2008/2/16  18:17

戦(いくさ)  分類なし

「蛤御門の変」で京都中央の大半が焼け、
今の京都市内は千年の都と言われながら
築百五十年を超える建造物が意外と少ない事はお気づきでしょうか?

その戦いを目の当たりにした直後「鳥羽伏見の戦い」が勃発!
その中でも新政府軍の中心「長州藩」は
我が家から歩いて二分程度の場所に布陣していた様です

当時、この地域の民衆は長州藩を応援していたか、、、と言うと
強奪や戦火を恐れ、震え上がり、
どちらが勝とうがどうでも良かった様です

クリックすると元のサイズで表示します

この石碑はその時の長州藩戦没者48名を慰霊するため
元内閣総理大臣「山県有朋」他数名によって建てられたものです

子供の頃から「かくれんぼ」の陣地にして遊んだり
遊び場として慣れ親しんだこの石碑ですが

今となっては戦の悲惨さを物語り後世に伝え、
恒久の平和を願う慰霊碑と私は考えております



RSS1.0