2008/11/8  13:23

真似事 なかなかできません。筑紫哲也さん  仕事・ビジネス

 筑紫哲也さんが逝去された。ご冥福をお祈りいたします。
20年位前からテレビのニュースキャスターがニュースに対して「意見」を述べるようになった。そういう中で筑紫さんのニュースの伝え方は絶妙で、ほかのニュースの司会は「いかにも筑紫さんらしい」真似はできるが筑紫さんのように100万人が聞いて100万人が同じ感覚を持つような伝え方をできる人は日本のテレビ・芸能界には他にいない。
 ちょうど筑紫さんの真似事を始めたのが久米宏氏であり古館伊知郎氏だ。しかし、いずれも自分の演説をするばかりで「キャスターの意見=ニュース」となっている。これは報道の原理原則に反すると思っているので僕はこういう人がしゃべるニュースは見ないし信用しない。
 ところが、これがジャーナリストとなると違う。ジャーナリストは起こった事実の分析の中に私観をどれだけ込められるかが勝負だ。この点では田原総一郎氏が群を抜く。しかし、筑紫哲也さんは「ジャーナリスト」と「ニュースキャスター」の違いをよく分かっていたのだろう、絶妙なところに線を引いて番組を進めていた。
 「ニュース」という言葉は「NEWS」と書くが、これは全世界共通だ。そして一般にニュースアナウンサーは「事実を伝える」ことが仕事であってそこにコメントをする立場にない。僕はアナウンサーがコメントをしてしまったらその時点で「事実を伝える」ニュースではなくキャスターの演説を伝える番組になってしまうと思っている。
 例えば与党と野党の国会論争を知らせるニュースがあるとする。本来はあくまでも「○○議員は××法の妥当性を語った」ということを伝えればいいのだが、そこで「××法は一部の人々にしかメリットはありませんね」とコメントしてしまうとそのコメントに同調する人と同調しない人が出てくる。つまり、あるひとつの発言でも聞き方の立場や考え方によって肯定的にも否定的にも聞こえるわけで、そういうコメントではニュースが曲がって伝わってしまう。もはやニュースではなく「☆☆アナウンサーの公開演説会」になってしまうのだ。しかし、それは単なる公共の電波の占拠でしかない。100万人の視聴者がいれば100万通りの聞き方があるはずだが、誰が聞いても同じように意味が伝わるような言葉をしゃべれるのが本当のプロのニュースキャスターだと思う。そういう点で筑紫さんはすべてのニュースキャスターの模範だった。
 それにしても筑紫さんの真似をして聞きたくない大演説を展開するなんちゃってニュースキャスターはもう少しどうにかならないものか?この手の勘違いキャスターが日本は多すぎる。それがニュースを捻じ曲げて伝えていることも知らずに。ま、それ以前に最近のニュースキャスターなりアナウンサーは漢字が読めない、「ら」抜き言葉を平気で使うなど基本的な日本語ができない人がとても多いが。
 ちなみに僕のお勧めのキャスターは本村由紀子さんと小谷真生子さんくらいなものか。女性としてもステキだが、ニュースのコメントにも失言や個人的な感情はなく、なんといっても経済に強い。
 それにしても惜しい人を亡くしてしまった。冷静かつ正確にニュースを伝えるというニュースキャスターとして最も大切な素質を持つ類稀なる方であった。
 ニュース23を休んでからはずっと治療に専念していたとのこと、病との闘いも大変だったことと思いますが、欲を言えば第2の筑紫哲也を日本に育てて欲しかったものである。

