2007/7/31 20:45
介護老人保健施設にて 1.人形 両親のこと
母がお世話になっている介護老人保健施設に、
ひときわ人目を引く老女がいる。
寝て起きたままのような、
梳(と)かした様子も見られないぼさぼさの短い白髪。
腰を海老の様に曲げ、
視点の合わない虚ろな目を空中に向けながら、
それでも、絶大なる存在感をアピールしている。
その存在感の在り処は、
彼女の背中にある。
彼女は、その曲がった背中に、
よれた白いおぶい紐を掛けている。
おぶわれているのは、
『人形』だ。
お世辞にも可愛いとは言えないその人形の顔は、
垢で薄汚れ、髪は、その老女と同じくらい乱れている。
彼女は、その人形を、片時も離さない。
彼女が若い頃に亡くした子どもなのだろうか。
そんな彼女の手を引いて、
スタッフの若い女性が、館内の廊下を散歩している。
何も話さず。
ただ黙々と。
ゆっくり、ゆっくり・・
老女は何を想っているのだろう。
孫のようなスタッフの女性に手を引かれ、
曾孫のような人形を背におぶい・・・
「あんな変な人形なんかおぶって・・」
母がそう言った。
「ねぇねぇ、なんか変な人形おぶってる人いたでしょ」
兄嫁もそう言った。
この施設を訪れる人は皆、
きっとそう思うに違いない。
が、私は、小林秀雄のエッセイ、「人形」を思い出していた。
小林秀雄「人形」から感じること(2006/4/2記事)
小林秀雄「人形」 もう一つの見方(2006/4/7記事)
以前、この二種類の考え方をアップしたが、
果たして、この施設では、どちらを実行されているのだろう。
そっと静かに、思いやりの心で老女を包み込んでいるのか、
それとも、彼女の、『共感の獲得』という願望までも、満たしているのか・・・。
ひときわ人目を引く老女がいる。
寝て起きたままのような、
梳(と)かした様子も見られないぼさぼさの短い白髪。
腰を海老の様に曲げ、
視点の合わない虚ろな目を空中に向けながら、
それでも、絶大なる存在感をアピールしている。
その存在感の在り処は、
彼女の背中にある。
彼女は、その曲がった背中に、
よれた白いおぶい紐を掛けている。
おぶわれているのは、
『人形』だ。
お世辞にも可愛いとは言えないその人形の顔は、
垢で薄汚れ、髪は、その老女と同じくらい乱れている。
彼女は、その人形を、片時も離さない。
彼女が若い頃に亡くした子どもなのだろうか。
そんな彼女の手を引いて、
スタッフの若い女性が、館内の廊下を散歩している。
何も話さず。
ただ黙々と。
ゆっくり、ゆっくり・・
老女は何を想っているのだろう。
孫のようなスタッフの女性に手を引かれ、
曾孫のような人形を背におぶい・・・
「あんな変な人形なんかおぶって・・」
母がそう言った。
「ねぇねぇ、なんか変な人形おぶってる人いたでしょ」
兄嫁もそう言った。
この施設を訪れる人は皆、
きっとそう思うに違いない。
が、私は、小林秀雄のエッセイ、「人形」を思い出していた。
小林秀雄「人形」から感じること(2006/4/2記事)
小林秀雄「人形」 もう一つの見方(2006/4/7記事)
以前、この二種類の考え方をアップしたが、
果たして、この施設では、どちらを実行されているのだろう。
そっと静かに、思いやりの心で老女を包み込んでいるのか、
それとも、彼女の、『共感の獲得』という願望までも、満たしているのか・・・。
2007/7/30 22:40
父、癌との闘いを終えて 11.やっちゃいました 両親のこと
やっちゃいました。
予想通りでした。
失敗しました。
請求書、数字が間違ってました。
あの日作成した請求書です。
父が亡くなったあの日、
真夜中、明け方、朝、
一睡も出来なかったあの日。
そのまま出社して作成した請求書です。
今朝、出社したら、
机の上に一枚のファックスが届いていました。
「ここの欄、数字が合っていません。至急お電話下さい」
はい。
間違えました。
はい。
予想通りです。
はい。
やっぱりやっちゃいました。
あの日やった仕事のミスが、
続々続々、襲ってくるのだろうか・・・
ああ・・・
続々続々・・・
ゾクゾクゾクゾク・・・
予想通りでした。
失敗しました。
請求書、数字が間違ってました。
あの日作成した請求書です。
父が亡くなったあの日、
真夜中、明け方、朝、
一睡も出来なかったあの日。
そのまま出社して作成した請求書です。
今朝、出社したら、
机の上に一枚のファックスが届いていました。
「ここの欄、数字が合っていません。至急お電話下さい」
はい。
間違えました。
はい。
予想通りです。
はい。
やっぱりやっちゃいました。
あの日やった仕事のミスが、
続々続々、襲ってくるのだろうか・・・
ああ・・・
続々続々・・・
ゾクゾクゾクゾク・・・
2007/7/29 20:44
父、癌との闘いを終えて 10.勝利報告 両親のこと
父の葬儀を終えて、早、一週間が過ぎ去った。
不思議なことに、
あの、長い長い闘いの日々が、
まるで夢の中のお話だったかのように感じる。
ブログを読み返せば、
あの頃のことが、ありありと思い出されるはずなのだが、
自分がかかわってきたような実感が、あまり無い。
例えば、昨年の今頃、
父は抗癌剤治療を受けていた。
その頃のブログの内容を読むと、
本当に大変そうだ。
・・こんな大変な状況に、私は本当に関わってきたの?
