2008/8/30  13:08

観月亭  分類なし

ゆっくり癒そうと行った先は「九山八海の庭」のある霊雲院です

庭を見る多くの観光客に背を向け
世拗人(よすねびと)の如く
私一人で座った先に佇む茶室は。。。

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豊臣秀吉の「北野の大茶会」で用いられた一部を
移築したもので、築四百年にもなる二階建ての珍しい建築物です

北野の大茶会と聞くと秀吉の高笑いが聞こえそうですが
幕末に西郷隆盛と月照上人が安政の大獄で身を追われた際
身を潜めていた所でもあり
それを思い浮かべると大変重苦しくも感じます

ではこの茶室、何故公開しないのかと言うと
実はかなり老朽化が進み、掃除すら出来ないぐらい
静かに佇ませているそうです

もし補修するなら費用はどれぐらい掛かるかと言うと
軽く片手ですね、、、もしかしたら億?

今の時代にはとても無理な話だそうです

西郷隆盛が幕末に隠れ住んだもうひとつの茶室「採薪亭」は
「明治十六年 朽廃の為取除く」と記録されています

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大変珍しい秀吉と隆盛の接点とも言えるこの茶室は
この先どうなるのかは私には想像も出来ません

2008/8/29  9:12

玉章地蔵  分類なし

更に地蔵話が続きます

この地域にはとても数え切れない程の地蔵があります

その大半は当たり前の如く石造りですが
近隣の町内には「玉章地蔵」と呼ばれる立像があります

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その町内の方に過去の補修状況や扱い状況を聞いてみる事にしました

補修に関しては五年間町内会費を蓄積し、
みなの理解を得た上で
100万円の予算を組んで大々的な修理をしたそうです

地蔵盆時の扱いに関しては地域の限られた方が
地蔵さんになるべく触れない様地蔵さんに気を配りながら
周囲の掃除やよだれ掛けの付け外しもゆっくり慎重にするそうです

私が自町内の立像を五つに分解し
一人で抱え込むように運び出した話をその方にすると

「ありゃーー!!」「それはそれは。。。」

まあ 他町内の事ですから何も言えませんが
ちょっと考え直す方がいいかもね
なんて同情して下さいました

更にすぐ近くには「小野小町」ゆかりのお地蔵さんもあります

それを管理されている方にも相談してみようか?なんて事も考えています

百年続いた文化に反抗するのも大変な事ですね

2008/8/27  12:01

藤原所蔵  分類なし

この地蔵さんは元々藤原家所蔵の文化財だったと考えているのは
私だけの様です

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全身の衣に蒔絵を施し、分厚い漆を塗られた蓮の葉の上に立ち、
江戸時代からの埃で原型が不明の彫刻がなされている一木の檜台、

それから考えても町内会如きがお金を出し合って造れる物では無く
先日ここで紹介した「廃仏毀釈」の暴徒がこの地を襲った時
http://diary.jp.aol.com/applet/h3dje84wfp/20080808/archive

誰かが地蔵さんの身を隠し、明治の末頃このお寺を復興した際、
ここに安置し、町内会で守る様になったと考えられます

毎年地蔵さんを組み外して出す習慣の始まりもその頃と推定され
当時から今に至るまでこの地蔵さんの文化的価値を理解していた人は
誰もいなかった事が解りました

知っていたら毎年組み外して組み立てるなんて無茶は考えないでしょう

現実に組み立て部分も痛み始め、蒔絵も薄れ、補修を余儀無くされる日も遠く無く
補修費も持てないこの環境では取って付けた補修が施されてしまい
原型とはかけ離れた地蔵さんに変貌すると思いました

この地域には私の話を理解できる人はいないのも当然ですが
京都の素晴らしいところは周囲に美術や仏像の専門家が多く
軽く話して見るとそれを理解していただき
早速アドバイスも頂いております

