2006/12/31  13:02

タイムズ・スクウェアの大晦日 −ニューヨーク多様性の発祥−  文 化

昨年末はマンハッタンに滞在していたので、タイムズ・スクウェアのカウントダウンに参加しようと出かけていったが、8番街から既に交通規制であり、タイムズ・スクウェアに入ることさえ出来なかった。それでも、人々は列を成して歩いており、セントラル・パークまでは立錐の余地もない、という状況でした。7番街とブロード・ウェイが交差するタイムズ・スクウェアでのカウントダウンに参加するためには、確か申し込みがいると聞きました。私の記憶間違いでしょうか。当日行って、あのコンフェッティが舞う午前零時の新年を祝す行事には参加できない、ということでした。タイムズ・スクウェアは、24時間、現在の状況がインターネットで放映されています。カウントダウンもこのウェブ・サイトから直接見ることが出来ます。タイムズ・スクウェア・コムのカメラの位置は8箇所ぐらいあります。cam1 は、音声も入った現在のタイムズ・スクウェアーの映像です。

1609年、オランダの東インド会社のハーブ・ミーン(半月)丸の船長であったヘンリー・ハドソンは、マンハッタンに到着後、すぐさま川を上ってゆきます。ネィティブ・アメリカンのレナピ族達がマナ・ハタ「多くの丘のある島」(日本語ではさしずめ多丘島)と呼んでいた土地でした。ハドソンが西インド会社ではなく、東インド会社であったことには理由がありました。彼は、西回りで、中国へ至る航路を開拓しようとしていたのでした。マンハッタンに着くなり、直ぐに、その西側の川をさかのぼっていったのは、このような理由からです。この川は、彼の名前をとって、「ハドソン川」と名づけられました。

オランダ西インド会社のヨハネス・デ・レイトは、1625年の著書『新世界』で、ニュー・ネーデルランドという言葉を使っております。彼の『新世界』は1630年に改定版が出ており、その中で、マンハッタンが1626年に、第3代ニュー・ネーデルランド総督のピーター・ミヌィットにより現在の額(2001年換算)にしてわずか500ドルから700ドルで全島が購入されたことが記されているそうです。驚くばかりです。

ニュー・ネーデルランドは、1624年から大規模なオランダ人の入植が始まっておりましたが、その翌年、第2代総督は、住民の中心地であるニュー・アムステルダムを建設するとともに、アムステルダム要塞を建設し、軍隊を常駐させます。ニューアムステルダムは、良港であったことからイギリスからの寄航もありましたが、「多様性への寛容」という生活信条のようなものがオランダ人の間にはあった、と言われています。

当時イギリス、西インド会社によるヴァージニアやマサチューセッツなどのコロニー経営を既に行なっていましたが、ニュー・ネーデルランドが良港を有していたこともあって、1662年、チャールズ2世により、「一つの教会、一つの統治のもとで、コロニーを形成するべし」という宣旨を出すと共に、当時のコロニーの人々と共に、イギリス本国から4隻の戦闘体制をもった船をニュー・ネーデルランドに派遣しました。

イギリス本国は、世界の植民地に対して、また、植民地にしようとする相手に対しては、圧倒的な戦力を誇示することを行なってきました。ニューアムステルダムに対しても、その方法は例外ではありませんでした。ただし、異なっていたのは、オランダ植民者たちの対応でした。ニュー・ネーデルランドのピーター・スタイヴェサント総督は、武力衝突もあったものの急進派をなだめて、妥協をし、イギリスの入植を無条件に受け入れます。これ以降、マンハッタンの地は、オランダ領ニュー・ネーデルランドの総督側と、イギリスのコロニー側とが「プルーラリズム、多様性」のもとで共存をしてゆくことになります。しかし、イギリス人のオランダ人に対する接し方は、秩序を混乱させることが多かったことが記録されています。このことが、1665年、本国同士の戦いである第2次英蘭戦争にも発展しますが、フランスのオランダ侵攻があり本国では和約します。ニュー・ネーデルランドでも、オランダ人住民が、イギリス人による詐欺に合い、なかいはヴァージニアに奴隷として売られている状況などを鑑み、オランダの「寛容」の精神を示し、「英国のもとでの統治権移譲」に著名をします。1674年、イングリッシュ・ドミニオンがニュー・ネーデルランドで完成した年です。オランダ東インド会社のヘンリー・ハドソンが探検をしてから75年目、大規模なオランダからの入植が始って50年目のことでした。

