2005/12/30 2:37
月を盗む 羊飼いの唄
風を連れて
今夜 月を盗みに行こうと決めた
幾万の山を重ねて
星の瞬きだけを信じて
とにかく駆け上がればいいはずだ
そう そして
何も考えず 目の前に出来た流れに乗ってしまおう
ちっぽけな縛りごとや意味の無い見栄なんて
もうたくさんだから
恐さは驚くほどに襲ってくるけれど
それは歩みを止めたり、逃げたりすることで
はたして綺麗に消えてくれるようなものだろうか
暫くはどうかワタシをこのままに
周りの心優しい人々の心配や
心無い人々の苦言もすべて
今は そのまま凍らせてしまおうか
ワタシは月を盗みに行く
それはもう決めたこと
その一歩を今 踏み出した
2005/12/27 0:11
最後の一滴 似非エッセイ
今朝、何も無い平坦な道で躓いてしまいました。
秒数にして、コンマ何秒の出来事に過ぎないのに。
それでも無性に悲しく、惨めな気持ちになってしまって、うっかりその場で泣いてしまいそうになったり。
大袈裟な悲観主義者と笑い飛ばすこと無かれ。
押し殺してきた小さな小さな感情は。
コップの中の水のように、ワタシの内側で音もなく溜まっていて。
溢れる最後の一滴なんて、きっとこんな風に何気ない何かだったりするのだろうと思います。
心が疲れている時には、大事な選択はしてはいけないのでしょう。
それでも何かを選ばなきゃいけない時は、そのまま流れに身を任せるのがいいのかもしれませんね…。
溢れては零れ、ワタシの中の水はいつも表面張力で粘っている感じ。
それは勿論、危うい均衡。
だからこそ、ほんの小さな一滴にも過敏に反応してしまう。
生き難いったら、ありゃしない。
2005/12/25 2:00
聖なる夜に蝋燭を灯してフト思う 似非エッセイ
☆メリークリスマス☆
シャンシャン゛8(^∇^゛8)(゛8^∇^)8゛シャンシャン
…ととりあえず言ってみたものの。
これって、いつ言うべきなんでしょーか。
24日の夜?それともやっぱり25日?
よくわかんなかったので、あえて中途半端な時間に記事をアップすることにしました。
それにしても今年はよく出来た暦。
(お陰で年末年始の休暇がやけに短くなってる気が)
皆様、列島の寒波が吹き飛んでしまうような熱い連休をお過ごしなのでしょうか。…お過ごしの方はきっとこのブログなんて今、読んでないですよね…失礼しました。
斯く言うワタシは、思い切り体調不良にて寝込んで過ごすという、さまよえる度100%の一日で御座いました。
結局大阪はこの記録的寒波ですら、雪は1ミリも積もらず。
雨は夜更けが過ぎても雪にはなりませんでした。
どっちみちきっとキミは来ないんですけど。
ということで、ひがんだりやっかんだりしてると思われたくはないのですが、聖なる夜は静かに過ごしたい派で御座います。勿論、独りきりでなくてもいっこうに構わないのですが。
飲めや歌えやの勢いだけのクリパで騒いだ頃もあったような気がしますが、本来は静かなところでキャンドルの灯りが照らす闇の深さに心を落ち着かせて、優しい気持ちで満たして過ごせるのが一番。キリスト教系の幼稚園と大学を出ているので、余計に賛美歌や教会や祈りやキャンドルなんてモノに親しみがあるせいかもしれません。
それにしても。
冒頭の話に戻りますが、改めて思うにあまりに25日のクリスマスって蔑ろにされているような気がします。世の中、クリスマスにまつわるイベントの最高潮は24日であり、25日なんてある種「終わった」感が漂っているような…。
実際、学生時代コトブ●(あえて伏字/苦笑)というケーキ屋さんでアルバイトをしていたワタシですが、25日なんて「売れ残り」をとにかくなんとかさばこう的な雰囲気でした。
街並みも一気に「さぁクリスマスは終わりだ、撤収撤収、お正月の準備して!」みたいな感じになりませんか…?
