2006/10/31 21:30
癌との闘い(父の場合) 88、3クール第二回 両親のこと
昨夜遅く、実家に電話入れた。
抗癌剤タキソール、3クール二回目を受けるための病院送迎時間を、父からまだ聞いていなかったからだ。
父の返答は簡潔だった。
「明日はいい天気や。自分で自転車で病院行くから送り迎えはせんでいい。」
ええ!?本当に大丈夫なの??
何回も聞き返してみたが、
父の回答に変更無し。
意思は硬い。
凄い!いよいよ、そこまで回復してきているのだ。
もしかしたら、本当に父の予言通り90歳まで生きられるのでは・・と思ってしまう。
「治らんのはわかっとるが、死ぬまで癌と仲良く付き合っていくつもりや」
と父は言う。
人間は病気になったとき、その行く先には二つの道が用意されていると思う。
ひとつは、諦める道。
そしてもうひとつは、闘いながら進む道。
もうダメだ!と思ったら、そこで道はプッツリ途絶える。
が、白旗さえ揚げなければ、たとえ細くとも、必ず道がついてくる。
その道の先が太いのか細いのかは、寿命という運命に従うしかないのであろうけれど。
・・・・・
75歳でありながら、現在もなお、執筆、評論、講演、市民運動、婦人問題などに精力的に取り組んでいらっしゃる吉武 輝子さんの言葉が力強い。
吉武さんは、20年前に膠原病を患い、右肺摘出。
左肺は肺気腫で時折陥る呼吸困難。
そして最近受けたという大腸癌手術。
『病が生きる力になっている』
『病気によって生かされている』
と、おっしゃる。
『紆余曲折を経て人と成りが形成され、人生まんざらではないな、と思えるようになるのが50代。
そして、60代になっていろいろな役割から解放され、個人としての人間性が回復でき、70〜80代でやっと旬の時代を迎えることができるのです。
百歳になっても自己表現する自己をもっているのが人間です。人生には賞味期限がありません。寿命が長くなったということは、自分のなかの能力・才能の在庫品に出会うチャンスがいっぱいある、ということ。
悩みごとは、生きているからこそあるのです。一度きりの人生だと思って美学をもってまっとうすればよし、なのです』
病を味方に付ける生き方が存在することを、教えて貰った気がする。
吉武 輝子さん、そして、父からも。
抗癌剤タキソール、3クール二回目を受けるための病院送迎時間を、父からまだ聞いていなかったからだ。
父の返答は簡潔だった。
「明日はいい天気や。自分で自転車で病院行くから送り迎えはせんでいい。」
ええ!?本当に大丈夫なの??
何回も聞き返してみたが、
父の回答に変更無し。
意思は硬い。
凄い!いよいよ、そこまで回復してきているのだ。
もしかしたら、本当に父の予言通り90歳まで生きられるのでは・・と思ってしまう。
「治らんのはわかっとるが、死ぬまで癌と仲良く付き合っていくつもりや」
と父は言う。
人間は病気になったとき、その行く先には二つの道が用意されていると思う。
ひとつは、諦める道。
そしてもうひとつは、闘いながら進む道。
もうダメだ!と思ったら、そこで道はプッツリ途絶える。
が、白旗さえ揚げなければ、たとえ細くとも、必ず道がついてくる。
その道の先が太いのか細いのかは、寿命という運命に従うしかないのであろうけれど。
・・・・・
75歳でありながら、現在もなお、執筆、評論、講演、市民運動、婦人問題などに精力的に取り組んでいらっしゃる吉武 輝子さんの言葉が力強い。
吉武さんは、20年前に膠原病を患い、右肺摘出。
左肺は肺気腫で時折陥る呼吸困難。
そして最近受けたという大腸癌手術。
『病が生きる力になっている』
『病気によって生かされている』
と、おっしゃる。
『紆余曲折を経て人と成りが形成され、人生まんざらではないな、と思えるようになるのが50代。
そして、60代になっていろいろな役割から解放され、個人としての人間性が回復でき、70〜80代でやっと旬の時代を迎えることができるのです。
百歳になっても自己表現する自己をもっているのが人間です。人生には賞味期限がありません。寿命が長くなったということは、自分のなかの能力・才能の在庫品に出会うチャンスがいっぱいある、ということ。
悩みごとは、生きているからこそあるのです。一度きりの人生だと思って美学をもってまっとうすればよし、なのです』
病を味方に付ける生き方が存在することを、教えて貰った気がする。
吉武 輝子さん、そして、父からも。
2006/10/30 20:19
ミキティを更に輝かせる方法 記事・ニュースから思うこと
安藤美姫選手が、グランプリ(GP)シリーズ第1戦、スケート・アメリカで、見事、逆転初優勝を飾った。
昨季の全日本シリーズ6位、トリノ五輪15位と、失意のどん底を味わった彼女だからこそ成し遂げ得た、とも言える今回の華麗なる復活劇であった。
挫折という大きなハードルを乗り越えた彼女の姿は、以前の絶好調の時期と比べてみても、更に一回りも二回りも大きく見えた。
いよいよこれからが、正真正銘、実力ある安藤美姫選手の時代の幕開けであると感じる。
・・と、まあ、全てのマスメディアが安藤選手を褒めちぎった。
が、その中で、ただ一人、苦言を呈した人物が・・・
ファッション評論家のピー子さんである。
朝の情報番組の中でのことだ。
「私は、スケートの技術的なことは分からないんだけど・・」
と、前置きをしてのご発言。
「あのお化粧は、ご年配の女性のお化粧方法よ」
中でも特に気になったのが、眉の形のようだ。
「あの眉の描き方はね、悪い女の眉よ」
細部の言い方は少々違っているとは思うが、大体そのような内容のものであった。
スタジオ内は、このピーコさんのコメントにはあまり突っ込まず、さらりと流して別の話題に変わっていたが、私はピーコさんに、心の中で拍手を送ったのであった。
トリノ五輪当たりから、安藤選手のメイクには違和感を感じていた。
「え?本当にあのメイクでいいの?」
と思ったものだ。
一体どんなメイクアップアーティストが付いているのかは知らないが、せっかくの安藤選手の魅力を台無しにしていると感じる。
きっと、周りにも、そう感じている人がいらっしゃるはずである。
なぜ誰も指摘しないのだろう?
メイクを変えれば、彼女の演技はもっともっと輝きを増すに違いない。
だから、メディアを通じてきっぱりとそれを指摘したピーコさんには、安藤選手に対する愛情を感じた。
褒めることは容易だが、苦言を呈することは実に難しいことなのだ。
しかし、相手に更に良くなってもらいたいと願い、期待するからこそ、敢えて発するのが苦言なのだ。
まさに、過去記事、2006年3月6日記事「苦言を呈する」の中で述べた通りなのである。
安藤選手のメイク担当者さま、どうか、御再考下さい。
彼女のスケーターとしての輝かしい未来のために!!
