2007/8/26  23:42

BLED ブレッド湖  ’07.夏 クロアチア・他 旅行

ブレッド湖は
「アルプスの瞳」と呼ばれる湖。

Julian Alps ユリアン・アルプルス
(最高峰はトリグラフ山 1864m)の山々に囲まれた、

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1周が約8kmの静かで小さな湖だった。

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湖畔にあるブレッド城は標高665mに位置し
湖面からの高さは約100mで見晴らしが良い。

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城の一角に湖を見渡せるカフェがあり、
丁度、Wedding Partyが開かれていた。

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城内は博物館とお土産売り場がある。
博物館には昔の戦に使った鎧や武器、
城主やメイドの服、家具・調度品などの展示と
城や城下の説明(英語・他) を
見られるモニターが設置されていた。


城の窓からブレッド湖が見下ろせる。

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    ブレッド島聖マリア教会がよく見えた。


城の入り口近くには、
古い印刷屋さんがあって
素敵なお兄さんが、
お客の名前印刷を手伝ってくれる。

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狭いお店に、日本人観光客が列を作っていた。


今回のツアーにはブレッド島は含まれていなかった。
(別コースのツアーでは立ち寄っているのだが)

島の聖マリア教会の鐘を鳴らすと願いが叶うらしい。

島へは、手漕ぎボート10分程度で着くようだ。

2007/8/26  23:40


<リュブリアナ>

スロベニアの首都。

大学のある町。

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ランチは公園近くのレストランにて。


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ホワイトアスパラのリゾット、



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魚(マス)のグリル、サラダ、デザート


食後、バスに乗車する公園は
レストランを出て左へ2ブロック行った左側。

時間に集まったのは半数、
Mayaさんの説明どおりに自力で行った人々。

残りの人々はShinoさんについて行き
左へ1ブロック行き
左に曲がった先の
3本橋で有名なプレシェーレン広場で待っていた。


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Bus Poolでは長時間バスを停められないので
レストランの前へ移動し、
MayaさんとShinoさんが合流して
広場へ行きBus Poolへ移動、

その間にバスは周回して公園横のBus Poolへ。

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やっと全員が揃った。

そんなことで30分以上も町をバスはウロウロ。


これって・・・ どうよ?

2007/8/26  23:33

ポストイナ鍾乳洞へ  ’07.夏 クロアチア・他 旅行

<ポストイナ鍾乳洞>

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ヨーロッパ最大級の鍾乳洞。
全長は27kmで、世界3位。

1818年に発見され
開発の始まりは1820年ごろ。
1872年に最初の洞窟鉄道が敷設された。
その当時は松明を点けて入ったが
煙・煤で白い鍾乳石が黒くなったため
1884年に中止し電気でライトアップされている。
1967年に洞窟周遊鉄道は複線化された。


観光用のトロッコで約2km行き、
徒歩で1.7kmくらい見られる。

洞内気温は一年通して8〜9度(説明者によって異なる)
パーカー+防水・防風・防寒の上着を羽織っていった。
千和ちゃんはフリースに厚手のジャケットを着込んで挑んだ。
興奮もあって、
ここまで厚着しなくても大丈夫だと思うが
フリース程度は着込まないと寒い。


トロッコは簡易な造りの2人がけシート3列が1両で
沢山繋がっていた。
運転席は横向き座りで不思議だった。
鍾乳洞内を結構なスピードで走り抜ける。
シートベルトはない。
右に座ると壁や天井(いずれも本物の鍾乳石・石柱)に
ぶつかりそうだ。
今までに、きっと、
座高の高い人が頭をぶつけているはずだ・・・ 
それって・・・首が折れるか???
一人や二人振り落とされても構わないくらいの
勢いがある。

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日本の安全基準だったら業務許可が下りないだろう。
頭の中ではIndiana Jhon’sのテーマソングが流れていた。
冒険心旺盛な人には、スリル満点でお勧めだ。

トロッコ到着駅の先には言語ごとに看板がたっていた。
洞内を各言語のガイドによって説明を受けられるようだ。
イタリア・イタリア・英語・スロベニア語 だったかな・・・
「日本語」はなかった。

バス数台で到着したLookJTB日本人一行には、
7号車のスルーガイドで日本人のHasegawaが
全員をまとめて解説してれた。
鍾乳石や石柱が輪立ちして障害が多い上に
とにかく人数が多いので全く聞こえない。
聞きたくて前へ前へと行くが先頭は遠い。
同じ思いの人々に抜かされていく。