もしこれ以上私に負担がのしかかる事になれば
最後の切り札「美術院」の方に相談する事になるかもしれません

2008/8/25  17:37

文化の継承  分類なし

朝起きたら体が重い・・・

昨日、木像地蔵さんの取り扱いで日頃使わない筋肉をたっぷり使ったのが原因です

元々この地蔵さんは江戸時代からこの地で守られ
年に一度だけ表に出す仕来たりとなっています

今までは地域の限られた人達が5人ぐらいで丁寧に取り扱われていたものですが
衰退する今のこの地域ではその伝統文化継承が年々重荷になりつつあります

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この地蔵さんを扱う事の出来る人に関しては暗黙の規定があります

まず当然、運ぶ力のある人、
この地蔵に親しみがあり文化財の意味を理解した上で取り扱う能力のある人、

段々と抽象的な表現になってきますがお寺さん達の話を聞いていると
結局該当者は「私一人?」となってしまいます

この暗黙の規定から考えると私の父親でも外れる事になり、
かつてこの地にいた文化財に詳しい人でも数名掛かってやっていた事を
私一人に負担されるのは光栄ですが困惑しています

彫刻が痛まないように触るところも限られ、
全体に施された蒔絵が薄れないようにそっと抱えて
ゆっくり五つに分割し、また組み立てる

地域には75世帯200名以上住んでいるわけですから
理解者はきっとどこかに潜んでいると考えています

気楽に考えましょ〜
┐(´ー`)┌

2008/8/24  14:13

夏祭りと地蔵盆  分類なし

今年は例年より早くすっかり秋らしくなりました

猛暑の眠りから覚めたように店も忙しくなってきましたが
この時期は自己の仕事だけでは済まされない様です

早くも運動会の準備が始まり、
日程の都合上「夏祭り」と「地蔵盆」が重なるように予定され、
私は夏祭りの役員でもあるので昨夜遅くまで頑張ってきました

一方「地蔵盆」は役から外れているので安心していたら
町内会長さんから悲鳴の如く声を掛けられ
今朝早くから緊急のお手伝い!

店の開店時間と照らし合わせながら年に一度の仕事をしてきました

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地蔵石を外に出し中もすっかり綺麗にした後お供え物を飾り付けます

と、ここまでは他の地蔵盆と同じですが
この後、この地域の一番恐ろしい事が私を直撃する事になります

http://diary.jp.aol.com/applet/h3dje84wfp/20070820/archive

昨年ここで紹介しました「木造地蔵菩薩立像」
を何と私一人で扱う事になりました

これは皆さんには理解し難い重要で困難な作業となります

次回に詳しく裏話も書きたいと思います

2008/8/22  9:20

大イベント  分類なし

私にしては珍しく野球を差し置いて見入った「オリンピックソフトボール」

世界最速の日本のエースが私と同じ苗字なので
多少仲間意識も感じながら迎えた昨日の決勝戦!

更にテレビにかじりつくかと思いきや
それよりはるかに私にとって重大なイベント参加を優先しました

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「学区民運動会大抽選会」!!

私の前に大きく立ちはだかるのは私の姪っ子、

今回は子守で連れてきたのではなく
私とは異町内に住む彼女は町内の代表として抽選会に参加、

しっかり地域の役員代理を務めている様です

私の町内は高齢者主体になるので
参加競技は怪我率の低い「玉入れ」のみ
(非常に寂しい、、、)

緊張して引いたクジの番号は(4)
横にいる姪っ子は(3)

という事は直接対決は余儀無くされ、
終生変わらぬライバルである事を確信します

オリンピックの決勝戦は勝てば嬉しいですが実生活には何ら影響しませんが
この運動会の場合、勝つと一年間は姪っ子に対し精神的優位のまま接しられ、
負けると一年間虐げられる事になります

つまり、オリンピックより重要なイベントとはそういう意味です(笑)

というわけで10月11日と12日の2日間は
熱き戦いの学区民運動会とその準備の為臨時休業いたします

地域奉仕の為と御了承下さい

2008/8/20  13:54

伊達政宗  分類なし

昨年末、「伊達政宗と東福寺の関係」を調べたいとこのブログに書いていました

http://diary.jp.aol.com/applet/h3dje84wfp/20071217/archive

それが不思議な事に正宗の影すら見つからぬまま
半ば断念気味にこの時代の東福寺を調べ続けました

難しい歴史書を何度も読み直し、その時代をイメージし続けていると
秀吉・秀吉・秀吉・・・・

とにかく豊臣秀吉はこの地(藤原領)に関与する事に神経を集中し、
他の武将が関わりを持てなくしていた様です

その結果、「関白秀吉」の誕生に及び、
更に秀吉が次の目的(海外進出)に神経が向け
この地への執着心が薄れた文禄三年
正宗は水面下で練りに練った策略をついに決行した様です

