2006/5/31  21:35

醜くなる方法  言葉に想いを込めて

自分を醜くする方法はいろいろあるが、心底醜くなりたい場合は、人を憎んだり、怨んだりすれば良い。

誰かを怨みながら、真夜中に五寸釘なんぞを打ち続けていれば、確実に醜くなれる。わざわざ五寸釘を打つのが面倒なら、常に誰かの不幸を願っているだけでも十分効果がある。短期間にて、お好み通り、物凄い形相に変化すること必至である。

なるほど、醜くなる方法というのは、割りと簡単なようだ。

簡単とは言うものの、しかし、本当に自発的に醜くなりたい人なんぞいるのだろうか?
誰もが本当に望んでいるのは、「美しくなること」だ。なのに、なぜか人は人を憎んだり怨んだりする。自分を醜くしたいはずなどないのに。

醜くなる方法を知っていると、美しくなる方法も察知できる。
醜くなる方法の逆をやれば良いだけである。

醜くなる方法の逆とは、「人を憎まない、怨まない」
つまり、「赦(ゆる)す」ことである。

赦したついでに、相手の幸せも願ってみよう。
人の幸せを願うことは、自分を最も美しくする。

憎しみや怨みで人生を終えることほどつまらないことは無い。

「赦(ゆる)す心」「人の幸せを願う心」
美しい人生への必携品だ。
(注:醜くなりたい人は、決して持たないようご注意下さい。)

2006/5/30  21:08

ZERO  音楽

数あるB'z の楽曲中、私が一番好きなのは、
1992年10月7日 11th SINGLEとしてリリースされた
「ZERO」である。

私の記憶では、当時、某大手メーカーの氷菓のCMソングに使用されていたような気がする。

軽快なキーボード・ソロのフレーズ・リフレインから入るこの曲は、後半近く、サビがいきなりガツーンと襲ってくる。

今あいたい すぐあいたい 砂漠の真ん中で
ねむりたい もうねむりたい 全部凍らせたまま
流れよう 流されよう この波に揺らされ
ゼロがいい ゼロになろう もう一回


砂漠のように乾いた都会の心を癒し潤すものは、きっと誰かの愛・・。

稲葉浩志が描くこの詩の風景は、
「仕事が終わって、六本木を通って、家に帰る時の風景そのもの」
なのだという。

ぎらぎらした街をぬけ さっさと家に帰ろう
思わぬ工事渋滞で 赤いランプを眺めりゃ
また考えすぎのムシがじわりじわりと湧いてきて
僕は僕自身に 一日分の言い訳をはじめる

たちの悪いくせだね
このまま車ごと君の家につっこもうか
なんてことまで浮かんでくる

今日はいまいち 思いやりに欠ける日だったとか
人の気も知らないで『おまえは変わった』なんて
簡単に言うやつのうさん臭い顔だとか

空っぽの冷蔵庫開けて いろいろ思い出してると
都会の暮らしは やけに喉が渇いてしまう

今あいたい すぐあいたい 砂漠の真ん中で
ねむりたい もうねむりたい 全部凍らせたまま
流れよう 流されよう この波に揺らされ
ゼロがいい ゼロになろう もう一回

どうすりゃいいのヘンになりそうネオンで空が曇ってる夜は
何をどこまで信じればいいか 君が僕に教えてよ

今あいたい すぐあいたい 砂漠の真ん中で
ねむりたい もうねむりたい 全部凍らせたまま
流れよう 流されよう この波に揺らされ
ゼロがいい ゼロになろう もう一回

今あいたい すぐあいたい 砂漠の真ん中で
ねむりたい もうねむりたい 全部凍らせたまま
流れよう 流されよう この波に揺らされ
ゼロがいい ゼロになろう もうまっしろ


この曲に魅かれてしまうのは、
現実を何もかも忘れ、流れる波に身を任せ、
真っ白なゼロの状況に我が身を置いてみたいからなのだろうか・・。

2006/5/29  21:12

自分を育み、自分の成長を楽しむ  言葉に想いを込めて

「自分を好きになる」
というのは、なかなか難しいものです。

とりわけ思春期に於いては、「自己否定」・「自己嫌悪」が心の多くを占領しています。
それらは、多分、この年代独特の自己評価形態と言えるのでしょう。
そして、そうした感情期間を経、乗り越えることによって、より完全な大人へと成長していけるのかもしれません。

が、もしも、大人になってもまだ自分を好きになることができないでいたなら・・
例えば、自分が親となったときに、いつまでも自己否定や自己嫌悪を持っていたら、果たして子どもはどう思うのでしょうか。

