2008/9/20 0:01
違和感の正体は・・・ 発達障害者の支援
先日、NANAのクラスは、老人福祉施設を訪問し、お年寄りの人たちと交流を
しました。ここで披露する歌の練習をめぐって、NANAと担任の先生が対立し、
ちょっとした騒動になったのですけれど、交流そのものは楽しかったそうです。
「一緒にたこ焼き作って食べた!○○くんが、ちょっとずつ、たこ焼き器に
ネタをいれてたらな、おじいさんたちが『もっとドバッと思い切って入れ
たらええ!』っていわはってな、○○くんが『えぃ!』って入れたら、
ネタがドバッと出て、おじいさんもおばあさんも俺らも大笑いして・・・」
ね、何だか、楽しそうでしょ?たこ焼きも「むっちゃ、うまかったで」。
それは、何より・・・
さて、NANAたちが帰るとき、涙を流された方が何人かおられたのだそうです。
NANAは、「泣いてはったわ。俺らと遊んだのがうれしかったんかな」という程度
でしたが、その週の学年だよりには「おばあさんが泣いている!」の見出し、
クラスの時間割にも、やはりそのことが書かれていました。
何となく違和感があるなぁとTOTOと話していたら、携帯にKAZUははさんからの
メールが入りました。
「何か上から目線で、嫌なんですけど」
KAZUははさんは、大学で福祉を専攻し、今もヘルパーとして、老人介護の世界で
働いておられます。「上から目線」と私の違和感を見事に表現してくれました。
TOTOも、「うん、上からっていうか、何か、一方的というか、こっちの想いばかり
って感じやなぁ」。
そう、それ・・・何かね、ほら、いいことをしてあげたよっていう態度が、どうも
しっくりこなかったんです。
そんなことを考えていたある日、NANAが、校長室だよりを持ち帰ってきました。
今年の校長先生は熱心で、毎月、校長室だよりを発行し、小学校の様子やご自身の
教育方針について綴っておられます。
前月から2ヶ月にわたり、育成学級の話題が取り上げられていました。障害とは
何か、育成学級の子どもたちはどういう子どもたちか、なぜ育成学級と普通学級が
交流するのか・・・育成学級の子どもたちに対する理解を深めよう、という想いが
にじみ出た文章ですが、私は、前月からどうも違和感がありました。それが何かは
うまく言えなかったのですが、今月のおたよりを読んで、あぁそうか、と気づき
ました。
「育成学級の子どもたちは、ゆっくり成長する」、今はできないことが多いけれど、
できるようになるように育成学級で学んでいる、できるようになるには、本人の
努力が必要だけれど、周囲の支援も必要だ、だから・・・そんな内容でした。
「これは、本質的な部分をごまかしてるな」とTOTOが言いました。
「これだと、いつかは普通学級の子に追いつくかのようだけど、そうじゃない部分は
あるわけで・・・」
相変わらず、鋭いですね。
そう、もちろん、障害のある子どもも成長します。けれど、どんなに成長しても、
「できない」ことはあるでしょう。でも、「できない」のは悪い?克服しなければ
ならない?「できない」こともある、でも、「できる」こともいっぱいある、そして
何かが「できる」、何かが「優れている」ことだけが人間の評価軸じゃない・・・
「それに、『できる』『できない』を2次元で捉えているようだけど、本当は、
もっと、3次元的じゃないのかなぁ」とTOTO。
金子みすずさんの詩が、低学年の教科書に載っているのは何故でしょう。
「わたしが両手を広げても お空はちっとも飛べないが 飛べる小鳥はわたしの
ように 地べたを早くは走れない わたしが体をゆすっても きれいな音は出ない
けれど あの鳴る鈴はわたしのように たくさんな歌は知らないよ」
確かに、1つの事柄について「できる」「できない」はある、けれど、わたしが
努力して小鳥のように飛び、鈴のように体を震わせて音を出すなんてナンセンス、
「鈴と小鳥と それからわたし みんな違って みんないい」という視点こそが
共に生きるためには必要なのではないか、それを実感するための交流なんじゃ
ないか、と私は思うのですけどね。
「できる」人が「できない」人に何かをしてあげる、という視点じゃなく・・・
先日、NANAのバイオリンの先生が、近くの病院のコンサートに出演されました。
入院患者さんを対象にしたコンサートですが、一般にも公開されていましたので、
覗きにいってきました。懐かしい唱歌をみんなで歌ったり、マンドリンから、
何故か琴の音色が聞こえてきたり、バイオリンを背中に回したり、足の下に
回したりして弾く曲弾きが披露されたりと、わずか30分でしたが、実に楽しい
コンサートでした。
コンサートの最後に歌われたのは、竹内まりやさんの「人生の扉」
「生きていることが素晴らしいことです。一生懸命生きていれば、必ず若い世代が
継いでくれます。とりあえず、その日その日をがんばって生きましょう」と先生。
車椅子に乗った女性が大きくうなずいていました。
生まれたばかりの赤ちゃんや青春を謳歌する若者の生だけでなく、老いて、あるいは
病を得て余命を見つめながらの生も、「生きている」というだけで意味があり、
尊いものなのだ、と。
その言葉に、私は何の違和感も抱きませんでした。
しました。ここで披露する歌の練習をめぐって、NANAと担任の先生が対立し、
ちょっとした騒動になったのですけれど、交流そのものは楽しかったそうです。
「一緒にたこ焼き作って食べた!○○くんが、ちょっとずつ、たこ焼き器に
ネタをいれてたらな、おじいさんたちが『もっとドバッと思い切って入れ
たらええ!』っていわはってな、○○くんが『えぃ!』って入れたら、
ネタがドバッと出て、おじいさんもおばあさんも俺らも大笑いして・・・」
ね、何だか、楽しそうでしょ?たこ焼きも「むっちゃ、うまかったで」。
それは、何より・・・
さて、NANAたちが帰るとき、涙を流された方が何人かおられたのだそうです。
NANAは、「泣いてはったわ。俺らと遊んだのがうれしかったんかな」という程度
でしたが、その週の学年だよりには「おばあさんが泣いている!」の見出し、
クラスの時間割にも、やはりそのことが書かれていました。
何となく違和感があるなぁとTOTOと話していたら、携帯にKAZUははさんからの
メールが入りました。
「何か上から目線で、嫌なんですけど」
KAZUははさんは、大学で福祉を専攻し、今もヘルパーとして、老人介護の世界で
働いておられます。「上から目線」と私の違和感を見事に表現してくれました。
TOTOも、「うん、上からっていうか、何か、一方的というか、こっちの想いばかり
って感じやなぁ」。
そう、それ・・・何かね、ほら、いいことをしてあげたよっていう態度が、どうも
しっくりこなかったんです。
そんなことを考えていたある日、NANAが、校長室だよりを持ち帰ってきました。
今年の校長先生は熱心で、毎月、校長室だよりを発行し、小学校の様子やご自身の
教育方針について綴っておられます。
前月から2ヶ月にわたり、育成学級の話題が取り上げられていました。障害とは
何か、育成学級の子どもたちはどういう子どもたちか、なぜ育成学級と普通学級が
交流するのか・・・育成学級の子どもたちに対する理解を深めよう、という想いが
にじみ出た文章ですが、私は、前月からどうも違和感がありました。それが何かは
うまく言えなかったのですが、今月のおたよりを読んで、あぁそうか、と気づき
ました。
「育成学級の子どもたちは、ゆっくり成長する」、今はできないことが多いけれど、
できるようになるように育成学級で学んでいる、できるようになるには、本人の
努力が必要だけれど、周囲の支援も必要だ、だから・・・そんな内容でした。
「これは、本質的な部分をごまかしてるな」とTOTOが言いました。
「これだと、いつかは普通学級の子に追いつくかのようだけど、そうじゃない部分は
あるわけで・・・」
相変わらず、鋭いですね。
そう、もちろん、障害のある子どもも成長します。けれど、どんなに成長しても、
「できない」ことはあるでしょう。でも、「できない」のは悪い?克服しなければ
ならない?「できない」こともある、でも、「できる」こともいっぱいある、そして
何かが「できる」、何かが「優れている」ことだけが人間の評価軸じゃない・・・
「それに、『できる』『できない』を2次元で捉えているようだけど、本当は、
もっと、3次元的じゃないのかなぁ」とTOTO。
金子みすずさんの詩が、低学年の教科書に載っているのは何故でしょう。
「わたしが両手を広げても お空はちっとも飛べないが 飛べる小鳥はわたしの
ように 地べたを早くは走れない わたしが体をゆすっても きれいな音は出ない
けれど あの鳴る鈴はわたしのように たくさんな歌は知らないよ」
確かに、1つの事柄について「できる」「できない」はある、けれど、わたしが
努力して小鳥のように飛び、鈴のように体を震わせて音を出すなんてナンセンス、
「鈴と小鳥と それからわたし みんな違って みんないい」という視点こそが
共に生きるためには必要なのではないか、それを実感するための交流なんじゃ