ニューヨークという名称は、イギリス国王ジェームズ1世の子ヨーク公(後のジェームズ2世)に由来をしますが、ジェームズ2世自身はカソリックとなりイギリス本国(英国国教会、日本では聖公会と呼ばれます)では人々の信頼を失います。ニューヨークでは評議会が、カソリックを禁じます。このことは、イギリスの民衆の意向が反映されたこと、さらに、オランダもプロテスタントであったのであり、これ以降のヨーロッパ移民などを抑える働きをしたことになります。この決定は、実に100年以上も続きました(1783年まで)。

100年以上ものカソリック禁止令がありましたが、オランダのスタイヴェサント総督に代表されるように、マンハッタンの発祥は多文化主義であり、その伝統は、南部の奴隷であった黒人の人々が地下鉄道や自由奴隷になってから、職を求めて北へ北へと移動をしていった、一つの終着駅ともなります。マンハッタンは、伝統的に民主党勢力が圧倒しており、クリントン大統領も、ヒラリー上院議員の市民とのつながりを考慮して、マンハッタンのハーレム近くに事務所を開いています。彼のあだ名は、ご存知「バーバ」。この響きは、黒人の人たちにはたまらなく親しみのあるものなのだそうであります。

2006/12/31  1:43

一日を終へる前に  文化・芸術

小磯良平は神戸で生まれ育ち、文化勲章を受章後、神戸市の名誉市民になったこともあり、兵庫県近代美術館に多くの作品が常設展示されている。

クリックすると元のサイズで表示します 踊り子 1940

踊り子の一瞬の緊張感は、「美」という感覚の緊張感を呼び覚まさせてくれるかのようだ。

クリックすると元のサイズで表示します 踊り子 1964

西洋文化のダンスを、日本人がこよなく愛するのは、とても自然な感じがするところに、日本の海外の文化に対する心が示されているのでしょうか。

クリックすると元のサイズで表示します ドガ 踊り子 1878

ドガの踊り子と比べても、小磯の踊り子の素晴らしさがわかるのではないでしょうか。ドガの踊り子がきらめく照明に踊る一瞬、舞台の裏でそれを見守る舞台関係者達。19世紀のヨーロッパが、産業革命を経ながら宮廷芸術から旅立つ時、芸術家達には、なにも道しるべが与えられていませんでした。混沌とした社会の中で、女性をオブジェとすることは、人々の「美」への憧れの原点に立ち返ることになったのでしょうか。宮廷のプリンセスではなく、劇場でひと時を楽しむ人々の前で、華やかに踊る「踊り子」にそれを求めたドガは、美術の「価値観の転換」を人々に促そうとしたに違いない。

小磯は、十分にヨーロッパ絵画の苦悩を理解していたであろう。質感溢れるその筆致には、日本はすでにヨーロッパの心をつかんでいるという自信に満ちたものを感じます。

2006/12/30  17:40

マドリード空港で爆弾テロ  国際政治

CNNの速報によれば、スペインのマドリード国際空港のターミナルで爆弾テロがあったということだ。かなり大きな爆発であったことが電話インタビューを介して紹介されていた。スペインと言えば、通勤列車を狙ったアル・カイーダによるテロにより多数の市民が犠牲になったことが記憶に新しい。

今回のことについては、未だ詳細は分からないが、日本の空港のセキュリティ・レベルを上げることも考慮するべきではないでしょうか?

