2007/9/30  14:43

思い出  分類なし

昨日の試合を最後に甲子園球場は大改装されます

来年の春の選抜高校野球に新しい姿でお目見えするそうですが
古い球場に対する思い入れは多くの人が抱いておられます

私の一番感激した思い出は昭和51年9月20日
この日の六回、先頭バッター中村勝弘(元阪神・オリックス監督)が本塁打を打つと
二番・三番と立て続けに本塁打を放ちました
そこでバッターは前年度本塁打王の「四番田淵」
皆の期待は本塁打以外の何者でもありません

明らかに本塁打を狙う田淵選手と
手に汗を握りながら見守るファンの異様な雰囲気の中
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みごと四連続本塁打の決定的瞬間の写真が
私の部屋に大切に仕舞ってあります

大正時代に牛を引いて造られたこの大球場は
改装後、また新しい伝説を生み出していく事と思います

2007/9/29  15:49

乳母車  分類なし

乳母車はすっかり死語になってしまったのか
今の若い方には通じないかもしれません

今のベビーカーと違うところは
中に子供を三人ぐらいまで入れるスペースがあり、
この中でおもちゃで遊んだり飛び跳ねたりも出来ます(笑)
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割烹着を着た女性がこの中に子供を入れたまま
道端で井戸端会議なんてのはよくある光景でした

のんびりした様子に思えますが
当時は洗濯機も給湯もあまり普及していない時代

主婦の日常は過酷だった様です

、ヽ`┐(T_T*)・・・

2007/9/28  10:39

名月  分類なし

秋の準備もいよいよ本格化し、
ブログを休む事も多くなりがちですが
やがては長期休養のブログとなりますので御了承下さい

まだまだ暑いとは言え、夜になると涼しくなり
虫の音に耳を傾けながら何気に空を見上げると
綺麗な満月がくっきりと浮かび上がっていました
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月に御供えをして豊作を祈る人もいれば
月を見て狼男が変身する邪悪なものと解釈する人など様々ですが
私にとって月明かりは非常に柔らかく
のんびり眺めていると癒しの効用を与えてくれます

グラスに酒を注いで満月を浮かべながら飲むも良し
皆さんも一度ゆっくり秋の月を眺めてみるのもよろしいかと。。。。

2007/9/26  14:25

中村町  分類なし

江戸時代の推定人口は3千万人
今の四分の一程度だったといわれています

洛中洛外絵図では私の街は田畑のみで
市街地化の意欲も見られなかったと記録されています

私の先祖がこの地に入る三年前の明治二年までは
中村町であったと前回お話しましたが
偶然にもその痕跡を地元の神社で見つけました

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「萬屋吉兵衛」「松葉屋平兵衛」の御両方は
私のご先祖さんより先住者で、
半径30メートル以内に住んでおられたのは間違いありません

どのような人で何をしていた人なのか皆目見当も付きませんが
竜馬や西郷さんと面識のある人なのかもしれませんね(笑)

2007/9/24  15:29

昔の住所  分類なし

いつの時代でしょうか。。。
私の地域の地名は中村町でした

その後下京区に含まれましたが当時は伏見は京都市に含まれず
伏見市であった事から我が家は京都市南東の隅っこに位置したことになります
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この地が東山区に含まれたのが昭和四年四月一日
今から78年前の事ですが
写真の「下京区東福寺北門下ル」の看板は
それよりかなり以前に付けられたものであるということになります

この看板は家の表についていますが
今は見えない様に隠しています(笑)

2007/9/23  12:49

撒き土  分類なし

私の家で土が残っているのは庭と店の片隅だけです
その部分に少しだけこの土を撒こうと考えたのはこの瓶を発見した時です

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綺麗な瓶に詰められた土の色を見て私にはすぐ解りました
これはまぎれも無く「甲子園の土」です

弟が野球の名門校出身なので、友達が甲子園出場した時
少し分けてもらったそうです

80歳を超えた甲子園球場も今年から大改修をされ、
益々野球の象徴として君臨する様になると思いますが
私の家も末永く存続出来る様にと願いを込めて撒き土をしたいと思います

