2007/10/31  21:13

介護老人保健施設にて 23.金持ちと貧乏  両親のこと

母がお世話になっている施設は、四人部屋と個室との二種類がある。

費用は、ぶっちゃけ、四人部屋が一ヶ月10万円、個室が20万円あたりらしい。
「あたりらしい」というのは、勿論、私が支払いをしているわけではないからである。
兄が言うには、ということなのだが・・。

ちなみに母が入っているのは四人部屋である。

四人部屋、といっても、病院のそれとは全く違い、一人ひとりのスペースは余裕を持ってとってあるし、個別に与えられた二対のタンスには、季節の衣料品が充分収納できる。

そして何よりも、病院臭さが全く無く、明るいベージュで統一された室内は、ゆったりと気持ちが落ち着く。

それに対して個室はどうかというと、これはもう、ちょっとした高級ホテルの一室といっても過言は無いようなリッチな雰囲気である。

こんなところで余生を過ごせるのなら、充分幸せではないか。

と、私などは思ってしまう。

何しろ、食事の心配は無用である。
まあ、四人部屋でも良いのだが、個室ならば更に申し分ないだろう。

が、毎月20万円というのは、やはりキツイ。
母も、最初は個室に入りたがったが、月20万という話をしたら、あっさり諦めてくれた。

さて、一体全体、個室にはどのような方々が入っておられるのだろうか。
それは、間違いなくお金持ちの方々であろう。

しげさんも、個室の住人である。
入所してからもう一年以上も経つそうだ。

しげさんの娘さんは、結婚して東京に住んでおられるが、ご主人の職業はお医者さんである。
毎月の支払いは、娘さん夫婦がなさっている。

豪華な個室で、何の不自由もなく暮らしているはずのしげさん。
それなのに、しげさんは淋しくて淋しくて堪らない。

耳は日増しに遠くなり、何を話しかけてもニコニコしているしか術がないしげさん。
記憶もあやふやで、さっき言ったこともすぐに忘れてしまうしげさん。

「家に帰らして欲しい・・」

しげさんの願いは一つ。
娘さんに迎えに来てもらって、早く自分の家に帰りたい。

東京で整形外科を開業している娘さん夫婦には、到底届かぬ願いだ。

娘さん夫婦は、お金での援助ならいくらでも出せる。
でも、しげさんの本当の幸せは、お金では買えない部分。

『金持ちと貧乏と、どちらが幸せか』

という問いに対する、宗教評論家 ひろさちやさんのお話が、心に響く。

「あるインド人は、6ヶ月仕事を休んで病気の父に付き添ったが、医者の往診は2回だけだった。が、ある日本人は、医者や看護師が6ヶ月面倒を看たが、子どもの見舞いはたったの2回だけだった」

2007/10/30  20:48

介護老人保健施設にて 22.面会力  両親のこと

彼との一夜を過ごせたお陰で、何となく気分が良い。
たまはこれぐらいの喜びが無けりゃー人生やっていけない。
(でも所詮夢なので、効力は3日間ぐらいであろう)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

毎日、仕事帰りに母の施設へ寄るのだが、毎日が毎日、行く気満々なわけではない。
正直言って、気が乗らない日もある。
このまま真っ直ぐ家に帰れたらどんなに楽だろう・・なんて思うこともある。

休日は休日で、今日は家でゆっくりしていたいなぁと思ってしまう日もある。

それでも、とにかく行く。
行けば必ず、
「ああ、今日も行って良かった」
と思えるからである。

面会の少ない入所者は、症状悪化のスピードが速い。
それに対して、面会回数の多い入所者は、悪化のスピードが抑えられるだけでなく、回復傾向さえ見られる。

母のいい話し相手だった同い年のしげさんも、ここのところ認知症の症状が進み、まるで話が噛みあわなくなってしまったらしい。

先日、一年ぶりに東京から、しげさんの娘さんが面会に来られたが、翌日には、それすらすっかり忘れておられるのだ。

最近では、自分の部屋から物が盗まれていると訴えることも多くなられたようだ。

しげさんの悪化に比べて、母の方はと言えば、精神がかなり安定してきたようで、今日などは、

「あんたが毎日来てくれることで、どれだけ精神が安定していることか・・本当にありがとうね。あんたも毎日来るの大変やのに、ありがとうねぇ。お父さんも、毎日あんたが来るのをどんなにか心待ちにしとたんやろうねぇ・・」

