2008/6/30 21:33
椎名(大庭)みな子 『痣』 を読んで 4 本
そのような状況の収容所の中、『私』は或る人物に遭遇する。
焼け爛れた背中一面が真っ黒になるくらい蠅を集(たか)らせた老婆の斜め後ろ、死んだように筵(むしろ)に横たわっている男・・
焦げ切れた睫(まつげ)、鋭い濡れた泥炭のような瞳はどろんとして宙に浮いていたが、その目は確かに『私』を見ていた。
その男の、腐った海蛇の腹のようなぬるりとした手の指には、爪など無い。
膿と血の細長いただの肉塊・・その指で、目に入り込もうとする蛆(うじ)をのけようとしている。
『私』は、その男が誰かのような気がしてならにのだが、果たして一体誰なのか、思い出せないでいる。
が、その男の爛(ただ)れた風貌から余分なものを取り除き、野ざらしの一体の骸骨とみる。
そして、その骸骨に、白い皮膚と長く黒い睫(まつげ)をのせていくと・・
そこに見えたのは、友人の恋人だった。
彼は、原爆が投下された6日以来行方不明となっていたのだ。
その彼が、たった今、自分の目の前で、惨い姿をさらしているのだ。
もう助からないのは自明の理だ。
そんな時、人間には一体何が出来るというのだろう。
慰めの言葉など何の意味も無い。
そして『私』は、思ってしまうのだ。
彼が早く死んでしまうことを。
これは罪なのだろうか。
その翌日、『私』たち炊事班は、台風接近のため収容所を離れることとなる。
翌朝、集合の掛る直前、『私』はもう一度彼の様子を見に行く。
彼が死んでいてくれれば、『私』の心は軽くなったに違いない。
・・五、六人の人だかり。
もしや・・と思って近付くと、そこにいたのは、がっくり首を前にのめらせてうつぶせになって死んでいた例の老婆だった。
彼は・・
彼は、まだぜいぜいと息をしていた。
彼の目が、どんよりと鈍い光を放つ。
『私』の背後から、級友が帰途を急かす。
汽車の時間が迫っているのだ。
とうとう『私』は、彼に声を掛けることも出来ないまま、その場を立ち去る。
それしか成す術は無いのだ。
『私』は何も悪いことなどしていない。
これは仕方の無いことなのだ!
しかし、『私』はその時、恐ろしい犯罪を感じる。
果たしてこれは、本当に罪なのだろうか。
あの時、人間は誰もが犯罪者に成り得た。
それを処罰出来得る人間など、誰一人として存在しなかった。
ある意味、誰もが犯罪者であったのだから・・
つづく
焼け爛れた背中一面が真っ黒になるくらい蠅を集(たか)らせた老婆の斜め後ろ、死んだように筵(むしろ)に横たわっている男・・
焦げ切れた睫(まつげ)、鋭い濡れた泥炭のような瞳はどろんとして宙に浮いていたが、その目は確かに『私』を見ていた。
その男の、腐った海蛇の腹のようなぬるりとした手の指には、爪など無い。
膿と血の細長いただの肉塊・・その指で、目に入り込もうとする蛆(うじ)をのけようとしている。
『私』は、その男が誰かのような気がしてならにのだが、果たして一体誰なのか、思い出せないでいる。
が、その男の爛(ただ)れた風貌から余分なものを取り除き、野ざらしの一体の骸骨とみる。
そして、その骸骨に、白い皮膚と長く黒い睫(まつげ)をのせていくと・・
そこに見えたのは、友人の恋人だった。
彼は、原爆が投下された6日以来行方不明となっていたのだ。
その彼が、たった今、自分の目の前で、惨い姿をさらしているのだ。
もう助からないのは自明の理だ。
そんな時、人間には一体何が出来るというのだろう。
慰めの言葉など何の意味も無い。
そして『私』は、思ってしまうのだ。
彼が早く死んでしまうことを。
これは罪なのだろうか。
その翌日、『私』たち炊事班は、台風接近のため収容所を離れることとなる。
翌朝、集合の掛る直前、『私』はもう一度彼の様子を見に行く。
彼が死んでいてくれれば、『私』の心は軽くなったに違いない。
・・五、六人の人だかり。
もしや・・と思って近付くと、そこにいたのは、がっくり首を前にのめらせてうつぶせになって死んでいた例の老婆だった。
彼は・・
彼は、まだぜいぜいと息をしていた。
彼の目が、どんよりと鈍い光を放つ。
『私』の背後から、級友が帰途を急かす。
汽車の時間が迫っているのだ。
とうとう『私』は、彼に声を掛けることも出来ないまま、その場を立ち去る。
それしか成す術は無いのだ。
『私』は何も悪いことなどしていない。
これは仕方の無いことなのだ!
