2007/3/31  21:11

癌との闘い(父の場合) 157.平穏  両親のこと

昨夜、久しぶりに、高校生の長女から誘いがあった。

「ママ、明日、買い物に付き合って〜」

以前は毎週のようにあった子ども達からの誘いが、ここの所、とんとご無沙汰だった。
おそらく、私の心身に全く余裕が無いのを、子どもたちが感じ取っていたからなのだろう。

確かに、休日も自宅に仕事を持ち込んで取り組んでいたり、時々、思い詰めたような表情をしていたかもしれない。

会社帰りに病院へ寄るので、帰宅時間も遅くなり、子ども達と接する時間も少なくなっていた。

遠方の長男とも、殆ど連絡を取っていない。

『子離れ、親離れ』と言えば聞こえは良いが、実のところ、単なる私の手抜きなのかもしれない。

そして、ようやくまた、長女から声が掛ったということは、私の心身に多少の余裕が見えてきたからなのだろう。

あれだけ振り回され、泣かされた母も、精神科病棟で何とかやってくれているようであるし、父の症状も落ち着いている。

これを、『嵐の前の静けさ』と言うのだろうか。

できることならこのまま、ずっとこのまま、
静けさが続いてくれればいい・・・

久しぶりに、お気に入りの服を買ってもらって上機嫌の長女。
やはり、子どもと過ごす時間は楽しい。

その後、父の所へ。
足の捻挫もかなり良くなっているようだ。

そしてなんと、隣のベッドの仲良し患者さんから、大きなイチゴを1パック頂いた。

帰宅時には雷雨となってしまったが、心の中は快晴だ。

2007/3/30  21:42

癌との闘い(父の場合) 156.同病相楽しむ  両親のこと

ここのところ、父の病室に入るのを躊躇(ためら)う。

病室が近付くにつれ、弾んだ声がだんだん近くに聞こえてくる。
退院予定日の前日に癌が見つかってしまった男性と、父との会話である。

数日前から、父のいる四人部屋は退院者が相次ぎ、ベッドが二つも空いている。
つまり、隣り合わせた彼ら二人だけが取り残されたような格好になっているのだ。

普通ならば、多少は気落ちしていそうなものだが、廊下にまで洩れ聞こえてくるそれら会話の声は、まるで旧知の友が喫茶店で落ち合って、冗談でも飛ばしているような錯覚にまで陥らせる。

そんなわけで、ついつい病室に入るのを躊躇してしまうのだ。

今日は、会話の途中、男性が少し咳き込んだ隙に、入室を果たした。

「失礼しま〜す」

と、遠慮がちに歩を進めると、

「おお、噂をすればなんとやらやねぇ〜、よう来られました。ゆっくりして行って下さい」

と、歓迎されたような・・
いや、しかし・・なんか私の噂していたの??

と、その内容に一抹の不安が・・(笑)

夕方あたりからようやく照り出した太陽に、病室内も一気に晴れ上がり、暗い影が眩しさに表情を変え、癌患者の存在そのものが信じられないくらいである。

父の捻挫も昨日に比べて、痛みもかなり引いてきたらしい。
今日もまだ歩くことは控えているようだが、来週あたりになれば、また通常通りの動きが出来るようになるかもしれない。

とにかく、気持ちが明るい。

同病相憐れむ・・

じゃなくて、

同病相楽しむ・・のような(?)二人。

2007/3/29  21:23

癌との闘い(父の場合) 155.新たな試練  両親のこと

最近の父の症状は、落ち着いている。

相変わらず五分粥が半分も入れば良い方だが、何しろ精神的な揺らぎが全く無い。

髪もますます生え揃い、相変わらず痩せこけてはいるが、傍目には、末期癌と闘っている風には見えないかもしれない。

一般的な老人介護施設で生活をしている老人・・と言っても良いくらいだ。

この安定している時期に、一度、自宅へ一泊で外泊してみてはどうか、との主治医からの提案があった。

近々・・土日あたりでも・・と、目論んでいた。

もう二度と自宅には戻れないと覚悟していた父だが、そう言われると、やはり、たとえ一泊でもいいから自宅に戻って、やっておきたいことが次々と頭に思い浮かんでくるものだ。