などと、しみじみ言ってくれるもんだから、母のこの素晴らしい精神的な回復振りに、大いに報われた気がした。
(何しろ、以前なら顔を見るたびに「醤油持ってきてくれたぁ?」だったからね)

こういうのを、『面会力』 っていうのかなぁ。

2007/10/29  21:20

彼との一夜  恋愛

一生に一度でもいいから逢いたいと思っていた人に、
ようやく逢えた。

それは、昨夜遅くのこと。

私は、彼の部屋に居た。

最初は、何かひと言ふた言、話が出来るだけでも充分幸せだと思っていた。

でもきっと、もう二度と逢えないに決まっている。

そう思うと、せめて握手だけでも・・と、気持ちがエスカレートしてしまった。

そんな私の気持ちに気付いてくれたかのように、彼が私のそばにぐっと近付いた。

「握手を・・」

と言いかけた私の唇を、彼はいきなり・・・!

どんな罰でも 受けましょう とまらない横恋慕

どんな言い訳も見つからない 明白な横恋慕
それなりの覚悟がなけりゃ この先は通せんぼ
天国と地獄はたぶん よく似たところさ

誰もが線を越えたがる 禁じ手の横恋慕・・


あなたが歌うこの曲は、私のために作ってくれたものなの?

不倫・・・

あまりにも突然で、そして、あまりもリアルな感触に戸惑いながらも、私は一切の迷いを捨てる決心をした。

今を逃したら、もう二度と逢えない!

彼と、夢のような一夜を過ごした。

夢のような・・一夜・・・

そんな、夢のような一夜が明け・・・

妖艶な空気が流れたまま、彼と朝を迎えた。

夢のような・・朝・・・













えっ?夢のような??


てか、夢??


これ、ホンマもんの夢やん!


い、稲葉さん・・





・・ま、いいか・・。

夢で逢えたんだから・・・。

2007/10/28  21:48

介護老人保健施設にて 21.施設の一日  両親のこと

母は、一日の多くの時間を、ベッドに横たわって過ごしている。

他の入居者の方々は、朝起きるとそのまま食堂ホールの自分の席に座ったっきり。
就寝時間まで、自分の部屋に戻ることは殆ど無い。

介助入浴やリハビリの時間以外は、毎日その食堂ホールの自分のテーブルに着いているのだが、そこで何をやっているのかというと、実は何もやっていない。

じゃあ一体なぜそこに居るのか。
私は未だに分からない。

オシャベリしているわけでもない。
絵を描いたりしているわけでもない。

彼女たちは、ただひたすらに次の食事を待っているのだ。

朝食が終われば昼食を、
昼食が終わればおやつの時間(三時)を、
おやつの時間が終われば夕食を。

そして就寝時間になると、スタッフの方々に車椅子で部屋まで連れて来て貰う。

彼女たちの一日は、ただそれだけである。

耳が遠いから会話が成り立たない。
目が不自由だからテレビも新聞も見られない。
歩けないから運動が出来ない。
思考が飛んでいるから話せない。

母は、そんな中にいると気が滅入る、と言う。
だから、独り、ベッドに横たわっている。

そうして一日が過ぎてゆく。

2007/10/27  22:32

介護老人保健施設にて 20.願わざる高齢化  両親のこと

キーワードは、『高齢者』 だ!