しかし、『私』はその時、恐ろしい犯罪を感じる。
果たしてこれは、本当に罪なのだろうか。
あの時、人間は誰もが犯罪者に成り得た。
それを処罰出来得る人間など、誰一人として存在しなかった。
ある意味、誰もが犯罪者であったのだから・・
つづく
2008/6/29 19:13
椎名(大庭)みな子 『痣』 を読んで 3 本
椎名(大庭)みな子氏御本人であろうかと思われる主人公『私』が配属されたのは、広島市内数十箇所の中で最も酷いと思われる爆心地、八丁堀の収容所。
『私』が所属する炊事班は、まだ息の有る患者達に食べ物と名の付くものを与えるために、毎朝5時から日没まで、座る暇も無く働き詰める。
遠くまで水を汲みに行く、米をとぐ、釜を洗う、火を焚く、バケツに入れた粥を患者達に配る、朝食の後片付けが終わった直後から昼食の野菜刻み、そしてそれらの合間合間に薪集め・・・
水といっても、腐ったトマトや胡瓜の切端の浮かんだ水溜りから吹き出る水道管にゴム管を当ててバケツに導き入れたものである。
歩ける程の患者は、腰に襤褸布を一枚巻きつけただけの姿で、食べ物を漁るために碗を持って収容所内を彷徨う。
が、朝、粥を啜(すす)っていたはずの若い娘は、昼過ぎには既に息絶えている。
血膿だらけの毛布にくるまり呻くしか術のない火傷患者たちの周りを、歓喜の羽音をたてた大量の蠅たちが乱舞し、そのような中、一人、また一人と死んでいく・・。
「人の骨を踏むということに、何の不思議も感じなくなったの」
ニ斗炊きの鉄釜をたわしで洗いながら、足元に散らばる白い骨を眺めて淡々とつぶやく炊事班の少女。
『私』も、作業中、無意識に地下足袋の先で白い人間の骨を脇へ除けている。
最早、収容所の腐敗臭にも、空になった粥のバケツの中を物欲しそうに覗きこむ患者達への哀れみの感情にも鈍感になってしまった『私』。
そして、幾人か食べる口が減るたびにホッとする毎日・・・
しかし、それを一体誰が責められようか。
このような究極の状況の中、人間は、自分自身でいられなくなる。
自分ではない誰か他の人間が自分を操っているかのように・・・
被爆患者への同情や哀れみよりも、
「自分がああならずに済んで良かった」
ということ以外考えられなくなる、
哀しいけれども、あの状況下ではそれが当たり前だったのだ。
つづく
『私』が所属する炊事班は、まだ息の有る患者達に食べ物と名の付くものを与えるために、毎朝5時から日没まで、座る暇も無く働き詰める。
遠くまで水を汲みに行く、米をとぐ、釜を洗う、火を焚く、バケツに入れた粥を患者達に配る、朝食の後片付けが終わった直後から昼食の野菜刻み、そしてそれらの合間合間に薪集め・・・
水といっても、腐ったトマトや胡瓜の切端の浮かんだ水溜りから吹き出る水道管にゴム管を当ててバケツに導き入れたものである。
歩ける程の患者は、腰に襤褸布を一枚巻きつけただけの姿で、食べ物を漁るために碗を持って収容所内を彷徨う。
が、朝、粥を啜(すす)っていたはずの若い娘は、昼過ぎには既に息絶えている。
血膿だらけの毛布にくるまり呻くしか術のない火傷患者たちの周りを、歓喜の羽音をたてた大量の蠅たちが乱舞し、そのような中、一人、また一人と死んでいく・・。
「人の骨を踏むということに、何の不思議も感じなくなったの」
ニ斗炊きの鉄釜をたわしで洗いながら、足元に散らばる白い骨を眺めて淡々とつぶやく炊事班の少女。
『私』も、作業中、無意識に地下足袋の先で白い人間の骨を脇へ除けている。
最早、収容所の腐敗臭にも、空になった粥のバケツの中を物欲しそうに覗きこむ患者達への哀れみの感情にも鈍感になってしまった『私』。
そして、幾人か食べる口が減るたびにホッとする毎日・・・
しかし、それを一体誰が責められようか。
このような究極の状況の中、人間は、自分自身でいられなくなる。
自分ではない誰か他の人間が自分を操っているかのように・・・
被爆患者への同情や哀れみよりも、
「自分がああならずに済んで良かった」
ということ以外考えられなくなる、
哀しいけれども、あの状況下ではそれが当たり前だったのだ。
つづく
2008/6/28 22:11
椎名(大庭)みな子 『痣』 を読んで 2 本
『小説とは、限りなくノンフィクションに近いフィクションである』
これが、小説に対する一般的な認識である。
フィクションでありながら、ノンフィクションよりも如実に真実を伝えてくれるもの、それが本物の小説であり、それこそが、文芸の域を超えた文学であると思う。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
『痣』が津田塾大の有志が集まって作られた文芸部会誌『創造』第二号に掲載されたのは、1953年。
が、作品の最後に、1949年「忘却」より とあるので、実際に同内容の元となる小説を起筆したのは4年以上前に遡ると思われる。
椎名(大庭)みな子氏は、1930年11月生まれであるから、『痣』の舞台となる広島原爆投下当時の1945年8月6日は、未だ14歳であった。
その被爆後の広島に、救援隊として学徒動員されたときに目の当たりにした光景が、この小説の核となっている。
それも、集中して描かれているのは、被爆直後の広島ではなく、それから約3〜4週間後の状況である。
『膿(うみ)と大便と、嘔吐物との臭気が鼻をつき、蠅(はえ)の羽音は人間の呻(うめ)きより勢いが強かった。患者達はぺたぺたとセメントの上に筵(むしろ)一枚で座り込み、辛うじて焼け残った板の間に居るものは襤褸(ぼろ)布にくるまって転がっていた』
そんな描写の後に描かれるのが、赤剥けた背中が真っ黒になるほどの大量の蠅にたかられ、一日中背中をくねられながら、「蠅をのう、蠅を追ってつかわさい・・」と乞う老婆である。
老婆の描写は続く。
『その恐ろしい苦悩の喘(あえ)ぎの刻み込まれた額の皺(しわ)の深い溝には時とすると黄色い膿の色をした蛆(うじ)が蠢(うごめ)いていた』
『彼女は腰に木綿の毛布を一枚巻きつけているきりで、・・・それは膿と血で固まっていた』
『赤チンをぶっかけられてみるも恐ろしく爛(ただ)れ上がった背中、膿が流れ、蛆の攀(よ)じのぼる首筋、そげた耳たぶに喰い下がる蛆』
『蠅達はこの素晴らしい獲物のまわりを音をたてて群がり、その血膿の中に両足をこすり合わせ、舞い上がり、とまどい、また舌嘗めずりにやってくる』
・・・・・・・・・
その老婆だけではない、何処も彼処も、無数の歓喜の羽音を立てる蠅と蠢(うごめ)く蛆が体に纏(まと)わり付いた、まさに狂気の沙汰なのである。
