2007/8/26  23:59

ジェームズ・タレルの作品たち  似非エッセイ


『オープン・フィールド』ジェームズ・タレル作

地中美術館にあります。

通された部屋にあるのは、
三方から昇ることの出来る7段程度の階段と、その先の壁にある青く四角い光のみ。

そして階段を昇り、青い光に手を伸ばした時。
その瞬間、この青い光に完全に取り込まれてしまうのです。
そして平衡感覚も3次元の世界をも奪われてしまう。
なにより影を奪われる。
そう、光そのものの中に含まれてしまえば、影は消滅するのです。
当り前の理屈ですが、それが現象として顕在化した時に感じる
およそ例えようのない落ち着きの無さは、
時の流れをも遮断した時空の挟間に落ちてしまったかのよう。

タレルは、何かに投影された光ではなく、
光そのものを対象化して作品にしようとした作家です。

確かに私たちは、光を知っているけれど、その形は見たことがない。

タレルの作品は、光を私たちに見せるだけではなく、
その光に包まれ、触れることを可能とするのだと思います。



『南寺〜バックサイドオブザムーン』ジェームズ・タレル作

家プロジェクトの一つです。
入口に近づくと、注意事項とともに、内部の地図を頭に入れておくよう
指示があります。
何故か。
それは、建物内に一歩でも入れば其処は経験したことがないくらい
の闇が広がるから。
たった一歩踏み入れた瞬間に、本当に一瞬で、まずは視力を完全に奪われる。
本能的に足がすくみそうになるのを耐えて、
木造の壁を両手でしっかり確認しながら、壁の形どおりに進んでいきます。
肩が触れるほど近くにいる友人の存在は、
この時点で完全に消滅して、ブラックホールの中は
きっとこんなではなかろうかと思えるほどの経験したことない
レベルの暗闇の世界で、たった一人きり放り出されてしまう。

息遣いや、足音や、気配や。
恐らくそういったもので、隣の人くらい感じ取ることが出来るだろうと
思っている人へ。
それは、まだ、この本当の暗闇を体験していないから言えるんだと思います。
真っ暗闇というのは。
何も視力だけを奪うのではなく。
ありとあらゆる感覚を麻痺させてしまうのだと、知りました。

その後指示通り、恐る恐るベンチになんとか座り、ひたすらに前方と思われる
(この頃には天地左右、とにかく360度の感覚が無くなっています)
方向をひたすら見続けなければならないのですが。

建物に入る前に聞いた注意事項が浮かびます。
「耐えきれなくなって叫び出す人もいますが、
とにかく怖がる必要はありません、出てこれなかった人はいません。
だから声は一切出さないでください」

その言葉の意味が身に染みて分かる。

ベンチに座って数分で、まず、自分が存在しているという感覚を完全に失うのです。
前方を見続けなさいという指示を守るため、
必死に目を開けようとするのですが、
もはや瞼を指で触らなければ目を開けているのかも分からなくなるほど。

きっと、これが生と死の境目なのかもしれない…と
感じたことのない不安と恐怖も襲ってきます。
それでもそこを過ぎると、自分自身がすっぽり闇に溶け込んで、
無になれるのです。
空間の広さも、隣にいるはずの友人も、自分自身の呼吸さえ、何も感じない。
人という肉体的物質そのものから解放されたような、そんな感覚は
これ以上表現しようがないものでした。

建物内部に入って、ベンチに座ること10分程。
そんな感覚になり始めた頃に、タレルの作品は突然姿を現わします。

一体、其処に何が見えるのか。
これこそ、表現しようがありません。
だから、今でも、この南寺にあるタレルの作品は
どんなものかと聞かれても、答えることが出来ません。

一つ言えるのは。
それは必ず見えます。
電気をパチンとつけたように、飛び込んできたり。
もしくは徐々にゆっくり現れたり。

あれほど声を出してはいけないと言われていたのに、
不覚にも無意識で私は「あっ」と鋭く声を発してしまいました。
それ程の突然さなのです。

そしてその作品が見えたら、それに向かって歩き出すことが出来ます。
逆に、その作品が見えるまでは、決して歩きだすことは出来ないと思います。

作品の場所まで辿り着けた自分の目に映るのは、
一体どこにいたんだと思うぐらいの他の人々。
まるで皆、狐につままれたような、そんな表情で、回れ右をすれば。
自分の顔の真ん前に持ってきた手のひらさえ認識できなかった
暗闇に、出口を見つけることが出来ます。