憧れの甲子園と親しみ深い私の家が
これで一体化した気分になれそうです


2007/9/22  14:27

瀧尾神社  分類なし

松坂屋デパートと合併し、
全国一の規模の百貨店となった大丸は
江戸時代中期に創業した呉服商でした
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東福寺の観光ルートから少し外れたところに所在する小さな神社に
こっそり飾ってあるこの絵馬は、昔の大丸の様子です

創業者がこの神社に欠かさず参拝していた事から
ずっと下村家を中心に守られ続け、
今も地元の祭りのお旅所としてしっかりと存在を示していますが
本堂にある鋭い龍の彫刻は見ものです

私は地元の隠れた名所のひとつと思っております

2007/9/21  15:00

電報  分類なし

出てきた古い電報の中から
目が飛び出しそうなぐらい衝撃的な文面が出てきました

時は昭和37年4月9日
受取人「ウエノハジメ」(私の祖父です)

文面は「レンジツノゴケントウカンシヤニタエズ・・・
トクニオネガイモオシアグ」

送り主は「イケダハヤト」・・・・・・池田勇人?????

当時の内閣総理大臣から届けられたこの電報は
最後の追い込みに全力を尽すから何なにとぞ協力してほしいとの事です

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私のじぃちゃんは婿養子でこの家では肩身も狭く
ばぁちゃんに何かと怒られては布団に包まって隠れている様な
気の弱い人で、日本の政治には程遠い人でした

そんな人に当時の池田内閣は何を求めていたのか、、、
それを追求する為に当時を良く知っている人に尋ねてみたところ

単なる資金集めに方々に送られた電報で、
協力とはお金を寄付して欲しいと言う事らしいです。。。うぅぅぅ

私の祖父が政治に関与したら
きっと日本人は皆、布団に包まって方々に逃げ回る民族であったに違いありませ線


2007/9/19  13:25

背景  分類なし

デスクトップの背景画面は何にされてますか?

初期設定のままの人、動物の写真や風景画にする人、芸能人やアニメ画にする人など
様々な方がおられると思いますが
私は歴史上最も尊敬する人物を背景にさせてもらってます

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「マイク・ラインバック」本名「マイク・ラインバッハ」

彼はガッツとファイトを持ち味にしたタイガースの人気選手で
ここ一番で見せたホームランは知る方も多いと思います

しかし、私が彼を尊敬する理由の中では
それは単なる装飾に過ぎません

入団当時の態度、現役時代の知られざる行動、退団時とその後の様子は
ここに書き記す事は出来ませんが
「チームの為に・みんなの為に」を徹底した彼の人物像が伺えます

最も阪神魂を抱いたまま1988年に交通事故で亡くなられましたが
彼の素晴らしい精神は
今も私の心にも仕事にもしっかり生きています

彼は私にとっては単なる好きな野球選手ではなく
最も尊敬する歴史上の人物であると考えております






2007/9/18  13:05

おはなはん  分類なし

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「こわっ!!」w(☆o◎)w
この写真を見て最初に出た言葉がこれでした

この写真は私の三代前、つまり二代目夫婦でありますが
まるで信長の様な鋭い目つきと全身から現れる強いオーラは
人柄そのものを現していると感じました

この人は見た目だけで無く、じっさいも「どぇらい怖い人」だったそうですが
今日の話題はこの人では無く横にいる妻の花子さんです

明治八年生まれのこの女性は厳しい旦那さんの下で
それはそれは大変苦労されたそうですが
決して口答えせず黙々と家事や皆の世話役に励んだ
我が家の縁の下の力持ちだったと思われます

今よりはるかに手間の掛かる洗濯や炊事に始まり
今の私が掃除している格子や床・天井等の掃除も
決して怠らなかったと言います

大変几帳面なこの人は、私物には名前を書いていたそうで
履物にも大きく名入れをしていました

「花子 下駄」と書けばいいものを「はなこげた」と書き入れた為、
周囲の人は「鼻焦げた」と読み、大笑いしたそうです

今となってはつまらないダジャレでも
我が家に伝わる最高の笑い話として伝説化されております

私から花子さんに一言・・・・
下駄(げた)は書かなくても見れば解りますよ♪



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