2008/10/30  9:26

新しい駐在員 はじめのあいさつで決まる。  仕事・ビジネス

 今月、新しい駐在員が来た。家族とともに。
 こちらに来て2週間になろうとしているが、今の時点で家族から挨拶はない。
 普通、駐在員として家族で来たらまず何よりもほかの駐在員やアメリカ人幹部に顔を出してあいさつするものだが、彼らはそういうことをしていない。こういうところでその人と家族がどういう人かよく分かる。
 今回の駐在員はあまりアメリカに慣れていないため、こちらにいる日本人はいろいろな心配をしていた。住むところ、食べ物、お子さんの学校などなど。しかしご本人たちはそんな心配はよそにのほほんとしている。ま、それはそれでトラブルがなければいいのだが、周りの人が「駐在員一家」を迎えるためにどれだけ心配して気にかけてきたか?と、いうことを少しは考えてほしいものだ。
 実は、今も家族そろって会社に来ていて打ち合わせをしているが、さて、このあと彼ら家族はどんなアクションを起こすか?たぶん、このまますーっと帰るだろう。何事もなかったように。
 そう、彼らにとっては何事もないのだ。日本からアメリカに引っ越しただけで。だから家族の紹介も家族の挨拶もない。ただ、普通の日本人であれば旦那なり奥様のどちらかが「挨拶は?」と言いだすものだが、そういうことは一切ない。
 こちらに来たその日、トランジットが無事にできたか、無事に着いたか、みんな気を揉んでいたが旦那はじめこの家族は一切挨拶をしなかった。空港からアパートに向かう途中で会社に寄っているのに。迎えに行った駐在員は「疲れているから」などと言っていたがそういう問題ではない。いちばん初めのあいさつ。こういう節目をきちんとしないとそのあとのその人の印象がすべて決まる。あいさつができない人は大体仕事の上でもまともな仕事ができないことが多いし、人への感謝もできない人が多い。そりゃそうだ。何事もないのだから。
 この家族のお子さんはひとり学校へ通うはずなのだが、まだ学校へは行っていない。それに旦那もまだ「これ!」という仕事を持っていないのだから仕事中に家族を連れてきて挨拶させるくらいは可能なはずだ。それができないのであれば着いたその時にキチンと顔合わせだけでもさせるべきだ。
 「はじめまして、無事着きました。これからよろしく」
 これだけでいい。そう、これだけだ。でも、「これだけ」ができない人に何ができる?やはり一人の社会人としてこれくらいのことはできなければしょうがないだろう。
 
 さて、先ほど家族そろって帰ったらしい。やはり一言もなかった。あまりにも予想通りなので笑いしか出ない。旦那があいさつをできないのは女房の責任、女房があいさつをできないのは旦那の責任、両方があいさつできないのはそれぞれの親の責任。また、子供はこういうところをとてもよく見ているから子供も同じように挨拶がきちんとできないと思う。
 仕事にせよ、遊びにせよそれなりに筋を通さなければならないことがあるはずだ。別に難しいことではない。しかし、それが必ずできる人とできない人の差は歴然としている。年齢や立場の問題ではない。
 そういうポイントを抑えられない人はやはり仕事の結果も推して知るべし。仕事を一緒にするまでもなく大体分かるものだ。

2008/9/23  6:29

粉飾決算  仕事・ビジネス

 新潟県長岡市の株式会社プロデュースが証券取引等監視委員会の強制調査を受けた。
 この会社は僕個人にとってまったく無縁ではない。1回だけ一緒に仕事をしたことがある。プロデュースが創業して間もないころで社員が10人くらいの時だった。創業の前社長は僕よりいくつか歳が上だが、とても鋭い感覚を持っている方だと覚えている。実は2回目の仕事の時にいろいろあってそれっきりになってしまったのだが、その後は順調に成長していまや従業員300人を雇い、地元長岡を代表する企業に成長している。たとえ1回、けんか別れであっても経営者として魅力のある人だっただけに付き合いを続けたかった。
 今日、たまたまプロデュースのホームページを見たら代表の人事異動とあったのでほかの記事を読んだところ証券取引等監視委員会の強制調査を受けたという。
 驚いたのはもちろんだが、それ以上にショックだった。先進技術を育て、文字通り急成長をしてきたこの企業が調査段階とはいえ、証取委員会に目をつけられたというのが実は今以て信じられない。強制調査はかなりの確信を持って踏み切る場合がほとんどだからおそらく何らかの事実なり裏付けが取れているのだろう。
 興味深いのはやはり「なぜ?」というところだ。様々な記事を読むとどうやら粉飾は2005年のJASDAQへの上場以降らしいが、類稀なる技術を持って順調に成長を続けている様に見える企業がなぜ、利益を上げているような芝居をしなければならなかったのか?経営者には粉飾しなければならない事情があったのだろう。
 僕とほぼ同じ世代の経営陣がまだ駆け出しだった頃、彼らと出会った。同じ皿の刺身をつまんで語り合った。顔をつないでくれた人に感謝した。それから10数年、かたや300人を雇う企業のトップに、もう一方はアメリカの片田舎で毎日油にまみれて奮闘する日々。悔しさがないと言えばウソだ。もちろん、うらやましい。そしてすごいと思った。彼らに声が届かなくても応援していた。プロデュースの成長は自分のエネルギーでもあった。でも・・・。
 若き経営者はまっすぐで素直であるべきだ。自分たちの技術を信じ、技術力をもって商売をする。仕事は人と人とのつながりだから人脈も必要だろう、看板だって信頼の証だ、でもそういったものに胡坐をかかずにひたむきに、まっすぐに商売をすることこそ「ずるさ」を知らない世代のなせる経営術だと思う。人は人生を重ねていくと「上手にずるをする」術を覚えてしまう。しかし、若き経営者はピュアに商売をするべきだ。プロデュースの経営陣には「まっすぐで素直な商売でもこれだけ立派になれる」ということを示してほしかった。世の中にはびこっている自分のことしか考えない大バカ社長を「ギャフン!」と言わせてほしかった。
 しかし、世の中に役立つものを作っていても、売っていてもまっすぐであってもルールを守っていないとしたらダメだ。信頼も社員も、もちろんカネも、何もかも失ってしまう。家庭だって崩壊するかも・・・。もう「ふたつ先の未来」を実現することはできないかもしれない。
 「いいことはすぐやろう、悪いことはすぐやめよう」これは数年前のプロデュースのホームページに載っていたミッションだ。全く飾っていないこのミッションを読んで僕はとてもかっこいいと思った。そして、分かりやすい。でも、ミッションを実践することが出来なかった。
 一体どこで間違ってしまったのか?10年前のピュアな経営陣は一体どこに行ってしまったのか?
 