本当に、そんなこと、自分に出来たの?・・
と、何だか信じられない気分に陥るのである。
つまり・・・
あの頃とても大変に思っていたことも、
終わってみれば、
「な〜んだ」
で済むようなことだったのかもしれない。
『喉元過ぎれば熱さ忘るる』
非常に短絡的発想ではあるが、
結局、物事というのは、全てそうなのかもしれない。
それを一番実感しているのは、父だろう。
今頃は、極楽浄土で、全ての苦しみから解放され、
ウソのように楽なった体で、ニコニコしているに違いない。
もしかしたら、御仏さまに
癌との闘いの、勝利報告なんかしちゃってたりして・・ネ。
不思議なことに、
あの、長い長い闘いの日々が、
まるで夢の中のお話だったかのように感じる。
ブログを読み返せば、
あの頃のことが、ありありと思い出されるはずなのだが、
自分がかかわってきたような実感が、あまり無い。
例えば、昨年の今頃、
父は抗癌剤治療を受けていた。
その頃のブログの内容を読むと、
本当に大変そうだ。
・・こんな大変な状況に、私は本当に関わってきたの?
本当に、そんなこと、自分に出来たの?・・
と、何だか信じられない気分に陥るのである。
つまり・・・
あの頃とても大変に思っていたことも、
終わってみれば、
「な〜んだ」
で済むようなことだったのかもしれない。
『喉元過ぎれば熱さ忘るる』
非常に短絡的発想ではあるが、
結局、物事というのは、全てそうなのかもしれない。
それを一番実感しているのは、父だろう。
今頃は、極楽浄土で、全ての苦しみから解放され、
ウソのように楽なった体で、ニコニコしているに違いない。
もしかしたら、御仏さまに
癌との闘いの、勝利報告なんかしちゃってたりして・・ネ。
2007/7/28 22:24
父、癌との闘いを終えて 9.幸せの形 両親のこと
幸せな時間ってのは、こういうのを言うのかな。
長女と共に、実家へ父のお参りに。
その後、次女も合流し、浴衣をねだられ購入。
そのまま三人で、母のいる老人保健施設へ。
母の所で一時間半ほど過ごす。
キレイな施設に、感じの良いスタッフの方々。
ここなら安心だ、と直感する。
が、要介護1の母にとって、
適当な話し相手が見当たらない。
他の方々は、母よりもずっと厳しい心身状態のようで、
入所者同士で世間話などを楽しめるような雰囲気は無い。
そんな母にとって、やはり、家族の面会は必要不可欠なのだ。
私が母と話している間、
長女と次女が何やらキャッキャと楽しそうに話している。
そんな様子を母がちらちら目で追いながら、
嬉しそうな表情が滲(にじ)み出てくるのが分かる。
母にしても、あとどれだけ生きられるのか。
「長生きできて、本当に良かった」
なんて、思っている入所者は、
おそらく一人もいないのだろう・・・
食堂に全員の夕食が運ばれ、
母の席に送り届けた後、
「じゃあまた来るネ!」
と、長女・次女・私が、揃って母に手を振った。
母は、
「ありがとう、きっとまた来てや〜」
と、手を振り返してくれた。
すっかりおなかを空かせた子供たちが、
「ねえ、ねえ、ラーメン食べていこうよ〜」
と、声を揃える。
そうだ、そういえば、
そんなひととき、すっかり忘れていた。
子らとラーメンを食べる。
たったこれだけのこと。
父と過ごしてきた病院での夜。
それはそれで、私にとって、
とても大切な時間だったのだけれども、
子らとラーメンを食べて帰るこの時間も、
同じくらい大切で幸せな過ごし方だ。
父が亡くなってから、
幸せの形が、また少し変化してきたように感じる。
長女と共に、実家へ父のお参りに。
その後、次女も合流し、浴衣をねだられ購入。
そのまま三人で、母のいる老人保健施設へ。
母の所で一時間半ほど過ごす。
キレイな施設に、感じの良いスタッフの方々。
ここなら安心だ、と直感する。
が、要介護1の母にとって、