つづく
これが、小説に対する一般的な認識である。
フィクションでありながら、ノンフィクションよりも如実に真実を伝えてくれるもの、それが本物の小説であり、それこそが、文芸の域を超えた文学であると思う。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
『痣』が津田塾大の有志が集まって作られた文芸部会誌『創造』第二号に掲載されたのは、1953年。
が、作品の最後に、1949年「忘却」より とあるので、実際に同内容の元となる小説を起筆したのは4年以上前に遡ると思われる。
椎名(大庭)みな子氏は、1930年11月生まれであるから、『痣』の舞台となる広島原爆投下当時の1945年8月6日は、未だ14歳であった。
その被爆後の広島に、救援隊として学徒動員されたときに目の当たりにした光景が、この小説の核となっている。
それも、集中して描かれているのは、被爆直後の広島ではなく、それから約3〜4週間後の状況である。
『膿(うみ)と大便と、嘔吐物との臭気が鼻をつき、蠅(はえ)の羽音は人間の呻(うめ)きより勢いが強かった。患者達はぺたぺたとセメントの上に筵(むしろ)一枚で座り込み、辛うじて焼け残った板の間に居るものは襤褸(ぼろ)布にくるまって転がっていた』
そんな描写の後に描かれるのが、赤剥けた背中が真っ黒になるほどの大量の蠅にたかられ、一日中背中をくねられながら、「蠅をのう、蠅を追ってつかわさい・・」と乞う老婆である。
老婆の描写は続く。
『その恐ろしい苦悩の喘(あえ)ぎの刻み込まれた額の皺(しわ)の深い溝には時とすると黄色い膿の色をした蛆(うじ)が蠢(うごめ)いていた』
『彼女は腰に木綿の毛布を一枚巻きつけているきりで、・・・それは膿と血で固まっていた』
『赤チンをぶっかけられてみるも恐ろしく爛(ただ)れ上がった背中、膿が流れ、蛆の攀(よ)じのぼる首筋、そげた耳たぶに喰い下がる蛆』
『蠅達はこの素晴らしい獲物のまわりを音をたてて群がり、その血膿の中に両足をこすり合わせ、舞い上がり、とまどい、また舌嘗めずりにやってくる』
・・・・・・・・・
その老婆だけではない、何処も彼処も、無数の歓喜の羽音を立てる蠅と蠢(うごめ)く蛆が体に纏(まと)わり付いた、まさに狂気の沙汰なのである。
つづく
2008/6/27 22:07
椎名(大庭)みな子 『痣』 を読んで 1 本
数年前、何かに取り憑かれたかのように、戦争ものの本を読み漁ったことがある。
それも、フィクションではなく、ノンフィクションの。
そして、勿論、日本人が関わった戦争についてである。
沖縄、広島、長崎に限らず、戦争の痛手は日本を丸ごと覆い尽くしていた。
学徒出陣、特攻隊、ひめゆり部隊・・
大いなる洗脳による自己犠牲の数々。
実父は出兵経験を持つが、戦争での具体的な経験話はとうとう一言も語らずに昨年亡くなった。
「思い出すだけで胸が切なぁなって苦しいなるからなんも話せん」
父が戦争について発したのは、その一言だけだったといっても過言ではない。
しかし、私は知りたかった。
その究極に異常な状況の中で、人間がどのような心理状態に陥るのか。
そして、どのようにしてそこから立ち直り得るのか、を。
・・・・・・・・・・・・・
先日、ようやく、大庭みな子氏の初期短編『痣』を読んだ。
正確には、結婚前の作品であるから、椎名みな子である。
まだ津田塾大学在学中の作品で、しかも当時の文芸部で発行された会誌「創造」に掲載されたものだという。
大庭氏の作品といえば、芥川賞受賞作品『三匹の蟹』が、世に出た最初の書という認識であるから、まだ18〜19歳の作品と思われる『痣』の発掘は、大変貴重であるといえよう。
つづく
それも、フィクションではなく、ノンフィクションの。
そして、勿論、日本人が関わった戦争についてである。
沖縄、広島、長崎に限らず、戦争の痛手は日本を丸ごと覆い尽くしていた。
学徒出陣、特攻隊、ひめゆり部隊・・
大いなる洗脳による自己犠牲の数々。
実父は出兵経験を持つが、戦争での具体的な経験話はとうとう一言も語らずに昨年亡くなった。
「思い出すだけで胸が切なぁなって苦しいなるからなんも話せん」
父が戦争について発したのは、その一言だけだったといっても過言ではない。
しかし、私は知りたかった。
その究極に異常な状況の中で、人間がどのような心理状態に陥るのか。
そして、どのようにしてそこから立ち直り得るのか、を。
・・・・・・・・・・・・・
先日、ようやく、大庭みな子氏の初期短編『痣』を読んだ。
正確には、結婚前の作品であるから、椎名みな子である。
まだ津田塾大学在学中の作品で、しかも当時の文芸部で発行された会誌「創造」に掲載されたものだという。
大庭氏の作品といえば、芥川賞受賞作品『三匹の蟹』が、世に出た最初の書という認識であるから、まだ18〜19歳の作品と思われる『痣』の発掘は、大変貴重であるといえよう。
つづく
2008/6/26 21:52
『がん哲学外来』 に期待する 記事・ニュースから思うこと
「地位や名誉ではない『勇ましき高尚なる生涯』を送って」
「どう生きるかは自分の意志でコントロールできる」
癌について患者らと語り合い、相談にも乗るという『がん哲学外来』(無料)が東京の順天堂医院で試行的に開設されたのだそうだ。
開設者は、順天堂大教授 樋野 興夫(ひの おきお)氏(54歳)。
冒頭は、実際、同外来の面談に訪れた患者に、氏が掛けた言葉である。
癌患者の持つ不満の一つが、医師とのコミュニケーション不足。
余裕の無い医療現場で、医師が患者の話をじっくり聴くのは不可能に近い。
また、本人だけでなく、癌患者を抱える家族の悩みも深い。
「医療関係者には余裕が無く、一人の人間として患者と接することが出来ていない」
「医師と患者が同じ目線で語れる場が求められている。悩める人間には偉大なるお節介が必要」
と、樋野氏はおっしゃる。
まさにその通りである。
今や、癌で死ぬことはさほど珍しいことではなく、むしろ当たり前といってもいいほどだ。
しかし、にもかかわらず、依然、癌で死ぬ現実は過酷である。
私は、実父によってその過酷さを目の当たりにし、学んだのだが、果たして自分が癌患者になったとき、それとどう向き合い闘うのか、いや、実際闘うことが出来るのかどうかすら予想できないでいる。
樋野氏の専門は、細胞を調べ発癌の仕組みを解明する病理・腫瘍学だそうだ。