ところが・・・

夕方、病室に寄った時の父の開口一番が、
「捻挫してしもうてなぁ・・」
だった。

昼食の食器を片付けに行った時、足を滑らして、廊下で転んでしまったのだ。
背中を打っただけだと思って、そのまま自力で起き上がろうとしたら、足の甲の辺りに痛みが走ったのだそうだ。

幸い、すぐ近くにいた看護師さんに助けて頂けたのだが、捻挫との診断。
しばらくは歩行禁止だ。

父の日課、病棟ウォーキングも、しばし中止。
外泊も不可となった。

歩けなくなった高齢者は、一気に寝たきりになってしまう可能性が多い。

この新たな試練、父はどう乗り切ってくれるのだろうか。

2007/3/28  20:31

癌との闘い(父の場合) 154.素敵な役割  両親のこと

いつものように病棟の長い廊下を進み、父の病室に入りかけたところ、中から何やら話し声が聞こえてきた。

父が、隣の男性のベッドの足元に立ち、その男性の手を取りながら、何かを話している。

会話の邪魔をしては申し訳ないなと思い、しばらく入り口に佇んで二人の様子を見ていた。

話の内容はよく分からなかったが、相手の男性が何やら感激している様子。

が、父が私に気付き、二人は握手を交わして散会となったようだが、病室に入った私にその男性が、
「お父さんには、いっつも、ようお世話になっとります!」
と、深々と頭を下げられた。

また父が、いい病室友達を作ったんだな、と何気に思っていた。

が、その後、父が話してくれた男性の事情で、その関係が理解できた。

その男性、実は明日が退院日だった。
今日は念のため、退院前に、最後の検査が行われたのだそうだ。

ところが、その検査で、新たな癌の発生が認められた。

勿論、退院は見送り。

そして、至急、今後の治療方法の選択をせねばならなくなったのだ。
抗癌剤か放射線か手術か、挙げられた候補は三つ。

男性は、苦渋の選択で、手術の決心をした。

何しろ、まだ71歳。
手術に耐え得る体力だって、十分にある。

その顛末を知っての父の励ましだった。

何しろ父の癌歴は長い。
その男性よりも遥かに高齢でありながら、手術にも抗癌剤治療にも耐えてきた。
再発に継ぐ再発の修羅場を乗り越えてきている父の言葉が、その男性にはとても力になっている様子だった。

たとえ病を患っている高齢者であったとしても、まだまだこんなに素敵な役割が残されているのだ!

2007/3/27  20:51

癌との闘い(父の場合) 153.父の手紙  両親のこと

「この手紙、ちょっと読んでみてくれんか」

そう言って、ベッドサイドの引き出しの中から、四つ折に綺麗に畳まれた便箋を取り出した。

宛名は、日頃から母と付き合いのある同年代のご近所さんだ。

昨日、兄嫁が、近所のおばあちゃんが母のことを根掘り葉掘り聞き出そうとしているので困っている、と父にぼやいていた。

しばらくは、検査入院だとか何だとか言ってごまかしていたが、いよいよそれも通用しなくなったというのだ。

そこで、父が、その近所のおばあちゃん宛に、一筆したためたというわけだ。

手紙は便箋に二枚。

日頃のお付き合いに対する感謝や、現在の母の状況を心配して頂いていることに対しての感謝の気持ちに始まり、現在母が、精神的な問題が原因で入院をしていること、人に頼ってしまう症状を治さないといけないので、しばらくは家族も面会を控えていること、よって、お見舞いはそのお気持ちだけ頂くということで、ご遠慮願いたいということ。

そして最後には、若夫婦の失礼を詫びる一文も添えてあった。

「どうやろう?こんな内容でいいかのう?」
と、心配そうに尋ねる父。

「うん、上等、上等〜」
と太鼓判を押す私に、ホッとした笑顔を見せてくれた。

田舎の特性として、ご近所さんが心配して下さることは大変ありがたいことなのだが、一つ間違えると、歪んだ噂が面白可笑しく広まってしまう危険性も孕(はら)んでいる。

そんなことにまで気を回すことのできる父は、やはりただ者では無いなぁと、傍目にはただの痩せ細った老人患者にしか見えないであろう父が、私にはとても眩しく映った。

2007/3/26  21:47

癌との闘い(父の場合) 152.主治医との面談  両親のこと

昨朝の地震から続く余震に、今日も落ち着かない朝を迎えた。

テレビに映し出される被災地の様子に、ただただ早めの復興をと祈ることしかできない非力な自分である。
そして、今更ながら、自然の力には全く無力な人間であることを思い知らされる。