適当な話し相手が見当たらない。
他の方々は、母よりもずっと厳しい心身状態のようで、
入所者同士で世間話などを楽しめるような雰囲気は無い。
そんな母にとって、やはり、家族の面会は必要不可欠なのだ。
私が母と話している間、
長女と次女が何やらキャッキャと楽しそうに話している。
そんな様子を母がちらちら目で追いながら、
嬉しそうな表情が滲(にじ)み出てくるのが分かる。
母にしても、あとどれだけ生きられるのか。
「長生きできて、本当に良かった」
なんて、思っている入所者は、
おそらく一人もいないのだろう・・・
食堂に全員の夕食が運ばれ、
母の席に送り届けた後、
「じゃあまた来るネ!」
と、長女・次女・私が、揃って母に手を振った。
母は、
「ありがとう、きっとまた来てや〜」
と、手を振り返してくれた。
すっかりおなかを空かせた子供たちが、
「ねえ、ねえ、ラーメン食べていこうよ〜」
と、声を揃える。
そうだ、そういえば、
そんなひととき、すっかり忘れていた。
子らとラーメンを食べる。
たったこれだけのこと。
父と過ごしてきた病院での夜。
それはそれで、私にとって、
とても大切な時間だったのだけれども、
子らとラーメンを食べて帰るこの時間も、
同じくらい大切で幸せな過ごし方だ。
父が亡くなってから、
幸せの形が、また少し変化してきたように感じる。
2007/7/27 22:20
父、癌との闘いを終えて 8.遺産相続 両親のこと
親が亡くなると、遺産相続の手続きというのがある。
場合によっては、借金を相続しなければならなくなることも。
幸い、父に借金は無かったようなので、
その心配は無用なのだが。
それにしても、お金というのは人間の心を醜くする元凶だ。
遺産相続の話し合いがこじれて絶縁した例も、よく聞く。
正直言って、なんだか面倒臭い。
面倒なので、いっそのこと、
相続を放棄しようかと思っている。
その方が、サッパリして、
よっぽど気持ちいいような気がする。
お金は、働いた分だけ程々に、
暮らしていける分だけあれば、それで充分。
身分不相応なお金は、魔物である。
・・・・・・・・・・・・・・
父が亡くなって、
禁断のチョコレートが解禁されたわけだが、
なんだかまだ食べる気になれない。
どうも、拒チョコ症になってしまったようだ。
チョコレートを食べることに、罪悪感を感じてしまうのだ。
好物断ちの願掛け。
きっと効果はあったのだろう。
父は、余命宣告の最長期間を生き抜いたのだから。
場合によっては、借金を相続しなければならなくなることも。
幸い、父に借金は無かったようなので、
その心配は無用なのだが。
それにしても、お金というのは人間の心を醜くする元凶だ。
遺産相続の話し合いがこじれて絶縁した例も、よく聞く。
正直言って、なんだか面倒臭い。
面倒なので、いっそのこと、
相続を放棄しようかと思っている。
その方が、サッパリして、
よっぽど気持ちいいような気がする。
お金は、働いた分だけ程々に、
暮らしていける分だけあれば、それで充分。
身分不相応なお金は、魔物である。
・・・・・・・・・・・・・・
父が亡くなって、
禁断のチョコレートが解禁されたわけだが、
なんだかまだ食べる気になれない。
どうも、拒チョコ症になってしまったようだ。
チョコレートを食べることに、罪悪感を感じてしまうのだ。
好物断ちの願掛け。
きっと効果はあったのだろう。
父は、余命宣告の最長期間を生き抜いたのだから。
2007/7/26 21:46
父、癌との闘いを終えて 7.最後の日のこと 両親のこと
ずっと、悔やんでいた。
あの夜、
あの父との最後の夜。
なぜ、もう少し、
いや、なぜもっと、一緒に居てやらなかったのか、と。
・・・・・・・・・・・・
「今、病院から電話があって、
お父さんの呼吸が止まったんだって!