ないか、と私は思うのですけどね。
「できる」人が「できない」人に何かをしてあげる、という視点じゃなく・・・
先日、NANAのバイオリンの先生が、近くの病院のコンサートに出演されました。
入院患者さんを対象にしたコンサートですが、一般にも公開されていましたので、
覗きにいってきました。懐かしい唱歌をみんなで歌ったり、マンドリンから、
何故か琴の音色が聞こえてきたり、バイオリンを背中に回したり、足の下に
回したりして弾く曲弾きが披露されたりと、わずか30分でしたが、実に楽しい
コンサートでした。
コンサートの最後に歌われたのは、竹内まりやさんの「人生の扉」
「生きていることが素晴らしいことです。一生懸命生きていれば、必ず若い世代が
継いでくれます。とりあえず、その日その日をがんばって生きましょう」と先生。
車椅子に乗った女性が大きくうなずいていました。
生まれたばかりの赤ちゃんや青春を謳歌する若者の生だけでなく、老いて、あるいは
病を得て余命を見つめながらの生も、「生きている」というだけで意味があり、
尊いものなのだ、と。
その言葉に、私は何の違和感も抱きませんでした。
2007/11/19 10:03
特別だけど、特別じゃない… 発達障害者の支援
このブログで何度も書いていることですが…
普通級における支援に際しては、これまでの障害児教育にない配慮が必要です。
いや、正確には、障害児教育、より広く、医療や福祉の現場に本来、必要である
のに欠けていた、少なくとも軽視されてきた視点というべきかもしれません。
それは、本人の自尊心を傷つけないことです。そして、必要な支援を提供するのは
当然ですが、だからといって過剰な支援はしない、ということです。
それは、最近しばしば問題となっているように、経済的にも社会的にも何ら基盤
がないのに、「自立」の名目で、「自己負担」を強いたり、支援を打ち切ったり
することではありません。
そうではなく…
「支援する人」と「支援を受ける人」という関係では、どうしても、一方には
「できる」ことが他方には「できない」(だからこそ、支援するのですが)という
場面が多く、そうすると、「支援する人」が「支援を受ける人」の親や先生の
ようにふるまってしまいがちです。
「あぁあ、また食べ物こぼしたんかいな、よそ見してたんちゃう?あかんやん、
こぼしたら…」
病院に行くと、若い看護士が自分より何十才も年上の人に、こんな口調で話し
かけているのをよく見かけます。老人施設、障害者施設でもそうです。まるで
乳幼児にでも接するかのように…
障害や病気、加齢が原因で、日常生活を送る際に介助が要るとしても、「何も
できない」わけじゃない、身体が不自由で「何もできない」としても、「何も
分からない」わけじゃない、人並みの思考ができないとしても「何も感じない」
わけじゃない…
身体が動かせなくても、思うように話せなくても、10才には10才、20才には20才、
50才には50才の意地があり、自尊心があり、羞恥心があり…そういうことを全く
無視しての支援は成り立たないように思うのです。
もちろん、現場では、そんなこと百も承知で、しかし、日々の仕事に忙殺されて
それどころではない、という状況なのでしょうが…
先月末に、NANAが4日間自主休講したとき、担任の先生がクラスの子どもたちに
「NANAくんはストレスがたまると、みんなに迷惑をかけてしまうから…」という
趣旨の発言をされたそうです。
NANAがクラスメートの男の子から聞いてきました。その日から3連続で私の帰宅が
遅かったのもあって、私はNANAから直接話を聞いていませんが、TOTOの話では、
NANAはひどく怒っていたようです。そりゃ、当たり前です。
NANAは自分の障害のことを知りませんが、「時々学校にしんどくなる自分」を
クラスメートに知られたくない、と思っています。
だから、「欠席理由は発熱にしておいて下さい」と、先生には頼んでいます。
ところが、先生のほうは非常に無頓着で、家庭訪問のときでも、NANAがそばに
いるのに、「NANAくんのようなタイプの子は…」と話し出すし、道徳の時間では
頻繁にエジソンやアインシュタインが登場するし…いや、それ自体は構わない
のですが、ポロッと、「うちのクラスでは、NANAくんが…」なんて言ってしまい
そうで、TOTOと私はヒヤヒヤしていました。夏の個人懇談では、TOTOが「障害の
告知はまだしていませんが、必要性や時期など、現在検討中です」と釘を刺して
きました。が…
クラスメートの子の話をNANAが聞き、それをTOTOが聞き…という状況ですから、
詳しいことは分かりません。知り合いのお母さんを通して、別のクラスメートに
確認してもらったところ、発言があったことは事実のようですが、どういう文脈
だったかまでは、確認できていません。
さぁ、どうするか…
普通級における支援に際しては、これまでの障害児教育にない配慮が必要です。
いや、正確には、障害児教育、より広く、医療や福祉の現場に本来、必要である
のに欠けていた、少なくとも軽視されてきた視点というべきかもしれません。
それは、本人の自尊心を傷つけないことです。そして、必要な支援を提供するのは
当然ですが、だからといって過剰な支援はしない、ということです。
それは、最近しばしば問題となっているように、経済的にも社会的にも何ら基盤
がないのに、「自立」の名目で、「自己負担」を強いたり、支援を打ち切ったり
することではありません。
そうではなく…
「支援する人」と「支援を受ける人」という関係では、どうしても、一方には
「できる」ことが他方には「できない」(だからこそ、支援するのですが)という
場面が多く、そうすると、「支援する人」が「支援を受ける人」の親や先生の
ようにふるまってしまいがちです。
「あぁあ、また食べ物こぼしたんかいな、よそ見してたんちゃう?あかんやん、
こぼしたら…」
病院に行くと、若い看護士が自分より何十才も年上の人に、こんな口調で話し
かけているのをよく見かけます。老人施設、障害者施設でもそうです。まるで
乳幼児にでも接するかのように…
障害や病気、加齢が原因で、日常生活を送る際に介助が要るとしても、「何も
できない」わけじゃない、身体が不自由で「何もできない」としても、「何も
分からない」わけじゃない、人並みの思考ができないとしても「何も感じない」
わけじゃない…
身体が動かせなくても、思うように話せなくても、10才には10才、20才には20才、
50才には50才の意地があり、自尊心があり、羞恥心があり…そういうことを全く
無視しての支援は成り立たないように思うのです。
もちろん、現場では、そんなこと百も承知で、しかし、日々の仕事に忙殺されて
それどころではない、という状況なのでしょうが…
先月末に、NANAが4日間自主休講したとき、担任の先生がクラスの子どもたちに
「NANAくんはストレスがたまると、みんなに迷惑をかけてしまうから…」という
趣旨の発言をされたそうです。
NANAがクラスメートの男の子から聞いてきました。その日から3連続で私の帰宅が
遅かったのもあって、私はNANAから直接話を聞いていませんが、TOTOの話では、
NANAはひどく怒っていたようです。そりゃ、当たり前です。
NANAは自分の障害のことを知りませんが、「時々学校にしんどくなる自分」を
クラスメートに知られたくない、と思っています。
だから、「欠席理由は発熱にしておいて下さい」と、先生には頼んでいます。
ところが、先生のほうは非常に無頓着で、家庭訪問のときでも、NANAがそばに
いるのに、「NANAくんのようなタイプの子は…」と話し出すし、道徳の時間では
頻繁にエジソンやアインシュタインが登場するし…いや、それ自体は構わない
のですが、ポロッと、「うちのクラスでは、NANAくんが…」なんて言ってしまい
そうで、TOTOと私はヒヤヒヤしていました。夏の個人懇談では、TOTOが「障害の
告知はまだしていませんが、必要性や時期など、現在検討中です」と釘を刺して
きました。が…
クラスメートの子の話をNANAが聞き、それをTOTOが聞き…という状況ですから、
詳しいことは分かりません。知り合いのお母さんを通して、別のクラスメートに
確認してもらったところ、発言があったことは事実のようですが、どういう文脈
だったかまでは、確認できていません。
さぁ、どうするか…
2007/10/24 18:13
ありのままでいい、けど・・・ 発達障害者の支援
発達障害児に限らず、子育てにおいては、「ありのままの子どもを受け容れる」
ことが大事だといわれます。苦手なことがあってもいいよ、欠点があっても
いいよ、そのままでいいよ、と肯定的な目で見ることが大切だ、と。欠点を
指摘するのではなく、「あなたにはこんないいところがあるじゃない」と。
そうすることで自己肯定感が養われ、気持ちが安定するのだ、と。
これは、そのとおりなのだろうと思います。
実際、連日、トラブルがいっぱいで、NANAの気持ちが不安定だったころに、
