2008/7/13 7:13
帽子二つ 分類なし
「姑より長生きしてと思うのよ」
それはそう、世の中の順序ですもの。
親の長命を呪う後ろめたさも理解できます。
「本当にそう思うの」電話の中で珍しく神妙な声の友人。
長いお付き合いの中でたくさんのことを話しました。
性格の違う私とその友人に共通点を見つけられないという人の
賢い意見「貴女たち笑うところが一緒なのね」
それはとても重要なことだと気付いた30年前。
転勤に継ぐ転勤、いつの間にか途切れる関係も多いけれど
この友人との関係は変わらない。
べったりのお付き合いではないところがお互いの好みです。
大概の事はアハハで済むのですから電話もメールも笑うことが多い。
主婦同士の会話の多くは子どもの話、それから夫の話、舅小姑の話
だいたいこんなものかと落ち着いたら老後、年金、健康話と言う人が
居るけれどどの時期も笑う話にすり替わってしまう友人でした。
「夫の手術日ね、16日に決まったの」
そっか〜・・・・どうしていらっしゃる?
「全然、変わらない、そういう人でしょう?」
抗えないことが起きたとき、人の性根のようなものが見える。
3回目になる癌の手術もゆるく笑って何時も通りと話す友人の言葉に
夫ね、ホントに感想のない人なのよと言った昔を思い出した。
平常心を保つことは難しい。
自分の嫌いなタイプになりたくないという自尊心が働きメロメロ
ぐだぐだになることを踏みとどまる、修行を積む。
滅多にいないけれどごくごく少数の人がゆるりと自然に平常心に
包まれている、その一人が友人の夫。
「でもね、思うのよ。暗くなると怪しくボケる血色のいい姑がネ、
先じゃな〜い?順番守ってよと思うのよ」
よね〜そう思って当然。
「時々ね、はよ死になさいと言うの」
え?言うの?
「そ。そしたら、いいえ死なれませんだって」
「息子のロウソクの火を吸い取らないでと思うわけよ。同居して
4年どんどん吸い取るんだもの」
人はだんだんに剥かれて本能だけなる。
傍らの息子の衰えも見えなくなるということは母性も剥き去られ
生き物としての芯の基本本能、「生きよう」が残るのか?
トイレの始末の出来なくなった94歳に友人の手はいつも優しい。
「順番でしょ?」が叶っても良いと思う・・・
「今日もね、帽子二つ被って食卓に座ってる。これが普通、家族に
違和感なし、恐ろしいね〜慣れって。ちょっと可愛いでしょ?」
メールに張り付いた写真は目に光のない94歳がどこかの民族衣装の
如く二つの帽子を頭に載せている。
可愛いけれど・・・ね〜
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