こっちはこれから病院に向かうから、
あなたたちも直ぐに来て!」
慌てふためく兄嫁からの電話を受けたのは、
私が父の病室を出た4時間後だった。
医師による死亡確認時刻が、真夜中の0時34分。
が、これは、実際に父が亡くなった時間とは、微妙に違う。
私が帰った後、父からのナースコールが何度かあったそうだ。
その時は特に変わった様子は無かったという。
が、その後、看護師が巡回をした際、
父の呼吸が止まっていることに気が付いた。
至急医師に連絡を取り、医師が到着。
そして、死亡確認。
だから、おそらく父は、
もっとそれより先の時間に亡くなっていたと考えるのが妥当だろう。
そう、もしかしたら、
私が父と別れた三時間後あたり・・・
・・・・・・・・・・・・・・・
その日の夕方、私は、中三次女の三者面談があった。
それを終えた後、急いで父の病院へ向かった。
夕方五時過ぎ。
父に、
「テレビでお相撲さんやってるよ。見る?」
と尋ねると、父は、小さく頷いた。
すっかり生気を失った父の瞳に、眼鏡を掛けてやる。
舌が、全面白く乾ききっている。
・・父は、もう長くない・・
そう直感した。
が、それが、あともう数時間後にやってくるとは、
全く想像だにしていなかった。
だって、
「テレビの音、聞こえる?」
と尋ねた私に、こっくり頷いてくれたし、
それぞれ取り組みの時間になると、
ちゃんとテレビの方向に顔を向けていたし、
結びの一番が終わった時に、
テレビを消すよう、私にちゃんと目で合図を送ってくれたし・・
相撲が終わったあと、
父は、腰の辺りを痛がった。
だから、ずっとさすり続けた。
腰も、腕も。
痛がるところは、全てさすり続けた。
さすっているうちに、涙が出てきた。
父の前で、初めて泣いた。
母のことで泣いたことはあったが、
父のことで、父の目の前で泣いたのは、
それが初めてだった。
父の病室に入るときは、いつも笑顔を心がけていたのに、
その時は、もう父の前で泣いてもいいような気がしていた。
というより、今泣かないと、後悔するような気さえしていた。
「お父さん・・・
お願いだから、逝かないで・・・
もっと居て欲しいから・・・」
泣き顔のまま、父を見つめると、
父は辛そうに顔を歪め、その目は、
・・・もう、だめだ・・・
と言っているようだった。
そうして、私に何かを一生懸命伝えようとしていた。
声が出ない父が、必死になって声を出そうとしている。
どんなに耳を澄ましても、
聴き取れない・・・
聴き取ってもらえないことに苛立つ父。
最後の力を振り絞って、父の指が空(くう)を舞う。
父は、指で、空(くう)に向かって何やら文字を綴っていた。
ああ、それも読み取ってやれない・・・
すると、いきなり父が、私の手首から二の腕にかけてを、
必死にさすり始めた。
父にまだ、こんな力が残っていたとは信じられないくらい、
しっかりと、繰り返し繰り返し、
父は私の腕をさすり続けた。
そして、ようやく解明した父の言葉は、
『もうすぐアメリカの大空襲が来る!』
だった。
「そんなことないよ」
と父に返すと、父は、顔をしかめ、
『わしは、何回も経験しているからよう分かるんや』
と、私の言葉を否定した。
勿論それらは、全く声になっていない父の言葉だったが、
微かな空気の揺れが、それを私に伝えてくれていた。
父が私の腕をさすり続けるのは、
「もう直ぐ空襲が来るから、早く安全な所に逃げなさい!」
という意味なのか、それとも、
「もうダメだ、逃げられない」
という意味なのか・・
どちらにせよ、父は私に、緊急事態を知らせてくれていた。
・・・・・・・・・・・・・・
そこへ、看護師さんが、父の紙おむつの確認に来られた。
「お父さん、おしっこ出てるかどうか、確認して貰おうか?」
最初は、必要無いといった風に首を横に振った父だが、
「折角だから、少し見て貰おうよ」
との言葉に、こっくり頷いてくれた。
ここで、館内放送が入る。
『ご面会の皆様は、お帰り下さい。
間も無く、消灯の時間になります』
家に残したっきりの子供たちのことが頭に浮かんだ。
ああ・・今日は母の病院にも行けなかった。
母の所だって、もう消灯時間だ・・・
そんなことを頭に思い浮かべながら、
私は、父にこう言ってしまった。
「お父さん、また明日来るネ!」
父は、
輝きを失った虹彩を、まあるく見開いて、
小さく頷いた。
「お父さん、また明日ネ!」
もう一度、声を掛けた私に、
父は、もう一度、小さく頷いてくれた。
それが、父との最後だった・・・。
あの夜、
あの父との最後の夜。
なぜ、もう少し、
いや、なぜもっと、一緒に居てやらなかったのか、と。
・・・・・・・・・・・・
「今、病院から電話があって、
お父さんの呼吸が止まったんだって!
