2008/8/27 12:01
藤原所蔵 分類なし
この地蔵さんは元々藤原家所蔵の文化財だったと考えているのは
私だけの様です

全身の衣に蒔絵を施し、分厚い漆を塗られた蓮の葉の上に立ち、
江戸時代からの埃で原型が不明の彫刻がなされている一木の檜台、
それから考えても町内会如きがお金を出し合って造れる物では無く
先日ここで紹介した「廃仏毀釈」の暴徒がこの地を襲った時
http://diary.jp.aol.com/applet/h3dje84wfp/20080808/archive
誰かが地蔵さんの身を隠し、明治の末頃このお寺を復興した際、
ここに安置し、町内会で守る様になったと考えられます
毎年地蔵さんを組み外して出す習慣の始まりもその頃と推定され
当時から今に至るまでこの地蔵さんの文化的価値を理解していた人は
誰もいなかった事が解りました
知っていたら毎年組み外して組み立てるなんて無茶は考えないでしょう
現実に組み立て部分も痛み始め、蒔絵も薄れ、補修を余儀無くされる日も遠く無く
補修費も持てないこの環境では取って付けた補修が施されてしまい
原型とはかけ離れた地蔵さんに変貌すると思いました
この地域には私の話を理解できる人はいないのも当然ですが
京都の素晴らしいところは周囲に美術や仏像の専門家が多く
軽く話して見るとそれを理解していただき
早速アドバイスも頂いております
もしこれ以上私に負担がのしかかる事になれば
最後の切り札「美術院」の方に相談する事になるかもしれません
私だけの様です
全身の衣に蒔絵を施し、分厚い漆を塗られた蓮の葉の上に立ち、
江戸時代からの埃で原型が不明の彫刻がなされている一木の檜台、
それから考えても町内会如きがお金を出し合って造れる物では無く
先日ここで紹介した「廃仏毀釈」の暴徒がこの地を襲った時
http://diary.jp.aol.com/applet/h3dje84wfp/20080808/archive
誰かが地蔵さんの身を隠し、明治の末頃このお寺を復興した際、
ここに安置し、町内会で守る様になったと考えられます
毎年地蔵さんを組み外して出す習慣の始まりもその頃と推定され
当時から今に至るまでこの地蔵さんの文化的価値を理解していた人は
誰もいなかった事が解りました
知っていたら毎年組み外して組み立てるなんて無茶は考えないでしょう
現実に組み立て部分も痛み始め、蒔絵も薄れ、補修を余儀無くされる日も遠く無く
補修費も持てないこの環境では取って付けた補修が施されてしまい
原型とはかけ離れた地蔵さんに変貌すると思いました
この地域には私の話を理解できる人はいないのも当然ですが
京都の素晴らしいところは周囲に美術や仏像の専門家が多く
軽く話して見るとそれを理解していただき
早速アドバイスも頂いております
もしこれ以上私に負担がのしかかる事になれば
最後の切り札「美術院」の方に相談する事になるかもしれません