今、こうしてあの時体験した感覚を思い起こし、文字にしてみても、
やはり不思議でならない。
訳の分からないまま、しばらくして、じわじわと感動は拡大します。




出逢えて良かったと思えるアートが此処にはありました。

それにしても、徳島の大塚国際美術館といい、香川の直島といい、
なんて四国は素晴らしいアートが満載なんだろう…。



2007/8/25  23:59

キャンプ・イン  似非エッセイ


例の如く、ブームはその頂点を見送ってから
こっそり参加してみるワタシ…。

後日、別に記事をUP予定ですが。
三日間ほど、香川へ行っていました。
そこで毎晩1時間励んだのが、
ビリー隊長のブートキャンプ。

噂どおりに、翌日は活性化した筋肉がぴきぴきと。
キャンプイン前の自主トレを怠った罰です。

でも、画面の中の隊長は、苦しい時には励ましてくれて、
速いリズムで落ちこぼれることを許してはくれず。
気持ちはまるで「、、、、ドジでのろまな亀なんです!」
(↑年齢的に同世代のみ対象)

苛められ、励まされて、体中の隅々に血が巡るのがよく分かる。

流行りものに積極的には手を出さないのですが。
フィットネスに入会するぐらいなら、
たぶんこっちの方が安上がりで効果的だと思われ。

滞在時間の関係上、キャンプを卒業することができなかったことが
悔やまれます。


…しかし鬼のような一言だ………「もう1セット!」(爆)



2007/8/24  23:59

ミッドナイトコースター  似非エッセイ


どうしても、今夜、USJへ連れて行きたい人がいて。
クビを覚悟で、職場を秒数まで定時ぴたりで後にして、
駅まで猛ダッシュ。

分刻みで、事前に調べたダイヤで電車を乗り継ぎ。
それでも入園は19時15分過ぎ。

一目散に、今宵の唯一絶対のメインである、
ドリームザライドの乗り口へ向かう。
ロッカーに荷物をさっさと預けて並ぼうと思ったら。
…ロッカーへ入れない?!

入口上部の電光掲示には、不吉な予感を漂わせて
「本日終了」の文字が右から左へと何度も流れている…。

閉園まで2時間弱もあるんだぞ!?
信じられず、受け入れ難い目の前の光景に、
一瞬呆然となりましたが、人は確かにまだ中に並ぶ列に加わっている!

聞けば本当にもうラストの入場らしい。
荷物も後から代表者がロッカーに入れに戻り、
兎に角今すぐ並べば滑り込みセーフにしてもらえるらしい。

並んだが勝ち。
並んでしまえば、乗れないことはないだろうという図々しさもあって、
とりあえずライド挑戦権は確保。

もう少し、人は少ないと予想していたのですが、
夏休み終わりかけの金曜夜は、土日のような人出で。


結構並んだけれど、なんだかんだ慌てたけど。
夜のドリームザライドは本当に格別☆
星空を下に見下ろすような。
滑らかに夜を泳ぐライドが、闇の海に光をばらまくような。

キラキラと、いろんな光が瞬いて、
前回昼間に乗った時と、こんなにも違うものかとびっくりしました。


パーク内でゆっくりディナーを愉しむことすら出来ずに、
追い出されてしまったのは残念でしたが。
夜のライドに乗るだけでも価値があると思います。

ワタシが必死になって連れて行った知人も、
すっかりはしゃいだ顔になっていて。
きっと私一人では足りない力を、パークが与えてくれたんだと
思います。

たった一瞬で、さっきまでいた日常とは
違う時間を与えてくれるから。
時間を切り離して、違う流れに乗りたくなったら、
USJへふらりと行ってみる、なんて使い方をしても
いいかもしれないと思いました。

願わくば。
せめて金曜土曜の夜だけでも、22時までオープンを
伸ばしてくれると嬉しいんですがー…。



2007/8/16  23:59

哀しい話  似非エッセイ


哀しい話を聞きました。
でも、聞いたワタシより、話した彼女の方が
何百倍も哀しい想いをしたのだから、
ワタシはうっかり涙を零さないように
ずっと耐えていました。

ワタシにはその人が経験したことの
痛みなんて、想像でしか分からないから。

いつものような変わり映えのしない昼休みに。
なんでもない話の途中で。
彼女は突然、その哀しい話を切り出したので。
ワタシは一瞬、彼女の言ったことが
本当に理解が出来なくて固まってしまいました。

