2006/2/28  21:11

悩ましきもの・・汝の名は、電子体温計なり  子育てネタ

昨日、新品の電子体温計を頂いた。
夕方、仕事から帰ると、すでに高1長女と中1次女が帰宅していたので、それを何気なく見せると、
「わ〜い、一番〜〜!」
と、実に単純な歓喜の声を上げ、早速長女が脇に挟んだ。

ピッピッピッピ
さて何度でしょう。

「ヤ、ヤバイ・・・37度・・」←長女平熱35度台

え〜〜〜??っと驚き今度は私が測ってみた。

ピッピッピッピ

「え〜〜〜〜!! ウッソ〜・・・37度7分や・・・」

長女も私も発熱している。
信じられない・・・
さっきまで元気に仕事をしていたのに・・・

有り得ない!!
きっと体温計がおかしいんだ。

そこで今度は次女が測ってみることに。

ピッピッピッピ

「私、36度8分だ。」←そのまんま平熱

一気に元気を無くす長女と私。
体温計の数字さえ見なければ、元気なままでいられたのに・・

後悔してももう遅い。
長女はまだ学年末定期考査の真っ最中。
このまま高熱になったら試験が受けられない・・・

「なんだか寒気がしてきた・・もう寝る」
と、すっかり暗くなってしまった長女、早々に就寝。

私も気が重くなった。

そこで、一応別の体温計でも測ってみることにした。

まずテルモ。
「んん??36度4分??」

次にセイコーエプソン。
「お、37度」

もひとつオムロン
「37度2分・・・」

なぜ我が家にこんなに多種の体温計が存在するのか、といった疑問もあるにはあるが、
それよりも何よりも、本当の自分の体温がわからない方が問題だ。

・・電子体温計は曲者だ。
通常約10分はかかる計測を、たったの90秒で予測するというのだから。

電子体温計に内蔵のマイクロコンピューターには、様々な体温測定データが入力してあるそうだ。
そしてこのデータに基づいて、最初の平均90秒間で体温を予測してしまうらしい。

殆どの電子体温計は、『予測式+実測式』タイプで、90秒を過ぎてもそのまま測り続ければ、自動的に実測に切り替わる。
約10分間測れば、実測値が出る。

・・・というわけで、結局10分間測ってみた。

結果、37度3分。予測値の37度7分に比べれば、充分許容範囲だ。←もともと平熱が高め

・・・・・

さて、不安だった長女。
今朝、昨夜と同じ電子体温計で90秒間測ってみたら、34度台だったそうだ。

ああ・・一体どれが真実なのだ・・・
いったいぜんたい、病気なのか健康なのか・・
はしゃいでいいのか、おとなしくしてなきゃいけないのか・・

全てはその数字一つに掛っているというのに

ああ・・電子体温計は、実に悩ましい・・・

2006/2/27  15:48

朝型のノスタルジー  子育てネタ

高1の長女、中1の次女、共に、学年末定期考査真っ最中である。

最近、私が朝フラフラ目覚める頃には、もう二人とも起きていたりする。
特に長女の方は、朝6時台の電車に乗るため、家族中で一番の早起きだ。
何しろ午前3時頃にはもう起きているのだから、とてもかなわない。
その代わり、当然のことながら就寝時間は早い。

なにもそんな馬鹿に早い時間に起きなくても・・・
と、言いかけて、ふと自分の高校時代を思い出した。
・・・・
就寝、午後7時半。
起床、午前3時。

ラジオ放送の「オールナイトにっぽん」が、唯一の勉強の友。
しかもメジャーなDJ目白押しの前半ではなく、マイナーな後半しか聴取できない。

その番組が終わると、「走れ歌謡曲」とかいうトラックの深夜運転手向けかと思われるような放送にスイッチする。
そしてその後、「大学受験ラジオ講座」に突入し、完全な夜明けを迎える。

7時くらいまで勉強をし、朝食後、自転車をかっ飛ばし、登校。
教室にはいつも一番乗り。
朝のホームルームが始まるまで勉強。

・・・というと、とてもよく勉強しているかに見えるが、実際はそうではない。
毎日、課題が全く手付かずの状態で就寝してしまっているので、当日の朝、授業が始まるギリギリの時間まで、ジタバタしなければいけない・・ということに過ぎないのだ。