  

2008/9/2  8:39

福田首相 辞職  仕事・ビジネス

 福田首相が辞任した。
 僕は部下に対してとても厳しい。今では僕のようながけから突き落とすような指導をする人はめったに見ないし周りからもクレームがつく。でも、僕は上司に対してはもっと厳しい。何しろ、僕には「命令」が通じない。僕は自分が考えていることと命令が違うと頑として動かない。相手が頭を下げてお願いしてくるまでは絶対に。どんな目上の人であっても。
 しかし、いざやるとなったらどんなことがあっても絶対にまとめる。請けた仕事はお客様の要望どおりにまとめるのがプロとして当然だからだ。 
 残念ながらそういう「請けた仕事を全うする」という姿勢が一回も見えなかったのが福田政権だ。彼は辞任の記者会見で民主党の小沢代表ともっと話し合いたかったと言っているが、リーダーとして話の落としどころをそもそも間違えている。与党の機嫌ばかり見ていて、リーダーとしての判断を一切していないし、判断以前に志がない。だからここ一番でも模様流れ、誰かの歌ではないが川の流れのように自然に流している。
 記者会見で面白い質問があった。「総理の会見が国民には人ごとのように感じるとよく言われる」。これに対して総理は「私は自分自身を客観的に見ることができる。あなたとは違う」と。福田さん、あなたはやっぱり勘違い男だ。
 このやり取りを見ているとこの人(福田総理)がどんな思いで日本の政治をつかさどっているのかがよく分かる。この人からは熱意が伝わってこない。
 単純比較してはいけないのだろうが、小泉元首相は言葉が挑発的だし敵がたくさんいたけどなんだかんだ言っても熱意が伝わってくる人だった。いい悪いは別として「郵政民営化」という公約を設定し、経済政策を強化するために竹中平蔵氏を閣僚にするなど「目標を達成するための行動」があった。だから敵がいっぱいいてもその何倍も支持者がいた。福田首相にはそういう熱意や目指すものが見えてこない。「俺はこれをまとめるぜ!」というものがない。つまり、リーダーとして日本をどうしていきたいかがまったく見えないのだ。これが彼の独特の「対岸の火事」のような口調につながるのではないか?口調は即ち彼の意思そのものだ。
 3月の揮発油税のドタバタを見ても結局自分の意志を期限までに通せなかった。日本のために本当に必要だと思うのならばどんな手を使っても強硬突破しなければならなかったのにそれができなかった。これはリーダーとして失格だ。
 もっとも、初めになければならない志がないのだから判断をできるわけないか。
 リーダーは自分の判断に責任を持たなければならない。福田首相はその点でまったくダメだ。自分の判断に責任を持つということは即ちすべてを見た上で短所を犠牲にしても自分の判断に賭けるという確固たる信念が必要なのにそこから逃げてばかり。自分の判断がないから記者会見でもまともな説明さえできない。これは福田首相の自己分析とはまったくべつのところに原因があると思う。
 さっさと解散してもっと日本の国家をよくするために情熱を持っている人を選びなおしたほうがいいんじゃないの?この際、首相が常にご機嫌を伺っていた族議員さんにも一式お引取り願ってさ、このままじゃ日本は本当に沈むぞ。俺の帰る場所をしっかり守ってほしい。
 でも、なんだかんだと言ってもその総裁を選んだ代議士を選んだのは僕を含む一般庶民だ。

