2005/10/31 21:40
女の武器 言葉に想いを込めて
まゆさんから、「イメージバトン」というものを頂きまして〜
頂いたバトンはがっちりキャッチするのが自然の流れ。
受け取ったキーワードの流れを把握しつつ、次なる言葉を連想して、次にバトンを渡していくのですね。
というわけで、早速やらせて頂きましょう。
1.受け取ったキーワード
イギリス→オースティン→サイケ→色→風水→オレンジ→NICE CHOICE→心の栄養→融合→『文化』・『アメリカ』・『決断』→海→ストレス発散→『食う』『寝る』『遊ぶ』→『ライフスタイルに欠かせないもの』→ 『Laugh&Sweet』→『幸せ〜♪』→『Heart』→『ティファニー』→『涙…』→女の武器
2.渡すキーワード
さて、まゆさんから頂いた「女の武器」
ここからイメージする言葉は・・・
では視点を、女がこの武器を使うシチュエーションに置いて想起してみましょう。
大まかに分けると、次のような場面が想定されます。
a.男の愛を奪うとき
b.金や宝石など、高価なモノを奪うとき
c.地位や座を奪うとき
この三つに共通する文字・・それは「奪」
そう、「女の武器」から連想するもの・・それは・・・
「略奪」
女は武器を駆使していろんなものを奪ってゆく。
彼女のいる彼、既婚の男・・どんな障害もタブーも乗り越えて、欲しい男は女の武器でオトす。
女の武器を駆使すりゃ、高級レストランで高級ホテルで高級ブランド店で・・・なんでもホイホイ。
妻の座、彼女の座、高級官僚、トップスター・・女の武器は効果抜群。
が、しかし
武器をもって獲得したモノは、武器が錆付いた途端に、新しい武器を持った別の女に奪われれてしまう運命にあるのだ。
「女の武器」
ひとたび持ったならば、一生研ぎ澄ますことを怠ってはならない。
怠ったところで、武器の威力は一気に消滅する。
武器をもって得たものは、武器をもって奪われる。
そういう仕組みが暗黙のうちに出来上がっているのだ。
女の武器 ⇒ 略奪
ちなみに私は武器は持たない主義でして〜
当然争いごとも大嫌い〜
持つのは誠心誠意、真心のみであります。
(そうか・・だから、この程度なのか・・)
3.渡す人へのメッセージ
さて、次にお渡しするのは3名様ですか。
ブログ友が少ないので如何致そう・・・
ブログリンクさせて頂いている方、丁度3名いらっしゃいます。
ワクイさん、パパさん・・・
そして、憧れのフリージャーナリスト中岡望さん。
なのですが、当然、中岡さんのブログにバトンは有り得ません。(その前に、お渡しする勇気もございません・・)
というわけで、あと一名、コメントを頂いているブロガーから・・
多分、あきさんとねづみさんはワクイさんから続くと勝手に想定致しまして・・
では、久々にRainyLondonさんに飛んでみましょう。
ワクイさん
いつものワクイさんのノリで、よろしくお願い致します。
いえ、従来と全く異なったスタンスでも勿論OKですよ。
パパさん
現在お仕事超多忙中のところ、大変申し訳ありません!!
もしお時間がありましたら、宜しくお願い致します。
RainyLondonさん
軽いジョークでこなすも良し、まじめに取り組むも良し。
臨機応変な知性派 RainyLondonさん、宜しくお願い致します。
さてさて、「略奪」果たしてどう続いて行きますことやら・・・
頂いたバトンはがっちりキャッチするのが自然の流れ。
受け取ったキーワードの流れを把握しつつ、次なる言葉を連想して、次にバトンを渡していくのですね。
というわけで、早速やらせて頂きましょう。
1.受け取ったキーワード
イギリス→オースティン→サイケ→色→風水→オレンジ→NICE CHOICE→心の栄養→融合→『文化』・『アメリカ』・『決断』→海→ストレス発散→『食う』『寝る』『遊ぶ』→『ライフスタイルに欠かせないもの』→ 『Laugh&Sweet』→『幸せ〜♪』→『Heart』→『ティファニー』→『涙…』→女の武器
2.渡すキーワード
さて、まゆさんから頂いた「女の武器」
ここからイメージする言葉は・・・
では視点を、女がこの武器を使うシチュエーションに置いて想起してみましょう。
大まかに分けると、次のような場面が想定されます。
a.男の愛を奪うとき
b.金や宝石など、高価なモノを奪うとき
c.地位や座を奪うとき
この三つに共通する文字・・それは「奪」
そう、「女の武器」から連想するもの・・それは・・・
「略奪」
女は武器を駆使していろんなものを奪ってゆく。
彼女のいる彼、既婚の男・・どんな障害もタブーも乗り越えて、欲しい男は女の武器でオトす。
女の武器を駆使すりゃ、高級レストランで高級ホテルで高級ブランド店で・・・なんでもホイホイ。
妻の座、彼女の座、高級官僚、トップスター・・女の武器は効果抜群。
が、しかし
武器をもって獲得したモノは、武器が錆付いた途端に、新しい武器を持った別の女に奪われれてしまう運命にあるのだ。
「女の武器」
ひとたび持ったならば、一生研ぎ澄ますことを怠ってはならない。
怠ったところで、武器の威力は一気に消滅する。
武器をもって得たものは、武器をもって奪われる。
そういう仕組みが暗黙のうちに出来上がっているのだ。
女の武器 ⇒ 略奪
ちなみに私は武器は持たない主義でして〜
当然争いごとも大嫌い〜
持つのは誠心誠意、真心のみであります。
(そうか・・だから、この程度なのか・・)
3.渡す人へのメッセージ
さて、次にお渡しするのは3名様ですか。
ブログ友が少ないので如何致そう・・・
ブログリンクさせて頂いている方、丁度3名いらっしゃいます。
ワクイさん、パパさん・・・
そして、憧れのフリージャーナリスト中岡望さん。
なのですが、当然、中岡さんのブログにバトンは有り得ません。(その前に、お渡しする勇気もございません・・)
というわけで、あと一名、コメントを頂いているブロガーから・・
多分、あきさんとねづみさんはワクイさんから続くと勝手に想定致しまして・・
では、久々にRainyLondonさんに飛んでみましょう。
ワクイさん
いつものワクイさんのノリで、よろしくお願い致します。
いえ、従来と全く異なったスタンスでも勿論OKですよ。
パパさん
現在お仕事超多忙中のところ、大変申し訳ありません!!