というわけで、超朝型の日々を過ごしていたわけだが、実はこれが、毎日感動の連続だった。

朝、夜明け前から夜明けにかけて、あたりが、黒から藍、青、そして水色・・と段々に色を変えていく。
太陽が昇る頃、周りは一気に白く輝きだす。

自然の精気を一身に受けながら、
が、しかし、一向に出来上がっていない課題に、相当焦る過酷な時間帯でもある。

・・・なんてことを思い出しながら・・・
なんだか同じような状態にいる長女の姿が、くすぐったいような嬉しいような、なんとも形容しがたいノスタルジックな気分を運んでくれている。

2006/2/26  23:16

ブロ中・メディ中  記事・ニュースから思うこと

「ブロ中」というのがあるそうだ。

これは、「ブログ中毒」の略で、一日中ブログにアップするためのネタばかり考えている人のことらしい。
ブロ中の人は、朝起きて夜寝るまで、食事中も仕事中も、頭の中はブログのネタのことばかりで、モバイルが手放せない。

ブロ中の特徴の一つは、ブログ・ランキングに登録しているということ。
そのため、ランキングのアップ・ダウンも気になって仕方が無い。
如何に読者数を増やすかに頭を悩ませ、記事の選択を吟味している。

そして極め付けは、トラックバックの乱打。
似たようなテーマをアップしているブログを探しまくり、片っ端からトラックバックしていく。

トラックバックは、強制的に自分のブログに向けさせる効果があるので、打てば打つほど、確実にアクセス数は増加するのだろう。

本当にご苦労様なことである。

私は、トラックバックを付るのも付けられるのも、あまり好きではない。
「さあ、オレのブログを見ろ」
と言わんばっかりの強引さが好きになれない。

トラックバックを付けるのなら、付けっぱなしではなく、ちゃんとコメントにトラックバックを付けた主旨を入れるべきだ。
と、私は思っている。

なんでもそうなのだが、やはり「中毒」はいただけない。

また最近は、「メディア中毒」というのもあるそうだ。
「いまどき中学生白書」(魚住 絹代 著 講談社)
の中で取り上げられているのは、ゲーム、メール、ネットといったメディアに、過剰な依存をする中学生の実態と処方箋。

メディア中毒の症状として挙げられるのは、

・時間を決めたのに守れない
・学校のことがおろそかになる
・メディアを家族や友人より優先する
・ウソをついたりごまかしたりする
・ぼんやりして集中力が無い 

などだそうだ。

また、依存するメディアによって、症状にも違いがあるのだそうだ。

ゲーム族・・・注意力散漫、偏食、付き合いが苦手
メール族・・・気まぐれで衝動的、対人恐怖症
ネット族・・・自立能力が高い反面、対人関係に消極的

全般的に、過保護に育った子や否定されて育った子ほど、メディアに走りやすい。
とのこと。

全国の中学生や保護者ら3500人余りのアンケートから明らかになった結果は、少年少女のメディアへの過剰依存が、心の成長に多大な阻害が出るということ。

便利さや楽しさも、中毒にまで至ると恐い。

子どもの場合は、親にも責任がある。
どのように対処したらよいのか。

親が自分の思いを優先して子育てをしていなかったか、
「子どもの人生の主人公の座を、子ども自身に戻してやること」
が大切とのことだ。

我が家に関して言えることは、まず、親自身が見本として、メディアとの上手い付き合い方を見せることだと思う。
そして子どもの様子をきちんと把握すること。
これら以外に子ども達を中毒から守る方法は無いように思う。

(親自身が中毒になっていたのでは、シャレにもならん。
のである。)

2006/2/25  23:44

二つの葬儀  言葉に想いを込めて

先週、今週と、続けて葬儀に参列致しました。
先週は100歳近い祖母の葬儀。
今週は知人のご主人様の葬儀。

確かに、100歳近くまで生きることが出来れば、天寿を全うしたということで、おめでたいとも言えるのかもしれませんが、やはり人の死というのは重いもの。
特に親族にとっては、何歳であろうとも、永遠の別れは淋しいものです。

