2008/5/4  2:13

コミュニケーションと時間―続―  コミュニケーション

 こうした状況で診療時間を5分以上取らないと、一定の外来加算点数が取れないとの役所の通達が出てきました。大病院では3時間待ちの3分診療と揶揄されることもありますが、それも一面では少人数の医師で多数の患者を診てきたからです。医療崩壊で病院の医師は減る傾向にあり、少ない医師が詰め掛ける患者に対応しなければならない条件は更に悪化しています。そうした状況でも医師は説明が必要な場合は十分時間をかけて対応しています。また症状等が安定していれば、診察は短時間で十分な場合もあります。5分という時間を強要することが幾つかの意味で医療の現場を知らないことを逆に露呈してしまいました。
日本の医療現場ではこれまで比較的少数の医師が効率よく現場を支えてきた経緯があります。その状況では短時間診療と批判される事があったかも知れません。これは外来診療などで医師の数が十分でなかったために余裕がなかったためでしょう。また患者の診察以外に医師はカルテに診察内容などを記載し、検査結果を見たり、処方箋に記入捺印し、後発薬品について記載し、紹介状を書き、また紹介状の返事を記載したりしています。場合によっては病状や治療内容の説明に更に時間を要することも多くなりました。外来などで医師の多すぎる仕事量を医療秘書制度で減らすべきだと言う意見もある程です。
  医療行為は医師と患者の共同行為という考えもあり、糖尿病など生活習慣病では患者の協力なしには治療は成り立ちません。しかし十年以上も通い続けているお馴染みさんは、短時間での診察や会話でもお互いの了解が十分な場合もあります。お互いが医療の場で理解しあうコミュニケーションは必ずしも時間に依存している訳ではありません。また言語以外の表情や態度などがコミュニケーション重要な役割を果たしていることも知られています。診察時の5分以上を強要する根拠は何処にも無い様に思われます。医療の現実も知らす、医療行為の本質も分からない机上の空論を強要されても現場が迷惑するだけでしかありません。

2008/4/30  16:43

コミュニケーションと時間  コミュニケーション

 コミュニケーションの目的はお互いに理解しあうこと、情報を共有することなどが目的です。医療の現場でもコミュニケーションは重視されています。確かにその時間は無いより在った方が良い筈です。しかし非言語コミュニケーションという言葉もあるように、その伝達は言葉だけではありません。表情や態度、仕草、衣服、位置でも分ることもあります。お互いによく理解していれば、相手の顔色を見たり、少し言葉を交わすだけで理解が可能な場合すらあることは経験上も分かる筈です。
 医療の現場では大病院などで3時間待ちの3分間診療などと揶揄されることもありました。外来の診察時間は患者さんからは症状や薬の副作用などを伝える場であり、医師は治療その他の情報収集や病態、治療法の説明などで十分な長さが必要な事を医師は理解しています。
しかし大病院などでは詰め掛ける患者さんを前に医師は症状の安定しない人や初診を重点的に時間をかけているのが実情と思われます。患者さんも良く診てもらいたい、話を聞いてもらいたい気持ちもある反面、待ち時間を長くしないでほしいと思っているでしょう。患者さんの数に見合うだけの医師が充分いて、複数の医師が外来で対応できればこの問題は解決できるかも知れません。しかし今の日本では大病院でも医師の絶対数が不足しています。勤務医が減ると同じ患者さんを少ない医師で対応せざるを得なくなってしまいます。

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