もしお時間がありましたら、宜しくお願い致します。
RainyLondonさん
軽いジョークでこなすも良し、まじめに取り組むも良し。
臨機応変な知性派 RainyLondonさん、宜しくお願い致します。
さてさて、「略奪」果たしてどう続いて行きますことやら・・・
2005/10/30 21:31
子供達との日々 子育てネタ
今日は日ごろサボっている家事をまとめてやらなければ・・・と思っていたところ、3時過ぎから、部活帰りの長女に捕獲(?)され、県内一のショッピングモールへ行ってきました。
以前の私ならば、まずは家事優先で・・だったのですが、最近では、まずは子供の誘い優先へと変化してきました。
それはなぜかと言うと・・・
長男大学4年、長女高校1年、次女中学1年・・・これからどんどん親から離れ、いずれは飛び立っていく子供達、その旅立ちまでの残りの年月がどんどん減少していっていることを実感するからです。
私もこれからますます仕事優先の日々になり、子供達と一緒にいられる時間もそれに伴い減っていくことでしょう。
最近次女が私にしみじみとこう言います。
「幼稚園の頃のママは良かったなぁ・・あの頃のママに戻って〜〜」
と。
そう、あの頃は、次女の幼稚園の送迎バスが帰ってくる2時頃には会社から帰るようにしていましたから、その後の時間は長男や長女が帰るまで、次女と私だけの時間でした。
そんな甘えっこの彼女は、いまだに夜になると私のベッドにもぐり込みます。
「夜中はママを独り占め。でも寝ちゃってるからよくわかんない〜〜。」
なんてことを言っています。
でもそれも後どれだけ続くことか・・・
私はとっても窮屈で、毎日睡眠不足気味になるですが、彼女が自分から「もういいや」と思うまで、こうして一緒に寝てやるのもいいかなと思っています。
長女は長女で、私と二人で買い物に出かけると、必ず腕を絡ませたり手を繋いできたりします。
なんだか私の方が照れくさくなって、何気なく手を離すと、
「あ〜〜ママ、手離しちゃダメでしょ」
なんて言います。
長男は遠方にいますから長期休暇にならないと会えませんが、私の仕事中にいきなり、
「ママにクイズです。カエルは frog ナマズは catfish 。さて、カッパは英語で何と言うでしょう」
なんていうメールを送ってきます。
なぞなぞの天才(?)の私は、当然、
「それは raincoat です」
と、即回答。
「うわ、これ友達に出したら誰も答えられなかったのに、ママすごい!! 」
などと盛り上がったりして・・・
それぞれの子供達、小さい頃はそれなりに大変な毎日だったのですが、今になってようやく気が付くのです、あの日々があったからこそ頂けた現在の幸せなのだなと。
そしてその家族5人の幸せが、決して永遠に続くものではないことも、薄々感じざるを得ないのです。
あと何年か・・・それまでの子供達との日々を大切に、そしてできることなら笑顔で過ごせる時間を多く共有したいと思う私です。
以前の私ならば、まずは家事優先で・・だったのですが、最近では、まずは子供の誘い優先へと変化してきました。
それはなぜかと言うと・・・
長男大学4年、長女高校1年、次女中学1年・・・これからどんどん親から離れ、いずれは飛び立っていく子供達、その旅立ちまでの残りの年月がどんどん減少していっていることを実感するからです。
私もこれからますます仕事優先の日々になり、子供達と一緒にいられる時間もそれに伴い減っていくことでしょう。
最近次女が私にしみじみとこう言います。
「幼稚園の頃のママは良かったなぁ・・あの頃のママに戻って〜〜」
と。
そう、あの頃は、次女の幼稚園の送迎バスが帰ってくる2時頃には会社から帰るようにしていましたから、その後の時間は長男や長女が帰るまで、次女と私だけの時間でした。
そんな甘えっこの彼女は、いまだに夜になると私のベッドにもぐり込みます。
「夜中はママを独り占め。でも寝ちゃってるからよくわかんない〜〜。」
なんてことを言っています。
でもそれも後どれだけ続くことか・・・
私はとっても窮屈で、毎日睡眠不足気味になるですが、彼女が自分から「もういいや」と思うまで、こうして一緒に寝てやるのもいいかなと思っています。
長女は長女で、私と二人で買い物に出かけると、必ず腕を絡ませたり手を繋いできたりします。
なんだか私の方が照れくさくなって、何気なく手を離すと、
「あ〜〜ママ、手離しちゃダメでしょ」
なんて言います。
長男は遠方にいますから長期休暇にならないと会えませんが、私の仕事中にいきなり、
「ママにクイズです。カエルは frog ナマズは catfish 。さて、カッパは英語で何と言うでしょう」
なんていうメールを送ってきます。
なぞなぞの天才(?)の私は、当然、
「それは raincoat です」
と、即回答。
「うわ、これ友達に出したら誰も答えられなかったのに、ママすごい!! 」
などと盛り上がったりして・・・
それぞれの子供達、小さい頃はそれなりに大変な毎日だったのですが、今になってようやく気が付くのです、あの日々があったからこそ頂けた現在の幸せなのだなと。
そしてその家族5人の幸せが、決して永遠に続くものではないことも、薄々感じざるを得ないのです。
あと何年か・・・それまでの子供達との日々を大切に、そしてできることなら笑顔で過ごせる時間を多く共有したいと思う私です。
2005/10/29 20:48
意外な結果 記事・ニュースから思うこと
世の中には、良かれと思ってやってきたことが、実は逆効果だった・・なんてことが結構あるようで・・
今回もひとつガツンとやられましたねぇ・・
京都大保健管理センターの川村孝教授(内科学・疫学)と里村一成助教授(公衆衛生学)らが調査の結果、風邪予防にはヨード液ではなく水うがいが効果的とのこと。
水道水に含まれる微量の塩素が殺菌効果を発揮するのだとか。
検査期間は2003年12月〜2004年3月 一人につき3ヶ月の追跡調査を行っている。
対象は18〜65歳の男女計約400人。
a, 一日3回以上水うがいをする
b. 一日3回以上ヨード液でうがいをする
c .うがいしない
の、3グループに分けた。
一ヶ月に100人中何人が風邪を引いたかに換算するとその結果は・・・
a. 17.0人
b. 23.6人
c. 26.4人
水うがいをすることで、風邪は40%抑えられた。(年齢構成などを考慮して補正)
それに対してヨードうがいは、うがいをしない場合と大差は無かった。
逆に、ヨードうがいの場合、口の中で異物を防ぐ細菌の集まりを壊す恐れもあるという。
ヨードうがいは、風邪をひいたあとの消毒効果はあるかもしれないが、予防効果に関してはあまり力を発揮しないようだ。
また、風邪薬の抗炎症薬(ロキソプロフェン)に関しても、初期の重い症状を和らげる効果は認められたが、投薬しない人に比べ治癒が遅くなる傾向も見られるという意外な結果が出ている。
うがい薬を使ったうがいは、当然水よりは予防効果があると思っていましたので、あの独特な色と香りのヨード液を我慢して使用していたのですが・・・
とりあえず今期からの風邪予防には、簡単な水でいいわけですね。
それにしても・・・
よかれと思っていたことが暗転するとガックリですね。
例えば、ここのところ問題になっているアスベスト。
優秀な断熱・耐火材として引っ張りだこだったものが一転、発病者続出で一気に危険物質としての認識が拡がりました。
また健康食品などの中にも、摂取し続けることで逆に健康を害するものもいくつか確認されています。