たかがメイク、されどメイク。
梅沢富美雄氏を妖艶な女形に変身させるのも、これ、偉大なるメイク力なり。
昨季の全日本シリーズ6位、トリノ五輪15位と、失意のどん底を味わった彼女だからこそ成し遂げ得た、とも言える今回の華麗なる復活劇であった。
挫折という大きなハードルを乗り越えた彼女の姿は、以前の絶好調の時期と比べてみても、更に一回りも二回りも大きく見えた。
いよいよこれからが、正真正銘、実力ある安藤美姫選手の時代の幕開けであると感じる。
・・と、まあ、全てのマスメディアが安藤選手を褒めちぎった。
が、その中で、ただ一人、苦言を呈した人物が・・・
ファッション評論家のピー子さんである。
朝の情報番組の中でのことだ。
「私は、スケートの技術的なことは分からないんだけど・・」
と、前置きをしてのご発言。
「あのお化粧は、ご年配の女性のお化粧方法よ」
中でも特に気になったのが、眉の形のようだ。
「あの眉の描き方はね、悪い女の眉よ」
細部の言い方は少々違っているとは思うが、大体そのような内容のものであった。
スタジオ内は、このピーコさんのコメントにはあまり突っ込まず、さらりと流して別の話題に変わっていたが、私はピーコさんに、心の中で拍手を送ったのであった。
トリノ五輪当たりから、安藤選手のメイクには違和感を感じていた。
「え?本当にあのメイクでいいの?」
と思ったものだ。
一体どんなメイクアップアーティストが付いているのかは知らないが、せっかくの安藤選手の魅力を台無しにしていると感じる。
きっと、周りにも、そう感じている人がいらっしゃるはずである。
なぜ誰も指摘しないのだろう?
メイクを変えれば、彼女の演技はもっともっと輝きを増すに違いない。
だから、メディアを通じてきっぱりとそれを指摘したピーコさんには、安藤選手に対する愛情を感じた。
褒めることは容易だが、苦言を呈することは実に難しいことなのだ。
しかし、相手に更に良くなってもらいたいと願い、期待するからこそ、敢えて発するのが苦言なのだ。
まさに、過去記事、2006年3月6日記事「苦言を呈する」の中で述べた通りなのである。
安藤選手のメイク担当者さま、どうか、御再考下さい。
彼女のスケーターとしての輝かしい未来のために!!
たかがメイク、されどメイク。
梅沢富美雄氏を妖艶な女形に変身させるのも、これ、偉大なるメイク力なり。
2006/10/29 15:56
年の功 仕事ネタ
弊社担当の税理士さんは、私よりも7〜8歳年下である。
お若いのだが、話の仕方や身のこなし、表情などなど、全体的に大変好感が持てる。
私が丁度現在の仕事を始めたばかりの頃に彼が担当になったので、かれこれ10年近くのお付き合いである。
当時の私は、慣れない仕事に毎日が不安と緊張でいっぱいで、電話や来客の応対はもちろんのこと、出社すること自体が、大きなプレッシャーだった。
そこである日、何かいい秘訣は無いだろうかと、思い切って彼に尋ねてみた。
すると彼は、
「いえいえ、僕だって毎日不安と緊張の連続ですよ」
と、意外な答えを返してきた。
当時まだ30代前半だった彼が、税理士という仕事柄、話をする相手は当然企業の社長さん方。
その年齢は50〜60代が殆どである。
そんな随分年上の社長さん方に、会社経営の難点を示したり、今後のアドバイスなどをしなければならないのである。
「僕がいろいろ提案しても、『30の若造が何言うとるか!』『お前みたいな若造に何が分かる!』『お前には言われたくないわ!』みたいな顔をされることもよくありますよ」
と、笑う。
「でも、僕は基本的に人と話をするのが大好きなので、普通なら絶対に近寄れないようなそういった社長さん方とお話させて頂けて、そこからまたいろいろ自分も学ばせて頂いていることに感謝しているんですよ」
と、大変意識の高い回答を下さった。
そしてあれから約十年が過ぎ去り、彼も既に40代。
先日、こんなことをおっしゃった。
「いやぁ、40代になってようやく、訪問先の社長さん方に自分の言葉をまともに聞いて頂けるようになったような気がしますよ〜」
・・・そういえば、私自身も、今頃になってようやく子ども達に薀蓄(うんちく)のひとつも言えるようになったような気が・・・
論語に、「四十にして惑わず」なんて言葉が載っているが、自分にとって、四十の前半は、惑いの真っ只中。
後半になって現在、ようやく自分のあるべき姿が、おぼろげながらも見えてきたような気がしている。
年齢だけで人は判断できないのだけれど、やはり自分より長く生きている人は、ただそれだけで尊敬に値すると感じる。
近頃の社会は成果主義一辺倒だが、嘗ての年功序列制度にも、それなりに大きな意義があったのだよなぁ・・と思う今日この頃。
ああ、次は、
「五十にして天命を知る」
か・・・。
(あ、でも、それまでにはまだ、僅かながら数年ありますんで。)
お若いのだが、話の仕方や身のこなし、表情などなど、全体的に大変好感が持てる。
私が丁度現在の仕事を始めたばかりの頃に彼が担当になったので、かれこれ10年近くのお付き合いである。
当時の私は、慣れない仕事に毎日が不安と緊張でいっぱいで、電話や来客の応対はもちろんのこと、出社すること自体が、大きなプレッシャーだった。
そこである日、何かいい秘訣は無いだろうかと、思い切って彼に尋ねてみた。
すると彼は、
「いえいえ、僕だって毎日不安と緊張の連続ですよ」
と、意外な答えを返してきた。
当時まだ30代前半だった彼が、税理士という仕事柄、話をする相手は当然企業の社長さん方。
その年齢は50〜60代が殆どである。
そんな随分年上の社長さん方に、会社経営の難点を示したり、今後のアドバイスなどをしなければならないのである。
「僕がいろいろ提案しても、『30の若造が何言うとるか!』『お前みたいな若造に何が分かる!』『お前には言われたくないわ!』みたいな顔をされることもよくありますよ」
と、笑う。
「でも、僕は基本的に人と話をするのが大好きなので、普通なら絶対に近寄れないようなそういった社長さん方とお話させて頂けて、そこからまたいろいろ自分も学ばせて頂いていることに感謝しているんですよ」
と、大変意識の高い回答を下さった。
そしてあれから約十年が過ぎ去り、彼も既に40代。
先日、こんなことをおっしゃった。
「いやぁ、40代になってようやく、訪問先の社長さん方に自分の言葉をまともに聞いて頂けるようになったような気がしますよ〜」
・・・そういえば、私自身も、今頃になってようやく子ども達に薀蓄(うんちく)のひとつも言えるようになったような気が・・・
論語に、「四十にして惑わず」なんて言葉が載っているが、自分にとって、四十の前半は、惑いの真っ只中。
後半になって現在、ようやく自分のあるべき姿が、おぼろげながらも見えてきたような気がしている。
年齢だけで人は判断できないのだけれど、やはり自分より長く生きている人は、ただそれだけで尊敬に値すると感じる。
近頃の社会は成果主義一辺倒だが、嘗ての年功序列制度にも、それなりに大きな意義があったのだよなぁ・・と思う今日この頃。
ああ、次は、
「五十にして天命を知る」
か・・・。
(あ、でも、それまでにはまだ、僅かながら数年ありますんで。)
2006/10/28 14:11
続 続 医学部不合格、なぜ?! 記事・ニュースから思うこと
このところ、ニュースのメインはもっぱら、高校履修単位不足関連である。
もちろんこれに関しては多くの問題を含んでおり、重要度の高いものであるが、その陰に隠れた、大学受験に関するもうひとつのニュースについて考えてみたい。
それは、昨年、群馬大医学部入試で起こった不明瞭な不合格ケース、東京都目黒区の主婦、佐藤 薫さん(当時55歳)が、合格者の平均を10点以上も上回っているのに不合格とされた問題である。
この件に関しては、当ブログの過去記事、
2005年7月5日記事 医学部不合格、なぜ?!
