2008/12/30 20:18
おめでた! 分類なし
今年最後のブログになります
最後はとりあえず「めでたく!!」閉めたいと思います
今年の秋の試飲会は波乱万丈・・・
その理由は毎年メインで来てくれていた2人の助っ人を
欠いて臨んでいた事でした
欠いていた訳は助っ人3名が揃って子宝に恵まれ、
その内一人は何日か参加してくれたものの2名は完全不参加!
秋の深まりと共に私への重圧も深まっていきました
でも、じっくり考えたら。。
怪我や事故で参加出来ないのではなく
めでたい話で不参加なら喜ばないと・・・
と思う気持ちに切り替わり
例年の倍働くつもりで紅葉の季節を迎えていました
考え方を変えれば「私の店で仕事をすれば子宝に恵まれる!!」
「子宝地蔵みたいな店?」なんて愉快ですね
この話を友達にすると皆、同じ事を私に言いました
「お前が仕込んだんだろ〜」
その言葉に対して私は「伊達政宗じゃあるまいし。。。」
なんて意味不明の言葉を返していました
何はともあれ今年も無事に終わり
今はお腹にいる双子さんを暖簾の前で写真撮影させてもらいました

三人で四人も子供が生まれるのだから
少子化もそろそろ終止符を打つ時代が来たと私は思います
では皆さん、良いお年をお迎え下さい
来年もよろしくお願いいたします
<(_ _)>
最後はとりあえず「めでたく!!」閉めたいと思います
今年の秋の試飲会は波乱万丈・・・
その理由は毎年メインで来てくれていた2人の助っ人を
欠いて臨んでいた事でした
欠いていた訳は助っ人3名が揃って子宝に恵まれ、
その内一人は何日か参加してくれたものの2名は完全不参加!
秋の深まりと共に私への重圧も深まっていきました
でも、じっくり考えたら。。
怪我や事故で参加出来ないのではなく
めでたい話で不参加なら喜ばないと・・・
と思う気持ちに切り替わり
例年の倍働くつもりで紅葉の季節を迎えていました
考え方を変えれば「私の店で仕事をすれば子宝に恵まれる!!」
「子宝地蔵みたいな店?」なんて愉快ですね
この話を友達にすると皆、同じ事を私に言いました
「お前が仕込んだんだろ〜」
その言葉に対して私は「伊達政宗じゃあるまいし。。。」
なんて意味不明の言葉を返していました
何はともあれ今年も無事に終わり
今はお腹にいる双子さんを暖簾の前で写真撮影させてもらいました
三人で四人も子供が生まれるのだから
少子化もそろそろ終止符を打つ時代が来たと私は思います
では皆さん、良いお年をお迎え下さい
来年もよろしくお願いいたします
<(_ _)>
2008/12/29 19:08
町屋保存 分類なし
京町屋が年々減少している事は誰もがご存知のことと思いますが
今の減少ペースが続くと約40年で全滅することになります
約二万件残っている中で毎年500件程度が取り壊されている事からの
アバウトな計算なのですが実際は全滅は無いと思います
それよりむしろ、町屋消滅問題より町屋風の建物が増えた事で
町屋の意味を勘違いする方が増えてきている事の方が私は重大に思えます
本来の町屋とは造られた当時の生活様式・文化・その地域・家庭の特性等を
表現しているもの、つまり文化の継承をするものがそれに値します
町屋風の建物とはその存在意味が全く違うものとなります
ただ、本物の町屋を後世に伝えたいと言うのはあくまでも理想論で
現実にはかなりの費用と手間隙がかかるため
仕方なく取り壊されるのが現状です
そういう時代の中、偶然にもすばらしい町屋を発見しました

