2005/9/30  23:59

8月のクリスマス  8月のクリスマス

昨夜は高1の長女と中1の次女と「世界の中心で、愛をさけぶ」で盛り上がり、そのまんまのノリで、「8月のクリスマス」を見に行ってきました。
会社帰りに一人で行く予定を急遽変更し、部活で遅く帰った次女も一緒に連れて行きました。

映画にはなかなか連れて行ってやれないので、次女は大喜びでした。
「将来彼氏と来るときは、あの一番後ろの隅の、暗い席にするといいね〜。」
などと、馬鹿なアドヴァイスをしつつ始まった「8月のクリスマス」

主演は山崎まさよし

ロケ地は、一部を除いて全編富山県高岡市ということで、そちらの方も興味のあるところでした。

自分が朝晩通勤に使っている裏道、実家の父が癌の手術をした病院、重く湿った雪が降り積もる町並み・・・
それらは、自分が普段目にしている、ごく日常の景色でした。
そんなごくありふれた毎日の中だからこそ見えてくる愛情が、そこにはあるのです・・・

ストーリーが、穏やかに静かに、季節の移ろいとともに流れていきます。
そんな時の流れの中で描かれる心情は、決して派手さは無いけれど、静かなるがゆえに余計に心に沁み渡ります。

喧騒やオーバーアクション、ましてや殺し合い、いがみ合い、恨み、ねたみ・・・昨今のそんな寒い内容とは無縁の映画です。

余分な演出も、うるさいBGMもありません。
あるのは、自然の虫の音だったり、雨音だったり、町の日常音だったり・・・
イントロとエンディングでは雪の降る音さえ聞こえてくるようでした。

少ないセリフだからこそ生きる、小さな表情の変化が、心にぐっときます。

なぜ監督が、この地を選んだのか、なんとなく納得できた作品でした。

自分の力ではどうすることもできない確実な死期の訪れを間近に感じたならば、人は誰もが嘆き悲しむでしょう。
しかし、そんな絶望的な悲嘆が、穏やかな愛によって心安らかに享受されていく・・それが不自然なことではなく、全く自然なこととして・・

鑑賞後、残ったのは悲しみではなく、むしろ、幸せと希望のようなものでした。

心静かに耳を澄ませば、確実に聞こえてくる鼓動。
そんな音が感じられる映画でした。


2005/9/29  23:58

闘病記巡り  

昨日の「医者が末期がん患者になってわかったこと」という本で思い出しましたが、我が家がまだ転勤族だった10年程前の頃、当時は東京に住んでいましたが、なぜかやたらに闘病ものの本を読んでいました。
特に癌関係のものが多かったような気がします。

末期がん患者のひとつの選択としてホスピスというものがありますが、それに関する本も片っ端から読んでいた記憶があります。
東京都小金井市に、社会福祉法人聖ヨハネ会総合病院桜町病院というのがあり、そこで、ホスピスの存在を知りました。
「病院で死ぬということ」「僕のホスピス」など、山崎章郎さんの御著書もかなり読んだ記憶があります。

たとえ末期がんであっても、その最期を人間らしく生きたい。

・・・そんなことを真剣に考えていた時期でした。

当時は次女がまだ1〜2歳、長女が幼稚園、長男が小学生。
精神的にも肉体的にも相当参っていた頃でした。

都会のマンションでの生活。その頃すでに、ゴルフウィドー状態で、夫の家事・育児協力はゼロ。育児ノイローゼや鬱病など、危ない状況もあったように思います。
とにかく自分は癌に違いない・・などと思っていました。

それで、数々の闘病の本を読んだ結果、検査の遅れは致命傷なのだと気付かされ、意を決して、その桜町病院で検査を受けたのです。

絶体絶命・・幼い子らを残して私は死んでいくのかもしれない・・
そしたらせめて、闘病記を残してやろう・・・
末期には、ホスピスに入れるようにお金を何とかしなければ・・・

