2008/10/31  21:49

理想は伊佐坂さん 諏訪哲史氏講演会の感想 8  関東行脚&諸々の旅、名古屋もあるでよ

昨日の記事に載せ忘れたのだが、数々の諏訪氏エピソードの中、確実に場内地元主婦たちの心を摑(つか)んだのが、『地元スーパー』ネタであった。

地元話で盛り上がる方法数々あれど、
「おお〜、それそれ!」
と共感できるのが、地元スーパーの名前。

ここでふと、自分自身のことを思い起こす・・

『ナフコ』と一言言っただけで、名古屋転勤時代の友人たちと、
「おおー、いっつもそこに買い物行ってたよね〜」
で盛り上がり、

『ユーストア』と言えば三重県転勤時代を思い出し(愛知県が本社らしいですけどね)、

『いなげや』と言うたびに、プッと吹き出す東京小金井転勤時代。(ついつい『鼻毛』を想起してしまうから)

『オギノ』と言うたび赤面した甲府の学生時代。
(避妊法を口にするにはウブな乙女であった)

・・・・

さて、話を戻して諏訪氏ですが、
今回の講演会のタイトルに、

『故郷に凱旋!』

などと付いているものだから、
「もしかして東京に引っ越してしておられた?」
と危惧しておりましたところ、正真正銘、現在なお西区にお住まいとのことで、ホッと致しました。

諏訪氏ご本人曰く、
「僕は、サザエさんに出てくる作家の伊佐坂さんみたいになりたいと思っているんです」

つまり、地域に溶け込む地域密着型作家、ということでありましょうか。

これまた諏訪氏曰く、
「よく人から、『東京に移住しないのか?』と聞かれるんですけど、東京に行ったからといって必ずしもいい作品が書ける(仕事が貰える)わけではないですからね」

つまり、東京になど行かなくてもいい作品は書ける(仕事は貰える)のであります。

そして、極めつけはここ!

「なにしろ、名古屋に芥川賞作家は僕一人なんです。だから講演会の仕事なんかの依頼は僕に集中してきます。その点、東京なんかじゃ、芥川賞作家なんていっぱいいますからね」(笑)

今年の7月で会社を辞職し、いよいよ『諏訪 哲史』という人物が、名古屋在住芥川賞作家として、名古屋に於けるオンリーワン企業(諏訪氏が社長兼従業員)を立ち上げた、と言うに相応しいのではなかろうか。


・・・と諏訪氏、おもむろにジーンズのポケットを探る。
日頃から講演会ではついつい時を忘れて話をしてしまうのだそうで、ポケットの中から時計を取り出し時間のチェック。

あれ〜〜〜もう既に時間が〜〜〜

確か会場入り口に掲げられていた予定はこんなでしたが・・・

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    9につづく

2008/10/30  20:58

ネタが尽きない!! 諏訪哲史氏講演会の感想 7  関東行脚&諸々の旅、名古屋もあるでよ

・・と、まあ、諏訪氏が講演会でご披露下さった数々のエピソードの中のほんのサワリだけを載っけてみましたが、実はまだまだ続々と興味深いお話が・・・

期待されていたサッカー試合で見事にPKを外し、残り物の梅干おにぎりにしかありつけなかった悲哀に満ちた作家少年・・いや・・サッカー少年時代(それも無理やり担任の先生に入部させられたという)の巻。

とか、

他校に比べ、随分情けない感じ漂う校歌の巻。
(諏訪氏が実際に歌って下さるという大サービス付き!)