追記
この爆弾テロは「バスク祖国と自由」が犯行声明を出したそうです。中東とは関係がないことがわかりましたこと報告いたします。バスク地方は、スペインとフランスの間にある地方ですが、言語や文化が異なり、現在はフランス側が財政支援をしていたのではないでしょうか。ヨーロッパの言語少数派は、自らの文化の消滅に対して、いらだちとあせりの中で生きていかなくてはならない、ということでしょうか。EUのサブシディアリティ(あらゆるレベルでの政策的対応)という原則も、実際には届かない部分がある、ということではないでしょうか。

エスペラントのディスカッショングループに入っていた時、ヨーロッパの言語少数派の人から新年の挨拶のメールを頂いたことがありますが、グローバリゼーションにより少数言語は消滅の危機にある、と明確に書かれていたことを思い出します。金融のグローバル化は、どうしても使用言語の画一化へと向かう、ということでしょうか。古代日本でも、漢字をほぼ強制的に使わざるを得なくなった状況が現れ、人々は否応なく漢字文化圏へと飲み込まれていったのでしょうか。ただ、大陸の先進文化に遅れれば、どうしても取り残された民族になったのであり、古代日本民族の適応は、大変に素晴らしいものであると思いますが、いかがでしょうか。

2006/12/30  15:05

フセイン大統領、その後  国際政治

イラク高等裁判所のフセイン元大統領の死刑判決の直接の理由は、1982年、シーア派住民のデュジェィルにおける大量虐殺ということがCNNであらためて報じられていた。2007年1月27日までに刑が執行されることになっていたが、フセイン元大統領のアピールは拒否されて、1週間もたたない。

CNNでは、シーア派の人々を中心に早朝のイラクで人々が処刑を祝う様子を放映していた。しかし、この処刑に対して、アメリカの人権団体の「ヒューマン・ウォッチ」は、人権に対する最大の犯罪の一つとして強い抗議声明を既に出している。シーア派の街、クーファにおいて早くもカー・ボムが爆発し、30名の人命が奪われたことが報じられている。今後とも、スンニ派のシーア派に対する襲撃は激しさを増すことが予想される。スンニ派が大多数を占めるアラブ諸国の対応、とりわけ過激派の対応が憂慮される。また、シーア派の国イランの動きも予断を許さない。今回のイラク政府の対応について、「処刑を急いだことは、イラク政府の弱さを露呈している」というコメントがCNNで紹介されていた。イラク政府にしてみればフセイン元大統領に迫害され続けてきたシーア派の高官たちが、自らの政府の強さを示そうとしたのかもしれないが、裏を返せば、弱体な基盤しかないことを示している、というものだ。このような状態であれば、今後ともイラクの状況は大変に憂慮されるのではないだろうか。とりわけ、他国との交渉が絡んでくると、事態は一層複雑になってくるものと思われます。たとえば、ロシア、中国は、フセイン元大統領と石油利権の契約を結んでいただけに、イラク戦争はそれらの利権の再分配という結果になったのであり、これらの国々がイラク政府との交渉が本格的に始れば、イラクが、国際政治の火種になる虞などもあるのではないでしょうか。隣国イランにおけるウラン濃縮問題では、ロシアは核発電所の技術提供を行っており、濃縮中止など核関連施設の操業停止は、ロシアへの支払いが直接凍結されることにつながるため、どうしても経済制裁などには反対せざるを得ない。イラクのシーア派がイランのシーア派政府を頼り、それがロシアにつながる、という可能性も大いに考えられることであります。

2006/12/30  10:06

日本の古代史と現在  文 化

日本の古代史に思いを馳せれば、日本は大陸と半島の文化を取り入れながら、国の体制を整えてきた、ということが理解できます。その間、どれほどの日本の固有の文化が、外国の文化に入れ替わったかは、おそらくは想像を超えたものでありましょう。大変にもったいない気持ちが致しますが、しかし、日本の固有の文化というものも、時代と共に変化する、ということ、この現実を決して見逃すことはできないと思います。

ヨーロッパ古代文化が現在の欧米においても人々から賞賛をされ、さらに、それらを題材にした娯楽番組が次から次へと生み出されています。しかし、欧米の文化の強みは、それらの伝統を新しい文化の創造の「てこ(leverage:レバリッジ)」として絶えず人々の工夫と新たなチャレンジへの原動力とされていることだと思います。