このアドバイスに接し、見る見るうちに、NANAの表情が変わっていくのが
分かりました。自傷行為はほとんどなくなり、パニックは激減し、私への暴力や
暴言も減りました。
しかし、親というのは、心配性というか、欲張りなものでして・・・
少しずつ、不安になってくるわけです。「このままでいいんだろうか」と。
社会は、こんなに理解があるわけでも、やさしいわけでもない・・・
学校に理解や支援を求めるよう働きかけながら、社会に出た後は、どうなるの
だろう、という不安が頭をかすめます。
「しんどいときは、休んでいいよ」というルール・・・多くの職場では通用
しないでしょう。気分がのらない仕事を避けていたら、きっと解雇されること
でしょう。
親の会などの主張としては、「だから、社会に働きかけていかなければ・・・」
ということになるのでしょう。もちろん、そんな総論も大事です。障害者雇用を
促進すること、障害に応じた働き方ができるようにすること・・・そして、
そもそも軽度発達障害に対しても、就労支援システムが確立すること・・・
そういった運動を否定するわけではありません。
だけど、それだけでなく、自分の子どもには「もしも可能ならば、可能な範囲で、
社会でやっていくに必要なノウハウを身につけさせたい」とも思います。
えみりーさんのブログで、ある講演会での話が紹介されていました。
その中の一節・・・
「就職にあたって、当事者の青年たちが言うことは『あなたはありのままで
いいのよ、というあたたかい支援よりも、実社会でどうふるまえばいいのか、
教えてほしかった』なのだそうです。」
これまた、現実です。
もちろん、「ありのままでいい」という受容があってこそ、その次のステップが
あるわけですが、何とも辛い言葉です。
多少「非常識」であっても、「自分勝手」であっても、ありのままの姿で
受け容れられる例もあります。しかし、それは、本人に特別の才能があるなど、
数少ない例外ケースです。講演会などにいくと、大抵、「エジソンは・・・」
「アインシュタインも・・・」「坂本龍馬だって・・・」なんて言葉が出てきます
が、そういう「才能」に恵まれ、「まぁ、いいや。すごい人なんだから」と社会が
受け容れるケースは稀です。多くの軽度発達障害者には、突出した能力があるわけ
でもなく(発達の偏りにより、出来る、出来ないの差があるとしても、それが
他人よりも「優れている」とは限りません)、人並みはずれた才能があるわけでも
なく、「他の人を寄せ付けないほど」何かに没頭できるわけでもない・・・
自分の興味を生かした職業につけるわけでもありませんし、たとえ、運よく、
そういう職につけたとしても、今のご時世、「好きなことだけしていればよい」
というのは、よほど才能のある人でないと許されないでしょうね。
社会で必要とされる能力、処世術・・・
親自身、完璧に身につけているわけではないけれど、「嫌なことがあっても、ある
程度は我慢する」「受け流す」「(角が立たないように)回避する」などの術は
社会に出るまでに教えてやりたい、しかし・・・
TOTOや私の葛藤は続きます。
ことが大事だといわれます。苦手なことがあってもいいよ、欠点があっても
いいよ、そのままでいいよ、と肯定的な目で見ることが大切だ、と。欠点を
指摘するのではなく、「あなたにはこんないいところがあるじゃない」と。
そうすることで自己肯定感が養われ、気持ちが安定するのだ、と。
これは、そのとおりなのだろうと思います。
実際、連日、トラブルがいっぱいで、NANAの気持ちが不安定だったころに、
このアドバイスに接し、見る見るうちに、NANAの表情が変わっていくのが
分かりました。自傷行為はほとんどなくなり、パニックは激減し、私への暴力や
暴言も減りました。
しかし、親というのは、心配性というか、欲張りなものでして・・・
少しずつ、不安になってくるわけです。「このままでいいんだろうか」と。
社会は、こんなに理解があるわけでも、やさしいわけでもない・・・
学校に理解や支援を求めるよう働きかけながら、社会に出た後は、どうなるの
だろう、という不安が頭をかすめます。
「しんどいときは、休んでいいよ」というルール・・・多くの職場では通用
しないでしょう。気分がのらない仕事を避けていたら、きっと解雇されること
でしょう。
親の会などの主張としては、「だから、社会に働きかけていかなければ・・・」
ということになるのでしょう。もちろん、そんな総論も大事です。障害者雇用を
促進すること、障害に応じた働き方ができるようにすること・・・そして、
そもそも軽度発達障害に対しても、就労支援システムが確立すること・・・
そういった運動を否定するわけではありません。
だけど、それだけでなく、自分の子どもには「もしも可能ならば、可能な範囲で、
社会でやっていくに必要なノウハウを身につけさせたい」とも思います。
えみりーさんのブログで、ある講演会での話が紹介されていました。
その中の一節・・・
「就職にあたって、当事者の青年たちが言うことは『あなたはありのままで
いいのよ、というあたたかい支援よりも、実社会でどうふるまえばいいのか、
教えてほしかった』なのだそうです。」
これまた、現実です。
もちろん、「ありのままでいい」という受容があってこそ、その次のステップが
あるわけですが、何とも辛い言葉です。
多少「非常識」であっても、「自分勝手」であっても、ありのままの姿で
受け容れられる例もあります。しかし、それは、本人に特別の才能があるなど、
数少ない例外ケースです。講演会などにいくと、大抵、「エジソンは・・・」
「アインシュタインも・・・」「坂本龍馬だって・・・」なんて言葉が出てきます
が、そういう「才能」に恵まれ、「まぁ、いいや。すごい人なんだから」と社会が
受け容れるケースは稀です。多くの軽度発達障害者には、突出した能力があるわけ
でもなく(発達の偏りにより、出来る、出来ないの差があるとしても、それが
他人よりも「優れている」とは限りません)、人並みはずれた才能があるわけでも
なく、「他の人を寄せ付けないほど」何かに没頭できるわけでもない・・・
自分の興味を生かした職業につけるわけでもありませんし、たとえ、運よく、
そういう職につけたとしても、今のご時世、「好きなことだけしていればよい」
というのは、よほど才能のある人でないと許されないでしょうね。
社会で必要とされる能力、処世術・・・
親自身、完璧に身につけているわけではないけれど、「嫌なことがあっても、ある
程度は我慢する」「受け流す」「(角が立たないように)回避する」などの術は
社会に出るまでに教えてやりたい、しかし・・・
TOTOや私の葛藤は続きます。
2007/5/30 9:59
宿泊行事用アイデア 発達障害者の支援

宿泊行事で大変なのは、荷物の管理です。これは、どの子どもにも言えること
です。大人の団体旅行でさえ必ず「落とし物」「忘れ物」(しかも、なぜか持ち主
不明のまま終わることが多い!)があります。
年齢、性別を問わず、普段とは勝手の違う空間、時間の制約のある中で、「持参
したもの」「新たに増えたもの」「持ち帰るべきもの」を把握するのはなかなか
難しいのでしょうね。
荷物整理のコツは、袋分けです。
私は小学入学から高校卒業までの12年間、ガールスカウトに入り、さらに3年間、
リーダーとして「お礼奉公」しました。毎年数回、キャンプに出かけましたが、
その際は、名前と内容(「着替え」「タオル」など)を記載した布袋を繰り返し
使用していました。スーパーの袋でもいいのですが、探すときにガサガサ音が
鳴りますから、テントなど狭い場所で複数の人が生活するときには不向き…深夜や
早朝は気を使います。最近のスーパーの袋は、薄くて破れやすく、その点でも
布袋のほうが優れています。ただ、布袋を作るとなると(これは初回だけの問題
ですが)面倒ですし、同じ布で作ると、一度リュックから取り出さなければ、
何の袋だか分かりません。スーパーの袋なら、お店ごとに色やデザインが異なり
ます。また、雨に濡れたとしても、袋の中身まで濡れないのもよい…
というわけで、布袋も、スーパーの袋も一長一短、何とかその「いいとこ取り」が
できないか、と考えたのがこれ…
カラフルな巾着袋は、多少の雨なら通しません。袋には同じ色のラベルを付け、
名前と内容を書きこみました。全て百円均一のお店で揃えました。私の母なら、
「もったいない、家で作れば…」と言うでしょうが、いろんな色の布とひもを
買うと、結構高くつきます。袋が大小合わせて7枚、600円、ラベル100円…宿泊
行事は毎年あるのですから、繰り返し使うなら、安いものだと思います。
昨年同様、しおりの「持ち物欄」に袋の色を塗りました。これで上手くいくかな…
2007/3/29 20:32
祖父母との関係 発達障害者の支援
軽度発達障害の子どもは、しばしば誤解されます。
「自分勝手」「怠け者」「思いやりがない」「落ち着きがない」「我慢が足りない」
「飽きっぽい」「しつこい」…
もちろん、軽度発達障害児が、いつも「真面目な、いい子」であるわけではあり