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「月渓聖澄」は222世東福寺管長の事で、
「東昌寺」は仙台「伊達五山」のひとつに当たります

淡々と記されたこの雑記から正宗の知略が伺えます

この事で仙台(伊達領)と東福寺(藤原領)が太いパイプで結ばれる

京都の情勢、公家や朝廷の動きを知る事が出来る

つまり、豊臣政権を脅かす一歩を踏み出した証と思うべきでしょう

今日のブログはかなり時間を掛けて出来るだけ解りやすくしたつもりですが
少し難しかったですね(笑)

特に雑記は隠れた日本史を何気に現しているので
淡々と書かれた文もその説明を詳しくすると
一冊の本になるぐらい奥が深いものです

文には無くても正宗がずっと東福寺への侵入を企んでいた事が伝わってきます

2008/8/19  9:52

京の町屋  分類なし

最近よく立ち寄るお店があります

三条大橋付近の「手造りタワシ」を販売されているこのお店は
明らかに私の家より古めかしく風情があり、
楽しみと勉強を兼ねて何度も訪れています

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店に入って最初に聞いた事は「いつ頃の建物ですか?」でした

その言葉に対し返ってきた言葉は「昭和二年です」

どう見ても我が家よりはるかに古く見えるのに昭和の建物とは不可解に思いながら
ずっと話を聞いていると改装したのが昭和二年で元々の建物は築二百年だそうです

私の家より65年古い建物になるわけですが
実はその間の出来事が町屋にとって非常に重要で
天保元年の京都大地震や蛤御門の変で建築物の大半が失われています

またこの地は幕末藩士の騒動が極めて盛んな地域、
現存する貴重な文化財と思いました

東海道の終点に位置し、江戸時代には物資の交流で栄えたこの地で
買い物と町屋の勉強の出来る楽しい店を見つけてしまいました

ちなみに手作りの玄関マットを購入しました

2008/8/17  11:12

大文字  分類なし

昨日「大文字送り火」が無事終わりました

御先祖さんの見送り、精進の終り、夏の終り、
私たちにとっては一年の大きな節目と感じる催しです

子供の頃、物干しに机を置いて食事しながら眺めていたのを思い出し
久々に見に上がると

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街中の電気も出来るだけ消灯している様で真っ暗。。。
高い建物が完全に大文字を遮っている様ですね

子供の頃、よく父親が言ってた言葉
「大文字もやがてはテレビで見る時代が来るね」

それが今となっては現実となってしまった様ですね

その代わりお精霊さんを見送る為東福寺の法堂が開放されます

そこから強引に中に入り、普段は見れない角度から龍の画が見る事が出来、
私のお盆の催しのひとつと考えています

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「堂本印象」さんの名画をゆっくり眺めながら
御先祖さんを見送っています

2008/8/16  15:13

興味津々  分類なし

先日来られたお客さんは一年半も前の酒の味を
忘れられなくてわざわざ来られたそうです

かなり嬉しいので長々と酒話をした後、
私が何気に話す歴史話やお寺話に対して
妙に関心深く耳を傾けて下さいました

話も一段落し、お帰りの際届いた夕刊を目にして
「その新聞の朝刊に毎朝私のイラストが載っているから見てくださいね」
と一言

更に詳しく聞いてみると日本画の勉強も随分されている様で
話しついでに私の家にある「弘法大師」の画を鑑定してもらいました

その鑑定結果はともかく、帰られてからすぐに過去の新聞のイラストを見て、
更にインターネットでその方の検索をすると
京都観光のイラスト本も出版されていました

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その本を早速購入、
今も合間に読んでいますが
私の殺伐とした京都感とは全く逆に
のどかでのんびりした京都の様子を
解りやすく解説されています

本を書く人って人柄が出るのですね

読んでいると歴史勉強にもなり
思わず観光に出歩きたくなりました

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