癌となって自暴自棄になるのか、あるいは果敢に立ち向かうのか、その精神の違いによって、癌細胞の成長具合にも大きな差が出るのではないだろうか。
癌と哲学、この組み合わせが上手くいけばきっと、『癌で死ぬこと』がただの無駄死に思えなくなるに違いない。
『癌が、己の生をより良く生きるチャンスを与えてくれている』
そんな風に哲学できたなら、『癌で死ぬこと』にも、大きな意義が見出せるに違いない。
「どう生きるかは自分の意志でコントロールできる」
癌について患者らと語り合い、相談にも乗るという『がん哲学外来』(無料)が東京の順天堂医院で試行的に開設されたのだそうだ。
開設者は、順天堂大教授 樋野 興夫(ひの おきお)氏(54歳)。
冒頭は、実際、同外来の面談に訪れた患者に、氏が掛けた言葉である。
癌患者の持つ不満の一つが、医師とのコミュニケーション不足。
余裕の無い医療現場で、医師が患者の話をじっくり聴くのは不可能に近い。
また、本人だけでなく、癌患者を抱える家族の悩みも深い。
「医療関係者には余裕が無く、一人の人間として患者と接することが出来ていない」
「医師と患者が同じ目線で語れる場が求められている。悩める人間には偉大なるお節介が必要」
と、樋野氏はおっしゃる。
まさにその通りである。
今や、癌で死ぬことはさほど珍しいことではなく、むしろ当たり前といってもいいほどだ。
しかし、にもかかわらず、依然、癌で死ぬ現実は過酷である。
私は、実父によってその過酷さを目の当たりにし、学んだのだが、果たして自分が癌患者になったとき、それとどう向き合い闘うのか、いや、実際闘うことが出来るのかどうかすら予想できないでいる。
樋野氏の専門は、細胞を調べ発癌の仕組みを解明する病理・腫瘍学だそうだ。
癌となって自暴自棄になるのか、あるいは果敢に立ち向かうのか、その精神の違いによって、癌細胞の成長具合にも大きな差が出るのではないだろうか。
癌と哲学、この組み合わせが上手くいけばきっと、『癌で死ぬこと』がただの無駄死に思えなくなるに違いない。
『癌が、己の生をより良く生きるチャンスを与えてくれている』
そんな風に哲学できたなら、『癌で死ぬこと』にも、大きな意義が見出せるに違いない。
2008/6/25 21:44
引き算は苦手 の巻 仕事ネタ
「最近、仕事はどないでっか?」
「もう、毎日だるくてだるくてあきまへんわ〜」
「まあ、仕事っちゅうもんはみんなそんなもんや」
「そやなぁ。楽して金は得られんもんやなぁ」
「そやけど、あんたの場合、楽なんとちゃう?」
「あ〜、それは社長夫人の方や。前にも言うたと思うが、わしは社長婦人の方じゃけん」
「どう違いますのん?」
「社長夫人は、自宅ソファーで飼い猫の頭でも撫ぜとりゃええんや。そやけど、社長婦人はちゃうで。安月給で思いっきりこき使われますねん」
「ほんまですのん??」
「もう、しんどいこの上無しやわ〜」
「そないにしんどいんかいな?」
「あきませんわ、この仕事。適性ゼロですねん」
「ま、ダンナの家業ならしゃーないわな。嫁の義務みたいなもんや」
「そやろか?家業を継いだ夫の嫁は、自分の職業を選べんのかいな?!」
「いや〜、どうなんやろね。実際、家業以外の企業で働いとる嫁も、おるにはおるとは思うけど、まあ田舎じゃおそらく少数派やろねぇ」
「ダンナはもともと得意分野やからええけど、わしはどうも今ひとつ馴染めん世界や」
「ま、仕事と割り切って、せいぜい失敗せんよう無難にやっといたらええやないの」
「う〜ん、まあ、自分の好きな道で食える人なんてのは稀なんやし、なんとか無難にやっていきますかな。とは思うものの、なかなか厳しい業界ですわ」
「何がそんなに難しいんや」
「え〜〜っと、特に引き算が・・・」
「それ、ただの算数やないの」
「いや〜、先日もね、お客さんに渡すおつりで、47万円引く46万9百50円の答えがとっさに出てこなくて、恥ずかしながら、電卓で計算しました」
「う〜〜〜む・・・」
「いや普通は、振込みか小切手か手形しか扱わないもんで、現金10万円以上っちゅうのは、わしにとっては既に札束感覚なわけですよ。それが47万ときたもんだから、それを手にしただけで舞い上がっちゃって、脳みそが引き算どころではなくなったっちゅーわけです」
「現金慣れしてないわけね」
「はあ。結構震えます」
「う〜ん、ええやないの。引き算に電卓使ったって」
「ええ?でも簡単な計算やのに、お客さんの前でなんかカッコ悪いで」
「なんもカッコ悪いことやあらしまへん。こんな話がありますのや。昔々、とある立派な将軍様が、金銭の管理を誰に任せるか、その候補者をひとりひとり面接なさったそうじゃ」
「ほ・・ほう・・」
「でな、それぞれに簡単な計算をさせたそうじゃ」
「・・あんた・・今夜はいきなり語り部かいな?」
「黙って聴きなはれ!・・でな、候補者たちは、それぞれ暗算で即答したのだそうじゃ」
「ほう、みなさん優秀ですな」
「ところが!たった一人だけ、そろばんを入れてから答えた候補者がおったのじゃ」
「わしと一緒で、計算、苦手なのね」
「と、将軍様は、即、『お前を採用する』と、そのそろばん男に告げたのじゃよ」
「へ?なんで??」
「つまり、たとえ簡単な計算であっても、きちんとそろばんを入れてから答えを出すような慎重さを持っている人物を、将軍様は求めておられたのじゃ」
「ほう、そんなんじゃ」
「だからあんたも自信を持ちなされ。いちいち簡単な計算に電卓を使うのを恥じる必要など微塵も無いのじゃ!」
「へえ〜〜、今夜はなんか心がスッキリしました」
「これからも、悩みなどあったら、遠慮なくわしに話しなはれ」
「はあ・・ありがとうございます・・」
・・という、
一気に社長婦人の悩みが解決したお目出度い話でした・・・
「もう、毎日だるくてだるくてあきまへんわ〜」
「まあ、仕事っちゅうもんはみんなそんなもんや」
「そやなぁ。楽して金は得られんもんやなぁ」
「そやけど、あんたの場合、楽なんとちゃう?」
「あ〜、それは社長夫人の方や。前にも言うたと思うが、わしは社長婦人の方じゃけん」
「どう違いますのん?」
「社長夫人は、自宅ソファーで飼い猫の頭でも撫ぜとりゃええんや。そやけど、社長婦人はちゃうで。安月給で思いっきりこき使われますねん」
「ほんまですのん??」
「もう、しんどいこの上無しやわ〜」
「そないにしんどいんかいな?」
「あきませんわ、この仕事。適性ゼロですねん」
「ま、ダンナの家業ならしゃーないわな。嫁の義務みたいなもんや」
「そやろか?家業を継いだ夫の嫁は、自分の職業を選べんのかいな?!」
