2008/8/13  21:11

迎え火  分類なし

 先祖の霊を迎えるための火を庭で焚く。先祖の霊とは何処までを言うのか全くわかっていない。幼い頃から、やっているので迎え火をしなきゃという固定観念でやっている。今夜、妻とレイ(犬)とで迎え火をした。

 「霊」だから、仏教ではないと思われる。むしろ出所は神道ではないかと思うのである。そう思っても、お盆には神社に行くわけでもなく、お寺へ行ってお墓参りをしてくる。

 迎え火をして霊が我が家に来ているから、霊がないお寺へ出かけ、お経を読んで貰ったり、墓参りに行くとはどう事であろうか。自宅の仏壇で、お参りするのが本当ではなかろうか。本当のところは、僧侶も神主もわかっていないのかも知れない。

 見えない「霊」。本当に存在するかも疑わしい。日頃、霊のない仏壇に手を合わせる。お盆には、霊のないお寺にお参りに行く。これは本当に「レイギ(礼儀)」知らずかも知れない。お寺にも位牌があり、自宅にも位牌があり、どれが日々手を合わせる本当の位牌なのだろうか。

2008/8/13  20:03

小さなビオトープガーデン   読書

泉 健司著 主婦の友社刊 北名古屋市西図書館蔵
小さな庭であるが、鳥が来て欲しい、蝉が生まれて欲しい、蝶が来て欲しいと願っている。鳥は、雀、からすを確認している。蝶は、アゲハチョウを確認している。

 まだ訪れる生き物は少ない。まだ、樹木がないからやむを得ない。木があれば、夏の暑さをさらにヒートアップする蝉が誕生するようになるであろう。実のなる樹木があれば、鳥が実を啄みにやってくるであろう。

 いろいろな生き物がやってくると、管理が大変である。鳥には喜ぶ実であっても、庭で生活する犬には有毒のものもある。その選択は難しい。低木樹の実のなる植物は、我が家ではタブーになる。

 ビオトープはすぐ池のある庭を想像しがちである。そこまではやる気はない。あまり人工的にならず、様々を生き物を呼び込みたい。庭の暴れん坊将軍ショコも秋には落ち着くと期待して・・・。何ということだろう。以前の家には、ヤモリが現れていた。3年ぶりにヤモリが2日の玄関に張り付いていた。写真を撮ろうとしたが、駄目だった。街中でもまだまだ、多様な動物が生きている。

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