などなど悶々と考えつつ辛い検査に耐えました。
結果が出るまでの数日間、気分は最悪です。
入院準備も考えつつ迎えた再診日、
全く思いがけず、結果は異常無しでした。

絶体絶命から一転、起死回生!!
まさに新しい命を頂いた気分でした。

あの時期から医学もかなり進歩し、検査方法も、かなり楽なものが出てきているようです。

いろいろな闘病記に共通する思いは、早期発見の大切さ。
筆者の方々の、命懸けのこれらのメッセージを忘れずに・・・


2005/9/28  22:08

医者が末期がん患者になってわかったこと  

「医者が末期がん患者になってわかったこと」という本が、1998年に発行されている。
同じ年の半年後、「続、医者が末期がんになってわかったこと」が発行されている。

当時、私はその両方ともを読んだのだが、本の最後は、1998年6月19日、全身痙攣を起こしたところで終わっている。

筆者紹介欄には、「現在、激痛、麻痺に悩まされながら懸命の闘病生活を送っている」とある。

あれからもう7年が経っている。
昨日久しぶりに本棚の奥にこの本を見つけて、無性にその中にある、当時の「現在」の後が知りたくなり調べてみた。
答えはすぐに見つかった。
筆者は1998年12月15日に亡くなっていたのだ。
(発病は49歳)

筆者、岩田 隆信さん。

1947年愛知県名古屋市生まれ。
慶応義塾大学医学部卒業後、母校での研究生活を経て、脳外科医として勤務。
1990年、昭和大学医学部助教授に就任。
悪性脳腫瘍治療の最前線で活躍。
1997年1月、自身に悪性脳腫瘍発病。
母校で同年4月、7月、10月に計3回の手術を受ける。

内容は主に岩田さんの日記形式になっているが、3回目の手術を受けたあたりから日記を書き続けることが不能になり、奥さんの代筆や本人のテープ録音に代わっている。

私がこの本を読んだ7年前、どのような感想を持ったのか具体的には覚えていないが、強烈な衝撃を受けたことは確かだった。
専門医であるがゆえに、自分の症状を客観的に捉えることができる。
しかし、それはとても残酷なことだ。
一つ一つの変化に、自分の死期を確実に感じ取っていく。

医者として、自分の病状を的確に判断しながら、夫として、また、一人娘(当時7歳)の父親として、当たり前の人間としての葛藤・・それは、冷静であるべき医者という職業であるがゆえに、そのギャップがさらに痛々しさを際立たせている。

私は7年前にこの本を読んだときに、ひとつ気が付いていなかったことがあった。
それは、奥さんが1959年生まれだということ。
私と同じ歳なのだ。

12歳年上の医者、岩田さんと知り合って、結婚するいきさつも中に書かれているが、お互いに全く共通点の無い、不思議な出会いだった。

続編は奥さんによる代筆、日記で綴られているが、その内容は冷静で克明。
そして愛が溢れている。

意識混濁、言語障害、増えていく失禁・・・
かつて優秀な脳外科医だったはずの夫の変わり果てた姿にたまらない悲しみを感じつつも、「夫のプライドを守りたい」と願う奥さん。

「この悲しさは、本当に隆信さんを失ったときに、仕方がないと思えるように、誰かが心の準備をさせてくれているのかな」・・・
そんな風に考えながら、現状を受け入れていく奥さん。



・・なぜ今また急に、この本が読みたくなったのかよくわからないけれど、この本との再会に、確かな意味を感じている。


2005/9/27  22:32

愛をこめて生きる  言葉に想いを込めて

最近、会社の仕事が忙しい。
するとどうしても、家事の方にしわ寄せが来てしまう。

一般的に、職業としての仕事の方が重要視される傾向にあるが、私は決してそうは思わない。
(ここでいう「職業としての仕事」というのは、お金を得ることができる仕事のことを指す。)

家事という仕事は、とても軽く考えられがちだが、掃除、洗濯、食事の用意、後片付け・・etc.
どれをとっても、正常な日常生活を営むためには必要なことばかりである。

仕事と家事の両立はなかなか難しい。

家事を気にせず思いっきり仕事ができたらどんなに楽だろうと思うし、その逆に、家事だけに集中できたらどんなに幸せだろうとも思う。

仕事で帰りが遅くなって一番悲しいのは、おなかをすかせた子供たちに、納得のいく食事の用意をしてやれないことである。
これは、本当に悲しい。
育ち盛りの子供たちには、やはり母親(or父親)の愛情のこもった料理が必要だと思う。
母親(or 父親)の手料理というのは、子供たちの肉体成長は勿論、精神安定剤の役割も果たしているように思うからである。