その他にも、いろいろ周りを見渡せば、食品や化粧品、洗剤、電磁波・・などなど・・・あらゆるものが不安になってきます。
それも、被害の結果(症状)が現われるのが数年後というものが殆どですから、気付いた頃にはもう手遅れ・・といった可能性も否めません。
今後私達消費者は、それらの商品に対してどう判断すべきか。
宣伝やマスコミに簡単に踊らされることなく、「それは果たして本当なのか?」と、常に問いかけ、正しい知識を得る努力を怠らないこと以外に方法は無いのかもしれませんね。
今回もひとつガツンとやられましたねぇ・・
京都大保健管理センターの川村孝教授(内科学・疫学)と里村一成助教授(公衆衛生学)らが調査の結果、風邪予防にはヨード液ではなく水うがいが効果的とのこと。
水道水に含まれる微量の塩素が殺菌効果を発揮するのだとか。
検査期間は2003年12月〜2004年3月 一人につき3ヶ月の追跡調査を行っている。
対象は18〜65歳の男女計約400人。
a, 一日3回以上水うがいをする
b. 一日3回以上ヨード液でうがいをする
c .うがいしない
の、3グループに分けた。
一ヶ月に100人中何人が風邪を引いたかに換算するとその結果は・・・
a. 17.0人
b. 23.6人
c. 26.4人
水うがいをすることで、風邪は40%抑えられた。(年齢構成などを考慮して補正)
それに対してヨードうがいは、うがいをしない場合と大差は無かった。
逆に、ヨードうがいの場合、口の中で異物を防ぐ細菌の集まりを壊す恐れもあるという。
ヨードうがいは、風邪をひいたあとの消毒効果はあるかもしれないが、予防効果に関してはあまり力を発揮しないようだ。
また、風邪薬の抗炎症薬(ロキソプロフェン)に関しても、初期の重い症状を和らげる効果は認められたが、投薬しない人に比べ治癒が遅くなる傾向も見られるという意外な結果が出ている。
うがい薬を使ったうがいは、当然水よりは予防効果があると思っていましたので、あの独特な色と香りのヨード液を我慢して使用していたのですが・・・
とりあえず今期からの風邪予防には、簡単な水でいいわけですね。
それにしても・・・
よかれと思っていたことが暗転するとガックリですね。
例えば、ここのところ問題になっているアスベスト。
優秀な断熱・耐火材として引っ張りだこだったものが一転、発病者続出で一気に危険物質としての認識が拡がりました。
また健康食品などの中にも、摂取し続けることで逆に健康を害するものもいくつか確認されています。
その他にも、いろいろ周りを見渡せば、食品や化粧品、洗剤、電磁波・・などなど・・・あらゆるものが不安になってきます。
それも、被害の結果(症状)が現われるのが数年後というものが殆どですから、気付いた頃にはもう手遅れ・・といった可能性も否めません。
今後私達消費者は、それらの商品に対してどう判断すべきか。
宣伝やマスコミに簡単に踊らされることなく、「それは果たして本当なのか?」と、常に問いかけ、正しい知識を得る努力を怠らないこと以外に方法は無いのかもしれませんね。
2005/10/28 22:47
句作は苦作 子育てネタ
我が家の子供達は、それぞれ小学校の時の宿題に、俳句を考えてくるというのがありまして、長男の通っていた東京の小学校では毎日一句、また長女や次女が通っていた地元の小学校では、休日の間に10句ほど考えてくるというようなものでした。
毎日一句もきついですが、休日に10句というのもかなり過酷です。
我が家の3人の子供達は、それぞれみんな俳句が大の苦手で、当然その役回りは私に・・・
が、しかし、実は私も俳句が苦手でして・・・
何しろ季語に加えて5・7・5、これだけで表現しなければならないわけですから、相当窮屈です。
私の小学校時代は詩の全盛期でして、宿題は一日一詩でした。
詩は、俳句に比べますとかなり自由ですから、割と気楽なものです。
で、私は無い知恵を絞りつつ、子供達の句作に付き合うわけですが、これが本当に大変なのです。
まず、俳句とは何ぞやと考えてみるに、やはり何かに感動したり心奪われたり・・・と、そのようなシチュエーションが必要なわけでして、
大体通常の生活をしてる中、俳句にしたくなるような場面などというものにはそうそう出くわさないものです・・・いくら休日と言えど、さすがに10句は・・・
それと、親が考える場合、小学生レベルの俳句とは一体どのようなものなのか?と、はたと考えるのです。
いかにも大人が作りました〜というのはダメですが、かといって、いかにも子供っぽいのも俳句には似つかわしくありません。
そこら辺の兼ね合いが実に難しいのです。
私が思うに、俳句とは後付けの文学ではないかと。
つまり、後から解説を付けてはじめて成り立つ文学・・ということです。
例えば以前のブログに登場させた松尾芭蕉の句、
「閑けさや岩にしみ入蝉の声」
も、解説があって初めて、「おお、なるほど〜素晴らしい句だ」と思えるわけです。(私だけですか??)
そしてこれは、芭蕉だからこそ称賛されるわけでして、小中学生がたまたまそれと同じレベルのものを作ってしまっても、さほど世間には受け入れられないかもしれません。
・・・というわけで、長男が小学生のときに作ってやった俳句のひとつがこれです。
木枯らしに 吹かれて今朝も 遅刻かな
<解説>
寒い冬の朝、ついつい寝坊してしまった僕。
急いで家を飛び出し学校へ向かう。
学校の近くの通学路には、もはやもう誰も歩いていない。
ああ今日も遅刻だ・・・冷たい木枯らしが、僕の体を突き抜ける・・・
一見ウケ狙いのような俳句でも、後付け解説で、ここまでレベルアップ(?)です。
ま、これくらいなら、小学生らしい句・・でしょ?
長男はこの句が非常に気に入っていて、中学二年の時もこの句を提出していました。(こんなんで大丈夫だったの??)
これは、句作でも苦作でもない、まさに苦策でした・・
毎日一句もきついですが、休日に10句というのもかなり過酷です。
我が家の3人の子供達は、それぞれみんな俳句が大の苦手で、当然その役回りは私に・・・
が、しかし、実は私も俳句が苦手でして・・・
何しろ季語に加えて5・7・5、これだけで表現しなければならないわけですから、相当窮屈です。
私の小学校時代は詩の全盛期でして、宿題は一日一詩でした。
詩は、俳句に比べますとかなり自由ですから、割と気楽なものです。
で、私は無い知恵を絞りつつ、子供達の句作に付き合うわけですが、これが本当に大変なのです。
まず、俳句とは何ぞやと考えてみるに、やはり何かに感動したり心奪われたり・・・と、そのようなシチュエーションが必要なわけでして、
大体通常の生活をしてる中、俳句にしたくなるような場面などというものにはそうそう出くわさないものです・・・いくら休日と言えど、さすがに10句は・・・
それと、親が考える場合、小学生レベルの俳句とは一体どのようなものなのか?と、はたと考えるのです。
いかにも大人が作りました〜というのはダメですが、かといって、いかにも子供っぽいのも俳句には似つかわしくありません。
そこら辺の兼ね合いが実に難しいのです。
私が思うに、俳句とは後付けの文学ではないかと。
つまり、後から解説を付けてはじめて成り立つ文学・・ということです。
例えば以前のブログに登場させた松尾芭蕉の句、
「閑けさや岩にしみ入蝉の声」
も、解説があって初めて、「おお、なるほど〜素晴らしい句だ」と思えるわけです。(私だけですか??)
