2008/8/9  14:00

誰も知らない東福寺  分類なし

応仁の乱以来いつまでも続く戦国時代にようやく終止符を打たれようとする時、
関白秀吉にとって最後の脅威は「徳川」「北条」「伊達」の三国同盟でした

その中の中核「徳川家康」を何とか味方に引き入れようと
ありとあらゆる手を使えども全く無視をする家康に対して
実の妹(旭もしくは朝日)を嫁に送り込むという切り札を使いました

その当時、円満に暮らす夫婦を引き裂かれて江戸へ送られた旭は
悲劇のヒロインとして今も伝えられています

その「旭姫」を葬った地が実は東福寺の片隅にあります

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「天正十八年正月十四日」と刻まれたこの墓石は
秀吉と家康の両者によって建てられ保護されましたが
徳川では家光の代に至るまで三代に渡って寄進と保護を続けたそうです

日本がひとつになるための犠牲となった旭を追悼する意味を込めて
掃除して水を掛けてました

只、見に来るだけでなく追悼の気持ちがある方のみ
この場所を伝えようと思っています

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