とか、

東海豪雨で水害に遭い避難した会場にて、地元の災害が全国放送で流れている様子に、
「お、全国放送に自分らの街のことが出てるぞ!」
と、避難住民揃って大いに盛り上がるも、女性アナウンサーが地名の漢字の読み方をことごとく間違え、
「おいおい、それ違うって!」
と、これまた避難住民そろって突っ込みを入れ、全国放送に流れたのは嬉しいんだけど、地名を間違えられるのには落胆してしまうという、嬉しいんだか悲しいんだか分かんないの巻。

とか、

「チッ!勉強なんかしやがって!」
と、勉強なんぞしようものなら即座イジメの餌食に、という大荒れの名古屋西高校時代、いかに勉強していないフリをして勉強するかに神経をすり減らすの巻。

とか、

剣道部、入ったは良いが連日の朝練により、髪は朝からペッシャンコ(面を被るから)、手は洗っても洗っても落ちない猛烈な臭さ(こてに染み付いた臭いが乗り移るから)のせいで、女の子の手も握れずモテなかった高校時代の巻。

とか、

小ネタ、『押切』に萌えるの巻。

とか、

寿がきやのことを書いたら寿がきやがスプーンを送ってくれたの巻。

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        ↑
  諏訪氏、おもむろにスプーンを取り出す

とか、

新婚時代、奮発した家賃10万5千円の豪華マンションから一転、作家を目指すため、名古屋鉄道を6年で辞職し、無収入のヒモ生活に突入し、名古屋の格安地区に引っ越すの巻。

とか、

それも歌あり、図解ありで、諏訪氏のネタは延々と尽きないのでありました。

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        ↑
   諏訪氏による名古屋地域図解
(実はここが『アサッテの人』の・・)


      8につづく

2008/10/29  16:01

地獄の車掌話 諏訪哲史氏講演会の感想 6  関東行脚&諸々の旅、名古屋もあるでよ

そんなこんなの末、ようやく決まった就職先が、鉄道会社、所謂、名古屋鉄道である。

一般的に『成功者』と呼ばれる方々の中には、途轍もなく珍しい経歴の持ち主というのが少なくない。

いや、むしろユニークな経歴の持ち主であることこそが、成功者に成るべく必須条件なのではなかろうかと思うぐらい。

この経歴、諏訪氏もまたその一人、と言えるのではなかろうか。

さて、その名鉄マン時代、諏訪氏は車掌を経験なさっている。
それも、パノラマカーの。

そこで繰り広げられるは、通称『地獄のダンス』

これに関しては、朝日新聞のコラム欄にも執筆されているが、諏訪氏ご本人の手振り身振りを交えてのお話がこれまた最高!

ま、早い話が、車掌さんも体調を崩す・・
ということで・・・

何しろ、不規則な勤務体制ゆえ、腹の具合が・・

もっと端的に言ってしまうと・・

乗車勤務中

『ゲ、下痢が〜〜』


と、緊急事態に陥るわけである。

これが乗客の立場ならばまだ救われる。
だって、次の駅で下車してトイレに駆け込めばよいのだもの。

ところがどうだ、車掌ってのは途中下車するわけにはいかんのだ。
腹痛もろとも、終点までのお付き合い。

しかも、最悪なのはパノラマカーの構造。
なにしろ、一般車両のように『車掌室』などといったシャレた個室は用意されておらんのである。

あわれ下痢を催した車掌は、客から丸見えの最前列にて、その緊迫した苦痛を紛らせるべく、無意味な指差し点検をやたら繰り返してみたり、身をよじりつつ、耐え続ける・・

これが、諏訪氏曰く、

『地獄のダンス』なのである。

これに関しては、車掌帽を使用した究極の救済法が存在するというのだが、幸い諏訪氏、そこまでに至ったことは無いとのことであった。

そしてこの過酷な名鉄勤務時代、諏訪氏は晴れて御結婚をなさる。

          7につづく

2008/10/28  15:45

ノリタケの巻 諏訪哲史氏講演会の感想 5    関東行脚&諸々の旅、名古屋もあるでよ

今回の講演で披露されたエピソードの数々一つ一つをここで詳細に再現する、
・・などということはまず不可能であります。

といいますのも、何しろこれもひとえに諏訪氏話術マジックとでもいうべきか、あの諏訪氏ご本人の口から語られるからこそ面白いのでありまして、それらは、我が拙文で表現しきれるようなシロモノでは到底ないからであります。