そしてこれは、芭蕉だからこそ称賛されるわけでして、小中学生がたまたまそれと同じレベルのものを作ってしまっても、さほど世間には受け入れられないかもしれません。
・・・というわけで、長男が小学生のときに作ってやった俳句のひとつがこれです。
木枯らしに 吹かれて今朝も 遅刻かな
<解説>
寒い冬の朝、ついつい寝坊してしまった僕。
急いで家を飛び出し学校へ向かう。
学校の近くの通学路には、もはやもう誰も歩いていない。
ああ今日も遅刻だ・・・冷たい木枯らしが、僕の体を突き抜ける・・・
一見ウケ狙いのような俳句でも、後付け解説で、ここまでレベルアップ(?)です。
ま、これくらいなら、小学生らしい句・・でしょ?
長男はこの句が非常に気に入っていて、中学二年の時もこの句を提出していました。(こんなんで大丈夫だったの??)
これは、句作でも苦作でもない、まさに苦策でした・・

2005/10/27 21:50
金さえあれば??保釈金の不思議 記事・ニュースから思うこと
覚せい剤取締法違反(使用・所持)の罪で起訴された元民主党衆院議員小林憲司被告(41)が、10月24日、保釈保証金500万円を納付し保釈されましたが、こういったニュースを聞くと、お金さえあれば罪から逃れられるのか??と、ついつい思ってしまいます。
保釈金とは、逮捕された犯人が、ある程度捜査が進んだ段階で釈放を求めたときに、逃げも隠れもしないのを約束させる代わりにその担保として裁判所が預かるお金のことなのだそうで、裁判が終わるまでに逃げたり隠れたりしなければ、保釈金は返還されるとのことです。
また、保釈金さえ積めば、誰でも釈放されるのかというと、そうではなく、重罪事件や重罪の前科がある場合、また被害者に復讐するおそれがあるときなどは、保釈を申請しても却下されるとのこと。重罪と言うのがどの程度のものからいうのかは具体的にわかりませんが、今回の例からいって、覚せい剤を所持・使用していたぐらいでは重罪とはならないのでしょう。
またなぜこのような保釈金制度があるのかというと、刑事裁判では「被告人は無罪と推定される」というのが大原則であり、まだ真犯人だと断定されたわけではないからだそうです。
そのようにして身柄の自由を認めることが、正当な弁護活動に資することに繋がるということです。
とはいうもの、やはりお金が無いことにはどうにもならないのは事実でして、となるとやはり、お金持ちならば保釈される確立が高いという図式が成り立つのは間違い無いところでしょう。
保釈金は一種の預かり金のようなもので、裁判が終わるまでおとなしくしていれば返還されるということですから、金額が高ければ高いほど被告人を繋ぎとめておくのに効果的なわけで、金額設定は、被告人の経済状況や罪の重さから考慮されるようです。
しかし、保釈請求率は全体の20%程度で、そのうち許可されるのは50%程度だそうです。
ということは、残りの80%は請求無し。
・・・やはりそう簡単には出せる金額ではないということなのでしょう。
政治家の方々は、ちょくちょく逮捕されますが、保釈金の道がありますから、結局のところあまり痛くはないのかもしれません。
たとえ逮捕されたとしても、また選挙に出れば当選してしまう不思議な現象も多々ありますし・・・
一般人の場合ですと、一度でも逮捕歴があると社会の受け入れが相当厳しくなるものですが・・・
不思議ですね・・・
※余談ですが、報道などで「小林元議員を保釈」なんて出ていたりしますが、小林 元(こばやし もと)議員は、民主党(参議院選挙区・茨城県)に実在されているようでして、さぞかしご迷惑でしょうねぇ・・
保釈金とは、逮捕された犯人が、ある程度捜査が進んだ段階で釈放を求めたときに、逃げも隠れもしないのを約束させる代わりにその担保として裁判所が預かるお金のことなのだそうで、裁判が終わるまでに逃げたり隠れたりしなければ、保釈金は返還されるとのことです。
また、保釈金さえ積めば、誰でも釈放されるのかというと、そうではなく、重罪事件や重罪の前科がある場合、また被害者に復讐するおそれがあるときなどは、保釈を申請しても却下されるとのこと。重罪と言うのがどの程度のものからいうのかは具体的にわかりませんが、今回の例からいって、覚せい剤を所持・使用していたぐらいでは重罪とはならないのでしょう。
またなぜこのような保釈金制度があるのかというと、刑事裁判では「被告人は無罪と推定される」というのが大原則であり、まだ真犯人だと断定されたわけではないからだそうです。
そのようにして身柄の自由を認めることが、正当な弁護活動に資することに繋がるということです。
とはいうもの、やはりお金が無いことにはどうにもならないのは事実でして、となるとやはり、お金持ちならば保釈される確立が高いという図式が成り立つのは間違い無いところでしょう。
保釈金は一種の預かり金のようなもので、裁判が終わるまでおとなしくしていれば返還されるということですから、金額が高ければ高いほど被告人を繋ぎとめておくのに効果的なわけで、金額設定は、被告人の経済状況や罪の重さから考慮されるようです。
しかし、保釈請求率は全体の20%程度で、そのうち許可されるのは50%程度だそうです。
ということは、残りの80%は請求無し。
・・・やはりそう簡単には出せる金額ではないということなのでしょう。
政治家の方々は、ちょくちょく逮捕されますが、保釈金の道がありますから、結局のところあまり痛くはないのかもしれません。
たとえ逮捕されたとしても、また選挙に出れば当選してしまう不思議な現象も多々ありますし・・・
一般人の場合ですと、一度でも逮捕歴があると社会の受け入れが相当厳しくなるものですが・・・
不思議ですね・・・
※余談ですが、報道などで「小林元議員を保釈」なんて出ていたりしますが、小林 元(こばやし もと)議員は、民主党(参議院選挙区・茨城県)に実在されているようでして、さぞかしご迷惑でしょうねぇ・・
2005/10/26 21:31
続 障害のある子供を授かるということ 子育てネタ
実は昨日は自分の言いたいことの半分しか言えていませんでした。
残りの半分は、社会に対してのことです。
先日、会社帰りの道でのこと。
信号待ちする私の車の横を何かが通りました。
見るとそれは電動車椅子でした。
そしてそれに乗っていたのは、我が家の長男と同じくらい・・多分20歳前後の・・若い男性でした。
彼の髪は、いい具合のブラウンにカラーリングされ、ヘアーワックスのようなものでトップを適度に散らしたお洒落なスタイルでした。
服装も、そのまま彼女と手を繋いでデートしてもいいくらいの、若者らしい爽やかな出で立ちでした。
その外見から、電動車椅子に乗っていることが不思議なくらいの彼でしたが、足は萎縮しているようで、申し訳程度にくっついているような状態でした。
多分先天性のものなのでしょう。