親が自分自身を否定するということは、自分が今まで生きてきた自分を否定するということであり、ひいては、我が子をも否定していることになりかねないような気がします。

「自分を好きになる」とは、決して「自惚(うぬぼ)れる」と同意語ではありません。
「自惚れる」は「傲慢」に通じます。

しかし、「自分を好きになる」こと以上に、素晴らしい生き方があることを知りました。

書道家 武田双雲さんの言葉です。

<楽>

「自分が嫌い」という人が多くいます。

その嫌いな「自分」を生んでくれた親がいます。
今までの人生でその「自分」を応援してくれた人がいます。
「自分」に何かを教えてくれた人もいます。
「自分」に何かを与えてくれた人もいます。
「自分」のために犠牲になった命(動物や植物)もあります。
「自分」を生かしてくれている地球があります。

そんな「自分」を嫌いになるということは、
「自分」に関わったすべての命に対しても嫌いと言っているようなもの。

私の場合
好き や 嫌い ではなく、
自分を育む。

そして
自分の成長を楽しむ。

それだけです。


     (月刊「清流」清流出版社 2006年7月号より)
・・・・・

「自分を育み、自分の成長を楽しむ」

なんて素敵な生き方なのでしょう!!

  ※   ※   ※   ※

武田 双雲さん

昭和50年、熊本県生まれ。書道家。
3歳より母・武田双葉に師事。
パフォーマンス書道やふで文字ワークショップ、さまざまなアーティストとのコラボレーションを実施。(個人的には、B'zの楽曲「衝動」と「書道」を掛けたプロモーションビデオが印象的)

「音楽家は声と楽器で表現し、
書道家は『言霊を筆と墨で表現する』アーティストである。」


と、氏の公式サイト冒頭にある通り、心に響く、素晴らしい芸術活動をなさっている。

2006/5/28  23:29

モテる女??  子育てネタ

今日は久しぶりに全く予定の無い休日で、夫は当然の如くゴルフ(昨日も)。
というわけで、掃除・洗濯、その後はピアノ三昧でいってみよう〜と楽しみにしていたら、突然高2長女、
「男子バスケの試合の応援に行きたいんだけどさ、ママ、車乗せてって〜〜」
と、ゴロニャンされてしまった。

てっきり自分の高校のバスケかと思ったら、昨日一回戦で早々に負けたとのこと。今日応援に行きたいのは、中学時代の同級生、ケン君であった。

おお〜ケン君といえば、中三の切羽詰った高校入試時期、いつもいつも丁寧に、長女に勉強を教えてくれていた秀才君だった。私が長女から質問を受けて解けなかった数学の問題を、見事な解説付きの回答をメールで送ってくれ、私を大いに呻らせたのだ。

高校は離れ離れになったが、その後もメールのやり取りはしていたらしく、同じバスケ部ということで、今日はケン君の二回戦の試合観戦となったようだ。

まあ、それなら協力しましょう、ということで掃除も洗濯も放って、乗せて行ってやることとした。
で、ついでに一人友達も行くんだけど、一緒に乗せてってあげてくれないかというので、快諾した。

快諾して、その友人との待ち合わせの場所に行ってみると、乗り込んできたのは・・・
男の子であった。

あら・・

しかも他校の・・・

話を聞いてみると、どうも長女の高校の男子バスケ部の友人のそのまた友人なのだそうで・・・

まあ〜〜〜長女、随分広い交際範囲をお持ちなようで・・・

これがまた、なかなか真面目カッコ良い男子で、Kを高校生にしたような感じ。(?)

ま、そんなわけで、三人目的地へ向かったのだが、何しろ行ったことの無い会場だったので、途中、道に迷ってしまった。三人とも知らない場所だ。
こんな時に活躍するのが、車のナビ。のはずが・・数週間前に車を買い替えたばかりで、設定方法、未だイマイチ把握しておらず。

と、そこですかさず彼。
「ちょっと待って下さいね」
っと、携帯のナビで調べてくれた。

彼の指導の下、あっちこっち回って(彼、曲がりどころの指示がイマイチ遅いので、すぐ行き過ぎてしまう)、ようやく無事、会場に到着。

その後、私は次女と買い物の約束をしていたので、二人を下ろして自宅へ引き返した。

やれやれ、では今度は次女と出かけるか〜と準備していたら、長女から電話。

「ママ〜、、なんかつまら〜ん。迎えに来て〜」

その彼、話をしていても、あんまり面白くないとのことだ・・・
そりゃしょうがないねぇ〜

ということで、また迎えに行くことに・・・

ああ〜〜〜、なんかこんなことで私の休日は終わってしまうのか・・・
っていうか、本当に、こんなことで一日が終わってしまった。

掃除も洗濯もピアノもあったもんじゃない。

夜、中2次女が、長女の部屋へ行って何やら話していた。
何かと思ったら、
「お姉ちゃんに、モテる秘訣を伝授してもらってた」
のだそうで・・・。

次女←彼氏いない歴13年=年齢
え?まだ焦らなくていいでしょ??

