2008/4/5  10:44

昨日の続き  分類なし

分かれ道をそのまま下っていくと自然にたどり着く史跡は
宮内庁管轄「85代 仲恭天皇御陵」です

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でも、ここで重要なのはその前にある沢山の慰霊碑です

東福寺から少し山手の小高い丘であるこの辺りに
長州藩が布陣したと思われますが
鳥羽伏見の戦いで大勝利をあげたこの軍勢でも
多くの若人が命を落とした悲惨な戦いの名残がここにはあります

「勝てば官軍負ければ賊軍」

結果はともかく幕末の危機から明治の近代化急発展に及んだ基礎は
この犠牲者達を踏み台にして築き上げたと言っても過言ではありません

写真右の植樹は佐藤栄作さん、
その他岸信介さんや毛利直系の方の植樹も残っています

子供の頃から何も知らずにここで盛んに遊んでいた私たちの広場は
雅な京都ではなく悲劇の京都の面影を残したまま
観光の方にはなるべく見えないように仕舞い込まれているようです


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