2007/2/22  23:59

猫の日と夢の話  似非エッセイ


今日は猫の日です。
にゃーにゃーにゃー(222)だから、なのです。
あぁ、それでワタシの中のネコDNAが活性化されて
いたんですね。納得。


近頃、どうも夢が現実的です。
夢というのはやはり夢らしく、突拍子もなかったり、
矛盾してたりしてほしい。
それがやたら生々しくてリアルで困っています。

起きた後まで、見ていた夢の話も台詞も覚えていて、
あまりのリアルさに、それが夢であったのか、
寝る前まで考えていたことなのか、若しくは現実だったのか
境目が分からなくなっているほどです。

設定、台詞、脚本、演出。
まるでワタシ原作の舞台のような夢。
猫になって歌うキャッツのようなお話なら問題ないのですが。



2007/2/18  23:59

メインは雑炊でしょう、やはり。  似非エッセイ


ワタシは、カニもフグも食べないので、
お鍋の後の雑炊にありつける機会が
なかなかに少ない。

家で親がカニすきなんかをした時に、
(カニを見ることすら嫌なので、自分の
部屋にこもっているのだけれど)
最後の雑炊が出来るまで空腹に耐えなければならず、
そのことが幼い頃からツライ思い出だったり…。

だけど、鍋の後の出汁を吸った卵雑炊は、
格別に美味しくて、ずっと長い間、
この雑炊だけを食べられるところがあれば
いいのになと思っていました。

思い続けて幾数年。
このたび遂に出会えました!
その名もずばり「ぞうすい屋」!!!
神戸の三宮にひっそりと佇んでいます。

横引きの扉と暖簾をくぐると、カウンターで大将が
職人らしく「っらっしゃい」と、少し無骨にでも力強く
迎えてくれます。
メニューは雑炊だらけ。
加えて一品料理に、焼酎が少々。

散々迷った挙句、和風だしの明太雑炊と鶏だしの卵雑炊を
食べてきました。
シンプルにどんぶりにたっぷりの雑炊と、
付け合わせのお漬物のみ。
しかしながら、その美味しいこと美味しいこと。
・・・美味しいというより、「旨い!!!」

ごちゃごちゃと豪華食材を乗っけるでもなく、
ストレートに米粒と出汁と明太&卵のみの組み合わせで
完璧な完成度。

今度は高菜雑炊か、キムチ雑炊を食べてみたい。
でも王道の卵雑炊は、本当に旨かった・・・。
思い出してヨダレ・・・。


2007/2/14  23:59

ネコ型人間  似非エッセイ


ネコ型ロボットが欲しいのは、今も昔も同じなのですが。
最近、そんな自分自身がかなりネコ化してきているように思えて
仕方ありません。

もともと動物に例えれば、ネコだろうということで
そこそこ周りも納得するような、ネコっぷりだったのですが、
どうも近頃、ネコDNAが活性化されているような気がしてならないのです。
一体、何を言っているんだと思われた方は、そのまま読み進めてください。
恐らくあなた方が正常なんです。

でもきっと、なんとなく話の雰囲気を分かってくださる方もいらっしゃるはず。
(と、期待…)

犬にはまったくといっていいほど、興味のないワタシ。
でもネコを見ると顔がゆるゆるになってしまいます。
なんなら一緒に鳴いてしまいたくなります。

ということで、ネコ型万歳。
今後もネコっぷりに磨きをかけたいと思います。
どうか優しく撫でてください。


2007/2/9  23:59

羨望の条件  似非エッセイ


人を羨ましく思う感情を、マイナスの悪い感情だと思うものの。
何も好き好んで、意図的に、羨ましく思おうなんて
考えてそんな感情を抱くわけではないだけに、取り扱いが厄介だと思う。

けれど、或る人は言いました。
「その人の今の幸せや羨ましいと思える状況と共に、
その人が乗り越えてきた苦しみや、
味わった苦労についても羨ましいと思えるのなら、
人を羨ましがってもいい」のだと。

不思議なもので、
頭ごなしに「羨ましがってはダメだ」と突きつけられると、
そんな風に羨ましがってしまった自分を激しく責めて、
自己嫌悪に走ってしまうのだけれど。
こうして、「人を羨ましがってもいい条件」なんて考え方を知ってから、
単純だけど少し気持ちが楽になりました。

自分の中の小さなものさし一つで、人の幸・不幸を量ってはいけない。
自分という僅かな経験値だけで、
他人の心を理解できると勘違いしてはいけない。
早い遅い、勝ち負けだけでは何一つ優劣など決まらない。

そんなことはいつだって知っていると思っていても、
気がつけばやっぱりいつの間にか頭の隅に追いやっていて。
また危うく人の幸せと自分の今を比べかけていたり。

とことん都合よく、人という生き物は出来ているようで。
だからこそ生きられるのだとは思うのですが。
自己反省の日々はいくつになっても、続くのでしょう。



2007/2/4  23:59

夢の美術館  似非エッセイ


大阪中之島にある国立国際美術館で開催中の
「夢の美術館」に行ってきました。
プラド以来の美術鑑賞。
もうそんなに間が空いてしまったのかと思いつつ・・・。

夢の、とタイトルにつくだけあって。
20世紀美術の有名どころが一挙大公開。
ピカソ・モディリアーニ・ダリ・マグリット・ウォーホル・バスキア…。
美術初心者でも、名前ぐらいは知っている作家コレクションは
まさに美味しいとこどり。