いや、しかし、そのサワリぐらいならば・・

と、まあ、誠に僭越ながら少々載っけてみようかと思う次第であります。

甚だしき順不同の具合は、どうかお許しを・・。
(諏訪氏はきちんと時系列でお話下さいましたけれど)


まずは、いきなりですが、
<ノリタケカンパニーの面接に落ちる> の巻

國學院大學卒業後の進路については、作家志望の諏訪氏、迷いに迷うわけです。
しかし、恩師の、
「社会の辛酸も舐めておきなさい」
の一言により、就職を決意。

が、しかし、
「東京で就職するのはなんだかなー」
と思うわけで。

というのも、やはり東京というのは、大学生活は満喫できたとしても、いざ職を見つけて定住するにはあまりにも住み難い環境なわけでして・・。

そこで、諏訪氏は地元名古屋に帰ることを決意!

で、どこかいい会社はないものかと探したところ、
「おお、ノリタケカンパニー!こりゃなんか良さそうだ」

と、早速面接を受けることに。

諏訪氏、着慣れぬスーツに身を包み、いざ、ノリタケへ!
んでもって、交通手段は自転車だ。

ノリタケといえば高級陶磁器。
デザインなども、シャレた美術品的なものが多い。
いわゆる、アールデコとか、アールヌーボーとかといった類。

これ、実は諏訪氏大得意のカテゴリー。
大学時代にしっかり勉強なさってましたからね。

そんなわけで、面接員から飛び出す専門的な質問も軽い軽い!
得意満面に次々と正解を繰り出す諏訪氏なのであった。

と、ところが・・

人生というのは実に難儀なものだ。

難問にいとも簡単にひょいひょい答えたこの青年、見事に落とされてしまうのである。

諏訪氏ご自身が分析なさった敗因は・・・


「チッ!こいつ、大学でいっぱい勉強なんかしてきやがって!生意気なヤツだ!!」

と、面接官の反感を食らったから、なのでありました。

        6につづく

2008/10/27  20:26

さらに、話術 諏訪哲史氏講演会の感想 4  関東行脚&諸々の旅、名古屋もあるでよ

今回は、諏訪氏の自然体な話術が光っておりましたが、その一方、実に硬派な講演もこなされているようで、ちなみに数日前には、今回とは真逆の、一般人にとってはかなり難解な内容のものをなさったのだとか。

が、特に今回の場合は、
『西ふれあいまつり連携事業』(西文化小劇場施設事業)
ということで、主催者側から
「一般西区民にも分かりやすい内容のものを」
とオファーがあったようで、斯様な西区にまつわる爆笑ネタ満載とあいなったようでありました。

とにかくもう、そのこまごまとした一つ一つの諏訪氏エピソードを思い出すたび、私は今でも一人、思わずクスッと笑ってしまうのです。

ところが、そのエピソードひとつひとつというのが、実は当時の諏訪氏にとって、非常に過酷で陰惨で暗い内容のモノが多いのですが、それら全てをお笑いネタに変えてしまうところが、まさに諏訪氏ワールド!見事に惹き込まれてしまうのでありました。

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      ↑
当日配布されたパンフレットの中味はこんな感じ

       

註:今回とは真逆の、数日前に行われた講演会とは、10月4日(土)に同会場で開催された、

西区出身の芥川賞作家諏訪哲史氏による文学講演と、地元出身の作家広小路尚祈氏、墨谷渉氏を交えた文学座談会。

演題「文学のヘンタイを極める〜若手作家の鼎談つき〜」


のようである。


う〜〜ん、こちらもかなり興味深い内容だ〜〜〜!

羨ましいぞ、名古屋!!