の中に、詳しい経緯を記してある。
また、その記事に対して頂いた貴重なコメントを元に、更に再考を施した、
2005年7月10日記事 続 医学部不合格、なぜ?!
そしてまた、更にその記事に対して頂いた貴重なコメントを元に再々考を施したのが
2005年7月11日記事「続 医学部不合格、なぜ?!」に寄せられたコメントについて
である。
というわけで、私自身、かなり突っ込んで考え抜いた問題でもある。
そして、昨日(10月27日)、佐藤さんが群馬大学を相手取り不合格の取り消しと入学許可を求めた訴訟の判決が、前橋地裁で言い渡された。
結果は、敗訴。
医師になりたいという強い信念を貫き通し挑戦し続けた三度にも渡る受験、そして法廷闘争に費やした1年4ヶ月、あまりにも無念である。
裁判での最大の争点は、合否に年齢差別があったのかどうか。
しかし、大学側は、面接試験でのチェック項目や点数化の方法など、「今後の入試に影響を及ぼす」との理由で、一切明らかにしなかった。
群馬大医学部の入試要項の記載よれば、筆記試験(センター試験・個別試験・小論文)、面接、調査書による「総合的な判断」をもとに合否判断が下されるが、そのうちのひとつでも「著しく不良のものがある場合は不合格もありうる」とのこと。
佐藤さんの場合、筆記試験は申し分ないのであるから、不合格理由があるとしたら面接以外には無い。
が、その肝心な点について大学側が情報開示を拒否。
その結果、高年齢が要因なのかどうかの判定が不可能となり、判決では「証拠が無い」として認定されなかったのだ。
これでは全く話にならない。
不合格判定の正当な理由があるのならば、大学側はそれを積極的に開示すべきである。
佐藤さんが医師になりたい一心で裁判に費やしたこの1年4ヶ月は、一体何だったのだろう。
その間、大学で着々と学びを進めておれば、一刻も早く医師として、社会に貢献できたであろうに・・
また、裁判と一口に言っても、浪費するのは時間ばかりでなく、費用も相当なものであろう。
国立大学である群馬大の、裁判に掛る費用はどこから捻出されているのか、そう考えると、その点でも、もはや他人事と安閑とはしておれないのではないだろうか
少子化による学生数確保の困難、その結果引き起こされる大学経営困難が大きな問題となっている現在、残念ながら今回の件で群馬大は、大きなチャンスを逃したと考えるべきである。
群馬大医学部の入試要項に記載してある一文、
「高校卒業またはそれと同等の資格を備えた者に広く門戸を開いています」
大きな偽りである。
本当に大きな門戸を開いていることを実証できたはずの今回の件で、見事墓穴を掘ってしまった。
南山大学人文学部文化人類学の小谷凱宣(よしのぶ)教授のコメント、
「高齢化社会はますます進む。少子化も進み、労働力も減る。この時代は高齢者の能力や力を使わずして乗り切れない。これまでの経験に基づいた能力の高い高齢者パワーを使わないのは、日本社会の損害である」
また、上智大学総合人間科学部の岡本英雄教授(社会階層論)のコメント、
「高齢で医師になった時に社会貢献できるかと言われるが、学ぶこと自体を妨げる理由にはならない。50歳でも60歳でも可能性があることを示すだけでも社会的な意義がある」
「介護でも医療でも、年齢が高いからこそ活躍ができる場がある。少なくとも筆記試験でクリアしたこと自体がまず高く評価できる。年齢が高い人が様々なところでチャレンジすることで、社会認識を変えて欲しい」
今年56歳になられた佐藤さん、控訴の決断はまだ下されていないが、彼女の高い能力と適性、そして医学への大きな情熱が、決して切り捨てられることの無いよう、心から願う。
もちろんこれに関しては多くの問題を含んでおり、重要度の高いものであるが、その陰に隠れた、大学受験に関するもうひとつのニュースについて考えてみたい。
それは、昨年、群馬大医学部入試で起こった不明瞭な不合格ケース、東京都目黒区の主婦、佐藤 薫さん(当時55歳)が、合格者の平均を10点以上も上回っているのに不合格とされた問題である。
この件に関しては、当ブログの過去記事、
2005年7月5日記事 医学部不合格、なぜ?!
の中に、詳しい経緯を記してある。
また、その記事に対して頂いた貴重なコメントを元に、更に再考を施した、
2005年7月10日記事 続 医学部不合格、なぜ?!
そしてまた、更にその記事に対して頂いた貴重なコメントを元に再々考を施したのが
2005年7月11日記事「続 医学部不合格、なぜ?!」に寄せられたコメントについて
である。
というわけで、私自身、かなり突っ込んで考え抜いた問題でもある。
そして、昨日(10月27日)、佐藤さんが群馬大学を相手取り不合格の取り消しと入学許可を求めた訴訟の判決が、前橋地裁で言い渡された。
結果は、敗訴。
医師になりたいという強い信念を貫き通し挑戦し続けた三度にも渡る受験、そして法廷闘争に費やした1年4ヶ月、あまりにも無念である。
裁判での最大の争点は、合否に年齢差別があったのかどうか。
しかし、大学側は、面接試験でのチェック項目や点数化の方法など、「今後の入試に影響を及ぼす」との理由で、一切明らかにしなかった。
群馬大医学部の入試要項の記載よれば、筆記試験(センター試験・個別試験・小論文)、面接、調査書による「総合的な判断」をもとに合否判断が下されるが、そのうちのひとつでも「著しく不良のものがある場合は不合格もありうる」とのこと。
佐藤さんの場合、筆記試験は申し分ないのであるから、不合格理由があるとしたら面接以外には無い。
が、その肝心な点について大学側が情報開示を拒否。
その結果、高年齢が要因なのかどうかの判定が不可能となり、判決では「証拠が無い」として認定されなかったのだ。
これでは全く話にならない。
不合格判定の正当な理由があるのならば、大学側はそれを積極的に開示すべきである。
佐藤さんが医師になりたい一心で裁判に費やしたこの1年4ヶ月は、一体何だったのだろう。
その間、大学で着々と学びを進めておれば、一刻も早く医師として、社会に貢献できたであろうに・・
また、裁判と一口に言っても、浪費するのは時間ばかりでなく、費用も相当なものであろう。
国立大学である群馬大の、裁判に掛る費用はどこから捻出されているのか、そう考えると、その点でも、もはや他人事と安閑とはしておれないのではないだろうか
少子化による学生数確保の困難、その結果引き起こされる大学経営困難が大きな問題となっている現在、残念ながら今回の件で群馬大は、大きなチャンスを逃したと考えるべきである。
群馬大医学部の入試要項に記載してある一文、
「高校卒業またはそれと同等の資格を備えた者に広く門戸を開いています」
大きな偽りである。
本当に大きな門戸を開いていることを実証できたはずの今回の件で、見事墓穴を掘ってしまった。
南山大学人文学部文化人類学の小谷凱宣(よしのぶ)教授のコメント、
