2008/7/16  14:22

製茶の目的  分類なし

私のHPのトップと店の紹介に使っている文章

「動乱の幕末からようやく落ち着いた明治五年・・・
製茶業を営んだ・・・」を読んで疑問を感じなかったでしょうか?

この文章は五年前に私が作ったものですが
自ら次第に疑問を感じ始めていました

本当に明治五年のこの地は落ち着いていたのか?
何故この地で製茶業を営んだのか?

まだまだ数え切れない疑問を抱えたまま
ようやくある歴史書から当時のこの地の様子を
書き記した文章を見つけました

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明治元年 鳥羽伏見の役起る、長州兵東福寺に陣す、

明治五年 太陽暦を用い・・・寺院の女人禁制を解く・・・

同六月 自葬を禁ず

同九月 通天橋畔に茶店を許可せんとす、

つまりこの年に暦も変更され、あらゆる安定期を示す法が施行され
最後の「茶店の許可」はこの地で製茶業を営む一番の理由だったのではと
考える事が出来ます

大戦の中心地から発展する地域を一番の好機に
この地を確保した初代弁次郎の素早い行動にかなり驚きを感じます

しかしこの時の弁次郎の頭の中には
130年が過ぎてもまだ同じ店でちびちび商いをしている子孫を
想像する事は出来なかったでしょうね


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