ません。実際、ただの「サボリ」ってこともあるわけです、人間ですからね。
でも、まさに「障害」ゆえに、ということもあります。
こだわりの表れだったり、場の雰囲気や相手の気持ちを察知する能力が乏しい
せいだったり、「常識的」な振舞いを習得していないせいだったりします。
目の前のトラブルが、誰にでもある「甘え」や「怠け心」によるものか、それとも
その子の「障害」によるものか、親には、にわかに判断できません。専門家にも
厳密な判断は難しいのではないか、と思います。
どこまで緩やかに受け入れるのか、どこからはきっぱり拒絶し、突き放すのか…
その匙加減は微妙です。いくら本を読んだって分からないし、限られた空間・
時間でしか接していない専門家の助言も、100%当てになるわけじゃありません。
結局は、各家庭で、さらにいえば、各人で自分なりに試行錯誤しながら見極める
ほかないのだろう、と最近感じています。
人ごとに許否の基準が大きく異なると、子どもは混乱するでしょうから、長時間
対応する人、例えば、父親と母親、親と担任の間で基準を共有することは不可欠だ
と思います。ただ、人や場面に応じて態度を変える子の場合(NANAがそうですが)、
あっさりと役割分担してしまうのもよいのかな、とも思います。給食で頑張って
野菜や魚を食べているのなら、家では大目に見る、とか…ね。
教育方針を共有するにせよ、教育の役割を分担するにせよ、最も調整が難しい
相手は、実は、学校ではありません。祖父母です。
もちろん、上手く協力を得られることもあります。しかし、理解を得にくい場合も
多いようです。実際、私はこの1週間で、2人の人から「理解してもらえない」
という話を聞きました。他でも、似たような話はよく耳にします。
原因は、さまざまです。
普段接する回数や時間が少ないと、孫の抱える困難を目にする機会がありません。
盆正月の帰省時も、たまに会うからということで、特別な事情のない限り、「孫
中心」シフトで対応してもらえます。
でも、結婚式や法事など他人が絡む行事では、「孫中心」シフトを貫くわけには
いきません。また、出産その他の事情で一時的に預かってもらう場合も、「孫
中心」シフトを続けるわけにはいきません。複数の孫がいればなおさらです。
また、祖父母世代の中心は、「まだ豊かでない日本」で幼少期を過ごしました。
我慢、努力を美徳として育てられた人の目には、軽度発達障害児の言動は「躾の
失敗」としか映らないかもしれません。しかも、「障害」という言葉には、過剰
反応しがちです。うかつに口にすると、とんでもない事態になりかねません。
さらに…
遺伝的に考えて、祖父母が軽度発達障害的特性を持っておられる場合も珍しく
ないでしょう。話はより複雑になります。
TOTOの母や私の両親は、夜や休日の仕事の際にしばしばNANAを預かり、トラブルも
少なからず体験してきました。そのせいか、NANAへの対応には、「比較的」理解が
あり、今の安定ぶりを喜んでくれてもいます。
親代わりを務めてもらうには、孫の「可愛いだけじゃない」部分も見てもらわ
なければなりませんが、理解してもらえないようなら、他人だとあっさり割り
切るのもよいかもしれません。
「祖父母だから」と期待も遠慮もしない…でも、難しいですね。
「自分勝手」「怠け者」「思いやりがない」「落ち着きがない」「我慢が足りない」
「飽きっぽい」「しつこい」…
もちろん、軽度発達障害児が、いつも「真面目な、いい子」であるわけではあり
ません。実際、ただの「サボリ」ってこともあるわけです、人間ですからね。
でも、まさに「障害」ゆえに、ということもあります。
こだわりの表れだったり、場の雰囲気や相手の気持ちを察知する能力が乏しい
せいだったり、「常識的」な振舞いを習得していないせいだったりします。
目の前のトラブルが、誰にでもある「甘え」や「怠け心」によるものか、それとも
その子の「障害」によるものか、親には、にわかに判断できません。専門家にも
厳密な判断は難しいのではないか、と思います。
どこまで緩やかに受け入れるのか、どこからはきっぱり拒絶し、突き放すのか…
その匙加減は微妙です。いくら本を読んだって分からないし、限られた空間・
時間でしか接していない専門家の助言も、100%当てになるわけじゃありません。
結局は、各家庭で、さらにいえば、各人で自分なりに試行錯誤しながら見極める
ほかないのだろう、と最近感じています。
人ごとに許否の基準が大きく異なると、子どもは混乱するでしょうから、長時間
対応する人、例えば、父親と母親、親と担任の間で基準を共有することは不可欠だ
と思います。ただ、人や場面に応じて態度を変える子の場合(NANAがそうですが)、
あっさりと役割分担してしまうのもよいのかな、とも思います。給食で頑張って
野菜や魚を食べているのなら、家では大目に見る、とか…ね。
教育方針を共有するにせよ、教育の役割を分担するにせよ、最も調整が難しい
相手は、実は、学校ではありません。祖父母です。
もちろん、上手く協力を得られることもあります。しかし、理解を得にくい場合も
多いようです。実際、私はこの1週間で、2人の人から「理解してもらえない」
という話を聞きました。他でも、似たような話はよく耳にします。
原因は、さまざまです。
普段接する回数や時間が少ないと、孫の抱える困難を目にする機会がありません。
盆正月の帰省時も、たまに会うからということで、特別な事情のない限り、「孫
中心」シフトで対応してもらえます。
でも、結婚式や法事など他人が絡む行事では、「孫中心」シフトを貫くわけには
いきません。また、出産その他の事情で一時的に預かってもらう場合も、「孫
中心」シフトを続けるわけにはいきません。複数の孫がいればなおさらです。
また、祖父母世代の中心は、「まだ豊かでない日本」で幼少期を過ごしました。
我慢、努力を美徳として育てられた人の目には、軽度発達障害児の言動は「躾の
失敗」としか映らないかもしれません。しかも、「障害」という言葉には、過剰
反応しがちです。うかつに口にすると、とんでもない事態になりかねません。
さらに…
遺伝的に考えて、祖父母が軽度発達障害的特性を持っておられる場合も珍しく
ないでしょう。話はより複雑になります。
TOTOの母や私の両親は、夜や休日の仕事の際にしばしばNANAを預かり、トラブルも
少なからず体験してきました。そのせいか、NANAへの対応には、「比較的」理解が
あり、今の安定ぶりを喜んでくれてもいます。
親代わりを務めてもらうには、孫の「可愛いだけじゃない」部分も見てもらわ
なければなりませんが、理解してもらえないようなら、他人だとあっさり割り
切るのもよいかもしれません。
「祖父母だから」と期待も遠慮もしない…でも、難しいですね。
2007/3/8 15:11
書き留めておくだけ・・・ 発達障害者の支援
6日、京都地裁で、昨年末に起きた女児殺害事件についての判決が出されました。
学習塾の教室で講師が教え子を刺殺する、という衝撃的な事件でした。加害男性が
大学の法学部生であること、しかも停学中でありながら、塾のアルバイト講師を
していたことも、世間を驚かせました。事件の約2年前、彼は、図書館で窃盗しよう
としたところを、警備員に見つかりました。突き倒して逃げた際、警備員に怪我を
負わせてしまったため、1年半の停学処分を受けていたのです。
事件後、彼や彼の家族はもちろん、停学期間中の行動を把握していなかった大学、
停学処分を受けた者を教育者として雇った学習塾に対しても、非難がなされました。
6日の夕刊の見出しには、「アスペルガー症候群」の文字が・・・
加害男性は、アスペルガー症候群でした。停学処分の対象となった事件も、ある種の
こだわりからくるものだったのかもしれず、突然注意されてパニックになり、警備員を
突き倒してしまったのかもしれません。今回の事件も、教え子との関係に悩み、思い
詰めたうえでの行動だったのかもしれません。「計画性の高さ」「入念さ」からは、
1つの「(世間からすれば)歪んだ」目的を達成するため、彼が注いだエネルギーの
大きさが分かります。
他方で、殺された女児やその家族の無念、怒り、悲しみも分かります。
さまざまな理由から、私は、今、この事件に対し、適切なコメントをすることが
できません。しかし、1つの事件として、書き留めておきたいと思います。
京都地裁の判決要旨は、以下のとおりです(京都新聞WEB版より)。
【鑑定の概要】
被告はアスペルガー症候群に罹患しており、直ちに責任無能力とは言えない
が、不安と恐怖から切迫した状況で、精神病のような状態にあった。
剣を持った幻視が被告の体を貫いたように見えても痛みを感じないと認識し、
現実検討能力を喪失していたとは言えない。殺害によって達成されるのは被害者
との関係の苦悩からの解放で、犯行の決意は短絡的ではあるが不合理とは言えない。
犯行態様は計画的で、責任能力は喪失していたとまでは言えない。
【責任能力】
被害者を殺害できなくなるのを避けるため、さまざまな工作をしていることは、