このお宅は私が子供の頃によく配達で伺った家庭で、
中の様子は今でも覚えているぐらい立派な町屋です
今は管理者が代わり、その方に話を聞くと修復する費用はわずかしか無く、
応急手当てをした結果がこの様になったと言われます
この状況を見て「これじゃだめジャン」と思われる方も多いと思いますが
私はすばらしい保護修復になってたと思いました
トタンを取り除けば本来の材木や土壁が顔を出し、
屋根も瓦を外されていますが
御所に頭を下げる京都特有のむくり屋根の土台もそのまま、
費用の出る時になればいつでも元通りに出来る上、
風雨にも強く何百年でも可能性を残せる
すばらしい修復がなされていると思いました
予算の無いときに周囲に依頼する文化財も多くありますが
後世に期待を残す低予算の補修を考える必要性が
これからの時代には必要になると私は考えています
今の減少ペースが続くと約40年で全滅することになります
約二万件残っている中で毎年500件程度が取り壊されている事からの
アバウトな計算なのですが実際は全滅は無いと思います
それよりむしろ、町屋消滅問題より町屋風の建物が増えた事で
町屋の意味を勘違いする方が増えてきている事の方が私は重大に思えます
本来の町屋とは造られた当時の生活様式・文化・その地域・家庭の特性等を
表現しているもの、つまり文化の継承をするものがそれに値します
町屋風の建物とはその存在意味が全く違うものとなります
ただ、本物の町屋を後世に伝えたいと言うのはあくまでも理想論で
現実にはかなりの費用と手間隙がかかるため
仕方なく取り壊されるのが現状です
そういう時代の中、偶然にもすばらしい町屋を発見しました
このお宅は私が子供の頃によく配達で伺った家庭で、
中の様子は今でも覚えているぐらい立派な町屋です
今は管理者が代わり、その方に話を聞くと修復する費用はわずかしか無く、
応急手当てをした結果がこの様になったと言われます
この状況を見て「これじゃだめジャン」と思われる方も多いと思いますが
私はすばらしい保護修復になってたと思いました
トタンを取り除けば本来の材木や土壁が顔を出し、
屋根も瓦を外されていますが
御所に頭を下げる京都特有のむくり屋根の土台もそのまま、
費用の出る時になればいつでも元通りに出来る上、
風雨にも強く何百年でも可能性を残せる
すばらしい修復がなされていると思いました
予算の無いときに周囲に依頼する文化財も多くありますが
後世に期待を残す低予算の補修を考える必要性が
これからの時代には必要になると私は考えています
2008/12/27 16:28
門松 分類なし
それでは予定通り自作「門松作り」を始めましょう
この職人さんの年末はおせち料理の中に入れる青竹作りで大忙しなので
その余り竹を分けてもらい正月飾りを作ろうと思います

左側が使う竹で右側が半端な竹、と思ってみていたら
なんとここにあるのは全て廃材!
「好きなだけ持って帰りなよ」と急がしそうに仕事をする職人さんに言われ
甘えることにしました
両手一杯に袋に入れた青竹を家まで持ち帰る途中
近所の方に「すごいね〜正月飾りでもつくるの?」なんて言われ
すっかり性格を見抜かれている事がわかりました
最初は店の前で竹を切ろうと準備していたら
観光の方が遠目に見ながら「竹職人が何か作ってるよ」なんてヒソヒソ話を
しているのが聞こえたので慌てて見えないところへ移動しました

竹を斜めに切る難しさと余りにもアバウトな計画に
出来るかどうか不安を抱きながら何かそれらしいものが完成しました
お披露目はもちろん正月前の店頭で!!ということになりますが
もちろんこのブログを見てくださっている方には見えるようにします
元々、京都の正月飾りは道行く人の目を楽しませ、
正月気分を味わっていただく為に工夫するもの
私は道行く人が見て笑うぐらい愉快な飾りにしたいと思います
「初笑いは当店で!!」なんてうたい文句を掲げて
竹の口と同じぐらい大きく口を開けて笑っていただきたいですね
「笑う門には福来る」「苦難には笑って立ち向かえ」の言葉通り
変貌する世の中に立ち向かうには
大笑いする事が一番の薬なのかもしれませんね
(〃^∇^)わははは!!
この職人さんの年末はおせち料理の中に入れる青竹作りで大忙しなので
その余り竹を分けてもらい正月飾りを作ろうと思います
左側が使う竹で右側が半端な竹、と思ってみていたら
なんとここにあるのは全て廃材!
「好きなだけ持って帰りなよ」と急がしそうに仕事をする職人さんに言われ
甘えることにしました
両手一杯に袋に入れた青竹を家まで持ち帰る途中
近所の方に「すごいね〜正月飾りでもつくるの?」なんて言われ
すっかり性格を見抜かれている事がわかりました
最初は店の前で竹を切ろうと準備していたら
観光の方が遠目に見ながら「竹職人が何か作ってるよ」なんてヒソヒソ話を
しているのが聞こえたので慌てて見えないところへ移動しました
竹を斜めに切る難しさと余りにもアバウトな計画に
出来るかどうか不安を抱きながら何かそれらしいものが完成しました
お披露目はもちろん正月前の店頭で!!ということになりますが
もちろんこのブログを見てくださっている方には見えるようにします
元々、京都の正月飾りは道行く人の目を楽しませ、
正月気分を味わっていただく為に工夫するもの
私は道行く人が見て笑うぐらい愉快な飾りにしたいと思います
「初笑いは当店で!!」なんてうたい文句を掲げて
竹の口と同じぐらい大きく口を開けて笑っていただきたいですね
「笑う門には福来る」「苦難には笑って立ち向かえ」の言葉通り
変貌する世の中に立ち向かうには
大笑いする事が一番の薬なのかもしれませんね
(〃^∇^)わははは!!
2008/12/25 19:49
命日 分類なし
世間の方にとって今日はクリスマスなのですが私にとっては姉の命日です
姉と言っても生まれてすぐに亡くなったので会ったことも無く
無縁に思いがちですが深く考えれば私がこの世にいる限りは
姉弟(きょうだい)である事は間違い無く
五十回忌が過ぎたとは言えお参りに来ました
姉の名前は「上野 ゆき子」です
名前の由来は無くなってから火葬場へ運ぶ時
雪が降っていたのでその名前をつけたそうです