日本の古代文化にこだわってはならない、と思われます。日本の古代文化は、新しい文化、新しい技術を創造する潤滑油としての位置を与えなければならないのではないでしょうか。現代を生きる知恵にこそ、エンジンの役割を与えなければならないと信じます。その理由は、古代にこだわる文化は、必ず滅ぶ、このことが、古今東西の歴史が示していることであるからであります。

ただ単に日本古代を現代に復古することには、ほとんど意味がないのではないでしょうか。そのような復古が「なぜ」必要なのか、という点、この点を明確に若者に示すことができない限り、「復古」はただ単に「趣味」の領域をでるべきものではないと思われます。

日本の若者に潤滑油だけを与えて満足をしていてはならないのではないでしょうか。現代という時代が、何によって、どのように動いているのか、そのことを若者に事ある毎に示してゆかなければならないのでないでしょうか。「理想」にのみ人は生きることはできないことも体験して頂く機会を持ってもらわなければ成らないでしょう。つまり、時代を切り拓く智恵につながってゆくものを与えることが最も肝要なことなのではないでしょうか。

新しい時代を切り拓く原動力を与えてやること、古代史はあくまでも潤滑油に徹すること、これらのことが、日本の社会を前進させる礎なのであり、日本の国際関係をさらに拓いてゆく基なのであると信じます。

(「古代への憧憬」、「副学長」、「古事記と古代日本の成立」は削除いたしました)

2006/12/30  9:17

フセインの絞首刑、日本時間本日正午  国際政治

CNNインターナショナルは、午前7時からルー・ロブズ(Lou Robbs というアンカーマン)、それに続いて8時からザ・シチュエーション・ルーム(situation は、重大問題という意味)の報道番組を放映しているが、これはアメリカ時間では前日の夕刻、午後5時から7時までの報道番組ということになる。ルー・ロブズの方が終了するあたりで、イラク高等裁判所(Iraq High Tribunal)は、フセインの処刑が日本時間本日正午に行なわれると発表した、と特報として報じていた。その後、ザ・シチュエーション・ルームでは、フセイン元大統領側の弁護士が、ワシントンDCにおいて、フセイン元大統領が訴えられている民事裁判に出廷する必要があるため、処刑の差し止めを求めていることが報じられている。

処刑発表は日本時間の午前8時ごろであったので、わずか4時間後に処刑が行なわれることになる。その方法は、英語でギャロウズ(gallows)と呼ぶ「絞首刑」である(hang to death の方が一般的)。フセイン元大統領の死刑判決は、その執行は30日以内、つまり1月25日までのいずれの日にか行なわれることが確定されていたが、イラク高等裁判所が、12月30日に行なうことを決定したことには、何か特別な背景があるのだろうか。既にフセイン元大統領は、木曜日に、弁護士を通じて書簡を発表し、イラクの人々へ最後の訴えを行なったことが報道されている。また、ワシントンDCでの弁護士側のアピールについても、イラク高等裁判所は、まったく取り合う姿勢を「持ってはいない。」フセイン元大統領の処刑により、さらに宗派対立が激化すること、さらにバース党などは、アメリカばかりではなく、関係各国への報復を既に発表している。

イラクで開催された世界学生会議に、御生前の高松宮殿下を名誉会長とする学生交流の団体の代表として出席した時、フセイン元大統領が開会宣言をした。大変に厳しい人物である印象を受けた。この学生団体に所属していた時、高松宮杯全国英語弁論大会の全国大会まで残ったのだが、審査員のお一人にこの団体のご出身の東後克明先生がおられ、当時NHKの英会話講座を担当されており、直接お話できて感動したのですが、「僕も大学生の時には君のような考えを持っていたよ」と言われたことを思い出す。ちなみに、私の論題は「世界市民へ向かって(Toward Cosmopolitanism)」というものであったが、内容は今ではまったく記憶に残っておりません。今考えれば、コスモポリタニズム自体、第一次世界大戦後、ニューヨークで起こった動きであり、孤立主義のアメリカが世界大戦を経験したことから、カリブ海を中心として自国の外交官を、その地域出身者で充当する動きなどが、その底流にあったのであります。まったく何も知らずに世界を語ろうとすることほど怖いことはないとつくづく思います。あの頃は、若かった!