 5につづく

2008/10/26  21:26

話術 諏訪哲史氏講演会の感想 3  関東行脚&諸々の旅、名古屋もあるでよ

今夜、ようやく無事、名古屋から帰って参りましたが、
諏訪哲史氏にお会い出来たこと、いまだ興奮冷めやらず、です。

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これが、当日入場時に配られたパンフレットですが、

何しろ、タイトルが、

『芥川賞作家、故郷に凱旋!コテコテ西区民のつくり方』

なわけで、当然のことながら聴衆者は圧倒的に地元関連の方が多く、私は唯一の異端児的存在ではありましたが、講演内容はといいますと、地元の方なら勿論!部外者なる私でさえも抱腹絶倒の、そこらへんの下手なお笑いを聴いているよりも、こりゃも〜う絶対面白い!の太鼓判講演でありました。

巧みな話術、と言ってしまうとなんだか技術的な要素だけのような感があるので、もっと諏訪氏に相応しい別の巧い表現はないかと考えてみたのですが、最終的に到達したのは、

『諏訪氏のお人柄そのまんまの話術』

というところでした。

つまり、妙に気負ったりカッコつけたりしない自然体の話術、なわけです。

         4につづく

2008/10/25  23:02

素敵でした!諏訪哲史氏講演会の感想 2  関東行脚&諸々の旅、名古屋もあるでよ


ありがたいことに、会場内は写真撮影OKの大盤振る舞い!

たくさん撮らせて頂きました。

これは携帯撮影ですが、サイバーショットDSC-T700も大活躍!

ホントに本当に素敵な諏訪哲史氏でした。

・・妙にミーハー的内容で誠に不本意ではありますが、とりあえず今夜はこの辺で・・

3につづく

2008/10/25  22:29

来ました!諏訪哲史氏講演会の感想 1  関東行脚&諸々の旅、名古屋もあるでよ


憧れの人に逢うために・・(笑)

待望の諏訪哲史氏の講演会に遥々行って参りました。

夢のようでした・・
いつもならば、「やっぱり夢かぁ〜 」のパターンなのですが、今回ばかりは現実です!

諏訪さんは、私が思っていた通りの、とってもチャーミングな方でした。

今回の内容は、明日以降、PCからアップしたいと思います。(現在まだ名古屋なので、携帯からしかアップ出来ないのがとても残念!)



2につづく

2008/10/24  19:56

不可価値  仕事ネタ

本日は、会社のインターネットが完全ダウンであった。

ネットに繋がらないPCが、
こんなにもつまらないブツであったとは。

眠気覚ましのブログも不可。
社内共用サーバーも不可。

何もかもが不可不可不可。

仕方が無いので、エクセルの表に、
今まで溜め込んだ数字を黙々と入力していたら、

15分毎、睡魔に襲われた。

通常ならばブログで覚醒するはずが、

不可不可不可と・・

まるで、フカフカお布団に包まれたように。

ネットでサボれなかった一日の仕事は、不可かった。



・・いや、深かった。

不可にも価値があることを知った。


※漢字検定を受ける良い子の皆さんへ念のため※
正解は『付加価値』だよ、間違えないでネ。

2008/10/23  23:15

洗う  両親のこと

洗う

父の肌着を洗う

青空色のポリバケツに
父の肌着を沈めると、

一体この肌着の何処に潜んでいたのかと、
驚くばかりの量の白い粉が浮いてくる。

その一つ一つが、
いとおしい父の細胞だった。

その細胞一つ一つを、
穢(けが)れたものだと誰にも思わせないように、
父の洗濯物は誰にも触らせなかった。

時には点滴の血が染み付き、
また時には粗相の跡もあった。

それでもそれは、私にとって、いとおしいものだった。

白い粉も点滴の血も粗相の跡も、
それら全てが、父の生きている証だったから。

そして今は、
母の肌着を洗う。

白い粉も点滴の血の跡も無い、
幸せな肌着だ。

洗う、洗う、洗う

小さな粗相の跡を見逃し、もう一度洗い直す。

洗う、洗う、洗う

母の肌着を洗いながら、
生まれたばかりの我が子のおむつを洗う母の姿が思い浮かんた。

恩返し、だね。

素直にそう思える今日の自分に、ホッとした。

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