季節感があることは、日本という国にとっても私達にとっても本当に誇れる素晴らしいことで。まつわるイベントもそれはそれで雰囲気あっていいんですけど。
せめてもう少し25日にもスポットを当ててあげてもいいのではないかと、机に出したミニツリーの影がキャンドルの灯りに揺れるのを眺めながら、フト思うのであります…。
2005/12/22 15:33
機械仕掛けの山羊 似非エッセイ
メエメエと鳴くかわりに、そいつはガガガと紙を喰らう。
パチンONとスイッチを入れてやれば、いつでも凄い勢いで食い尽くす。
1枚、2枚・・・もっとくれ、早くくれ、さっさとくれ、たらふくくれと急かしているように思えて,こちらも負けじとせっせと途切れなくエサを差し出してみるものの。
何分か続けているとだんだんそいつに操られているような錯覚に陥ってくる・・・。
こうなるともう完全に立場は逆転。
ワタシはもはや自らの意思でエサを与える行為を停止出来ず、あるだけ掴んではそいつの口へ放り込み、ンガガガーという音にある種心地よささえ感じてしまう・・・。
それと同時に、息も乱さずリズミカルにどんどん吸い込むそいつの食べっぷりを見ていると、エサを与える私の手もいつかこのまま吸い込まれ、私自身が丸ごとガガガと引きずり込まれてしまうのではなかろうかという、得も知れぬ不安に襲われてしまうのです・・・。
そいつは淡々と、その好機を狙って佇んでいる(ハズだ)
そいつは眠ったふりをするライオンの如く、こちらが一瞬でも隙を見せればあっという間に髪の毛や袖口やネクタイなんかに喰いついて離さない(ハズだ)
エサがなくなり、ワタシはそいつの前でただ呆然と立ち尽くす。
ウィンウィンと唸り声をあげるそいつとワタシとは対峙したまま、暫くの睨み合いが続く。
しかし散々大量にエサを与えたのだから、そろそろ満腹になっておとなしくなるだろうと目論むワタシを嘲笑うかのように、キコキコキコと腹の中を「圧縮」してみせるそいつ・・・。
まだ喰う気なのか、そーなのかっ???(愕然)
負ける・・・このままではワタシが負けてしまう・・・。
そうしていつも小さな敗北感とともにスイッチをパチンOFFして、ワタシはそいつの前からすごすごと立ち去るのです。
あー、シュレッダーっておもしろい♪
個人情報保護法のお陰で脚光も浴びるようになって、シュレッダー支持派のワタシには嬉しいことです。
紙資源の無駄排出はよくありませんが、きちんと書類はシュレッダーへ。
2005/12/21 23:59
文房具挿話〜筆箱戦国時代編〜 似非エッセイ
ランドセルを背負う前から、文房具に対する関心がかなり高かった私。
小学生時代には、学期毎に筆箱をとっかえひっかえしては、それらはやがて段ボール箱に収まりきらない数に増えました。
多機能筆箱…と聞いてピーンときたら直ぐに最寄の交番…ではなくて、下記のコメント欄へご一報を( ̄ー ̄)
ボタンを押せばスライド式に飛び出す消しゴム入れ、起き上がる鉛筆入れ。
温度計や鉛筆削りやルーペも装着済み。
分度器やコンパスだって収納しちゃう、凄いヤツ。
然し、重くてかさばるその筆箱は自身の多機能性を持ち主に活用してもらえぬまま、やがて可愛いキャラクター系へと世間の好み(というか私の好み)は移行し、筆箱戦国時代は缶ペンケース(通称:カンペン)の隆盛期を迎えます。
ところがカンペンの天下も長くは続きません。
其の名が表すとおり、缶で出来ていたカンペンは、所詮落ち着きの無い小学生が持つにはあまりに落とした時のガシャーンガチャーンという音がうるさ過ぎたのであります…。
その後、学級会でのカンペン追放派の男子とカンペン推進派の女子による壮絶な戦いの末、「あと3回クラスの誰かがカンペンを落としてうるさくしたら、全員カンペン使用禁止」という非常事態宣言、発令。
これが、軽くて値段も安く、キャラクターの多様性も人気だった愛すべきカンペンの最期の姿でありました。
そして中学生にもなると、学校でのシャーペン使用が認められ、それまで芯が折れるという理由で敬遠されていた、布・メッシュ・合皮製の筆箱が支持され始め、遂に群雄割拠の戦乱は終息へと向かっていくのでありました…。
戦場に散っていった多くの筆箱たちよ!