私も親族の一員としての参列でしたが、さすがに100年近くまで長く人生を積み重ねてくると、その親族の数は膨大なもので、外孫、内孫、曾孫(ひまご)、玄孫(やしゃご)、それぞれの連れ合いなどなど、親族だけで席が埋まるのではないかという程でした。

当然のことながら、初めてお会いする方々が大多数で、こうして一堂に会する状況の中、一人の故人が取り持つ不思議な縁(えにし)を感じずにはおれませんでした。

一方、知人のご主人様のご葬儀は、やはり同じ年代ということもあり、心中を察するに余りあるものでした。

ご主人様はまだ40代で、高校生、中学生、幼稚園と、未成年のお子様方三人も残されての、突然の死でした。
特に、まだ小さいお子様が、小さな手を合わせて焼香しておられる姿には、大変心が痛みました。

喪主である奥様は、ずっと泣いておられましたが、人の命の儚さを思うと、とても人ごととは思えません。
これから先のことを考えると、泣いてばかりもいられないとは思いますが、泣けるときは思いっきり泣いた方がいいのです。

重く長い時間が流れ、壊れそうになりながらも、それでも残された家族は日々生きていかなければならない・・・

「どうかお体にお気をつけて・・・」

奥様には、そう声を掛けるのが精一杯でした。

死は誰にでも、いつか必ずやってくる。
けれども、その命は、限りなく重い。

あらためてそう感じた二つの葬儀でした。

2006/2/24  23:21

めまいよ、今朝はありがとう〜  恐怖・悲哀体験

やっぱり夜は早く寝るに限る。
せめて、午前0時前には寝よう。
うん、それなら疲れは溜まらん。
めまいも軽快、軽快〜

・・・と思った。

昨夜、久しぶりに早くベッドに入ってみた。

・・・眠れん・・・眠れん・・・
ああ・・・眠れん・・・・

そうこうしているうちに、時計の針はすでに午前0時を回った。

(なんや、結局いつもと一緒やん)

が、ここからがいつもと違っていた。

眠れんのだ。
いつまで経っても。

なんだか不安で不安で仕方が無い。
もしかしたら、明日も朝、めまいがして起き上がれないんじゃないだろうか・・
またそのまま寝たきりになっちゃうんじゃないだろうか・・・
そしたら仕事はまた溜まる一方だ。
どうしよう、どうしよう・・・

そう考えていると、不安で不安で眠れないのだ。

時計は午前三時を指している。

(ああ、どうしよう、これじゃあ逆にいつもより睡眠不足になってしまう・・・)

・・・っと、しばらくしてふと隣を見ると・・・

おおおおお〜〜〜〜〜〜〜!!

すぐ隣に、タッキーが寝とるやないの!!

同じ布団の中だよ。
しかも、タッキーだよ。

この衝撃的事実を、今日の夕食時、高1長女と中1次女に話してみた。

「ええええええ???タッキーって誰よ!! 」

ん?タッキーってさ、勿論、ほれ、ジャニーズの滝沢君よ。

「えええええ???なんでタッキーがママの布団の中にいるのよ!!! 」

さ、さあ・・・一体なんでだろうねぇ??・・・

・・・・・・・

本当になんでだかわからない。
少年愛(?)の趣味は無い。・・はずだ。

これもめまいの成せる業なのか??

いや、それにしても、実にリアルで暖かい明け方であった。

今朝のめまいは、思いっきり許せた。

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2006/2/23  20:32

グルグル再来 最終コーナー  恐怖・悲哀体験

久々にPCから投稿。
やっぱりこの方が楽だ。

結局、月曜日からまる三日も会社を休んでしまったわけで、もうこれ以上は許されない。
とにかく後は気合しかない。

昨日から吐き気も治まったし、ぐわ〜〜〜〜〜んといきなり回り出す感覚も、弱まった。

しかし、やはり朝の目覚めの瞬間は不安なもので、恐る恐る、徐々に徐々に、騙し騙し起き上がるといった感じ。
何とか起き上がり、しばしベッドの端に腰掛けたまま様子を見る。

今朝の気分は・・・

「倉木麻衣とクラーク博士が、手を繋いで踊っている」

といった感じ。
暗きめまいがクラークラ〜・・・っと・・・

ま、これくらいのめまいなら想定内、許容範囲だ。
何しろ、今日の午前中が締め切りの、某大型物件請求書を提出しなければならない。
請求書を出さねば入金が無い。経済社会の掟だ。
これが締め切りに間に合わないと、来月の資金繰りに狂いが出る。