これを合言葉に、各種業者がこぞって高齢者層を狙う。

高齢者向け住宅・リフォーム、高齢者向け健康食品、高齢者向け各種サービス・・・

今や、高齢者は飯の種なのだ。

高齢社会。
これは、一体どこまで進むのだろう。

実際、元気な70歳以上なんてわんさか存在する。
母がお世話になっている施設でも、80代ならまだ若い方で、90代前半辺りが大半を占めているようだ。

長生きは、人類の願いでもあった。
それがようやく叶ったのだ。

『長寿』 というくらいであるから、長生きすることは大変目出度いことに違いない。

ところが・・だ。

実際に、念願の長生きをしてみて、本当に目出度いと思っている高齢者は果たしてどれ程いるのだろうか。

そして、高齢の親を持つ子の一体どのくらいの割合が、自分も将来長生きしたいと望んでいるのだろうか。

自分で自分のことを出来るうちはまだ良い。
が、老いというのは、ある時期を越えた途端、一気にやってくる。
その、『ある時期』 というのが、人それぞれであるから厄介だ。

何年後に老いが来ると分かっていれば、それに合わせて本人も家族も準備が出来るのだが、そんなことは当然知る由もない。

まだまだ元気だからと安心していた親が、あれよあれよという間に老い、どうしようどうしよう戸惑っているのが、40代以上の年代だ。

高齢者に対する制度やサービスも、途上である。

日々、老いゆく高齢の親を看ながら、私たちもこんな風に長生きしたい!などと思っている人間は、そう多くはないように思う。

老いた自分のせいで、子や嫁や他人の手を煩わせることの苦痛が死ぬほど辛いものと知っているからである。

一体誰が自分の下の世話を、子や他人に託したいと思っているだろうか。

『長生きはほどほどに』

少なくとも、施設に面会に訪れる世代たちは、自分自身の高齢化は勘弁願いたいと思っているに違いない。

2007/10/26  22:35

介護老人保健施設にて 19.遣る瀬無い  両親のこと

施設の駐車場で頻繁に出会う女性がいる。

出会う、といっても、彼女は面会を終えて帰るところ。
私はこれから行くところであるから、『すれ違う』 といった方が適切かもしれない。

その頃はもうすっかり日も落ち、丁度、『こんばんは』 の挨拶が相応しくなる時間帯である。

その女性は30代ぐらいに見えるのだが、何しろ暗がりであるから少々判り辛い。

が、彼女のしぐさははっきりと判る。

いつも、施設に向かって手を振っているのだ。
両手を上げて、それらを交差させながら、大きく大きく、何回も何回も。

最初は、どこに向かって手を振っているのか分からなかった。
が、よく見ると、彼女の視線は、施設の或る一点に向けられていた。

施設の三階の窓、だ。
つられて私も目を凝らして見上げてみると、

そこには、彼女と同じく、大きく手を振る老人がいた。

窓に体をぴったりと張り付け、暗がりの駐車場に向かって一心に手を振っている。
彼女が車に乗り込んでも、そして、車が動き出しても。

そして彼女も同じく手を振り続ける。
小さな車の窓から。

車は、駐車場内をゆっくりゆっくり進む。
しかし、やがては道路へと走り出す。

車が見えなくなるまで、その老人は窓に張り付いたまま手を振っている。
そうして、すっかり消え去ったことを確認したのだろう、張り付いた体を窓から離し、ゆっくりとブラインドを下ろす・・。

女性の姿も老人の姿も、私の視界から消え去り、辺りはすっかり闇と化す。
その闇の中、たった今まで目の前で繰り広げられていた情景が、残像として映し出され、私は毎回、どん臭くも泣けてくるのだ。

誰だって、愛する肉親を施設に預けたいだなんて、心底思ってなどいない。
それでも、そうぜざるを得ない状況というものが存在する。

見えなくなるまで手を振って、手を振って、手を振って・・
そうしてその後に、またお互いの現実が待っている。

どうにもならない、遣る瀬無い闇。
その闇の中、手探りで母に向かう自分の姿が、エントランスのガラスにぼんやり浮かんだ。

2007/10/25  21:43

介護老人保健施設にて 18.無理やりの自負  両親のこと

一体どれくらいの日々を、
両親の病院・施設通いに費やしただろうか。
それは、一日たりとも休むことなく。

旅行もコンサートも友人とのお茶さえも、
端っから諦めている。

でも、ふとした時に、

“コレハ一体イツマデ続クノダロウ”

そんなことを、漠然と考えてしまうのである。

本当は、
旅行にだって、コンサートにだって、友人とのお茶にだって、
行こうと思えば行けるのだ。

「ゴメンね、明日は用事があって来れそうにないから・・」

と、ひと言、そう言ってしまえばいいだけだ。

でも、それがどうしても言えない。

毎日必ず会いに行くことは、自分で決めたことだから、
勿論、そんなことに後悔なんて無い。

後悔なんて無いくせに、これが無期限であるということに、
ある種、気持ちが圧倒されてしまうのだ。

そんな自分には、嫌悪のボールを暴投し、
自らデッドボールを食らって、
思いっ切りぶっ倒れてやれ。

ところが!