私は決してキミたちを忘れたりはしない!
願わくば、移り気だったキミたちの主をどうか許したまえ。
2005/12/20 14:26
時は金なり 似非エッセイ
1日24時間では足りないと嘆いている人は、きっとこの地球上には多い。
1日が25時間になるだけでも、それに億単位のお金を積み上げる人だって大勢いるに違いない。
ましてやただいま師走ど真ん中。
時は金なり、然し、金は時に非ず。
いや、何が言いたいのかいいますと。
ワタシ、このご時世に物凄く時間を持て余しているんですよね。
(今だけですからっ!いつもじゃないですからっ!)
そうなると完全文系人間のワタシの思考は、どんどんと非現実的な領域に及びます。
何故、人は暇な時間をストックできないんだろう・・・とか。
何故、人は時間の切り売りを出来ないんだろう・・・とか。
神をも恐れぬ、単なる我侭な嘆きです。
そして実現出来ると言われても、それはそれで困るんですけどね。
はっはっは、いや、なんて勝手な生き物なんでしょう、ワタシ。
そして再び思考は非現実かつ非生産的な方向へ。
もしも時間の速度を操作出来るとしたら、早める?か遅らす?か・・・。
でも、これって、本当に無意味極まりない選択肢。。。。。。。
ということで却下、決定。
だめだこりゃ、時間ではなくてワタシの頭が止まっています。
行く川の流れは絶えずして、しかも元の水に非ず。
流れ行く時の偉大なる奇跡に感謝して。
2005/12/17 22:34
青少年の主張 似非エッセイ
先日書いた、「笑い声・笑い方」も其の一つかもしれませんが。
兎角「人の話し方」というものには、いろいろ好き嫌いがありそうです。
其の人自身は悪い人ではないと重々承知していても、どうしても苛々してしまったり、理解に苦しんだり、カチンときたり、耳触りに聞こえて受け入れ難かったりする、そんな話し方をするタイプというのが、ワタシにもあります。
どうしてそんな言い方をするんだろう。
どうしてそんな風にしか言えないんだろう。
そんな風に、自分のことはポイっと棚に上げておいて思ってみるものの。
他人の振り見て我が振り直せ。
自分はどうなんだろう…と日々の姿を思い出そうとしてみるんですが。
これがまた、無意識なだけに覚えていない。
然し、悪気がないからといって、やはり相手を傷つけたりするようなモノの言い方だけはしてはいけないと、つくづく思うのです。
言葉は自由自在、使用もタダで、日々数え切れないほど生み出され、吐き出されています。
言葉の暴力がもつ真の恐ろしさは、傷つけられた痛みは人によっては永遠に癒えないということにあると思います。
自分の人間としての価値を自ら下げるような、そんな話し方だけはするまいと歳を重ねる度に誓うのですが。
やっぱり不用意に発する言葉もあるような気がします…。
ナイフを持って人を襲わなくても、私達は人を傷つけることが出来るんだという恐さを、今一度しっかり我が身に言い聞かせたいと思います。
本日はちょっと「青少年の主張」風にお届けしました。
2005/12/15 22:26
あははウフフ 似非エッセイ
暮らしは様々な音に溢れている。
しかし聞こうとする意識がなければ、それは単なる複合体として一括りの音となる。
道行く時も、前を歩いている人の会話に聞き耳を立てなければ、耳に聞こえる其れは言葉ではなく、ただの音に過ぎない。
声という音、其処に言葉としての生命は吹き込まれず、意識した時に初めて魂を見つけることが出来、想いが宿る…。
なんて、思っていたんですけど。
帰り道。いつもの様にぽけーっとしながら駅に向かうワタシの耳に文字通り「飛び込んできた」その声という音は、意識するとかしないとかそんな選択肢もないままに、ワタシの注意を一気に惹きつけました…。
「ふふひふっふふー、あはひえっへふー」
???なんだ、この奇妙でいて軽快な声は???