「いや〜、どうなんやろね。実際、家業以外の企業で働いとる嫁も、おるにはおるとは思うけど、まあ田舎じゃおそらく少数派やろねぇ」
「ダンナはもともと得意分野やからええけど、わしはどうも今ひとつ馴染めん世界や」
「ま、仕事と割り切って、せいぜい失敗せんよう無難にやっといたらええやないの」
「う〜ん、まあ、自分の好きな道で食える人なんてのは稀なんやし、なんとか無難にやっていきますかな。とは思うものの、なかなか厳しい業界ですわ」
「何がそんなに難しいんや」
「え〜〜っと、特に引き算が・・・」
「それ、ただの算数やないの」
「いや〜、先日もね、お客さんに渡すおつりで、47万円引く46万9百50円の答えがとっさに出てこなくて、恥ずかしながら、電卓で計算しました」
「う〜〜〜む・・・」
「いや普通は、振込みか小切手か手形しか扱わないもんで、現金10万円以上っちゅうのは、わしにとっては既に札束感覚なわけですよ。それが47万ときたもんだから、それを手にしただけで舞い上がっちゃって、脳みそが引き算どころではなくなったっちゅーわけです」
「現金慣れしてないわけね」
「はあ。結構震えます」
「う〜ん、ええやないの。引き算に電卓使ったって」
「ええ?でも簡単な計算やのに、お客さんの前でなんかカッコ悪いで」
「なんもカッコ悪いことやあらしまへん。こんな話がありますのや。昔々、とある立派な将軍様が、金銭の管理を誰に任せるか、その候補者をひとりひとり面接なさったそうじゃ」
「ほ・・ほう・・」
「でな、それぞれに簡単な計算をさせたそうじゃ」
「・・あんた・・今夜はいきなり語り部かいな?」
「黙って聴きなはれ!・・でな、候補者たちは、それぞれ暗算で即答したのだそうじゃ」
「ほう、みなさん優秀ですな」
「ところが!たった一人だけ、そろばんを入れてから答えた候補者がおったのじゃ」
「わしと一緒で、計算、苦手なのね」
「と、将軍様は、即、『お前を採用する』と、そのそろばん男に告げたのじゃよ」
「へ?なんで??」
「つまり、たとえ簡単な計算であっても、きちんとそろばんを入れてから答えを出すような慎重さを持っている人物を、将軍様は求めておられたのじゃ」
「ほう、そんなんじゃ」
「だからあんたも自信を持ちなされ。いちいち簡単な計算に電卓を使うのを恥じる必要など微塵も無いのじゃ!」
「へえ〜〜、今夜はなんか心がスッキリしました」
「これからも、悩みなどあったら、遠慮なくわしに話しなはれ」
「はあ・・ありがとうございます・・」
・・という、
一気に社長婦人の悩みが解決したお目出度い話でした・・・
2008/6/24 21:05
沖縄慰霊の日 「世界を見つめる目」 記事・ニュースから思うこと
6月23日の「慰霊の日」に開催された沖縄全戦没者追悼式に於いて、一編の詩が朗読された。
「世界を見つめる目」と題したその詩を作り、朗読したのは、読谷村立読谷小学校4年の嘉納英佑君である。
僅か10歳の彼のこの想い。
果たして、大人であるはずの私たちは、どうなのであろうか。
<世界を見つめる目>
やせっぽっちの男の子が
ほほえみながら、ぼくを見つめた
テレビの画面の中で…
ぼくも男の子を見つめた
どんな事があったの?
何があったの?
何も食べる物がないんだ
でも、ぼくは生きたい
くるしいけど、あきらめない
ぼく がんばるよ
えがおが あふれる
生きる人間の力強さを感じた
ぼくは 真実を見つめる目を
持ちたいと思った
悲しそうな目をした女の子が
なみだをうかべながら、ぼくを見つめた
テレビの画面の中で
ぼくもその女の子を見つめた
なぜ、悲しい顔をしているの?
なぜ、ないているの?
せんそうで、家族もいなくなっちゃった
家も 友達も
全部、全部なくなっちゃった
悲しいよ さびしいよ
どうすればいいの 助けて
大切なものをなくした人間の弱さを感じた
ぼくは 涙をふいてあげる
やさしい手を持ちたいと思った
きずだらけの男の人が
苦しそうな顔をして ぼくを見つめた
本の写真の中で…
ぼくも男の人を見つめた
どうしたの?
いたいでしょ 大じょうぶ?
あらそいからは なにも生まれはしない
おたがいにきずつくだけ
にくしみがつのるだけ
人間のおかしたあやまちの大きさを感じた
ぼくは やさしくてあてしてあげる
あたたかい心を持ちたいと思った
ぼくのとなりで
おじいちゃんが
自分の目で見てきたできごとを
ぼくに伝えた
苦しかったせんそうのできごと
おばあちゃんが
自分が体験してきたできごとを
ぼくに伝えた
こわかった そかい先でのできごと
お父さんが
自分が聞いたできごとを
ぼくに伝えた
食べる物がなく 苦しんでいる人がいる事
家がなく つらい思いをしている人がいる事
家族とはなればなれになってしまっている人
ざんこくでひさんなできごと
悲しくなった つらくなった
お母さんが何も言わず
ぼくをだきしめた
むねがいっぱいになった
あたたかいぬくもりが
ずっとずっと ぼくの中にのこった
みんながしあわせになれるように
ぼくは、
世の中をしっかりと見つめ
世の中の声に耳をかたむけたい
そしていつまでも
やさしい手と
あたたかい心を持っていたい
(琉球新報より)
嘉納君は、「世界がもし100人の村だったら」を読んだり、アジアの子どもたちを支援する池間哲郎さん(NPO法人「アジアチャイルドサポート」代表理事)の活躍をテレビ番組を通して知り、感じたことを詩にまとめたのだそうだ。
また、この詩を作るにあたり、母親より子さん(42)と、
「映像、写真は何を言っていると思う? どんな言葉を掛けるの?」
と会話しながら、3日で完成させたのだという。
沖縄戦当時、やんばるに避難した祖父母の体験談なども、幼い頃からよく聴かされていたとのこと。
戦争という史実を、実体験を通して語れる人口がますます減少していく中、何か大切な掛け替えの無いものが失われていくような気がしてならない。
それは、この詩の中に存在する、
『やさしい手』と『あたたかい心』なのではないだろうか。
「誰でも良かった」
と、罪の無い他人を殺傷するニュースなどと差し替えに、こんな記事こそ全国ネットで流されるべきである。
「世界を見つめる目」と題したその詩を作り、朗読したのは、読谷村立読谷小学校4年の嘉納英佑君である。
僅か10歳の彼のこの想い。
果たして、大人であるはずの私たちは、どうなのであろうか。
<世界を見つめる目>
やせっぽっちの男の子が
ほほえみながら、ぼくを見つめた
テレビの画面の中で…
ぼくも男の子を見つめた
どんな事があったの?