ところでフセイン元大統領は、英・西独・豪・日・インド・ASEAN諸国・中国・韓国・北朝鮮・ユーゴスラビア(米ソは含まれず)など世界23カ国からの学生会議の開会宣言をし、その日の夜、海外からのデリゲートに対して、頑張ってほしい旨の激励を、小部屋で与えた。その時、開会宣言とした人物と異なる感じがしたことは、以前、本ブログでもお伝えした。日本からの代表は私どもの団体から2名、もう一つの団体からの2名、合計4名であったが、北朝鮮からの代表が、日本の私達と食事の席を共にすることなど絶対に出来ないと主張したので、大変な目に合いました。私達日本の代表は、ただ主催者側の指示に従っていたのですが、数日後、北朝鮮代表は、どういうわけか帰国したことを知らされました。イラクでの案内は、フセイン元大統領の甥だったのですが、彼はイギリスで教育を受けた大変な紳士であった。言葉が穏やかで、スリムな体型であり、身のこなしは「貴族的」であった。

会議のホテルにちょうど丸紅の駐在員の方が滞在されておられてロビーで話をすることが出来たのですが、「がんばれよ」の一言だけで、ちょっと寂し過ぎたなぁ、という感じでありました。

日本からの代表の4人の一人は、現在日本のトーフル対策試験の第一人者として活躍をしている。私はと言えば、相当回り道をした後、国際関係論で少しばかり翻訳をさせて頂き、現在は社会科学の方法論で世界的に著名な先生方と交流をさせて頂きながら、リグレッション・モデルに関する新しい理論、また、ゲーム理論における協力と非協力の比率を、ケテリス・パリーブスのもとでモンテ・カルロ法を用い、エンベロープを計算することによりた新しい「協力概念」の構築など、国際関係の理論構築を、新しい切り口から行なっております。このゲーム理論における方法論に関しては、「すべての条件が同じであるなら、協力と非協力の比は、高々2倍をこえるものではない」というものなのですが、これが何を意味するのか、来年のアメリカでの学会の発表での反応を楽しみにしているところです。

イラクの一般の人々は大変に心温かい。ラシッド青年と毎日話をしていたが、日本人の伝統的な気持ちのもちようなどとも、ぴったりと合うところがあったことを思い出す。ああ、フセイン元大統領の処刑により、さらなる戦いが起こらないことを祈るばかりだ。

日本では、昨日の閣議で、航空自衛隊のイラク派遣を7月まで延期することを「時限法」として確認をしていることが、30日付ザ・ディリー・ヨミウリの第一面で報じられていた。

2006/12/29  17:11

ザ・ディリー・ヨミウリ(12月29日) 第7面  国際政治

【アジア、地震から次第に立ち直る】(AP)
台湾の南の海洋で、マグニチュード6.8の地震が火曜日に起こったが、この際、海底ケーブルが切断され、アジアで最大のテレコミュニケーションの切断が起こった。現在、復旧作業が続けられている。日本、中国、韓国、南アジア、そして米国が特に影響を受けた。

【陳水扁の義理の息子、インサイダー取引で6年の刑】
陳水扁の娘婿は、インサイダー取引をしたとして、6年の実刑判決が言い渡された。陳水扁夫人の賄賂問題もあり、次の選挙では、民進党への支持は根強いが、国民党(KMT)が勝利することが予想すでに予想されている。

【フィリピン軍、アブ・サヤフのリーダーの遺品発見と発表】(AP)
アル・カイーダと関連のあるアブ・サヤフのグループのリーダーの遺品と見られるものが発見された、とフィリピン軍当局は発表した。アブ・サヤフはフィリピンの爆弾テロを行なってきたとされ、アメリカ支援の拿捕作戦が行なわれていた。