こっちはこれから病院に向かうから、
あなたたちも直ぐに来て!」
慌てふためく兄嫁からの電話を受けたのは、
私が父の病室を出た4時間後だった。
医師による死亡確認時刻が、真夜中の0時34分。
が、これは、実際に父が亡くなった時間とは、微妙に違う。
私が帰った後、父からのナースコールが何度かあったそうだ。
その時は特に変わった様子は無かったという。
が、その後、看護師が巡回をした際、
父の呼吸が止まっていることに気が付いた。
至急医師に連絡を取り、医師が到着。
そして、死亡確認。
だから、おそらく父は、
もっとそれより先の時間に亡くなっていたと考えるのが妥当だろう。
そう、もしかしたら、
私が父と別れた三時間後あたり・・・
・・・・・・・・・・・・・・・
その日の夕方、私は、中三次女の三者面談があった。
それを終えた後、急いで父の病院へ向かった。
夕方五時過ぎ。
父に、
「テレビでお相撲さんやってるよ。見る?」
と尋ねると、父は、小さく頷いた。
すっかり生気を失った父の瞳に、眼鏡を掛けてやる。
舌が、全面白く乾ききっている。
・・父は、もう長くない・・
そう直感した。
が、それが、あともう数時間後にやってくるとは、
全く想像だにしていなかった。
だって、
「テレビの音、聞こえる?」
と尋ねた私に、こっくり頷いてくれたし、
それぞれ取り組みの時間になると、
ちゃんとテレビの方向に顔を向けていたし、
結びの一番が終わった時に、
テレビを消すよう、私にちゃんと目で合図を送ってくれたし・・
相撲が終わったあと、
父は、腰の辺りを痛がった。
だから、ずっとさすり続けた。
腰も、腕も。
痛がるところは、全てさすり続けた。
さすっているうちに、涙が出てきた。
父の前で、初めて泣いた。
母のことで泣いたことはあったが、
父のことで、父の目の前で泣いたのは、
それが初めてだった。
父の病室に入るときは、いつも笑顔を心がけていたのに、
その時は、もう父の前で泣いてもいいような気がしていた。
というより、今泣かないと、後悔するような気さえしていた。
「お父さん・・・
お願いだから、逝かないで・・・
もっと居て欲しいから・・・」
泣き顔のまま、父を見つめると、
父は辛そうに顔を歪め、その目は、
・・・もう、だめだ・・・
と言っているようだった。
そうして、私に何かを一生懸命伝えようとしていた。
声が出ない父が、必死になって声を出そうとしている。
どんなに耳を澄ましても、
聴き取れない・・・
聴き取ってもらえないことに苛立つ父。
最後の力を振り絞って、父の指が空(くう)を舞う。
父は、指で、空(くう)に向かって何やら文字を綴っていた。
ああ、それも読み取ってやれない・・・
すると、いきなり父が、私の手首から二の腕にかけてを、
必死にさすり始めた。
父にまだ、こんな力が残っていたとは信じられないくらい、
しっかりと、繰り返し繰り返し、
父は私の腕をさすり続けた。
そして、ようやく解明した父の言葉は、
『もうすぐアメリカの大空襲が来る!』
だった。
「そんなことないよ」
と父に返すと、父は、顔をしかめ、
『わしは、何回も経験しているからよう分かるんや』
と、私の言葉を否定した。
勿論それらは、全く声になっていない父の言葉だったが、
微かな空気の揺れが、それを私に伝えてくれていた。
父が私の腕をさすり続けるのは、
「もう直ぐ空襲が来るから、早く安全な所に逃げなさい!」
という意味なのか、それとも、
「もうダメだ、逃げられない」
という意味なのか・・
どちらにせよ、父は私に、緊急事態を知らせてくれていた。
・・・・・・・・・・・・・・
そこへ、看護師さんが、父の紙おむつの確認に来られた。
「お父さん、おしっこ出てるかどうか、確認して貰おうか?」
最初は、必要無いといった風に首を横に振った父だが、
「折角だから、少し見て貰おうよ」
との言葉に、こっくり頷いてくれた。
ここで、館内放送が入る。
『ご面会の皆様は、お帰り下さい。
間も無く、消灯の時間になります』
家に残したっきりの子供たちのことが頭に浮かんだ。
ああ・・今日は母の病院にも行けなかった。
母の所だって、もう消灯時間だ・・・
そんなことを頭に思い浮かべながら、
私は、父にこう言ってしまった。
「お父さん、また明日来るネ!」
父は、
輝きを失った虹彩を、まあるく見開いて、
小さく頷いた。
「お父さん、また明日ネ!」
もう一度、声を掛けた私に、
父は、もう一度、小さく頷いてくれた。
それが、父との最後だった・・・。
2007/7/25 21:36
父、癌との闘いを終えて 6.初七日 両親のこと
父が亡くなって、早くも本日が初七日。
まだまだ、昨日のことのように思い出されるというのに。
先日、兄嫁の夢の中に父が出て来たそうだ。
遺体から父が、すーっと立ち上がった場面だったのだとか・・。
一方、私は、
「当分の間は、事故や怪我に気を付けた方がいいわよ」
と、夫の親戚の方々から忠告を受けた。
なんでも、死者があの世から呼び寄せることがあるのだそうで・・・
生前、可愛がられていた人は特に。
今まで何の気なしにいた私だが、
他人からそんな風に言われると、
何だか少々腹立たしい。
父がそんなことするわけ無いでしょ!