何があったの?
何も食べる物がないんだ
でも、ぼくは生きたい
くるしいけど、あきらめない
ぼく がんばるよ
えがおが あふれる
生きる人間の力強さを感じた
ぼくは 真実を見つめる目を
持ちたいと思った
悲しそうな目をした女の子が
なみだをうかべながら、ぼくを見つめた
テレビの画面の中で
ぼくもその女の子を見つめた
なぜ、悲しい顔をしているの?
なぜ、ないているの?
せんそうで、家族もいなくなっちゃった
家も 友達も
全部、全部なくなっちゃった
悲しいよ さびしいよ
どうすればいいの 助けて
大切なものをなくした人間の弱さを感じた
ぼくは 涙をふいてあげる
やさしい手を持ちたいと思った
きずだらけの男の人が
苦しそうな顔をして ぼくを見つめた
本の写真の中で…
ぼくも男の人を見つめた
どうしたの?
いたいでしょ 大じょうぶ?
あらそいからは なにも生まれはしない
おたがいにきずつくだけ
にくしみがつのるだけ
人間のおかしたあやまちの大きさを感じた
ぼくは やさしくてあてしてあげる
あたたかい心を持ちたいと思った
ぼくのとなりで
おじいちゃんが
自分の目で見てきたできごとを
ぼくに伝えた
苦しかったせんそうのできごと
おばあちゃんが
自分が体験してきたできごとを
ぼくに伝えた
こわかった そかい先でのできごと
お父さんが
自分が聞いたできごとを
ぼくに伝えた
食べる物がなく 苦しんでいる人がいる事
家がなく つらい思いをしている人がいる事
家族とはなればなれになってしまっている人
ざんこくでひさんなできごと
悲しくなった つらくなった
お母さんが何も言わず
ぼくをだきしめた
むねがいっぱいになった
あたたかいぬくもりが
ずっとずっと ぼくの中にのこった
みんながしあわせになれるように
ぼくは、
世の中をしっかりと見つめ
世の中の声に耳をかたむけたい
そしていつまでも
やさしい手と
あたたかい心を持っていたい
(琉球新報より)
嘉納君は、「世界がもし100人の村だったら」を読んだり、アジアの子どもたちを支援する池間哲郎さん(NPO法人「アジアチャイルドサポート」代表理事)の活躍をテレビ番組を通して知り、感じたことを詩にまとめたのだそうだ。
また、この詩を作るにあたり、母親より子さん(42)と、
「映像、写真は何を言っていると思う? どんな言葉を掛けるの?」
と会話しながら、3日で完成させたのだという。
沖縄戦当時、やんばるに避難した祖父母の体験談なども、幼い頃からよく聴かされていたとのこと。
戦争という史実を、実体験を通して語れる人口がますます減少していく中、何か大切な掛け替えの無いものが失われていくような気がしてならない。
それは、この詩の中に存在する、
『やさしい手』と『あたたかい心』なのではないだろうか。
「誰でも良かった」
と、罪の無い他人を殺傷するニュースなどと差し替えに、こんな記事こそ全国ネットで流されるべきである。
2008/6/23 21:39
B'z The Best“ULTRA Pleasure” その後 音楽
「ちょっと、あんた!なにこれ??も、も、もしや・・」
「す、すまん・・買うてもたわ・・」
「何しとんの!あんた、こないだ『B'z The Best“ULTRA Pleasure”はどないですのん?』とか言うて、買わんことに決めたんとちゃうんかいな!?」
「す、すまん・・それがな、アマゾンドットコムからはお薦めメールが来るわ、テレビ見りゃCMスポット流れとるわで、とうとう誘惑に負けてしもうた・・」
「意外と意志弱いんやなぁ。一旦決めたことは、死んでも守り通さなアカンやないの!」
「いや・・そんな大袈裟なことではないと思うよ・・。それにアマゾンドットコムでポイントもあったんで、DVD付きの3,500円で買えたし・・・」
「ま、ええわ。で、聴きましたん?」
「ええっと、土曜日に着いて、一日寝かして昨日聴きました」
「そうか、やっぱ一日寝かすといい味出ますかね?」
「はい、とってもお味がしみて・・」
「んなわけ無いっしょ!で、どうでしたん?良かったんかいな」
「はあ、DVDの方は噂通りの濃厚さでして、一瞬のマバタキさえも許さんほどの超レアものでした」
「そうか、それは良かったな。で、CDの方はどやったん?」
「BAD COMMUNICATION -ULTRA Pleasure Style-とPleasure 2008 ~人生の快楽~は新録バージョンだったので、文句無くえがったです」
「じゃ、他の28曲は?」
「ま、従来通りです」
「感想、それだけ?」
「はあ。まあ強いて言わせて頂けまするならば、音がビックリするほどクリアーでした」
「あ〜つまり、ディスクが新しいからってこってすね。古いやつはもう聴き過ぎて、ディスクの表面がボロボロなもんだから、音が磨耗してるんざんしょ」
「そ、そうなん?とにかく、全くおんなじ曲のはずなのに、なんや音が新鮮なような気がしたなぁ」
「それじゃ、買うて良かったやないか」
「まあ・・。でも出来ますれば、他の28曲もリミックスであって欲しかったなぁ・・。ほんのチョッとアレンジ変えてあるだけでも、ファンはめちゃ嬉しいのよねー」
「確かにそうやな。そうすれば、おそらく売上も倍増したに違いない。ベスト盤の乱打に踊るほど、B'zファンは愚かではないのだよね」
「お、お、踊りました・・・わし」
「こりゃまた、9月17日発売のB'z The Best“ULTRA Treasure”も買っちゃいそうやなー」
「はあ・・結局そうなりそうです・・・」
「ま、ぱぁ〜〜っといきますか!」
「はい、B'zに20周年記念のご祝儀を渡したと思えば安いもんです!!」
「ホンマに、あんたはアホやなぁ・・」
ちっともアホなんかじゃないよ。キミを待ってるよ。by 稲葉
2008/6/22 16:57
DOESはどーです? part 7 音楽
