本以外のマニフェスト(共産党は重点公約、国民新党は公約)が出揃ったようです。ざっと見る限り、やはり自民党民主党が中心のような状況が窺えます。

で、もう少しよく見ますと・・・
どうも自民党の紙面には、数字の記載が極端に少ないように見受けられます。

民主党はどの項目も、かなり具体的な数字が記載されています。子育てに関しては、公明党もなかなか具体的です。

さて、このマニフェストですが、改めてその意味を紐解いてみますと・・・

本来は宣言や声明書の意味だが、最近では政党が示す「政権公約」を指すようになった。従来の選挙公約とは違い、政策の達成度が検証しやすいよう、具体的な数値目標や実施期限、財源、政策実現工程を明示することが求められている

と、あります。

となりますと、自民党のマニフェストは具体的数値を避け「推進する」「取り組む」「目指す」などのあいまいな表現が殆どですから、あまりいい答案とは言えないようです。

どうも、答案として高得点を得るのは民主党のようです。

ただし、これらはあくまでも書面上のことでありまして、単なる理想だけをまとめた机上の空論であってはなりません。

具体的な数値の掲載は、国民にとって非常にわかりやすい面もありますが、党にとっては自分の首を絞めかねないという危険性が潜んでいますので、その点を自民党はうまくごまかしているといえるでしょう。

はじめから実行不可能なことを約束してはいけません。そういった意味で自民党は、正直といえば正直なのでしょう。

また自民党は、今回刺客として、異業種からの転職新人候補を多く擁立しており、異例の、「郵政勉強会」なるものを、党本部で開催するとのことで、これで、反対派や野党からの攻撃にひるまず反論できるよう、新人候補らを理論武装させるとのこと・・・決して、付け焼き刃・・ではないですよね。

注目されているようで、今ひとつ空回りの感が否めない国民新党は、マニフェストではなく選挙公約でして、内容は、はっきり言って、しょぼいです。(この表現のニュアンスがピッタリ)
昨日は、綿貫民輔代表が、ご自分の党名を間違えて発言していらっしゃいましたし、なんだか危うい感じ・・

あとは、新党日本がどのような内容を示してくるのか大変楽しみです。果たして出遅れ感を拭い去ることができるのでしょうか。

そうそう、広島6区から無所属での衆院選出馬を表明したライブドア社長堀江貴文氏は、本日住民票を東京都港区・六本木ヒルズから広島県尾道市に移されたそうで・・・

堀江氏はマニフェスト(公約集)は作らず、
(1)郵政民営化関連法案に賛成
(2)経済、財政改革
(3)教育の充実 の3点・・・
大丈夫ですか?戦えますか??

それにしても今回の選挙の盛り上がりは、地域格差が大きいのも特徴のような気が致します。私と致しましては、岐阜なんぞ、強力な女性候補者・自民党のねじれ現象などなど、非常に注目度が高いです。

さて肝心の我が県は・・・注目度が高い方が一名いらっしゃるのですが・・どうもイマイチのようでして・・・

マスコミにとって、実においしい流れとなった今回の総選挙、肝心の投票率は果たして予想通り上がるのでしょうか。

あれやこれやと、実に興味深い総選挙であることは間違いないようであります。


2005/8/24  23:13

亀井VSホリえもん  言葉に想いを込めて

先日テレビで拝見致しました。
出勤前の朝の番組でしたのでチラチラとでしたが・・。

堀江さんはスタジオ、亀井さんは中継先の画面からというような状況での対談だったと思います。

ご両人の話の内容はともかく・・・

とてもがっかりしたことがひとつありました。

堀江さん・・・

先日、長男の大学の保護者会で就職に関する資料を頂きましたが、その中のひとつに・・・

相手の話を真剣に聴く訓練をする
という項目がありました。

それによりますと・・・

コミュニケーションの基本は相手の話をよく聴くこと(傾超能力といいます)から始まります。社会人の基本は「相手の話をきちんと聴けること」なのです。

とあります・・・

相手が話している途中、勝手に口をはさむのは、とても失礼なことです。

亀井さんは、堀江さんが話されることをきちんと全部聴いてから、ご自分の意見をおっしゃっていました。

なのに・・堀江さんは・・・

亀井さんがおっしゃることにいちいち口を挟んでつっかかっていらっしゃいました・・(マイクの音声は亀井さん主体で拾われていたにもかかわらず)

堀江さん以外にも、こういう方をよくお見受け致します。
なぜか、政治討論会などに多いような気が致しますが・・

そういえばバラエティ番組には、意図的に出演者の話の腰を折る場面が多いかもしれません。
例えば、音楽番組では「HEY! HEY! HEY! 」が顕著なような気が致します。

「ゲストミュージシャンに日本一音楽の話をさせない音楽番組」とか言われておりますが、進行役のダウンタウンの、ゲストの話を外す突っ込みは、確かにゲストの意外な姿を引き出すという点では成功しているかもしれません。
しかし、視聴後の不完全燃焼感は拭えないように思います。