なんて、反発をしたくなる。
それよりも、
「大切な人を亡くしたショックで気持ちが落ち込んで、
事故や怪我に遭い易いから、気を付けましょうね」
と言われた方が、ずっと素直に聞けるのである。
でも、考えてみたら、なぜにこんなに丁寧なのだろう。
死者を葬るという儀式。
そこには、死者の魂を鎮める様々な意味が、
込められているに違いない。
つまり、
『人間は、死んだら終わり』
・・ではない。
というわけだ。
まだまだ、昨日のことのように思い出されるというのに。
先日、兄嫁の夢の中に父が出て来たそうだ。
遺体から父が、すーっと立ち上がった場面だったのだとか・・。
一方、私は、
「当分の間は、事故や怪我に気を付けた方がいいわよ」
と、夫の親戚の方々から忠告を受けた。
なんでも、死者があの世から呼び寄せることがあるのだそうで・・・
生前、可愛がられていた人は特に。
今まで何の気なしにいた私だが、
他人からそんな風に言われると、
何だか少々腹立たしい。
父がそんなことするわけ無いでしょ!
なんて、反発をしたくなる。
それよりも、
「大切な人を亡くしたショックで気持ちが落ち込んで、
事故や怪我に遭い易いから、気を付けましょうね」
と言われた方が、ずっと素直に聞けるのである。
でも、考えてみたら、なぜにこんなに丁寧なのだろう。
死者を葬るという儀式。
そこには、死者の魂を鎮める様々な意味が、
込められているに違いない。
つまり、
『人間は、死んだら終わり』
・・ではない。
というわけだ。
2007/7/24 22:49
父、癌との闘いを終えて 5.母、転院 両親のこと
今日、母が転院した。
父のことと同時に、母のことも常に進行している。
担当のケアマネージャーさんが立てて下さったプログラムのお陰様で、リハビリ中心の施設への転院となった。
『老人保健施設』
ここも、長期入院はさせて頂けないのだが、
少しでも母が回復してくれれば・・と思っている。
新しい施設ということで、非常に綺麗で気持ちが良い。
少々遠いのが難点だが、これは致し方無い。
空きがあっただけでも幸せだ。
精神科退院後の1か月で、母は目覚しい回復を遂げた。
父の通夜・葬儀も、
病院まで車で迎えに行き、喪服に着替えさせ、
短時間ではあったが、車椅子での参列を果たした。
精神科に居た頃の、怯えきった母とは別人だ。
私の毎日の面会を、母が心から喜んで迎えてくれる。
実家へ父の祭壇参り⇒母の施設⇒買出し⇒帰宅
と、今日から、仕事帰りのルートを変更。
相変わらず帰宅時間が遅く、子らには申し訳ないが・・・
父のことと同時に、母のことも常に進行している。
担当のケアマネージャーさんが立てて下さったプログラムのお陰様で、リハビリ中心の施設への転院となった。
『老人保健施設』
ここも、長期入院はさせて頂けないのだが、
少しでも母が回復してくれれば・・と思っている。
新しい施設ということで、非常に綺麗で気持ちが良い。
少々遠いのが難点だが、これは致し方無い。
空きがあっただけでも幸せだ。
精神科退院後の1か月で、母は目覚しい回復を遂げた。
父の通夜・葬儀も、
病院まで車で迎えに行き、喪服に着替えさせ、
短時間ではあったが、車椅子での参列を果たした。
精神科に居た頃の、怯えきった母とは別人だ。
私の毎日の面会を、母が心から喜んで迎えてくれる。
実家へ父の祭壇参り⇒母の施設⇒買出し⇒帰宅
と、今日から、仕事帰りのルートを変更。
相変わらず帰宅時間が遅く、子らには申し訳ないが・・・
2007/7/23 22:50
父、癌との闘いを終えて 4.現実 両親のこと
大変現実的な話だが、
親が余命僅かと知らされ、
いよいよその死期が近いと感じた時、
数々の不安が頭をよぎる。
たとえ近いと分かっていても、それが一体いつになるのか、
どんなに優れた主治医であろうとも、
正確な日時までは予言できない。
仕事は大丈夫か、
予定していた行事と重ならないか、
などなど・・
ついついこちらの都合というものを考えてしまう。
が、そうしたことを考えたところで、
結局は、なるようにしかならないのであろう。
父が亡くなった19日。
本来ならば、20日締め前日。
請求書やら支払いやら、通常でもパニックなのに、
今回は、そのパニックが臨界点に達してしまった。
真夜中に亡くなった父。