一瞬、その声が何なのか、はたまた一体何処から発せられたのか分からなかったんですけども。
それは駅前にいた数人の内の、大学生らしき男の子の笑い声でした。
あまりの奇妙で強烈な個性との遭遇に、思わず見つめてしまうほどの笑い声でした。
あー、びっくりした。
そういえば、自分の笑い声って意識したことありません。
ワタシは周りに不快な思いをさせていないでしょうか…。
ちょっとそんなことも気になる出来事でした。
↓今日のおまけ、という名の独り遊び
2005/12/13 21:30
放電とポケモン 似非エッセイ
日々、極寒地獄に彷徨う羊飼いです。
ここまで寒くなっちゃあ、身を包む毛皮も役には立ちません。
本気で冬眠の準備に入ろうかと思案中です。
そして更に性質の悪いことに、ワタシは暖房地獄にもほとほと弱いのです。
暖房がかかっている場所では、うまく生息出来ません。
よって何処の職場で働いても、冬は亡霊のようなワタシが佇んでいます。
空気中の極度の乾燥は、静電気の発生源。
何故だかワタシは体質的に?一際激しく放電します。
直接触れ合わなくても、例えば顔が近づいただけでも火花が散ったことも。
冗談にもならない昔話ですが、かつて恋人と接吻(苦笑)をする時に相手の唇に放電してしまって、暫くピカチューと呼ばれていた頃もあったとかなかったとか。
そういえば。
先日マクドナルドでハッピーセットを注文した時、週末限定のポケットモンスター一覧表下敷きを頂きました。
No.1たねポケモン「フシギダネ」からNo.196たいようポケモン「エーフィ」まで、ずらりと並んでいます。微妙な違いの似たものもありますが、こんなに種類が豊富だとは思っていませんでした。
貰った下敷きを机に放り出したまま、知人と店内お召し上がりしていたら。
隣にやってきた少年が食い入るようにワタシの食べかけのハンバーガーを見つめてきます。
ポテトか?バーガーか?そんなにキミはお腹が減ったのか?
あまりに長いことテーブルの上の商品を凝視して離れないので、ワタシもちら見を止めて話し掛けようと顔を上げた途端、走って行ってしまいました。
えらく現代にお腹を空かせた子がいるもんだなーなんてのんきに知人と首をかしげていたのですが………(°口°;) !!そーだったのか、あの子はこれ(注:ポケモン下敷き)が欲しかったのかいー!!!
気付くのが遅すぎました。
すまない、あの日の少年よ。
キミは食い入るようにポケモン一覧表を眺めていたんだね。
それをちょっと食い意地の張った子だと勘違いしてたワタシを、どうか許しておくれ。
近頃はムシキングとやらに人気がシフトしたのかと思っていましたが、ポケモン人気恐るべし。
「優しくて素敵なお姉さん」になり損ねた、12月のとある寒い日。
2005/12/9 21:52
とろとろとろける 似非エッセイ
とろけるモノってやはり人気があるのでしょうか。
とろけるチーズ、とろけるクリームプリン…確かにとろけていないモノよりもワタシは好きかもしれません(〃_ 〃)ゞ
ワタシは草食なので口にしたことはありませんが…近頃乱発するテレビの料理ネタを見ていると、マグロやステーキなんかを食べた時に「舌の上でとろけるぅ」といったコメントを耳にすることがあります。
(どうでもいいことですが、そのような所謂「高級食材」とやらに全く興味のないワタシには「そんなにすぐにとろけてなくなるならどれも食感は同じ…?」と思えるのであります)
そもそも。
とろけるという言葉はコピーとして魅力がある。
とろけるという語感に、人はなんとも言えない印象を受ける。
≪とろとろとろ…とろ火でとろりと煮込んだシチュー≫
早口言葉じゃありませんよ。
なかなかに画が浮かぶとろけ具合じゃないですか?
温かそうな湯気の向こうに、鍋をお玉でかき回す笑顔が見えそうです。
さて。
何ゆえ、こんなに冒頭からとろとろとろけることを語っているかと言いますと。
それはひとえにワタシが、とろけるように眠い所為で御座います………(o_ _)o パタリ
ワタシの周りでも急速に風邪っぴきが増殖して参りました。
ここらで今一度、身体のメンテナンスをしましょう。
蝋燭も用意したし!
アロマも用意したし!
今夜のクラシック曲も決めたし!
たっぷり寝るぞー!フフフ( ̄+ー ̄)キラーン