遠方で下宿生活をしている長男が久しぶりに帰省したとき、義母が長男に、
「こっちに帰ってきて一番食べたいものはなあに?お寿司かな?お刺身かな?」
と、質問をしたことがある。私は、どうせお寿司かなんかだろうと予想していた。
が、そのときの彼の答えは全く私の予想外のものだった。
彼は少し照れながらもきっぱりと、「ママさんのお料理です」と、答えた。

この言葉は嬉しかった。本当に嬉しかった。多分私の今までの人生の中で、嬉しい言葉ベスト5には入るだろう。

やはり自分は専業主婦向きなのだろうなぁと思う。
3人目の子供ができたとき、もうこのまま4人目5人目と産んで、一生子育てで終わってもいいと思ったこともある。
裏返しに言えば、社会の中での自分の適応能力に自信が持てなかったということでもあるのだが・・・

今はとにかく、家事も仕事も両立させたいと思っている。
それにはやはり時間の使い方が肝心だと思う。

渡辺和子さんは、ノートルダム清心女子大学学長などをなさっていた頃のご著書、「愛をこめて生きる」の中で、
「時間の使い方は、生命の使い方なのだ」と、おっしゃっている。

そしてまた、「この世の中に、雑用という用はない」ともおっしゃっている。
すなわち、「雑用とは、私たちが用を雑にしたときに生まれる」のだと。

「雑用も、それに愛がこめられた時、尊くも意味ある仕事になる」

そんな言葉の数々をご著書から頂きながら、明日からも、家事と仕事に愛をこめて、良い時間、良い生命の使い方をしていけたらと思う。


2005/9/26  20:30

我が子を愛するということ  子育てネタ

「ママ、私のこと嫌い?」

中一の次女は時々私にそんな質問をする。

私はとっさに、

「あなたのこと、嫌いなワケないじゃない、 大好きよ!! 」

と言って、彼女を強く抱きしめる。

子供の頃、自分が本当に親に愛されているのかどうか不安に思うことは、私もたびたびあった。
でも、答えが怖くてついぞ、聞くことはできなかった。

次女は自分が愛されている自信があるから、そんな質問ができるのかもしれない。
そして、その自信を確固たるものとして再認識しておきたいのだろう。

でも考えてみたら、長男と私とはすでに22年の付き合いがある。長女とは16年。
それに比べて、次女はまだ12年。

親から貰った愛情の量を年数で量るとすれば、どう考えても次女への愛の累積量は少ないことになる。

実は私にも兄と姉がいる。
兄は11歳も年が離れている。
そして姉は、多分7、8歳ぐらい離れている。

多分・・というのは、私が生まれる前にすでに亡くなっていたから・・である。
仏壇に飾ってある写真を見ると、まだ6〜7歳ぐらいだ。
バレエを習っていて、その発表会での写真だそうだ。
薄くお化粧をしていて、ドレスを着ておすまししている。

私はいつも親からの愛情不足を感じていた。
今でも、兄や姉には絶対にかなわないと感じている。

兄には、11年という親と付き合っている年月の違いに圧倒的な重みを感じる。
姉はすでに亡くなってはいるけれど、親の心の中にはずっと存在していることを私は知っている。

両親は、私の誕生日は忘れていても、姉の命日だけは決して忘れていなかった。
それが本当は悲しかったのだけど、いまだに言えないし、決して言ってはいけないことだと思っている。
私がこうして今幸せでいられるのは、両親が姉のことを決して忘れず愛しているから、だからきっと姉が優しい気持ちで私を見守ってくれているのだと思うから・・

子供の頃は、親の愛情に飢えて、いろいろと悩み、卑屈なことも考えてきたが、そのお陰で今、自分の子供の気持ちがよく理解できる。

だから、私がずっと欲しかった愛を与えよう。

愛は惜しみなく。

そして不安になったら、いつでも聞いて欲しい。

「ママ、私のこと嫌い?」

って。

必ず、あなたを強く抱きしめてあげるから。



2005/9/25  18:12

思いやり  言葉に想いを込めて

新聞に、74歳のある女性からの、このような内容の投書が載っていました。

「所用で、久しぶりに電車で出かけたときに、行きはゆっくり座れたのですが、帰りは高校生の下校時間と重なり、座るどころかつかまるものさえありませんでした。足腰が弱く、ようやく支柱にたどり着いたところ、座席に座っていた男子高校生が、すっと立ち上がって「どうぞ」と何気なく席を譲って下さいました。また、下車するときも足がふらつき転倒しそうになるところを三人の女子高生がにこやかに支えて下さいました。」