病院での処置を終え、
葬儀屋の手際良い準備と設置で、
無事に実家での安らかな眠りを確保された父ではあったが、
私自身の安らかな眠りは得られなかった。
一睡も出来ずに夜が明け、出社。
本来ならば、会社なんぞスッパリ休みたいところだが、
親が亡くなったからといって、
自分の仕事が全面ストップするわけも、交代者もなく・・
これが、哀しき零細企業経営一家の現実なのである。
幽霊のような出で立ちで、デスクに向かう。
最低限、取引先に迷惑を掛けないよう、
支払い&請求の手配だけは済ませる。
が、集中力はゼロ。
通夜、葬儀の打ち合わせも、かなり繁雑なものだ。
19、20、21日は、怒涛の3日間となった。
そして、今日からまた通常通り仕事に就いたが、
仕事が溜まり過ぎていて、何もやる気が起こらない。
19日に予定されていた、
高3長女の三者面談が今日にずれ込み、
更に仕事進まず。
現実とはこういうもんだ。
繁雑な現実に紛れながら、人はそこに悲しみをも紛らわせ、
そうして生きていくのだろう。
親が余命僅かと知らされ、
いよいよその死期が近いと感じた時、
数々の不安が頭をよぎる。
たとえ近いと分かっていても、それが一体いつになるのか、
どんなに優れた主治医であろうとも、
正確な日時までは予言できない。
仕事は大丈夫か、
予定していた行事と重ならないか、
などなど・・
ついついこちらの都合というものを考えてしまう。
が、そうしたことを考えたところで、
結局は、なるようにしかならないのであろう。
父が亡くなった19日。
本来ならば、20日締め前日。
請求書やら支払いやら、通常でもパニックなのに、
今回は、そのパニックが臨界点に達してしまった。
真夜中に亡くなった父。
病院での処置を終え、
葬儀屋の手際良い準備と設置で、
無事に実家での安らかな眠りを確保された父ではあったが、
私自身の安らかな眠りは得られなかった。
一睡も出来ずに夜が明け、出社。
本来ならば、会社なんぞスッパリ休みたいところだが、
親が亡くなったからといって、
自分の仕事が全面ストップするわけも、交代者もなく・・
これが、哀しき零細企業経営一家の現実なのである。
幽霊のような出で立ちで、デスクに向かう。
最低限、取引先に迷惑を掛けないよう、
支払い&請求の手配だけは済ませる。
が、集中力はゼロ。
通夜、葬儀の打ち合わせも、かなり繁雑なものだ。
19、20、21日は、怒涛の3日間となった。
そして、今日からまた通常通り仕事に就いたが、
仕事が溜まり過ぎていて、何もやる気が起こらない。
19日に予定されていた、
高3長女の三者面談が今日にずれ込み、
更に仕事進まず。
現実とはこういうもんだ。
繁雑な現実に紛れながら、人はそこに悲しみをも紛らわせ、
そうして生きていくのだろう。
2007/7/22 22:21
父、癌との闘いを終えて 3.空虚感 両親のこと
夕刻。
私は、何かに取り付かれたように、
あの病院へ向かっていた。
あの病院の、あの病棟の、あの病室へ行けば、
きっと父が待っていてくれる。
そうに違いない。
いつものように、いつもの道を、
いつものように、車で飛ばす。
いつものように病院の駐車場に到着し、
いつものように、いつもの見舞い客とすれ違う。
いつもと同じ廊下に、いつもの売店、いつものエレベーター。
いつものように最上階のボタンを押せば、
到着するのは、いつもと同じ、あの病棟だ。
いつものように、ナース・ステーションに声を掛ける。
「こんにちは!」
が、その後の私のセリフは、
「お陰様で、昨日、父の葬儀が無事に終わりました・・」
そして、次から次へと溢れ出る涙で、言葉が言葉にならない。
婦長さんの合図で、
本日担当の看護師さん達が集まって来られた。
私には、どうしても伝えたい言葉があった。
「父が、大変お世話になりました。
『看護師さんの皆さんが、いつもとっても優しくしてくれる』
と言って、父が大変喜んでおりました。
本当に、ありがとうございました」
「そんな風に言って頂けると、私たちも大変嬉しいです」
と、婦長さん。
「最期に七転八倒して亡くなられる方もいらっしゃるというのに、お父さんの場合は、いつの間にかスーッと安らかに亡くなられましたね」
とのお言葉に、救われる思いがした。
「父の居た病室・・もう誰か次の方が入っておられますか?