2008/8/19  10:08

社会起業家  仕事・ビジネス

 今日は社会起業家という職業についてのお話です。
 この言葉を聞いて頭の中で初めに思いつくのはやはりマザーハウス代表取締役の山口絵理子さんだ。しかし、僕はこの「社会起業家」という言葉を彼女に対して使うことは違和感を覚える。いや、違う。「社会起業家」という言葉自体に違和感を感じる。
 そもそも「企業」は社会に貢献するから「社会が食わせてくれる」のであって個人のためのものではない。今、一般に言われる社会起業家の概念的なものは「事業内容の区分の話」であって、社会起業家という考え方自体がおかしいと思っている。
 企業が存在するのは社会に対して何らかの貢献をするためである。それが例えば高度な技術であったり、いい商品の紹介であったり、売りたい人と買いたい人を結びつける仲介役であったり、企業が何らかの働きかけをすることで何らかの形で「社会の役に立つ」ことで初めて企業の存在が認められる。企業はその対価として報酬を得、そこから経費を差し引いたものが利益である。そして、利益を働く人々に分け与えたり、新しい価値の創造のために設備を導入するための費用に充てることで第2の社会貢献となる。もちろん、利益に応じた税金を納めることは企業の義務だ。
 とすると、いったい「社会起業家」と「企業家」の違いはなんだ?法律的な区分はないし特別な援助があるわけでもない。利益を得なければ人を雇うことも、企業活動もできない。自分さえも3度の飯に困るありさまとなる。企業の主たる業務が何であろうと、企業という時点で社会貢献が企業存続のうえで欠かせない要素なのだ。
 おそらく「社会起業家」でも「企業家」でも「社会のためになりたい」と考えていると思う。僕は社長じゃないから分からないけど。でも、起業家だけでなく働いている人々はだれもが誰かのためになっていると思う。起業する人は自分に高い志があるからこそ、その実現のために起業したのだと思う。大体、起業しただけで何で有名になるんだ?実際には社員を雇ったり、誰かにサポートしてもらったり、判断は本人がするのだろうが、周りの人が支えていて初めて起業家が栄える。
 この言葉を初めに使ったのは一体誰なのか?なんとも不思議な言葉を生み出すものだ。日本語にはそういう「変な言葉」がすごく多いんだけどね。
 それに、「社会起業家」と肩書を書かれる人はどんな気持ちかなあ?

2008/8/15  23:01

北京五輪 メダルの裏の努力  仕事・ビジネス

 このオリンピックの競泳は大会が始まる前から話題に事欠かなかった。ある特定のウェアを着用した選手が名だたる大会で次々と好成績を収めていった。
 オリンピックは日本では企業の格好の宣伝である。特に、スポーツ用品やウェアのメーカーはなおさらだ。「この選手が身につけて金メダルを取った!」なんて話になればすごい宣伝効果になる。
 プロにとって道具はとても大切だ。料理人なら包丁、プロゴルファーならクラブ、営業マンであればアタッシュケース、みんな自分の仕事の中で欠かせない道具がある。道具をきちんと整えることは自分の身の丈に合わせるという機能的な面だけでなく「これから仕事をするぞ!」「こいつでいっぱい稼いでやるぜ」というマインド面でも効果がある。道具を粗末にする人は往々にしてまともな仕事をできない。
 お客様に「今できる最高の仕事をして差し上げる」のであれば、腕や技術の向上を図るのは当たり前として、自分の実力をさらに引き出す努力を惜しんではいけない。プロは自分に合った道具、合わない道具がすぐに分かるし「これが必要だ」と自分でそろえる。そういうことが分からない人は逆にいえば仕事に対して真剣になっていないのだと思う。
 オリンピックのウェア、そりゃあ誰だって挑戦するならトップを狙いたいだろう。自分の実力を伸ばす努力はみんなしているがそれをさらに伸ばす道具があるとしたら、誰だって使いたくなるだろうし使わないまでも気にならない人はいないと思う。しかし、使うのは自分、他の人に合うからと言って自分にも合うとは限らない。
 僕は普段使うシャープペンシルやボールペンも自分に合ったものを選んでいる。それほどにしないと自分の気持ちが高くならない困った性格だからだ。でも、だからこそ自分で「これ!」というものが見つかるまで探し続ける。大体、自分が仕事をするために使うものをなんで人が選ぶんだ?と思うわけ。
 そんなわけで今、会社で使っているD○○Lのパソコンは僕の体に合わず使いづらい。やっぱりI○Mにすればよかった。と、自己嫌悪に陥っている今日この頃です。