「そんなこんなで、『曇天発売記念スペシャル』DOES 特集もいよいよpart7にさしかかりましたな。そろそろここらでまとめて下されや」
「う〜む、もうそんなんなるのか。残念だな」
「ま、いい加減にしとかんと〜。とりあえず、今回フォーカスしたセカンドアルバム SUBTERRANEAN ROMANCE の中で、あんたはどの曲が一番気に入っとるんや?」
「そうやなぁ、シングル発売されておる“サブタレニアン・ベイビー・ブルース” “修羅”“三月”の三曲は当然のことながら、それ以外で言うと、“色恋歌”なんかいいねぇ〜」
「へえ〜、それってどんな感じなん?」
「いや、これがまた、オネエサン参っちゃってねぇ〜〜」
「誰がオネエサンや!?」
「別にええやないのっ!わしがオネエサンでも」
「ま、今回だけ許したるわ。で、その曲のどんなとこに参ってるんや?」
「ええか、この歌詞がまたええねん。
栗色の髪が風に揺れている
青二才の僕を惑わせるみたく
桃色の鼻をクスクスさせては
白いハンカチをぼとりと落とした
や」
「ほう〜、そりゃまたキレイなオネエサン風やねぇ〜」
「そうや、そしてその青二才がこう言うわけだ、
好きな人 好きな色 好きなよに並べて
好きなだけ 好きな事 させて」
「え〜〜っ!?青二才、なかなかカワイイやないの」
「ん。で、青二才が、オネエサンをこんな風に観察してるんだな。
黄色い話題で友達と笑う
黒真珠の目で何を見ているの
白魚の指が赤く燃えている
青空の下は色恋の沙汰である」
「黒真珠の目に、赤く燃える白魚の指かぁ〜〜。もう既にあんたが失くしとるものばっかりやね」
「じゃかーしいわっ!! で、最後がええねんで。
好きな人 好きなのは 好きだから
それだけ 好きなだけ 好きな色 つけて」
「うわっつ!青二才に『好きな色 つけて』とか言われたら、もう〜〜堪らんわっ!!」
「ちょ、ちょいと、あんた!しっかりしなはれや!! わしら、どんだけオバハンやねんっ!もっとオネエサンの自覚を持つたなアカンで!」
「あ、すまん・・氏原ワタル氏の詞にチト興奮し過ぎた・・」
「まあ、昭和ロマン風な懐かしい香りのするよな、そんな感じの曲や」
「こうしてみてみると、DOES の曲調というのは、相当バラエティに富んどるようやね」
「そうやね。氏家氏のヴォーカルも結構起伏があって、聴かせる所は聴かせるなぁ。平坦な部分とシャウトする部分との切り替え地点がえらく快感よ」
「なるほど。となると、お決まりの言葉になってしまうんやけど、DOES は今後益々期待のバンドやっちゅうことやね」
「そ。そして、最後に一点、“チャイナ・マーダ”の最後、
“Kill me tender baby!!”
が、『気に入ってんだー、ベイビー』に聴こえるんですけど、どうでしょうか、諏訪哲史さん」
「うわっ!最後、そっち振ったか〜〜〜」
以上、『曇天発売記念スペシャル』DOES 特集でした。
追加情報:“曇天” オリコン初登場3位でございます!!
Part 1に戻る
「う〜む、もうそんなんなるのか。残念だな」
「ま、いい加減にしとかんと〜。とりあえず、今回フォーカスしたセカンドアルバム SUBTERRANEAN ROMANCE の中で、あんたはどの曲が一番気に入っとるんや?」
「そうやなぁ、シングル発売されておる“サブタレニアン・ベイビー・ブルース” “修羅”“三月”の三曲は当然のことながら、それ以外で言うと、“色恋歌”なんかいいねぇ〜」
「へえ〜、それってどんな感じなん?」
「いや、これがまた、オネエサン参っちゃってねぇ〜〜」
「誰がオネエサンや!?」
「別にええやないのっ!わしがオネエサンでも」
「ま、今回だけ許したるわ。で、その曲のどんなとこに参ってるんや?」
「ええか、この歌詞がまたええねん。
栗色の髪が風に揺れている
青二才の僕を惑わせるみたく
桃色の鼻をクスクスさせては
白いハンカチをぼとりと落とした
や」
「ほう〜、そりゃまたキレイなオネエサン風やねぇ〜」
「そうや、そしてその青二才がこう言うわけだ、
好きな人 好きな色 好きなよに並べて
好きなだけ 好きな事 させて」
「え〜〜っ!?青二才、なかなかカワイイやないの」
「ん。で、青二才が、オネエサンをこんな風に観察してるんだな。
黄色い話題で友達と笑う
黒真珠の目で何を見ているの
白魚の指が赤く燃えている
青空の下は色恋の沙汰である」
「黒真珠の目に、赤く燃える白魚の指かぁ〜〜。もう既にあんたが失くしとるものばっかりやね」
「じゃかーしいわっ!! で、最後がええねんで。
好きな人 好きなのは 好きだから
それだけ 好きなだけ 好きな色 つけて」
「うわっつ!青二才に『好きな色 つけて』とか言われたら、もう〜〜堪らんわっ!!」
「ちょ、ちょいと、あんた!しっかりしなはれや!! わしら、どんだけオバハンやねんっ!もっとオネエサンの自覚を持つたなアカンで!」
「あ、すまん・・氏原ワタル氏の詞にチト興奮し過ぎた・・」
「まあ、昭和ロマン風な懐かしい香りのするよな、そんな感じの曲や」
「こうしてみてみると、DOES の曲調というのは、相当バラエティに富んどるようやね」
「そうやね。氏家氏のヴォーカルも結構起伏があって、聴かせる所は聴かせるなぁ。平坦な部分とシャウトする部分との切り替え地点がえらく快感よ」
「なるほど。となると、お決まりの言葉になってしまうんやけど、DOES は今後益々期待のバンドやっちゅうことやね」
「そ。そして、最後に一点、“チャイナ・マーダ”の最後、
“Kill me tender baby!!”
が、『気に入ってんだー、ベイビー』に聴こえるんですけど、どうでしょうか、諏訪哲史さん」
「うわっ!最後、そっち振ったか〜〜〜」
以上、『曇天発売記念スペシャル』DOES 特集でした。
追加情報:“曇天” オリコン初登場3位でございます!!