字は違うとは言え全日本ソフトボールのエースと同名ですね
この方の御活躍を他人事と思えず応援していたのも
この夏の思い出のひとつでした
しかし私にとって夏の思い出と言えば一番はこの件ですね
http://diary.jp.aol.com/applet/h3dje84wfp/20080825/archive
その件以来随分いろいろな方に相談し、心の整理が出来て良かったと思いますが
今日は休んで箱に納まる地蔵さんを撮りました

姉の遺骨が納まっているすぐ横にあり、
子供の頃から馴染みのあるこの像の出し入れは
梁があるため困難極まりなく
その上、見た目ではわからない程の重みもあります
来年の盆にはまた私が抱き上げて表に出す事となりそうですが
今はすっかりやる気満々、その意思もお寺さんに伝えてきました
千年を超える仏像に囲まれた二百年の地蔵立像は
これから深い歴史を刻んでくれるとの思いを込めて
毎年毎年運び続けたいと思います
姉と言っても生まれてすぐに亡くなったので会ったことも無く
無縁に思いがちですが深く考えれば私がこの世にいる限りは
姉弟(きょうだい)である事は間違い無く
五十回忌が過ぎたとは言えお参りに来ました
姉の名前は「上野 ゆき子」です
名前の由来は無くなってから火葬場へ運ぶ時
雪が降っていたのでその名前をつけたそうです
字は違うとは言え全日本ソフトボールのエースと同名ですね
この方の御活躍を他人事と思えず応援していたのも
この夏の思い出のひとつでした
しかし私にとって夏の思い出と言えば一番はこの件ですね
http://diary.jp.aol.com/applet/h3dje84wfp/20080825/archive
その件以来随分いろいろな方に相談し、心の整理が出来て良かったと思いますが
今日は休んで箱に納まる地蔵さんを撮りました
姉の遺骨が納まっているすぐ横にあり、
子供の頃から馴染みのあるこの像の出し入れは
梁があるため困難極まりなく
その上、見た目ではわからない程の重みもあります
来年の盆にはまた私が抱き上げて表に出す事となりそうですが
今はすっかりやる気満々、その意思もお寺さんに伝えてきました
千年を超える仏像に囲まれた二百年の地蔵立像は
これから深い歴史を刻んでくれるとの思いを込めて
毎年毎年運び続けたいと思います
2008/12/24 20:08
決定的瞬間 分類なし
やった〜!!やりましたよ 決定的瞬間の撮影に成功しました
と言っても自己満足以外の何ものでもなく
皆さんにとっては面白くも何とも無い話ですが
余程興味と時間のある方は読んでください
私は若い時から瀬戸内海を制覇していた「村上水軍」の大ファンです
それで広島へ行ってもこんな事をブログにも書いていました
http://diary.jp.aol.com/applet/h3dje84wfp/20080707/archive
蟻が象を倒すのたとえ話がそのまま当てはまる
信長大船団を小船で壊滅させた知略と根性は
今でも地元では語り草になっているこの水軍の旗印は
なんと今でも我が店に掲げている「暖簾」と同じ!!
でも我が家の暖簾はこの水軍とは無関係で単なる偶然のようです
今年の秋にその暖簾も新調し、新しい歴史を刻もうとしていた矢先
この方が触れ、潜り、そしてお酒販売のお手伝いまでやって下さいました
実はこの方は紛れも無く「村上水軍」の子孫であり、
その勇気と根性はまさしくそのままの人、
いつも私を励まし、勇気付けて下さっています
これでこの暖簾も水軍の魂が宿ったと考え
これからの複雑な時勢にも負ける事無く頑張れるような気がします
2008/12/23 20:18
撮影までのいきさつ 分類なし
テレビ撮影の連絡が入ったのは十日前、
それ以来何も想定できずとにかく万全の体制で待ち構えることにしました
とりあえず屏風を出しましょう〜
正月間近でもある事だし、、、
源氏物語千年紀の最後を飾るという理由も成り立つと思いました