「高齢化社会はますます進む。少子化も進み、労働力も減る。この時代は高齢者の能力や力を使わずして乗り切れない。これまでの経験に基づいた能力の高い高齢者パワーを使わないのは、日本社会の損害である」
また、上智大学総合人間科学部の岡本英雄教授(社会階層論)のコメント、
「高齢で医師になった時に社会貢献できるかと言われるが、学ぶこと自体を妨げる理由にはならない。50歳でも60歳でも可能性があることを示すだけでも社会的な意義がある」
「介護でも医療でも、年齢が高いからこそ活躍ができる場がある。少なくとも筆記試験でクリアしたこと自体がまず高く評価できる。年齢が高い人が様々なところでチャレンジすることで、社会認識を変えて欲しい」
今年56歳になられた佐藤さん、控訴の決断はまだ下されていないが、彼女の高い能力と適性、そして医学への大きな情熱が、決して切り捨てられることの無いよう、心から願う。
2006/10/27 21:51
自己主張のススメ 仕事ネタ
各種税務研修の中で、もっとも眠りに付きやすいのが、税務署員講師によるもの。
あれを、最初から最後まで眠らずに聴き続けるのは、至難の業である。
杓子定規で、通り一遍のテキスト棒読みは、お経の如く安らかな睡眠へと誘(いざな)う・・
それに比べ、税理士講師による研修は、話に抑揚がある。
ところどころ、眠りに付きそうになる数秒前に余談が入り、その都度ぎりぎりセーフ。
大体、税務に関する話は硬い上にややこしい。
それを如何に理解しやすく説明するか。
やはり税理士は、普段顧客獲得競争に揉まれているからか、当たりが優しい。
昨日の税務研修では、税務に於いて永遠のテーマのひとつでもある「交際費」と「会議費」の判断基準について、講師の税理士さんが、このようなことをおっしゃった。
「日本人というのは、自己主張が苦手な人種ですね」
例えば、ある会食を行った場合、それが交際費に当たるのか会議費に当たるのか、その判断を税理士に委ねようとする経営者。
この場合、その現場にいたのはその経営者であって、相談を受けた税理士ではない。税理士にとっては、そんなこと知ったこっちゃないのである。
経営者が、「それは会議費だ」と思えば会議費であるし、「交際費である」と思えば交際費なのである。
それなのに、税務調査で否認されることを心配するあまり、先に税理士にお伺いを立ててしまう。
つまりこれは、「自己主張が無い」ということなのだ。
取引先と食事を共にしながら会議をしたのなら、誰がなんと言おうと「会議費だ」と主張すれば良い。
何も恐れることは無い。
調査官も税理士も、そこに居合わせたわけではないのだから、経営者から「これは会議費だ」と主張されれば、それを認めざるを得ないのだ。
もちろん、その裏付けは必要である。
会議が行われた日時、場所、参加者、人数、金額、議事録。
「いちいち税理士にお伺いを立てなくとも、自分が裏付けをもとにそう判断したのなら、しっかり自信を持って主張して下さい。ちゃんと認められますから」
なるほど、きちんと裏付けを取って、自信を持って自己主張する
何も恐れることは無いのだ。
・・と、納得していたところ、朝刊の投書欄に中学生男子(15歳)の一文を見掛けた。
(以下、改行以外本文のまま)
「考え正しいか自己主張必要」
僕は人の意見を聞くことは大切なことだと思う。
しかし、自己主張することの方が大切だと思う。
理由は、まず自己主張することで、自分の考えや思っていることが、正しいのか間違っているのかが分かるからである。
そして、人の意見を聞くだけで自己主張しなければ、相手の考えしか分からないからだ。
自分の意見をみんなに分かってほしいなら、自己主張すべきである。
僕も授業などでは自己主張しない。
でもやっぱり最後に悔いが残ってしまう。
そんな悔いは残さない方が良いと思う。
そして、自分の考えや意見を分かってもらった方が、自分の意見はどうなのか、正しいのかが分かり、自分のためになるからだ。
だから、自分の考えを分かってもらうためにも自己主張が大切である。
・・・・・
中学生に、乾杯!
いや・・完敗・・・
あれを、最初から最後まで眠らずに聴き続けるのは、至難の業である。
杓子定規で、通り一遍のテキスト棒読みは、お経の如く安らかな睡眠へと誘(いざな)う・・
それに比べ、税理士講師による研修は、話に抑揚がある。
ところどころ、眠りに付きそうになる数秒前に余談が入り、その都度ぎりぎりセーフ。
大体、税務に関する話は硬い上にややこしい。
それを如何に理解しやすく説明するか。
やはり税理士は、普段顧客獲得競争に揉まれているからか、当たりが優しい。
昨日の税務研修では、税務に於いて永遠のテーマのひとつでもある「交際費」と「会議費」の判断基準について、講師の税理士さんが、このようなことをおっしゃった。
「日本人というのは、自己主張が苦手な人種ですね」
例えば、ある会食を行った場合、それが交際費に当たるのか会議費に当たるのか、その判断を税理士に委ねようとする経営者。
この場合、その現場にいたのはその経営者であって、相談を受けた税理士ではない。税理士にとっては、そんなこと知ったこっちゃないのである。
経営者が、「それは会議費だ」と思えば会議費であるし、「交際費である」と思えば交際費なのである。
それなのに、税務調査で否認されることを心配するあまり、先に税理士にお伺いを立ててしまう。
つまりこれは、「自己主張が無い」ということなのだ。
取引先と食事を共にしながら会議をしたのなら、誰がなんと言おうと「会議費だ」と主張すれば良い。
何も恐れることは無い。
調査官も税理士も、そこに居合わせたわけではないのだから、経営者から「これは会議費だ」と主張されれば、それを認めざるを得ないのだ。
もちろん、その裏付けは必要である。
会議が行われた日時、場所、参加者、人数、金額、議事録。
「いちいち税理士にお伺いを立てなくとも、自分が裏付けをもとにそう判断したのなら、しっかり自信を持って主張して下さい。ちゃんと認められますから」
なるほど、きちんと裏付けを取って、自信を持って自己主張する
何も恐れることは無いのだ。
・・と、納得していたところ、朝刊の投書欄に中学生男子(15歳)の一文を見掛けた。
(以下、改行以外本文のまま)
「考え正しいか自己主張必要」
僕は人の意見を聞くことは大切なことだと思う。
しかし、自己主張することの方が大切だと思う。
理由は、まず自己主張することで、自分の考えや思っていることが、正しいのか間違っているのかが分かるからである。
そして、人の意見を聞くだけで自己主張しなければ、相手の考えしか分からないからだ。
自分の意見をみんなに分かってほしいなら、自己主張すべきである。
僕も授業などでは自己主張しない。
でもやっぱり最後に悔いが残ってしまう。
そんな悔いは残さない方が良いと思う。
そして、自分の考えや意見を分かってもらった方が、自分の意見はどうなのか、正しいのかが分かり、自分のためになるからだ。
だから、自分の考えを分かってもらうためにも自己主張が大切である。
・・・・・
中学生に、乾杯!