2008/6/28  5:17

エクストレイル 謎の商品企画  仕事・ビジネス

 日産自動車がエクストレイルにディーゼルエンジンを搭載して発売する。このエンジンはフランスのルノー社との共同開発と言うが実際にはルノーの何らかのモデルに搭載するものを持ってきてエクストレイル用にちょこっと手を加えるのだろう。
 日本は昔からディーゼルエンジンのイメージが悪い。「遅い・うるさい・汚い」の3拍子がそろってしまっている。特に最後の「汚い」は黒い煙が見るからに体に悪そうだし実際あまり良くない。
 ところが、このディーゼルエンジンはヨーロッパではとても良く売れている。乗用車の半分以上がディーセルエンジンを搭載しているのだ。なぜか?実はディーゼルエンジンは構造がシンプルで故障が少ない、そしてエネルギー効率がガソリンの1.5倍もいい。さらに寒い時の始動性がとてもいいので寒冷地のヨーロッパには適している。売れるから開発も一生懸命取り組むし、ライバルも多いからさらに高性能になる。実際、今のディーゼルエンジンの技術はヨーロッパの自動車メーカーが抜きんでている。
 で、エクストレイル。すでに各種メディアで報告されているが、発売する車種はマニュアルミッションのみだという。オートマチックを発売しない理由は価格とか、発進時のもたつきとか、色々な憶測があるが、本当のところはどうか分からない。ただ、間違いなく言えることは「日本市場で売る気がない」ということだ。これは技術の問題ではなく、マネジメントの問題だ。
 日本の四輪車のトランスミッションはすでに95%がオートマチック車だ。マニュアルミッションはごく一部のマニアやマニュアルミッション好きしか選ばない。元々イメージの悪いディーゼルエンジン搭載車を投入してしかもマニュアルミッションで売ろうなんて、勇敢な商売をする余裕があるんだね。すごいよ、ほんと。
 このような傾向は以前の日産自動車にもあった。日産自動車は時々商売を無視したクルマづくりをすることがあった。しかし、1999年に社長が変わって以来、商売を真剣に考えるようになったと思っていた。しかし、今回のエクストレイルディーゼルは商売を考えた結果とは思えない。
 マーケットがオートマチックを望んでいるのであれば、その声を姿にするのが自動車会社の技術の見せ所だと思うのだが、やはりお高くとまっているメーカーは自分たちにできないものを正当化する言い訳をつけてお客に押しつけてしまうのだろう。しかし、どんな理由を言っても「できない」という事実は変わらないし、お客は買わない。自動車会社は商売だから、いくら優れた技術でクルマを作っても売れなければその優れた技術も意味がなくなってしまう。
 今、日本で売られているクルマでこういった技術論で売れるのはトヨタ自動車のプリウスだけだ。これはガソリン高という追い風に乗ってよく売れている。しかし、本当にすごいのは初代から一貫してハイブリッドの看板に任せず「普通のクルマで成り立たせた」ことだ。つまり、「ハイブリッドだからと言って我慢するものがない」ということ。走りも居住性もデザインも。むしろ他のクルマにはない先進性さえ感じる。一方、同時期に売り出された本田技研工業のインサイトは二人乗りで狭くてハイブリッドという看板を取ってしまったら何も残らないクルマだった。実際、全く売れなかった。そういうことはユーザーは敏感に感じ取る。はっきり言って自動車会社の開発者よりお客のほうがクルマというものをよく知っていると思う。やっぱり我慢が多いクルマは売れないものが多い。
 技術は商品を成り立たせる手段であって、どんな技術を使っているか?ということはお客にはどうでもいいことだ。そんな看板で売れると思っているとしたら大間違い。日産自動車がまともな会社であれば、このクルマの展開は売る気がないという意思表示だ。
 日本に久しぶりに復活する乗用車ディーゼル、でも売れなそう。だって、オートマチックじゃないんだよ。これ。