医学の進歩で救われる命もあるが、こうした自然災害であっけなく失う命もある・・

・・・・・

今朝も感じた震度3の余震に、念のため、春休み中で自宅にいる娘達に、ガス機器使用の注意を促してから病院へと向かった。

まず、先に父の病室へ寄る。
面談への参加を強く希望していた父だ。

ところが、ベッドに起き上がって私を待っていた父の顔が、苦痛で歪んでいた。

朝食のお粥が胸に痞(つか)えて痛むのだ。

やはり・・・

改めてまた、父の体が尋常ではないという事実を思い出すのである。

父は、体を休めていなければいけない。

残念がる父を病室に残し、兄嫁と私とで主治医との面談に向かった。

小一時間の面談で得られた情報は、まず、母の幻覚症状が薬の副作用であること。
入院中は、ドグマチール錠の分量が二倍に増量されているのだそうだ。

次に、食事(お粥)はある程度摂れているということ。
点滴の必要は無いぐらいに体力は回復しているはず。

そして、肝心な家族の接し方だが、これが一番難しいかもしれない。
手を貸す優しさを捨て、本人が自分自身でやり遂げる力を付ける為に、家族は見守りに徹すること。

・・言うは易し、行うは難し。

体が痛い痛いと、弱々しい声で訴えてくるお年寄りに、全く手を差し伸べないでいられる人は、余程の鬼である。

しかし、母のような病気の場合、周りが手を差し伸べることでますます依存心が膨らみ、その結果、自分では何も出来ない(口から物を食べることさえ出来ない)体になってしまうのだ。