そして何よりも問題なのは、弱小企業ゆえの人材の少なさ。
請求書の入力と出力が出来るのが唯一私だけ、というのが実に心細い。
実は、これには常に不安を抱いていた。
でも誰もやり方を覚えようとしない。
その時はその時さ、という周りの気楽さが、かえって恐ろしい。
(私は、死んでも会社に行かなきゃいけないのかもしれない・・という一抹の不安。)

会社でPCに向かう。

やはり頭の中が冴えない。
あんまり頭を動かせない。
なんだかクラクラする。

しかし、これって、病み上がりのクラクラ感と思えばごく普通のことだ。
体は本調子ではないが、吐き気が無いし、ちゃんと目を開けていられるってことは幸せなことだ。

また徐々に回復していくはずだ。

しかし、こんなことが毎月起こったら堪らんなぁ・・・

何とかせねば・・・
でも一体何をすれば良いのやら・・・

思いっきりサボって、早寝に徹するか・・
(やっぱ、この際、チャン・ツィーイ狙いでいこう。)

2006/2/22  14:31

ぐるぐる再来 3  恐怖・悲哀体験

今日も休んでいる。

昨日までと違うのは、吐き気がかなり治まってきたということ。同じぐるぐるでも、回転数と速度が緩やかになってきているような気がする。

吐き気がなければ、多少の無理もきく。ありがたや、ありがたや。

昨日までの最大の恐怖は、実はトイレへ行くことだった。こればっかりは、誰にも代わっちゃ貰えない。

ますベッドから下りることが出来ない。
足だけぶらんと下ろしては
「ああ、ダメだ、ダメだ」
と引っ込める。
回転と吐き気の嵐が襲ってくるのだ。

そういう試みを幾度か繰り返し、ようやくわずかなチャンスを見い出す。

といってもまともに立ち上がれるわけもなく、頭のブレを最小限に抑えるため、しゃがみ込んだまま、足と手を床に付け、ほんの数センチずつ床を擦りながら移動する。

目を開けると一気に回転数が増すので90パーセント、手探り状態。

その間、襲い来る吐き気を、吐く直前ギリギリのラインで耐えしのぐ。吐けばそれだけ体力を消耗してしまうので、どうしても避けねばならないのだ。

往路、途中で引き返そうにも引き返せず、なんとか数センチずつでも前に進み、ようやく辿り付く。

ホッとする間も無く、今度は復路が待っている。吐き気はマックスだ。

究極のピンチに、思わず自分で自分を励ます。

「もう少しだ、もう少しだ」
「もう少しだから、ゆっくりゆっくり、少しずつでいいから、ゆっくりと・・」
なんとか手探りでベッドに辿り付き、枕にゆっくり頭を下ろす頃には、全身油汗がたら〜り。

はあ〜〜・・
なんで薬が出ないのよう〜

前回診察を受けた、20代とおぼしき脳神経外科の男性医師の言葉が頭の中にリフレインする。

「はい、これは薬は必要ありません。休んでいれば自然に治りますからね」

滑舌良くそう言われたんじゃあ、何にも言えねぇ。

多分、この若い医師は、めまいの経験が無いのだ。

「寝ていても天井がぐるぐる回って吐き続けるような状態でしたら、その時は救急車で来て下さいね。すぐに点滴しますから」

って・・
そんなになる以前の薬は無いんですかい?!

(病床日記 携帯投稿編)

2006/2/21  17:57

ぐるぐる再来 2  恐怖・悲哀体験

今日も寝たきり。
回復の兆しゼロ。

昨日は飲食がほとんど出来なかったので、さすがにこのままではいけないと思い、ポカリやリンゴなどを少々口にする。

とにかく、何をするにも誰かの助けがないといけないというのは、実に申し訳ないし、情けないし、辛いことである。

なんといっても、自分の体調の悪さが伝わらない、周りに理解してもらえないもどかしさというのは、どんな病にも存在するものだ。

特に、めまいがして起き上がれないなんてのは、元気な人から見れば、ただの甘えに思われるかもしれない。

「どうしてそうなっちゃったの?」

と家族や周りから聞かれても、私だってわからない。
対処療法の薬も無いなんて信じられない。何かあってもよさそうなものだが・・

前回は回復までに三日掛ったので、今回もそれくらいは寝たきりが続くのだろう。

あまりにもしんどいので、試しに酔い止めの薬を飲んでみた。

失敗だった。
余計にクラクラしてきた。
やはり安静に寝ているしかないのか・・

早く立ち直りたい。

(病床日記 携帯投稿編)