犯行が社会に到底受け入れられないことを被告が認識していたと評価できる。
犯行に関する記憶が相当程度鮮明で、認知にも大半はゆがみなどはない。犯行
直後に、自宅に電話して父親に被害者を刺したことを告げている。
塾で被害者との関係がうまくいっていなかったことなどが被告にとって腹立た
しい不本意な出来事で、事件を引き起こす要因となった。
塾の講師を特段の問題もなくこなしているなど知的障害は認められない。犯行
の計画性は顕著で、精神病のような状態も恒常的ではなかった。犯行を決意して
から犯行直前まで大学の講義を受講し、塾での仕事も支障なくこなし、周囲に
犯行の決意を悟られないように心掛けて行動していた。
現実の被害者とその他の像などを一応区別して認識しており、犯行時も現実の
被害者だと認識していると認められる。犯行直後の言動などに何ら異常な点は
なく、動機が了解不能とは言えない。
被告には犯行当時、事物の是非を弁別し、自己の行為を制御する能力が
備わっていた。完全責任能力が認められ、心神耗弱だとする弁護人の主張は
採用できない。
【量刑理由】
被告は殺害を決意すると、凶器の包丁を用意し、監視カメラのコンセントを
抜くなど、さまざまな工作を行い非常に計画性の高い犯行。体力差のある
被害者に執拗(しつよう)に突き刺した犯行は残忍で極めて悪質だ。
塾の教室内という、本来安全であるべき場所で攻撃を受けて感じたであろう
恐怖心や被害者が被った肉体的苦痛の大きさは想像を絶し、12歳の被害者が
受けた苦痛は計りしれない。生徒を守るべき講師が教え子を殺害した特異な
事件で社会的影響も大きい。
一方、被告が精神病のような状態もあったという経緯の中での犯行で、
直後に110番しており自首が成立、反省を深めようとしていることを考慮し、
相当長期間の懲役刑とするのが相当と判断した。
学習塾の教室で講師が教え子を刺殺する、という衝撃的な事件でした。加害男性が
大学の法学部生であること、しかも停学中でありながら、塾のアルバイト講師を
していたことも、世間を驚かせました。事件の約2年前、彼は、図書館で窃盗しよう
としたところを、警備員に見つかりました。突き倒して逃げた際、警備員に怪我を
負わせてしまったため、1年半の停学処分を受けていたのです。
事件後、彼や彼の家族はもちろん、停学期間中の行動を把握していなかった大学、
停学処分を受けた者を教育者として雇った学習塾に対しても、非難がなされました。
6日の夕刊の見出しには、「アスペルガー症候群」の文字が・・・
加害男性は、アスペルガー症候群でした。停学処分の対象となった事件も、ある種の
こだわりからくるものだったのかもしれず、突然注意されてパニックになり、警備員を
突き倒してしまったのかもしれません。今回の事件も、教え子との関係に悩み、思い
詰めたうえでの行動だったのかもしれません。「計画性の高さ」「入念さ」からは、
1つの「(世間からすれば)歪んだ」目的を達成するため、彼が注いだエネルギーの
大きさが分かります。
他方で、殺された女児やその家族の無念、怒り、悲しみも分かります。
さまざまな理由から、私は、今、この事件に対し、適切なコメントをすることが
できません。しかし、1つの事件として、書き留めておきたいと思います。
京都地裁の判決要旨は、以下のとおりです(京都新聞WEB版より)。
【鑑定の概要】
被告はアスペルガー症候群に罹患しており、直ちに責任無能力とは言えない
が、不安と恐怖から切迫した状況で、精神病のような状態にあった。
剣を持った幻視が被告の体を貫いたように見えても痛みを感じないと認識し、
現実検討能力を喪失していたとは言えない。殺害によって達成されるのは被害者
との関係の苦悩からの解放で、犯行の決意は短絡的ではあるが不合理とは言えない。
犯行態様は計画的で、責任能力は喪失していたとまでは言えない。
【責任能力】
被害者を殺害できなくなるのを避けるため、さまざまな工作をしていることは、
犯行が社会に到底受け入れられないことを被告が認識していたと評価できる。
犯行に関する記憶が相当程度鮮明で、認知にも大半はゆがみなどはない。犯行
直後に、自宅に電話して父親に被害者を刺したことを告げている。
塾で被害者との関係がうまくいっていなかったことなどが被告にとって腹立た
しい不本意な出来事で、事件を引き起こす要因となった。
塾の講師を特段の問題もなくこなしているなど知的障害は認められない。犯行
の計画性は顕著で、精神病のような状態も恒常的ではなかった。犯行を決意して
から犯行直前まで大学の講義を受講し、塾での仕事も支障なくこなし、周囲に
犯行の決意を悟られないように心掛けて行動していた。
現実の被害者とその他の像などを一応区別して認識しており、犯行時も現実の
被害者だと認識していると認められる。犯行直後の言動などに何ら異常な点は
なく、動機が了解不能とは言えない。
被告には犯行当時、事物の是非を弁別し、自己の行為を制御する能力が
備わっていた。完全責任能力が認められ、心神耗弱だとする弁護人の主張は
採用できない。
【量刑理由】
被告は殺害を決意すると、凶器の包丁を用意し、監視カメラのコンセントを
抜くなど、さまざまな工作を行い非常に計画性の高い犯行。体力差のある
被害者に執拗(しつよう)に突き刺した犯行は残忍で極めて悪質だ。
塾の教室内という、本来安全であるべき場所で攻撃を受けて感じたであろう
恐怖心や被害者が被った肉体的苦痛の大きさは想像を絶し、12歳の被害者が
受けた苦痛は計りしれない。生徒を守るべき講師が教え子を殺害した特異な
事件で社会的影響も大きい。
一方、被告が精神病のような状態もあったという経緯の中での犯行で、
直後に110番しており自首が成立、反省を深めようとしていることを考慮し、
相当長期間の懲役刑とするのが相当と判断した。
2006/12/4 9:36
「障害」とは… その2 発達障害者の支援
「あぁ、よかった…」という、NANAの、率直なつぶやきは、私を複雑な気持ちに
させました。
「あぁ、よかった…」とは、「障害を持って生まれてこなくてよかった」という
意味です。それ自体、実に、素直で、子どもらしい感想です。
病気になるより健康なほうがよい、障害があるよりないほうがよい、何か制約が
あるよりないほうがよい…そう考えること自体は、自然なことです。
でも…
NANAは、3年前に「生まれつきの障害がある」と診断を受けています。今はまだ
知らないだけです。
「あぁ、よかった…」というNANAが、もし「生まれつきの障害」に気づいたら、
どんなにショックを受けるだろう、と私は想像したのです。
「育成学級にいる子の障害、例えば、ダウン症や自閉症は生まれつきの障害だけど
あとから、病気や事故で障害になることもあるよ。年をとって、いろんなことが
分からなくなることもあるし、障害にもいろんなタイプがあるよ」と私が説明を
加えました。すると、NANAは不安そうな顔で「障害になりたくない」と言いました。
「だっていろんなこと出来なくて、嫌やもん」。
新たな視点を提示したのはTOTOでした。
「障害のある人にとっては、障害のあることが普通、でけへんことが当たり前
なんや。いいとか、嫌とかなしに…」
そう、そのとおり…
障害者に限らず、人間みな、与えられた条件、あるがままの姿で生きるのです。
実際、私は最近思うのです。
「障害」「できない」って何だろう…
例えば、人間の視力は、野生動物の視力に遠く及びません。野生動物からすれば、
人間は、全て「目の悪い動物」です。もっと遠くまで目が見えれば便利ですが、
それが普通ですから、見えないからと言って、誰も卑下しません。
それは極端な例えとしても、人間、「できない」ことなんて、たくさんあります。
数え出したら、キリがない…
大半の人が容易く「できる」ことなのに、どんなに努力しても「できない」とか、
「できない」ことが社会生活を送る上で支障になり、何らかのサポートや配慮
なしにはやっていけない、ということが「障害」なのだとしたら、そういう意味
での「障害」は、時代や場面によって変わります。
太古の昔なら、歯が悪くなれば、生きていけません。私のような近眼も、立派な
「障害」でしょう。しかし、入れ歯や眼鏡が出来た今、それらの道具で困難が
取り除ける限りで、「障害」とは呼びません。
足の不自由さも、必ずしも「障害」にはなりません。
私のゼミには、足の不自由な学生さんがいますが、私を含め、ゼミ生の多くは
彼を「障害者」とは意識していません。スロープやエレベーターがあれば、彼は
車椅子で自由に移動しますし、登下校時は1人で車を運転しています。
法律系のゼミでは、体を動かす作業はありませんから、足の不自由さが何ら支障に
ならないのは当然ですが、他でも、彼の「障害」を意識する場面は、ほとんど
ありません。
コンパなどで外へ出掛けると、エレベーターのない建物もあります。そんなときは、
周りの人がサッと車椅子を持ち上げて運びます。まるで、重い荷物を持つ人に
手を差し伸べるときのような、さりげないサポートです。
