2008/8/21 23:54
「ディープエコノミー」 ビル・マッキベン 読んだ本
オリンピックを大画面で見ようとテレビを買った人、オリンピックが終わったらもう少し値段が下がるから・・・とこれから買おうと思ってる人、たくさんいるのかな?会社の後輩たちも新婚さんもいたりするから50インチだ60インチだ言っているが・・・僕のテレビは14インチである(笑)!音はちゃんとアンプでスピーカーにつなげているから臨場感たっぷりなんだけどね〜。買ったのは学生のときだから、もう15年近く?壊れたら新しいのを買おう・・・と思っていたら、さすが世界のソニー(笑)、まったく壊れそうな雰囲気は無い・・・。周りからは独身だし給料好きなように使えるんだから、どんなテレビでも買えるだろう?なんて言われるけど、決してケチなわけじゃなくて、無いものを買うのにはまったくためらいが無いんだけど、まだ使えるものがあるときに買い替えるってことは全然無いんだよね・・・。だから結構壊れるパソコンなんかは、社会人になってからデスク、ノート、ノートって今が3台目なんだけど・・・。
でも大きければ大きいほどいいの?まだまだ使えるのに買い替えるのがそんなにいいの?っていうのはやっぱり考えどころ。経済学的に言えば、成長してお金があればあるほど幸せで、そのためには生産性と効率性を極限まで高める、そのために大量生産、規模の経済というのが働くというのだけど、それでいいの??というのがこの本のテーマなのだ。先月の洞爺湖サミットでも二酸化炭素の排出量削減目標については、なかなかアメリカと中国・インドの目線が揃わないことからはっきりとした目標設定まではたどり着かなかったわけだけど、その背景には世界で1、2の人口を抱える中国やインドが経済成長を今の先進国レベルまで進めていくこと、そして成長の証明である、先進国的(アメリカ的)な消費レベルに多くの人がたどり着きたいということがある。それだけの人たちがアメリカ的な生活をするには食べ物も足りなければ資源も足りない。逆に化石燃料を燃焼させることによる二酸化炭素の排出は地球の温暖化に繋がる可能性が高い。でも、逆にこれから経済成長しようとしている新興国からすれば、今の環境破壊を招いたのは、これまで好き勝手してきた先進国のせいなのに、これから成長しようとするところで勝手な論理で制約しようとするのは頭に来る!ってことなんだろう。
でもほんとに今のアメリカ的な大量生産・大量消費がいいことなのか?ってことだよね。中南米の周辺諸国で、それまでは自分たちが食べるための様々な農作物が育てられていた土地がアメリカ企業によって利益率の高い単一商品を大規模に生産する農地に変わっていく・・・だけど、それによって潤うのはその商品を安く買って大きな利益を確保する企業だけで、そこで働く人たちは小作農のように搾取されてしまう・・・。
僕も会社で中期計画とか年度計画とかを作るけど、常に経営サイドから求められるのは日本が経済成長しているのだから、会社も前年に比べて増益しかあり得ないという話なのだ。しかし今は景気も減速、増収による増益が難しいということになれば、今度は効率性、生産性を上げろということになる。でもこれって結局、少人数で1人1人が長時間働くだけなのだ・・・。常に成長することはいいことだ、大きいことはいいことだ、という理屈が最優先になるわけだけど、そのために犠牲となるもの、かかるコストが大きければ、その一歩手前で立ち止まることも大切なんじゃないかなぁ?と思うのだ。大規模な工場のように単一の作物を育てる農作地は、一見効率的なように見えて、人の手でいろいろな種類の作物を育てる(当然農薬も最小限にしか使わない)農作地に比べて土地はやせていて、出来上がる作物はどこか弱い・・・。
この本の著者もアメリカ人なので、中国やインド、それから新興国の人からすれば、お前が言うなよ!って感じはするんだろうけど、要は価値観はいろいろ、アメリカのような生活が幸せかと言えば、それを幸せだと言う人もいれば、そうじゃないと言う人もいるのが健全で、みんながみんな大量消費を煽って利益を稼ごうとする企業の戦略に乗せられてはいけないよ、ってことなんだろうと思うのだ。みんなが60インチのテレビを持ったら地球は狭くて大変だけど、14インチのままでもいい人もいるでしょ?ってことだよね。テレビの大きさが問題なのではなくて、そのテレビで何を見て何を感じるかが問題なのだから。。。
でも大きければ大きいほどいいの?まだまだ使えるのに買い替えるのがそんなにいいの?っていうのはやっぱり考えどころ。経済学的に言えば、成長してお金があればあるほど幸せで、そのためには生産性と効率性を極限まで高める、そのために大量生産、規模の経済というのが働くというのだけど、それでいいの??というのがこの本のテーマなのだ。先月の洞爺湖サミットでも二酸化炭素の排出量削減目標については、なかなかアメリカと中国・インドの目線が揃わないことからはっきりとした目標設定まではたどり着かなかったわけだけど、その背景には世界で1、2の人口を抱える中国やインドが経済成長を今の先進国レベルまで進めていくこと、そして成長の証明である、先進国的(アメリカ的)な消費レベルに多くの人がたどり着きたいということがある。それだけの人たちがアメリカ的な生活をするには食べ物も足りなければ資源も足りない。逆に化石燃料を燃焼させることによる二酸化炭素の排出は地球の温暖化に繋がる可能性が高い。でも、逆にこれから経済成長しようとしている新興国からすれば、今の環境破壊を招いたのは、これまで好き勝手してきた先進国のせいなのに、これから成長しようとするところで勝手な論理で制約しようとするのは頭に来る!ってことなんだろう。
でもほんとに今のアメリカ的な大量生産・大量消費がいいことなのか?ってことだよね。中南米の周辺諸国で、それまでは自分たちが食べるための様々な農作物が育てられていた土地がアメリカ企業によって利益率の高い単一商品を大規模に生産する農地に変わっていく・・・だけど、それによって潤うのはその商品を安く買って大きな利益を確保する企業だけで、そこで働く人たちは小作農のように搾取されてしまう・・・。
僕も会社で中期計画とか年度計画とかを作るけど、常に経営サイドから求められるのは日本が経済成長しているのだから、会社も前年に比べて増益しかあり得ないという話なのだ。しかし今は景気も減速、増収による増益が難しいということになれば、今度は効率性、生産性を上げろということになる。でもこれって結局、少人数で1人1人が長時間働くだけなのだ・・・。常に成長することはいいことだ、大きいことはいいことだ、という理屈が最優先になるわけだけど、そのために犠牲となるもの、かかるコストが大きければ、その一歩手前で立ち止まることも大切なんじゃないかなぁ?と思うのだ。大規模な工場のように単一の作物を育てる農作地は、一見効率的なように見えて、人の手でいろいろな種類の作物を育てる(当然農薬も最小限にしか使わない)農作地に比べて土地はやせていて、出来上がる作物はどこか弱い・・・。
この本の著者もアメリカ人なので、中国やインド、それから新興国の人からすれば、お前が言うなよ!って感じはするんだろうけど、要は価値観はいろいろ、アメリカのような生活が幸せかと言えば、それを幸せだと言う人もいれば、そうじゃないと言う人もいるのが健全で、みんながみんな大量消費を煽って利益を稼ごうとする企業の戦略に乗せられてはいけないよ、ってことなんだろうと思うのだ。みんなが60インチのテレビを持ったら地球は狭くて大変だけど、14インチのままでもいい人もいるでしょ?ってことだよね。テレビの大きさが問題なのではなくて、そのテレビで何を見て何を感じるかが問題なのだから。。。