もしまだでしたら、もう一度、入ってみても宜しいでしょうか・・」
婦長さんは、私のこの願いを、快く受け入れて下さった。
いつものあの病室・・・
ドアの取っ手に手を掛け、そーっと開けてみると・・・
・・やはり、
そこに、父は居なかった。
あったのは、今まで何度か見掛けたあの光景。
綺麗に整えられた主の居ないベッドが、
ポツンと淋しそうに、佇んでいるだけだった。
この病棟にいれば、いつかは、
父の順番が来ることはわかっていた。
死の世界からの使者は、
やはり、父を取り残すミスなど犯さなかったのだ。
窓からの景色も、病室の匂いも、
いつもとおんなじなのに。
父だけが、そこには居なかった。
・・・・・・・・・・・・・・・・
肉親を亡くす空虚感。
頭の中では分かっていたつもりだが、
実際は、そんな生優しいものではなかった。
いつか、癒えるときが来るのだろうか。
残念ながら、今はまだ、
その日が来るとは、到底思えない。
私は、何かに取り付かれたように、
あの病院へ向かっていた。
あの病院の、あの病棟の、あの病室へ行けば、
きっと父が待っていてくれる。
そうに違いない。
いつものように、いつもの道を、
いつものように、車で飛ばす。
いつものように病院の駐車場に到着し、
いつものように、いつもの見舞い客とすれ違う。
いつもと同じ廊下に、いつもの売店、いつものエレベーター。
いつものように最上階のボタンを押せば、
到着するのは、いつもと同じ、あの病棟だ。
いつものように、ナース・ステーションに声を掛ける。
「こんにちは!」
が、その後の私のセリフは、
「お陰様で、昨日、父の葬儀が無事に終わりました・・」
そして、次から次へと溢れ出る涙で、言葉が言葉にならない。
婦長さんの合図で、
本日担当の看護師さん達が集まって来られた。
私には、どうしても伝えたい言葉があった。
「父が、大変お世話になりました。
『看護師さんの皆さんが、いつもとっても優しくしてくれる』
と言って、父が大変喜んでおりました。
本当に、ありがとうございました」
「そんな風に言って頂けると、私たちも大変嬉しいです」
と、婦長さん。
「最期に七転八倒して亡くなられる方もいらっしゃるというのに、お父さんの場合は、いつの間にかスーッと安らかに亡くなられましたね」
とのお言葉に、救われる思いがした。
「父の居た病室・・もう誰か次の方が入っておられますか?
もしまだでしたら、もう一度、入ってみても宜しいでしょうか・・」
婦長さんは、私のこの願いを、快く受け入れて下さった。
いつものあの病室・・・
ドアの取っ手に手を掛け、そーっと開けてみると・・・
・・やはり、
そこに、父は居なかった。
あったのは、今まで何度か見掛けたあの光景。
綺麗に整えられた主の居ないベッドが、
ポツンと淋しそうに、佇んでいるだけだった。
この病棟にいれば、いつかは、
父の順番が来ることはわかっていた。
死の世界からの使者は、
やはり、父を取り残すミスなど犯さなかったのだ。
窓からの景色も、病室の匂いも、
いつもとおんなじなのに。
父だけが、そこには居なかった。
・・・・・・・・・・・・・・・・
肉親を亡くす空虚感。
頭の中では分かっていたつもりだが、
実際は、そんな生優しいものではなかった。
いつか、癒えるときが来るのだろうか。
残念ながら、今はまだ、
その日が来るとは、到底思えない。
