実際は片付け難い物を屏風の裏側に押し込めらるので便利です(笑)
でも私一人では寂しいので友達にも出演してもらう事にしました
友達から頂いた手作りのしなもの
バスケット・紙箱・店と私を描いた絵皿
どうせなら御先祖さんまで引っ張り出そうと
日頃出すことの無い初代・二代目・三代目の愛用品も店に出しました
本当に放送されるのか・・・されても五秒で終わるかもしれない
それでも三時間特集番組を想定する如く店内を整えて
いきなり始まった撮影はなんと店先のみ。。。(o_ _)o彡ドテッ!!

「それでは呼び声が掛かれば出てきてくださいね〜」
なんて軽はずみに言われたものの何のことかわからないので詳しく聞くと
「企画書届いてませんか?」?(゚_。)?(。_゚)?
何も聞いていない私は困り果てましたが
「とにかくはじめましょ〜」となりました
説明した品物もその日唯一引っ込めていたものだった事も含め
とにかく全てが想定外でした
放送は何か恥ずかしくてありま誰にも言いたくないですね〜
このブログ以外では言わないようにします
皆さんも秘密にしておいてください(笑)
それ以来何も想定できずとにかく万全の体制で待ち構えることにしました
とりあえず屏風を出しましょう〜
正月間近でもある事だし、、、
源氏物語千年紀の最後を飾るという理由も成り立つと思いました
実際は片付け難い物を屏風の裏側に押し込めらるので便利です(笑)
でも私一人では寂しいので友達にも出演してもらう事にしました
友達から頂いた手作りのしなもの
バスケット・紙箱・店と私を描いた絵皿
どうせなら御先祖さんまで引っ張り出そうと
日頃出すことの無い初代・二代目・三代目の愛用品も店に出しました
本当に放送されるのか・・・されても五秒で終わるかもしれない
それでも三時間特集番組を想定する如く店内を整えて
いきなり始まった撮影はなんと店先のみ。。。(o_ _)o彡ドテッ!!
「それでは呼び声が掛かれば出てきてくださいね〜」
なんて軽はずみに言われたものの何のことかわからないので詳しく聞くと
「企画書届いてませんか?」?(゚_。)?(。_゚)?
何も聞いていない私は困り果てましたが
「とにかくはじめましょ〜」となりました
説明した品物もその日唯一引っ込めていたものだった事も含め
とにかく全てが想定外でした
放送は何か恥ずかしくてありま誰にも言いたくないですね〜
このブログ以外では言わないようにします
皆さんも秘密にしておいてください(笑)
2008/12/22 20:10
嘆願 分類なし
「すまないが出てきてくれ!!」
幕末の長州藩士高杉晋作はあまりにも頭が冴えるため
牢獄に入れられたり出されたり。。。
幕末の歴史を勉強して、私が一番好奇心を抱いたのがこの人です
でも出し入れ自由みたいに晋作を扱う藩主は身勝手だな〜なんて考えながら
私もその藩主と同じ様に身勝手なことをしている様です
「すまないが出てきてくれ!!」
今年の春、この扉を閉めるとき「また来年の春はよろしくな!!」
なんて言いながらこの時期に頼み込んで出てきてもらいました

突然舞い込んだテレビ撮影にもかかわらず一向に片付かない店の
ぼろ隠しと言うか目隠しと言うか誤魔化しと言うか。。。
とにかく本日の昼過ぎ、テレビ撮影は死者も怪我人も無く無事終了しました
撮影に至るまでのいきさつはまた改めてお伝えするとして
とりあえず放送は一月十日のテレビ大阪です
内容は旅番組で、
「伏見稲荷から東福寺を散策する途中で私の店を見つけた」そんな感じでした
その他委細は今の私にもわかりませんが連絡が入り次第ここでお知らせします
とにかく私にとってはかなり恥ずかしい思いの撮影でしたので
本当は誰にも教えたくないのですが
せっかくブログを見てくださっている方には
さすがに約束を守りたいと考えています