【中国高官、汚染データ捏造】(AP)
中国の環境監視局は、地方政府が環境汚染に関するデータを捏造して提出した可能性があると、調査中であると発表した。

コメント:年率10%前後の経済成長率を示す中国が、大量の汚染物質を輩出していることは日本にとっても深刻な問題。ブッシュ大統領が京都議定書に署名しない理由も、発展途上国に対する規制が明記されていない、という点もある。今後は、日本が中心になり、発展途上国の工業発展と環境保護のバランスをとってゆかなくてはならないだろう。

【国連、ソマリア問題で合意に至らず】
ソマリアの休戦呼びかけが国連安保理でまとまらなかった。理由は、カタールが、すべての海外からの軍隊の即時撤退を求めたため。エチオピア軍が支援するソマリアの政府は弱体であり、イスラム兵力側が、ソマリアの多くの地域を依然として占領し続けている。

【ダフール和平への誓いは振り出しに】
スーダンの国連代表は、安保理において、アフリカ共同体の軍隊と共に、国連軍をダフールに派遣をすることに同意をしたが、その直後に撤回をしてしまったために、ダフールへの派兵は振り出しに戻った。

(コメント:スーダンの石油は、フランスとアメリカの利権が既に絡んでおり、ダフールへの国際軍の展開は、利権国とスーダン政府、さらに利権国以外の思惑が複雑に絡むのでしょうか?)

【ニューヨーク市の観光客数史上最高】
9・11直後低迷を続けたニューヨーク市の観光客は、その後回復し、2006年は44百万人に上る見込み。

(コメント:京都市の年間観光客数は、約49百万人と言われております。)

2006/12/29  16:34

ザ・ディリー・ヨミウリ(12月29日) 第6面  国際政治

【フォード元大統領、米を癒したことで記憶】(AP)
ニクソン大統領から大統領を引き継いだ当時、ベトナム戦争の自身喪失でよろめいている国を癒すことにより国を纏め上げた勇気の人として、記憶されるであろう。

第38代大統領であったフォード氏の国葬が金曜日にカリフォルニアで執り行われ、その後、彼のホーム・ステートであるミシガン州の大統領ミュージアムの近くに、来週の水曜日に埋葬される予定。

ブッシュ大統領は、すべての連邦政府ビルにおいて半旗を掲げる指令を出した。

アナン国連事務総長は、フォード氏が1975年のヘルシンキ条約の支持を打ち出したことで記憶されるだろう、と述べたが、これは「人権」が国際関係の基本的問題として理解される最初の条約であった(この部分は、アナン氏が東西陣営の人権への取り組みとしてのヘルシンキ条約へ、アメリカがコミットメントをしたことを評価したもの)

コメント:フォード大統領を掲揚する場合に、ほとんど必ず「ダウン・トゥー・アース」という言葉が使われますが、フォード大統領がよく転びそうになったこととがニュースで放映されていたこと、そしてなによりもベトナム戦争直後のアメリカを率いたこと、そして、ニクソン大統領の更なる訴追を免責したこと、などが記憶されています。

【ロシア、ユーコス経営者が、リトヴィネンコ毒殺と発表】
ロシアは、ビジネス界の大手であり既に破産宣告したユーコスの経営責任者であった、レオニド・ネヴズリン氏がリトヴィネンコ氏の毒殺を諮った、と発表をした。

しかし、ネヴズリン側のスポークスマンは、「すべての人は、このような発表がKGBの方法であることを知っている」と一蹴した。

5カ国共同の調査では、モスクワでもポロニウムが発見され、さらには、揮発性水銀が発見されているがそれがどのように使われたか現在のところ不明。また、モスクワのどこでポロニウムの痕跡が発見されたかも発表されていない。

【ベラルースのガス供給問題の期限迫る】
2006年12月31日までにベラルースとロシアとのガス供給問題が決着がつかなければ、翌日からベラルースへのガス供給が止まる。ガスプロムは、ベラルースに現行の2倍以上の料金の支払いを来年から求め、それが受け入れられれば、50%のガス供給システムを移譲する提案をしている。