地下3階に広がるフロアには、様々な年代の方が訪れていました。

中学生の頃、ダリとマグリットの絵に出逢い、
ダダイズムやシュールレアリズムに夢中となりました。
描かれる超現実、不条理、虚構、自由で無限の創造性。
林檎の画を書けと言われて、
素直に赤い林檎を書くことが好きではなかった当時からは、
多少オトナになったものの(苦笑)
印象派の柔らかいタッチより、今でもやっぱり断然好き。

今回の作品群を前にして、多くの人が
「…何を書いているのか分からない」と呟いていましたが。
ワタシが言うのも偉そうですが、
鑑賞するのに必要な視点は、「そこに何が描かれているのか」
を探ることではなく、「そこに何を感じるか」ではないかと思います。

画力の素晴らしさ、技術面の素晴らしさも
芸術の一要素だとは思いますが、
ワタシが一番惹かれるのは、そこにある感性。
洒落ていたり、皮肉であったり、
感覚のようなものを画で切り取る、そんな感性。

あまりにじっくり見すぎて、最後は立ちくらみに息切れ状態でした。
お近くの方には行ってみることをお薦めします。



2007/2/3  23:59

御連絡  分類なし


ここ最近、非常にネット環境が悪く、自宅から記事を更新
できない状態が続いております。
かくなる上は、職場から記事をUPするしかありません。
日付が逆のぼりますが、その辺は軽く目を瞑ってやってください。


うむー。
…もういい加減、ダイアルアップ接続の状況を
なんとかしろってことかなぁ。

とりあえず。
いろいろあるけれど、ワタシは元気です。
(「魔女の宅急便」より…苦笑)



2007/2/3  23:59

たこパとスペインと善哉と  似非エッセイ


2月3日、節分、晴れ。
今日は友人の新居でのたこ焼きパーティに参加しました。

主催者夫婦の華麗なる下準備のお陰で、
カレー味とチーズもち味の変り種も見事大成功し、
たらふく美味なるたこ焼きを頬張る。
進化を遂げた『こどもビール』をぐいっと飲みながら、
コテコテの大阪人魂に思いを馳せる。

近くの神社で節分星祭があるとの有力情報。
配られる『振る舞い善哉』だけを目指して、
急勾配の坂道を駆け上がり、
参拝の列を横目に善哉を美味しく頂いて、
お参りもせずに再び友人宅に戻る。
つきたてお餅と、寒い夜空で湯気の立つ甘味は
また格段と胃に染み入り、その甘さを増す。

太巻きに見立てた手土産のロールケーキが、
パーティー参加者全員でかぶる奇跡に、
さすが節分!これぞ丸かぶり〜なんて洒落心を感じつつ、
これじゃ座布団は出ないな…などと一人笑点。

折角なのでと、太巻きを恵方向いて齧り、
歳の数だけ豆を食べたら、悲しいことにお腹いっぱい。
昔は歳の数だけでは物足りなかったのに…。

新婚旅行で訪れたというスペイン写真を見ながら、
手元のお菓子をごそごそとつまみつつ。
果ては、ミックスベジタブルや生きゅうりまで齧りつつ。
完全に食い倒れ。
アンダルシアの風に、裂きイカの匂いが漂う始末。

鬼は外、福は内。
でもどうせならみんなで楽しく騒ぐ方が楽しいし、
もう鬼も入っちゃえ。
鬼も内、福も内。
みんな集まれば、なんだかいろんなことがわぁわぁ楽しい。

ごちそうさま、お邪魔しました。



2007/2/1  23:59

ニンテンドー  似非エッセイ


いつの頃からかプレイステーションがゲーム機のメジャーになって。
ポケモン世代ではない私も、任天堂からしばらく離れていましたが。
先日、実に久し振りに任天堂に戻ってきました。
ニンテンドーDSライト入手〜♪
電車の中や、USJの待ち時間や、とにかく至る所で
よく見かけるなと思っていたら。
発売時から売り切れ!品切れ!の品薄状態だったとか。
というわけで。
世間に遅ればせながら、ようやく脳年齢なんぞ測ってみたり。

初代ファミリーコンピューター発売の更に前。
恐ろしく機械ちっくな家庭用ゲーム機が、我が家にありました。
父はまさにインベーダーゲーム熱中世代。
その後、ディスク⇒スーファミ⇒ファミトレと
家庭用ゲーム機の新機種が任天堂から発売される度、
追いかけて購入してきました。
テトリス病の父に、
ゲームボーイ⇒ゲームボーイアドバンス⇒ゲームボーイミクロと
買い与えてきたものの、私の家庭用ゲーム機は
そのままプレステへと移り、プレステ2で止まっていたのです。

驚くべきグラフィックと音楽の進化に、
もはやゲームを純粋に愉しむということがなくなり、
もともとRPGをしないワタシがマニアックなゲームをする為には
不必要なレベルまでゲーム機の性能が達してしまった感がありました。

ぐるりと一周して登場した遊びやすいゲーム機が支持されるのも、
同じ思いの人が多いから?なんて思ってみたり。

さすがに街や電車の中で取り出して遊びに興じるには、
恥じらいをおぼえる年頃となりましたが。
ソフトを買って、完クリして。
一通り遊んだら中古屋に売ってまた其のお金で別ソフトを買って…
という、ゲーム道からはまだまだ足を洗えなさそうです。

・・・いや、やっぱりそろそろ卒業しなきゃだめでしょうか(涙)


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