いや・・完敗・・・
2006/10/26 21:56
法人税実務講座 8 会社税務
本日は、毎年恒例、法人税実務講座に出席。
本年度第2回目のテーマは、
賢い納税者の「税制改正のポイント」
今年度も多くの項目が改正され、毎年その変更の目まぐるしさには、なかなか付いて行けない。
今年度覚えても、どうせまた来年度変更されるのだろうと思うと、真剣に覚えようなどという気にはなれず、とりあえず弊社に関係ある部分だけチェックしておけば良いかな?と思う。
特に今年度は、資料となるテキストの出来上がりが遅かったようで、昨日ようやく届いたのだそうだ。
いくら法人税法が早くから決定していても、テキストを作成するには、
法人税法⇒法人税施行令⇒法人税施行規則
租税特別措置法⇒租税特別施行令⇒租税特別施行規則
といった流れが終了しないと、執筆不可能なのだという。
特に今年は会社法との関連で基本変更しているので、要注意のようだ。
主な項目だけピックアップすると、
1、役員報酬、役員賞与の変更
2、ひとりオーナー税制(特殊支配同族会社)
3、役員、従業員の退職金制度
4、特定同族会社の留保金課税
5、少額減価償却資産の損金算入の特例など
6、交際費課税の改正
7、試験研究費、教育訓練費の活用
8、その他
・個人の所得税、定率減税の廃止
・相続税、贈与税の改正
・申告書の公示制度の廃止
などなど。
細部については、テキストを相当読み込んでもわかりづらい箇所が多くあり、その都度、担当税理士さんにしっかり確認しなければ、とんでもないことになりそうな予感。
特に、役員報酬については、「定期同額給与」と名付けられ、増額変更は定期株主総会でのみ可能。(臨時株主総会では不可)
また、役員賞与は、「事前確定届出給与」と名付けられ、「事前確定届出」が必要。
事前に賞与に関し金額や支払日などの具体的事項を定期総会で決議⇒詳細な事項を申請書に記載⇒税務署長に提出
といった手続きが条件。
事前に適正な金額を予測して決定するのは非常に難しいことなのだが、損金不算入とならないよう、くれぐれも注意したい。
6の、交際費課税の改正については、一人当たり5000円以下のものは、交際費から除外される。(損金算入が可能になる)
但し、
・飲食日時
・参加した得意先などの氏名・名称とその関係
・参加人数
・費用金額、飲食店などの名称、所在地など
・その他参考事項
を記載した書類の保存が絶対条件。
その他、注意する点が山盛りの今回の改正。
一部改悪かと思われる部分もあるが、今回のテーマ通り、ポイントを良く理解して、賢く利用したい。
本年度第2回目のテーマは、
賢い納税者の「税制改正のポイント」
今年度も多くの項目が改正され、毎年その変更の目まぐるしさには、なかなか付いて行けない。
今年度覚えても、どうせまた来年度変更されるのだろうと思うと、真剣に覚えようなどという気にはなれず、とりあえず弊社に関係ある部分だけチェックしておけば良いかな?と思う。
特に今年度は、資料となるテキストの出来上がりが遅かったようで、昨日ようやく届いたのだそうだ。
いくら法人税法が早くから決定していても、テキストを作成するには、
法人税法⇒法人税施行令⇒法人税施行規則
租税特別措置法⇒租税特別施行令⇒租税特別施行規則
といった流れが終了しないと、執筆不可能なのだという。
特に今年は会社法との関連で基本変更しているので、要注意のようだ。
主な項目だけピックアップすると、
1、役員報酬、役員賞与の変更
2、ひとりオーナー税制(特殊支配同族会社)
3、役員、従業員の退職金制度
4、特定同族会社の留保金課税
5、少額減価償却資産の損金算入の特例など
6、交際費課税の改正
7、試験研究費、教育訓練費の活用
8、その他
・個人の所得税、定率減税の廃止
・相続税、贈与税の改正
・申告書の公示制度の廃止
などなど。
細部については、テキストを相当読み込んでもわかりづらい箇所が多くあり、その都度、担当税理士さんにしっかり確認しなければ、とんでもないことになりそうな予感。
特に、役員報酬については、「定期同額給与」と名付けられ、増額変更は定期株主総会でのみ可能。(臨時株主総会では不可)
また、役員賞与は、「事前確定届出給与」と名付けられ、「事前確定届出」が必要。
事前に賞与に関し金額や支払日などの具体的事項を定期総会で決議⇒詳細な事項を申請書に記載⇒税務署長に提出
といった手続きが条件。
事前に適正な金額を予測して決定するのは非常に難しいことなのだが、損金不算入とならないよう、くれぐれも注意したい。
6の、交際費課税の改正については、一人当たり5000円以下のものは、交際費から除外される。(損金算入が可能になる)
但し、
・飲食日時
・参加した得意先などの氏名・名称とその関係
・参加人数
・費用金額、飲食店などの名称、所在地など
・その他参考事項
を記載した書類の保存が絶対条件。
その他、注意する点が山盛りの今回の改正。
一部改悪かと思われる部分もあるが、今回のテーマ通り、ポイントを良く理解して、賢く利用したい。
2006/10/25 20:52
真実の営業マン 仕事ネタ
弊社には、週何回も、あらゆる電話会社のあらゆる代理店から、あらゆる電話サービス勧誘の電話が掛ってくる。
おそらく、あらゆる会社に片っ端からかけまくっているのであろう。
「あらゆる」の登場回数の如く、とにかくしつこい。
残念ながら弊社の場合、既に取引先が決まっているので、その都度お断りをしている。
が、断っても断っても、次から次へと掛ってくる。
話を聞いてみると、確かにお得なサービスのようだ。
しかし、どうせお願いするのなら、直接取引先にお願いした方が良いに決まっている。
というわけで、相変わらず他は断り続け、取引先からの勧誘をずっと待っていた。
が、これがなかなか来ない。
確か、キャンペーン中のはずなのだが・・・
仕方が無いので、こちらからアクションを起こしてみた。
すると、ようやく一人、営業マンが尋ねて来た。
「そちらにお願いしようと思って、他を断り続けてずっとお待ちしていたんですよ」
と言うと、
彼は、丁寧にお辞儀をし、
「ありがとうございます!実はそれ、現在キャンペーン中なんですよ」
と、にっこり。
「そうですか。それじゃあ、お忙しいでしょうね。たくさん契約は取れましたか?」
「はあ・・。社長からは『ガンガン契約取って来い!』って、毎日渇入れられてますよ〜」
「それは大変ですね〜。じゃあ、成績に協力させて頂きましょうか?」
「そうですか!それはありがとうございます!」
と、彼は嬉しそうに返事をしたが、程無く表情を変えてこう言った。
「・・あの・・実は・・商品をお勧めしている僕が言うのもなんなんですが・・・」
「んん?なんなんでしょう?」