この女性は、心から嬉しく思い、感謝した気持ちから投書なさったのでした。

こうした話を読むと、人間っていいなぁと感じます。

席を譲る、支えてあげる・・・他人が困っている状況を素早く感じ取り、素直に行動できる思いやりの心。
そしてそうした思いやりの心に触れたことに対して、これも素直に嬉しく感謝に受け止めることのできる心。

人間はこうした思いやりの心と心のキャッチボールで成り立っている・・と思うのです。

人から親切にされると、無性に誰かに話したくなることがあります。

私も、先日ありました。

具合の悪い母を総合病院に連れて行ったとき、正面玄関でまず母を車から降ろし、私はそのまま駐車場へ。
大変広い駐車場なのですが、時間帯のせいもあり、なかなか空いている場所が見つかりません。
玄関で待っている母を早く診療科まで連れて行かなければなりませんですし、気は焦るばかり・・・。
駐車場をぐるぐる回りながら困り果てていると、一人の駐車場整理の男性が近づいて来られました。

「こちらへ来なさい」

と、案内して下さったのは、玄関に一番近い、障害者車両用の駐車場でした。

「ええ!?宜しいんですか??」

と尋ねると、

「いいからいいから、早くここに入れて行ってあげなさい」

と、おっしゃって下さいました。

何度もお礼を言って車をあとにしました。

思いやりの心・・これがあるから人間は素晴らしいのですね。


2005/9/24  14:17

花輪クンにまつわる話  子育てネタ

ここでいう花輪クンとは、勿論、昨日のブログに登場した高1の長女のクラスメイト、獅子舞のヒーローのことである。

自宅のお屋敷の敷地内に、自分だけの一軒家をあてがわれているということで、当然、お金持ちのお坊ちゃまだということは容易に想定できる。

「所詮わがままなお坊ちゃま育ち、甘やかされ放題。どうせろくなもんじゃねえだろ・・」

と、通常は考えがちだ。

が、しかし、長女が言うには・・・

「もう〜〜〜すごいんだよ!! 成績なんていつもトップでさ、信じられないくらい頭良くてさ、しかも野球部なんだけど、バスケも上手いし、サッカーも上手いし、超〜〜〜カッコいいんだから〜〜!! 」

「でさ、中学校のときは生徒会長だったんだよ〜〜〜」

「誰にでも親切で性格いいし、もう最高〜〜〜〜〜〜!! 」

と、賞賛の言葉が並ぶ。

そいつはすごい。確かにすごい。成績優秀、スポーツ万能、性格温厚。確かなリーダーシップ。
言うこと無しです。完璧です。非の打ち所が無いとはこのことです。

が!!

花輪クン、それだけではなかった!!

「でさ、その子ね、中学校で生徒会長やってたとき、校内ただ一人、金髪だったの。」

どっひゃ〜〜〜〜〜〜〜!!

これはもう、完璧を通り越している!!

つまり・・・
その花輪クンは、中学生にして完璧に校則を破っていたわけである。
通常、中学生の金髪なんて、先生から徹底的に排除される運命にあるものだ。
それはもう、金髪というだけで、人格をも真っ向から否定されるくらいの勢いのものである。

がしかし、金髪の花輪クンは、生徒会長に選ばれ立派に任期を全うした。

つまりこれは、花輪クンに、そういった外見的判断を跳ね返すくらいの人格があったということを指し示すに充分余りある事実なのだ。(かなりしつこい表現だ。)

不良・・なんていう言葉はいまや死語かもしれないが、いわゆるその不良、ただのボンクラでふらふらと他人に迷惑ばかり掛けている輩なんてのは、全くもってカッコ悪い。


「世の中のちゃらちゃらした不良ども、よ〜〜く聞け!!
どうせちゃらちゃらすんなら、その格好を周りに認めさせるほどの人格を身に付けろよな!!
おまえらみたいのが、お年寄りに座席を譲ったり、困っている人に手を差し伸べている姿はな、悪いことして他人に迷惑掛けてる時より、よっぽど目立ってカッコいいんだゼ!!」