大学からは、この4年間、「障害学生に配慮して下さい」という指示書が届いて
いますが、私は、特別な配慮をした覚えがありません。必要性を感じないからです。
でも、彼が「障害者」として配慮されるべき場面も当然あるでしょう。
「障害」のある人とない人というのは、世間で言われるほど、絶対的な線引き
ではないことを、しばしば実感します。
させました。
「あぁ、よかった…」とは、「障害を持って生まれてこなくてよかった」という
意味です。それ自体、実に、素直で、子どもらしい感想です。
病気になるより健康なほうがよい、障害があるよりないほうがよい、何か制約が
あるよりないほうがよい…そう考えること自体は、自然なことです。
でも…
NANAは、3年前に「生まれつきの障害がある」と診断を受けています。今はまだ
知らないだけです。
「あぁ、よかった…」というNANAが、もし「生まれつきの障害」に気づいたら、
どんなにショックを受けるだろう、と私は想像したのです。
「育成学級にいる子の障害、例えば、ダウン症や自閉症は生まれつきの障害だけど
あとから、病気や事故で障害になることもあるよ。年をとって、いろんなことが
分からなくなることもあるし、障害にもいろんなタイプがあるよ」と私が説明を
加えました。すると、NANAは不安そうな顔で「障害になりたくない」と言いました。
「だっていろんなこと出来なくて、嫌やもん」。
新たな視点を提示したのはTOTOでした。
「障害のある人にとっては、障害のあることが普通、でけへんことが当たり前
なんや。いいとか、嫌とかなしに…」
そう、そのとおり…
障害者に限らず、人間みな、与えられた条件、あるがままの姿で生きるのです。
実際、私は最近思うのです。
「障害」「できない」って何だろう…
例えば、人間の視力は、野生動物の視力に遠く及びません。野生動物からすれば、
人間は、全て「目の悪い動物」です。もっと遠くまで目が見えれば便利ですが、
それが普通ですから、見えないからと言って、誰も卑下しません。
それは極端な例えとしても、人間、「できない」ことなんて、たくさんあります。
数え出したら、キリがない…
大半の人が容易く「できる」ことなのに、どんなに努力しても「できない」とか、
「できない」ことが社会生活を送る上で支障になり、何らかのサポートや配慮
なしにはやっていけない、ということが「障害」なのだとしたら、そういう意味
での「障害」は、時代や場面によって変わります。
太古の昔なら、歯が悪くなれば、生きていけません。私のような近眼も、立派な
「障害」でしょう。しかし、入れ歯や眼鏡が出来た今、それらの道具で困難が
取り除ける限りで、「障害」とは呼びません。
足の不自由さも、必ずしも「障害」にはなりません。
私のゼミには、足の不自由な学生さんがいますが、私を含め、ゼミ生の多くは
彼を「障害者」とは意識していません。スロープやエレベーターがあれば、彼は
車椅子で自由に移動しますし、登下校時は1人で車を運転しています。
法律系のゼミでは、体を動かす作業はありませんから、足の不自由さが何ら支障に
ならないのは当然ですが、他でも、彼の「障害」を意識する場面は、ほとんど
ありません。
コンパなどで外へ出掛けると、エレベーターのない建物もあります。そんなときは、
周りの人がサッと車椅子を持ち上げて運びます。まるで、重い荷物を持つ人に
手を差し伸べるときのような、さりげないサポートです。
大学からは、この4年間、「障害学生に配慮して下さい」という指示書が届いて
いますが、私は、特別な配慮をした覚えがありません。必要性を感じないからです。
でも、彼が「障害者」として配慮されるべき場面も当然あるでしょう。
「障害」のある人とない人というのは、世間で言われるほど、絶対的な線引き
ではないことを、しばしば実感します。
2006/11/19 12:34
「障害」とは… その1 発達障害者の支援
先日、NANAが「障害って、後からなることもあるの?」と聞いてきました。
今日、NANAは、障害者の授産施設のお祭りに参加します。近隣の小学校の有志
として、合奏や合唱を披露するのです。冒頭の質問は、授産施設がどんなところか
を説明していたときになされました。
NANAは、登下校の際、授産施設に通う人たちの姿を見ています。誰かに付き添われ、
或いは、1人で、毎日同じ道を歩いている人たち、時々、大きな声を出したり、
ブツブツ独り言を言ったり、大きく手足を振り回していたり…NANAは、いつも
何か聞きたそうにしていました。私は、気づかないふりをしていましたが、内心、
どんな質問が来るか、その質問に適切な答えができるか、ドキドキしていました。
冒頭の質問は、ずっとNANAが胸に抱いていたものかもしれません。
思えば…
小学校に入って間もないころ、「保育所にいた○○くんのお兄ちゃんが学童に
いるよ。同じ顔してるから、すぐ分かった」とNANAが興奮気味に話してくれた
ことがありました。「ほら」と指差すほうを見ると、ダウン症の子がいました。
NANAに、「似てるけど、○○くんのお兄ちゃんじゃないよ」と話すと、「そっか、
○○くんは悪いことしなかったけど、あの子はオレに悪いことするから、違うと
思った」。
一瞬、私は、言葉が詰まりましたが、つとめて平静に聞きました。
「どんな悪いことしはるの?」
「オレの持ち物、勝手に触ったり、オレのこと、たたいたり、変な歌歌ったり」
「変な歌?」
「音を間違えてはるねん、聞くと、頭が痛くなるねん」
私はまた言葉に詰まりました。NANAの発言があまりに率直だったからです。
私の通っていた小学校には、知的障害と肢体不自由の育成学級がありました。
そのせいか、「障害」に関する教育は比較的熱心に行われていました。いや、
少し上の世代に「サリドマイド児」がいた時代だったからかもしれません。
「障害のある人を差別してはいけません」と教えられました。「障害のある人には、
親切にしてあげましょう」とも教えられました。
正義感に燃えていた私は、その教えを忠実に守ろうとしました。
NANAの抱いたような疑問や感情は、私にも少なからずありました。当時、私は、
知的障害学級の子に絡まれるのが嫌でした。手洗い場で水をかけられたり、
いきなりたたかれたり…
同級生の中には「○○学級(肢体不自由)の子はいい子だけど、○△学級(知的
障害)の子は悪い」とはっきり言う子もいました。
そんな発言を耳にする度、「なんてひどいことを言うんだ」と憤慨しましたが、
同時に胸がチクッと痛みました。心のどこかで、自分も同じことを感じている、
だけど…「優しく、親切にしなきゃいけない」、だって、「あの子たちは、特別
学級の子だから」?!もし同じクラスの子が叩いたら絶対に叩き返す、でも、
あの子たちを相手にそんなことはしない、だって、あの子たちは…
「差別してはいけません」「障害のある人もない人もみんな一緒」、そのとおり、
だけど、「特別学級の子だから」と我慢する私…
小さいころの葛藤は、その後、何度も形を変えて、私を悩ませました。
そして、NANAから発せられた疑問…
NANAがたたみかけるように尋ねました。
「なんで、みんな同じ顔してはるの?オレも、あんなふうになることある?」
「あれはダウン症と言って、生まれつきの障害や」とTOTOが答えました。
そのとき、NANAから発せられた言葉は、「あぁ、よかった…」。心底、ほっと
したような表情でした。
その「率直さ」に、私の胸はチクッとまた痛みました。
今日、NANAは、障害者の授産施設のお祭りに参加します。近隣の小学校の有志
として、合奏や合唱を披露するのです。冒頭の質問は、授産施設がどんなところか
を説明していたときになされました。
NANAは、登下校の際、授産施設に通う人たちの姿を見ています。誰かに付き添われ、
或いは、1人で、毎日同じ道を歩いている人たち、時々、大きな声を出したり、
ブツブツ独り言を言ったり、大きく手足を振り回していたり…NANAは、いつも
何か聞きたそうにしていました。私は、気づかないふりをしていましたが、内心、
どんな質問が来るか、その質問に適切な答えができるか、ドキドキしていました。
冒頭の質問は、ずっとNANAが胸に抱いていたものかもしれません。
思えば…
小学校に入って間もないころ、「保育所にいた○○くんのお兄ちゃんが学童に
いるよ。同じ顔してるから、すぐ分かった」とNANAが興奮気味に話してくれた
ことがありました。「ほら」と指差すほうを見ると、ダウン症の子がいました。
NANAに、「似てるけど、○○くんのお兄ちゃんじゃないよ」と話すと、「そっか、
○○くんは悪いことしなかったけど、あの子はオレに悪いことするから、違うと
思った」。
一瞬、私は、言葉が詰まりましたが、つとめて平静に聞きました。
「どんな悪いことしはるの?」
「オレの持ち物、勝手に触ったり、オレのこと、たたいたり、変な歌歌ったり」
「変な歌?」
「音を間違えてはるねん、聞くと、頭が痛くなるねん」
私はまた言葉に詰まりました。NANAの発言があまりに率直だったからです。