観光できるのは全体の一部。
1.7km程度の舗装された範囲。
それ以外は迷路のようになっているらしい。

「ドイツ橋」→「ロシア橋」と解説書に書かれていた
第二次世界大戦中
ここを弾薬庫として使っていたドイツ軍が作ったことから
その名がついたと言う説明と
第一次世界大戦でロシア人捕虜が造らされたから、
と言う解説書

元々は木造だった様だが
(橋の下から見上げると横板の木が見える)
現在はコンクリートで補強して
多数の客が一度に渡っても落ちないようにしてある(と思う)。

「スパゲッティの部屋」
スパゲッティは中空の細い鍾乳石が
天井から「ど〜〜〜だぁ〜〜〜」
といわんばかりに無数に釣下がっている。
穴があいてるのだから
「マカロニじゃない?」
なんてつまらない質問は誰もしなかった。
勇気が無くて私もHasagawaに聞けなかった。

それ以外に
「白の部屋」・「トラの部屋」・・・ 
名前のついた部屋があったのだが
分からないまま走りすぎた。
(人数が多いので団体の後方にいると、
  前との距離が開きすぎてしまい
   場内を時々小走りするはめになる)

途中、
「トマトソースの部屋( スパゲッティの部屋の下) 」手前で
電気が消えて真っ暗になった。
たった数秒だったけど。
立ち止まり動けなくなった私とは対象的に、
すかさず、
カメラの電源を入れた千和ちゃんは流石だ!
注意) カメラ撮影は禁止

ブリリアントと言う名の馬鹿デカイ石筍があった。
チケットやパンフレットの表紙を飾る品だ。

めずらしい生き物「類人魚」が見られる。
洞内に生息している内に、
視力が必要なくなったので
目が無くなる進化( 退化?)を遂げたそうだ。
薄ピンク色の細長い胴体に短い手足4本があった。
両生類。
展示用水槽の端っこに固まって集まり微動だにしない。

そう言えば、
ウーパールーパはどうしているのだろうと、
懐かしいことを思い出させる。
エリマキトカゲは? 
なんてどうでも良いことが浮かんでは消えた。


カルスト地形の地下に鍾乳洞はできる。
石灰岩が雨水や地下水の浸食を受けて
地下空洞を作り
地下水が流れ水路ができて
更に石灰岩を侵食していき
カーテン状になったり層になったりする。

空洞は洞窟にもなる。

石灰岩を含んだ水 
  CO2+H2O→H2CO3 が
(二酸化炭素が水に溶けて炭酸水素に)
炭酸カルシウムと炭酸水素が
炭酸水素カルシウムイオンを生成
  CaCO3+H2CO3→CaHCO3+ + HCO3− 
洞窟内の空気に触れると
再結晶化によろ炭酸カルシウムに戻る
  CaHCO3+ + HCO3− →CO2+H2O+CaCO3 

白い鍾乳石は炭酸カルシウムが主成分、
赤い鍾乳石は酸化鉄を含む、
黒い鍾乳石はマンガン酸化物を含む。


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天井からつららのように
鍾乳石が出来上がっていく。
天井から床に落ちた地点でも再結晶化をして石筍ができる。
上下でつながると石柱となる。

1mm成長に少なくても10年。長い年月が感じられる。

さて、この水滴の水はどこへ流れていくのか?
鍾乳洞の外にリュブリャーナ川の支流があってそこからサバ川・・・
最後はドナウ川から黒海へ?だったかな・・・


帰り道もトロッコに乗る。
行きと少し違うところを走ったりするが
迫力は変わりない。
左側に座ると、空間を感じることができる。



参)同スロベニアのシュコツィアン鍾乳洞は
   世界遺産に登録されていて有名。

2007/8/26  23:27

スロベニアへ遠出  ’07.夏 クロアチア・他 旅行

8月26日(日)

スロベニアのポストイナ鍾乳洞・リュブリナでのランチ、
その後ブレッド湖畔へ

5:30am 人の肉声によるモーニングコールだった。
6:00am 朝食のためメインロビー階へ降りた。
    Buffe。外のテラス席で頂いた。
    健康な胃腸活動の為には
      バナナとヨーグルトは欠かせない。
    パンはトースターで温めて頂いた。
      ホントはトースト専用だったのかな??
7:00am パスポートとイヤホンガイドを持って出発。
      イヤホンは使わないで終わったけど・・・

