2008/2/29  13:53

寒中  分類なし

「寒いですね」と言いながらその言葉の意味は人それぞれです

「私の場合は外も寒ければ家の中も寒い」です
「一般の人は寒いのは外だけで家を含む建物の中は暖かい」と感じているようですね

昨夜、遊びに来た姪っ子は
寒い寒いと言いながら欲しがるものは アイスクリーム♪

「これだけ寒いのにアイスなんてだめだよ〜」と言っても
「大丈夫 だいじょうぶ」の一点張り

勝手に冷凍庫から取り出して食べていました

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食べている間は美味しそうにぱくぱく

しかし五分後には。。。。
コタツに全身潜り込んだまま
決して姿を見せる事はありませんでした




2008/2/28  12:39

昨日の続き  分類なし

地下五メートルにあるその遺跡を生で見た人は少ないでしょうが
実は私はしっかり何度も見ていました

今から二十年程前、この遺跡の発掘調査が行われ
何日もかけて丁寧に実の姿を調べていたようです

当時の東福寺は深夜も開放されており
夜にランニングや素振りに行っていた私は
調査員の居ない遺跡を毎日ゆっくり見ることが出来ました

「法性寺」の広大さは今も様々な論議がされていますが
今ではここに静かに佇んでおります

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旧「法性寺」の観音堂跡に建立されたこのお寺には
今でも国宝「千手観音立像」が千年間立ち続けています

2008/2/27  20:33

誰も知らない東福寺  分類なし

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この写真の場所は私にとって東福寺の中で一番馴染みのある場所です

子供の時はザリガニ捕りや虫捕り
成人してからはランニングや運動トレーニングをしていた拠点としていた
所有権の無い私の庭です

多くの観光人もあまり立ち寄らないこの場所は
前には長州藩の慰霊碑、右には国宝山門、左は室町時代の浴室、
後ろを振り向くと本堂や方丈など
四方八方に多くの文化財がある素晴らしい所です

しかし、このすぐ近くに誰も気付かないままとんでもないものが保存されています

しかもそれを知る人はほとんど無く
御近所さんや東福寺塔頭の住職さんに聞いても解らなかった
知られざる遺跡です

その遺跡とは東福寺の出来る三百年以上前に遡ります

元々この地域は藤原忠平創建 広域「法性寺」の敷地でした

今の東福寺よりはるかに広域で勢力のあったこのお寺の回廊跡が
実はこのすぐ近くに保存されています

かなり大きなものですが見に来られてもダメですよ
存在するのは地面の下約五メートルですから

この遺跡について知る方はほんの数人のみ、
これから少しずつ委細を聞き出したいと思います


2008/2/26  15:45

タドンの袋  分類なし

昨日は珍しく普通に店にいて普通の仕事をして一日を終えました

本来、正月明けから春までの間は平穏に仕事をする予定だったはずなのですが
倉庫改修から始まり、酒蔵見学に至るまで
波乱含みの毎日でした

昨日とは打って変って今日は朝からの雨、

閑散期の平日の雨となれば最悪の日と思いがちでしょうが
埃の多い場所の大掃除をするには最適の日となります

そういうわけで朝から改修後の倉庫を大掃除、
先日ここで紹介した「タドン」も新聞でひとつひとつ包んで保存しました

そしてタドンの入っていた袋を見ていると
「虫の食う紙は今では貴重だよ」
なんて言ってた扇子職人さんの言葉を思い出します

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紙は神様なんて言われていた時代、
戦後間も無くの高級燃料だった事もよく解ります

近々、この高級燃料を使って
何か焼いて食べようと思います


2008/2/25  12:38

タカラビールのタオル  分類なし

昨日積もった雪はその日のうちに溶けてなくなり
今朝早く玄関に出るとまた薄っすらながら一面の雪化粧

数年無かった雪景色が今年は何度も見られる特異な冬を感じました

「続く時は続く」とはよく言ったものです
また想定外のところから珍品が見つかりました

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タカラビールは以前もブログに書いた30年以上昔のビール

http://diary.jp.aol.com/applet/h3dje84wfp/20070513/archive

缶や瓶なら高くで売り買いされている様ですが
値打ちの無い瓶の蓋とマッチに続いてタオルが出てきました

出てきた先が滑稽で不可思議!
風呂からあがって体を拭こうと手にしたタオルがこれでした

本場ドイツビールの味を再現したこのビールは
日本人の文化に合わなかったのかすぐに撤廃されてしまいましたが
私の父は私と似ているのか偏屈で
本場の味の売れないビールを頑張ってたくさん販売したそうです

撤廃後、タカラさんからそのお礼に挨拶に来られ
タオルやグラスをたくさん戴いた唯一の残り物がこのタオルのようです

親父が頑張って販売した証を
店の片隅に保存する事にします

2008/2/24  13:52

庭石  分類なし

今年三度目の積雪、
やはり早朝から通天橋を見に行きました

三度目となると感動も薄れ、
せめて綺麗な空気を体に染み込ませようと少し歩き回りました

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雪が積もった庭は綺麗と思いましたが
庭にはあまり関心が無、理論で語れても
感覚で話が出来ないので苦手な分野のひとつです

