2006/11/2 22:33
アンティークとの出会い 7) ヨーロッパの暮らし
アンティークとの出会い
イギリスで生活していた頃の家はもともとは夫の両親が住んでいた家だったので、我が家には単に古いだけのガラクタから、本当のアンティークまで、とにかく沢山の古いものがあります。
正直なところ、最初に住み始めた頃は、熱いものを置けないテーブル、へんにうねうね曲がっていてスペースばかり取って埃もたまりやすいタンスなど、不便なものばかりであまり好きではありませんでした。
ところがある日、我が家にはそれは美しいウエリッシュ・ドレッサーがやって来る事になったのです。これは現在では我が家で「預かっている」という事になっているので、財産分与の時に義姉に取られてしまう可能性もあるのですが、とにかく私はこのドレッサーに惚れてしまったのでした。
前の持ち主はあまり大切にはしていなかったと見え、表面にも艶がなく、乾ききっていてとても惨めそうに見えたので、私は彼女を丁寧に磨く事にしました。表に見える所だけでなく、内側も引き出しの中も、とにかく手に届く所はすべて磨きました。こんなに大切にしているなら、私にあげよう、という事になるといいなと思いながら。
磨いていると、「こんな所まで丁寧に作られているのか」と関心させられました。何百年か前の職人が愛情を込めて丹念に作っている姿が目に浮かんで来るようで、「職人が魂を入れる」という意味が少し理解できたような気がしました。そして磨き終えて眺めてみると、それはそれは美しく、気のせいかドレッサー自身も自分の美しさに満足しているように感じられました。
そうやって家中の家具を改めて見渡してみると、どれにもそれぞれに個性や魂などがあるように見えて来たのです。よく、「家は人が住んでいない駄目になってしまう」と言われたりするのも、きっと家から魂が抜けるからなのだろうと思います。
こんな風に古いものに囲まれて生活するうちに、古い物を大切にする気持ちが自然と養われ、アンティークの持つ何とも言えない暖かさが私にも感じられるようになっていきました。我が家にあるアンティークから魂が抜けてしまわないように、これからも大切に愛情をかけていきたいと思っています。
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イギリスで生活していた頃の家はもともとは夫の両親が住んでいた家だったので、我が家には単に古いだけのガラクタから、本当のアンティークまで、とにかく沢山の古いものがあります。
正直なところ、最初に住み始めた頃は、熱いものを置けないテーブル、へんにうねうね曲がっていてスペースばかり取って埃もたまりやすいタンスなど、不便なものばかりであまり好きではありませんでした。
ところがある日、我が家にはそれは美しいウエリッシュ・ドレッサーがやって来る事になったのです。これは現在では我が家で「預かっている」という事になっているので、財産分与の時に義姉に取られてしまう可能性もあるのですが、とにかく私はこのドレッサーに惚れてしまったのでした。
前の持ち主はあまり大切にはしていなかったと見え、表面にも艶がなく、乾ききっていてとても惨めそうに見えたので、私は彼女を丁寧に磨く事にしました。表に見える所だけでなく、内側も引き出しの中も、とにかく手に届く所はすべて磨きました。こんなに大切にしているなら、私にあげよう、という事になるといいなと思いながら。
磨いていると、「こんな所まで丁寧に作られているのか」と関心させられました。何百年か前の職人が愛情を込めて丹念に作っている姿が目に浮かんで来るようで、「職人が魂を入れる」という意味が少し理解できたような気がしました。そして磨き終えて眺めてみると、それはそれは美しく、気のせいかドレッサー自身も自分の美しさに満足しているように感じられました。
そうやって家中の家具を改めて見渡してみると、どれにもそれぞれに個性や魂などがあるように見えて来たのです。よく、「家は人が住んでいない駄目になってしまう」と言われたりするのも、きっと家から魂が抜けるからなのだろうと思います。
こんな風に古いものに囲まれて生活するうちに、古い物を大切にする気持ちが自然と養われ、アンティークの持つ何とも言えない暖かさが私にも感じられるようになっていきました。我が家にあるアンティークから魂が抜けてしまわないように、これからも大切に愛情をかけていきたいと思っています。
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