2008/10/22  13:51

通天橋 (3)  分類なし

険しい渓谷の険しい架け橋を
夢の架け橋の如く変貌させた人が「豊臣秀吉」です

慶長二年三月、橋の大修復と共に渓谷を整備し
危険な修行場から雅で優雅な紅葉名所へと移行しました
これは豊臣秀吉が死去の前年の事でした

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この景色は400年前もほぼ同じであったと考えられ
長い戦乱地であった京都の庶民にとって秀吉人気は絶大であったと考えて当然です

しかしここでひとつ問題が生じます

ここで厳しい修行を続ける僧達の目的はやはり「修行」なのです

苦しい修行をして耐え忍んでいてもこの橋を渡っている姿は
庶民から見れば「雅で優雅な修行僧」にしか見えず
禅宗を守り抜く本来の姿を理解され難くなりつつありました

その後、江戸時代に入り幾度の楓木伐採記録が残っている事から
観光地?修行場?の見解が何度も討論されている様です

伐採、植樹を何度も繰り返す歴史が多種多様・多異樹齢の楓を自然に生み出し
今のカラフルな通天橋が生まれております

通天橋の紅葉を何気に見るより
歴史文化を把握して見る紅葉は
また何か違うものを感じられると思います

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