私の通っていた小学校には、知的障害と肢体不自由の育成学級がありました。
そのせいか、「障害」に関する教育は比較的熱心に行われていました。いや、
少し上の世代に「サリドマイド児」がいた時代だったからかもしれません。
「障害のある人を差別してはいけません」と教えられました。「障害のある人には、
親切にしてあげましょう」とも教えられました。
正義感に燃えていた私は、その教えを忠実に守ろうとしました。
NANAの抱いたような疑問や感情は、私にも少なからずありました。当時、私は、
知的障害学級の子に絡まれるのが嫌でした。手洗い場で水をかけられたり、
いきなりたたかれたり…
同級生の中には「○○学級(肢体不自由)の子はいい子だけど、○△学級(知的
障害)の子は悪い」とはっきり言う子もいました。
そんな発言を耳にする度、「なんてひどいことを言うんだ」と憤慨しましたが、
同時に胸がチクッと痛みました。心のどこかで、自分も同じことを感じている、
だけど…「優しく、親切にしなきゃいけない」、だって、「あの子たちは、特別
学級の子だから」?!もし同じクラスの子が叩いたら絶対に叩き返す、でも、
あの子たちを相手にそんなことはしない、だって、あの子たちは…
「差別してはいけません」「障害のある人もない人もみんな一緒」、そのとおり、
だけど、「特別学級の子だから」と我慢する私…
小さいころの葛藤は、その後、何度も形を変えて、私を悩ませました。
そして、NANAから発せられた疑問…
NANAがたたみかけるように尋ねました。
「なんで、みんな同じ顔してはるの?オレも、あんなふうになることある?」
「あれはダウン症と言って、生まれつきの障害や」とTOTOが答えました。
そのとき、NANAから発せられた言葉は、「あぁ、よかった…」。心底、ほっと
したような表情でした。
その「率直さ」に、私の胸はチクッとまた痛みました。
2006/9/13 13:47
古くて、新しい支援の形 発達障害者の支援
satosho先生のブログで、「コミュニティフレンド」という言葉に出会いました。
ここで紹介したくてたまらなかったのですが、余裕がなくて、今日になって
しまいました。紹介するには十分自分で咀嚼し、理解しなければなりませんが、
その能力と能力不足を補う余裕が、私になかったのです。
採点簿を提出したからといって、仕事で火の車状態であることには変わりない
のですが、機を逸すると何もできなくなりますから、とりあえず紹介を・・・
「コミュニティフレンド」とは、名川先生のブログから引用すれば
「成年後見のような法的な関係ではないけれど、地域で、障害のあるご本人と
定期的に会い、ひとときをともに過ごしながら、暮らしのことをご本人と一緒に
考えたりする『街の中の友達』として関わってくれる人」のことです。
判断能力が不足ないし低下している人を支援するため、その能力を補い、場合に
よっては、その人に代わって契約などを締結し、財産を管理する制度があります。
成年後見制度です。福祉の基礎が行政の措置から、サービス業者との契約関係に
切り替わった際、介護保険や支援費制度とともに、契約締結に支障のある高齢者や
知的障害者を支えるための制度として導入されました。従来から、同じような制度
(禁治産・準禁治産)がありましたが、成年後見制度は、より実態に即し、利用
しやすい制度として注目されました。
しかし、成年後見制度は、基本的に財産管理の制度です。それ以上のことはでき
ません。
かつて、satosho先生は、このように書いておられました。
「成年後見をつけたからと言って我が子の奇声や多動がなくなるわけでは
ありませんし、パニックがなくなるとも思えません。こんなことは誰でも
わかっていることなのですが、では次のような御相談はどうでしょうか。
いわく、「無駄遣いをして仕方がないので、後見をつけたい」、「アダルト
サイトに興味をもって困っている、成年後見はどうだろう」
こういう御相談を受けたときに、私は同じ親として、そのお気持ちに大いに
共感をするのですが、弁護士としては「つけても意味がないです」とお答えせ
ざるを得ないので、心苦しく思っていました。成年後見は、ご本人の「法律上の
判断能力」を補う制度ですので、「小遣い帳レベルでの金銭管理能力」や「趣味・
嗜好についての道徳的決断」を行うものではないのです。重大な医療行為(手術など)
の同意権(代諾権限といいます)すらないと考えられています」。
この記事を受けた記事の中で、私は、このように書きました。
「親は、何でもこなします。病気になったら、看病します。お腹がすいたら、ご飯を
与えます。お金を使いすぎていたり、悪い仲間とつきあっていたら、注意します。
残念ながら、今の成年後見制度はそんな親の代わりにはなれません。」
自然の倣いによれば、親は子どもより先に死にます。
成年後見制度だけでは、「親なき後」は万全とはいえません。
生活面に関しては、各種サービスをフル活用すればよいかもしれませんが、それでも
なお、足りない・・・後見制度と生活支援システムの隙間を埋めるようなものとして
「コミュニティフレンド」が想定されているようです。
「コミュニティフレンド」とは、要するに、近所のおっちゃん、おばちゃんであり、
友だちであり・・・「どうや、元気にしてるか?」と声をかけ、「なんや、えらい
困った顔してるなぁ、どうしたんや」と気遣ってくれる人です。「今日は、たくさん
おかず作ったし、ちょっと食べていくか?」なんていうこともあるかもしれません。
そういえば・・・
NANAの友だちであるKAZUくんやKAZUくんのお兄ちゃんは、入学以来、ずいぶん、
NANAを助けてくれました。
先日、相談室の先生がKAZUくんにそのことを訪ねたら、「助けてるわけじゃない。
友だちやから」と答えたのだそうです。
「コミュニティフレンド」という言葉を聞くと、そんな話も思い出します。
昔、家に帰ると、近所の子が居間でテレビを見ていることが時々ありました。
「お母さんがな、まだ帰ってきてへんみたいやねん。玄関のところで泣いてたから、
うちに来て待っときって言うたんや・・・何やったら、ごはんも食べるか?」と
母親が何でもないことのように言っていたことを思い出します。
地域社会には、もともと、そういう自然な形での支援があったように思います。
そういう意味では、「コミュニティフレンド」というのは、「古くて、新しい支援の
形」なのかもしれません。
今後、隣接の制度とリンクしながら、どのように発展していくのか・・・
障害児の母としても、研究者としても、関心を持って見ています。
ここで紹介したくてたまらなかったのですが、余裕がなくて、今日になって
しまいました。紹介するには十分自分で咀嚼し、理解しなければなりませんが、
その能力と能力不足を補う余裕が、私になかったのです。
採点簿を提出したからといって、仕事で火の車状態であることには変わりない
のですが、機を逸すると何もできなくなりますから、とりあえず紹介を・・・
「コミュニティフレンド」とは、名川先生のブログから引用すれば
「成年後見のような法的な関係ではないけれど、地域で、障害のあるご本人と
定期的に会い、ひとときをともに過ごしながら、暮らしのことをご本人と一緒に
考えたりする『街の中の友達』として関わってくれる人」のことです。
判断能力が不足ないし低下している人を支援するため、その能力を補い、場合に
よっては、その人に代わって契約などを締結し、財産を管理する制度があります。
成年後見制度です。福祉の基礎が行政の措置から、サービス業者との契約関係に
切り替わった際、介護保険や支援費制度とともに、契約締結に支障のある高齢者や
知的障害者を支えるための制度として導入されました。従来から、同じような制度
(禁治産・準禁治産)がありましたが、成年後見制度は、より実態に即し、利用
しやすい制度として注目されました。
しかし、成年後見制度は、基本的に財産管理の制度です。それ以上のことはでき
ません。
かつて、satosho先生は、このように書いておられました。
「成年後見をつけたからと言って我が子の奇声や多動がなくなるわけでは
ありませんし、パニックがなくなるとも思えません。こんなことは誰でも
わかっていることなのですが、では次のような御相談はどうでしょうか。
いわく、「無駄遣いをして仕方がないので、後見をつけたい」、「アダルト
サイトに興味をもって困っている、成年後見はどうだろう」
こういう御相談を受けたときに、私は同じ親として、そのお気持ちに大いに
共感をするのですが、弁護士としては「つけても意味がないです」とお答えせ
ざるを得ないので、心苦しく思っていました。成年後見は、ご本人の「法律上の
判断能力」を補う制度ですので、「小遣い帳レベルでの金銭管理能力」や「趣味・
嗜好についての道徳的決断」を行うものではないのです。重大な医療行為(手術など)
の同意権(代諾権限といいます)すらないと考えられています」。
この記事を受けた記事の中で、私は、このように書きました。