で、その彼を見て私は、信号が青に変わるまでの時間、ついつい見とれてしまいました。
カッコ良かったのです。
すごく。
それは、顔の造作が良いとかといった意味のことではなく、彼がとても自然にその場に溶け込んでいたことが。
悲壮感や卑屈など微塵も無い、ただ普通の一人の人間として、お洒落に気を使う年頃の若者の一人として、何の違和感も無く街に出て、横断歩道を渡って・・・
そんな彼がとてもカッコ良く、きらめいていたのです。
また、別の道でいつもすれ違う女の子は、微笑んでいます。
顔がいつも笑顔なのです。
多分知的障害があるのでしょう。
でも彼女はそうやって学校に通うのです。
それは彼女にとって、ごく自然なことなのです。
会社の前の道を毎日通る女性がいます。
まだ20代ぐらいの彼女は、左半身が不自由なようです。
一歩一歩、ゆっくりゆっくり、彼女は歩みます。
体を大きく横に傾けながら、びっこを引き引き・・・
ほんの数メートル歩くのに、何分もかかります。
でも彼女はそうやって毎日通うのです。
それは彼女にとって、ごく自然なことなのです。
そんな彼や彼女達を見ていて思うこと。
それは、障害があるということ、それ自体をクローズアップすることの無意味さです。
主人の親戚に、重度の障害を持った兄弟を引き取って世話をしている女性がいます。
主人の母は、その障害のある男性を指して、「気持ち悪い」と言います。
そして、障害者を引き取っていると、市から結構良い金額の援助が貰えるからいいねなどと言います。
悲しいけれども、これが一般世間の目というものなのです。
健常者が普通で、障害者が異常という世間一般の間違った常識を覆さなければなりません。
それは、障害を障害としてではなく、個性として認め合うことのできる社会を創ることです。
目が大きいとか小さいとか、鼻が高いとか低いとか・・そういった類の、その人独自の個性、障害もまたそれらと同じレベルの個性に過ぎないのです。
障害を個性として認め合うことができたならば、障害のある子供を授かるということは、健常児と同じく、愛すべき天使の訪れに違いないのです。
残りの半分は、社会に対してのことです。
先日、会社帰りの道でのこと。
信号待ちする私の車の横を何かが通りました。
見るとそれは電動車椅子でした。
そしてそれに乗っていたのは、我が家の長男と同じくらい・・多分20歳前後の・・若い男性でした。
彼の髪は、いい具合のブラウンにカラーリングされ、ヘアーワックスのようなものでトップを適度に散らしたお洒落なスタイルでした。
服装も、そのまま彼女と手を繋いでデートしてもいいくらいの、若者らしい爽やかな出で立ちでした。
その外見から、電動車椅子に乗っていることが不思議なくらいの彼でしたが、足は萎縮しているようで、申し訳程度にくっついているような状態でした。
多分先天性のものなのでしょう。
で、その彼を見て私は、信号が青に変わるまでの時間、ついつい見とれてしまいました。
カッコ良かったのです。
すごく。
それは、顔の造作が良いとかといった意味のことではなく、彼がとても自然にその場に溶け込んでいたことが。
悲壮感や卑屈など微塵も無い、ただ普通の一人の人間として、お洒落に気を使う年頃の若者の一人として、何の違和感も無く街に出て、横断歩道を渡って・・・
そんな彼がとてもカッコ良く、きらめいていたのです。
また、別の道でいつもすれ違う女の子は、微笑んでいます。
顔がいつも笑顔なのです。
多分知的障害があるのでしょう。
でも彼女はそうやって学校に通うのです。
それは彼女にとって、ごく自然なことなのです。
会社の前の道を毎日通る女性がいます。
まだ20代ぐらいの彼女は、左半身が不自由なようです。
一歩一歩、ゆっくりゆっくり、彼女は歩みます。
体を大きく横に傾けながら、びっこを引き引き・・・
ほんの数メートル歩くのに、何分もかかります。
でも彼女はそうやって毎日通うのです。
それは彼女にとって、ごく自然なことなのです。
そんな彼や彼女達を見ていて思うこと。
それは、障害があるということ、それ自体をクローズアップすることの無意味さです。
主人の親戚に、重度の障害を持った兄弟を引き取って世話をしている女性がいます。
主人の母は、その障害のある男性を指して、「気持ち悪い」と言います。
そして、障害者を引き取っていると、市から結構良い金額の援助が貰えるからいいねなどと言います。
悲しいけれども、これが一般世間の目というものなのです。
健常者が普通で、障害者が異常という世間一般の間違った常識を覆さなければなりません。
それは、障害を障害としてではなく、個性として認め合うことのできる社会を創ることです。
目が大きいとか小さいとか、鼻が高いとか低いとか・・そういった類の、その人独自の個性、障害もまたそれらと同じレベルの個性に過ぎないのです。
障害を個性として認め合うことができたならば、障害のある子供を授かるということは、健常児と同じく、愛すべき天使の訪れに違いないのです。
2005/10/25 22:03
障害のある子供を授かるということ 子育てネタ
「五体満足であれば良い。」
妊娠が判明してから出産までの間、大概の親がそう願います。
五体満足・・・つまりどこにも障害の無い健常児のことです。
しかし、現実には、何らかの原因で、障害を持ってこの世に生を受けた子供もいます。
染色体異常などがあった場合、殆どは流産という形で自然淘汰されるのですが、それさえも乗り越えて生まれ出づる生命があります。
最近では羊水検査によって、事前に胎児の染色体異常・神経官奇形などの有無を知ることができるようになりました。この検査は羊水穿刺によって得られた羊水中の物質や羊水中の胎児細胞を調べる検査ですが、逆に流産、感染、閉塞症などが起こる危険性(0.3%前後)も伴いますので、通常の妊婦には行わないのが普通です。
障害は、妊娠初期の妊婦の服用薬が原因の場合もあります。
まだ妊娠に気が付かない第7週目あたりまでに服用した薬の一部が、胎児に大きな影響を及ぼす場合があるのです。
となると、障害を持った子供を授かるということは、何も特別なことではなく、むしろ誰にでもありうることと言えそうです。
私の場合は、長男妊娠第2〜4週頃に原因不明の高熱が数日続き、数種類の投薬を受けました。
勿論その時期はまだ妊娠の自覚はありませんから、後から計算してみると丁度その時期だったのです。
解熱剤を始めとして、抗生物質など4種類ぐらい服用したと思います。
その後、解熱回復し、別の体調変化(妊娠)に気が付いた頃は妊娠第7週目頃でした。
周りはあまり喜んでくれませんでした。
特に実家の母には、中絶した方が良いのではないかと言われました。
「奇形児が生まれると困るから」
と言う理由からでした。
つわりも相当ひどく、出血や腹痛も続いていたので、すぐに産婦人科の先生から切迫流産の診断書が出され、会社も休まなければならなくなりました。