何か言わなければ、と。
必死で探す時に限って、
言葉ってやつは何一つ出てこないので、
ワタシは自分の頭を殴ってやりたくなりました。

こんな時に何も言えなくなる口や声なんて、
ワタシは要らない。

丁寧に選んで、やっと想いを言葉に乗せても、
どれもこれもなんだか違う。
違うけど、何かを伝えられずにはいられなかった。


彼女は、本当に素敵な人なので。
そんな素敵な彼女が、こんな哀しい目に遭うのは
とても理不尽で、ワタシはそんな巡り合わせを、
彼女の代わりに呪った。
彼女は決して、誰のせいにもしないし、
だからといって自分を責めて逃げることもしない、
そういう人だから。
不完全なワタシは、彼女の代わりに
その出来事を招いた正体の分からぬものを呪った。

だけど、そんなことは決して彼女は求めていない。

彼女は凄い。
彼女を見て、いかに自分が悲劇の主人公気取りか
思い知って、ほとほとへこむ。
でも、今はワタシがそんなことでへこんでいる場合では
ないわけで。

彼女の願い通りに、
ワタシは明日からも普通にしていようと思います。



2007/8/12  23:59

結婚相談所へようこそ  似非エッセイ


最近。
意図的なのか、偶然なのか、あまり深くは考えないように
しているのですが。

やたらと周りの人から、「お見合い」と「結婚相談所」の
お話を聞きます。
お陰で凄い知識力アップです。
もう、自分が何回も経験したかのような状態です。

確かに、これまでフーン…(でもワタシは興味もないし、
関係ないわ)としか聞いていなかったのですが、
もはや年齢的にそういうわけにもいかない。

ということで。
いざ、その話題を切り出すと、意外なくらい結構周りは
経験者多し…。

。。。そーだったのかぁ!!!

みんな、ちゃんと前向きに頑張ってるんだなぁと
感動してしまう。

知らない世界の話というのは、何でもおもしろいもので。
先入観も思い込みも捨てて、自分には無理と拒否をすることも
やめて聞けば、これが案外いろいろと考えさせられる。


結婚は焦ってするものじゃないし、義務でもない。
だけど、雨が降ってくるのを待つだけでは能がない。
雨乞い、ダム建設、人間はそうやって、渇水危機を乗り越えてきたのだ。
枯れない井戸はない、という現実を踏まえ、
そこに水がなくなれば、川へ行って汲んで来るたくましさは素晴らしい。


酷暑続きで干からびそうですが、
水を求めてもう少しさまよってみます。

その間に、路傍で倒れて萎れてしまうかもしれませんが(苦笑)


2007/8/10  23:59

フェリーセット券ください  似非エッセイ


観測史上最高に暑い夏になりそうな、この8月の終わり。
本当は境港に行ければいいなと密かに楽しみにしていたのですが、
どうも実現する可能性はないので、泣く泣く断念。

そしてワタシは、初めて一人旅をすると決めました。

でも。
結局、私の不手際により、ホテルは見事に全て満室となり、
仕方なく友人の実家にお世話になることに…。

ということで、行きと帰りだけの一人旅に変更。
せっかくの決意も見事に中途半端…。

オンナ・傷心・一人旅・夏。
このキーワードから導かれるワタシのイメージは。
『ワンピ・つばの大きな帽子・サングラス・船・
 甲板で潮風に吹かれる・黄昏・ピギーバック』

はい、もう、全てアイテムは揃えてありました…。

リゾートホテルの一室を奮発するつもりが、
あえなく失敗に終わり
出鼻をくじかれた感のある初一人旅もどき。
気を取り直して、その他を何とか実現すべく、
行きはフェリー・帰りは(疲れる年頃&翌日からの仕事を考慮して)
高速バスという、理想と現実を見事に融合させたプランを手配。

その予約を電話でした夜。
長いコール音の後、のんびり受話口に出てきたおじさんは、
優しい言葉づかいで、丁寧に予約を完了してくれました。
帰りのバスの座席も、よほど空いていたのか、好きな場所を
選んでいいよとのこと。
「いいんですか?」と確認したら「どうぞどうぞどうぞ」と
返ってきた言葉が、なんだかとっても柔らかく優しくて。