2006/5/27  19:39


ライブドアのホームページには、過去、全くアクセスしたことが無かったのだが、我が憧れの中岡望氏がコメンテーターとしてご出演とあっては、アクセスしないわけにはいかない。

というわけで、ご出演第一回目から拝見しているが、先週から、木曜日のレギュラーコメンテーターとなられ、益々楽しみが増えた。(注:ご都合により、曜日変更の場合も有り)

livedoor 動画ニュース LIVE!

ライブ配信は、19時30分〜21時頃(その日によって終了時間が微妙に違うような・・)注:現在、配信時間は19時〜に変更になっております。

プログラムは、日替わりで設定されたテーマ(シングルイシュー)に寄せられる視聴者からのコメントを中心に進行される。

「ニュースについて深く考え、ネット上での意見交換を可能とする『場』を提供する」
というもの。

テーマは主に国内外の政治・経済・社会に関すること。
最終結果は翌日の同プログラム前半で発表され、それに関して前日ご出演のコメンテーターのご意見・ご感想なども合わせて聞くことができる。

というわけ(中岡氏ファンというわけ)で、私は木曜日と金曜日の前半しか拝見していないのだが、勿論、日替わりで毎日配信されている。
生配信時間以外はオンデマンド配信なので、好きな時間に好きな箇所だけを視聴することができる。
(ちなみに白状すると、先日会社のPCがイカれたのは、このプログラムのオンデマンドを利用しながら、他の仕事用のファイルも複数立ち上げていたからである。)

視聴者からのコメントは、賛成・反対、あるいはどちらでもないといった意見が交錯するわけだが、そのいずれもがテーマを真摯に捉えたもので、なるほどと考えされられるものも多い。

そこで、それらが単なる素人の井戸端会議とならぬよう、しっかり論点を締めて下さるのが、有識者のコメント。

一方に偏ることなく、あらゆる視点から論理的にご意見を述べられる中岡氏には、毎回学ばせて頂いている。

プログラムはスタートしたばかりであるが、今後、これらが世論として直接施政者の耳に届き、施政方針にまで影響を与えることができたなら・・と、大いに期待したいと思う。

2006/5/26  20:58

PCも復活 の巻  パソコン・インターネット

先日、落ち込み放題ついでに沈没を遂げた会社のPC。
いきなりカタカタと音を立てた末、ただの暗黒の画面を持つ箱と化した訳ですが、かといって直ちに修理に出すでもなく、のらりくらりとしておりました。

「PC壊れました」

と、この一言が、社長に言えないのであります。

経費節約の名の下、何とか自分で直せぬものかと、社長に気付かれないようにあれやこれやとガチャガチャ触っておりました。

が、一向に回復の兆し無し。

と、ここで、ハタと思い出しました。
以前、完璧にイカれた自宅の自分の旧PCが、数ヶ月間の放置後、いきなりまた復活したことを。

廃棄しようにも出来ず、放って置いただけのそのPC、これが最後よとパワーオンしたところ、あれよあれよと言う間に、画面が立ち上がったのでした。
ここで得たPC教訓は、

「PCは、たまに完全休養を求めることがある」

というものであります。

この貴重な教訓を試さない手はありません。

というわけで、今回もこの会社のPC、相当なスパゲッティ症候群(テンキーボードやらマウスやらネットやら、コンセントやら、やたら線で繋がれている症状)に陥っていましたので、それらを全て取っ払い、とりあえず一晩寝かせることに。

さて、期待して迎えた翌日、コンセントを差し込みスイッチ・オン!
・・・ダメです・・・
やはり休養は一晩ぐらいでは足りないようです。

社長にはまだナイショにしておこう・・。

そして迎えたその翌日。
PC君、連休を与えたんだから、宜しく頼むよ。

祈るようにコンセントを差し込みスイッチ・オン。

おお〜〜〜〜、奇跡だ!
画面が立ち上がった〜〜〜!!

と思ったら、いきなり全面英語の画面が出現。

う〜〜ん、見るからに難しそうだ。

しかし、ここでめげてはイカン。
何とか英文を読まなきゃ・・・

よーく見れば、どうもシステム・ユーティリティの画面であるらしい。
ここで何とか上手く設定し直せば、復活の可能性もありか??