ロシアは、世界最大のガス供給国だが、ヨーロッパにも供給されており、ドイツ・ポーランド・リトアニアは大口の需要国。ロシアからヨーロッパへのガス供給の30%は、ベラルース経由であるため、ベラルースの出方如何では、ヨーロッパのガス供給に大きな影響が出ることが懸念されている。

2006年初頭には、ウクライナへのガス供給を止めたことによる供給減を、ヨーロッパへの供給増大により相殺しなければならなかった。

ベラルースは千立方メートル当たり47ドルを支払っているが、これは1991年のソビエト崩壊以降も、安価な価格で元連邦国に供給をする体制であったからだ。しかし、現在では、「国際価格」で提供をすることを求めている。

ベラールスは現在も、国営型経営を引き続き行なっており、ロシアの価格吊り上げは、大きな痛手になる。

【米、ホッキョクグマを絶滅品種に指定】
アメリカの野生保護局は、ホッキョクグマを生存地域の「氷解」により絶滅の虞があるとして、絶滅品種に指定をした。しかし、ブッシュ政権は、この決定は大統領の地球温暖化に対する疑いに対して問題を提起するかもしれないと語った。

担当者は、絶滅品種指定が二酸化炭素の排出基準について新しい基準を与えるものではない、と語った。

【エドワード、大統領選正式立候補】
2008年米大統領選挙に、民主党のエドワード元上院議員が正式に立候補した。

【ジェームズ・ブラウンの遺体、アポロシアターに安置】
黒人歌手ジェームズ・ブラウンの遺体はニューヨークのアポロシアターに安置された。アル・シャープトン(2004年大統領選候補)牧師は、ハーレム地域は、忠誠の日となるだろう、と語った。

2006/12/29  15:31

ザ・ディリー・ヨミウリ(12月29日) 第5面  国際政治

【サダム・フセイン、殉教を示唆】(ロイター)
元イラク大統領サダム・フセインは、絞首刑まで28日であるが、獄舎から弁護士を通じて、書簡を発表した。その中で、イラクの人々の一致団結を強調、さらに、イラクに侵攻した国々に他費手恨みを抱くことのないように訴え、政策決定者と一般市民を区別する必要性を書いた。

2ページ半の書簡において、「神が望まれるなら、殉教するものである」と心境を吐露している。

イラク高等裁判所は、12月26日に、絞首刑を30日以内に行なうことを認める通達を出した。

「偉大なる人々よ、私はみなさんに、信仰を抱き、文明の光となることを望む。、、、イラクの人々の団結は、奴隷となることから救われるのです。、、、信仰厚きイラクの人々の抵抗、、、」と続きます。

アラブ諸国のフセイン大統領の処刑については、意見が分かれています。クウェートでは、フセインの処刑に対して当然という考えが支配的だが、一方、バース党は、もしも処刑が行われれば、報復を行なう警告している。この報復はアメリカだけではなく関連する地域にも及ぶことを言及している。

アラブ諸国の有力紙、アル・ハヤットの編集主幹は、「イラクの人々は、サダム・フセインの処刑を嘆いています。彼は乱暴な専制政治をおこなったが、彼の元ではイラクが存在した、という気持ちなのです、と語っている。サダム・フセインの処刑は、さらに宗派対立を増大させる虞がある、と分析をしている。

【米、イランに核政策に従うことを求める】(ロイター)
イランがこのままウラン濃縮を続けるのであれば、さらに事態は悪化するであろう、政府関係者は述べた。この声明は、イラン議会が、「IAEAへの協力のレベルを変更する」法案を通した後に行なわれた。

【米軍事顧問がサドル氏側近を殺害、ナジャフでの怒りの行進】(ロイター)
シーア派の反米武装闘争指導者のムクタダ・アル・サドル氏の側近であう、サヘブ・アル・アマリ氏が射殺されたことを受けて、ナジャフ市では、大規模なでも行動が発生した。