電話を切る時の
「気をつけていい旅に。いってらっしゃい」
という最後まで穏やかで優しい口調に、
この旅の楽しい始まりを約束されたような気がしました。

どうして、こう、人の優しさは理屈抜きで
胸に染みいるのでしょうか。
こちらのココロが弱っていれば弱っているほど、
染みいるものでしょうか。

世の中、人と接する仕事が五万とあると思います。
本当にこんな風に、短い必要内のやり取りだけでも、
相手の心に届く気持もあります。
電話口の言葉しか聞けなくても、相手の微笑みが
伝わってくるような言葉があります。

ホテルが取れなくて、普段の旅手配ではしでかさない
そんな初歩的なミスをして、少し自分にがっかりしていたワタシ。
見知らぬ人からの「いってらっしゃい」が優しすぎて、
なんだかちょっと涙ぐんでしまいました。



2007/8/6  23:59

ゆびをザックリと  似非エッセイ


仕事中に。
大して慌てることはなかったのに。
不用意に動いて、指をザックリ切ってしまいました。

ザックリという擬音語を聞いて、
想像する怪我の程度は人それぞれだと思うのですが。
結構深く切ってます。
しかも紙の束で。

爪と指の間の、柔らかい部分。
あっ、と思った次の瞬間に少し遅れて痛みが走る。
その次に血がどばどばと出る。

慌ててシンクに駆け寄って、水で流すと、
赤い液体が流れて排水溝に消えていく。

ジン、とする指先が冷えて感覚がなくなり始めるまで、
赤い血が流れていくのを見続けて。
はっ、と仕事中だったことを思い出す。

血は思いのほか、止まることを知らず。
諦めて、ワタシはパクっと口でくわえてみる。

血の味は、いつも苦い。

あまりに血が止まらないので、
大丈夫ですか?と声をかけてくれた同僚に、
振り返っていつものようにいつもの感じで、
大丈夫と答える。

席に戻って、絆創膏で止血しようとするのだけれど、
うまく指に捲けなくて、なんだかほとほと悔しくなる。

机の引出しに入れておいた絆創膏は。
ワタシの怪我に使う為に用意しておいたんじゃ、ない。
誰かが痛い思いをした時に、
捲いてあげるためのものだった。

一日、指はじんじんと傷んだ。
血は止まったけれど。血は止まるのだけれど。


ゆびをザックリと切るのは、悲しい。



2007/8/3  23:59

溶けるアイスキャンディー  似非エッセイ

甘いものが得意ではないワタシは。
アイスクリームも得意ではなく。
美味しいなと思って食べられる量は、
ちょうど「PINO」3個ぐらい。
(3箱、じゃない)

ハーゲンダッツも美味しいとは思うけれど、
カップの量が多すぎて食べきれないから、
必然的に買ったり食べたりする機会もさほど、ない。

けれど、最大の要因は、
甘さが苦手、量が苦手というわけではなく。
たぶん、固いというのが食べるに際して、
面倒なんだろうと分析しています。

よって、ソフトクリームは好きなのです。
(これを我が侭と言う勿れ)


さて、先日、職場で仕事の依頼主から
551蓬莱のアイスキャンディーを大量に戴きました。
冷凍庫に仕舞い込んでおくものでもないので、
所員各自、毎日一本ずつ食べることにしたのですが、
いかんせんワタシ一人食べ終わるのにかかる時間が
圧倒的に遅い…遅すぎてなんだか、食べ終わって仕事を再開する
同僚に囲まれて一人サボっている感すら…。
これでも必死になって、黙々とかじってるんですけど。


棒付きのアイスキャンディー。
食べにくいからと避けてきて、ここ10年?15年?以上
ご無沙汰だった挙句、冷たい・固い。
上あごにくっつくし、歯に冷たいし、舌がひりひりしてくるし、
棒を持つ指が疲れてくるし、悪戦苦闘していたら
遂には溶けだしてくる始末。

あぁっ、もう!
どうやって食べたらいいんだっ!