何とか解読しなければならんのだが、要所要所、いまいち意味が掴めない単語が出現する。ああ、これさえわかれば・・・と思ってみても、都合良く手元に英和辞書があるはずもない。

・・・なんてことをやっているうちに、またPCがカタカタ音を立てだした。

ま、まずい!!

ここで一旦スイッチをオフにして、PCに休憩時間を与える。

そして、午後からまた、飽くなき挑戦を始める。
スイッチ・オンと共に、再び現れた英文の嵐。

とりあえず我慢して、全ページ一通り流し読み。(これがまた、嫌になるほど多い・・)

設定を変更できる箇所が何箇所かあって、それがdisable か enable かの選択性になっている。それぞれ、disable にしたらどうなるのか、enable にしたらどうなるかの説明が、親切なことにいちいちしてある。

そりゃあ、「不可能よりは可能の方が良かろう」という素人判断の元、手当たり次第、enable に変更してしまった。

あ〜、いいのかなぁ、こんなことで・・・

と、一抹の不安を抱きながらも再起動チャレンジ。

す、すると〜〜〜〜〜
早い話が、正常に立ち上がってしまったのであった。

が、しばらくするとまたPCからカタカタ音が!!

あっという間に画面、ガチガチに固まる。

仕方なく、再び電源を落として再起動。
今度は通常通りに立ち上がる。

ここは急いでPC内のデーターを移動せねばと、USBメモリーに取り込む。
取り込み終えたところで、またもやカタカタと不気味な音が・・・

画面再凍結。
繰り返し、再々起動。

とにかく、カタカタが鳴る制限時間内に、ハードディスクをクリーンアップして空き領域を増やさねば、そしてまた、デフラグツールを使用して、骨粗しょう症のように所々スカスカになったファイル間を埋める作業をするのだ!と使命感に燃えること数時間。
その間、数回のカタカタ凍結と起動を繰り返す。

そして〜〜〜〜
完全復活〜〜〜!!
カタカタ音も消滅!!

@社長にバレなかった。
A経費が節約できた。

しかし、本当にこれで良かったのどうかは定かではない。

果たして本当に、全部enableにしてしまって良かったのでしょうか?
IBM様・・・

2006/5/25  21:53

暖かい心に感謝!  心と体

新聞の投書欄に、中学生(13歳)の女の子の、素敵な一文を見つけました。

「いっしょに学校いこう」
ある友達がいってくれた。
三年前に、自分は学校に行くのが嫌だった。

そのときは、友達がどれだけ大切かがわからなかったから、たまに学校に行かなかったことがあった。

学校に行かなかった時、友達が家に手紙を持って来てくれたのには、すごくうれしかった。手紙には、いろんな友達のメッセージが書いてあってびっくりした。
そのときは、友達といっても、ただ、いっしょに楽しく遊んでいるだけだったから、そんなに大切じゃないと思っていた時もあった。

ある日、お母さんに、学校に連れて行ってもらった時に、四、五人の友達と先生が玄関まで来てくれた。

そのときに、
「いっしょに行こう」
って言ってくれた。

その日から、学校に行くのが楽しくなってきて、やっと友達の大切さがよくわかってきました。

(以上、改行位置以外、原文のまま)

・・・・・

友達っていいですね。
良い友達に恵まれると、心が豊かになれます。

大人になり、家庭を持つ頃になると、なかなか友達と交流を持つ時間を確保しにくくなってしまうのは残念ですが・・・

自分が沈んでいる時に、声を掛けて貰ったり、気に掛けて頂けるのは、とても幸せなことですね。

私も、このブログで、それを実感しています。

気落ちしたつまらない内容のブログにコメントなんて、絶対に有り得ないだろうと思っていましたのに、暖かい心のこもったお言葉を頂き、大変嬉しかったです。

それらを読ませて頂き、お返事を入れていくうちに、徐々に気持ちが立ち直ってきました。それらのコメントが無かったら、きっと今頃は、一人どんどん深い落ち込みに嵌っていたことでしょう。

人を傷つけるのが言葉なら、救ってくれるのも言葉。

心のこもった暖かい言葉は、どんな薬よりも効果がありますね。

お陰様で、自分の中で、全てのことをプラスに転じることができました。
悲しみも、自分自身の成長の糧として・・・。

沈没した気持ちをすっかり切り替え、これからもいろいろなことを学び、吸収し、ますます素敵な自分になれるよう、努力していきたいと思っています。
明日からは、ちゃんと元気ですよ。

暖かい思いやりある素敵な皆さまに、心から感謝致します!

