2008/11/1  19:59

臥雲橋  分類なし

派手な♪♪♪\(^^\)通天橋(/^^)/♪♪♪に対して
地味な(;´Д`A ```臥雲橋。。。
立地条件から考えても必要不可欠な橋と考えられ
それが明治直前の弘化四年の創建と考えるのは不自然な事です

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そして地元の歴史書を入手するなり弘化四年の出来事を調べてみると

「孝明天皇即位」・・・・「臥雲橋屋根修復」と記されていました

この記録はそれ以前から屋根のある臥雲橋と呼ばれる立派な橋が存在した証なのですが
それ以前の信頼度の高い記録が何も無い事から
公式記録には「弘化四年に出来た橋」とされている様です

しかし私の持つ歴史書は非公式であろうが間違った雑記であろうがとりあえず載せているのが特徴で、それ以前の意味不明な文をゆっくり丁寧に探してみることにしました

二時間程読んでいる時、ふと思ったことが
「私は歴史家ではなく酒屋だった」という事です

出てくるのかも解らない、しかも意味不明な文を
一文字一文字探すのは非常に困難な事で一度は諦めましたが
他の事で戦国時代前後を何気に読んでいた時
思わぬ文字を見つけてしまいました

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この書は不明な人が今から四百年以上前の慶長五年に
「恵瓊」と言う人物を評したいわゆる雑記で、
長い全文を読んでもほとんど何が何かさっぱり理解出来ません

何度も読んで通天・臥雲両橋を毛利の武将「恵瓊」が修復したと
記されている様で、この時点で修復されたと言うことは
さらに以前から「臥雲橋」が存在したと考えられます

この「恵瓊」は戦国時代の縁の下の力持ち的存在の人物で、
来春にはこの人物を調べる為だけに広島まで訪ねようと計画しているぐらい
興味津々の人でもあります

「臥雲橋」の事はまた来年調べ上げるとして
誰も知らないとんでもない歴史を秘めている様な気がします

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