幕末の長州藩士高杉晋作はあまりにも頭が冴えるため
牢獄に入れられたり出されたり。。。
幕末の歴史を勉強して、私が一番好奇心を抱いたのがこの人です
でも出し入れ自由みたいに晋作を扱う藩主は身勝手だな〜なんて考えながら
私もその藩主と同じ様に身勝手なことをしている様です
「すまないが出てきてくれ!!」
今年の春、この扉を閉めるとき「また来年の春はよろしくな!!」
なんて言いながらこの時期に頼み込んで出てきてもらいました
突然舞い込んだテレビ撮影にもかかわらず一向に片付かない店の
ぼろ隠しと言うか目隠しと言うか誤魔化しと言うか。。。
とにかく本日の昼過ぎ、テレビ撮影は死者も怪我人も無く無事終了しました
撮影に至るまでのいきさつはまた改めてお伝えするとして
とりあえず放送は一月十日のテレビ大阪です
内容は旅番組で、
「伏見稲荷から東福寺を散策する途中で私の店を見つけた」そんな感じでした
その他委細は今の私にもわかりませんが連絡が入り次第ここでお知らせします
とにかく私にとってはかなり恥ずかしい思いの撮影でしたので
本当は誰にも教えたくないのですが
せっかくブログを見てくださっている方には
さすがに約束を守りたいと考えています
2008/12/21 14:46
校旗 分類なし
前回の続きになりますが。。。
例の説明文は年明け落ち着いた頃に学校へ届け、
数年後に廃校になるこの学校の歴史の一部として「書」と共に
保存をお願いするつもりです
この学校の成り立ちを調べているうちに地域と東福寺が一体となって
地域の子供に教育を与える為に随分尽力が注がれていた事が解り、
元々この地におられた関白・太政大臣である九条 兼実の通称名
「月の輪」殿をそのまま名づけていることからもその思いが伝わります

その月の輪小学校の校章はもちろん「三つ葉の楓」ですが
こういう歴史探索をしていると思わぬものが突然見つかるのが
何か不思議な私の特徴ですね
床の間の思わぬ隙間から出てきた父親の卒業写真

では、私の父親はどれでしょう? なんて事はどうでも良いとして
これは太平洋戦争真っ最中の昭和17年
割れたガラスや皆の地味な服装から当時の様子が伺えますが
私が一番驚いたのは校旗に書かれた文字です

「鼻ラ
文字を詳しく調べてみると・・・・有るとは違う意味の(ある)なのだそうですが
この時代の校旗はどういう意味を込めて書かれているのか更に調べたいと思います
廃校する学校だからとおろそかにせず
皆の思いが篭った歴史を残しておきたいと思います
(追伸)文字化けして変な文字が出てしまうようですので
ブログを書いた時の写真を掲載し、本物の文字をお見せします
まともに現れないぐらい珍しい漢字のようです

例の説明文は年明け落ち着いた頃に学校へ届け、
数年後に廃校になるこの学校の歴史の一部として「書」と共に
保存をお願いするつもりです
この学校の成り立ちを調べているうちに地域と東福寺が一体となって
地域の子供に教育を与える為に随分尽力が注がれていた事が解り、
元々この地におられた関白・太政大臣である九条 兼実の通称名
「月の輪」殿をそのまま名づけていることからもその思いが伝わります
その月の輪小学校の校章はもちろん「三つ葉の楓」ですが
こういう歴史探索をしていると思わぬものが突然見つかるのが
何か不思議な私の特徴ですね
床の間の思わぬ隙間から出てきた父親の卒業写真
では、私の父親はどれでしょう? なんて事はどうでも良いとして
これは太平洋戦争真っ最中の昭和17年
割れたガラスや皆の地味な服装から当時の様子が伺えますが
私が一番驚いたのは校旗に書かれた文字です
「鼻ラ
文字を詳しく調べてみると・・・・有るとは違う意味の(ある)なのだそうですが
この時代の校旗はどういう意味を込めて書かれているのか更に調べたいと思います
廃校する学校だからとおろそかにせず
皆の思いが篭った歴史を残しておきたいと思います
(追伸)文字化けして変な文字が出てしまうようですので
ブログを書いた時の写真を掲載し、本物の文字をお見せします
まともに現れないぐらい珍しい漢字のようです
2008/12/19 20:23
管長書 完結 分類なし
今回でこの「書」についての話は三回目になります
http://diary.jp.aol.com/applet/h3dje84wfp/20081117/archive
焦っていたのか何を考えてこの時期に質問状を提出したのか
今から考えれば理解に苦しむ私の行動ですが
詳しくお答え頂き感謝しております