2006/5/24  19:39

Let it be  心と体

私があまりにも落ち込んでいるものだから、皆さんにご心配をお掛けしてしまい、大変申し訳ありませんでした。
本当にもう、何も考えられないし、何も手に付かないような状態で、これから自分は一体どうなってしまうんだろう・・なんて、一人考えていました。

過去、これほど落ち込むなんてことはあまり無く、多少のことなら頑張ってこれたはずなのですが・・
また、こんなことをブログの話題にすること自体、私と致しましては、あまり気が進まないのですが、何しろ現在、心の中はこれしかないので、他の記事を書こうと思っても、何も書けません。

自分がずっと大切に大切にしていた宝物を、その宝物の価値を知らない誰かが、いきなり勝手に捨てしまった・・
そんな状況なのかな・・

その宝物は、私にとって、生きる指針だったのかもしれません。
そして、今までの自分の全人格をも否定されてしまったような、そんな悲しみを伴って・・・

 ・・・・・

今日は、夕方、仕事を終えて、久しぶりにピアノに向かってみました。

“Let it be”

覚えているかな・・弾けるかな・・

When I find myself in times of trouble
Mother Mary comes to me
Speaking words of wisdom
Let it be

And in my hour of darkness
She is standing right in front of me
Speaking words of wisdom
Let it be

And when the broken hearted people
Living in the world agree
There will be an answer
Let it be

For though they may be parted
There is still a chance that they will see
There will be an answer
Let it be

And When the night is cloudy
There is still a light that shines on me
Shine until tomorrow let it be

I wake up to the sound of music
Mother Mary comes to me
Speaking words of wisdom,let it be

・・・・

ピアノは、心を込めて弾けば、心のこもった音が返ってきます。
乱暴に弾けば、乱暴な音が、ミスタッチをすれば、乱れた音が・・・

でも、人の心はそうではないのですね。
どんなに心を込めたとしても、
必ずしも心のこもった音が返ってくるわけではない・・

でも、

Let it be,let it be
Let it be,let it be
Yeah,there will be an answer
Let it be・・・

きっと自分に相応しい、良い答えが見つかりますよね。

2006/5/23  18:50

落ち込み放題  心と体

実は昨日は、相当気分が落ち込むようなことがありまして、ブログの記事も、もうちょっとマシな話題にと考えてはみたものの、空虚になってしまった心と脳みそでは、どうも何も考える気力が起きないのであります。

ついでに今日は、会社のPCが突然完璧にイカレてしまい、あ〜あ、と更に憂鬱を深めていたのでした。

そこへ社長の一言。
「あれ?今日締め切りの請求書送った?}

え?今日締め切りの請求書??

私は、昨日、落ち込み過ぎて殆ど仕事も手に付かず、すっかり忘れておったのでした。
「今日締め切り」
というのは、
「今日中に、送付先の会社に到着していなければならない」
ということであります。

本日は、県外分もあるのでした・・・

しかもPCダウンのため、当然のことながら、手書き決定!!
これが多いの何のって。

久々の手書きにより、記入ミス多発。
結局3回ほど書き直し、自筆の汚い請求書、ようやく完成。

県外分は締め切りに間に合わないので、来月入金は望めず。
県内分は、社長が届けに行くことに・・・
これ、来月入金しないと苦しいんです・・・

そんなこんなで、落ち込みに追い討ちを掛けられた今日一日。

明日は元気になれるのかなぁ・・・

この調子では、しばらくは無理かも・・・

2006/5/22  20:26

今日から二年目  好きに語る

当ブログを開設して、丁度一年が経過。
いよいよ本日から二年目に突入致します。

結局365日、一日も休み無くアップしてしまったわけですが、旅行中以外に、病気でダウンのベッドからの実況などもあり、よくもまあ、何が楽しくてそこまで・・と、自分でも大いに呆れております。

ブログは通常の日記などとは違い、読者の方々の目という、適度な緊張感もあり、だからこそ続けることができたとも言えます。
自分の予想をはるかに上回るアクセス数には驚くばかりで、読者の皆様にはただひたすら感謝の一語に尽きるのであります。

日々、のらりくらりと何の脈略も無く、PCに向かってからいきなり内容を決めることも多く、推敲もいい加減なため、後から誤字脱字に気が付いて、ドッキリすることもしばしば。

にもかかわらず、誤字・脱字・乱文などをお見逃し下さり、暖かく見守って下さっていることに感謝です。

二年目は、更にのらりくらりが増大すること必至です。
一日も休まず・・というのは全く保証できませんが、今後の内容の薄さだけは、大いに保証致します。

そしてまた、ある日突然パッタリ途絶える可能性も、無きにしも非ず・・・(?)

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