・・・と、思わず魔邪になりきって、マイクパフォーマンスしたりしたくなるような、花輪クンの逸話であった・・・


2005/9/23  22:14

交渉結果発表〜  子育てネタ

昨夜、いつもよりかなり早め(といっても、21時過ぎ)に帰宅した夫は、珍しく
「今夜はアルコールは飲まんぞ!」
と、いきなり宣言。

へ〜〜〜と思って聞いてみると、どうも長女を迎えに行くことで話がまとまったらしい。

長女はその後、泊まりの交渉をしたらしいのだが、さすがにそれはパパさんに却下されたらしく、

「とにかく何時になってもいいからメールしなさい。すぐ迎えに行くから」

ということらしい。

で、アルコールは我慢のパパさんであった。

何時になるかわからない迎えに備えて、「いったん寝る!」と、さっさとおやすみになるパパさん。

長女からメールが入ってきたのは、深夜一時半ごろであった。

「この、大バカ娘が!! 」
と、なぜか私に怒りをぶちまけて迎えに行くパパさん。

深夜なので車も混んでいなかったらしく、一時間程でパパさんと長女が帰宅。

プンプン怒りながらも、パパさんは再び就寝。
なんてったって、朝は普通に出勤しなくちゃいけませんから〜。

朝、無事に起床してパパさん出勤。

長女が起きてきたのは午後2時頃であった。

「昨夜、パパさんに相当叱られたでしょ?なんて言われた?」
「う〜ん、なんかいっぱい叱られたけど、内容は全部忘れちゃった〜〜」

な、な、なんと!! これぞ馬耳東風、暖簾に腕押し!
全くめげていない貴女の性格が、母は羨ましい。

で、ここらで、昨夜の楽しい想い出を長女に大いに語って頂くこととする。

「獅子舞ってさ、一晩中、一軒ずつ回って行くんだよ〜〜。で、ずっと、友達と一緒に後ついて回ってたの〜」
「へえ〜、ってことは、獅子舞のストーカーやってたってわけね」

「ストーカー??いや〜〜クラスメイトが獅子舞のメンバーでさ、応援に行ってたわけよ。」
「ほう〜、それが彼氏なのね?」

「いえいえ、ただの友達っすよ〜。」
「獅子舞って、どんなドンくさい男の子でも、カッコよく見えるよね。」

「さあ??普段ドンくさい男の子が獅子舞やってるって場面に出会ったことないからわからん。」
「あ、そうか」

「でさ〜、その子の家がすごかった!! 」
「ん?どんなの?」

「あのさ、まさにお屋敷!! でね、同じ敷地内に家が二軒あって、もう1軒って、その子専用の家なんだよ。しかもそれ二階建てでさ、普通に何でも揃ってるんだよ。冷蔵庫に、コンポに、テレビは当たり前!! ベッドなんか、ダブルベッドが二つもあったりしてさ、せこい子供部屋一部屋なんかじゃなくて、まるまる1軒の家がその子専用なんだよ!! 庭なんてのも、果てしなく広いしさ〜。そうそうそれから、Xジャパンのギタリストとおんなじモデルのギターなんてのも置いてあった!!」
「う〜〜〜ん、すごいね〜〜」

「で、部屋に入ったら、テーブルにはご馳走の山があってさ、自由に食べて下さいって言われて、思いっきりご馳走になってきた〜〜」
「ねえ、それって、ちびまる子ちゃんに出てくる花輪君みたいな家じゃないの?ヒデじいみたいな人が、黒塗りの車で送迎とかしてるんじゃない?」

「そうかもしれない。でもヒデじいは見かけなかったな〜。」
  爆笑〜〜!!