…そういえば、子供の頃から苦手で、
いつも最後の方を棒からポタっと落としていたような…。


人には、それぞれに適合するサイズというものが
あるのです。
それはきっとアイスクリームも論外ではなく。

ということで、これは我が侭ではありません。
違うんですよ、皆さん。



2007/8/1  23:59

音だけの花火大会  似非エッセイ


抱えた問題は何も解決しないまま、8月突入。
今夜はPLの花火大会でした。

大阪に住んでいると。
いつでも見に行けるという安心感からか、結局近くには
見に行ったこともなく、今年ももちろん見れていないのだけれど。

駅では利用者急増対策で朝からせわしなく。

事務所で契約している方が危篤との知らせに、
余儀なく今日も残業の身。
また、人の死に関わることになるのかな…。


帰り道。
駅から家までの距離を自転車で、線路沿いを走るのだけれど。

職場から駅に向かう道すがらも、微かに聞こえた花火の音は。
地元に戻ってみれば、住宅街ということもあって、
更に大きく、空に響き、胸に届く。

ドドドォーン…ドドォーン…。
連続で重なるように打ち鳴らされたり、
多彩なリズムで響き渡る。

なびく風に乗って、音は大きく耳に飛び込んでくるから。
ワタシは想像の世界で、花火を楽しむ。

花火の音が、こんなにもいろいろあるんだと
今更ながらに気づく。

ドンドンドドーン…ドドドドォォン…。

地球儀のどこかではきっとこの音は、
空襲だったり爆発音だったりするんだろうかと思うと、
花火の打ち上がるこの夜の日本の平和が尊いものに感じたり。


ドンドン…ドドォーン…。

連続で上がったり、大きめの綺麗に咲くものだったり。
多くの建物がこの20年以上で建ってしまって、
今じゃワタシの街からは見れなくなってしまった花火が、
音だけの夜空に浮かんでは消える。

子供が大声で、覚えたての「た〜まや〜」と叫んでいて
なんだかいいなと思う。

家に着く少し手前で、空が一気に赤く染まって、
きっとフィナーレ。

兎にも角にも、8月は始まった。
夏の盛りがやってきたのだ。
暑くて、脳がぐつぐつ煮えてしまいそうですが。
今月もがんばりましょう。




2007/7/31  23:59

ひこにゃんと手乗りパンダ  似非エッセイ

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ひこにゃん、をもうご存知ですか?
いや、きっともう知られているはず。
今、一番ホットでナウい猫キャラですから(笑)

、、、念のため、知らない方は今すぐ
「彦根城 ひこにゃん」とリサーチしてみましょう。
きっと恐ろしい数のヒット数になるのではないかと思われます。

ということで。
ひこにゃん人気が全盛期を迎えています。
(←強引…)

早くも去年夏から、ワタシは「ひこにゃんラブ」を
公言していたのですが、それがついに周知された模様。
職場の同僚さんが、偶然通り過ぎたUFOキャッチャーで
ひこにゃんを発見し、「羊飼いさん(仮名)のためにも持ち帰らねば!」
と瞬間的に思って、獲得してきてくれました。

嬉しいのはその気持ち。
ひこにゃんを見つけて「あっ!」とワタシを思い出してくれたこと。
更に「ワタシの為に」と行動に移してくれたこと。
そしてそれを自ら喜んで笑顔で話してくれて、
惜しげもなくひこにゃんをプレゼントしてくれたこと。

早速家に連れて帰って、同じサイズの手乗りパンダと共に
ツーショット写真を撮って、お礼のメールをしました。

そしてこの手乗りパンダ。
これも実は貰いモノ。
学生時代の恋人が、ドライブの最中に、ジュースを買うついでで
一人、車を降りて店に立ち寄り、そこで偶然見つけたこのパンダを
助手席で待つ私に連れて来てくれたのです。

…。
ありがとう、を今より素直に言えてなかった若かりし頃。
思い出して、本当に申し訳ない想いで胸がいっぱいになります。
もっともっと喜んで、もっともっと笑っていれば。
どこかでもう彼の優しさが当たり前になっていて。
どこかでもう彼の気持ちに甘え過ぎていて。

本当に嬉しかったのに。
そのことをちゃんと伝えていた自信がありません。
今、あの時のありがとうを言える機会がもしもあれば…、
なんてありえないくらい無意味なことを思ってみたりもします。


今回ふと、その頃の自分を思い出して、
幾分、当時よりかは素直になれている自分に気づけました。

これは、成長したことに…なるのでしょう、きっと。


ひこにゃんが微笑んでいます。
大事に可愛がります。
本当に、ありがとう。



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