その後、開店と同時に来られた方に
雪の綺麗さを満喫出来たか尋ねようとしたところ
雪国「長野県」から来られた方でした。。。

どうやらこの方は石のアーティストらしく
石の形状や色合い質など
色々な方面から見る目を持っておられる様で
雪で庭石が覆われた事がかなり残念そうでした

「幸い転じて不と成す」とも言うべき
希少な雪景色も必ずしも良いとは限らないものですね

しかし私が庭に対してあまり関心が
わかなかった訳がひとつ解りました

お寺の歴史や建造物・その素材、組み方に興味が向いても
石に関してのそれが全く無かった事です

これからは少しずつ石に関心を持って
庭石や白砂に着眼したいと思いました




2008/2/23  12:33

ルーツを探る  分類なし

ブログの2月6日に書いた開かずの引き出しは
実は掲載した翌日に簡単に開いてしまいました

http://diary.jp.aol.com/applet/h3dje84wfp/archive?b=10
(2月6日を参照して下さい)

開いた理由は他の引き出しを全て外し、
中をよーく見ると一本だけ釘が打ち込まれていました

元々の造りは釘を使わず組み立てているので
誰かが応急に釘で修理したと思います

それなりに苦労しましたが釘が抜けると中の桟が取れ、
簡単に引き出しも外れました

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開いてもしばらくここに掲載しなかった訳は
あまりにも簡単に開きすぎたので
もったいぶりました

中から出てきたものは多数の「判子」でした

本来、整理されて無くなっていたはずの物が
引き出しが壊れていたおかげで残ったと考えられます

多数の判子を調べた結果すぐに解った事は
明治後期の物である事、
二代目さんが手元に置いて愛用していた重要な小箱であった事
その他、当時の商いの内容を調べる大きな参考資料となりそうです

最近はやたらと新発見が多いですね
酒屋の日記というよりマニアックな歴史家の日記と化してしまいそうです

判子の調査は片隅に置き
お酒の販売に神経を傾けたいと一応思っています

2008/2/22  14:57

屏風について  分類なし

昨年、五十年振りに見つけて広げた屏風を
お酒のラベルにする事は以前にも書きましたが
屏風のいわれも書き添えたいと思い
作成しています

木箱には何も書いておらず
何処の誰がいつの時代に何を描いたのか全く解らなかった発見当初から
作者と画の内容が少しずつ解り
昨日ようやくおおよその時代がわかりました

管理不十分な道具類を一まとめにしてある物入れを整理中、
壊れた掛け軸にあった落款が屏風と同じものがあり、
その軸の箱書きに年月が記されていました

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これは明治45年を指します
日本の近代化も進み経済が発展した時期で
芸術家や陶芸家、画家も数多く輩出された時代です

そして、箱の具合と軸の表具などから
とても一流とは言えなかった作者であったと想像されます

私には三流が良く似合うと思っていますので
これで良かったと思いましたが
もっともっと調べそして手入れをして
輝く三流屏風にしたいと思います

2008/2/20  20:21

仁王さん  分類なし

昨日紹介した「万暁院」

門が開いているだけで圧倒された上
茶室に入るのに緊張して
全く気付かなかった仁王さん
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帰り際に教えてもらった事が「東福寺山門の仁王さんの模擬」だという事です

そう聞くと黙っていられないのが私でした
「あっ 手が逆だ」

口から出た言葉に周囲は唖然!!
それもそのはず東福寺山門の仁王さんは今から40年近く前に撤去されています

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私は幼少期にいつも眺めていた子供、
怖い大男を見上げながら物真似もしていたと思います

振り上げた手はまぎれも無く左手と記憶していました

では、証拠は。。。。

家に帰って古い写真を繰り出し
見つけたのが昭和34年夏に父親が撮影したこの一枚でした

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これをコピーして蔵の方に直接お渡ししました
大きなお世話かな?なんて思いましたが
大変喜んでもらえたと同時に
私の地元への愛着の深さに感激してもらえました

地元通への道を着々と歩む私ですが
あまり偏屈にならぬ様注意が必要ですね

2008/2/19  13:15

万暁院(まんぎょういん)  分類なし

今日は二日前の見学会でお世話になった所への
御礼参り(殴り込みで無い)をしました

ここは以前に紹介した茶室の入り口(織田有楽斎宅の門)

見学当日はここを開門し、私達を茶室へと御案内いただきました

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私の予定では集団の最後尾に付き、
皆さんの靴を揃えて茶室へ入り、
末席でこっそり座る予定でした

予定通り靴を揃え長い廊下を進み
深呼吸をして茶室に一歩入った途端
自分の計画が大失敗であった事に気付きました

空いている席はたったひとつ。。。。
唯一床の間に背を向ける最上座のみでした

「あの〜 私 今日は案内人なんですけど。。。」
「しかも最年少なんですけど。。。」
「草履取りが一番似合うと思いますが。。。」
「お茶運びでも何でもしますから。。。」

そう言いながら未だかつて無いぐらい小さく身をかがめ
蔵人を始め立派な方々を見下ろすが如く最上座に座る事となりました

これは今後への戒め、
皆さんも茶室に入る時は最後尾ではなく
後ろから二番目に入ることを心がけましょう


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