・・・・・

父と娘。
母と娘。

我が家では、どうも母だけがいつもオイシイ部分を頂いているようで・・・


2005/9/22  21:58

交渉マニュアル伝授??  子育てネタ

昨夜の夕食時、高1の長女との会話。

「ママ、明日パパの帰りどうなりそう?」
「どうなりそうって?」

「早いか遅いかだよ〜」
「さあ〜〜〜〜〜〜?お、また何か企んでるの?(笑)」

「いえいえ、企んでるっつーかー・・・明日高校の近くでお祭りがあってさ、獅子舞なんか出ちゃうんだよね。だから〜、友達と見てくるんで、帰り遅くなっちゃうんだ〜。」
「え〜、遅くって何時くらい?」

「帰りの電車がさ〜、10時台になっちゃうからさ〜、家着いたら11過ぎそう〜〜〜」
「そりゃ、マズイっしょ。」

「んじゃさ、遅くなると帰り道怖いから、地元の友達んち泊まってきていい?」
「論外!! 」

「あ〜じゃ、泊まるのは諦めるから、パパに遅くなるって言っといて〜〜」
「なんで私が言わないといけないのよ。それじゃ、私が怒られちゃうでしょ〜」


「え〜だってさ、自分で言ったら、パパに絶対反対されるもん。」
「そんなん、ちゃんと自分で言わないと駄目だよ〜。直接言うのがイヤなら、メールでも入れとけば?」

「え〜〜〜〜、メールでも絶対怒られる〜〜〜」
「大丈夫。いつも言ってるでしょ。本当に正当な理由があるのなら、自信を持ってお願いしなさい。熱意と正しい論理があれば、きっと通じるから。」

「え〜〜〜でもなんてメールすればいいの?」
「とにかく真摯な熱意を伝えることね」

「わっから〜〜〜〜ん」
「んじゃ、私が言う通りにメールしなさい。」

「は〜い」


明日の夜、高校の近くの地域では、古くから地元に伝わる伝統芸能「獅子舞」が行われます。
この、自宅から遠く離れた市外の高校に通うことになったのも何かの縁。
めったにないこの機会に、ぜひとも見学したいと思っております。
つきましては、なにぶん夜遅くまでに及ぶ行事、どうしても帰宅が遅くならざるを得ません。
大変ご心配をお掛け致しますが、どうかお許し頂きますよう、宜しくお願い致します。



「え〜〜〜〜〜??キモ〜〜〜〜〜〜〜〜イ!! こんなメール打てんわ〜〜!! 」

「いいですか、人にお願いするとはこういうことです。ちゃんと筋道通して、納得させなくちゃいけません。パパの許可をもらいたいのなら、これくらいのメール打てないでどうするんですか。はい、打って、打って!! 」

「しぶしぶ・・・」

・・・さて、今朝、長女は元気に学校へ。(しかも朝6時24分の始発で)

昨夜、パパさんからどんな返事が返ってきたのかは聞いていないが、後は自力で何とかしてちょ。携帯奪還大作戦大作戦結果発表〜、思い出してネ。

これも人生を賢く生きるための勉強・・なのだ。


2005/9/22  0:13


いよいよ新学期が始まり、今日は半蔵のクラスの学級長を決める日だった。

前期の学級長は、自分の意見に逆らう奴は徹底的に仲間はずれにする・・なんてことは朝飯前の奴だった。
半蔵は学級長があまりにも一方的な意見を押し付けてくるので、もっとよく考えてお互いの良い所悪い所を話し合い、見極めてから決定する方がいいのではないかと思っていた。

が、そんな考えを持っている半蔵は、案の定仲間外れにされた。
でも、どうしても自分が納得がいかないことは認めたくない半蔵は、これからも自分の考えを大切にする固い決心をした。

今日の投票で半蔵は、自分の名前を書こうかと思った。

結果は、圧倒的多数の票を集めて、学級長の続投に決定した。

学級長は言った。
「今まで僕に反対だった奴でも、今日、僕に投票してくれた奴は、これから僕の考えた学級目標に向かって努力してくれたら、また仲間に入れてあげようかなぁ〜なんて考えてるよ」

半蔵は思った。
「俺は自分が正しいと思ったことを貫き通すんだ。」

教室の座席も隅っこに追いやられてしまったけど、俺は負けない!!

歴史に残る大先輩、チャーチル先輩だって佐藤先輩だってこんな時期はあったのさ。(?)

おっと、言っとくが、俺の名前は造反じゃないぞ、半蔵だ。


RSS1.0