絶対安静ということで、とりあえず2週間、実家に戻りずっと寝ていたわけですが、そうしていると、余計につわりがひどくなり、死ぬほど辛いのです。
そんな私を見ては母は言いました。
「つわりがひどいのも、流産しそうなのも、きっと奇形児だから。いっそのこと流した方がいい。」
私は涙が止まりませんでした。
なぜそんなひどいことを言うのか、と。
もし自分が障害のある子供を授かったらどうなるのか。
そのとき浮かんだのは、周りのみんなの悲しむ顔でした。
婚家では迷惑な嫁、実家では恥ずかしい娘、親戚中に噂され、近所では怪奇や哀れみの目で見られ・・・
なぜなんだろう。
たとえ障害を持っていたとしても、自分の下に生を受けて産まれた我が子なのに。
なぜみんな認めようとしないんだろう。
障害を持って産まれた子供を育てるのは確かに大変です。壮絶です。
学校や社会の受け入れも厳しく、親も子も辛い状況に陥ります。
でも。
この世に生まれようとしたエネルギーは、もしかしたら健常児よりも強く逞しいものなのかもしれません。
・・結局、長男は健常児として生まれました。
そして周りから祝福されました。
でも。
「いっそ流した方がいい」
と、言われたこと。
そのときの悔しさ、悲しさは忘れられません。
だから。
私は、もしも私の長男や長女、次女が子供を持つようになったら、
「子供は、あなたを親として選んで生まれてきてくれる、あなたをきっと成長させてくれる大切な授かりもの」
と、教えてやりたいと思うのです。
妊娠が判明してから出産までの間、大概の親がそう願います。
五体満足・・・つまりどこにも障害の無い健常児のことです。
しかし、現実には、何らかの原因で、障害を持ってこの世に生を受けた子供もいます。
染色体異常などがあった場合、殆どは流産という形で自然淘汰されるのですが、それさえも乗り越えて生まれ出づる生命があります。
最近では羊水検査によって、事前に胎児の染色体異常・神経官奇形などの有無を知ることができるようになりました。この検査は羊水穿刺によって得られた羊水中の物質や羊水中の胎児細胞を調べる検査ですが、逆に流産、感染、閉塞症などが起こる危険性(0.3%前後)も伴いますので、通常の妊婦には行わないのが普通です。
障害は、妊娠初期の妊婦の服用薬が原因の場合もあります。
まだ妊娠に気が付かない第7週目あたりまでに服用した薬の一部が、胎児に大きな影響を及ぼす場合があるのです。
となると、障害を持った子供を授かるということは、何も特別なことではなく、むしろ誰にでもありうることと言えそうです。
私の場合は、長男妊娠第2〜4週頃に原因不明の高熱が数日続き、数種類の投薬を受けました。
勿論その時期はまだ妊娠の自覚はありませんから、後から計算してみると丁度その時期だったのです。
解熱剤を始めとして、抗生物質など4種類ぐらい服用したと思います。
その後、解熱回復し、別の体調変化(妊娠)に気が付いた頃は妊娠第7週目頃でした。
周りはあまり喜んでくれませんでした。
特に実家の母には、中絶した方が良いのではないかと言われました。
「奇形児が生まれると困るから」
と言う理由からでした。
つわりも相当ひどく、出血や腹痛も続いていたので、すぐに産婦人科の先生から切迫流産の診断書が出され、会社も休まなければならなくなりました。
絶対安静ということで、とりあえず2週間、実家に戻りずっと寝ていたわけですが、そうしていると、余計につわりがひどくなり、死ぬほど辛いのです。
そんな私を見ては母は言いました。
「つわりがひどいのも、流産しそうなのも、きっと奇形児だから。いっそのこと流した方がいい。」
私は涙が止まりませんでした。
なぜそんなひどいことを言うのか、と。
もし自分が障害のある子供を授かったらどうなるのか。
そのとき浮かんだのは、周りのみんなの悲しむ顔でした。
婚家では迷惑な嫁、実家では恥ずかしい娘、親戚中に噂され、近所では怪奇や哀れみの目で見られ・・・
なぜなんだろう。
たとえ障害を持っていたとしても、自分の下に生を受けて産まれた我が子なのに。
なぜみんな認めようとしないんだろう。
障害を持って産まれた子供を育てるのは確かに大変です。壮絶です。
学校や社会の受け入れも厳しく、親も子も辛い状況に陥ります。
でも。
この世に生まれようとしたエネルギーは、もしかしたら健常児よりも強く逞しいものなのかもしれません。
・・結局、長男は健常児として生まれました。
そして周りから祝福されました。
でも。
「いっそ流した方がいい」
と、言われたこと。
そのときの悔しさ、悲しさは忘れられません。
だから。
私は、もしも私の長男や長女、次女が子供を持つようになったら、
「子供は、あなたを親として選んで生まれてきてくれる、あなたをきっと成長させてくれる大切な授かりもの」
と、教えてやりたいと思うのです。
2005/10/24 21:30
憎しみを消す方法 言葉に想いを込めて
「憎しみを消す方法」というタイトルに惹かれて、ついつい読んでしまった記事があります。
といっても、現在誰を憎んでいるわけでもないのですが、今後決して無いとは言い切れません。
例えば、子供を交通事故で亡くしたとしたら・・・
きっと加害者を憎むでしょう。
自然災害で大切な人を失ったとしたら、きっと天を、そしてままならぬ運命をも憎むかもしれません。
執筆者は宗教評論家のひろさちやさんです。
怪しい宗教団体に洗脳されるのは御免ですが、正しい宗教には心の安らぎがあります。
日本人はえてして宗教全般を胡散臭いものと考えがちですが、正しい宗教を心の拠り所として捉えたならば、人生に於いてかなり有効な役割を果たすものと言えそうです。
前置きが長くなりましたが、その、「憎しみを消す方法」とは何か。
結論から申しますと「明らめること」だそうです。
「あきらめる」を辞書で引くと「諦める」と「明らめる」の二種類が出ています。
前者は、「だめだと思い切ること」とあります。多分誰もが「あきらめる」と言えばこちらを思い浮かべるでしょう。
ところが、もう一方の後者の意味は、「あきらかにする」「はっきりさせる」「さとる」とあります。
つまり、ひろさちやさんがおっしゃる「あきらめる」とは、断念することではなく、物事の真実を明らかにすることなのです。
そこで、ひとつ例を挙げて説明なさっています。
ある仏教学者が隣家から出た火事で、家が焼失し、貴重な蔵書も研究論文も全てが灰になってしまった。
そこで彼は隣家の人を怨み憎しんだ。
ところが彼はふと気が付く、「自分は仏教を学んでいる人間なのに、隣家に腹を立てるのはおかしいのではないか」と。
そこで彼は思うのです。
あの蔵書は隣家の人に「焼かれた」のではなく自分で「焼いた」のだと思えばよいと。
つまり、隣家を憎まないために、全部自分の責任にしようとするわけです。
ところが・・いくら努力しても、そんな風には思えません。