2008/5/20  7:18

アメリカに住む準備  仕事・ビジネス

 今日はアメリカに住む時の準備のお話です。
 日本から何を持ってくるか?結構迷います。送る荷物の量は限られるし、かといってどうしても持っていきたいものもあるし。僕のお話が参考になるとうれしいです。
 僕の場合、家族は日本にいますが日本で住んでいた家は転勤のときに引き払いました。家族は女房の実家にいます。そんなわけで日本に残せるものは残しましたが、それも極めて限定的でほとんどの持ち物は廃棄したわけです。ただ、女房の家を増築して家族の使っていたタンスやテレビはそのまま置いてきましたので処分したのは着られない服や女房の家とだぶった冷蔵庫などです。
 アメリカに持ってきたのはベッド&寝具、本棚、こたつ、それから炊飯器とウォーターオーブン、鍋、米びつ、それにパソコンと仕事の文献くらいなもので、ほとんどのものはこちらで買いそろえました。買ったといってもテレビ、ビデオ&DVDデッキ、照明スタンド、まくら、扇風機、トースター、洗濯機&乾燥機です。もちろん、浄水ポットやトイレのマット、タオルなどはこちらで買いましたが、こちらにいるのは5年(のはず)なので、その間を過ごすためのものしか持ってきていませんし、自分一人だけなので本当に必要なものだけです。
 しかし、安く抑えようといって日本のものを何でも持ってくると大変です。例えば、電化製品は原則として日本のものはアウトです。なぜなら使用する電圧が違うから。アメリカはAC110Vから120V、日本はAC100Vです。特にヒーターを用いるものは寿命が短くなります。これはトランスを入れれば解消しますが、できれば必要最小限にしておいた方がいいです。トランスは発熱しますし、価格も結構高いです。
 電圧以外の理由で使えないものは、テレビ、ラジオが放送の周波数帯が違うからアウトです。ただしテレビはモニタとして使うのであれば一応大丈夫です。ビデオはチューナーが使えませんがテープを見るだけなら大丈夫。パソコンはWindowsの場合、一応日本語対応していますが、仕事で使うのなら日本で買った方がいいと思います。DVDはご存知のリージョンコードが異なるので日本製のソフトをアメリカのデッキで再生できない場合があります。そのほかの機器は概ね使えます。
 そうは言ってもアメリカで買えないものもあります。その代表が高性能な炊飯器。これだけは日本の物を持ってくるべきです。おいしさが違います。ウォーターオーブンはいらない人もいると思いますが、これは一応アメリカでも売っているようですが僕は見たことがありません。必要な人は持ってこないと手に入らないと思ってください。
 そのほか細かいものでは「耳かき」。これはアメリカでは手に入りません。爪切りはちょっとでかいのが売っていますが切れ味は日本製の方が抜群です。鼻毛切りは売っていますが先が尖っていて危険です。ひげそりは日本とほぼ同等のものが買えます。
 台所で言うと包丁は買えますが、日本製の方が抜群にいいです。米びつは当然ありません。計量カップや台ばかりは売っていますが時々、ガロン・パウンド表示だけの場合があります。鍋・やかん・皿は日本と同等ですが重いものが多いです。揚げ物を載せるバットは売っていません。
 書き始めるときりがないので今日はこれくらいで。もし、探してほしいもの、他に教えてほしいものがありましたら書き込みしてください。また、続編を書きます。それから食べ物はもっと幅広いので別途、特集を組みます。
 