ポストイナまでは僅か86kmしかないのだが・・・
   約3.5時間かかった。
国境越えするまで山間部をうねうね走ったのでちょっと車酔い。

トイレ休憩は一大イベント

まだ観光地化されていない国々なので
日本の観光地・ドライブインの様に
トイレがザザザッと並んでいる訳ではない。
衛生面、水の使用量、駐車場の広さ、
出発地および目的地までの距離と時間
などなどを考慮したら候補地は少ない。

39人+ガイド+添乗員+運転手が行こうとすれば行列ができる。

Shinoさん、Mayaさんからは
トイレ休憩時間や、次までどの位か、
などの説明が無いので皆ひたすらに並んだ。

同じツアーの7号車では、
添乗員の詳細説明により、切迫者優先でスムーズに済んだらしい。

1ランク上のコースでは、バスはトイレ付きバスへランクアップされており、
緊急時には社内トイレを使用できたので
こんな苦労は無かったらしい。

同日に、同規模のツアーバスが、同目的地へ行くのだから、
出発時間を多少ずらして、
ルートを変えてもかち合ってしまう。

40分も・・・
  トイレだけのために並ぶという現象になるのだった。


クロアチア−スロベニア国境では
EUの入国スタンプを押してもらった。

今まで気がつかなかったが、
飛行場で入国すると入国スタンプの右上は飛行機マーク、
車で入ると車マークなのだ。
楽しい。
勿論、スタンプ左下の 「→」は入国、 「←」は出国

今回、EU出国(帰路)は高速道路からだった。
沢山の出入国者を捌くために業務簡略化、
出国スタンプ押印は省略された。

残念。

帰り道はブレッド湖から高速道路にて197km、
3時間くらいだった。


2007/8/26  23:17

スロベニア共和国について  旧ユーゴスラビアについて

スロベニア共和国 Republic of Slovenia

(歴史)
6世紀 スラヴ人が定住を開始する
 アヴァール王国等 民族による支配
1282年 ハプスブルグ家所領となり
 〜1918年まで ハプスブルグ帝国領
1918年 セルビア人・クロアチア人・スロベニア人王国
1975年 ユーゴスラビアを構成する共和国に
1991年 独立宣言 10日間戦争
2004年 NATO 及び EU に加盟
2007年 ユーロに参加

(概要)
国土 2万273ku (四国と同じくらい)
人口 約200万人
首都 リュブリャーナ (人口27万5千人)
共和制政治


2007/8/26  22:00


<STONの塩田>

14〜18世紀にストンを囲むように城壁を造って、
オスマン・トルコやヴェネチアからの攻撃から、町と塩田を守った。

深さ10cmの塩田は58区画の溜池に分かれおり、
聖人の名前がつけられている。
7~8月の暑い時期に、10日かけて水分を蒸発させて38%w/イ法「
精製して商品になる。


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    城壁の見晴台から見た塩田



かつて塩は「塩1kg=金1kg」と言われたほど貴重だった。
ドブロヴニクは、この塩田で塩を精製し、
儲けたお金を周囲の他民族に払い
戦わずして独立を買った。

現在、塩は専売特許。

<STONの城壁>

山の斜面の城壁は隣町のマリ・ストンまで続く。
万里の長城に続く世界2位の長さと言われている。

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    登るのは上向きで良いが、
    降りてくる時はその高さに・・・コワッ
    
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     城壁中央の見晴台でちょっと一休み 
    

<マリ・ストン>
塩田の町ストンの隣。
ストンと同様にカキの養殖が盛ん。
牡蠣養殖に必要な3つの条件は
・奇麗な水 
・適度な流れ 湾の中に川の水が流れ込んできて緩やかな流れがある。 
・塩分濃度 少し薄めの方が向いている


ワイナリーでバッチリ食べてきてしまったので
実はお腹いっぱいだったけど
頑張って食べた魚のランチ。

デザートは美味しいプリン。

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付け合せの赤い実はヒメ林檎でもサクランボでもない。
不思議な果物だった。


レストラン&ヴィラ VILA KORUNA のオーナーでお塩を売っていたおじさん。
塩田 SOLAMA STON のオーナーでもあるらしい。

  

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沢山おまけをしてくれた良い人。
・・・ ちょっと英語は苦手そうだったけど
話してみると面白かった。

最後に、お土産をくれて
「写真を送ってくれ」とポーズしてくれた。
約束どおり、メールに添付したけど
英語は通じたのかどうか・・・ 不安。


夕刻  ドブロブニクへ。

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