“なんだ、自分のやってることなんて、全然大したことないじゃん”
“ねぇ、ねぇ、これを親孝行だなんて言わないでおくれよ”

なんて、急に悟っちゃたりなんかして。

要するに、そういうことなんだ。

自分がやってることは、介護なんかじゃない。

ただの“面会”に過ぎないんだ。

結局、自分の手は一切汚していない。
入れ歯を洗ったり、洗濯物をするのなんかは、
全然汚したうちに入らない。

アナタハ、オムツ ヲ 取リ替エタコトガ アリマスカ?
ハイベン ノ シマツ ヲ シタコトガアリマスカ?

そう聞かれたら、私はうつむくしかない。

汚レタ部分ハ、プロ任セ デショ?

その通り。

介護って、一体なんでしょね。

でもね、これだけは言わせてね。

手は汚していなくても、
精神的な支えだけは、アタシが一番でしょ。

2007/10/24  22:02

介護老人保健施設にて 17.虚しい  両親のこと

「これ見とると、なんやら胸のあたりがギューっとなって苦しいんやわ・・」

母の視線が、ベッドサイドの箪笥の上に延びる。
そこにあるのは、父の遺影だ。

通常の遺影は、自宅の仏間に掛けてあるのだが、それと同じもので、ポストカードサイズに縮小された遺影が、母の元に置いてある。

ベッドに横たわっている時も、座っている時も、遺影の中の父が母を見つめていた。
つまり、部屋の中にいる限り、母は常に父に見守られている格好になるのだ。

相変わらず車椅子生活を余儀無くされている母の毎日は、年齢も手伝ってか、随分不自由な様子である。

『胸がギューッとなって苦しい』

という現象は、夫に死なれた妻としては、おそらく至極自然な現象だろう。

・・・と、思っていた。

が、それは、とんでもなく大きな思い違いだった。

「いっつも監視されとるみたいで苦しいんや・・」

死んでもなお、夫の呪縛から解放されない妻。

母は、父のことが切なくて胸苦しいのではなかったのだ。

「あの人が死んだからいうて、悲しい気持ちなんか、なんもない」

!!

父は、自分の体が滅び行くことよりも、母の体のことばかりを心配していたのに!!

母には、あの頃の父の気持ちが全く伝わっていなかったのだ。

「それなら、この遺影、ここに飾っておくのもうやめようよ。自宅に持ち帰って貰おう」

少々冷たく言い放ってみた。

「でもねぇ・・これがないとねぇ・・」
母が躊躇している。

「でも、これがあると監視されてるみたいで苦しくなるんでしょ?」
「そうなんやけどねぇ・・でもこれがないとねぇ・・お菓子がねぇ・・・」

箪笥の上に立て掛けられた遺影の前には、常時お供え物が置いてあった。
兄夫婦や私が、頃合いを見計らっては父の好物だった甘いお菓子などをお供えするのだ。

施設は、原則的に食べ物の差し入れは禁止となっている。
ましてや、部屋での飲食は厳禁だ。

が、遺影のお供え・・こればっかりは、さすがの施設スタッフも注意はできないのだった。

そして、そのお供え物を食べているのは、紛れもなく母。

つまり、母にとって、父の遺影の存在価値は、その菓子類を無条件に手に入れるための有効な手段。
そういうことなのだ。

そんな母に、無性に腹が立った。

「あの人にとってわしは、ただのセックス付きの女中やったんや」

嗚呼、お願いだから、そんなこと言わないで!

お父さんはね、亡くなる直前まで、お母さんのことばかりを心配していたんだよ!