※※※※※※※
まゆさん、okanさん、コメントありがとうございます!携帯から拝見しております。本当に力になります。早く復活してお返事入れたい〜と、思っています。皆様も、体調にお気を付け下さいネ。

2006/2/20  16:50

ぐるぐる再来  恐怖・悲哀体験

昨夜から、確かに嫌な予感はあった。
しかし、それが見事に的中しようとは・・

先日の検査結果では、過労に因る突発性めまいとのことで、投薬も無く、ひたすら体を休めるしかないと言われた。

それ以来、体調には気を付けてきたはずだ。

なのに、なのに・・
なんというむごいことだ。
起き上がろうとすると、目の前が真っ暗になり、一気に世界が回り出す。自分の力ではとても止められない。伴う吐き気は怒涛のごとく押し寄せる。

うわ〜〜〜!!

「叫んでも無駄じゃ。」

悪魔が囁く。

ああ・・

(病床日記 携帯投稿編)

2006/2/19  16:10

「さおだけ屋はなぜ潰れないのか」は、なぜ潰れないのか  

昨年2月の初版から早1年。
「さおだけ屋はなぜ潰れないのか」(山田真哉 著 光文社)
が、いまだにビジネス本ランキング上位に食い込んでいる。

タイトルの面白さだけでは、こうはいかない。
一体どこにその秘密が隠されているのだろう。

元来ひねくれものの私は、ランキング上位のものは、逆に読む気が起こらなかったりするので、これも、今まで書店で手に取ろうともしなかった。
しかし、昨年夏に弊社社長が入院した折、取引先の某社長さんがお見舞いついでに持って来て下さり、この本と初対面。

弊社社長は、頂いたその日に即、私に手渡し、
「君が読んで内容を教えてくれ」
と、のたまい、早々に所持権利さえ放棄。

そして自宅放置すること約6ヶ月。
昨日、ようやく日の目を見ることとなった。

この本、
「挫折せずに最後まで読める会計の本」
というのが一つのウリ。

確かに内容はとても簡単で、あっという間に読めた。
テーマごとに身近なエピソードを盛り込んであるため、読者を飽きさせることはない。

これでも一応私は、自社経理と会計を任されたプロなので、専門用語は一切厭わないが、経営者の中には、意外と苦手意識を持った方が多いのは事実。
数字のことは経理担当者や税理士任せといったことが多いようだ。

特に、経理ソフト出現以前の中小企業や個人経営者の数字感覚は、悲惨だったかもしれない。
それが今では、いつでも簡単に財務諸表が取り出せるようになったのだから、これを経営に生かさない手はない。

経理担当者や税理士は、当然のことながら、それら財務諸表の数字を眺めれば、現在会社がどういった状況にあるのか、問題点はどこなのかといったようなことが見えてくる。
が、実際に諸事を決定し、会社を動かしているのは経営者だ。

そのためには、経営者の周りのセンスは勿論有効だが、それよりも何よりも、経営者自身の数字を読み取るセンスを磨いた方が、手っ取り早い。

経営者は忙しい。
とにかく忙しい。
考えることがあり過ぎる。
必要とわかってはいても、今更難解な会計学の本なんて、読む気さえ起こらない。

そこで登場するのが、きっとこの本なのだ。

これだけ売れ続けるということは、それだけ数字の扱いにコンプレックスを持っている経営者が多いということの証拠かもしれない。

とりあえず弊社社長には、早速、現在保管してある不良在庫の処理をして頂き、新たな倉庫の確保や建て増しなどといった無駄な構想を改めて頂かなくては。
しかし、その必要性を実感して貰うには、実際にこの本を読んで頂かないことにははじまらない・・・

とにかく、弊社社長にピッタリの一冊であることは間違いないようだ。

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