「書」を書かれた方は先代の東福寺管長林恵鏡師
この方は昭和25年に就任以来29年間お勤めにになられその生涯を終えられました
つまりやんちゃ盛りの私の一部始終を見届けた方と言うことになります
この書に書かれている名前の「晦宗」は道号と言い、
解りやすく言えば生前中につける戒名なのだそうです
そして一番知りたかった「書」の深い意味なのですが
「化育の前にそれぞれ教をつけると解りやすいよ」と教わり、
それから考えると戦後まもなくのこの学校に対し
教化・教育の大切さを説いたものと考えられます
昔々は恵まれた人にしか与えられなかった教育が
今は皆に与えられるようになり、
それが当たり前感を生み出しその大切さを忘れている様な気もします
今から六十年近く前に書かれた「書」ではありますが
むしろ現代に必要なものと私は思いました
この「書」がこの地域で大切に守られ
皆がそれに気付いてくれたらうれしいですね
http://diary.jp.aol.com/applet/h3dje84wfp/20081117/archive
焦っていたのか何を考えてこの時期に質問状を提出したのか
今から考えれば理解に苦しむ私の行動ですが
詳しくお答え頂き感謝しております
「書」を書かれた方は先代の東福寺管長林恵鏡師
この方は昭和25年に就任以来29年間お勤めにになられその生涯を終えられました
つまりやんちゃ盛りの私の一部始終を見届けた方と言うことになります
この書に書かれている名前の「晦宗」は道号と言い、
解りやすく言えば生前中につける戒名なのだそうです
そして一番知りたかった「書」の深い意味なのですが
「化育の前にそれぞれ教をつけると解りやすいよ」と教わり、
それから考えると戦後まもなくのこの学校に対し
教化・教育の大切さを説いたものと考えられます
昔々は恵まれた人にしか与えられなかった教育が
今は皆に与えられるようになり、
それが当たり前感を生み出しその大切さを忘れている様な気もします
今から六十年近く前に書かれた「書」ではありますが
むしろ現代に必要なものと私は思いました
この「書」がこの地域で大切に守られ
皆がそれに気付いてくれたらうれしいですね
2008/12/17 11:32
渋柿 分類なし
我が家の庭に生えている唯一の木は
父親が子供の頃に食べ蒔いた時自然に生えた柿の木です
やんちゃ盛りの頃の私はやはり食べようと試みました
見た目は美味しそうな柿なのでとりあえずガブリ!!
その時の口の中の感触は未だに覚えているぐらい恐ろしいもので、
それ以来その柿を食べようとすることはありませんでした
「なんで甘柿植えないんだよ〜」なんて言ってた様ですが
「甘柿を植えても生えてくるのは渋柿なんだよ!!」と父親に教えられました
その後、甘柿なら鳥や虫が盛んに荒らすため手入れが大変なことも教えられ、
続いて渋柿を美味しく食べる方法も教わりました

この写真は東福寺の修行場で見つけた干し柿の様子ですが
裏山にある野生の渋柿を年末年始に食べる昔からの習慣があるのでしょうね
この場所は空気も綺麗で風通しも良いので
きっとこの上無い最高のおやつになる事と思います
(´〜`*)ムシャムシャ
父親が子供の頃に食べ蒔いた時自然に生えた柿の木です
やんちゃ盛りの頃の私はやはり食べようと試みました
見た目は美味しそうな柿なのでとりあえずガブリ!!
その時の口の中の感触は未だに覚えているぐらい恐ろしいもので、
それ以来その柿を食べようとすることはありませんでした
「なんで甘柿植えないんだよ〜」なんて言ってた様ですが
「甘柿を植えても生えてくるのは渋柿なんだよ!!」と父親に教えられました
その後、甘柿なら鳥や虫が盛んに荒らすため手入れが大変なことも教えられ、
続いて渋柿を美味しく食べる方法も教わりました
この写真は東福寺の修行場で見つけた干し柿の様子ですが
裏山にある野生の渋柿を年末年始に食べる昔からの習慣があるのでしょうね
この場所は空気も綺麗で風通しも良いので
きっとこの上無い最高のおやつになる事と思います
(´〜`*)ムシャムシャ