私の言葉は、虚しく辺りの空気を揺らしただけで、母の心には届かなかった。

2007/10/23  22:15

記事が出来上がるまで  好きに語る

ここ一ヶ月間、『アサッテの人』 を語り続けることで、この時間だけは、自分にとって全く別モノであった。

ブログというのは実に不思議なもので、同じPCに向かうにしても、仕事で画面に向かっているのと、ブログアップで画面に向かっているのとでは、まるで別人のような気分である。

ちなみに今日は、締め切りギリギリの請求書作成に、
朝からヒーヒー言って画面に向かっていた自分がいたわけで・・・

日常というのは、大体そんなもんだ。

仕事帰りの夕刻は、相も変わらずいつも通り。
車で小一時間を掛けて母のいる介護老人保健施設へ寄り。
母の好物なんぞを携えて。

「随分親孝行ですね」
・・なんて言葉を背に受けながら、
まあ、そう言われるのもまんざらじゃないなぁ
なんてことも思いつつ。

そうしたら、何処かで、
「おい、それってなんか違うぞ」
ってな囁きが頭の中に溢れ出し、

その溢れ出た囁きを掻き集めながらPCに向かうと、
いつの間にか記事が出来上がっている。

2007/10/22  22:40

『アサッテの人』 諏訪 哲史の魅力 VOL.29  

9月24日から始まったこのシリーズ、
『アサッテの人』 諏訪 哲史の魅力
結局、ほぼ丸ごと一ヶ月間、語り続けたことになる。

いっそのこと今年いっぱい語り続けようか、などと思ったりもしたが、ここらでそろそろ切り上げることとする。

実はなんだかまだまだ語り足りないような気もするのだが、それは、諏訪氏の第二作目以降のために残しておこうかと思う。

それにしても、我ながらよくここまで徹底して続けたものだ。
まるで何かに取り憑かれたように・・・。

おそらく、ここまで一冊の本に集中できたのは、父の癌・母の精神病と向き合ってきた300篇以上にも及ぶ日々の反動もあるのではないかと思う。

諏訪氏は、ご自身の父親の介護や会社での激務のために文学から離れざるを得なくなった6年間に対して、当時はどう感じておられたかは計り知れないが、今はきっと、後悔などなさっていないと思う。

本も読めなかったような状況を経験した諏訪氏が、そこから抜け出した途端、再び溢れ出した文学へのエネルギーは、きっと、それ以前の何倍にも成長しているに違いない。

私も、病院の駐車場に停めた車中で、日々衰えゆく父の病室へ向かう躊躇の10分間を埋めてくれた僅かばかりの文学との愛おしい時間があったからこそ、今、更に以前の何倍ものエネルギーで文学を求めているのだろう。

そうして出逢ったのが、諏訪哲史氏の『アサッテの人』 であったのだから、これくらい語り続けるのも、決して不思議なことではない。

この約一ヶ月間は、毎日、会社にまで文藝春秋を持ち込み、客人や従業員など誰もいない隙をみては、『アサッテの人』 を盗み読みしていた。

諏訪氏は、尊敬する種村季弘氏に学ぶために、國學院大学を受験なさったそうだ。
そして、種村氏に卒論を見て頂く為に、氏に三回ぐらいラヴレターを書かれたとのこと。

考えてみたらこのシリーズも、全29編の、諏訪哲史氏へのラヴレターのようなものである。(といっても変な意味じゃないですよ。それに第一、諏訪氏は妻帯者ですから〜・・ってわざわざ特筆するようなことでもない??)

・・最後はコケてしまいましたが、・・いや、最初っからコケてましたが、このような内容にも拘らず、全編お付き合い下さった有り難い方がもし居られましたなら、心から感謝致します。

そして、もしも、もしも、憧れの諏訪哲史さんが読んで下さっていたとしたなら、もうこれは、この上無き幸せであります!
と、同時に、もしも文中、不快な表現などありましたら、心よりお詫び申し上げます。

では、諏訪哲史氏の第二作目を心待ちにしつつ・・。
んじゃ、また。

         母性の女 管理人ウィドー

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