2006/7/31 19:12
エトルタ海岸 旅行記:ノルマンディー地方
ノルマンディーのエトルタ海岸です。ここは、怪盗ルパンの「奇岩城」のモデルとなった地でもあるそうです。画家モネやクールベもこの海岸が気に入って、描いています。これ実は去年の9月なのですが、この日はポカポカ陽気でとても美しかったです。夏が来るまで秘密にしていたお気に入りの海岸です。



2006/7/31 5:46
パリは最近 涼しいです。 分類なし
週末から雨がちょっと降ったり、気温が30度に到らなかったりで、最近また暑くない日々に戻りました。夜は、夏のジャケットがあったほうがいいかな?っと言うくらいで、昼間は半袖が調度良いですが、先々週の様な うだる様な暑さではなく、過ごしやすいです。

2006/7/28 3:23
ブールジュ観光 終わり 旅行記:ロワール地方
この街はとにかく、大聖堂が素晴らしかったです。これを見る為だけに来ても甲斐があると思います。さて日曜日の午前中は大聖堂 ミサの為に、見学不可です。お気をつけください。
日曜日の朝 列車に乗る前に新市街にて。

日曜日の朝 列車に乗る前に新市街にて。
2006/7/28 2:51
ブールジュ の 夏の夜 旅行記:ロワール地方
7月8月の夜は、毎日 旧市街の各所で幻想的なライトアップショーがあります。これは嬉しい事に無料です。是非 泊まりましょう!道しるべは、街灯の青い光。
まずは、昼間の大聖堂側面

21時半のトワイライト大聖堂。斜め後ろから・・・

この様な旧市街の歴史的建物の中庭でも・・天使があらわれました。

天使と、大聖堂の夜景はRead Moreへ
まずは、昼間の大聖堂側面
21時半のトワイライト大聖堂。斜め後ろから・・・
この様な旧市街の歴史的建物の中庭でも・・天使があらわれました。
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2006/7/28 1:42
ブールジュ 大聖堂内陣のステンドグラス 旅行記:ロワール地方
2006/7/28 1:41
ブールジュ サンテティエンヌ大聖堂・・内部 旅行記:ロワール地方
2006/7/28 0:42
ブールジュ・・サンテティエンヌ大聖堂 塔上から 旅行記:ロワール地方
大聖堂の塔に上ると、街を一望できます。なかなか大きな街の様です。

すぐ側には、ちょっとした庭園もあります。

すぐ側には、ちょっとした庭園もあります。
2006/7/27 5:27
ブールジュ・・・サンテティエンヌ大聖堂 旅行記:ロワール地方
1195年創建のこの大聖堂は、町のシンボルであるだけでなく、フランスを代表する教会建築の一つで、世界遺産にも登録されています。結論からいうと、大満足!
残念な事に、街が坂の為か他の建物との関係か、大聖堂の前はあまりスペースがありません。非常に近づかないと大聖堂が見えず、一度に全景を撮るのは無理です。(一部清掃等の修復作業ネットが張ってあります。汚れをとると、オフホワイトになります)

外観の彫刻についてはRead More へ

残念な事に、街が坂の為か他の建物との関係か、大聖堂の前はあまりスペースがありません。非常に近づかないと大聖堂が見えず、一度に全景を撮るのは無理です。(一部清掃等の修復作業ネットが張ってあります。汚れをとると、オフホワイトになります)
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2006/7/27 4:19
ブールジュ ジャッククールの宮殿 旅行記:ロワール地方
礼拝堂は極彩色で凝った天井には天使が飛んでいて立派でした。



更に、ディジョン旅行で見つけて気に入った棺
更に、ディジョン旅行で見つけて気に入った棺
http://diary.jp.aol.com/applet/kkrtxcz/msgcate47/archive?b=10のブールジュバージョンも発見です。ブールジュバージョンはRead more
2006/7/27 3:29
ブールジュ 旅行記:ロワール地方
パリ・オーステルリッツ駅から2時間 ブールジュに行ってきました。
こちら街の名士ジャック・クールさん。彼は貧乏な家に生まれ、一代で財を成したという人物。
15世紀頃の人でジャンヌダルクとも近い時代です。当時、北アフリカやトルコ等の東方も含めた地中海貿易はイタリアを中継していたのですが、それではマージンがもったいないと、彼は自らフランス商船で地中海貿易をし大成功。莫大な富を得ました。その様な功績が認められて、シャルル7世の財務官にまでのし上がったのです。

こちらジャック・クールの宮殿と呼ばれる邸宅。彼はここに夢の邸宅を作りましたが、残念ながら自分が住む暇はなかった様です。というのも完成する頃には、財政難の責任をとって?失脚。(これは彼の大胆な手法を恨む人や、政敵の甘言のせいだとも見られている様です)あえなく、財産没収で本人は牢屋へ・・。もう少しで死刑になりそうだった所を、親友の偉い人(ローマ関係の人だった様な・・)に救われて、なんとか地中海に逃れるものの・・最後は軍人として、どこそこ遠征中に戦死とか・・。一方の邸宅は、シャルル7世が召し上げて、その後 色々な人の手に渡った様です。
内部はガイドツアーで見学できます。これ教会?っと思う程に、現代から見ると素朴な造りで、実際に教会建築に似た様式が色々あります。教会というのは、街をあげて立派な建築を目指して造られているものなので、立派な建物を造ろうとした時に教会と似てきても不思議はないのですが・・。とにかく当時、非常に豪華で最先端な建物で宮殿と形容されるほどだった様です。

フランス語のガイドで、参加者も多分 ほとんどフランス人です。ガイドさんは、ユーモアもあって親切。私達には日本語の簡単なパンフレットをくれました。

こちら街の名士ジャック・クールさん。彼は貧乏な家に生まれ、一代で財を成したという人物。
15世紀頃の人でジャンヌダルクとも近い時代です。当時、北アフリカやトルコ等の東方も含めた地中海貿易はイタリアを中継していたのですが、それではマージンがもったいないと、彼は自らフランス商船で地中海貿易をし大成功。莫大な富を得ました。その様な功績が認められて、シャルル7世の財務官にまでのし上がったのです。
こちらジャック・クールの宮殿と呼ばれる邸宅。彼はここに夢の邸宅を作りましたが、残念ながら自分が住む暇はなかった様です。というのも完成する頃には、財政難の責任をとって?失脚。(これは彼の大胆な手法を恨む人や、政敵の甘言のせいだとも見られている様です)あえなく、財産没収で本人は牢屋へ・・。もう少しで死刑になりそうだった所を、親友の偉い人(ローマ関係の人だった様な・・)に救われて、なんとか地中海に逃れるものの・・最後は軍人として、どこそこ遠征中に戦死とか・・。一方の邸宅は、シャルル7世が召し上げて、その後 色々な人の手に渡った様です。
内部はガイドツアーで見学できます。これ教会?っと思う程に、現代から見ると素朴な造りで、実際に教会建築に似た様式が色々あります。教会というのは、街をあげて立派な建築を目指して造られているものなので、立派な建物を造ろうとした時に教会と似てきても不思議はないのですが・・。とにかく当時、非常に豪華で最先端な建物で宮殿と形容されるほどだった様です。
フランス語のガイドで、参加者も多分 ほとんどフランス人です。ガイドさんは、ユーモアもあって親切。私達には日本語の簡単なパンフレットをくれました。