アマリ氏の射殺については、米軍とサドル側では大きく異なる。サドル側は、米兵がアミリ氏宅を急襲し、妻と子供の前で射殺したとしている。さらに、アマリ氏は、シーア派の民兵組織メード軍には属しておらず、孤児や貧しい人々の救済の活動をしていた、という。

一方、米軍側は、アミル氏の情報を集めていたのは彼が特定の組織に属していたからではなく、違法な活動に関わっていたからと発表。ナジェフにおいては、安全保障の管理をすでにイラク側に渡しており、急襲は、イラク軍にアメリカ側軍事顧問8名が付き添ったものであり、アミリ氏がイラク軍兵士に対して準自動小銃で狙いをつけていたところを、軍事顧問の一人により狙撃されたもの、としている。

【米、イスラエルをロードマップ違反と警告】(AP)
米政府は、イスラエルが西岸地区での居住地域を建設していることはロードマップ違反である、と珍しく警告を発している。しかし、イスラエル側は、在米大使館を通じて、「1982年に合法的に建設されたもの。軍隊・学校などがあり、市民居住区としてあった」と声明を発表した。是に対して、米国務省スポークスマンは、「新居住区や現居住区の拡張は、ロードマップ違反」と記者会見で述べた。
2003年、イスラエルは、パレスティナ国家建設へ向けてのロードマップを承認した。しかし、イスラエルへのユダヤ系移民の流入は1990年代を通じて百万を超え、2000年以降減少傾向にあるが、2005年は、2万2千人の新たな移民があった。

【アッバス大統領、イスラエルとの密室会談を提案】(AP)
パレスティナのマームード・アッバス大統領は、エルサレムとパレスティナ難民について、イスラエルと密室会談を行ないたい意向を表明した。密室会談提唱の真意は分かっていない。

2006/12/29  15:02

ザ・ディリー・ヨミウリ(12月29日)第4面  political economy

The Daily Yomiuri, Dec. 29. 第4面

【社説:安倍首相、政権再建が必要】
佐田行革大臣の辞職は、安倍政権に大きな打撃を与えたことを論評。虚偽報告であったとしても既に政治資金規正法の時効を過ぎているが、世論の信頼を失墜させたことからは逃れることは出来ない。このような粉飾決済がなぜ必要なのか、と社説は厳しく、佐田氏の今回の不祥事を追及している。さらに、安倍内閣がその発足への貢献にともなった人選をしてきたことから、後任人事を慎重に行い、世論の信頼回復に努めなければならない、と指摘している。(ザ・ディリー・ヨミウリの社説は、読売新聞の前日の社説の訳のため、一日遅れの報道)

【政府の今後に疑惑の目】
本間税調会長が辞任、さらに、佐田行革大臣が辞任、と安倍政権は手ひどい打撃を受けた。この打撃の影響を年内に押さえ込むことができるかどうか。もし、年明けまで持ち越してしまえば、通常国会、さらには、夏の参院選への影響は避けられるものではない。

津島派は、安倍政権の人事が、単なる政権発足協力への「謝意」であり、実際に練られた人事ではない、と批判の矛先を向けている。野党は、早くも佐田氏の国会に喚問(非宣誓)の声が上がっている。

【香西氏、税調の新人事】
本間氏の辞職は、安倍首相の政策遂行にとって大変に大きな痛手となった。本間氏は、安倍首相の再チャレンジ、高齢者の雇用などの政策に沿った「経済再生」重視派であ経済企画庁出身である。「消費税率が引き揚げられれば、消費者とともに企業との活動減退につながる」と消費税率引き揚げには慎重。総務省や金融省では、香西氏の起用を予想していなかったため、対応に追われている。

【フォード大統領、国の癒しに貢献】
フォード大統領が93歳で、火曜日亡くなったが、シャーロット・デンバー紙の社説は、元大統領を、ベトナム戦争で分裂していた国の癒しに貢献した、と高く評価し、追悼の言葉としている。

ワシントン・ポスト紙の関連記事が、10面に掲載。

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