「こんなこと言ってはいけないのかもしれませが・・・実は、このサービスは技術的にまだ安定していなくて、繋がらないなどの障害が出る恐れがあるんですよ・・・」
「ええ??そうなんですか?」
「はい・・僕は、これはまだ自信を持ってお客さんにお勧めできるようなものではないと思っているんです」
「ええ?いいんですか?そんなこと言ってしまっても。契約取ってこないと、社長さんに怒られちゃいますよ?」
「はあ、そうですねぇ・・。ま、これ以外のことで頑張って成績上げますから大丈夫ですよ」
「それならいいんですが・・・」
「でも、この商品が今後技術的に安定して、本当に自信を持ってお勧めできるようになったらまた来ますから、その時は是非宜しくお願いします!」
「そうですか。わかりました。こちらこそ宜しくお願いします」
「で、もし他社からしつこく勧誘の電話が掛って来て迷惑なさっているようでしたら、『もう契約済みで、現在工事の順番待ちです』とでも言って頂ければ、相手はすぐに諦めて電話を切ってくれますよ」
「ああ、なるほどネ。そうすることにします!」
・・・・・
それから数ヵ月後、その営業マンが予測した通り、広い地域で通信障害が生じた。
つい先日も、今年5回目の障害が起きたとの報道。
キャンペーン中で、社長から渇が入っているというのに、正直に現状を伝えてくれたこの営業マン。
契約が取れず、確かに会社の売り上げに貢献は出来なかったが、そんなものより、もっと大きなことに彼は貢献したと思う。
それは、信頼だ。
彼が顧客から得た信頼は大きい。
彼ならば、目先の利益にとらわれず、本当に顧客のためになることを提案してくれるであろうという信頼。
次回の弊社ソフトプログラムの契約は、必ず彼にお願いしようと思っている。
・・・・・
というわけですから、
取引先社長さま、あの日、電話サービスの契約を取って来なかった彼を、どうかお許し下さい・・・
おそらく、あらゆる会社に片っ端からかけまくっているのであろう。
「あらゆる」の登場回数の如く、とにかくしつこい。
残念ながら弊社の場合、既に取引先が決まっているので、その都度お断りをしている。
が、断っても断っても、次から次へと掛ってくる。
話を聞いてみると、確かにお得なサービスのようだ。
しかし、どうせお願いするのなら、直接取引先にお願いした方が良いに決まっている。
というわけで、相変わらず他は断り続け、取引先からの勧誘をずっと待っていた。
が、これがなかなか来ない。
確か、キャンペーン中のはずなのだが・・・
仕方が無いので、こちらからアクションを起こしてみた。
すると、ようやく一人、営業マンが尋ねて来た。
「そちらにお願いしようと思って、他を断り続けてずっとお待ちしていたんですよ」
と言うと、
彼は、丁寧にお辞儀をし、
「ありがとうございます!実はそれ、現在キャンペーン中なんですよ」
と、にっこり。
「そうですか。それじゃあ、お忙しいでしょうね。たくさん契約は取れましたか?」
「はあ・・。社長からは『ガンガン契約取って来い!』って、毎日渇入れられてますよ〜」
「それは大変ですね〜。じゃあ、成績に協力させて頂きましょうか?」
「そうですか!それはありがとうございます!」
と、彼は嬉しそうに返事をしたが、程無く表情を変えてこう言った。
「・・あの・・実は・・商品をお勧めしている僕が言うのもなんなんですが・・・」
「んん?なんなんでしょう?」
「こんなこと言ってはいけないのかもしれませが・・・実は、このサービスは技術的にまだ安定していなくて、繋がらないなどの障害が出る恐れがあるんですよ・・・」
「ええ??そうなんですか?」
「はい・・僕は、これはまだ自信を持ってお客さんにお勧めできるようなものではないと思っているんです」
「ええ?いいんですか?そんなこと言ってしまっても。契約取ってこないと、社長さんに怒られちゃいますよ?」
「はあ、そうですねぇ・・。ま、これ以外のことで頑張って成績上げますから大丈夫ですよ」
「それならいいんですが・・・」
「でも、この商品が今後技術的に安定して、本当に自信を持ってお勧めできるようになったらまた来ますから、その時は是非宜しくお願いします!」
「そうですか。わかりました。こちらこそ宜しくお願いします」
「で、もし他社からしつこく勧誘の電話が掛って来て迷惑なさっているようでしたら、『もう契約済みで、現在工事の順番待ちです』とでも言って頂ければ、相手はすぐに諦めて電話を切ってくれますよ」
「ああ、なるほどネ。そうすることにします!」
・・・・・
それから数ヵ月後、その営業マンが予測した通り、広い地域で通信障害が生じた。
つい先日も、今年5回目の障害が起きたとの報道。
キャンペーン中で、社長から渇が入っているというのに、正直に現状を伝えてくれたこの営業マン。
契約が取れず、確かに会社の売り上げに貢献は出来なかったが、そんなものより、もっと大きなことに彼は貢献したと思う。
それは、信頼だ。
彼が顧客から得た信頼は大きい。
彼ならば、目先の利益にとらわれず、本当に顧客のためになることを提案してくれるであろうという信頼。
次回の弊社ソフトプログラムの契約は、必ず彼にお願いしようと思っている。
・・・・・
というわけですから、
取引先社長さま、あの日、電話サービスの契約を取って来なかった彼を、どうかお許し下さい・・・
2006/10/24 21:11
癌との闘い(父の場合) 87、3クール第一回 両親のこと
1週間の休止期間を終え、今日は血液検査後、いよいよ抗癌剤タキソール点滴3クール、第1回目。
いつものように会社を抜け出し、父を病院まで送迎。
退院後の体調は、ずっと悪くないようだ。
しかも驚いたことに、天気の良い日は、時々自転車に乗っているのだという。
もちろん、近所の用事に使用するだけだが、それでも充分奇跡に思える。
さすがに頭髪は徐々に少なくなってきているが、その他の顕著な副作用は、今のところ見られない。
この抗癌剤を使う時、看護師さんが、
「このタキソールは、患者さんの体に合えば、劇的に症状が良くなるんですよ」
とおっしゃっていたが、まさに父のことだと思う。
あの時は、その看護師さんの言葉に一縷(いちる)の望みを掛け、心から祈る思いでいたっけ・・
とはいえ、やはり年齢も手伝ってか、足腰は以前に比べ随分弱ってきている。
歩く速度も、スローである。
が、その方がいい。
もしも転んで骨折でもしたら、それこそ大変なことになる。
行きの車中、父が言う。
「もうそろそろ、お粥じゃのうて、ご飯食べてもいいかどうか、先生に聞いてみよう思とる」
『普通のご飯を食べたい』
こんな風に思えるまでに、父は回復してきているのだ。
帰りの車中、父は車に乗り込むなり、
「先生に、ゆっくりよう噛めば、ご飯も食べていい言われた」
と、嬉しそうに報告してくれる。
良かった!