Part 1に戻る
2008/6/21 21:48
DOESはどーです? part 6 音楽
「スペースシャワーTVのシングルランキング、“曇天”は初登場10位でしたなぁ」
「うむ。大健闘やな。おそらくもうひと超え上がりまっせ」
「プロモーションビデオもようやくフルで見れましたな」
「うん。やっぱDOES は演奏シーンが一番カッコええな。それも、モノクロが似合いまっせ」
「そうやな。ハッキリ言って前作“修羅”のPVは良くなかったな。あれではせっかくの名曲が台無しや」
「そやけど、スペースシャワーTV「MVA08」で“修羅”(dir:番場秀一氏)のミュージックビデオが「BEST CREATORS' CHOICE」を受賞したんやで」
「そうなんか?しかしありゃ、女子中高生を持つ親にとってはちょいとひんしゅくもんでっせ」
「そうやな、やっぱDOES の真骨頂はライヴや。“修羅”のPVはさほど見たくないんやけど、“曇天”のは何回でもリピートして見たくなるなぁ」
「まったくですぜ。しかし“曇天”のPVに出てくるテルテル坊主のお化けみたいのは一体何もんですかね?」
「ああ、あれは銀魂に出てくるエリザベスみたいなもんやろ」
「そうなんか?ま、銀魂のエリザベスはあれはあれで十分存在価値ありますからな。しかし、“曇天”のテルテルお化けはどないなもんやろ?」
「まあ、正直あれは必要なかったかな。全編演奏シーンでも良かったような気はするなぁ」
「いずれにせよ、DOES のライヴの良さが十分想像できるいいPVやね」
「うん、まさにそうや。サウンド的にどうのこうの言うより、まずはライブを体感したいと思わせるバンドやな」
「で、総括してどうなんすか?“修羅”“曇天”は抜群のデキやけど、その、セカンドアルバム SUBTERRANEAN ROMANCE ってのは」
「これはね、ハッキリ言って、“修羅”“曇天”にメチャ惚れ込んだ人だけにお薦めしたいね」
「そりゃ一体どういう意味ですかい?」
「つまり・・だ。一種の賭けみたいな生半可な気持ちで聴くと、『あ、あれ??』てなことになりかねん、っちゅーこっちゃ」
「ほう〜、なんやちょいとややこしいな。つまり、端的に言うと、さほどよくないってこってすかい?」
「いや、そうやない。そうやないんや。う〜ん、分かるかいなぁ・・。つまりな、映画で『いま、会いにゆきます』見て感動した50代前後の女性が、その主題歌の『花』を目的にオレンジレンジのアルバム買うですやろ?」
「あ〜、はいはい。売れましたな“ Musiq ”。あの映画の影響で、従来のオレンジレンジファンの年齢層以外にもウケましたな」
「そうや。そないな人たちが、“花”のイメージだけでアルバム買うわけよ。そしたらな、そん中に、“パディ ボン マヘ ”とか“Papa ”とか、“花”ファンには到底理解し難いような曲も入ってて、ショックを受けるわけだ」
「ほう、確かにそういう人もおったかもしれへんなぁ」
「それと同じような現象が、DOES のセカンドアルバム SUBTERRANEAN ROMANCE に於いて、“修羅”“曇天”ファンにも起こらんとは限らん、っちゅーこっちゃ」
「なるほど、ややこしいが、なんや分かる気がするなぁ」
「うむ・・・てか、ヤバっ!今夜はもう時間切れや。つづきはまた次回や!」
「ちょ、ちょ、あ、あんた!・・・また行ってもたわ・・」
いい加減終わりにしますんで、どうか、Part 7へつづくことをお許し下され。
「うむ。大健闘やな。おそらくもうひと超え上がりまっせ」
「プロモーションビデオもようやくフルで見れましたな」
「うん。やっぱDOES は演奏シーンが一番カッコええな。それも、モノクロが似合いまっせ」
「そうやな。ハッキリ言って前作“修羅”のPVは良くなかったな。あれではせっかくの名曲が台無しや」
「そやけど、スペースシャワーTV「MVA08」で“修羅”(dir:番場秀一氏)のミュージックビデオが「BEST CREATORS' CHOICE」を受賞したんやで」
「そうなんか?しかしありゃ、女子中高生を持つ親にとってはちょいとひんしゅくもんでっせ」
「そうやな、やっぱDOES の真骨頂はライヴや。“修羅”のPVはさほど見たくないんやけど、“曇天”のは何回でもリピートして見たくなるなぁ」
「まったくですぜ。しかし“曇天”のPVに出てくるテルテル坊主のお化けみたいのは一体何もんですかね?」
「ああ、あれは銀魂に出てくるエリザベスみたいなもんやろ」
「そうなんか?ま、銀魂のエリザベスはあれはあれで十分存在価値ありますからな。しかし、“曇天”のテルテルお化けはどないなもんやろ?」
「まあ、正直あれは必要なかったかな。全編演奏シーンでも良かったような気はするなぁ」
「いずれにせよ、DOES のライヴの良さが十分想像できるいいPVやね」
「うん、まさにそうや。サウンド的にどうのこうの言うより、まずはライブを体感したいと思わせるバンドやな」
「で、総括してどうなんすか?“修羅”“曇天”は抜群のデキやけど、その、セカンドアルバム SUBTERRANEAN ROMANCE ってのは」
「これはね、ハッキリ言って、“修羅”“曇天”にメチャ惚れ込んだ人だけにお薦めしたいね」
「そりゃ一体どういう意味ですかい?」
「つまり・・だ。一種の賭けみたいな生半可な気持ちで聴くと、『あ、あれ??』てなことになりかねん、っちゅーこっちゃ」
「ほう〜、なんやちょいとややこしいな。つまり、端的に言うと、さほどよくないってこってすかい?」
「いや、そうやない。そうやないんや。う〜ん、分かるかいなぁ・・。つまりな、映画で『いま、会いにゆきます』見て感動した50代前後の女性が、その主題歌の『花』を目的にオレンジレンジのアルバム買うですやろ?」
「あ〜、はいはい。売れましたな“ Musiq ”。あの映画の影響で、従来のオレンジレンジファンの年齢層以外にもウケましたな」
「そうや。そないな人たちが、“花”のイメージだけでアルバム買うわけよ。そしたらな、そん中に、“パディ ボン マヘ ”とか“Papa ”とか、“花”ファンには到底理解し難いような曲も入ってて、ショックを受けるわけだ」
「ほう、確かにそういう人もおったかもしれへんなぁ」
「それと同じような現象が、DOES のセカンドアルバム SUBTERRANEAN ROMANCE に於いて、“修羅”“曇天”ファンにも起こらんとは限らん、っちゅーこっちゃ」
「なるほど、ややこしいが、なんや分かる気がするなぁ」
「うむ・・・てか、ヤバっ!今夜はもう時間切れや。つづきはまた次回や!」
「ちょ、ちょ、あ、あんた!・・・また行ってもたわ・・」
いい加減終わりにしますんで、どうか、Part 7へつづくことをお許し下され。
