それは、そこに正常なコミュニケーション形態が存在していないからです。

正常なコミュニケーションとは、相手の話をまずよく聴き、理解に必要な事柄を相手に質問し、さらに理解を深めようと意識し合うところに成立します。

亀井VSホリえもん、とても面白いと思います。
もしまたこのような機会がありましたならば、ぜひ傾超能力を高めたホリえもんさんで・・・

それだけで、さらに知的に見えるはずですから・・


2005/8/23  22:34

駒大苫小牧高校への思い  記事・ニュースから思うこと

駒大苫小牧高校野球部長が部員に暴力・・・。
驚きました・・というより、笑えました。

というのも、大方の初期報道内容が、「3〜4発の平手打ち・スリッパで一回たたいた」という行為に「暴力を振るった」という表現を使っていたからです。

全国高校野球選手権大会で連覇を果たした高校・・・

練習内容は言わずと知れた相当厳しいものだったでしょう。

年頃の大勢の男の子達をそこまで導くのは、並大抵なことではありません。

暴力・・・その表現が妥当なのかどうかはその時の当事者同士にしかわからないのでしょうけど・・・

その報道の内容がもし本当だとしたならば、大多数の運動部経験者にとって、それらは暴力とは受け止められないのではないかと思います。

その後、保護者から「40発ぐらい殴られ、あごのかみ合わせが悪くなった」という訴えがあったとかで、真実が掴めぬまま、優勝の喜びはすっかり落胆に・・・

最近の教育現場では、教師による体罰は神経質なぐらいに禁止されていますから、保護者が我が子の訴えに反応するのはわからないでもないのですが・・・

自分の経験から言うと・・・
私はバレーボール部だったのですが、監督(20代の男性体育教師)からの平手打ちは当たり前の世界でして・・・
試合に負けると、コートサイドに整列させられて順番に平手打ちされ、サーブミスをした者はさらに鎖の鞭打ちの刑でした。

これ、義務教育の中学校時代の話です。

でも、私は親にこういったことを話したことは一度もありませんでしたし、話そうとも思いませんでした。

なぜなのでしょう・・・

それは、悪いのは自分だという自覚があったからです。
一生懸命指導して下さっている監督の期待に答えられなかった自分なのだから、これくらいの罰を受けて当然なんだ、申し訳ない・・という思いで一杯でした。

実は叩いている先生の手も真っ赤で痛そうなのを知っていましたし、公衆の面前(試合後のコート)で生徒を叩くという行為が、指導者としてどんなに辛く、恥ずかしいことかもわかっていましたから・・・

もちろん、暴力だなんてこれっぽちも思っていませんでした。

それが、今回の駒大苫小牧では、、「3〜4発の平手打ち・スリッパで一回たたいた」が大々的に暴力と受け止められているわけです。優勝校の地位も揺らぐぐらいの大事件として・・。

親からの訴えとは大きな食い違いもあり、真実はわかりませんから突っ込んだコメントはできませんが、たった一つ言えることは、優勝の事実を取り消す必要は全く無いということです。

頑張った駒大苫小牧高校野球部員の皆さん、そして、熱い声援を送り続けた生徒の皆さん、今年の夏の大会の優勝を、ぜひ一生の誇りある思い出に!!と願うばかりです。


2005/8/22  22:15

コミュニケーション能力を高める  言葉に想いを込めて

昨日、長男の通う大学の保護者懇談会に出席したのだが、その中の就職に関する話が興味深かった。

就職採用事情も随分様変わりしたようで、我々親の世代で重要視されていたものが、最近では全く問題にならなくなっていたりするようだ。

その問題にならなくなった第一位が、出身大学
以前ならば、有名大学卒が有名大企業就職へのパスポートの役割を果たしていたようだが
現在では、全く意味を成さないとのこと。

そして第二位は、筆記試験の結果
以前は高得点者が断然有利だったのだが、最近はボーダーラインさえ超えていればいいのであって、とくに点数は問題にならないとのこと。

そして、最近の企業が求める人材の第一位は、コミュニケーション能力のある人間
第二位は積極性のある人間
ということだった。

(コミュニケーション能力というのは、単に同世代と話ができるということではなく、いわゆる上司を含めた、異なる世代とのコミュニケーションを指す。)

ところで、このコミュニケーションの道具として「論理」というものが存在する。

論理とは、「自分の言いたいことを伝え、相手の言ったことを理解するための道具である。」
と、哲学者で東京大学助教授の野矢茂樹氏(50歳)はおっしゃる。

コミュニケーションは、「お互いに自分の意見に一貫性を持たせる一方で、相手の批判を聞いて修正、撤回できる柔軟性がなければ成立しない。つまり、共同作業によって生み出されるもの」なのである。

また、論理が求められるコミュニケーションとは「スパンの長いもの」。つまり、ある一言が、しばらく経ってから言ったことときちんと関係付けられていれば、その会話は論理的であるといえる。

この意味で、言葉と言葉の関係こそが論理といってもいい。

だから、論理的な力とは、如何に大きく言葉の関係をつかまえることができるか、という力である。

ともおっしゃっている。

その逆に、論理とは無縁の短いフレーズを多用する人間は、コミュニケーションを拒んでいるとも言えよう。(ex.小泉首相??)

もともと日本人は、「以心伝心」を尊ぶ文化的風土のせいか、論理的コミュニケーションは苦手な分野のように思う。
しかし、ここのところ、この単一民族日本の内外でも、「異質な相手」とのコミュニケーションの必要性が高まってきたようだ。

それが、現在の就職採用の傾向にも現れているのだろう。

そこで、この論理的表現能力を高める方法のひとつとして、まず物事に対して問題意識を持つこと、そしてその問題点について自分なりに考えを巡らせ、その自分の考えについて、他者にどれほど理解されたのか、あるいは理解されなかったのかを確かめる経験をたくさん積むこと・・が重要になってくるであろう。

現在、総選挙を控え、様々な「異質な相手」とのコミュニケーションが必要とされているわけだが、果たしてその中に、どれほどの論理的コミュニケーションが存在しているのか、非常に興味深い。

政界に、就職を控えた若者たちのお手本になるような論理的コミュニケーションがあればあるほど、日本の未来は明るい・・と思うのだが・・


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