あと大切なのは、これからの季節、風邪などに充分注意するということだ。
ちなみに、インフルエンザの予防接種は、抗癌剤点滴の週はダメだが、休止期の一週間の内に受けるのなら構わないとのこと。
もしかしたら、また・・
また新しい年を迎えられるのではないか・・・
そんな思いが、頭の中をフッとよぎる。
と同時に、抗癌剤の回数を重ねるごとに、副作用出現のリスクを負う可能性も増加する、という現実が、見事にそれを打ち消してしまうのだが・・・
いつものように会社を抜け出し、父を病院まで送迎。
退院後の体調は、ずっと悪くないようだ。
しかも驚いたことに、天気の良い日は、時々自転車に乗っているのだという。
もちろん、近所の用事に使用するだけだが、それでも充分奇跡に思える。
さすがに頭髪は徐々に少なくなってきているが、その他の顕著な副作用は、今のところ見られない。
この抗癌剤を使う時、看護師さんが、
「このタキソールは、患者さんの体に合えば、劇的に症状が良くなるんですよ」
とおっしゃっていたが、まさに父のことだと思う。
あの時は、その看護師さんの言葉に一縷(いちる)の望みを掛け、心から祈る思いでいたっけ・・
とはいえ、やはり年齢も手伝ってか、足腰は以前に比べ随分弱ってきている。
歩く速度も、スローである。
が、その方がいい。
もしも転んで骨折でもしたら、それこそ大変なことになる。
行きの車中、父が言う。
「もうそろそろ、お粥じゃのうて、ご飯食べてもいいかどうか、先生に聞いてみよう思とる」
『普通のご飯を食べたい』
こんな風に思えるまでに、父は回復してきているのだ。
帰りの車中、父は車に乗り込むなり、
「先生に、ゆっくりよう噛めば、ご飯も食べていい言われた」
と、嬉しそうに報告してくれる。
良かった!
あと大切なのは、これからの季節、風邪などに充分注意するということだ。
ちなみに、インフルエンザの予防接種は、抗癌剤点滴の週はダメだが、休止期の一週間の内に受けるのなら構わないとのこと。
もしかしたら、また・・
また新しい年を迎えられるのではないか・・・
そんな思いが、頭の中をフッとよぎる。
と同時に、抗癌剤の回数を重ねるごとに、副作用出現のリスクを負う可能性も増加する、という現実が、見事にそれを打ち消してしまうのだが・・・
2006/10/23 21:09
大学生を校則で拘束? 記事・ニュースから思うこと
秋田市の秋田経済法科大は来月から、学生の頭髪の染色やピアスの着用を禁止するのだそうだ。
大学側が制定したのは、
「学生の頭髪および装身具に関する要綱」
というもの。
頭髪は、茶髪などの染色、脱色、スキンヘッドなどの髪型禁止。
装身具は、ピアスの禁止。
その目的は、善良な社会人を育成する大学の基本理念を具象化すること。
同大学では、今年四月に教育指導室を新設し、学生らしい身だしなみの徹底を日常的に指導。
要綱には、
「指導しても違反行為を改めない学生に対し、所定の手続きを経て懲戒することができる」
との記載も。
大学側は、違反によって学生たちが退学とならないよう、全教職員で指導に当たるのだそうだ。
対象となるのは、同大学及び系列の秋田栄養短大の学生、計約1800人。
学生たちの間からは、当然のことながら、不満の声が上がっているとのこと。
が、ほぼ強引に施行されるようである。
・・・・
まるで中高生並みの扱いを受けている同大学生たち・・・
これは一体どう考えたら良いのだろうか?
そもそも、学生らしい身だしなみとは何なのだろう。
そういえば、ひと時代前(いや、ふた時代前かな?)、
「ジーパンで講義に出席してはいけない」
という大学があったっけ。
(今ではそんな大学は無いと思うが・・)
このような規則を作って縛らなければいけないほど、最近の大学生は乱れているのだろうか?
それとも、いつまで経っても子ども扱いされなければいけないほど、幼稚なのだろうか?
そして、果たして茶髪やピアスを禁止すれば、本当に大学側がいう「善良な社会人を育成する」ことができるのだろうか?
ただひとつ言えることは、同大学の学生たちは、大学側から全く信頼されていない、ということだ。(裏を返せば、同大学には信頼に足る学生が集まっていない、ということか?)
大学生ほどになれば、いちいち学校が規則で縛らなくても、学生自身が自覚を持っているハズ・・
と思うのだが、もし本当にそうなら、大学側が一方的な決定を下す前に、学生たちが大学側と真正面を向いてきちんと議論できていたはず・・か・・。
それにしても、当初は、
「染色した髪を黒に染めなおした学生には褒賞金を与える」
という案もあったのだとか。
それじゃあ、最初から髪が黒でピアスもしていない学生は、表彰されるのだろうか??
なんだか、大学側も、相当おかしいような・・。
大学側が制定したのは、
「学生の頭髪および装身具に関する要綱」
というもの。
頭髪は、茶髪などの染色、脱色、スキンヘッドなどの髪型禁止。
装身具は、ピアスの禁止。
その目的は、善良な社会人を育成する大学の基本理念を具象化すること。
同大学では、今年四月に教育指導室を新設し、学生らしい身だしなみの徹底を日常的に指導。
要綱には、
「指導しても違反行為を改めない学生に対し、所定の手続きを経て懲戒することができる」
との記載も。
大学側は、違反によって学生たちが退学とならないよう、全教職員で指導に当たるのだそうだ。
対象となるのは、同大学及び系列の秋田栄養短大の学生、計約1800人。
学生たちの間からは、当然のことながら、不満の声が上がっているとのこと。
が、ほぼ強引に施行されるようである。
・・・・
まるで中高生並みの扱いを受けている同大学生たち・・・
これは一体どう考えたら良いのだろうか?
そもそも、学生らしい身だしなみとは何なのだろう。
そういえば、ひと時代前(いや、ふた時代前かな?)、
「ジーパンで講義に出席してはいけない」
という大学があったっけ。
(今ではそんな大学は無いと思うが・・)
このような規則を作って縛らなければいけないほど、最近の大学生は乱れているのだろうか?
それとも、いつまで経っても子ども扱いされなければいけないほど、幼稚なのだろうか?
そして、果たして茶髪やピアスを禁止すれば、本当に大学側がいう「善良な社会人を育成する」ことができるのだろうか?
ただひとつ言えることは、同大学の学生たちは、大学側から全く信頼されていない、ということだ。(裏を返せば、同大学には信頼に足る学生が集まっていない、ということか?)
大学生ほどになれば、いちいち学校が規則で縛らなくても、学生自身が自覚を持っているハズ・・
と思うのだが、もし本当にそうなら、大学側が一方的な決定を下す前に、学生たちが大学側と真正面を向いてきちんと議論できていたはず・・か・・。
それにしても、当初は、
「染色した髪を黒に染めなおした学生には褒賞金を与える」
という案もあったのだとか。
それじゃあ、最初から髪が黒でピアスもしていない学生は、表彰されるのだろうか??