やはり、事実に反することを事実にしようとしても、所詮無理なのです。
ここでその仏教学者は悟ります。
「仏教は二つの極端を離れて中庸を歩めと教えている。焼かれたという被害者意識も、自分の意思で焼いたのだと考えようとするのもどちらも極端である。とすると、焼かれたのでもないし焼いたのでもない、あれはただ焼けたのだと考えるべきだ」・・と。
そうして彼は、自分の蔵書は単に焼けただけだと思うように努力した結果、怨みと憎しみを捨て去ることができた。
・・・ということです。
つまり、仏教では、歪められた見方や間違った見方を離れて、中道の立場に立った真実の見方をして、物事を明らめなさいと教えているのです。
そうすることによって、憎しみやわだかまりを消すことができる・・・
現代はありとあらゆることがストレスとなりうる時代です。
できることなら憎しみの無い、心穏やかな人生を送りたいものですね。
※ ※ ※
ひろさちや
宗教評論家
1936年、大阪府生まれ
東京大学文学部印度哲学科卒業
同大学院印度哲学専攻博士課程修了
1965年から85年まで気象大学校教授
現在、大正大学客員教授をつとめるかたわら、執筆や講演活動とともに、宗派をこえた仏教徒の会「まんだらの会」を主宰する。
著書に『仏教の歴史(全10巻)』(春秋社)、『釈迦とイエス』(新潮社)、『わたしの「南無妙法蓮華経」』『わたしの「南無阿弥陀仏」』『ひろさちやの「道元」を読む』『ひろさちやの「親鸞」を読む』『ひろさちやの「空海」を読む』『ひろさちやの「法然」を読む』(以上、小社刊)ほか多数。
といっても、現在誰を憎んでいるわけでもないのですが、今後決して無いとは言い切れません。
例えば、子供を交通事故で亡くしたとしたら・・・
きっと加害者を憎むでしょう。
自然災害で大切な人を失ったとしたら、きっと天を、そしてままならぬ運命をも憎むかもしれません。
執筆者は宗教評論家のひろさちやさんです。
怪しい宗教団体に洗脳されるのは御免ですが、正しい宗教には心の安らぎがあります。
日本人はえてして宗教全般を胡散臭いものと考えがちですが、正しい宗教を心の拠り所として捉えたならば、人生に於いてかなり有効な役割を果たすものと言えそうです。
前置きが長くなりましたが、その、「憎しみを消す方法」とは何か。
結論から申しますと「明らめること」だそうです。
「あきらめる」を辞書で引くと「諦める」と「明らめる」の二種類が出ています。
前者は、「だめだと思い切ること」とあります。多分誰もが「あきらめる」と言えばこちらを思い浮かべるでしょう。
ところが、もう一方の後者の意味は、「あきらかにする」「はっきりさせる」「さとる」とあります。
つまり、ひろさちやさんがおっしゃる「あきらめる」とは、断念することではなく、物事の真実を明らかにすることなのです。
そこで、ひとつ例を挙げて説明なさっています。
ある仏教学者が隣家から出た火事で、家が焼失し、貴重な蔵書も研究論文も全てが灰になってしまった。
そこで彼は隣家の人を怨み憎しんだ。
ところが彼はふと気が付く、「自分は仏教を学んでいる人間なのに、隣家に腹を立てるのはおかしいのではないか」と。
そこで彼は思うのです。
あの蔵書は隣家の人に「焼かれた」のではなく自分で「焼いた」のだと思えばよいと。
つまり、隣家を憎まないために、全部自分の責任にしようとするわけです。
ところが・・いくら努力しても、そんな風には思えません。
やはり、事実に反することを事実にしようとしても、所詮無理なのです。
ここでその仏教学者は悟ります。
「仏教は二つの極端を離れて中庸を歩めと教えている。焼かれたという被害者意識も、自分の意思で焼いたのだと考えようとするのもどちらも極端である。とすると、焼かれたのでもないし焼いたのでもない、あれはただ焼けたのだと考えるべきだ」・・と。
そうして彼は、自分の蔵書は単に焼けただけだと思うように努力した結果、怨みと憎しみを捨て去ることができた。
・・・ということです。
つまり、仏教では、歪められた見方や間違った見方を離れて、中道の立場に立った真実の見方をして、物事を明らめなさいと教えているのです。
そうすることによって、憎しみやわだかまりを消すことができる・・・
現代はありとあらゆることがストレスとなりうる時代です。
できることなら憎しみの無い、心穏やかな人生を送りたいものですね。
※ ※ ※
ひろさちや
宗教評論家
1936年、大阪府生まれ
東京大学文学部印度哲学科卒業
同大学院印度哲学専攻博士課程修了
1965年から85年まで気象大学校教授
現在、大正大学客員教授をつとめるかたわら、執筆や講演活動とともに、宗派をこえた仏教徒の会「まんだらの会」を主宰する。
著書に『仏教の歴史(全10巻)』(春秋社)、『釈迦とイエス』(新潮社)、『わたしの「南無妙法蓮華経」』『わたしの「南無阿弥陀仏」』『ひろさちやの「道元」を読む』『ひろさちやの「親鸞」を読む』『ひろさちやの「空海」を読む』『ひろさちやの「法然」を読む』(以上、小社刊)ほか多数。
2005/10/23 20:56
PROACTモデル 仕事ネタ
意思決定とは、「いくつかの行動の選択肢の中から、そのひとつの行動を選択するプロセスのこと」と定義されます。
優れた意思決定をすることは、日常生活においては勿論のこと、政治、経済、そしてあらゆるビジネス・シーンにおいて重要なことです。
この意思決定をどうやってすべきかを示してくれるのが、PROACT モデルです。
PR は Problem (問題) O は Objectives (目標)
A は Alternatives (選択肢) C は Consequences(帰結) T は Trade-offs (トレードオフ)
を指します。
例えば、有名メーカー食品に異物が混入したといった苦情が寄せられ、その事実が判明した場合、
Problem (問題)
有名ブランドに傷がついた
Objectives (目標)
消費者の信頼を回復する
Alternatives (選択肢)
a、メディアを使い、他の商品には混入しておらず安全だということをアピールする。
b、全商品を回収し、今後異物が絶対に混入しないラインを構築し、新たに製造販売する。
Consequences(帰結)
a、短期間に低予算で消費者の信頼が回復できる。
b、消費者の信頼が回復し、事件の再発を防ぐことができる。
Trade-offs (トレードオフ)
a、再度異物が混入する恐れがある。
b、短期的に多大な損失が発生する。
こうしてPROACT モデルに当てはめることで、複雑な意思決定もそのプロセスが容易になってきます。
ちなみに、国内で発生したいくつかの同様の件を当てはめてみますと、Alternatives (選択肢)で、b を選んだ企業は、短期的には大きな支出を強いられますが、結果的には消費者の安全と信頼を最優先したことで、さらなる信頼を得る結果となります。