幼子ならば、それも生き抜く力として躾けねばならないことだろう。
が、母のような高齢者には・・・

「手伝ってあげたい」と思うのが、家族の心理として当然の流れだろう。
育ててもらった感謝の意も込めて・・

でも、それが母にとって不幸(寝たきり)に繋がるのだと・・

・・・・

今日はまだ月曜日だというのに、もう脳みそが限界状態。
面談後、出社はしたものの、書類の計算が全く合わず・・・

集中力ゼロ。

2007/3/25  21:51

癌との闘い(父の場合) 151.面談への期待  両親のこと

いよいよ明日は、母の主治医との面談の日である。

母の病気に関しては、疑問点が多く、家族として戸惑うことが多い。

家族がどう接するのが、母の治療にとって一番効果的なのか。
以前は全く無かったはずの幻覚症状の発現は、薬の影響なのか、それとも症状の悪化を意味しているのか。

そして、一番重要な問題点、

果たして母は、以前のような笑顔を取り戻すことが出来るのか。

身体的に侵されている部分が、画像や数値で具体的に表される一般的な病気と違って、精神の病気というのは、非常に難しい。

特に母のように、自分自身の病気の正体を全く自覚できない状態でいるというのは、果たして今後もそのままでいいのかどうか、その点も大いに疑問である。

・・・・・

面談は、10時から。
父は、自分自身の主治医の回診時間であるにもかかわらず、それを断って、明日の面談に加わると言う。

兄嫁も、時間の都合を付けてくれる。

家族一丸となって、何とか母を救いたい。

2007/3/24  18:58

癌との闘い(父の場合) 150.人生の勝利者  両親のこと

昨日の暖かな日差しがウソのように、今日は一転、冷たい雨風となった。

父の病室は、また昨日あたりからメンバーが一新している。
といっても、退院というわけではなく、手術に向かう患者も多い。

昨日は、父の向かいのベッドにいた男性が、手術室へと運ばれていった。
腸閉塞を起こして救急車で運ばれてきた患者さんだ。

父の話によると、84〜85歳らしい。

手術をした後、数日間の集中治療室、そして個室へと移動し、順調に回復すれば、また普通の四人部屋に戻ってこられることだろう。

医学の進歩で救われる命も多いのだろうけれど、そうなったらなったで、その後の生活の質が問われてくる。

父の場合も、何とか生き長らえてはいるが、その日々の生活の中で、どれほどの充足感を持つことができるのだろうか。

・・・今日も五分粥と僅かな野菜煮の副菜で一日が過ぎる。
食事と読書と病棟ウォーキングで過ごす父の入院生活。

もしかしたら、父なりに、その中に幸せを感じ取っているのかもしれない。

どのような状況にあろうとも、生かされている命に感謝できる人こそが、人生の勝利を摑むことができるのだろう。

2007/3/23  20:36

癌との闘い(父の場合) 149.憐れな哀しみ  両親のこと

久しぶりに、暖かみのある日差しが降り注いだ。

が、この一日という時間。
もしも、私に仕事や家庭などが無かったら、終日、母の姿を思い起こし、なんとも堪らない感情に苛まれ、心を濡らしていたに違いない。

母の姿が頭に浮かんでは消え、また浮かんでは消える・・

避けようとしても避けられない。
受け入れ難い現実である。

壊れそうな母を抱き締めて泣いたとしても、きっと母はただただ無表情なままで、その力無い体を私に委ねるだけなのだろう。

そしてそれは、私を、更に哀しみへと追いやる行為であるに過ぎないのだ。

いっそのこと、「哀しみ」の感情を、自分の中から追い出してしまいたい。
「哀しみ」に鈍感な自分だったら、どんなに楽だろう。

・・・自分ひとりでは着替えることも出来なくなっている母が、真夜中、夫の死の知らせを受けるという幻覚の中で、普段着に着替え、髪を整え、夫の葬儀の準備のために家に帰ろうとして、看護師たちに制止された母・・・

自分を末期癌患者だと思い込んでいる母・・

身体表現性障害という精神の病気が、それほどまでに過酷なものだとは・・・

・・・・・

今日の暖かそうな陽光が、母には届いているのだろうか。
細かい網の目入りの曇りガラスでは、おそらくその半分も感じることは出来ないだろうけれど・・

2007/3/22  20:27

癌との闘い(父の場合) 148.壊れ行く母  両親のこと

今月12日に母が入院して以来、少し母から心を離していた。
ここから先は、プロ(主治医)に任せようと。

素人(患者家族)が、どんなに心を砕いて心配したところで、どうにもならないような状態に、母はあった。

が、その沈黙は、僅か10日足らずで破られた。
今日の午後、精神科病棟からの一本の電話で。

昨日の真夜中。
母の奇異な言動によって、病棟内が大騒ぎになっていたのだという。

知らせを受けてから、大急ぎで仕事を片付け、
母の元へと車を走らせた。

久しぶりに見る母の姿・・・
看護師さんに手を取られ、僅かにしか動かない足取りで、無表情な視線をぼんやり泳がせながら、私に近付いてくる。

母は、なぜか、病院の寝巻きではなく普段着を着ていた。
髪には黒いシフォンのスカーフが巻かれ、綺麗にまとめられていた。

面会室で、母に話を聴いた。

「昨日の夜中に、お父さんが死んだ知らせを受けたんや」

つまり母は、父(夫)の葬儀の準備をするために、大急ぎで身支度をし、必死で家に帰ろうとしたのだった。

「お父さんはまだちゃんと生きているよ」
そう言う私に、葬式の話を続ける母。
実際、その後、父とも面会をしている。

母は、幻覚を見ていた。

その後、話が飛んで、病室内の患者さんの中に泥棒がいて、自分の大事なものを盗もうとしている、と言う。

妄想・幻覚・・・

小刻みに震える手に鉛筆を持ち、紙に書きながら何とか私に説明をしようとする母。
達筆が自慢だった母の文字が、ガタガタに揺れている。
時折、口元から零れ落ちる涎(よだれ)・・・

ドグマチール他、何種類も服用している薬の副作用なのか?
素人の私には、母の現状を、どう受けて良いのか全く判断が付かない。

プロに任せておいて本当に大丈夫なのだろうか?

単純な疑問が湧いて来る。

来週月曜日の午前、主治医との面談予約を申し出た。

・・・・・・

父は、末期癌の現実と、
そして母は、妄想の末期癌と闘っている。

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