なんだか、大学側も、相当おかしいような・・。
2006/10/22 13:07
蜘蛛の巣 ペット
数日前、キッチンの窓際の片隅に、小さな蜘蛛の巣を見つけた。
それがいつから出来ていたのか、あるいは、その日出来上がったばかりのものはわからない。
周りを少し見渡してみたが、その巣の主も見当たらない。
どこかへ出掛けているのかもしれないが、その巣の大きさからみて、さほど大きい主ではないと思われた。
とうとうその日は、主に会うことはなかった。
翌朝、明るい朝日を浴びたキッチンで、慌しく朝食の準備をしていると、窓際に蜘蛛が一匹ジッとしていた。
その大きさは、気持ち悪さの許容範囲内。
かといって、生まれたばかりの子蜘蛛というわけでもない。
多分これから獲物をたくさん捕らえて、成長していく途上なのだろう。
蜘蛛は、窓にへばりついたまま動く気配がなかった。
ティッシュでつまんでひねりつぶせばそれで終わりである。
が、躊躇した。
『朝蜘蛛は縁起がいい』
というではないか。
その言葉に救われた。
蜘蛛も、私も。
本当は、殺したくなかったからである。
一説によれば、蜘蛛は害虫を捕まえて食してくれる益虫なのだという。
「それならば、キッチンにやってくる害虫をやっつけておくれ」
と、勝手に使命を与えた。
が、次の朝、見ると巣が一回り大きくなっている。
しかも、最初は窓際の片隅だけだったものが、少し距離を伸ばして棚にまで一筋道が付いていた。
「ううむ・・いよいよだな」
蜘蛛の巣でキッチンが占領される前に、撤去してしまおうと決心した。
「しかし、今はまだ朝蜘蛛であるから、夜になったら捕まえてしまおう」
と、同一の蜘蛛であるにもかかわらず、夜なら殺しても構わないだろうと考える矛盾を打ち消しての決心は、固かった。
そして、就寝前。
キッチンの片付けを終え、いよいよ蜘蛛を捕まえる時間がやってきた。
が、どこを探しても蜘蛛は見つからない。
忽然と消えているのである。
「仕方が無い。また明日にしよう」
諦めて迎えた翌朝。
いつものように窓際に、その蜘蛛がちゃんといる。
まるで、夜になると殺される運命を察知しているかのように、夜は消え、朝には現れる。
そんな繰り返しが3日間続いた。
その間、蜘蛛の巣はますます範囲を広げていった。
今までは自分だけの秘密にしておいたが、これではきっと、夫や子どもにも見つかってしまう。
もしも見つかれば、躊躇されることなく、一気に振り払われてしまうだろう。
何とかしなければ・・・
何とか、といったところで、冷静に考えれば、蜘蛛の巣ごときで悩む必要など全く無いのだが・・・
そして昨夜、所用で帰宅が遅くなり、深夜、遅い時間にキッチンを片付けていた。
ふと、窓際を見ると、蜘蛛の巣が無い。
棚に延びていた一筋も無い。
全てがきれいに取り払われている。
「ああ・・見つかってしまったんだ・・・」
すっかり蜘蛛の巣が取れて、すっきりしたはずの窓を見つめながら、なぜか淋しくなった。
しかし、まだ望みはある。
蜘蛛の巣は取り払われてしまったけれど、きっと蜘蛛は生きているに違いない。
夜には絶対に姿を見せなかったヤツのことだ。
きっと何処かに生きている!
何故か嬉しくなった。
そして、
「またどこかに巣を作って、元気に生きていてちょうだい!」
と、思いながらベッドに入った。
そして、今朝、いつものようにキッチンに立った。
明るい朝日が差し込んでいる窓際に、もう蜘蛛の巣は無い。
無い・・
はずだ・・・
が、全く変わらずそれはあった。
いや、むしろまた少し大きくなっている。
おかしい・・
確かに昨夜見たときは無かったのに・・・
ああ、でもこれでいよいよこの蜘蛛は殺せなくなった。
ヤツがいなくなった場面の自分の心境を、昨夜すっかり見せられてしまったのだから・・
これがキミの作戦だったのかどうかは知らないが、昨夜の消えるマジックは見事だったよ。
と、この不思議な蜘蛛につぶやいた。
それがいつから出来ていたのか、あるいは、その日出来上がったばかりのものはわからない。
周りを少し見渡してみたが、その巣の主も見当たらない。
どこかへ出掛けているのかもしれないが、その巣の大きさからみて、さほど大きい主ではないと思われた。
とうとうその日は、主に会うことはなかった。
翌朝、明るい朝日を浴びたキッチンで、慌しく朝食の準備をしていると、窓際に蜘蛛が一匹ジッとしていた。
その大きさは、気持ち悪さの許容範囲内。
かといって、生まれたばかりの子蜘蛛というわけでもない。
多分これから獲物をたくさん捕らえて、成長していく途上なのだろう。
蜘蛛は、窓にへばりついたまま動く気配がなかった。
ティッシュでつまんでひねりつぶせばそれで終わりである。
が、躊躇した。
『朝蜘蛛は縁起がいい』
というではないか。
その言葉に救われた。
蜘蛛も、私も。
本当は、殺したくなかったからである。
一説によれば、蜘蛛は害虫を捕まえて食してくれる益虫なのだという。
「それならば、キッチンにやってくる害虫をやっつけておくれ」
と、勝手に使命を与えた。
が、次の朝、見ると巣が一回り大きくなっている。
しかも、最初は窓際の片隅だけだったものが、少し距離を伸ばして棚にまで一筋道が付いていた。
「ううむ・・いよいよだな」
蜘蛛の巣でキッチンが占領される前に、撤去してしまおうと決心した。
「しかし、今はまだ朝蜘蛛であるから、夜になったら捕まえてしまおう」
と、同一の蜘蛛であるにもかかわらず、夜なら殺しても構わないだろうと考える矛盾を打ち消しての決心は、固かった。
そして、就寝前。
キッチンの片付けを終え、いよいよ蜘蛛を捕まえる時間がやってきた。
が、どこを探しても蜘蛛は見つからない。
忽然と消えているのである。
「仕方が無い。また明日にしよう」
諦めて迎えた翌朝。
いつものように窓際に、その蜘蛛がちゃんといる。
まるで、夜になると殺される運命を察知しているかのように、夜は消え、朝には現れる。
そんな繰り返しが3日間続いた。
その間、蜘蛛の巣はますます範囲を広げていった。
今までは自分だけの秘密にしておいたが、これではきっと、夫や子どもにも見つかってしまう。
もしも見つかれば、躊躇されることなく、一気に振り払われてしまうだろう。
何とかしなければ・・・
何とか、といったところで、冷静に考えれば、蜘蛛の巣ごときで悩む必要など全く無いのだが・・・
そして昨夜、所用で帰宅が遅くなり、深夜、遅い時間にキッチンを片付けていた。
ふと、窓際を見ると、蜘蛛の巣が無い。
棚に延びていた一筋も無い。
全てがきれいに取り払われている。
「ああ・・見つかってしまったんだ・・・」
すっかり蜘蛛の巣が取れて、すっきりしたはずの窓を見つめながら、なぜか淋しくなった。
しかし、まだ望みはある。
蜘蛛の巣は取り払われてしまったけれど、きっと蜘蛛は生きているに違いない。
夜には絶対に姿を見せなかったヤツのことだ。
きっと何処かに生きている!
何故か嬉しくなった。
そして、
「またどこかに巣を作って、元気に生きていてちょうだい!」
と、思いながらベッドに入った。
そして、今朝、いつものようにキッチンに立った。
明るい朝日が差し込んでいる窓際に、もう蜘蛛の巣は無い。
無い・・
はずだ・・・
が、全く変わらずそれはあった。
いや、むしろまた少し大きくなっている。
おかしい・・
確かに昨夜見たときは無かったのに・・・
ああ、でもこれでいよいよこの蜘蛛は殺せなくなった。
ヤツがいなくなった場面の自分の心境を、昨夜すっかり見せられてしまったのだから・・
これがキミの作戦だったのかどうかは知らないが、昨夜の消えるマジックは見事だったよ。
と、この不思議な蜘蛛につぶやいた。
