2008/5/12  8:54

スバル 軽自動車生産を撤退  仕事・ビジネス

 きょうはまた脱線してスバルのお話です。スバルは僕の大好きな自動車メーカーです。
 ちょうど1ヶ月くらい前にスバルでおなじみの富士重工業が軽自動車生産からの撤退を発表しました。はじめてこのニュースを聞いたときは何かの間違いじゃないか?と思いましたが事実だったようです。スバル=富士重工ということが一般に知られるようになったのはおそらく初代レガシィツーリングワゴンのヒットのあたりからでしょう。その辺から徐々に発表するクルマの存在感が出てきた。いや、もっと前から独特の存在感のある車を作っていたんですけどね。ただ、若干価格が高かったことと、販売店が他社に比べて少なかったことなどからあまり売れていなかったわけですね。でも、「これでなければ・・・」というユーザーも多いのです。例えば「赤帽」という運送屋さん。ここは軽トラックで荷物を運びます。赤帽が採用したのがスバルの軽トラックですし、豪雪地帯ではスバルの4WDのバンが大活躍しています。実際、東北の電力会社が要望を出して作られたのが今のスバル4WDのルーツだそうです。でも、スバルといえばきっと「てんとう虫」という愛称で呼ばれた「スバル360」が一番有名でしょう。日本の自動車の歴史を語ると必ず出てきます。
 スバル360は今の自動車メーカーに見習って欲しいところがたくさんあります。クルマ自体もいろいろな工夫がされているのですが、その開発過程を見習って欲しい。このクルマは百瀬晋六さんという旧中島飛行機出身の技術者が開発を進めたクルマですが、日本の家族像を想像し「こんな風に使えるクルマ」と明確なヴィジョンをもって作られたクルマです。目標が明確だから作る時に迷いがない。最終的に12年にわたり392016台が販売されたわけですが、数はともかく12年という長期にわたり単一モデルで生産をしたクルマはとても少ない。時代の背景もあろうが、もの作りをしている人間に言わせるとやはり基本設計がしっかりしているから他のクルマが進歩しても長く売れつづけたのだと思う。
 そんな軽自動車から始まり、今でも素晴らしい軽自動車を作りつづけている富士重工、もちろん、小型車は世界に誇れる自動車です。世界にたくさんの自動車会社がありますが、富士重工ほどに技術志向で、でも一般の人向けで、いざハンドルを握ると遅いモデルでも「チョット飛ばしちゃおうかな?」なんて思わせるクルマを作れるメーカーはなかなかないと思います。僕は任期を終えて日本に戻ったら「ステラ」を買おうと思っていたのですが、それも夢で終わってしまいそうです。なんかこう、不器用なんだけど、とてもいいものを作ってくれるメーカーだと思います。
 トヨタ自動車の出資比率が低いのでここまで突っ込んだ事をするとは思わなかったのですが、意外というより残念です。少なくともダイハツにはスバルのようなクルマ作りは出来ないしスバルの軽自動車はそれを求めるお客が必ずいるクルマです。自動車は単なる実用品ではなく、かなり好き・嫌いがある商品ですからこれからOEM供給をするダイハツの責任は重大です。スバルらしい軽自動車を供給してほしいものです。
 チョット悲しい話題でした。