「親は、何でもこなします。病気になったら、看病します。お腹がすいたら、ご飯を
与えます。お金を使いすぎていたり、悪い仲間とつきあっていたら、注意します。
残念ながら、今の成年後見制度はそんな親の代わりにはなれません。」
自然の倣いによれば、親は子どもより先に死にます。
成年後見制度だけでは、「親なき後」は万全とはいえません。
生活面に関しては、各種サービスをフル活用すればよいかもしれませんが、それでも
なお、足りない・・・後見制度と生活支援システムの隙間を埋めるようなものとして
「コミュニティフレンド」が想定されているようです。
「コミュニティフレンド」とは、要するに、近所のおっちゃん、おばちゃんであり、
友だちであり・・・「どうや、元気にしてるか?」と声をかけ、「なんや、えらい
困った顔してるなぁ、どうしたんや」と気遣ってくれる人です。「今日は、たくさん
おかず作ったし、ちょっと食べていくか?」なんていうこともあるかもしれません。
そういえば・・・
NANAの友だちであるKAZUくんやKAZUくんのお兄ちゃんは、入学以来、ずいぶん、
NANAを助けてくれました。
先日、相談室の先生がKAZUくんにそのことを訪ねたら、「助けてるわけじゃない。
友だちやから」と答えたのだそうです。
「コミュニティフレンド」という言葉を聞くと、そんな話も思い出します。
昔、家に帰ると、近所の子が居間でテレビを見ていることが時々ありました。
「お母さんがな、まだ帰ってきてへんみたいやねん。玄関のところで泣いてたから、
うちに来て待っときって言うたんや・・・何やったら、ごはんも食べるか?」と
母親が何でもないことのように言っていたことを思い出します。
地域社会には、もともと、そういう自然な形での支援があったように思います。
そういう意味では、「コミュニティフレンド」というのは、「古くて、新しい支援の
形」なのかもしれません。
今後、隣接の制度とリンクしながら、どのように発展していくのか・・・
障害児の母としても、研究者としても、関心を持って見ています。
2006/5/20 23:57
社会的共通資本としての福祉 発達障害者の支援
昨日は、「宇沢弘文氏が『金ないモンから金とるな』を読み解く」というテーマ
の講演会でした。障害者自立支援法に対する反対運動の一つで、相談室の先生が
事務局をつとめる障害者団体の主催です。
4月の初めごろ、相談室の先生から、「30〜50名、車椅子が10台ほど入れる部屋
は、大学にないだろうか」と相談を受けました。もちろん、大学には、その条件
を満たす部屋がたくさんあるのですが、平日の昼間は、大抵、講義で使われて
います。教室担当者に相談すると、運よく、一部屋空いていることが分かりました。
そんなわけで、私も、講義の合間に、講演会をのぞきに行ったのです。
今年4月から施行された障害者自立支援法は、障害種別による取扱いの違いを
なくすなど、画期的な内容も含んでいますが、「応能負担」から「応益負担」
への転換という大きな問題点も抱えています。つまり、利用するサービス量に
応じて、支払うべき料金が増える仕組みです。障害の重いの人ほど、負担も重く
なりますので、導入にあたっては、障害者の自立を却って妨げることになる、と
多くの反対があったのですが、厚生労働省は「その点はきちんと配慮している」
との答弁を繰り返しました。昨夏、法案は郵政民営化をめぐる解散騒ぎで、一旦
廃案になりましたが、結局、昨秋の国会で再提出され、成立しました。
『金ないモンから…』は、私たちの町での反対運動の様子をまとめたもので、
今春、相談室の先生はじめ障害者団体の人々によって出版されました。
その本を我が国屈指の経済学者である宇沢先生が読み解く、というのですから、
どんな内容になるのか、私自身も興味津々でした。
ところが…
始まってみると、宇沢先生の講演は、前置きのはずの思い出話から話題が次々と
展開するものの、一向に、福祉や自立支援法の話になりません。これまで先生と
親交のあった学者たちのエピソードは、それはそれで大変面白かったのですが、
何しろ、集まっている人たちは、反対運動への助言が欲しいはずで…
予定の講演時間をオーバーする、大サービスの講演でしたが、結局、最後まで
支援法や本への言及はありませんでした。
質疑応答の部分で、司会役の、相談室の先生が何とか支援法の話に結びつけ、
講演会は終了しました。
個人的には楽しかったですが、スタッフは冷や汗ものだったろうと思います。
講演では、ところどころ、「社会的共通資本」という言葉が出てきました。
これは、今、宇沢先生をチーフとする研究所が取り組んでいるテーマです。
社会的共通資本とは何か…
講演会で配布された資料にはこう書いてあります。
「社会的共通資本とは、一つの国または特定の地域に住む人々が、豊かな経済
活動や文化生活を営み、人間的に魅力ある社会を持続的・安定的に維持する社会
の仕組みや自然環境のこと」。人間が人間らしく生きるためのシステム、それを
どう管理・運営していくのかを探ることがテーマなのだ、と。
講演の中でも、公共交通システムに触れ、たとえ赤字を生み出しても、人々の
生活を支えるため、あるいは文化を守るため、維持していかなければならない
ものがある、と話されました。
自然環境、教育、医療…そして、福祉もまた、「社会的共通資本」です。
しかし、ただ、そう主張するだけでは弱い…
どういう財政的基盤で、誰が担い手となって、制度を支えるのかを考えなければ
なりません。官僚に任せるのではなく、国民や地域の住民の視点から…
と、逆に、講演を「読み解いて」みました。実は、示唆に満ちた講演会だったの
かもしれません。
の講演会でした。障害者自立支援法に対する反対運動の一つで、相談室の先生が
事務局をつとめる障害者団体の主催です。
4月の初めごろ、相談室の先生から、「30〜50名、車椅子が10台ほど入れる部屋
は、大学にないだろうか」と相談を受けました。もちろん、大学には、その条件
を満たす部屋がたくさんあるのですが、平日の昼間は、大抵、講義で使われて
います。教室担当者に相談すると、運よく、一部屋空いていることが分かりました。
そんなわけで、私も、講義の合間に、講演会をのぞきに行ったのです。
今年4月から施行された障害者自立支援法は、障害種別による取扱いの違いを
なくすなど、画期的な内容も含んでいますが、「応能負担」から「応益負担」
への転換という大きな問題点も抱えています。つまり、利用するサービス量に
応じて、支払うべき料金が増える仕組みです。障害の重いの人ほど、負担も重く
なりますので、導入にあたっては、障害者の自立を却って妨げることになる、と
多くの反対があったのですが、厚生労働省は「その点はきちんと配慮している」
との答弁を繰り返しました。昨夏、法案は郵政民営化をめぐる解散騒ぎで、一旦
廃案になりましたが、結局、昨秋の国会で再提出され、成立しました。
『金ないモンから…』は、私たちの町での反対運動の様子をまとめたもので、
今春、相談室の先生はじめ障害者団体の人々によって出版されました。
その本を我が国屈指の経済学者である宇沢先生が読み解く、というのですから、
どんな内容になるのか、私自身も興味津々でした。
ところが…
始まってみると、宇沢先生の講演は、前置きのはずの思い出話から話題が次々と
展開するものの、一向に、福祉や自立支援法の話になりません。これまで先生と
親交のあった学者たちのエピソードは、それはそれで大変面白かったのですが、
何しろ、集まっている人たちは、反対運動への助言が欲しいはずで…
予定の講演時間をオーバーする、大サービスの講演でしたが、結局、最後まで
支援法や本への言及はありませんでした。
質疑応答の部分で、司会役の、相談室の先生が何とか支援法の話に結びつけ、
講演会は終了しました。
個人的には楽しかったですが、スタッフは冷や汗ものだったろうと思います。
講演では、ところどころ、「社会的共通資本」という言葉が出てきました。
これは、今、宇沢先生をチーフとする研究所が取り組んでいるテーマです。
社会的共通資本とは何か…
講演会で配布された資料にはこう書いてあります。
「社会的共通資本とは、一つの国または特定の地域に住む人々が、豊かな経済
活動や文化生活を営み、人間的に魅力ある社会を持続的・安定的に維持する社会
の仕組みや自然環境のこと」。人間が人間らしく生きるためのシステム、それを
どう管理・運営していくのかを探ることがテーマなのだ、と。
講演の中でも、公共交通システムに触れ、たとえ赤字を生み出しても、人々の
生活を支えるため、あるいは文化を守るため、維持していかなければならない
ものがある、と話されました。
自然環境、教育、医療…そして、福祉もまた、「社会的共通資本」です。
しかし、ただ、そう主張するだけでは弱い…
どういう財政的基盤で、誰が担い手となって、制度を支えるのかを考えなければ
なりません。官僚に任せるのではなく、国民や地域の住民の視点から…
と、逆に、講演を「読み解いて」みました。実は、示唆に満ちた講演会だったの
かもしれません。