また某車メーカーは a を選択したことで、結果的に欠陥車を続出し、消費者の信頼回復に苦労することになります。
さて、今度は、このPROACT モデルに、小泉首相の靖国参拝の意思決定を当てはめてみましょう。
複雑な意思決定でも、これに当てはめればそのプロセスは容易になるはずです。
が、残念ながらPROACT モデルは、どうやって意思決定をすべきかを示してはくれますが、どんな意思決定をすべきかは示してはくれません。
優れた意思決定をすることは、日常生活においては勿論のこと、政治、経済、そしてあらゆるビジネス・シーンにおいて重要なことです。
この意思決定をどうやってすべきかを示してくれるのが、PROACT モデルです。
PR は Problem (問題) O は Objectives (目標)
A は Alternatives (選択肢) C は Consequences(帰結) T は Trade-offs (トレードオフ)
を指します。
例えば、有名メーカー食品に異物が混入したといった苦情が寄せられ、その事実が判明した場合、
Problem (問題)
有名ブランドに傷がついた
Objectives (目標)
消費者の信頼を回復する
Alternatives (選択肢)
a、メディアを使い、他の商品には混入しておらず安全だということをアピールする。
b、全商品を回収し、今後異物が絶対に混入しないラインを構築し、新たに製造販売する。
Consequences(帰結)
a、短期間に低予算で消費者の信頼が回復できる。
b、消費者の信頼が回復し、事件の再発を防ぐことができる。
Trade-offs (トレードオフ)
a、再度異物が混入する恐れがある。
b、短期的に多大な損失が発生する。
こうしてPROACT モデルに当てはめることで、複雑な意思決定もそのプロセスが容易になってきます。
ちなみに、国内で発生したいくつかの同様の件を当てはめてみますと、Alternatives (選択肢)で、b を選んだ企業は、短期的には大きな支出を強いられますが、結果的には消費者の安全と信頼を最優先したことで、さらなる信頼を得る結果となります。
また某車メーカーは a を選択したことで、結果的に欠陥車を続出し、消費者の信頼回復に苦労することになります。
さて、今度は、このPROACT モデルに、小泉首相の靖国参拝の意思決定を当てはめてみましょう。
複雑な意思決定でも、これに当てはめればそのプロセスは容易になるはずです。
が、残念ながらPROACT モデルは、どうやって意思決定をすべきかを示してはくれますが、どんな意思決定をすべきかは示してはくれません。
2005/10/22 23:51
高校保護者研修会 子育てネタ
今日は午後から、長女の高校の保護者研修会でした。
内容は、一年生の最近の様子や、10月末までに決定しなければいけない文系理系コースの選択についてなどです。
長女の学年は、成績の幅の上下の差が非常に大きいそうで、トップクラスは東大京大レベル。しかし下位は基礎も危ういような状態で、先生方が指導に大変苦労なさっているようでした。
我が娘は、勿論底辺の存在ですから、さぞかし先生方を手こずらせていることでしょう。それでも一生懸命対応下さっている様子が伺え、大変感謝でした。
昨年度のある卒業生は、入学時に最下位だったのが、卒業時にはトップなり、見事難関国立大学に合格されたとかで、先生方の諦めないご指導の賜物なのでしょう。
それは、底辺の我が家の長女でも、彼女なりに一生懸命諦めずに勉強している姿からも窺えます。
・・・と、それよりも、私が今回研修会に出席したのは、ひとつ先生にお礼が言いたいことがあったからです。
それは、先日のことなのですが、長女が朝、登校の際、電車の中に携帯を置き忘れたとのことで、そのとき担任の先生が迅速に駅に電話を掛けて下さり、夕方には無事長女の手に戻るという事件があったのです。
私は夕方、駅からの「お嬢さんの置き忘れた携帯の届出がありました」
という電話で初めてそのことを知ったのです。
長女がすぐに先生に相談して、先生がそれに答えて早く対処して下さったことが、とても嬉しく感じられました。
これは、先生との信頼関係がきちんとできているからこそのことだと思うからです。
生徒が、困ったことを安心して相談できる先生、そして先生が朝の忙しい時間にも関わらず、きちんと対応して下さる・・
当たり前のことなのかもしれませんが、こういったことができない関係も多いように思います。
ということで、先生には心からお礼を言わせて頂きました。
先生も、「あの時は無事に見つかって本当に良かったですネ。」と、ニッコリなさいました。
う〜ん、長女は良い先生に恵まれて、幸せな奴だ。
冷たい雨が降る寒い一日でしたが、心の中は暖かく、嬉しい午後でした。
内容は、一年生の最近の様子や、10月末までに決定しなければいけない文系理系コースの選択についてなどです。
長女の学年は、成績の幅の上下の差が非常に大きいそうで、トップクラスは東大京大レベル。しかし下位は基礎も危ういような状態で、先生方が指導に大変苦労なさっているようでした。
我が娘は、勿論底辺の存在ですから、さぞかし先生方を手こずらせていることでしょう。それでも一生懸命対応下さっている様子が伺え、大変感謝でした。
昨年度のある卒業生は、入学時に最下位だったのが、卒業時にはトップなり、見事難関国立大学に合格されたとかで、先生方の諦めないご指導の賜物なのでしょう。
それは、底辺の我が家の長女でも、彼女なりに一生懸命諦めずに勉強している姿からも窺えます。
・・・と、それよりも、私が今回研修会に出席したのは、ひとつ先生にお礼が言いたいことがあったからです。
それは、先日のことなのですが、長女が朝、登校の際、電車の中に携帯を置き忘れたとのことで、そのとき担任の先生が迅速に駅に電話を掛けて下さり、夕方には無事長女の手に戻るという事件があったのです。
私は夕方、駅からの「お嬢さんの置き忘れた携帯の届出がありました」
という電話で初めてそのことを知ったのです。
長女がすぐに先生に相談して、先生がそれに答えて早く対処して下さったことが、とても嬉しく感じられました。
これは、先生との信頼関係がきちんとできているからこそのことだと思うからです。
生徒が、困ったことを安心して相談できる先生、そして先生が朝の忙しい時間にも関わらず、きちんと対応して下さる・・
当たり前のことなのかもしれませんが、こういったことができない関係も多いように思います。
ということで、先生には心からお礼を言わせて頂きました。
先生も、「あの時は無事に見つかって本当に良かったですネ。」と、ニッコリなさいました。
う〜ん、長女は良い先生に恵まれて、幸せな奴だ。
冷たい雨が降る寒い一日でしたが、心の中は暖かく、嬉しい午後でした。
