2008/4/28  6:17

永守氏の発言 駐在員もまた然り  仕事・ビジネス

 チョット真面目なお話を・・・。
 日本電産の永守重信社長の発言が大きな話題になっている。こういう話はとても興味深いので特集を組んで記すことにします。日本電産も永守氏も名前は知っていますがその中身や人物像は良く分かりません。今日はそういったことを知らないという前提のもとで発言そのものに対して記します。
 「社員全員が休日返上で働く企業だから成長できるし給料も上がる。たっぷり休んで、結果的に会社が傾いて人員整理するのでは意味がない」(asahi.com 2008年04月23日より)
 これが話題の発言です。多分永守氏は「会社が傾く前にみんなで一体になって働いて成長しよう、その結果みんなの給料が良くなるよ」ということを言いたかったのではないかな?というのはかなりアマイ見方。多くの人と同様に僕もそんな受け止め方はしません。
 仕事は請ける側と出す側の約束の下に成り立つ。その約束は支払うお金、納める期限、請ける仕事の内容だ。この3つを成り立たせるためにときには休日返上で働くことはあるかもしれない。しかし、だからといってそれが成長に繋がるわけではない。では、休日出勤をせず、期限内に仕事をまとめた人と休日出勤をして仕事をまとめた人ではどちらが会社の利益に貢献してるんだ?この質問をすれば答えは明らかだ。ましてや「あいつは休日もとらずに働いたから今回の昇給で○○円上げてやろう」なあんていうお釈迦様のような社長がいるとしたらぜひお会いしてみたいね。もしかしたら永守氏はそういう人なのかな?
 僕はこの発言は相当いかれていると思う。この発言に今の日本企業の大問題が如実に現れている。会社は利益を上げているのに従業員や協力会社は青息吐息。従業員はヘトヘトになってないか?心の病に侵されてないか?日本電産の社員の皆さんとその家族は大丈夫か?会社の業績のために働き詰めに働いた従業員の家庭が崩壊するのはおかしいでしょ。社長の家庭が崩壊するのは問題ないけどね。心配です。
 なぜって?休日返上で働くと会社は倒産しないのか?休日返上で働くと給料は上がるのか?違うでしょ。会社は請けた仕事を約束どおりに納めてはじめてお金をもらえるのだから休みに働くこととは関係ない。結果としてそうなる場合もあるが、それにしても休日出勤を当たり前に思っている経営層は問題だ。働く時間を守らせるのと仕事の納期を守らせるのはどちらも同じくらい大切だ。ただ、従業員は経営者の命令に対して絶対服従だから経営者が「やれ」といったら黙ってやらざるをえない。手遅れになるまで訴えない肝臓みたいなものだ。
 僕は会社で言う事を聞かないほうだ。自分の気に入らないことは絶対にやらない。でも喧嘩するつもりはないから真っ向から否定はせず、返事をしておいてやらない。一番始末の悪いタイプだ。そんな中でウチの駐在員にも何人か勘違いしている人がいる。土曜日の仕事は当然、日曜日も仕事をしろという。以前、日曜日に呼ばれなくて休んだら月曜日の朝礼でネチネチ言われたことがある。ま、毎週月曜日のありがたい訓示みたいなもの。僕の会社の場合は固定給だからカネの話にはならないんだけど、そもそも休みと決まっている日を当てこんで仕事をするのが僕には許せない。
もうひとつ、永守氏の発言に大うそがある。「給料が上がる」???従業員を休みまでこき使おうという経営者が給料を上げるわけがない。
 そこの社長さん、永守氏の話に同調してるでしょ?そんなあなた方もいかれてるよ、充分。でも、もう少し読んでよ。日本の企業はバブルの時にカネに狂った。そして、その後15年でさらにカネに狂った。カネのない惨めな気分を味わった。その結果、得た利益をステークホルダーに還元するという「感謝」の態度はもちろん、言葉さえも忘れてしまった。そう、「ひと」として一番大切なことをどこかに置いてきてしまった。経営者が従業員に感謝しなかったら従業員は経営者をコケにする。従業員だってみんな「ひと」だ。疲れることもある、体調が悪い時もある、でも「ありがとう。よくやってくれた」とひとこと言ってあげてよ、きっとみんな最高の笑顔を見せてくれるよ。それに利益が増えたのは社長さんの下にいるたくさんの人々の汗のおかげだ。その人々になぜ利益を分けないの?社長さんがたった一人で利益を稼いだわけじゃないでしょ?みんなに分けてあげてよ。
 僕の会社では駐在員の給料は日本の会社の基本給に一律で係数を掛けて支給される。しかし、僕の時はこちらの経営層と一度面接をしてお互いの納得の元で給料を決めた。ぼくはそこに会社の誠意を感じたから「ネチネチいじめ」にあっても耐えられるし、踏ん張れる。分かるかなあ?こういう気持ち。要するにたとえ経営者でも筋が通らないことは認めないのが僕のリーマンとしての生き方なのさ。
 しかし、日本の社長さんたちはいつになったら「根性、根性、ど根性」から脱却できるのかね?根性も必要かもしれないけど、根性だけではどうにもならないことばかりだと思うんだけどね・・・。もっと経営者がアタマを使って真剣にどうしたら利益が出るかを考えなくてはいけないと思うんだけど。それが経営者の仕事だし。それこそ、眠れなくなるよ。
 あと、あれだね。経営者としてこの発言はあまりにも軽率だな。せいぜい社長室や役員会議の中だけにしたほうがいいよね。経営者がこういうことを言うのは。

RSS1.0